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延原時行歌集「命輝く」 (第328回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(108-2)昨夜のことの歌、受肉の神学の歌、形成始むの歌、朝の思ひの歌、我が主著の歌、地底よりの基督教の歌、を巡りて、の記 2012年9月21日~26日 9月22日 形成始むの歌三条 救済のありてこそなりこれをしもアナロギアと見形成始む 第二義は徴なりけり恩師言ふ我これをしもアナロギアとす かくて我「仏教基教」の真髄をアナロギアとす原点映しつ (備考:恩師著『仏教とキリスト教』1950年、1964年のことなり。) 9月23日 朝の想ひの歌六首 妹背あさ微睡よりぞ誕生す一切新鮮珈琲沸かす (備考:誠我ら今日も誕生せしなり。) 地底よりインテグレーション願ひつつ我開拓の伝道者なりき (備考:生涯回顧、勇気凛凛。) 青春の初志貫徹の受肉論我はしがきを今書かんとす (備考:半世紀経し今、この時与へらる。何たる感謝ぞ。) 誠にぞ気の永きこと夥し運命変転見し我にして (備考:生涯の書書きつつあれば運命変転幾山河越へ生けるなり。) 日ノ本の国の基教は年ごとに地底忘れて意気さらになし (備考:皮相の世間にて何競うや。) 然れども我は地底の民にして受肉神学書きて起つなり (備考:この著書52年前に書き始む内に起つ気運自ずから生ず。爾来幾星霜。) ここに連載させていただいている延原先生の歌集は、2年前の今日(2010年11月30日)冬支度の作業で奥様が転倒され深刻な脳挫傷の事故にあわれ、その奇跡的な快癒の中で溢れ出てきた、先生の日録です。この記念の日、今朝は最新の英文論文 God and Nature in Metamorphosis: From Martin Luther through Cobb, Takizawa, and Nishida to Whiteheadも完成して、その草稿をメール送信していただきました。本稿は敬和学園大学の研究紀要で発表予定ですが、現在連載中の「受肉の神学ー救済論と形成論」 http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ に邦訳されて収められる予定です。こうして不思議な毎日が続きます。特別にうれしい朝です。 さて、今回は「凪の座40周年リサイタル」のエンディングで歌われた代表作「光の海」を取り出してみます。この歌は、笠木さんの詩に「凪の座」が曲をつけ、1993年の夏、岩田健三郎さんの絵で、ステージいっぱいにひろげることのできる見事な仕上がりとなっている名品です。いまや我が家のお宝のひとつです。
2012.11.30

延原時行歌集「命輝く」 (第327回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(108-1)昨夜のことの歌、受肉の神学の歌、形成始むの歌、朝の思ひの歌、我が主著の歌、地底よりの基督教の歌、を巡りて、の記2012年9月21日~26日 9月21日 昨日の事の歌一首 父さんよ復唱抜ける時あらばチェックしてねと妻懇望す(備考:愛宕の園にて。知性の最大の機能の一つは、誤りの自己訂正なり。) 9月21日 受肉の神学の歌十六首 前篇は二十五歳で完成し後篇実に半世紀哉 (備考:前篇救済論、後篇形成論なり。) さりながらこれぞ受肉の神学の他著になき味喜びの道 青春の日に見出せり遺棄性を我がため叫ぶ主の祈りあり 主の祈り遺棄性の我見給ひて己が痛みで包み給ふよ かくて我何ぞ我をと叫ぶ主に我根底を見いだせしなり(備考:「何ぞ我を」の叫び我が根底にあり。拙著『無者のための福音』(1990年)第二章「何ぞ我を?」(1964年執筆)。) 処女作の焦点修士論文ぞバルト神学祈祷論是 その直後転機ありたりアナロギアアクチオ二スの発想到来 かくて我USQR論文寄稿せりWho’s Whoノミネートさる全米に知らる (備考:Union Seminary Quarterly Review, 39/4, 269-85.転機の頂点なりき。) バルト以後組織論的理性書く地球時代の政治神学へと (備考:『福音と世界』編集長貝沼信氏の懇望受けてなり。) その意義は救済論は生けるままアナロギアとの徹見にあり 主の祈り十字架上の低みより根底光のアナロギアなり 救済はああひとへにぞ動アナロギア内三一の栄光祷の 祈りとはかくして祈りの祈りなり内三一の祈り顕はる(備考:祈りを我らが救ひのためなりとだけ見るは浅し。祈り元々、子の父との対話なり。) いみじくもルター語れりキリストの遜りこそその義なりしと (備考:『詩編講義』70篇の講解を見よ。) Humiliare sese in profundumと述べられし遜りの主栄光の動 (備考:Sese[主の己]は遜れるもsese[栄光の己]なり。) 栄光の下動こそにぞ救済は映へに映へたり実にアナロギア(備考:救済はその内に終局あるに非ず、それそれ自体にてアナロギア・アクチオニスなり。これ拙著『受肉の神学』の最終認識なり。) 上の写真は、山口県光市内を流れる「島田川」です。「凪の座」の初期の名作「島田川」はもちろんリサイタルでも歌われました。やはり素晴らしい! 岡本さんの詩に上田さんが曲をつけ1976年にレコードになっています。当時高校生など光の若者たちが、バンバン全国に飛び出していったときのものです。 口づさむ君の歌は 流れていなければならぬ 今日の苦しさ明日の重さ 永遠をくりかえす 水であるなら 夢見る君の願いは 流れていなければならぬ 空のにごり地のよごれ 抱きためて洗う水であるなら 朝ごとに新しく 旅立ちがなければならぬ 周防の国の里を築き 高州の海に高鳴りを告げる 一筋の川よ 今回猿回し師の村崎太郎君もかけつけ照明の助っ人をしていました。太郎君の高校卒業の頃、大学進学を断念し「猿回しの復活」に夢を託して勇躍飛立つとき、彼の自宅でご馳走になり、彼の抱負を聞いたことなど、思い起こしました。太郎君は「ひとつぶの涙」(笠木さんの詩に上田さんが曲を付けました) を歌いました。光の駅からぶらぶら歩いて、途中美味しいうどん屋に入って昼食をいただき、さらに歩いてやっと「島田川」に・・・・・。カモやコサギたちが遊んでいました。散歩中のご老人夫妻に、会場の場所を訪ねると、すぐ近くとのこと、・・・・急に雨模様となり・・雨宿りをしながら、会場へ・・・・。
2012.11.29

延原時行歌集「命輝く」 (第326回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(107-7)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月15日~20日 9月19日 朗々の歌一首 朗々と復唱三十我妻の眼ぞや輝き並々ならず (備考:快癒知性豊かに語れり。) 歌の歌二首 歌なるは経験なべて伝へんと起こりし後の不滅愛でつつ 詠ふとは起こりし事の残り香を心に深く確かむる業 (昨夜の事20日記す) 挨拶頓智の歌とそのあとの歌二首 我妻にGod be with you言はばMeshi be with you妻返したり頓智脈々(備考:これ豊浦愛宕の園にて妻の夕餉介助の後三十条朗々済み帰り際の一瞬なり。我が夕食への配慮なりしも。我爆笑す。今日も頓智脈々、ノーちゃん知性勝利なり、と深く感ず。この一瞬、老人ホームの変り映えせぬ空気破って知性天を衝く。単に介護介助ならず。) 帰りては畢生の作はしがきの準備おさおさ怠りなくと(備考:ブログ著作集第十一『受肉の神学ー救済論と形成論』同志社院1(1960年)より52年間書き来れるもののはしがき、万感の思ひ持ちて準備す。目次に英文表記書き込みつつぞ。受肉とは、assumptio carnis(肉を神受け給ふこと)の救済論先ずあり、遺棄性の発見学、痛知学、絶叫学の三段階の叙述25歳で完成せり。結語部が我が修士論文(1962年)『バルト神学における祈祷理解』なりき。そこより形成論に転じ、以来、半世紀苦吟せり。受肉の第二義「形成」はロゴス(インマヌエルの原事実)へのアナロギア、即応、Entsprechung(バルト)なると同時に、宇宙の全過去的実在への順応、自己創造的活動(倶現)のプロセスなり。これ、主イエスの「何故我を善きと言ふか。神ひとりのほか善き者なし。」の一語ほど明晰判明ならしめし物非ず。ルターの『詩篇講義』にて言ひし"sese in profundum humiliare"[己を深き淵まで遜らせ給ふこと]、これ形成受肉の粋なり。この粋映すもの形成的なり。組織論的理性の事も、地球時代の政治神学の事も、然り。これ映さぬもの、傲慢虚偽にして非形成的なり。心すべし。さて、はしがき今まさに。) 「凪の座40周年リサイタル」の翌日、兼清先生夫妻のご案内で、景勝「みたらい公園」に建つ「丸岡忠雄詩碑」を訪ねました。上田達生さんも丸岡さんとの交流も深く、丸岡さんは上田さんのことがご自慢でした。わたしは丸岡詩集「ふるさと」「続ふるさと」「詩集ふるさと愛蔵版」の出版の仕事をさせていただくなど、丸岡さんの最晩年10年間ほど、緊密なご友誼をいただくことができ、わたしにとって大切な先達のおひとりです。丸岡さんの詩友・礒永秀雄の詩碑が隣にできています。またここには、種田山頭火・松尾芭蕉などの句碑・歌碑があります。この季節には珍しく穏やかな小春日和でした。地元の高校で国語を教えておられる兼清先生のここでのお話も、大満足でした。今回は、丸岡さんの代表作である「瞳」「つばめ」と美しい景色を少しUPします。
2012.11.28

延原時行歌集「命輝く」 (第325回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(107-6)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月15日~20日 9月18日 新リフォーメーションの歌七首 旧来の新教イズム廃れ行くその理(ことはり)はホ氏夙(つと)に見し 宗教を宇宙の事理と見ぬならばあとはつまりは人間臭し 新しきリフォーメーションホ氏求むその叙述こそAdventures of Ideas 宇宙的実在変容見極むる神学の目のいかに尊き なにゆえに宇宙見ずして人を見て人の利益を絶対視せる 実在の変容はただ宇宙義認ぞただこのためぞ(備考:宇宙即神、神即宇宙の万有在神論こそ宇宙義認産めり。人中心主義的新教イズム(Protestantism)は宇宙忘却の如し。) 何ぞ我との主の祈り十字架に発せり宇宙あはれ受けつつ 5年前(2007年)、ご自宅が漏電で全焼となるという出来事に見舞われたあと、「焼け跡コンサート」も行われたという上田達生さんご夫妻のおられる「光の海舎」まで、兼清先生ご夫妻の自動車に乗せていただいて、はじめて今回、お訪ねすることができました。冒頭の写真は、「海舎」の2階から望む「光の海」です。「天国に一番近い村・伊保木」とよばれるほどに、ここはとてもとても、素敵な場所にありました。新しく住み着きたくても、この場所にはおうちを建てることができないそうです。2008年からは「伊保木村フォークジャンボリー」も始まっているようで、上田さんご夫妻に会うために、全国から次々とここに新しい来客がお見えです。上田さんは陶芸家としても名高く、「光の椿窯」の窯元です。今回は「海舎」訪問の写真の中から数枚おさめます。(このたびも写真挿入には四苦八苦しながらですが) 上田さんのリサイタルの写真も1枚加えます 。
2012.11.27

延原時行歌集「命輝く」 (第324回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(107ー5)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月15日~20日 9月18日 母校来信の歌五首 久々にConvivialityの本作り連絡ありて推敲に熱(備考:二月のクレアモントConviviality Conferenceの"Proceedings"刊行のためなり。推敲締切12月1日なりと。) 返事には秋のプロセス学会の盛会振りも書きて伝へぬ 折り返し恩師カブより激賞の言の葉の来て人生万感(備考:ブロッグ著十、京都会議草稿の主旨等伝へし所、Truly impressive! You are wonderfully productive, with ever new, and surprising insights. Johnと返書有り。) 国際の友情つねに折々の通信交し進み行かばや すは大事いふ時にこそ現るる日頃通信成果楽しも 十著目の歌一首 熱誠の友の作りし十著目のバクアップ来開き合掌(備考:『在家キリスト教のすすめ』なり。合掌し、イエスース、クリストス、インマヌエール、アーメン。と我唱へたり。) パソコンの故障で新調はしたものの写真などを収める手管がわからず四苦八苦。頼りになる若き友(昨年春、このブログを後押ししてもらったおひと)の手助けで、やっとこさっとこ、ただいまこれが最初の手始めに・・・・。一昨日(11月24日)、「凪の座40周年リサイタル」(山口県光市民ホール)に出かけて、上田達生さんとその仲間たちの愉快な集いを楽しんできました。こういうお遊びは、昨年春からの隠居暮らし?以後の、新しい日々のなかでなければ味わうことのできなかったものでした。この時まで、なにほどのこともできていないのに、なぜか大きな天与のご褒美が舞い降りてきているような・・・・。冒頭の写真は、「凪の座」の座長役の上田さん。これまで活躍してきたメンバーたちはすでに旅立ち、いまステージに立つのは上田達生さんただ一人! 「40年」の祝杯を多くの仲間たちで祝いあげました。ホールは満杯! 「我夢土下座」をはじめ友情出演も満載!上の写真は、その仲間の笠木さん(右)と増田さん(右)です。次の写真は、上田さんとお孫さんとそのおともだちです。オープニングであの「ポンポン船が帰って来る」を見事にお孫さんたちが歌い上げました!!この日、親切なご夫妻と知り合いになり、光市の美しい海と山をドライブて案内してもらいました。いま紅葉が最高で、輝く「光の海」が綺麗でした。「椿窯」の窯元で陶芸家としても知られる上田達生さんのご自宅にまでもお邪魔いたしました。このレポートは、次回にもつづきます。
2012.11.26

延原時行歌集「命輝く」 (第323回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(107-4)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月15日~20日 9月17日 Perfectの歌二首 朗々と箴言復唱終へしのち我Perfect言ふや妻もしか言ふ 晩祷の最後にアーメン唱へたる妹背我らに真(まこと)殷々 時代総括の歌三首 この時代神学的に総括し三十八の日英著編む この時代かく総括のありてこそ次代に奉仕成せし如くぞ この時代物のあはれのありてこそ次代の歓喜備へ行くなり 物のあはれの主の祈り歌一首 何ぞ我見捨て給ひし我が神よかく主叫ばる我らのあはれ (備考:我らの遺棄性物のあはれとして主の「我」に化したり。受肉の極致ぞ。) 以下 鳥飼記す昨日の朝、いつものようにブログUPに取り掛かると、なぜかパソコンの故障で、回復作業を進めましたが、結局買い替えることになりました。ようやく使い慣れてきていたところでしたが、はじめからのセットアップ、印刷や写真などすべて・・・・。機能の進展はよいのですが、まったくの素人にちかいわたしには、ひとつひとつが初体験のようで・・・。ただいま、やっとこのような作業が可能になりました。「ボケ防止」には、これは確かに効き目がありそうです。多くの未公開の写真など、大切なものがたくさん消えてしまいましたので、今ベランダに吊り下げた柿ふたつを、雨の高取山をバックに寫しておさめてみました。あすからちょっと、遠方にいる友を訪ねて、ゆっくりとしてまいります。よい連休をお過ごしください!!
2012.11.23

延原時行歌集『命輝く』 (第322回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(107―3)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月15日~20日 9月17日 驚愕の歌一首 驚愕す熱誠の友ついに今日九冊目バクアップし給ふ(備考:『良寛とトマス・ベリーと共に』『滝澤哲学のアンセルムス的省察』『哲学の喜び』『復活の省察』『称名キリスト教に向けて』『無→者のためのプロセス神学』『わがチャプレンシー論の夢』『9・11とプロセス神学』『しるしの誕生とアナロギア神学の新機軸』の九冊なり。すぐに出版社に送り編集刊行に至ること可能なりとは!) 嗚呼の歌四首 旧著十一度書きしが十七ぞ新著十三英著八なり(備考:『今こそ傷口をさらけ出して』『「イエスとキリスト」問題へのanalogia actionis[行為の類比]の提言』『仏教的キリスト教の真理』『無者のための福音』『三分間のおとずれ』『地球時代のおとずれ』『ホワイトヘッドと西田哲学の<あいだ>』『地球時代の良寛』『地球時代の政治神学』『対話論神学の地平』『至誠心の神学』『あなたにいちばん近い御方は誰ですか』+カブ著拙訳『プロセス神学の展望』『再版・プロセス神学の展望』『対話を超えて』『とりなしの祈り』『生きる権利死ぬ権利』の十七冊なり。) かくて我三十八の著作集作る喜び恵まれし嗚呼 一字とて書かぬ日はなし半世紀孜々と励めり著作嬉しも 我綴る物のあはれの言の葉はあはれと覚る胸ありて澄む 毎年「相楽園」で開催される「神戸菊花展」、今年も見事なものもでした。あと数日で閉会になります。菊と共にいま庭園の紅葉が絶景です。今回は今年の「菊」の一部を取り出してみます。同輩のみなさんで賑わっていました。
2012.11.20

延原時行歌集『命輝く』 (第321回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(107―2)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月15日~20日 9月16日 命和めるの歌六首 久方の秋の日差しはあたたかく命和める使ひなりけり (備考:秋の日差し命和める恩寵の使者なりけり。) 昨夜にもまた草稿に注一つ付して歓びいや増すごとし(備考:草稿「神と自然の変貌」末尾に、「前進する世界の諸事象変容中」を「神道的神の諸性格」と記しぬ。) 熱誠の友の作りしバクアップ四冊目届く深夜嬉しも(備考:『哲学の喜び』『滝沢哲学のアンセルムス的省察』『復活の省察』に続けて『称名キリスト教に向けて』鳥飼師より来。実に実に驚きぬ。) 密やかな願望ふと今芽生えたり全集本の刊行をとぞ 旧著十新著十二と英文著加へて実に三十巻か (備考:これ和みの中の一人遊び夢想なり。楽し。) 我が欣求在家称名キリスト教主の祈り乗り一歩一歩と (備考:一歩一歩となり。) 近くの長田神社で行われる「薪能」は有名で観たことはありますが、そこから歩いてすぐのところに「上田観正会能楽堂」があって、昨日午後に「65周年記念大会:森観壽会大会」の催しに初めて出かけました。旧知の方のお招きがあり、「江口」を1時半から3時まで演じられるということで、初体験でした! 書物や映像とはちがうナマはお見事でした。お招きをいただいた上に、手土産まで戴いてしまいました。こんな近くに「能楽堂」のあったことにも驚きました。 我が家から能楽堂まではぶらり散歩およそ15分、長田商店街を通り、新湊川を越えて、長田神社の東側を少し上がったところにあります。下の写真は、能楽堂に入る前の、ぶらり歩きで撮しました。 今朝の日の出前の東の空です。
2012.11.19

延原時行歌集『命輝く』 (第320回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(107―1)和みの歌、いのちの歌、言葉なしの歌、命和めるの歌、驚愕の歌、嗚呼の歌、Perfectの歌、時代総括の歌、物のあはれの主の祈り歌、母校来信の歌、十著目の歌、新リフォーメーションの歌、朗々の歌、歌の歌、挨拶頓智の歌とそのあとの歌、を巡りて、の記 2012年9月13日~20日 9月13日 和みの歌二首 血糖も数値よしとぞ述べ給ふ片桐医師の笑みに妻笑む このところ日一日と和み増す折々の事何れも尊し 9月14日 いのちの歌一首 不可分を神の属性非ずしてリアリティと見いのち深々 9月15日 言葉なしの歌二首 この歳になりて十著の現れし幸い誠言ふ言葉なし 延原さん何か痛みはありますか父さんよ我が痛み何やった(備考:北越病院訪問リハビリセラピスト大島誠雄氏の問ひに、妻「痛み何やった。父さん覚えてるやろ」と言ふ。つまり、頭も足も痛み消へしなり。これ著しき事なり。) 昨日の土曜日午後、ほぼ同時刻に、延原さんは「良寛講座」の講演に、わたしは「一麦保育園創立80周年記念」のお祝いにで、かけました。冒頭の写真は、賀川豊彦の書に升崎外彦に挿絵のある名高い作品を「80周年記念」に「一麦の碑」として除幕されたもの、そして上の写真は数々の記念に頂いたお品の一部です。「賀川豊彦献身100年記念オフィシャルサイト」http://k100.yorozubp.com/ で「一麦保育園」と関係の深い「吉田源治郎」と「武内勝」を長期連載した折りに、この園の顧問・梅村貞造氏のお助けを頂いたご縁でお招きがありました。記念式の第1部は教会礼拝堂において記念礼拝、第2部は園庭でのアーモンドの記念植樹、第3部は賀川メモリアルホールで和やかな感謝会と続きました。ここには、立派な礼拝堂と記念礼拝、イエス団の黒田道郎理事長による記念植樹、そして感謝会での保育士のみなさんの見事なハンドベルの演奏とうたの様子をUPします。5500名もの卒園児を送り出し、宗教教育と自然保育で戦前戦後にわたり、日本の保育界を先導してきた歴史の厚みを彷彿させる、立派なお祝いの会でした。なお、現在も「吉田源治郎・幸の世界」の補遺を同時進行のブログ http://d.hatena.ne.jp/keiyousan/ で連載中です。 最後に、園庭にある大きな銀杏の樹を収めます。
2012.11.18

延原時行歌集『命輝く』 (第319回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(106―5)ノーちゃんの祈り、不可分不可同不可逆の歌、存在底活劇の歌、不幸幸の歌、発題講演の歌、学会後の歌、神人学の妙味の歌、を巡りて、の記 2012年9月7日~14日 9月12日 妙味の歌二首 滝沢の神人学の妙味とはロゴスに向かふ基本姿勢ぞ この妙味深き低みに置かれつつなお遡及するいのち動態 9月13日 年長けての歌二首 年長けて又書くべしと思ひきや十巻本の重さずしりと 今はまた生涯の書を脱稿す受肉神学第十一巻 9月14日 未明までの歌一首 未明まで神と自然の変貌の注付け励む楽しかりけり 明石城のお堀りにはいくつもの噴水があって、七色の虹が見えました。上の写真はそれも撮したつもりですが・・・・。はじめ、遠方につがいの白鳥が日向ぼこしていましたが、しばらくして堀のなかに入って、なんとその二羽の白鳥が、スイスイとこちらに近づいてくるではありませんか。そしてほんとうに、目の前までやってきて、さらにスイスイと急いで泳いでいくのです。なぜかと思いましたら、ひとりのおじさんがお堀の鯉たちにエサを与えているのです。二羽の白鳥は、そのエサを目指してスイスイと、わたしの前を通り過ぎていったのでした。ほんとうは餌やりは禁じられているはずですが・・・・思いがけない景色をみさせてもらいました。このお堀には、大きな錦鯉がたくさんいることも、よくわかりました。
2012.11.17

延原時行歌集『命輝く』 (第318回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(106―4)ノーちゃんの祈り、不可分不可同不可逆の歌、存在底活劇の歌、不幸幸の歌、発題講演の歌、学会後の歌、神人学の妙味の歌、を巡りて、の記 2012年9月7日~14日 9月9日 物語せりの歌二首 我妻の物語せり学会後友の一人はノート離さず (備考:我英文箴言最初の七条みな復唱せり。これらノートに写されしなり。) 語るほど誠にこれぞ不思議なる我が家の話恩寵溢るる (備考:恩寵人々へ告げ、溢るなり。) 9月10日 秋ソックスの歌一首 我妻に秋ソックスを求めたり黒が基調と告げられし哉 9月11日 驚きぬの歌二首 驚きぬ良寛本のブログをば熱誠の友バックアップせり 今まさに出版可能のこの用意如何に慈悲心深きことかな 「明石公園ぶらり散歩」、仕事をしていた頃までは、こんなゆっくりとした、ぶらりぶらり散歩の時は持てませんでした。ブログをはじめたおかげで、デジカメをポケットに入れて、出会った景色やものを、収める楽しみをみつけ、こうしていくつかのものをUPして、家族や身近な友に見てもらっています。とりわけ、延原さんの「歌集」を連載させていただくようになって、見知らぬ方々が多く、毎日ご覧いただいているようです。「歌」と「写真」がうまく調和しているのでしょうか。有難いことに、嬉しい日々がつづいています。明石公園のぶらり散歩は、明日もう一回続きます。
2012.11.16

延原時行歌集『命輝く』 (第317回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(106―3)ノーちゃんの祈り、不可分不可同不可逆の歌、存在底活劇の歌、不幸幸の歌、発題講演の歌、学会後の歌、神人学の妙味の歌、を巡りて、の記 2012年9月7日~14日 9月8日 発題講演の歌五首 生涯の歩み顧み発題の講演に我酔ひしれし哉(備考:日本ホワイトヘッドプロセス学会第34回学術大会シンポジウム「神と自然」に「神と自然の変貌ールターからカブ、滝沢、西田、ホワイトヘッドまで」草稿を持ちて臨むも、ほとんど自由に口頭発表試みぬ。重要箇所は日英しっかりと読みたるも。楽しかりき。) 神道の話のあとに我語るルターより始めてホ氏の冒険宇宙 (備考:最初は鎌田東二京大教授の神道理論の開示なりき。甚だ佳し。) 日ノ本の国のむすひを語る師の笛の音色の余韻殷々 神道とホ氏の哲学調和して和気藹々の学会嬉しも 友述ぶる物のあはれはホ氏の言ふ客体的の不滅性佳し (備考:荒川善廣天理大教授の言、その著『イデアと物のあはれ』文芸社と共に佳し。) 今回は明石市立文化博物館側から明石公園に入るコースで、広大な公園のほんの一部分を歩いただけですが、ここから望む美しい明石城の写っていた未掲載の写真を並べてみます。やはり「お城」というのは絵になるようで、写生同好会のみなさんが、絵筆を運んでおられました。
2012.11.15

延原時行歌集『命輝く』 (第316回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(106―2)ノーちゃんの祈り、不可分不可同不可逆の歌、存在底活劇の歌、不幸幸の歌、発題講演の歌、学会後の歌、神人学の妙味の歌、を巡りて、の記 2012年9月7日~14日 9月7日 存在底活劇の歌三首 人たるの根底にある活劇は神人間の間の深み この深み神人よりも深くして神人共に至誠ほかなし (備考:至誠心とはここに胚胎する霊性也。まず神のなり。) 不可避的至誠に自覚及ぶ時神本覚の境地あるなり 不幸幸なりの歌五首 この不幸身に及び来て一年余こここそ場なり称えの家ぞ 苦を通し称へぞのぼる御神へそれなくしては何故の命か (備考:苦ありたる故に信仰の場去る人有り。称えの機会逃すなり。) この秋の景色眺めつ新幹線旅ゆく幸も眼の見ゆるこそ 眼の見ゆるこの幸ひは白内障患ひてこそしみじみたるよ 我が主エス御苦しみにぞ与るる我が家の苦難甞めしは幸 今年の明石公園の菊花展、お見事でした! この時にあわせて咲き誇る菊たち、毎日その生育を手助けしてきた人々、そしていま鑑賞してたのしませてもらうわたしたち・・・・。花を愛でるこの公園は、至福の場所です。
2012.11.14

延原時行歌集『命輝く』 (第135回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(106―1)ノーちゃんの祈り、不可分不可同不可逆の歌、存在底活劇の歌、不幸幸の歌、発題講演の歌、学会後の歌、神人学の妙味の歌、を巡りて、の記 2012年9月6日~14日 9月6日 ノーちゃんの祈り一首 御神よ相済みません都合いいお祈りばかりする我らげにも 9月7日 不可分不可同不可逆の歌六首 一時期の不可逆可逆論争は論争の快楽しみしなり(備考:恩師滝沢『仏教とキリスト教』(1950)で以って久松学派とのこの論争始めぬ。クレアモントにて1979年阿部正雄氏我より滝沢著多数借りて閲読。かくて論争再スタートとなる。学術論争の快我傍より一見せり。されども快は快也。社会的痛快なり。いまだ思索の歓喜にあらず。) されど今徹底思索試みて我歓びにゆくりなくあり(備考:喜びは不可分、不可同、不可逆の自然神学的連携見るにあり。存在論的不可避性、自覚、招喚の三次元見ざるべからず。) 不可分は神の属性非ずして神人間のリアリティなり(備考:即ち存在論的不可避性也。神も人も絶対平等の不可避性也。これを存在論的至誠とも言ふなり。) 尊きは神人間のリアリティ絶対矛盾自己同一ぞ これを神覚り給ひて本覚を全うせるは不可同の道 (備考:我ら人本覚持たず。故に神人不可同なり。) 神性の内部の光輝表して世救はんとは不可逆の慈悲(備考:これ実はバルト神学の積極的主張の核心なりき:「主はその高さと深さを持った神性の内的豊かさの全体を、外に向かって実証し、啓示するためにそのようなこと(和解)を欲し、また行い給うのである。」教会教義学第四巻第一分冊232頁参照。) 広大な明石城公園の中に「武蔵の庭園」があります。自由に市民が出入りでき、はじめてここをゆっくりと散歩をしてみました。ススキが美しく、歌碑もありました。もちろんお城を眺めることもできました。
2012.11.13

延原時行歌集『命輝く』 (第314回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(105―6) 秋のはじめの歌、妻の歌、復唱会話の歌、を巡りて、の記 2012年9月1日~5日 9月4日 妻の歌五首 ワイシャツはちゃんと有るかと訊く妻は京都講演描きおるなり ラコステの秋のソックス楽しみに待つといふ妻いじらしきかな 一篇の説教亡友(とも)に捧げたり今子息あり牧者継ぐ佳し これを聴き妻さめざめと涙せり牧師世界の友垣佳しと 眠気あり今日の復唱先細りそれでも語尾に力残れり 9月5日 復唱会話の歌二首 ノーちゃんよPhilosophy何や哲学やあんた賢い今頃かいな ノーちゃんよBuddhismって何や仏教や光っとるな当たり前やわ 介助終へ園より車走らせて思ふは深き主の恵みなり 「ウィリアム・モリス展」(明石市立文化博物館)を観て、すぐ隣に地続きで広大な「明石公園」にぶらり散歩ができます。公園の正面玄関とはちがう景色で、少し小高い場所から公園内の大きな森を眺めることができ、いま紅葉が綺麗です。この見はらしいのいい場所に、ひとりのおじさんがおられました。色鮮やかな野鳥のヤマガラに、ひまわりの種を手のひらに乗せて、お遊び中でした。つぎつぎとヤマガラたちがあつまってきて、あじさんの手のひらに乗ってきます。この光景はテレビなどでも見たことはありますが、初めて見て、しばし時を忘れてしまいました。「あなたもやってみますか」と誘ってもらったのに、写真を撮らせてもらうだけで、惜しいことをしました。我が家のベランダに来るスズメたちも、手乗りスズメになってくれるかもしれません!!
2012.11.12

延原時行歌集『命輝く』 (第313回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(105―5) 妻の事の歌、を巡りて、の記 2012年9月1日~6日 9月4日 妻の事の歌四首 好物の御饂飩昼餉出でにけり妻嬉しげに考えとるな (備考:愛宕の園の厨房もよう考えとるな、おおきに。) 御神の祝福受けし妻の事驚愕新たあの手のうごき (備考:思ひ返すも驚愕日々新たなり。) 驚きぬ実に驚きぬ驚きぬ妻の手掴む書籍麗し 心より汝(なれ)の望みを我うけて講壇に立ついかに嬉しき (備考:かの時の上智行、クレアモント行、此度の京都行。) 昨日は「但馬日高伝道所創立60周年記念」のお祝いに出かけました。兵庫県の但馬地方、コーノトリ・城崎温泉・出石そばなどで人気の豊岡市にあり、JR江原駅からすぐ近くです。冒頭のネコの写った写真は、記念に頂いたこの教会作成のPOST CARDの1枚です。会堂正面の十字架のデザインがユニークで宇宙・地球・まち・わたし(たち)のしっかりと立つキリスト、というイメージなのでしょうか。関西学院大学神学部で学ばれた若い女性の牧師さん(山本桂子牧師)がご活躍の教会で、教会堂の献堂に当たられた内田伊三雄牧師のお話もあり、手作りのぜんざいなど頂きながら和やか懇談と交わりがもたれました。この教会の創立者・吉田源治郎牧師のご生涯をネット上で公開したご縁でご案内をいただき、出かけることになったのですが、わたしたちが最初に赴任した琵琶湖畔の農村教会(「仁保教会」といいました)は、民家を半分活用して1回が会堂、2階の屋根裏が牧師館という「家の教会」でしたから、築後50年余りとはいえ、たいへん輝いて見えました。お祝いの模様と帰りに教会員の皆さんから頂いた記念の品々のうちのいくつかを我が家に戻って撮しました。甲子園二葉教会の元正章牧師の運転で、いきかえり車窓からの壮大な紅葉の景色を満喫させてもらいました。今年もカニの監禁の時期で、せっかく但馬にでかけましたのに、城崎温泉にも泊まらず、コウノトリや出石そばも素通りして帰ってきたのは、少々心残りの思いもいたしました・・・。またの楽しみですね。秋の但馬路はまた、素敵です!!
2012.11.11

延原時行歌集『命輝く』 (第312回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(105―4) 秋のはじめの歌、箴言何やの歌、忘我刻刻の歌、を巡りて、の記 2012年9月1日~6日 9月3日 箴言何やの歌三首 ノーちゃんよcoreとはなんや核心やThis is the core of Christianityやな(備考:第二・三条復唱の後妹背対話なり。I am not a philosopher; but I know the philosophical world. This is the core of Christianity.) ノーちゃんよI'm blessedとは何やわたしはね祝福されていますいふこと (備考:第六条:Nobody can touch me; because I am blessed.) 箴言を復唱しつつ邦訳を尋ねて光る妻知性佳し (備考:微睡からの覚醒の如し。) 忘我刻々の歌三首 この世をば憂しと辛しと思ふより砂場の遊び思ふ我哉 何時までも砂場遊びの忘我ほど有難きもの無し著述是 見ゆる眼の喜び絶へぬ刻々よ刻々の幸宇宙刻々 (備考:刻々の幸も宇宙刻々なりてこそ。恩寵先行なり。) 明日までの「ウィリアム・モリス展」、間に合いました。先の「山下清展」も感動ものでしたが、この博物館の企画はたいしたものです。芸術の秋、電車に乗ってすぐ近くで、19世紀のイギリス詩人でモダンデザインの父として知られる彼の作品を堪能できるのは、何とも贅沢なことです。多彩な作品の紹介は、当然撮影禁止ですのでできませんので、ここでは明石駅から徒歩すぐの会場を望む景色や博物館から眺める明石大橋、博物館前の「水車とタイ」やモニュメント、館内の大きな船「住吉丸」など、少しだけUPしてみます。
2012.11.10

延原時行歌集『命輝く』 (第311回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(105―3) 秋のはじめの歌、園にて妹背対話の歌、宇宙の歌、を巡りて、の記 2012年9月1日~6日 9月3日 園にて妹背対話の歌二首 朗々と三十条を吟じ行く我ら妹背に秋来りけり ノーちゃんよあんた頭のええ人や素晴らしいなあそやで父さん (備考:英文となると顔輝くなり。) 宇宙の歌二首 宇宙とは何者なるか問はるればThings of importanceと我答へたし 何にせよimportantと見做す者宇宙の主ぞThingsよ喜べ ぶらり登山:高取山、追加分は今回で終わります。安井茶屋で一服して、ここで大満足。今回は頂上までは登らずに、山を降ります。この道は、毎朝登山をされる道ですので、道も落ち葉を踏んで歩く道ではありません。このコースも年中何度上り下りしても、飽きることのない場所です。街に降りてきて、たまに喫茶店で一休み・・・・。
2012.11.09

延原時行歌集『命輝く』 (第310回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(105―2) 秋のはじめの歌、を巡りて、の記 2012年9月1日~6日 9月3日 秋の朝の思ひの歌二首 何事も一日ずつに回転すどの一日も神の時なり (備考:殊に洗濯は毎日の回転なり。回転感ずと生くる感ずる。) 庭の花水やる時を楽しめる我心何時戻りしかとも (備考:闘病看病妹背一年九か月の思ひなり。) 第十著の歌二首 我昔クレアモントの学寮で夏うだる中一書綴れり (備考:滞米小説教集なり。) 今これを在家基教のすすめにぞ収めてブログ第十著なる(備考:熱誠の友鳥飼慶陽師と二人三脚。彼テキスト化我推敲注付け。思ひのほか大部なる第十著今ブログで旬なり:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai歌も進みおるなり:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 感謝無限も。) 冒頭は私たちの住宅の、上は高取山の「カクレミノ」の葉っぱです。蓑に似ていて名づけられたようですが、同じ木の葉っぱがこんなにも違っているのも珍しく、高取山には数多い「カクレミノ」の葉っぱを、安井茶屋のテーブルに並べて撮りました。昔から年に数回、この馴染みの安井茶屋をめざして登ります。ここが六甲山の縦走経路で、輪投げなど楽しめます。
2012.11.08

延原時行歌集『命輝く』 (第309回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(105―1) 秋のはじめの歌、を巡りて、の記 2012年9月2日~6日 9月2日 秋のはじめの歌五首 改善は一歩に一歩押し寄せる新マットレスメタボリズムも (備考:やわらかい新マットレスに換え、お尻の痛み消ゆ、メタボリズム快調なり。) 日日の歩みの中に静々と主の祈りゆく優美なりしも(備考:優美とはホ氏形而上学の基本語なり。キリスト教神学ではGrace恩寵のことなり。) 水やりしばかりなるやも花の鉢蝶蝶が来て止まりおる秋 すぐ前の青桐繁み豊かなリ朝の陽受けて輝く葉たち (備考:我が家のすぐ前の第一中学校庭の青桐みごと。) はあとふる迎え車のいちはやく到来ととも妻の笑みゆく はや今日は「冬至」、暦どおりの季節の移り変わりです。このところ、たびたびぶらり散歩を重ねているせいか、散歩先の写真のUPが途中になったままのものが多くなっています。季節はずれのようになりますが、今回は10月14日に登った高取山の追加分です。いつものコースを変更して、ひとの殆ど通らない道を登りましたので、そこからの景色を収めておきます。おめあてはここを越えて馴染みの「安井茶屋」ですが、それは次回に。
2012.11.07

延原時行歌集『命輝く』 (第308回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(104―2)変貌論の歌、清風一陣の歌、北越病院にての歌、熱誠の友ありの歌、朝ぼらけの歌、を巡りて、の記 2012年8月28日~9月1日 8月29日 涼風一陣の歌三首 なにごとも一歩一歩と捗るは主の隠れたる祈りありてぞ 夏うだる我変貌の神自然論じ得たるや涼風一陣 ルターより我運ばれてホ氏にまで省察届く優美ありけり 8月30日 北越病院にての歌一首 調子はと聞く祖父江師に我妻はまあまあですと笑みたるも佳し 8月31日 熱誠の友ありの歌一首 熱誠の友ありてこそ十巻の我が著陽を見る時ぞ来れり 9月1日 朝ぼらけの歌一首 朝ぼらけ微睡解けぬ我が内に満ち満ち来る感動の波 (備考:白内障脱し、講演草稿なり、妻好調の今のこの時ひとへに主の祈り感ず。) 今日は「ゆく秋」の日とか。カニの解禁だそうで・・・・。次々とぶらり散歩の写真が増えるために、大切な写真が未掲載のまま、新しい写真に追い越されてしまいます。どうしましょう?先月(十月)中旬に写していた「秋の空」もUPできていませんでした。遅まきながら、ここに数枚収めて置きます。沈む夕陽や瀬戸海の方もうつしていましたのでそれも添え撮影順に並べてみます。
2012.11.06

延原時行歌集『命輝く』 (第307回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(104―1) 変貌論の歌、を巡りて、の記 2012年8月28日~31日 8月28日 変貌論の歌五首 本日は神と自然の変貌論ルターからホ氏書き始めたり(備考:日本ホワイトヘッドプロセス学会「神と自然」シンポジウム(京都、9月8~9日)の発題講演のためなり。) ルターにもホ氏にもあるは二概念義認と悔悛意義多様なり 顕著なる現象はこれホ氏の書く自然神学二概念駆使(備考:なにゆえにホ氏ルターの宗教改革における基本的二概念を己の「新しきリフォーメーション」The New Reformationのために駆使せしか、甚だ興味深し。必ず二概念の意味変容あり。要するに、ホ氏の『観念の冒険』末尾の文面における二概念の駆使、彼の心憎きルター理解のルター変革なりとは我が直観なり。さて?) ホ氏論ず宇宙の義認ありてこそ実在変容意義あるべしと(備考:Justificationを単に「正当化」と訳すは面白み半減なり。ここはやはり「義認」ナリ。実在変容は、Transmutation(ルターでは「悔悛」)of the Realityとの文字なり。) ルター告ぐ歓びて我悔悛す汝(なれ)我が内に義とされんため (備考:ルターの原文:Libenter peccator ut tu iustificeris in me.なり。) 昨日(日曜日)の午後、このブログでも紹介した日本画室井澄「大山の四季」(そごうギャラリー)と古川泰龍回想展「月もひとりか」(ギャラリー葉月)に出かけました。特に交流を深くしていただいた古川泰龍師の書とご生涯の足跡、そして秘蔵の映像の公開はありがたいひとときでした。初めてご子息ともお会いできて、青春の頃の古川師との邂逅の不思議をお伝えできて嬉しくうれしく・・・・。今回の回想展では師の宮沢賢治への深い傾倒ぶりを確かめることができたことが大きな発見でした。神戸では明日まで、これから静岡、そして東京で開催されます。よい回想展です。更に昨日は友の急逝の報が入り、急遽夜、お通夜に参列しました。辛い病に耐えて生き抜きました。現役の公務員で長く民生委員としても活動してきましたが、定年前の急逝は惜しまれてなりません。平安あれ! IXIA!!「ぶらり散歩:新湊川公園」今回が最終回です。新湊川に添って新しく整備された公園を、川下からのぼってきましたが、長田神社から新湊川に合流する辺りまでのところの風景をUPします。長田神社の境内もたびたびUPしましたが、この界隈に足を運ぶのも楽しみなコースです。
2012.11.05

延原時行歌集『命輝く』 (第306回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(103―6)この時嬉しの歌、我らの歌、時の歌、本年の歌、主の祈りの歌、左眼開眼の歌、眼力新たの歌、省察歓喜の歌、を巡りて、の記 2012年8月22日~27日 8月27日 省察歓喜の歌八首 我昔ツードクターに奮戦す地底這う道省察歓喜(備考: 1976年夏渡米クレアモントにて研鑽、先ずD.Min. (Claremont School of Theology: "The Post-Modern Religious Revolution in East and West: Toward a Theological Conceptualization of Time, Praxis, and Peace in Process Perspective" in 1978) ; 続いてPh.D. (Claremont Graduate University, Religion Department: "God and Analogy: In Search of a New Possibility of Natural Theology in 1981) なり。それまでの関西にての地を這う労働者牧師修行12年間(1964~76)を我省察する日々米国にて満喫せしなり。苦闘の日々ありて省察の歓喜絶大なりき。) 米国の高等研鑽楽しきは己が道をば掘り下げる時 (備考:徹底せる自己省察の日々妙なる体験なりき。) かくしてぞ我が研鑽は地底行く道を省察友垣佑く (備考: 熱誠の友垣日ノ本にありて我と妻を佑け給へり。感謝無限。) 日ノ本の国の基教は新島の辿りし道をなぞりつ実務 (備考:我が母校同志社校祖新島襄は典型示せり。) これをしも実務基教と呼ぶべきか宣教師あと辿りつ追ひつ 誠にぞ省察基教そこに無し追随のうち思索芽生へず(備考:形而上学的思索のことなり。ホ氏言へり: Thus the attack of the liberal clergy and laymen, during eighteenth and nineteenth centuries, upon systematic theology was entirely misconceived....Thus an attack upon systematic thought is treason to civilization....Their true enemy was the doctrine of dogmatic finality, a doctrine which flourished and is flourishing with equal vigor thoughout Theology, Science, and Metaphysics. (Adventures of Ideas, Mentor Book edition, 165-66) 校祖形而上学的神学学ばず。然るがゆえに弟子たちにもこの気風なし。) 我昔ツードクターに奮戦す地底の修行省察徹す(備考:我が省察滝沢とホワイトヘッドを合するものなりき。アナロギア神学新たに開拓せり。これ我独自の道なり。) 省察の証なるもの博士号彼の地尊び此の地避くるも(備考: 欧米にては我が呼称つねにDr. Nobuharaなりき。これ省察への社会的尊敬の気風を表せり。日ノ本の国にては人々この気風なし。この呼称避ける如し。これわが国省察社会ならず、実務社会なる故の如し。IPO高校生哲学エッセイコンテストもう10年奮闘するも傑出せず。省察社会の気風知らず、実務社会の子なるが故なり。日ノ本の国にて本格的学術大学産むこと至難なり。傑出と卓越目差し尊重する気風さらに無き故なり。凡庸と協調性が好まるる如し。それだけでは学術栄へず。Ph.D.なくして哲学教授応募もある国なり。いと奇異なりと欧米では思はる。精神弛緩せるに非ずやと。我等応へるべきなり。) 実りあるべしの歌三首 学術の誠学び舎建つるため省察基教礎据へし 幾年も幾年も経て実るべし実務基教の知らぬ喜び 主の祈り静々と行く日ノ本の国の思索に実りあるべし (備考:祈りなくして思索なし。主祈り給へば思索せざるべからず。) 新湊川公園はさらにのぼって行くと、古くから散歩・ジョギングコースにもなっている場所に続いています。なんども歩いているところなにに、今回の散歩で初めて気づいたのもが、上に収めた「御船山旧跡」の石柱です。川向こうにも公園があって、旧跡がいくつもあり、阪神大震災の慰霊碑も建てられているのですが・・・・。
2012.11.04

延原時行歌集『命輝く』 (第305回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(103―5)この時嬉しの歌、我らの歌、時の歌、本年の歌、主の祈りの歌、左眼開眼の歌、眼力新たの歌、省察歓喜の歌、を巡りて、の記 2012年8月22日~27日 8月25日 左眼開眼の歌二首 左眼も眼帯外しありありと我見し世界青く澄みたり (備考:この青み空気の層より来るならずや。) 久方の夏の日照りを浴びつつも眩からずはいかに嬉しき(備考:白内障の困惑は光有れば眩きことなりき。今これなし。外で野球する人々のこといかでボール見ゆるかと不思議なりしも。) 8月26日 眼力新たの歌二首 校庭でサッカーボール蹴る児童ありありと見ゆ眼力新た 主の祈り不思議なりけり説きし時聴衆の顔輝くぞ見ゆ(備考: 東新潟教会説教壇よりなり。「み名を崇めさせ給えー主の祈りの不思議」語りつつなり。説教後幾人かの教会員の兄姉と語るも嬉し。眼癒され我「飛び上がらんばかりなり」と告白せしが、松尾兄同感したる由。ある姉妹「発想の転換なり」と褒め給ふ。主の祈り実在なりと言ひし所。佳し。) 今朝の神戸新聞に「古川泰龍さんの回顧展」の記事が載りました。若き日に6畳一間の自宅(番町出合いの家)に「福岡事件再審托鉢行脚」の途中立ち寄られて以来、御友誼を頂いた御方です。神戸の向井正さんからシュバイツァーの遺髪を託され「生命山シュバイツァー寺」をつくり、加えてカトリックの神父との交流を深めてこられた僧としても知られています。同時進行のブログでも幾度かUPしていますので、総目次のブログ http://ameblo.jp/taiwa123/ ご覧ください。ところで今回も「新湊川公園」ぶらり散歩の続きです。これまでUPしてきた場所から川上の長田区役所西側の部分がまだ公園整備が終わっていません。しかしこの辺りも以前から立派な木々が植えられた散歩道ですので、そのところを収めて置きます。
2012.11.03

延原時行歌集『命輝く』 (第304回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(103―4)この時嬉しの歌、我らの歌、時の歌、本年の歌、主の祈りの歌、左眼開眼の歌、眼力新たの歌、省察歓喜の歌、を巡りて、の記 2012年8月22日~27日 8月24日 本年の歌一首 本年はブログ著十と二論有り四講演も御手のまにまに(備考:全く熱誠の友鳥飼慶陽師のブログ介助のお蔭なりけり。二論「懺悔の心ー良寛とアウグスティヌスの場合」(敬和学園大学人文社会科学研究所年報、No. 10、2012年)、「二究極者の問題と《神のエコゾイックス》の提言ートマス・ベリーとの対話のなかから」(プロセス思想、第15号、2012年)。四講演:クレアモント2月、東新潟教会8月、日本ホワイトヘッドプロセス学会9月、しばた良寛講座11月。いずれも御手のまにまに。) 8月25日 主の祈り三首 見ゆる事得しめられしは悲惨底隠されし主の祈りなりけり (備考:これをしも手術中実感す。) 主の祈り享けて御堂を望みしも理事解任を告げし学び舎(備考:数年前の公然たる一驚事なり。米国引きはらい新大学創建のため哲学教授兼チャプレン職に17年挺身せしも、挙句は予想通りこれなり。厳粛なる一事実なり。) 主の祈り静々と行く宇宙力悲惨も虚偽も遂に超ゆるも(備考:主の祈りホ氏の言ふthe Eros urging towards perfectionなり。侮るもの暫し侮るなり。その暫しの命競争に蕩尽さるる如し。競争に勝ちたるとて何あらん。宇宙の目的因に届かず。その心虚栄なり。虚栄サタンの領域ならずや。) 近くの「新湊川公園」へのぶらり散歩、綺麗なコサギと目があって、少しで近寄って見たくなり、川遊びもできるところに降りていきました。コサギは、私の前を行ったり来たり、飛んで美しい舞を見せてくれました。河岸から高取山を眺めたり、清流に見蕩れたり、ひとり遊びをいたしました。
2012.11.02

延原時行歌集『命輝く』 (第303回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(103―3)この時嬉しの歌、我らの歌、時の歌、本年の歌、主の祈りの歌、左眼開眼の歌、眼力新たの歌、省察歓喜の歌、を巡りて、の記 2012年8月22日~27日 8月23日 時の歌七首 医院にて時待つ時の楽しみは歌の心の躍る知る時 (備考:信田医院にて今日は左眼手術なり。待つ時歌創る時なり。) 楽しみは訪ふごとに妻の言ふよかったなあの一語聴くとき(備考:手術後愛宕の園にタクシー直行。妻の一語聴くぞ嬉しき。昨日は新しき運転免許取得後一語聴けリ。嬉しも。) 時佑くものありとせば信頼ぞ医師ありてこそ治癒ありぞかし (備考:我が心に信田医師への絶大信頼あり。それ未知の時行く時の佑けなり。) 時の内祈り心の溢れ来て主映す言葉口に出ずるも(備考:手術中左眼卵型の光見つつ、静々と祈り居るなり。光一度消へ再度現る。手術成功なり。その間に白内障に侵されしレンズ新たなる人口レンズと換わりしなり。) 誠にぞ主一人にぞなり給ひ吾一人をば佑く道なり (備考:主一人をば体験せしならずば我が一人を佑くこと能はず。これ救済の道理なり。) 我妻や省献佳日祝されし御神を褒むる心一途に(備考:第一条God blessed the good day of self-reflection and self-dedication.朗々の声園に響けり。) 主の祈り静かに燃ゆる心地して我イマヌエルアーメンなりき (備考:手術中の勤行これなり。) 今年もはや霜月、神戸も今夜はこがらしの到来のようです。昨日の夕陽、あっという間に、雲のなかに沈んでいきました。このところ「ぶらり散歩」で足が向かうのは、若き日に汗を流したゴム工場のあたりで、新しく整備されてきている「新湊川公園」です。晴れ渡った秋の空、川沿いの木々が、それぞれに紅葉して美しく、カメラを向けてみました。
2012.11.01
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