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延原時行歌集「命輝く」 (第359回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(115-3)脳波癒し喜びの歌、風の便りの歌、告知の歌、朝ほどの歌、昨日園にて妻二景の歌、秋深しの歌、昼餉昼寝時妻語りの歌、日ノ本の基教活路の歌、御国に笑む人の歌、を巡りて、の記 2012年10月27日~31日 10月28日 告知の歌六首 ノーちゃんの痙攣の波消へしこと我が地球友語り合ひ笑む (備考:地球友なるものあるなり。) 風便のはたらきありてこの神癒地球友間告知されたり いのちとは告知にありと我信ず此度の悲惨癒されしまま (備考:刻々に癒されしまま告ぐるなり。) 堪へて堪へ闘病看病なにゆえぞ御働きをばふと告ぐるほか (備考:ふとは直ちになり。) 御働き告ぐることほど有難く嬉しきことは世にぞあるなし くさぐさの人生経験あるなれど神事告げてぞ人は人なり (備考:神事、祭り、各人の一刻一刻にあるなり。) 2012年の大晦日です。今朝も延原先生からの「新しい歌」と著作の推敲をはじめ、友人たちからのメール便も届き、いつものようにブログUPを楽しんで、一日が始まります。歌集「命輝く」は今回で359回目を数えます。ほぼ一年を刻んだことになりますね。気ままなわたしのぶらり散歩はともかくとして、毎日のうた「命輝く」の読者は、どうも固定客ができているようで嬉しいことです。本年最終回は、浜に向かってぶらぶらと「尻池街園」(ここには真野まちづくり協議会の毛利芳蔵さんの記念植樹もあります)と「兵庫運河」を完成させた「八尾善四郎翁」の大きな像の建つ「高松橋」あたりに・・・・。冒頭の写真は、11階の住宅玄関から望む綺麗な朝日です。ベランダの方から望む瀬戸内海も添えて置きます。みなさま、どうぞ佳いお年を!!
2012.12.31

延原時行歌集「命輝く」 (第358回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(115-2)脳波癒し喜びの歌、風の便りの歌、告知の歌、朝ほどの歌、昨日園にて妻二景の歌、秋深しの歌、昼餉昼寝時妻語りの歌、日ノ本の基教活路の歌、御国に笑む人の歌、を巡りて、の記 2012年10月27日~31日 10月28日 風の便りの歌八首 我はしも地球人なり風便や直ちに友あり声寄せ給ふ(備考:Adam Scarfe, President of IPN,の「Dear IPN Board」Email末尾にPS: Many thanks to Toki for his recent "Letters With The Wind" update. Our prayers are with you. Sounds like they are answered (to some extent)!!とあり。) 今の時風の便りの威力とは地球の呼吸伝へあふこと 我らみなシャルダンの言ふNoosphereにぞ住めるものなり風便や佳し(備考:『人間の現象』に、物質圏生命圏精神圏(ヌースフィア)の三段階地球進化の記述あり。我ら三層の圏域に住するなり。物質圏では例えば水、生命圏では例えば細胞、精神圏では例えばメール便に、いのちのシグナルありとぞ我思ふなり。) 生涯の仕事進めば刻々に友に告ぐるも心地よきわざ これにより受肉神学そしてまたSystematic Theology of God-With-Us知らる 知らるればまた話しする縁(えにし)あり一刻の報未来呼ぶやも 今の時メール一通彼の時の一旅団ほど威力ありけり (備考:かの時とは第二次大戦時なり。) かくすれば国際間の意志疎通何といふやもしれず楽々 (備考:楽々とは彼の楽我の楽と通ずとの理なり。) 毎朝、入り口の扉を開けて東の空を眺め、牛乳と新聞を手にして・・・・。日の出は遅く、暫しして朝日がさして高取山を照らします。寒中のぶらり散歩、あるいてそう遠くない「兵庫運河」・・今年は「平清盛」で賑わいを見せました。今回も寫した順番に並べて置きます。下の写真は、川崎重工に残るレンガ塀です。
2012.12.30

延原時行歌集「命輝く」 (第357回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(115-1)脳波癒し喜びの歌、風の便りの歌、告知の歌、朝ほどの歌、昨日園にて妻二景の歌、秋深しの歌、昼餉昼寝時妻語りの歌、日ノ本の基教活路の歌、御国に笑む人の歌、を巡りて、の記 2012年10月27日~31日 10月27日 脳波癒し喜びの歌三首 神様がドーンと背中押しはったノーちゃん生きよ言ふてはんねや 昨日は妻の脳波の癒し観て喜びあふれ陶器市見る(備考:この二年茶碗類割れたりかけたり。されど陶器見る心の余裕なかりき。それが、昨日JUSCOの陶器市見て大きなコーヒーカップ三つ購へり。) 思ひ切リ甚だよしとなりにけり深夜英文風の便りす(備考:『受肉の神学』と『Toward A Systematic Theology of God-With-Us』の目次、はしがき添付の上、ノーちゃん癒し前線告げしなり。) ぶらり散歩、浜側のJR山陽線のガードをくぐると、長い歴史を刻む「増田製粉所」この工場があります。以前は古いレンガ塀もありましたが、いまはこの風見鶏のモニュメントが入り口に遺されています。この工場の裏側には兵庫運河につながる景色が開け、神戸駅からの和田岬線の踏切があります。街角に狸君がいたり、冒頭に掲げた綺麗な実(なんでしょう?)が目にとまったり・・・。私たちの住宅も少しずつお正月の準備で、そとまわりも美しく、エレベータ前にも両端に小さな花が飾られました。
2012.12.29

延原時行歌集「命輝く」 (第356回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(114-5)恩師直覚すごしの歌、先週木曜(20日)夜語りの歌、推敲の歌、著述喜びの歌、10月25日の歌、を巡りて、の記 2012年10月22日~26日 10月26日 我が英文著の歌八首 喜びは我が英文著堰切って怒涛の如く開陳の時 欧米はpublish or perishとぞ信ずるも思索時掛け進む風なし されど我一日一歩思索せる濃い神学をやがて示さん そのためによく選びたる拙稿を大著に配し風雅求めん 文学は永遠へとぞ人生の粋運びゆく祈りなりけり 人生の粋まで練りて思索して始めて文は書となるぞかし 時々に競ひ行くこと人情の然らしむるは分かれども嗚呼 粋にまで思索しぬかぬ文は皆時代の中で立ち枯るるかは 延原先生からの深夜便は、ただいま公開中の大作『受肉の神学ー救済論と形成論』の第二編第四章「カール・バルト神学とホワイトヘッドのプロセス神学」第3節と結語の完成稿でした。嬉しい「朝の言葉」として読み終えて、本日のブログ http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ に収めました。先生ならではの独自の省察の彫琢です。ご一読あれ!冒頭の写真は、師走、今年最後の「満月」?です。冷え込むなか、その輝きは冴えわたっていました。今晩は雨模様ですね。昨日は久しぶりに長田の海辺に向かってぶらり散歩・・・・。海・水・船・・・沢山の工場が立ち並んでいます。みなさん忙しく働いておられるのに、昼間っからぶらり散歩とは、どうも・・・。
2012.12.28

延原時行歌集「命輝く」 (第355回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(114-4)恩師直覚すごしの歌、先週木曜(20日)夜語りの歌、推敲の歌、著述喜びの歌、10月25日の歌、を巡りて、の記 2012年10月22日~26日 10月25日 十月二十五日の歌九首 痛みないようですねとぞ車主の言ふ介護タクシー会話弾めり (備考:下越タクシー運転手山内氏介護愛す人なり。) さう言へば二年の内に痛みとれ移乗の折もしなやかな妻 血液と脳波検査に北越のホスピタルにて妻静かなり 痙攣の波なしと告ぐ祖父江師の温顔に笑み妻転寝(うたたね)す(備考:脳挫傷手術の最大の後遺症ー痙攣の脳波ー消ゆとの驚天動地の朗報なるに、検査疲れで本人様転寝の如し。) 二年なる月日刻みて祝福の歩み続ける我ら不思議も (備考:実に実に不思議なりけり。) 新発田市のはたらき人の愛情を身にぞ浴びつつ妻と我活く 夕餉我鱈水炊きを用意せり誠美味なるフォンデューなりき デザートに華鳳饅頭いただきて妻の一言美味しいわこれ 秋の夜の更けるに任せふと思ひ英文主著の目次我書く 十 A Systematic / Theology of God-With-Us: / Against the / Background of the East-West / Philosophical Dialogue(備考: これにて既にオンライン公開せる三著とそろい踏みなり :1. Anselm's Argument and Buddhist Wisdom; 2. Buddhist-Chrstian Apologetics; and 3. Barth and Whitehead.さらに、目次作成続けん。而して英文著出ずる時、雑誌論文にてオンライン閲読せし方々我が哲学的神学の全貌賞味下さらん。いざ孜々として励まん哉。) 2012年もあとわずかになりました。新潟・新発田市の延原先生のお宅は、いま雪かきで、このところ段取りよくやっています、とのお電話がありました。神戸も寒い一日でした。住宅の暮れの準備で、庭木の処理や雑草退治の敷石など・・・・。今回は、美しい夕陽と花たちをUPします。
2012.12.27

延原時行歌集「命輝く」 (第354回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(114-3)恩師直覚すごしの歌、先週木曜(20日)夜語りの歌、推敲の歌、著述喜びの歌、10月25日の歌、を巡りて、の記 2012年10月22日~26日 10月24日 著述喜びの歌九首 生涯の歩みを綴り御恩寵証し立つるは誠喜び 半世紀書き来りてぞブログにて拙著公開推敲出版 四段階踏みて著述の喜びはいやまさりゆく心地こそすれ (備考:半世紀の述作活動、ブログ公開、推敲、而して出版、の四段階なり。) 只今は十一巻目我が著作受肉神学たけなわ正に 昨日は我が著作なる喜びを妻と義妹と友と分かちぬ (備考:各々に慶びの言の葉送り給ふ。感謝無限。友は熱誠の友なり。) 推敲の一字ます毎我が著述一段ずつに深まりてあれ 心してやよ磨きゆけ一字ずつ御恩寵をぞ証立てんと かくしてぞ何時の日からか我が著述延原工房いとなむ如し 称名の基教に向けて推敲も妻の箴言入れて進むよ 冒頭の明治十一年に建てられた「式内 長田神社」は、神戸地下鉄「長田」駅と地下鉄「高速長田」駅から出たところにあり、赤い大鳥居のある長田商店街を歩き、途中に上の祠がつくられています。今年の師走もクリスマスを過ぎ、慌ただしく時を刻み、2013年の元日を迎えますが、毎年新年の長田神社参詣者のために全面交通止めとなって大賑わいになります。今回はいくつかの石柱と最後に境内の中にある掲げものをひとつ添えて置きます。同い年の「皇紀2600年記念」の石柱もありました。
2012.12.26

延原時行歌集「命輝く」 (第353回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(114-2)恩師直覚すごしの歌、先週木曜(20日)夜語りの歌、推敲の歌、著述喜びの歌、10月25日の歌、を巡りて、の記 2012年10月22日~26日 10月23日 先週土曜日(20日)夜の語りの歌三首 家にては寛ぎたるや我が妻ぞ夜間の語り喜々たるぞかし(備考:愛宕の園にての五日間が過ぎ家にては思い出すごと、くさぐさのことども語るなり。翌日はあとふるデイサービスセンターにて眠りこけしも。) 思い出すままにくさぐさ語りては喜々たる妻や秋ぞ更け行く 昼間にはリハビリ受けてよく立ちて凄いと言葉受けて笑みたり (備考:北越病院療法士大島先生と四度立てり佳し。) 推敲の歌五首 少なくも二著は推敲完了すブログ著練りて活字に移らん 第一著無→者のためなるプロセスの神学なるよコンパクトなる (備考:『無→者のためのプロセス神学ーボブ・メッスリーの「道案内」に寄せて』なり。) 第二著は良寛とベリーと共にと名付くなりいと面白き書よ (備考:面白きエコロジー書出来たるなり。) 熱誠の友に送りて喜びを分かつは常の仕来りなるも 幾星霜書き来りてはブログなり今活字にぞ工程楽し 今回の延原先生の歌にある御著書の出版、昨日は『宇宙時代の良寛』の準備が老舗書店「考古堂」で動き始めているという嬉しいメール便を貰いました。先に考古堂よりバイリンガル本で延原先生の著書『地球時代の良寛』が出て話題になりましたが、今回の新著『宇宙時代の良寛』はいま注目のトマス・ベリーと良寛を照応させたふたつの講演を柱にまとめられた好著です。楽しみですね。おめでとうございます! 延原先生の今朝のメール便には、この吉報を友人のハーマン・グリーンに伝えるもので、この喜びは静かに世界に広がっていきます。今回のぶらり散歩も「長田神社」です。境内にある「眼鏡碑」などをUPしてみます。前回は外から神社の大きな木々を寫しましたが、今回は閑静な境内のなかです。
2012.12.25

延原時行歌集「命輝く」 (第352回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(114-1)恩師直覚すごしの歌、先週木曜(20日)夜語りの歌、推敲の歌、著述喜びの歌、10月25日の歌、を巡りて、の記 2012年10月22日~26日 10月22日 恩師直覚すごしの歌四首 恩師見し原決定の原生起明らかにこれ宇宙の起点(備考:『あなたはどこにいるのかーー実人生の基盤と宗教』(三一書房、1983年)102頁参照。) 神人の共永遠の起点これ滝沢の見し直覚すごし (備考:神と世界のCo-Eternity Pointと我名付く。) 起点こそ「太初のロゴス」その含意この発見は滝沢独自(備考:絶対に偶有なるまますべての意識自覚の起点なり。それその内奥の内三位一体なる対話祈祷より由来するも、そこは恩師論ぜず。) 先生はこれを後にはイマヌエル神空間とぞ名づけ給ふ (備考:『純粋神人学序説』創言社、1988年、274頁参照。) 前に「長田神社のクスノキ」をUPしましたが、境内には多くの大きな木々があり、特別の空間が生まれています。今回は長田神社の外側の道から、それらの木々を寫してみました。道行く人は、私のカメラの先に何か面白いものでもあるものかと興味をおもちですが、私の興味は、ただただ「大きな木々たち」です。この道をぶらり散歩するたびに、いつもこの「大きな木々たち」に確かな平安を呼び覚まされます。境内を囲む北側の苅藻川に沿ってつくられている小さな石畳の方から見上げる「大きな木々たち」もいいのですが、今回は人も車も通る散歩道からの眺めです。 、
2012.12.24

延原時行歌集「命輝く」 (第351回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(113-6)注解書読みおる内の歌、中間時の歌、称名三昧の歌、意気高しの歌、嬉しの歌、妹背祈祷論の歌、秘め事公開の歌、推敲の記の歌、を巡りて、の記 2012年10月16日~21日 10月20日 推敲の記の歌七首 日ノ本の国に福音根付くには確固たる論なかるべからず (備考:これ我が志なり。) かく思ひ受肉神学綴りてぞ半世紀来し我が歩みかな 推敲の後にまた練る省察の日々は苦しく楽しかりけり 何にせよ救済論のありのままアナロギアなる形成転機 10月21日 その事に秘められたるは実在の祈りの祈り構造なるも 我が恩師インマヌエルの神空間呼びしは宇宙蝶番ぞや(備考:滝沢純粋神人学に言ふ「インマヌエルなる神の空間」は、実在全体の呼称にして、内三位一体的祈りのそれを通じて歴史的執成し(intercessio Christi)へと現出すべきスクリーンなり。) 不思議なる事理ここにあり偶有のまま光出ず祈り生くれば (備考:祈りとは主イエス・キリストのことなり。) 昨日はふたつの会議を終えてから、新幹線「新神戸駅」のすぐ近くにできている「神戸芸術センター」の大きな「芸術劇場」で「神戸大学グリークラブ第64回定期演奏会」に出かけてきました。震災のあと、いつも招待状をいただいていて、楽しみにしている集いのひとつです。子供たちの歌もシニアの歌声もいいですが、大学生たちの男性合唱も爽やかで、素敵な夕べを満喫しました。1000席以上もある大ホール「神戸芸術劇場」で、Christmas Favorurities,Now and Then のステージを挟んで、「われもこう」「船乗りたちの歌」を満載、クリスマスを称えるよいひと時でもありました。上の写真は、ステージを終えて、メンバーたちが入り口ホールで、盛り上がっているところです。今回は、芸術センターの外観・周辺、そして帰路の一幅の写真と共に収めます。
2012.12.23

延原時行歌集「命輝く」 (第350回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(113-5)注解書読みおる内の歌、中間時の歌、称名三昧の歌、意気高しの歌、嬉しの歌、妹背祈祷論の歌、秘め事公開の歌、推敲の記の歌、を巡りて、の記 2012年10月16日~21日 10月19日 秘め事公開の歌十首 この度は秘めに秘めたる青春の救済論を公開したり この間の我が生涯の経験はルター思想と行きしものなり(備考:多くの場合、日ノ本のキリスト者諸氏ルターの『詩編講義』の苦闘と発見など露知らぬなり。プロテスタンティズムの源流など関知せざるなり。嗚呼。) 秘め事は師友も知らぬ学知にて内々に活き我運ぶなり 川西の加茂畳田で開拓の伝道者我ひたすらに書く(備考:1964年春母教会伊丹教会伝道師辞せるは、ひとえに書きたしと心たぎりたる故なり。伝道師活躍時、勤労青年部120名、学生部高校部も同様、来るは来るは若者来るは。激動の後我沈潜好みしなり。) 書きしものBambinoや雄鹿にてごく内輪なる閲読を受く 書かぬなら日ノ本の基教明日はなしかく我信じひたすらに書く 内容の詳らかなる基教のみ未来あるなりさもなくば消ゆ 密やかに思い抱きて書きに書き五十年作受肉神学 日ノ本の基教にいまだ自論なし借り物だけはいかに寂しき 熱誠の友ありてこそ受肉論今一本に形成すなり(備考:同志社神学部壮図寮三年後輩鳥飼慶陽君半世紀に余る友情の幸、感謝無限も。) 昨日は、まちの人々によって大切に見守られている「一本の樹」をUPしました。今回は、「長田神社のクスノキ」です。これまで幾たびこの木の前に立って、大きなクスノキを見上げたことでしょう。どっしりと立ち尽くす大きな樹は、何度見ても、確かないのちの土台を直視させる、不思議な力がありますね。屋久島の縄文杉、淡墨桜、荘川桜、・・・もっともっと、旅をしてみたいですね。
2012.12.22

延原時行歌集「命輝く」 (第349回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(113-4)注解書読みおる内の歌、中間時の歌、称名三昧の歌、意気高しの歌、嬉しの歌、妹背祈祷論の歌、秘め事公開の歌、推敲の記の歌、を巡りて、の記 2012年10月16日~21日 10月17日 園にて意気高しの歌四首 今日の日のノーちゃん実にも姿勢良し朗々復唱意気高しぞや Buddhismはそも何の事かと訊きしなば仏教やとぞ即答ありしも 明らかに復唱は脳刺激せり目の輝きもずんずんと佳し 18日 Coreて何や核心やどんぴしゃりやな知らずして知る基教逆説(備考:箴言第二条三条:I am not a philosopher; but I know the philosophical world. This is the core of Christianity.を復唱の上、質疑応答なり。) 嬉しの歌一首 生涯の主著にこの日も筆入れて受肉の神理明ら見る嬉し (備考:筆入れねば見えぬなり。) 妹背祈祷論の歌二首 信田眼科医院にて 御神と呼びまつる時心にぞ震へあるなり歓びの息 愛宕の園にて ほんで人祈ったことが他の人に響くんやとぞノーちゃん評す (備考:眼科から直行、園にての会話なり。) 昨日はちょっと早めの年末の窓ふきなどして・・・・。今日は『冬至」ですね。朝のラジオ「お早うパーソナリティー・道場洋三です」では、年末恒例の高石ともやさんの「うた」も聴きました。私たちの同輩のよもやさんは今年、手術も成功して34回目にもなるというホノルルマラソンも完走、歌うことも、走ることも、しっかりと生きている姿が、今朝の歌とお話で、よく伝わってきました。今回は、いつも散歩のおり、何度も何度も立ち止まっては眺めまわす「一本の古木」です。長田神社の山側を流れる苅藻川に沿って兵庫教会が建っていますが、その少し上流にこの古木は生きています。長くまちの人々にも親しまれ、大切にされています。いまも大きな包帯を巻かれ、まちの人々と一緒に生きています。わたしたちには、大切な大切な一本の木です。
2012.12.21

延原時行歌集「命輝く」 (第348回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(113-3)注解書読みおる内の歌、中間時の歌、称名三昧の歌、意気高しの歌、嬉しの歌、妹背祈祷論の歌、秘め事公開の歌、推敲の記の歌、を巡りて、の記 2012年10月16日~21日 10月17日 称名三昧の歌五首 基督の御名に縛らることを避けいかで向かふや太初のロゴス (備考:これ恩師滝沢克己先生の生涯の問ひなり。) 人誰も称名に依り救はれず称名の内救はれてあり(備考:これ恩師の問ひへの我が回答なり。アンセルムス的に言はば、Donareの徹底にIlluminareあり。) 称名に依らんとすれば囚はるる称名三昧入歓喜 この国に迎えらるるは称名の基督教ぞ響きあまねし 一億の民口の端に称名ぞ中間時喜々喜々喜々として(備考:中間時基督十字架の時我ら人生苦悩の時。されど、IXIA!喜々喜々喜々として。) 師走、今年も残り少なくなりました。昨日も寒い一日でしたが、用事で外出の折に、私たちの住宅近辺の写真を撮りました。最初の写真は、お隣の御蔵小学校の「柘榴」、上は私たちの住宅(14階建て、我が家は11階のこの端っこ)です。「さんさん花壇」、中庭の花壇、空と海など・・・・
2012.12.20

延原時行歌集「命輝く」 (第347回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(113-2)注解書読みおる内の歌、中間時の歌、称名三昧の歌、意気高しの歌、嬉しの歌、妹背祈祷論の歌、秘め事公開の歌、推敲の記の歌、を巡りて、の記 2012年10月16日~21日 10月17日 中間時の歌十首 誠にぞ我らが時は中間時主の祈りあり御名崇めつつ 基督の御名崇むべし中間時御国御心パン赦し悪 イエスースクリストス嗚呼イマヌエルアーメンなべて包みてぞ行く なべてとは御名包むもの全宇宙御国御心パン赦し悪 中間時生くる術在り称名ぞ我ら称えんBetween two eternities(二永遠の間) 日ノ本の国の基教も粛々と襟正し行く御名称へつつ 御名こそは礼典しのぐ御言葉よ中間時生く中間時超へ(備考:"For what is a sacrement? It is a sign and seal. Yes, but of what? Only the word can anser that....And so, says Augustine, bring the word to the water, and you have a sacrement." (Arthur John Gossip, The Gospel According To St. John: Exposition, The Interpreter's Bible, New York & Nashville: Abingdon Press1952, p. 746.)) 今こそは称名基教誕生す日本只中その心にぞ 人々は西洋伝来基教こそ本流と見しその心御名 尊しや基督の御名尊しや中間時にぞ今輝きて 昨日は午後、傘を持って曇天の中、長田・西代駅近くの馴染みの古本屋さんを覗き、店のオジサンとおしゃべりをして、1967年に出た『目で見るルターの生涯』を求めて、ぶらりぶらり、1時間半コースでした。この古書店は以前、神戸元町駅近くにあって、仕事場も近く、昼休みなどによく立ち読みをさせてもらいました。キリスト教関係の古書が満杯で、賀川豊彦関係の古書の多くは、ここから手に入れたものです。もちろん、神戸三宮センター街にあった老舗古書店「後藤書店」で勧めて頂いたものも、そして仕事場のすぐ近くの元町書店街にあった文学専門の「黒川書店」さんもお世話になりました。震災後、いずれも閉店になってしまいました。今回は「寒中ぶらり散歩<西山公園>」の最終回です。寫した順番に並べてみます。
2012.12.19

延原時行歌集「命輝く」 (第346回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(113-1)注解書読みおる内の歌、中間時の歌、称名三昧の歌、意気高しの歌、嬉しの歌、妹背祈祷論の歌、秘め事公開の歌、推敲の記の歌、を巡りて、の記 2012年10月16日~21日 10月16日 注解書読みおる内の歌十首 注解書読みおる内に心打つ言の葉ぞあるBetween two eternities!(二永遠の間)(備考:"John, like Paul [Phil. 2: 5-11], represents Christ as recovering, through the accomplishment of his mission, a glory which he had enjoyed from eternity, but had a time voluntarily relinquished in order to undertake that mission; his earthly life is an interlude between two eternities." (G. H. C. MacGregor, The Gospel of John. in: The Moffatt New Testament Commentary, London: Hodder and Stoughton, 1928, 1959, p. 316) この間こそまた宇宙の間なり。これ純性の神学的宇宙論なり、11月17日にしばた良寛講座にて「 宇宙時代の良寛」の講演の予定なるも、中間時の話せざるべからず。「空中に且(しばら)く我有リ」の漢詩と「我に一張の琴有り」の宇宙論と共に。) 我昔ルターの言葉覚へたりsese in profundum humiliare (深淵にまで己を謙らせ給ふ事)とぞ 基督の謙り実に深みより二永遠時示す間(あいだ)ぞ この間救済なるもアナロギア永遠世界告ぐるものなり かく告げつ我が主ひとへに祈り給ふ太初の栄へ戻せよ父よと (備考:ヨハネ17・5熟読参照。) 基督の祈り給ひし御栄の回復なるや復活世界 (備考:「や」とは「とは」なり。) 基督の教なるもの覚りありされど祈りぞ底の底なる (備考:覚り人の底とせば祈り底の底なり。そこに見しもの(栄光)輝かせ給へとの。) 在る事を悟りつつなほ無きものを欣求するなり新世界をぞ(備考:父母未生以前の面目を悟るは自己根底の栄光拝受の一面なり。ここよりして栄光の現実化・回復を主祈り給ふ。ここに基督信仰あり。基督信仰は「覚り+祈り」なり。) 人誰も欣求の心閉じて見よ死は刻々と歩み寄るのみ (備考:死とは欣求の死なり。) いのちとは祈りなりけり御栄よ根底よりぞ立ち昇れかし(備考:ヨハネ福音書17章5節:天地の造られし前より御前に在る我が栄光、今ぞ、輝かせ給へ、父よ、との主の祈り。主の祈り「み名を崇めさせ給へ。」(マタイ6・9)の原文なり。基督の御名称ふ時栄光天父に帰一するなり(ピりピ2章11節)。太初の栄光父より子に賜れり。今十字架よりしてこの栄光回復せしめたまへと主祈り給ふ時、栄光回復して復活生じたり。復活は回復されし栄光なり。ここに基督称名生ず:IXIA!基督称名ありて栄光父に帰一するなり。「父→子→謙り→復活=称名→父。」これ栄光のプロセス(→)神学なり。) 寒中散歩「西山公園」の続きです。カラスが二羽、仲よく語り合っていましたが、カメラを向けると一羽のカラスが飛び立ってしまいました。紅葉も綺麗で、椿が咲いて、メジロたちがよってきていました。まちを見渡したり、間近の高取山を望んだり、多くの鳥たちの語らいを、盗み聞きしたり・・・・。
2012.12.18

延原時行歌集「命輝く」 (第345回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(112-5) 救済アナロギアの歌、主著なる日の歌、買い物医院充溢の歌、を巡りて、の記 2012年10月11日~15日 10月15日 復唱尊きの歌二首 朗々と今日も妹背は吟じたりGod blessed the good dayとぞ秋は更け行く 復唱は何故なしに尊きぞ御神祝します言の葉は (備考:「御神祝します」言ふ言の葉は祝福の事実そのままに言ふ。これ尊し。) 称名故なしの歌二首 何故に称名あるや故はなしあるがままにて称名なるよ 御名により縛られず行く人のある風情は何か縛らるる如 IXIA!の歌二首 イエスースクリストスなる称名は実に救済のおとずれなるよ イマヌエルアーメンと言ふ言の葉に万人の幸かたちなすなり あらあら、「西山公園」の案内が寝転んでしまいました。寒中散歩で「会下山公園」「観音山公園」に続いて、今回は高取山の麓にある「西山公園」に出かけました。いつも梅の花の咲くころに訪ねる場所で、いまの季節のこの場所は、公園を独り占めしているような、贅沢な感じがいたします。山と海とまちを眺めることのできるいいところです。 あらあら、次も寝転んでしまいました。スミマセン!
2012.12.17

延原時行歌集「命輝く」 (第344回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(112-4) 救済アナロギアの歌、主著なる日の歌、買い物医院充溢の歌、を巡りて、の記 2012年10月11日~15日 10月14日 秋の一日の歌十首 妹背今人生階梯つらぬきてリズム聴くなり祝福のうた(備考:God blessed the good day of self-reflection and self-dedication誠也。) 苦しみにリズムあるなり歓びに又リズムあり楽しみつ行く (備考:苦歓たのしむなり。) 若人のチャペル挙式を司り秋爛漫の歓び喫す (備考:月岡のホテル華鳳ガーデンにて。) いつくしみ深き主イエスを声限り歌いたりしも秋震へつつ (備考:月岡の山郷華鳳の庭今秋盛なり。称名に震ふ。) 見ゆる我ここにありけり有難き式次第見ゆ会衆も見ゆ(備考:これが春司式の折見ることに難渋せり。白内障治癒により新たに開眼。信田ドクターのお蔭なり。) 我もはや見ゆるに非ず基督ぞ我が内在りてげに見ゆるなり (備考:これ主我一如なり。) 月岡の紅葉輝き秋爛漫タクシー車主と談笑も佳し 夕餉にははあとふるより帰りたる妻と歓談すし頬張りつ 恐らくは著述精出せとの御声この開眼に込められたるぞ 頷きて妻もまた言ふやりなさい父さんの時来たんやからね 延原先生ご夫妻は、1991年の敬和学園大学開学を期に日本に帰国以来、新潟・新発田を根城にして動かず、良寛とも共々、世界に晴朗な窓を開いて羽ばたいておられます。今年もこの季節、寒中「雪の便り」が届きますが、ここ瀬戸内の神戸から発信する「ぶらり散歩」の写真たちは、越後と比べるとまるで暖かな春の日和のようで・・・・。今年も賑わいを見せた「神戸ルミナリエ」は明日が最終日、いよいよ2012年も残り少なくなってまいります。「観音山公園」のぶらり散歩は、今回で一区切りです。明日は高取山の麓にある「西山公園」を訪ねます。
2012.12.16

延原時行歌集「命輝く」 (第343回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(112-3) 救済アナロギアの歌、主著なる日の歌、買い物医院充溢の歌、を巡りて、の記 2012年10月11日~15日 10月13日 買い物医院充溢の歌十二首 このところ毎日二時に車だしコモタウンまで買い物楽し いままでは近きイオンに足運ぶ日々の習はし続け来りし されど我信田眼科にいやし得て傍のタウンに遠出するなり 人誰も癒し所を好むなり信田とコモは足の向く場所 かく知りて妻も頼みをもらすなりウオロクの寿司おいしいなあ(備考:コモタウンのウオロクはもともと魚屋の出ゆえ、握りずし甚だ佳し。妻これを愛す。) 寿司つまみ口に運びつ笑む妻は実にも幸ひ渦中の人なり かかる日の又来るべしと思ひきや人生恩寵有難きかな 医院にて今腰かけつ金魚鉢見つつ語りつ我歌念ず (備考:本日は片桐医院受診の日なり。のどかなり。) なににせよいと近き方人誰も在せば憂ひあることぞなし 在すとは永遠(とわ)に近きと言ふことぞ何物もそこ占むる事なし 何物も介在せざる近さとはげに空の空充溢一途 思ふだに恐ろしき怪我襲ひ来て息の詰まれる我らなりしが 神戸市立博物館で9月29日から開催されている「マウリッツハイス展」は年明け1月6日に閉じられますが、友人夫妻がこのフェルメールと「神戸ルミナリエ」を観るために昨日遠路お越しでしたので、午後から夜まで同伴させてもらいました。このご夫妻とは20数年前からの交流がありながら対面するのは今回が初めてですが、お仕事の自然農園のお話や年季の入った参禅のお話など、我が家にも立ち寄っていただいて、居ながらにしての贅沢なひと時を、共に過ごしました。上の写真は、神戸博物館のステンドグラスです。今回は、三宮センター街のクリスマスの飾りと、私たちにとっては親しみ深い神戸の画家「小松益喜」さんの「没後10年」を記念した「ふるさと神戸の風景」展(今月28日まで「神戸ゆかりの美術展」)の案内展示、そして今年の「神戸ルミナリエ」・・・。昨夜のルミナリエは、例年とはちがって、とても暖かい夜で、雨を心配していましたが、歩き終えてから、ポツポツ降り始めました。それから暫し、神戸の珈琲店でつきないお話をお聴きして・・・・。
2012.12.15

延原時行歌集「命輝く」 (第342回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(112-2) 救済アナロギアの歌、主著なる日の歌、買い物医院充溢の歌、を巡りて、の記 2012年10月11日~15日 10月12日 主著なる日の歌二首 久方の光眩き秋の日や我が生涯の著書ぞ成りけり(備考:『受肉の神学ー救済論と形成論』第二篇第四部第十三章に、拙稿「滝沢哲学の四景ー『我ら共に在す神』の存在論的証明の試み」入れるべしと思ひぬ。かく思ふや喜び湧出。我が生涯集大成の著書結構成れり。) 父さんもよう頑張ったなあほんま妻の一言実にも嬉しき 「ぶらり散歩<観音山公園>」3回目です。小高いや公園の上には広場があって、ここでもラジオ体操が行われているようで、立派なお台があります。ここから樹木の小窓から「高取山」をのぞいてみました。あの山に馴染みの「安井茶屋」もあるのです! またそこまで登ってみたくなりました。公園の木々、紅葉や花などを寫してみました。
2012.12.14

延原時行歌集「命輝く」 (第341回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(112-1) 救済アナロギアの歌、主著なる日の歌、買い物医院充溢の歌、を巡りて、の記 2012年10月11日~15日 10月11日 救済アナロギアの歌二首 救済はそれそのものがアナロギア救済なしにアナロギアなし(備考:Donare(賜物)としての「信」なしにIlluminare(照明=証明)としての「信」なかるべし。) 救済は究極のものなるにせよ原事実へとアナロギア成す(備考:IlluminareはDonareの基盤の上にそれ自体ユニークに現成すべし。) 小高い丘のような「観音山」です。須磨・垂水の海は有名ですが、これは観音山から望む「長田の海」です。「会下山公園」のような広域の、ジョギングコースのあるような場所とちがって、小さな公園ですが、樹木も多く、多くの鳥たちの鳴き声を聴くのも、楽しい場所です。
2012.12.13

延原時行歌集「命輝く」 (第340回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(111-2)妻の楽しみの歌、受肉神学今の歌、恩師生涯の道の歌、御姿の歌、を巡りて、の記 2012年10月6日~7日 10月7日 恩師生涯の歌四首 基督の恵みの光御手かざし経て恩師へと豊かに注ぐ (備考:これ恩師最晩年の恵み物語ぞ。) 何故に我善き者と呼ぶや汝(なれ)神ひとり他善き者あらじ (備考:謙りの主の声なり。恩師この声専一に聴けり。) かく述べし主イエスの道は寛くして教会の壁出でてあまねし (備考:恩師この主イエスと共に行けり。) 滝沢の生涯の道幽玄や深い低みに置かれ語るよ 御姿の歌一首 受肉の主何ぞ我をと叫びつつ太初の栄へ映す御姿(備考:十字架の最後まで主イエスの道はアナロギア・アクオニスなりき。ここに救済形成に転ず。その理は、救済究極なるもさらに究極なるものにアナロギアなる時、究極からのさらに究極なるものへの形成の道なりとのことなり。) 我が家から東の方向に「会下山公園」はありますが、西の方向に30分足らずのところに「観音山公園」があります。以前、公園の近くに小さな図書館がありました。この季節は、公園をひとり占めしたような気分で、足の向くままに、多くの鳥たちの鳴き声を聴きながら、ぶらりぶらり・・・。「観音山」は小高い丘のような山ですが、頂上のひろばから「高取山」を望んだ景色が、冒頭の写真です。小さなチョウが舞い、近づいてきて、わたしの足元に留まりましたので、寫しました。この公園には、年に数回訪れるだけの場所ですが、好きな公園のひとつです。
2012.12.12

延原時行歌集「命輝く」 (第339回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(111-1)妻の楽しみの歌、受肉神学今の歌、恩師生涯の道の歌、御姿の歌、を巡りて、の記 2012年10月6日~10日 10月6日 妻の楽しみの歌二首 帰りては夕餉に寿司を楽しみて夜は語りのノーちゃんなりき (備考:愛宕の園にてのショートステイ五日間終りぬ。) 義妹よりケータイ有りて妻の言ふ今甘エビやええ?美味しいよ 受肉神学今の歌三首 半世紀秘めに秘めたる受肉論今一気にぞブログ公開(備考:熱誠の友ありてこそのブログ公開なり:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai 深謝無限なり。歌集『命輝く』も継続中なり、嬉しも:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 ) 和解論祈祷基論へ深化せし我が修論ぞ今陽の目見る 輝くは主の祈りなり十字架に我が神何ぞと叫びつつ実に 「ぶらり散歩」でご近所にはあちこちに「阪神淡路大震災」の追悼モニュメントが建てられています。モニュメントの前で、よく立ち止まっては、あの日の出来事を今と重ねて想起します。「大道通まちづくり協議会」が建てられた上のものは、実は今回はじめて、わたしの目に留まったものでした。倒壊した鳥居の二本の柱と、包帯を巻かれた狛犬です。 いま「神戸ルミナリエ」が始まっています。昨日は遠くにいる友人夫妻が、初めて今年「神戸ルミナリエ」を訪れてくれるという知らせがありました。年末の楽しみがひとつ増えました。
2012.12.11

延原時行歌集「命輝く」 (第338回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(110-3)日ノ本の基教の歌、愛宕の園にて晩祈の歌、秋の声の歌、箴言勤行の歌、満開の時の歌、を巡りて、の記 2012年10月1日~3日 10月3日 満開の時の歌五首 いよいよに著述一筋その道も満開の時迎へし感謝 受肉論先ず救済の理を明らむる幸類なきなり ルター読み悟りたるなり若き日に受苦の主叫び入歓喜とぞ 誠にぞ救ひの道は尊くて感謝感恩措くあたはざる しみじみと心打つなりルター言ふ主のmirabilis(不思議)受苦最中にと 延原先生の新潟・新発田ではいま大雪でだそうです。神戸でも昨日の昼間、ほんの少しの時間、高取山から雪が舞い降りてきました。テレビも「神戸に初雪」を報じていました。今回は「寒中散歩:会下山公園」の最終回です。
2012.12.10

延原時行歌集「命輝く」 (第337回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(110-2)日ノ本の基教の歌、愛宕の園にて晩祈の歌、秋の声の歌、箴言勤行の歌、満開の時の歌、を巡りて、の記 2012年10月1日~5日 10月2日 愛宕の園にて晩祷の歌二首 妹背とも三十条を吟じたり終はりてや晩祷粛と襟正しけり アーメンの終るや否や父さんよ有難うねと妻の謝辞あり 秋の声の歌二首 ィエールよりエコ通信の秋の声America the Possible持切りの由(備考:Tucker女史よりThe Forum on Religion and Ecology Newsletter, 6.10 (October 2012)来。James Gustave Speth, America the Possible: Manifesto For a New Economy, Yale U Press.の事なり。米国再生の呼び声なり。かの地の関心の焦点の如し。ィエールでは拙著五冊ほど展示中とか。) 秋なればブログ拙著の十巻本活字出版どれ始むかや 箴言勤行の歌二首 朗々と箴言復唱三十条容易にやめぬ我ら妹背ぞ 容易にはやめぬ所に癒しあり一句一句に細胞ぴくり 近くの(といっても20分ほどの)「会下山公園」への寒中ぶらり散歩、人気の場所だけあって、この季節でもたまに行き交うひともあり、会釈をしたり言葉を交わしたり・・・。いまはまた、名残りの紅葉がやさしく語りかけてくれます。散歩から帰宅して、延原先生から届いた『受肉の神学』の最新稿を同時進行の別のブログ http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ のUP作業中に、延原先生の若き日の「加茂兄弟団』時代の一人の生徒さんから、このブログを見ていますとのお電話が届きました。面白いこともあるものです。ブログを介しての新しい出合いです。延原先生ご夫妻も大変お喜びのご様子で・・・・・。
2012.12.09

延原時行歌集「命輝く」 (第336回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(110-1)日ノ本の基教の歌、愛宕の園にて晩祈の歌、秋の声の歌、箴言勤行の歌、満開の時の歌、を巡りて、の記 2012年10月1日~5日 10月1日 日ノ本の基教の歌十六首 日ノ本の基教の秘密何なるか基教未だに知らぬことなり 牧会を去る方々もあると聞く愛の福音伝へ難しと 我昔ルター研究打ち込みしとにもかくにも真理知りたく かくしてぞ『詩編講義』と『ローマ書』は必死に読みぬ受肉掴みぬ この度の受肉神学公開は五十二年の修道の果て その中に啓示神学アナロギア自然神学三者網羅も やがてには学位論文二巻をも邦訳しつつアンセルム付す(備考:二巻[The Postmodern Religious Revolution in East and West: Toward a Theological Conceptualization of Time, Praxis, and Peace in Process Perspective][God and Analogy: In Search of a New Possibility of Natural Theology]とアンセルムス論諸稿[Anselm's Argument and Buddhist Wisdom]我が英文主著三部作なり。他に『仏教的キリスト教弁証論』『バルト神学のプロセス視点よりの再解釈』『神と空』『時間、人間本性、そして二究極者ープロセス思想と西田学派仏教哲学比較論』等続く。) 日ノ本の基教の欠けは多くして福音真理未だ知らぬよ 最大の欠けはこれなりキリストの信仰の事未だ知らぬよ (備考:「キリストを信じる信仰によって義とされる。」[ローマ3・22]は、世紀の誤訳なり。正しくは、「キリストの信じ給う信仰によって義とされる。」なり。) 復活のテキストもまた誤訳なり「これら」(touto)の一語宇宙と取らず(備考:「これらの物より我を愛するか。」[ヨハネ21・15]と復活者ペテロに聞き給ふ場面、それ宇宙[船や網やペテロの旧き仕事一切]指すなり。邦訳は皆、「これらの人々我を愛するよりも汝我を愛するや。」と取るなり。日ノ本の基教の水準は、愛の競争主義的ヒューマニズムなり、高々。未だ宇宙的基督信仰知らぬなり。嗚呼。) 遺棄性の問題性も知らぬなり何ぞ我をと主の祈りしも ましてぞや自然神学光輝など日ノ本の基教露知らぬなり 知らずして教勢図る手立て無し教会蔽ふ空気沈滞 大学も神学校も何教ふその眼目ぞ空漠たるに されど主の御真理は明らかに示されたるよ美への従順(備考:美とは父の事なり。バルトDer Gehorsam des Sohnes Gottesと言へり。ホ氏"Truth derives this self-justifying power from its service in the promotion of Beauty." (AI, 266, Mentor Book)と言へり。) 主の祈り御名崇むこと祈りたり父の賜ひしVerbum栄へを (備考:ヨハネ17・5=マタイ6・9なり。) 寒中、近くの会下山(えげやま)公園にぶらり散歩をしました。ブログをはじめてよく散歩にでかけるようになりました。途中に新湊川の隧道に刻まれた「天長地久」の下一羽のハトと橋の上のハトたちをパチリ・・・。この季節の会下山公園は人出も少なく、木々の下で足を止めては、木々にひとりご挨拶をしたりして・・・・。
2012.12.08

延原時行歌集「命輝く」 (第335回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(109-5)北越病院にての歌、熟睡の歌、朝の想ひの歌、夕べの想ひの歌、低み・表現の歌、を巡りて、の記 2012年9月27日~30日 9月30日 低み・表現の歌六首 いと深き低みありてぞ人生は神表現の嬉しさ満てり 神表現本質規定と恩師言ふ低みより来る祝福ぞ是 低み底父と共なるロゴスにてその表現ぞ本質規定(備考:低み「底」とは<ad intra>内三位一体の事なり。その「表現」とは内三位一体から<ad extra>の事なり。この神の自己表現ありてこそ、人の神表現規定あるなり。) イマヌエル二面あるなり蝶番そとへの(ad extra)表現・内への(ad intra)省顧 (備考:「・」が蝶番なり。) 師走、今朝は一番の寒さです。昨夜から「神戸ルミナリエ」<絆の光>が点燈されました。自転車で15分ほどのところに神戸出身の漫画家「横山光輝」の「鉄人28号」「三国志」のメモリアルがあり賑わいを見せています。大事な会議があり、チャリンコでぶらり・・・。このまちの「鉄人」は何度もUPしましたし、「三国志ガーデン」や「三国志ジオラマ館」などは今や有名ですので、街路の建つ三国志の石造のいくつかを収めて置きます。
2012.12.07

延原時行歌集「命輝く」 (第334回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(109-4)北越病院にての歌、熟睡の歌、朝の想ひの歌、夕べの想ひの歌、低み・表現の歌、を巡りて、の記 2012年9月27日~30日 9月30日 朝の想ひの歌四首 熱誠の友と省献妻なくば今日あり得ざる我が生涯ぞ かく言へば何か表彰あるんかな言へる声する朝餉時哉 三木葡萄たんと兄より届きたりケータイ礼に義姉妻を褒む (備考:妻の奇跡的治癒を褒むるなり。それを聞き笑み絶えぬ人有り。) にこやかにお出ましになりノーちゃんははあとふる車に乗りて悠然 (備考:「えらいにこやかやなあ。ノーちゃん。」 私たちの住宅ご自慢の「さんさん花壇」の花の植え替えをしました。今回は5色のパンジーです。3年連続の「努力賞」をいただいたことも励みになり、今回も「土づくり」に精を出しました。年々少しずつ大きな「みみず」ちゃんも出てくるようになりました。スコップで土を掘り起こしていると、子供たちや寄ってきたり、道行く見知らぬ花好きの人たちが足を止めて声をかけてくださいます。1年に3回の植え替えで、今年はこれで終わりです。作業を終えると、いつものようにお目当ての喫茶店に足を運び、しばし時を忘れておしゃべりを・・。足取りも軽く喫茶店に向かう女性群の後姿をパチリ。
2012.12.06

延原時行歌集「命輝く」 (第333回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(109-3)北越病院にての歌、熟睡の歌、朝の想ひの歌、夕べの想ひの歌、低み・表現の歌、を巡りて、の記 2012年9月27日~30日 9月29日 夕べの想ひの歌七首 楽しみを我見付けたり英文稿邦訳してはひそと届けん (備考:研究所年報ほかに。) 父さんの肩の痛みを御神よ治して下さいかく妻祈る (備考:これ聴きて肩痛み癒ゆ。) 誠にぞ我伝道師道伝ふ貴き務めやよ励めやも (備考:伝道師魂全開なり。) 思ふだに恐ろしき怪我癒されつ感謝米妻送り喜ぶ (備考:その笑みや佳し。) 受肉学明ら見るこそ嬉しけれ生涯かけて入歓喜我 (備考:『受肉の神学』五十二年の作なれば。) くたくたに疲れし今日も歌つくり勃然と我意気上がる 何にせよ目見へてこそ一日は一日なりの仕事果たせり (備考:有難きかな。) 「凪の座40周年リサイタル」の余禄として、瀬戸内海の景勝地・光市の名勝観光をさせてもらいましたが、今回で一応一区切りにいたします。新神戸駅から新幹線を乗り継いで「JR光駅」下車して、すぐ目の前に松林などの続く「光海水浴場」がありました。「日本之名松100選」に選ばれた記念碑もあり、松林を散策しながら、海辺もぶらりぶらり・・・・・。リサイタルを終えた後にも、夕刻の浜辺も眺めてきました。これまでも仕事の関係で、幾たびもこのまちにを訪れながら、こうしてゆっくりと、まちとひとに出会うことのできた旅は、予想を超えたもので、しあわせな二日間でした。ありがとうございました。
2012.12.05

延原時行歌集「命輝く」 (第332回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(109-2)北越病院にての歌、熟睡の歌、朝の想ひの歌、夕べの想ひの歌、低み・表現の歌、を巡りて、の記 2012年9月27日~30日 9月29日 朝の想ひの歌六首 御神の示しありたり英文著邦訳せよと従ひ行かん (備考:全く新しき展開の発想なり。これ一仕事ならん。) 二巻なる学位論文成したるも主の御心の配剤なりき(備考:伊丹教会辞して川西南花屋敷にて開拓伝道:無者修行:底辺労働者体験に邁進したる我なり。ここより米国クレアモントに1976年飛びぬ。教団新報に妻在職牧師の留学募集記事見つけ、我に試験受けよとせっつけり。「俺は日本の開拓伝道者だ。ここで生きるのだ。」と言ひたるも、あまりにうるさき故、「英語の試験だけだよ」と答えぬ。受かりぬ。) アンセルム神証明を辿りしもわが生涯の務めなりたり 一連のアンセルム論英文稿訳して出して年報飾るか (備考:敬和学園大学人文社会科学研究所年報への寄稿の事なり。) それもよし勤務校にぞ報ゆるに学理的なる方法うべなれ 伝道師呼名賜るいとうれし過日説教試みし折(備考:我日本基督教団教師なるも、教団の戦中の戦争協力にプロテストして、未だ正教師にはならず、補教師のままなり。されど1976年渡米米国クレアモントにて研鑽、神学院にてD.Min.[宣教学博士]、大学院大学にてPh.D.取得。これらあらば、教派にては、自動的に正教師に移行もあらん。それは別にして、米国にては我が呼称は常にDr. Nobuharaなりき。学術の尊敬篤き国柄なればなり。されど日ノ本の国異なれり。学術への真正の尊敬疑はし。この点、中韓台湾香港勝れり。かの国々にD.Min.Ph.D.旧友多し。しかはあれども我伝道師称号愛すなり。我が元々の呼称陣地なれば。道こそ伝へざるべけんや。インマヌエルの道をぞ。) 今回も「凪の座40周年リサイタル』の余禄です。ある焼き鳥屋さんで、釣り上げたばかりのお刺身などもいただいているところに、地元でリサイタルの裏方を担われたご夫妻がみえて、長時間盛り上がってしまいました。お二人は上田達生さん夫妻とも親しくされ、地元の高校の国語の教師をしながら、焼き物にも打ち込んでおられるとか・・・。(後でお聞きするとその腕は相当のものだとか)ここ連日UPしてきました「光市むろづみ観光」の案内は、このご夫妻のご厚意に甘えてのもので、念願の上田達生さんの椿窯のある伊保木村までもドライブして下さいました。途中わざわざ少し遠回りして、見事な紅葉を愛でながら、見晴らし最高の光の山にも登り、瀬戸内の絶景をみせてもらいました。ご夫妻にはまた、帰路のJR光駅にまで送ってもらった上に、お別れ際には、上田達生さんの作品ーーカップふたつ:今回冒頭の写真はそのひとつーーまで頂いてしまいました。
2012.12.04

延原時行歌集「命輝く」 (第331回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(109-1)北越病院にての歌、熟睡の歌、朝の想ひの歌、夕べの想ひの歌、低み・表現の歌、を巡りて、の記 2012年9月27日~30日 9月27日 北越病院にての歌三首 北越に幾度(たび)きしか秋日和格別の今日妹背嬉しも 午後からは受肉神学筆入れん五十二年の喜びのまま(備考:『受肉の神学‐救済論と形成論』、熱誠の友鳥飼慶陽師ブログに掲載開始嬉し嬉も:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai 同時に、延原時行歌集『命輝く』も連載中、感謝無限:http://plaza.rakuten.co.jp/40223 ) 友ありて講演草稿読み給ふホ氏の所は物理近きと (備考:友工学博士なればかく感じ給ふなり。嬉しも。木原和彦博士なり。) 9月28日 熟睡の歌一首 受肉論推敲すれば熟睡の波打ち寄せぬ半世紀ぶり(備考:何たる熟睡なりしか。大満足の大安心の内なり。ことに前篇第一部第二章第四節なりき。) 「凪の座40周年リサイタル』の余禄です。今回はじめてお会いした兼清先生ご夫妻のご厚意で「むろづみ観光」も楽しませて貰いました。詩人・丸岡忠雄さんの詩碑をはじめ歌碑や句碑のある「みたらい公園」のすぐ近くに、金剛力士像が安置されている普賢堂仁王門があり、そこをくぐって境内へ・・・・・。まちの人々に親しまれている憩いの場所でもあるようです。堀にはたくさんの亀たちもいました。珍しい骨董類の品々を売るお店も並んでいたりして・・・・。今回の上の写真は、臨済宗の普賢善寺の境内です。室町時代にこの峨眉山麓に建てられているようですが、境内の奥に「雪舟の庭」といわれる枯山水庭園があり、そこにも案内して頂きました。冒頭の写真は、そのお庭です。この庭は、山口県の指定名勝・文化財に指定されているそうです。ここでは次にもう一枚「雪舟の庭」を収め、普賢堂の境内の写真もUPします。
2012.12.03

延原時行歌集「命輝く」 (第330回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(108-4)昨夜のことの歌、受肉の神学の歌、形成始むの歌、朝の思ひの歌、我が主著の歌、地底よりの基督教の歌、を巡りて、の記 2012年9月21日~26日 9月25日 地底よりの基督教の歌十首 日ノ本の国の基教は宣教師跡継ぎにして地底無きなり 跡継ぎの跡継ぎめぐり競ひありしかはあれども地底起たずも 真なる学理はいずこ地底より起つキリストの祈りこそそれ 我昔地底脈々無者修行かくしてぞ主の祈り学びつ 主の祈り学びつつ記す主著なるも半世紀秘す門外不出 これ正に地底よりなる学理道我地底の主仰ぐ者なり 日ノ本の国の基教にくさぐさのバンドありしも地底なし嗚呼 結局は基教とは何さまざまの近代化なる地上の宴(うたげ) 宴にはされど蹴落とし生得ぞ宴の外に人置くが快(備考:これ日ノ本の基督教の持病ならんや。地底知らぬ故なり。因みに、地底は海外の地底と学術的に通底セルなりとは、わが母校クレアモントでは常識なり。) 我が旧友昨夏ボ市にて永眠す米長老派半減嘆きつ(備考:志茂望信博士(July 18, 1934~July 20, 2011)に捧ぐ:悲報受け哀悼切々秋悲し。昨夏6月米国長老教会信徒半減せしとの報道ありと嘆くメールCCあり。その後絶えて来らず。されど、同君の77年間の在米活躍今も我が心に残るなり。西陣センター所長、米国ハーバード大、ボストン大にて研鑽。Old South Churchに立てこもりて母校同志社応援、日米交流史著述と日米交流に尽力多大、新潟地区よりの牧師海外研修アンドーヴァーにての際、尽力深甚なりき、北垣宗治敬和学園大学学長その際講演ありき、同君と楽しき激論アーモスト・カレッジでありき、思い出尽きぬなり。告別式は、August 27, 2011 at Old South Church Gordon Chapel、--なりきとオンラインで知る。) 昨日の事26日 ぴくの歌二首 延原さん手握ってみて療法士声掛け給へば薬指ぴく(備考:北越病院訪問リハビリ大島誠雄セラピストの声に妻麻痺の左手薬指ぴくと動きたり。嬉し嬉しも。) 薬指動いたんやで妻の声ケータイしつつ兄に喜ぶ (備考:三田の兄になり。) 今回の「凪の座40周年リサイタル」のプログラムにはありませんでしたが、東京在住の「銀色のランナー」こと「渡辺善行さん」には会えるかもしれない、という期待はありました。私の期待通りに渡辺君は車いすにのって会場にまで駆けつけていました。彼は今、全国各地で持ち歌「銀色のランナー」をひっさげて増田さんほか仲間たちと旅を続けていますが、時折テレビの映像でもお目にかかります。リサイタルでは「飛び入り」としてその「銀色のランナー」を披露し、喝采をうけました。もうずいぶん前、20年ほども前に、渡辺君なちが「笠木透と雑花塾」のサポートをえて出版した<不良障碍者・旅のおしゃべり>という副題のある『あそばなきゃ』(あかるい農村出版部)は、当時たいへん話題になりましたが、今回はF.F.C.Uいしかわ(代表:川崎正美)がこの夏刊行したCDブック『どこまでも一緒にーTokyo Crab Runners』を持参しての出演でした。ながいおつきあいになります。彼は上田達生さんはじめ、親しい良い友に出会いながら、厳しい筋ジスという難病をひっさげて、活躍しています。ユーモアいっぱいの美しい笑顔に接することができました。 「銀色のランナー」ヨコになってしまいましたが・・・・
2012.12.02

延原時行歌集「命輝く」 (第329回) 「復活の家出発進行-感謝無限の旅一歩一歩」(108-3)昨夜のことの歌、受肉の神学の歌、形成始むの歌、朝の思ひの歌、我が主著の歌、地底よりの基督教の歌、を巡りて、の記 2012年9月21日~26日 9月24日 受肉の神学ブログ初回の歌一首 熱誠の友の手により受肉論五十二年目陽の目見たるよ(備考:本日我が著作集ブログ公開第十一巻『受肉の神学ー救済論と形成論』目次出ず。感謝無限も。) 9月25日 我が主著の歌十二章 我が主著は受肉神学青春の只中にてぞ書き始めたり それが今五十二年の苦吟経て完成したり感謝一入 この主著の救済論ぞ我と共実に半世紀歩みたりしも 然れどもその内容はひそとして門外不出世間知らざる この主著の形成論ぞアナロギアアクチオニスと全米知らる この主著の秘義ここにあり救済の詠唱一途アナロギアなり 面白し詠唱にしてアナロギア信従のうち論証を生く かくしてぞ恩師純粋神人の学の隘路を我知らぬなり(備考:御書の著『純粋神人学序説』に言ふ、イエスと聖書に「助けらるるも縛られず」なる言の葉は、我には「縛らるるまま証明に生くる」へと変ずなり。 ともかくも受肉神学世に出でて我が秘儀の論半世紀初 それだけに我が学理のぞ真価たる世間知らざるままにして新 誠にぞ世間と競うことあらじ我が学理道主と共に行く 主と共に行かば学理は半世紀隠れたるまま命なりけり 「凪の座40周年リサイタル」は、ホールの会場は満杯となり、数多くの地元の裏方さんは、会場の外にはみだしていたようです。私はステージ中央のかぶりつきに座り込んで、リサイタルを満喫いたしました。上田達生さんがパーソナリティーをつとめたこともある地元山口放送の素敵な女性アナウンサーさんの司会もあったり、4時間近いリサイタルも、あっという間に過ぎました。冒頭の写真は、上田さんも加わる「笠木透と雑花塾」の笠木さん(右)と増田さん(左)です。 魚と野菜と いい友だちがおれば 他に何がいるのだろう 私のこの人生 上田さんのことば・・・・「40年、長かったような短かったような。私の人生の3分の2以上がフォークソングとのかかわりでした。別れや出会いが多くあったのだけれど、とりわけ2000年の春と秋に続いた、2人との別れは辛いものでした。それでも、私は生きている。支えてくれる友のいる。これからも人生は続いてゆきます。40年目を区切りとして、また、歩んでいきます。ここにすわってごらん、光の海だよ。感謝!!」 はステージにあふれていました。沢山の「友情出演」にも驚きました。我夢土下座・ホレホレバンド・人形劇たけのこ・オザキユニット・岡田京子・よしだよしこ・・・・・上田さんご夫妻には、人を和ませ、ゆっくりと着実に歩むことを励ます、何かがいつもあるのでしょう。ほんとうに「いい友だち」がまわりにはいますね。
2012.12.01
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