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掃除は再生への道で幸せとはどんな状況でも喜びを感じ取れる心の育成ソワカ(掃除、笑い、感謝)の法則で日々暮らしながら、その掃除がてらに、マリンアクアリウムを再びはじめつつあるのだが、飼育システム、つまり水槽の立ち上げに結構手間取ってしまい、ここ一週間は、脱窒についてアタマ一杯の日々だった。脱窒 - Wikipedia前回紹介したように、水質を安定させるためには、水質浄化が必須で、排泄されたアンモニアを硝化菌により、亜硝酸を経て、硝酸にして、換水するか、植物に同化させる、水槽システムが現状なのだが、上の図では脱窒菌が挙げられているが、まだ研究レベルで実用化には普及されていない。硝化菌については以下の動画が面白いので紹介する。どれが本当に効くのかぜんぶ試してみた【人気バクテリア剤10銘柄同時立ち上げ検証:前編】 - YouTube全部試したらチートすぎるバクテリア剤が判明しました【人気10銘柄同時立ち上げ検証:後編】 - YouTube換水だと、マリンアクアリウムは海水なので、人工海水の素で海水をつくれる時代とはいえ、硝酸値が高くなったら、その都度換水ではコストパフォーマンスがよろしくないので、昨今、水道料金も高めになりつつあるので、妥協案として、リフジウムと呼ばれる海藻浄化を試しにやってみることにした。リフジウムとは!?メリットとオススメの海藻、作り方について! – アクアハーミットそんなこんなで今週はマリンアクアリウムの一週間で、脱窒でアタマ一杯だったので、窒素の神秘的意味をブログに書くことにした。大気中の78パーセントが窒素だが、熱帯海水魚や熱帯魚のような生体には水中に、アンモニアという形で充満すると、硝化サイクルにより、水質が酸性に傾いて、毒になる。うまく飼育するために of 同位体物質循環どんなものも致死量を越えると毒になり、毒か薬かは生体の許容量の問題であると、パラケルススは述べているが、愛情も過多になると、相手に自分の感情を愛情としておしつけたり、相手を束縛したりして、かえって憎悪にかわりがちである。85. 毒性学の父は酔狂錬金術師?パラケルススの生涯と医化学の誕生 | Podyパラケルススは錬金術師でも有名だが、唯物論に染まってしまった現代人には、窒素が大気中に78%もあり、窒素の働きがどんなものかを、化学記号でNと書いている間は、解き明かすことはできず、錬金術師が求めた賢者の石とは何なのか、を知ることはできない。というのも、元素の周期律表を、素粒子の数などで唯物的に解釈している間は、量子力学の観測論を超えることはできないからである。素粒子の数ではなく、数とは境界があり、固定された物質界での話なので、境界のない波動で少なくとも超弦のように陰と陽とを結びつけた量子もつれで捉えないと、元素の真の働きがみえてこない。だから、唯物論では限界で、人智学や神智学で、物質界を超えて、また何度も紹介している梅田尚宏氏の生体電磁界で、アカシックレコードのように、空間に情報が張り付いているかのように、数学ではファイバーバンドルと呼んでいるが、まるで空間が生きているかのように、神秘学では、空間が言葉を語る、とも呼ばれているが、空間を感覚的に捉える必要がある。梅田尚宏 - YouTubeファイバー束 - Wikipedia昔の日本人は、自然現象を擬人化して、雷さまとか、お稲荷さまとか、空間の場を擬人化して表現したのは、霊能力の名残ともいえるかもしれない。実際に、空間は生きているので、人間はそのなかを漂っているだけなのである。物質界という境界を敷いているのは、人間の覚醒(顕在)意識のせいで、潜在意識では、境界が曖昧になるわけである。つまり、人間は自分の見える範囲しかみていないだけなのである。シュタイナーにいわせると、現代人の見ている世界は死んだ世界でしかないという。実際に時間が静止することはなく、ただ同じ状態が続いているように観測しているだけにすぎない。微妙な相違を無視しているだけなのである。人間は静止しないと物質を数えられないから、生きている時間をわざわざ殺して捉えているわけなのである。量子力学の観測論はまさしくこの矛盾を示している。つまり、シュタイナーの人智学は、死んだ学問を霊的に捉え直し、生きた学問に還るものなのである。死んだ物質界は、生きたパラレルワールドの一つの選択にすぎない。だから、死んだ元素の周期律表からは元素の分類はできても、その役割や真の働きはみえてこないわけで、賢者の石が、現代人が呼ぶところの炭素なのだが、なぜ炭素が賢者の石なのかは解き明かせない。炭素が化学記号で表現されるCではなく、それは死んだ炭素にすぎない。つまり、人間を肉体の物質体と呼ぶのと同じで、死んだハード面しか見ずに、生きているソフト面の、つまり感覚や精神を無視しているのと同じなのである。物質界の一面に表れた炭素がCなだけで、パラレルワールドの炭素は、物質空間を構築するクリエイターなのである。だから炭素の神秘学的な意味は、空間のジェネレイターなのである。錬金術師は霊能者だったので、炭素を、物質空間をつくる賢者の石と呼んだわけなのである。以下のシュタイナーの農業講座を読むとよくわかる。死んだ素粒子からなる元素を、生きた波動からなる元素に捉え直し、全てが宇宙と一つになるようにつながっているように捉え直したのが、この農業講座なのである。唯物論に洗脳されている現代人にはこの本は難解だろう。農業講座[新装版] | イザラ書房講座レビュー🕊️ 「農業講座第6講の謎」 シュタイナーの農業講座は抜群に面白い!|竹下哲生炭素は、物質空間をつくる賢者の石なので、人間の物質体、つまり肉体も炭素の空間からなるが、そのままだと硬直した単なる石像になってしまうわけで、可塑性をもたらすために、硫黄のリンのような光輝く役割が必要で、硫黄は物質空間に光をもたらす働きをもつという。硫黄は炭素構造物を霊魂が扱いやすくする取っ手をつける役割をもつらしい。そして、炭素が固まらないうちに、炭素を除去し排出するのが、酸素で、だから呼吸によって、炭素が排出されてCO2となるわけなのである。そして、酸素はエーテル体の担い手であるという。炭素が硬化しないうちに、エーテル体の酸素が炭素を連れ出して、肉体を柔軟にするわけで、そして、炭素を酸素の、この呼吸の結合を感覚として導くのが、窒素なのだという。シュタイナーの霊視によれば、窒素はアストラル空間の担い手だという。窒素は感覚の担い手なので、窒素がないと、人間は感覚をもてなくなるし、呼吸もできなくなる。これが大気中に窒素が78パーセントもある理由で、植物が窒素を必要とするのは、植物が炭素構造の物質体と酸素のエーテル体しかもたないので、大気中の窒素のアストラルの感覚を必要とするためらしい。そして、窒素は地球の感覚器でもあるので、どの土地にどんな植物を生育させるべきかを教えてくれるらしい。だから古代の霊能者は農業をやるには、窒素に聞いて農作物を収穫していたらしい。日本のお稲荷さんは、その名残ともいえるかもしれない。現代人は、お稲荷さんを、窒素のNに、死んだ元素にしてしまったわけなのである。このような現代人の唯物的感覚とは真逆の霊的感覚の面白い人物が、以前も何度か紹介した、以下の石井数俊氏なので紹介する。【人生で一番の勝ち組とは】それは金でも名誉でもない。“天に還る瞬間”の、あなたの「意識」が全てを決める。石井数俊 【橋本チャンネル切り抜き】 - YouTube石井数俊(いしいかずとし)さん 宇宙法則の会 東京・お茶の水 ギャラリー風風風 2025年7月17日開催 - YouTube賢者の石から降格した炭素を死んだ元素とみる現代的な個的エゴの感覚が第3密度と呼ばれる地球の物質世界で、今年からはじまりつつある第4密度の地球のパラレルワールドを、霊的に、宇宙的に解説しているのが、お馴染みの以下の金星人Ariaの動画なので紹介する。第3密度から第4密度へ|いま地球で起きている意識の移行と現実の変化【前編】 - YouTube【魂の卒業】ブルーレイとインディゴが果たした歴史的役割|生きづらさの理由と旅の完了 - YouTube【7万5000年の転換期】なぜ地球という物質世界が必要だったのか?オリオンの対立を超えて - YouTubeそして、人類の未来から、地球人の霊的進化形態から考えると、未来人になるので、地球人の子孫であり、また地球人の未来人でもある、バシャールの宇宙存在は、第4密度の地球のパラレルワールドを以下のように解説しているので紹介する。【バシャール】「私たちはひとりではない」その先に何があるのか?|ディスクロージャーによって変わるもの - YouTubeこのような話題が、2チャンネル界隈でも取り沙汰されているので、ついでに面白いので以下に紹介する。【2ch衝撃スレ】宇宙人が地球周辺に大集結する真の目的とは 人類30%が覚醒すると○○が起こる - YouTube【極秘文書】なぜ宇宙人の97%が日本へ?国防総省が恐れた2027年の真実 - YouTube【警告】未来から来た宇宙人が暴露!闇の支配構造と人類の未来…封印されたフリーエネルギーと覚醒の鍵 - YouTubeそして、最後にお馴染みの「人智学らぼ」から紹介する。【ルドルフ・シュタイナーの宇宙論】水星のブッダと太陽のキリスト|惑星の霊的インパルスと人類進化の真実 - YouTube【シュタイナーの歴史観】エジプトのミイラが「現代の物質主義」を生み出した理由と人類進化の謎 - YouTube人間は多次元多層のパラレルワールドの一つに意識を固定しすぎているが、いまその固定から拡張へとチャンネルを切り替えて、宇宙と呼吸をはじめる年なのである。感じるか感じないか、知るか知らないかは貴方次第!
2026年10月03日
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思い通りにできるのは自分だけでただ生きることに感謝できるのは平和な心ネットフーテンの寅でユーチューブ動画界隈を散策していると、量子力学がなにかと話題になっている。量子力学そのものというよりも、量子論の解釈のほうで、量子で物事を捉える風潮というほうが正確かもしれない。量子論の解釈を簡単にいうなら、宇宙全ての存在の実体は波動で、波動を粒子で捉えるか、波で捉えるか、で宇宙から光として発信される情報についての理解が相反し矛盾して、みえることである。波動を粒子で捉えるなら、空間に境界のようなモノが生まれ、分離したように理解できるが、波のように捉えるなら、空間が周期的に振動していて、全体と統合されているように理解できる。つまり、粒子による分離と、波による統合という、相反した陽と陰のような関係になる。この相反関係は、陽の顕在意識と陰の潜在(変性)意識から生じる、ともいえるかもしれない。これから地球に転生し、生きる人類には、この相反関係を超えた、早く言えば量子論的統合意識を備えた、人智学では木星意識と呼んでいるが、顕在意識と変性意識を統合した第三の覚醒統合意識、いわば起きながら寝てもいられる、梅田氏の言葉を借用するなら、常に体外離脱が可能な肉体生活を営む人間が、宇宙存在などに指導されて、増えていくだろう。聖書のヨハネの黙示録でも、これらのニーチェが超人と呼んだ第三の意識を獲得した人類が生まれることが預言されている。例えば、量子論を初期スペックで備えた子供が生まれているのは、以前このブログでも「宇宙に行く子どもの動画」を紹介したことでもわかるだろう。宇宙に行く子ども - YouTube量子論を哲学的に解釈するなら、ぶっちゃけていえば、物質が粒子からなる、とするのが還元論で、非物質は波からなる、とするのが全体論である。この両者を統一すると思われるのは波動の弦である。波動の弦はパラレルワールドをまるで音階のように表現する。パラレルワールドは玉ねぎのような階層構造になっていて、境界はなく、波動の振動状態によって、どの世界に行くかが選択され、それは地上波のチャンネルを選ぶようなものといえる。つまり、人間は顕在意識を選択すると同時に物質界という、いまこの世界に肉体を通して起き、転生しているわけなのである。このパラレルワールドの階層構造を、このブログで紹介している、お馴染みの梅田氏は生体電磁気学(生体電磁界)で説いている。梅田尚宏 - YouTube梅田氏は、次元や潜在意識という言葉を使わずに、これらの言葉は、現世の物質界での言葉なので、体外離脱体験とは、相容れないかららしく、代わりに階層構造や変性意識などの表現で解説している。というのも、現世での肉体への感覚を超えると、時間が直線的に過去から未来に進むのではなく、空間になるらしいからである。だから、パラレルワールドでいうなら、いまの自分だけでなく、いまから見た過去や未来の自分が、空間のように、いわば重なって波のように階層構造で存在する。だから、前回紹介したように、いまというゼロ点は、無限大として無限のパラレルワールドに波として存在する。先に紹介した、物質を基準にした還元論で、粒子について分離した感覚で、空間を境界で設定すると、粒子の運動を基にした時間発展で、次元や潜在意識から生じる現象を、物質界の運動に帰着させて捉えて観測するが、それは全体のなかから、特定の関心領域を切り取ってきて、全体が与える個についての作用をみているわけなのである。そこで、還元論と全体論の関係についてAIに聞いてみると、以下の回答を得る。「還元論の反対」のAI回答『還元論(還元主義)の代表的な反対概念は、哲学では*全体論(ホーリズム)*と呼ばれる立場です。(kotobank.jp)還元論とその「反対」の基本イメージ還元論(還元主義)複雑な現象を、より基本的な要素や法則に「還元して」説明しようとする立場。(kotobank.jp)例:心を脳の神経活動で説明する、生物を分子や遺伝子で説明する、など。(ja.wikipedia.org)全体論(ホーリズム)「全体は部分の単なる総和ではない」と考え、全体レベルの構造や関係性に独自の重要性を認める立場。(reddit.com)近代科学の機械論的・還元主義的手法への批判として発展してきたとされます。(ja.wikipedia.org)反還元主義・全体論・関連用語反還元主義「高次の現象は、下位レベルの物理法則だけでは原理的に尽くせない」と主張する立場の総称。(reddit.com)社会学や生物学などで、制度・生態系・組織などの概念を、単なる個人や分子の集まり以上のものとして扱うときに用いられます。(reddit.com)全体論(ホーリズム)反還元主義の一種で、「部分よりも全体の構造・文脈を重視する」考え方として説明されます。(ja.wikipedia.org)他に挙がることがある語構造主義・構造構成主義など、「要素より構造・関係を重視する」立場が、還元論の対概念として紹介される場合もあります。(detail.chiebukuro.yahoo.co.jp)まとめると、「還元論の反対」を一語で言うなら、哲学・科学論では「反還元主義」または「全体論(ホーリズム)」と答えるのが一般的です。(ja.wikipedia.org)』このように還元論と全体論の間に人間の思考があり、要するに人間の自我は、この陰陽の対極論を思考を用いて、いったりきたりしているわけで、いわばそのなかの弦と考えられるので、将来、量子論を発展させた超弦理論で統合されるだろう。このような話を超弦ではなく、生体電磁界で説明しているのが、先に紹介した梅田氏で、例えば、以下の動画が参考になるかもしれない。【21の質問に完全回答】体外離脱ってぶっちゃけどうなの?梅田尚宏さんに聞いてみた - YouTube非常に難しい話になってしまったので、少しぶっちゃけた話に転換するために、宇宙全体の全存在のなかから、自分に適した条件を選択して、いわば引き寄せの法則と呼ばれる、かつてはカルマの法則と呼ばれていたのだが、この法則を用いて、いまの自分をつくっている話を以下の動画から紹介する。🌈1000冊読んで分かった真実🌈 "幸せ魂" をご紹介します!【ショウの本:引き寄せ・願望実現・潜在意識・スピリチュアルなどの本をハピ研がご紹介】 - YouTube世間で幸せとされているのは、単なる幻想で、誘惑でしかない。自分の好きな人生を自分でつくるのがホンモノの幸せなのである。だから自分が、何が好きなのか、自分を知らないといけないわけである。人間は地球で幸せな人生をつくるために生まれてきたわけで、地球に合わせて自分の好きな人生をつくるのが幸せの第一歩なのである。勿論、伝統や文化も生きるためには必要だが、自分流にアレンジしないと、かえってストレスになるだけである。そのようなストレスをためないために、お釈迦さんは仏教を説いたわけだが、その仏教が今では末法になり果てた金儲けの道具で、神殿で商売をするような権力欲の亡者の道具にもなっている。そのような亡者の妄言に囚われないために、自分本来の幸せな生活を築くために、以下の動画が大変参考になるので紹介する。【99%が知らない】悩みや不安が消える「ブッダの最強の思考法」│ブッダ│名言│老後│シニア│無反応│執着│人生│偉人│人間関係│ストレス - YouTube自分に必要のない欲望を手放すべきなのである。他人の言葉から自由になるべきである。お釈迦さんが仏教で説いたのを一言でいうなら、いま生きることに集中しなさい、ということなのである。いまワクワク気持ち良いことに集中すべきなのである。それ以外は「どうでもいい」のである。あの世がどういうところかわからないのに、自分の生活に使う墓代などを請求してくる破戒坊主が沢山いる。貧困を救う福祉に役立てるならまだしも、仏教の私物化と言うべき末法の世である。本来無一文で死者を弔う葬式すらビジネスになってしまっている。霊能力を軽々しく語り安易にビジネスに利用する黒魔術が横行している。本当に大切なものに気づくために、不要なものを手放すのが、仏教の教えの悟りでもある。自分にとって必要な愛情に目覚めることが悟りの第一歩でもある。己の心を外に預けるな。この仏陀の教えは神道の「なかいま」にも通じる。今という神様が贈った宝物を受け取ることが重要なのである。「いまここ」を意識する、「中今(なかいま)」とは。日常にあふれる色とりどりの時間を大切にしてみよう|よむエラマ Produced by Elämäプロジェクト先に紹介した「宇宙に行く子ども」の動画では、人間が地球に生まれてくる理由は、感情を経験することだと話している。「いま」という、この地上での体験が神様の贈り物なのだが、その贈り物をどう思うか、その感情を経験するのが、生きる目的なのだという。9歳の子が「輪廻転生」「神様のお仕事」「胎内記憶」「ぼくが生まれてきた理由」を話しました - YouTubeプレゼントを贈られたときの、最上の感情を挙げるなら、ワクワク感だと思う。そのワクワク感を満たす天にも昇る気持ち、宇宙の全存在から祝福される最高の心地良さが、恐らく最上級の喜びかと思われる。ある意味清々しい晴れ晴れとした厳粛で荘厳な神聖な目覚めというか、まるで生まれ変わったかのような経験を、もしくは愛情を表現しないではいられない状況を、バシャールの宇宙存在は、ワクワク感の一言で表現している。そして、そのワクワク感の意味を人類が体験するのが、今年の2026年という動画を以下に紹介する。【バシャール】2026年、何が開示されるのか?|ディスクロージャーの先にあるOpen Contactと人類の準備 - YouTube以前も紹介したが、バシャールの宇宙存在は、エササニ星で、グレイという文明を築いたが、遺伝子を改変しすぎて感情を失い輪廻転生ができなくなってしまったという。そのために地球が必要になり、地球の当時の生命体とハイブリットをつくったのが現在の人類の前身となり、その贖いとして、ハイブリットの子孫の現代人を幸福な生活に導く指導者となったという。そのようなバシャールの宇宙存在の話を以下に再紹介する。【バシャール】エササニの全貌|シャーの第3惑星・母船での暮らし・テレエンパシー・〇歳で自立・教育・睡眠・食事 #パラレルリアリティ #オープンコンタクト #スピリチュアル #睡眠導入 #聞き流し - YouTube滅びから生まれた星・エササニ|魂を取り戻した文明の記憶 - YouTube地球とエササニの融合|未来の波動が今ここに重なり始めている - YouTubeこのような動画の話から、エササニ星の宇宙存在が、地球人の過去であり、また未来でもあるのがわかる。オカルト的にいうのなら、エササニ星の宇宙存在は、ドッペルゲンガーの地球人の双子の霊魂のツインソウルのような存在ともいえるかもしれない。その証拠は、仏陀が説いた、いまでは仏教として知られている教えとも瓜二つなのが、以下の動画からもわかるからである。【99%が知らない】悩みや不安が消える「ブッダの最強の思考法」│ブッダ│名言│老後│シニア│無反応│執着│人生│偉人│人間関係│ストレス - YouTube【99%が知らない】愚者から自分の心を守る「ブッダの最強の智慧」│仏教│名言│老後│シニア│無反応│執着│人生│偉人│人間関係│ストレス - YouTube99%が知らない「ブッダの最強の思考法」悩みや不安や心配が消える│ブッダ│仏教│名言│無反応│執着│人生│偉人│人間関係│ストレス - YouTube【99%が知らない】悩みや不安がスッと消えていく「ブッダの最強の智慧」│仏教│格言│無反応│どうでもいい│不安│偉人│人間関係│ストレス│名言 - YouTube【99%が知らない】あなたを傷つけた愚者の末路と、心を軽くするブッダの智慧│ブッダの教え│仏教│因果応報 - YouTubeそして、このような仏陀の教えから、仏陀が求める幸福の道が、以前から紹介してきたソワカの法則でもあるのがわかる。ソワカの法則、つまり掃除、笑い、感謝をすると、バシャールの宇宙存在が説くワクワク感のハイヤーセルフと直観的につながる感覚が得られるからでもある。ソワカの法則についてはワクワク感とともに次回からも紹介していきたいが、今回もお馴染みの「人智学らぼ」からシュタイナーの人智学の動画を紹介して終わる。「キリストの姿」第6章:ドールナッハの丘に吹く風と、僕たちが作り上げた有機的な「殻」について【シュタイナー思想・朗読BGM】 - YouTube死の直後に広がる記憶のタペストリー|シュタイナーが説く人間の本質と死後の生 - YouTubeこのようなシュタイナーの人智学は、次に紹介するバシャールの宇宙存在の宇宙物理学という専門課程のいわば準備段階の教養課程なのがわかる。【バシャール】イエスとブッダの肉体の秘密|マグダラのマリアの役割|宗教の正体|あなたは毎晩アクセスしている - YouTubeこのようなバシャールの宇宙存在が説くキリストや仏陀がもたらした教えとは、「私と同じあり方を体現しなさい」というハイヤーセルフとの統合で、この統合が、宇宙物理学の初歩的かつ究極的課題なのである。感じるか感じないか、知るか知らないかは貴方次第!そして、恐れと不足を手放し、仏陀の「犀の角のようにただ独り歩め」の如く、ワンネス意識の源のハイヤーセルフの角との統合を目指すべき時代が到来し、それが今年2026年からはじまっている。
2026年09月04日
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あるブログをみていて、「シュメール」が「スメル」に読めることに気がついた。そこで、検索すると、「スメラミコト」を解説しているホームページに遭遇した。 「スメラミコト」とは、日本の天皇のことだが、そのホームページによると、『スメラミコトを、ヘブライ語で解釈すると、(sum,スム)は「~を置く」、「~を設置する」、そして (el,エル)は「神」になる。よって、2つの言葉合わせると (スメル)となり、「神を置く」、すなわち「神を奉る」、「神を祀る」となり、(migad, ミガド)は「栄光」を意味する言葉である』という。 つまり、「栄光在主」となるという。日本人は古来から神を祭ることを基本にしてきた。いまではほとんど偶像崇拝になってしまったが、「お上(かみ)」という言葉も残っている。 そして、戦中は、「天皇陛下万歳!」といって死んでいったわけである。これは、「スメラミコト!」と言って死んでいたことになる。 シュタイナーは、日本民族には、かつて古代ローマ時代に、キリスト教により感化を受けた魂が、転生しているということを語ったようである。 キリスト教と日本の神道は違うというかもしれないが、神を崇める態度に違いはないと思う。 日本人は無宗教といわれるが、それは日本人が意識していないだけで、自然と生活のなかで、無意識に神を崇めている生活習慣に溶け込んでいるせいであろう。日本人は無意識に神を崇めている。その神に違いがあれど、何かしら崇めている態度には変わりはない。 では、日本人の意識のなかに、どうしてこのような自然に神を崇拝する態度が生まれてきたのだろうか? この日本人の意識こそ、古代の日本の秘儀参入者たちが形成してきたものだろう。この意識はいまでは歪んだ形として残っている。いわゆる米国崇拝である。 明治維新の精神は、明治天皇崇拝にあることに議論の余地はないだろう。明治天皇なくして、明治維新や官軍賊軍というレッテルもなかったわけで、徳川家が賊軍の汚名を帯びないように勝海舟の晩年の努力があったわけである。 戦中は昭和天皇に引き継がれたが、軍部の独裁により、天皇は囲まれ、軍部の裏切りにより、米国に降り、日本の精神は、GHQに骨抜きにされ、米国の物質主義を神に崇めているのが、いまの日本の上層部である。右翼はその反動を演じているにすぎない。 さて、話を「スメラミコト」に戻すと、日本の精神が、シュメールからの移植であることに気がつく。シュメールとは、古代ヘブライ-エジプト文明の中心都市であるように思う。 シュメールは、イシュタルの秘儀と深い関わりがあるようだ。イシュタルの秘儀は、シュタイナーの講義から、古代アトランティスからの伝統的な秘儀参入法を受け継いでいたようである。無理解なギルガメッシュにより冒涜されたので、ウルクの都市では災いが起きたようである。 すると、日本の天皇は、このイシュタルの秘儀を受け継いでいるようである。日本人の意識が、このイシュタルの秘儀を受け継いでいるのなら、なんらかの繋がりがあるものと思われる。 ウイキペディアで、イシュタルを調べると、以下である。 イシュタル http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%83%AB この内容から、イシュタルが出産や豊穣に繋がる女神であることがわかる。どこか、古代エジプトのイシス女神の伝説を彷彿とさせる。日本の神話では、天照大神が女神とされるのも、ここからくるのだろうか? 女神というよりも、この説明の、「その祭司には実際に性同一性障害者が連なっていた」とあるように、日本の側室を置き子種をなくさない制度にも繋がっていたのだろう。日本の神社の巫女にもつながっているのかもしれない。 なにより面白いのが、そのホームページによれば、平安京は、空海によりエルサレムをモデルにつくられたというものである。 平安京を支えた空海の真相 http://judea.naritacity.com/journal_japan_090717.asp 更に興味深いのは、以下のホームページの下にある地図である。 平安京の謎を紐解く空海の存在とカゴメ印の不思議に迫る http://judea.naritacity.com/journal_main_090715.asp この地図をみると、北斗七星(六芒星)と北極星の関係がみえるからである。 再度山-京都御所-国分寺-石神神宮-高野山-便石山-伊勢神宮が北斗七星(六芒星)で、剣山が、北極星と考えられるからである。 北斗七星の中心の石神神宮は、伊勢神宮が祀られる前の最古の神宮であるという。 石神神宮訪問記 http://fukufukuro.jugem.jp/?cid=4 この石神神宮には鶏が神とされているようであるが、鶏は「時を刻む鳥」として有名で、つまり古代エジプトのトート神のことを彷彿とさせる。トート神は、古代エジプトでは時を刻む神とされた。この神宮には、草薙剣が収められているという。草薙剣とは、人間の自我のことである。ヤマタノオロチとは、人間の獣の心、つまり利己心である。 つまり、日本人のルーツが、古代エジプト-ヘブライ文明にあることを伺わせる。 なにより、このホームページが面白いのは、コジツケだとしても、あまりにも出来すぎているところである。国歌である君が代などは、特に驚愕である。 以下に君が代のヘブライ語解釈が載っている。 ~「君が代」に秘められたユダヤルーツ~ http://judea.naritacity.com/journal_japan_080415.asp これによると、「君が代」は、「立ち上がれ ! 神を讃えよ ! 神の選民であるシオンの民は、選民として喜べ ! 人類に救いが訪れ、神の予言が成就した。全地あまねく宣べ伝えよ ! 」となるらしい。 なるほど、ヘブライ語では、イシ(石)は「救い主」の意味をもつらしいが、古代エジプトの女神イシスの名にも通じるものがあり、イワ(岩)は、「ヤハウエ神」の意味らしいが、イワは、エア(イア)神に発音が何処となく似ている感じもする。 エア(イア)神は、ソフ-イエ、つまりソフィアという愛の意味の原語である。ちなみに、ソフは「浸透する」という前置詞の意味で、エア(イア)神の叡智が浸透するという意味になる。「浸透」するといえば、神道も(しんとう)であるが単なるオヤジギャグだろうか? 上記の「君が代」で出てくるシオンは、日本語では、四音とも、紫苑とも、子音ともとれるが、四音の場合、ヤハウエの原語のヘブライ語では、4語YHWHなので、神を表すそのものであるし、しかも、ヘブライ語は、子音表記なので、4語かつ子音となる。 「紫苑」は植物で、なんと花言葉は『君を忘れず』ということだ。君とは、神なので、君が代にかかっていることがわかる。 ちなみに、「シオンの民」のヘブライ語は「チヨニ」からくるという。「千代に、八千代に」という部分である。確かに、千代はシオンに似ているともとれる。 また、このホームページには、童話のカゴメ歌のヘブライ語解釈もあるが、上記の石神神宮と剣山の関係を巧く歌っているようにもみえる。 例えば、六芒星で囲まれた中央の石神神宮には、草薙の剣があるとされ、鶏が神とされているわけで、「カゴの中の鳥」というカゴメの歌詞と合っているし、「夜明け」と「晩」の歌詞には、夜明けとともに、東にある伊勢神宮-京都御所-国分寺が覚醒意識として働き、晩とともに、西にある再度山-高野山-便石山が霊的意識として働く、「鶴と亀がすべった」は、剣山の別名の鶴亀(ツルキ)に、もしくは六芒星が亀で、剣が、鶴を表すのかも、そして、「後ろの正面」とは、カゴのなかの石神神宮と剣山の関係を意味するように思える。 日本人の意識と深く関わっているのかもしれない。それにしても、日本人のいまの意識の根底には、空海という大巨人、恐らく日本の秘儀参入者だろうが、深く関わっていたことがわかる。宗教を用いて、日本人の意識を変革してきたのであろう。 なにより生きることは、過去の良心を受け継ぎ、次世代の人間の意識、徳性を形作ることにあると思われるからである。 そのために必要なのは、やはり国語、歴史、そして哲学であろう。更に、芸術だろう。日本人が先が見えなくなったのは、1に国語、2に歴史、そして3に哲学を等閑にしてきたからであろう。そして、4として芸術が退廃的になっているせいである。 日本語ができなければ、日本人の意識、道徳を受け継ぐことができないし、歴史、特に口伝は、過去の体験を受け継ぐには必須であろう。 そして哲学、ここでいう哲学は、難しい議論をすることではない。自分の精神の土台となるものを探求することである。過去の考えを融合していまの自分の考えがあるわけで、その土台となるものを自分でみつけることである。すると、どうしても神に行き着く。 つまり神を崇拝する謙虚さや真心がなくては人間失格で、思いやりのない獣やモンスターとなるだろう。 更には、芸術で、心を表現し、精神の精細性を高めないと、不可視な霊的存在、つまり万物に宿る神々を表現することができない。そういう意味では、現代の御利益主義の教育は日本人を殺してしまっている。外国語で親を馬鹿にするような民族に将来はないだろう。しかし、いまからでも遅くはない。間違えは改めればよいのである。 シュタイナーの予言によれば、次の文化は、再び古代エジプト文化が再興するからである。古代ローマからギリシア、つまり米国から欧州の物質文明の時代は終焉を迎えるのは確かだろう。ただし悪魔の悪あがきが続くようであるが…。
2010年12月06日
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「ネット情報の活用法」という題で抜粋紹介してきた、松果体と脳下垂体についてのラムサの話とマイトレーヤなるものの話とシュタイナーの話から、松果体と脳下垂体の機能を、以下のように大まかに知ることができた。 1.松果体と下垂体には女性と男性の陰陽の関係がある。 2.松果体と下垂体の陰陽の制御が完全にバランスされると、高次の波動をみる第3の眼が開く。 3.男性的な下垂体は、ホルモンを脳全体を経由して松果体に流し、脳の活動を立ち上げ、物質力(運動)を担う。 4.女性的な松果体は、想念や思想などの霊力を集め増幅し、中枢神経内の髄液を介して、全身の細胞に伝え、ホルモンのバランスを調節する。 以上のまとめから、松果体と下垂体の変換能力と、増幅力が向上すれば、高次元と低次元を自由自在に移動できる。まるでタイムマシンのようになる。 霊能者は、自らをタイムマシンにして、過去や未来の人類の歴史を、アカシックレコードといわれるものから読み解いたという。 松果体が、神である思想を、低次元化して、身体の細胞に情報を送り、下垂体から流れるホルモンを調整しているという。神の思想は、無秩序に秩序を与えるものだから、この調整プログラムを失うと、下垂体が暴走を始めることが考えられる。 つまり、この松果体の調節機能を失うと、ホルモンのバランスが崩れ、例えば、下垂体腫瘍の症状の「女性では無月経と乳汁分泌がみられ。男性の場合は、性欲低下やインポテンツがみられたり、巨人症や、手足の先端、額、あご、唇、舌などが肥大してきて末端肥大症となる」ことなどが考えられる。 下垂体腺腫 http://ganjoho.jp/public/cancer/data/pituitary.html 昨今の先進国の都市生活での、身体肥大化や「草食系」といわれる性能力の減退などは、松果体の機能低下に由来しているのではないか、とも考えられる。 以下に絶妙なバランスをとっている松果体と下垂体の図を載せておく。 この松果体と下垂体の簡単な説明を、あるサイトにみつけたので、あわせて抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 松果体の働き! http://blogs.yahoo.co.jp/takaaki3768/50930543.html 松果体は、目に見えないエネルギーを、目に見えるエネルギーに変換する分泌腺だ。 いうまでもなく私たちが見ることのできる光の範囲は僅かで、その外側には人間の目では見ることの出来ない広大な世界が広がっている。 松果体は、頭部の真ん中の下垂体のちょうど上の背後にある小さな円錐形の小臓器で、第3脳室の屋根の部分から突出した小体で、生後7年位まで発育し、その後退行する。 松果体自体には神経細胞は少なく、神経膠細胞と分泌細胞が多いので、一種の内分泌腺と考えられている。 松果体は目で発見される色素と類似したものを含んでいる。そして視床(第3脳室の外側壁をなす間脳の主要部で、感覚が皮質へ達するときの中継部位)と2本の神経索で連結している。 松果体は光が生体に及ぼす作用をコントロールすると言われている。 (光の本性は神の思想なので、オカルトの話と一致する。) このような理由から科学者は、「松果体が第3の身体的な眼の残遺物である」という。 ルネ・デカルトによれば、精神と身体が出会うところ、すなわち、「直観の座」が人類の特質となる、と断言している。 さらにデカルトは松果体に、「合理的精神の座」があると力説した。 (デカルト的にいえば、神の光「血」を受ける場所の、松果体が聖杯というべきものだろう) つまり、眼が現実の世界の事象を受けて、これを松果体に伝えると、松果体はこれに対する運動反応を、体液を通して筋肉に伝えるもの、とみなしている。 (「デカルト」の名は、オカルトとともとれる位に、オカルト「秘教」の話と一致する。) その後、松果体腫瘍の症例を研究することで、1.性器の早期発育 2.肥満症 3.痴呆などをきたすことから、松果体と性腺との間に何らかの関係があると推定されるようになった。2および3は必ずしも松果体のみの欠損症状ではないといわれている。 (下垂体とも関係する。) 人間は一条の光である。人間は色の法則と作用を身に付けて、目に見える世界へと振動によって生命を創り出す。 東西文化の伝承によれば、すべての生き物はそれぞれ固有の振動範囲を持つ。この事実は広く認められている。 R・シュタイナーは、マゼンダ(赤紫色)の松果体は桃の花に似ているという。 (桃源郷の起源か?) この絶妙で上品な色、マゼンダは人間に化学作用を及ぼし、地球上の元素との相互作用を促すといわれている。 インドの伝承では、松果体をクラウン・チャクラという。 西欧の伝承では、松果体は「第3の目」といわれ、元素を有機化する。下垂体は人間の至るところにメッセージを伝える。これによって健康はコーディネートされ、鼓舞されるのだ。 (松果体は霊力を伝え、下垂体は物質力を司る。下垂体が素材を提供し、松果体が、彫塑する。) 松果体、つまり「第3の目」は、私たちが物理的に見ることが出来ない精神イメージ、そして何を知らされているかといった精神的イメージをつくる。 それだけに、イメージづくりは健康維持に重要な役割を果たす。 松果体が全く機能しなければ、不可視の世界から得られる「精神的な栄養」を得ることが出来なくなり、生命エネルギーはしだいに衰えて行く。 下垂体は、呼吸や心拍のリズムや性腺のリズムを美しくコーディネートする。 また、甲状腺は人体中最も大きい内分泌腺で前頚部にあり、約15~25グラムの大きさがある。 甲状腺は音の中枢として、人間の幸福に大切な役割を演じる。心地よい音は体内の化学物質を賦活する力を持つ。 特定の音や一連の音を規則的に活用すると、精神的・情操的・生理的に身体が変化するといわれている。 (レムリア文明は、音の文明だったという。) 下垂体や松果体が充分に発達すると、すべての振動は融合して神秘的に「第3の目」に生命を吹き込む。 明らかに、一つの完璧な計器が精神に備えられ、いろいろなタイプの振動が翻訳され、通訳されるのだ。(^^♪ ☆ ☆ ☆ マゼンダ(赤紫色)の松果体は、よく林檎や桃に喩えられるが、松果体の機能は、神に似せて人間をつくる機能に相違ないように思われる。つまり、「エヘイエ アシェル エヘイエ(我思う、故に我在り)」の「神が自身を思うから、神の分身としての人間が生まれる。」である。 聖書には、この知恵の実を取って食べる、とあるが、脊柱を「蛇」に喩えると、脳下垂体は、頭の口に喩えられ、人間の身体は、松果体が、脳下垂体や脊柱の「蛇」に食われた形ともいえるし、人間自体を生命の樹と捉えると、生命の樹に、林檎や桃の実がなっている形にもみえる。 色々と面白い連想が浮かびあがる。
2013年09月27日
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今日、人類が新たな文明から、人間の心情と心に寄り添う文明、人間の心情と心から直接生み出される文明が再び必要とされることは明白である。今日、子供が小学校に入ったとき、この高度な文明に属する文字、現在ABCとして学ぶことになる、この文字に子供を馴染ませるなら、子供の心や心情のなかの何ものとも関わり合うことはないだろう。 現代文明に属する文字を学ばせることは、子供の心、心情とは全く関わらないもので、子供がABCを学ばされるとき、子供の頭、心情のなかで発達するものは、霊-魂的に考えて、人間の性質のなかの寄生生物といえるものである(恐らく、依存心のことだろう)。 このように、実際、人間の教育の歴史全体にわたって、今日、文明から発し、寄生的に人間に迫りくる多数のものがある。従って、子供が学校に入るとき、子供の心情から、創造を行う教育芸術を開発する必要が生じる。 子供に、喜び、もしくは落胆という、あらゆる感情から色彩を生み出させるように、色彩形成を、「喜びから苦悩まで!」、紙に表出させる必要があり、子供が、自らの心情を、紙面に繰り広げることで、表出したものは、人間と結びつき、いかなる文明の寄生をも、もたらさないものとなる。 この自主的な色彩表現は、指や、鼻のように、人間から生え出させるが、他方の、文字により、高度文明の成果に導かれることで、人間が受け取るものは、寄生的存在へと至るだろう。 人間の心情と心に、非常に近いものと、教育芸術とが、このように結びつけられる瞬間、スピリチュアル(心霊主義)なものをも、人間のなかで、有毒なものにならずに、人間へともたらされる。 第一に、我々の現代文明が、癌に冒されているという診断を得て、次いで、治療、つまり、ヴァルドルフ学校教育を得るに至る! ヴァルドルフ学校教育は、別段特別に、特殊に組み立てられているわけではない。そこでは、医学的考察と全く同じ思考法により、文化に関して考察されるものである。 なので、以前述べたこと、つまり、人間は本来、下からの栄養摂取から、治癒を経て、上への精神的(霊的)発達へと進み、そして、教育は、精神(霊)へと移行された(翻訳された)医学と見なし得ることが、この文化の癌腫というような、特殊なケースにも、適用できるのをみることができる。 しかし、文化の治療法を発見しようとすれば、特に厳粛さをもって、強調すべきである。というのも、この文化治療というのは、現段階では、ヴァルドルフ学校教育としか考えられないからである。 このような関連を見通すだけでなく、この関連において、このヴァルドルフ学校教育を、実践的に強化し、拡張しようと試みるなら、それがどのような気分のものであるかを考察できるはずで、そして今、文明の癌の共通の帰結として、中部ヨーロッパに生じていることを、自身で確実に理解でき、その癌腫が、実践的ヴァルドルフ学校教育を、全く不可能にしないまでも、恐らく非常に危うくする状況にすることに気がつくだろう。 このような考えを捨ててはならない。この考えを、まだ少しでも可能な場所で、現代文明の癌治療に働きかけようという衝動にする必要がある。実際今日、何倍にも、そのような衝動を増したので、1913年のヘルシンキでの講演会(チクルス)(☆6)で、ある霊認識から、私(シュタイナー)はウッドロー・ウィルソン(☆7、*4)の劣等性に関して述べた。 *********************************************************************************☆7 ウッドロー・ウィルソン:Woodrow Wilson 1856-1924 アメリカ合衆国大統領。シュタイナーは上述のヘルシンキでの講演会、1913年6月1日の講演で彼について述べている。 *4 ウッドロー・ウィルソンについて; シュタイナーは「バガヴァッド・ギーターのオカルト的基盤」で、ウィルソンの論文("What is progress?")に言及しながら批判している。 ウィルソンによれば、ニュートンの時代には、重力に関する考えが社会の概念、国家概念にも影響を及ぼしていたが、天体力学の概念を人間の性格に適用するのは不十分で、現代は別の考え方をしなければならない…そしてウィルソンは、ニュートンの概念では不十分で、生体についてのダーウィン主義の法則を{社会に}適用しなければならない、と主張する。 シュタイナーは、ダーウィン主義のような、純粋に物質的生体組織に由来する法則では不十分で、今日必要なのは、魂、霊(精神)的法則であるとし、ウィルソンの観点を、現代に多く見られる、人智学に敵対する「部分的(中途半端な)論理」の実例として批判する。 シュタイナーによれば、人智学的世界観は、部分的論理ではなく、透徹した包括的(全体的)思考、あらゆる場所に入り込んでいく論理を前提とする。進化というものも、ウィルソンのようなダーウィン主義の意味ではなく、霊的な意味で考えなければならない、と説く。 ("Die okkulten Grundlagen der Bhagavad Gita" P.87-89) 別の講義でも、様々な関連で、しばしばシュタイナーはウィルソン主義を批判している。 ********************************************************************************* ウィルソンはそのとき多くの文化人たちにとって世界の一種の主なる神となり、今日ようやく人々は、もはやそれ以上のことができない為、彼に関しても、多少明確な理解も出てきたが、そのときの状況は、当時、現代文明の癌に関して述べたことと全く一致している。 当時現代文明の腫瘍に関しては全くウィルソン主義のような状態で、今日(1920年)の時代に適合することに関しても、全く同様の状態で、いわば人類の睡眠状態である。睡眠状態に相応しいのは、何と言っても覚醒であり、人智学は真の文化を目覚めさせる全ての衝動、人間の真の文化覚醒の為の衝動を含んでいる。 この事が、この霊的言語の講義の最後に述べたかったことである。(シュタイナーは、この現代文明の文化の癌腫を治療するには、教育芸術しかないと説いているのである。その為に、シュタイナー教育を生み出したともいえる。シュタイナー教育には、人智学のエキスが詰まっているので、もはや人智学を理解する必要はなく、シュタイナー教育をそのまま実践するだけでよいのである。つまり、シュタイナー教育そのものが人智学なのである。 ただし、教師、教員、つまりシュタイナー教育を行う教育者は、充分に人智学を理解し、その態度で臨まねばならない。その意味は、自主性の問題で、人智学に賛同できない者が、その教育を行うことは、人間本来の自由意志に反するからである。)
2008年02月14日
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今日は文化の日ということで、文化について書きたいと思う。なぜ文化の日となったのかは、この国の明治帝の誕生日が起源となったようである。しかしまぁ、この国の政治家の、芸人に突っ込まれて激怒するような、低レベルな文化習熟度をみても、それと同等の、明治維新についての低レベルな理解が予想されるので、あえてそれに触れはしないが、全ての怒りが、無知と無理解にあること、この国の世間をみると、特に、キリスト教についての酷い曲解が罷り通っているので、とにかく洗礼が必要に思えるので、キリスト教について、書いてみたい。現代のキリスト教というと、イエスの当時のパリサイ派を思い起させるが、当時のイエスは、ユダヤ教についての律法を、陳腐と否定したことは、聖書を厳格に読めばわかるはずである。いつまで役に立たない教えに胡坐をかいているのか?そんな役に立たないものよりも、人間のなかにある魂、精神の善意に耳を傾けたほうが遥かにマシである。だから、ヨハネによる洗礼が必要と説いたのである。古い考えは捨て去らねばならないからである。それは古い考えに束縛されて、今を生きるのを忘れているからだ。つまり、いまのキリスト教というと、非常に古風で、紀元前当時の、パリサイ派を髣髴とさせるので、まず、現代のキリスト教を捨て去らないといけない。これらは過ぎ去ったイエスの伝説であり、昔に語られたものであり、もはや現代には役に立たない悪魔だからである。今もイエスは生きているし、語っているのである。今語っているイエスの声に耳を傾けないといけない。良心の耳を開け!つまり、イエスが説いたのは、「真剣に、いまを生きろ」ということである。いまを真剣に生きれば、その真剣な生き方が、明日に反映される。では、「今」とはなんだろうか?宇宙は7日でできたと、旧約聖書に書かれているが、この7日は、誤訳で、日=デウスは、神の意味なので、宇宙は7神によりつくられている、という意味になる。つまり、日とは、神で、今とは、神の働きのことである。だから、過ぎ去った過去とは、人間のなかにある記憶であり、神の働きの一部を切り取って、脳の海馬に焼き付けた、一種の写真、動画でしかない。その画像や、動画に拘り、権力を与えているのが、パリサイ派たちなのである。この連中たちを総称して、オカルトでは、ルシファーと呼んでいる。神の働きの一部を取りだしてきて、それに従えと権威化する働きをルシファーと呼ぶのである。人間の偽善的行為の総称でもある。まず、この過去の権威づけ、束縛から自由にならないといけない。この過去の悪魔に対して、イエスの当時のサドカイ派にあたる、無神論者たち、物質主義的、物質崇拝、金銭崇拝などが、未来の見方を歪めさせている。この悪魔的な連中を、オカルトではアーリマンと呼んでいるが、昨今では、即座に「エビデンスは?」などと批判してくる連中や、なんでもカネや科学で解決できる、と思いこんでいる傲慢さなどが、今真剣に生きることの、妨害や障害となっている。ぶっちゃけてまとめると、 自分は何々の出身だから、偉いから、今を真剣に生きなくてよい、と思うような人はルシファーの一員なので、死後に、ルシファーに招待されて地獄に行くから、天国にはいけないし、また、金持ちや、権力者に憧れ、地位や金銭の勘定ばかりをして、他の人の痛みや苦労を顧みずに、今を真剣に生きることを怠る人も、アーリマンの一員となるので、地獄に招待され、天国にはいけないわけである。そういうわけで、イエスは、この過去と未来の悪魔の誘惑に負けずに、今を真剣に生きろ、と説いているのである。今人間の精神のなかにある、善意の精神に常に耳を傾け、公正と人間愛に、奉仕していきなさい、そうすれば、宇宙を動かしている神の働きと、今を通じて、一体化するので、肉体を失って、死んでも、魂の生の法則に従うので、イエスの言葉とともに、その一員となり、永遠に生きる、と説いたのである。以下に山上の説教の話を載せる。1.「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。」 自己の欠点を理解し、常に謙虚である人、神の働きについて何も知らないと悟る人でないと、神の本当の働きについては理解できない。 これは、ソクラテスの無知の知でもある。2.「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」 自分の今の境遇に満足する人は、神の働きにはついては理解できない。自分が神の働きについて何も知らないと悲しんでいる人こそ、神の働きを招き寄せる。3.「柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。」 自分の人生を、公正と人間愛に奉仕し、赦し助け合う人は、地に天国をつくる神の働きを知るだろう。4.「義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。」 公正と人間愛に奉仕し、霊的な知識を知ろうと努力する人は、神の働きを知るようになるだろう。5.「あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。」 心のなかの悪意を消し去れる人は、善果をもたらす善因を積み重ねるだろう。6. 心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。 心を清らかに研ぎ澄まし、五官感覚を清潔にすれば、神の働きを見通せるようになるだろう。 これは、第三の目の心眼を開眼するという意味である。仏教でいう仏である。7. 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。 自らの良心に従って、隣人たちと仲良くしようと努力する人は、神の大調和の働きに目覚めるだろう。 この大調和の働きを、大和魂というのかもしれない。8.義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。 公正や人間愛のために、義を貫こうとして、大衆から迫害されるなら、その迫害に応じる働きのなかの、神の大調和の働きに包まれて、幸福感に満たされるだろう。9.わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。 イエスの教えに従い、今の人生において、公正と人間愛に奉仕し、善いことをすると、パリサイ派(偽善者たち)の権威にひれ伏した大衆が迫害し、十字架に送り、次の時代に、それを悔いて、記念碑などを立てるが、そのような迫害よりも、神の大調和の働きと一つになれた幸福感のほうが大きいのはいうまでもない。11.あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。 イエスの今の言葉に従って生きるなら、この地球を光輝く天体にし、太陽のように、平和を打ち立てることができる。しかし、もし、悪魔の誘惑に負け、暗黒面に陥るのなら、あなたは太陽の光を失い、物質的に崩壊し、その崩壊した地として、多くの生物に、地獄の如く踏みつけにされるだろう。12.あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。 人間の精神のなかには良心、つまり太陽がある。イエスの今の言葉に従い、その光を絶やさずに、常に灯し続けるなら、この山の上にある町の灯のように、周囲を照らし続け、常に光り輝く存在となるだろう。13.また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。 人間のなかの良心に火をつけずに、覆いで隠しながら、暗がりを明るくしようとしても無駄である。悪魔の誘惑に負けずに、今真剣に、公正と人間愛に奉仕し生きなさい。14.そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。 一つの灯が、他の灯に火をつけ、その輝きに照らされて、その良心に目覚め、しいては、神の大調和の働きの分身となることを自覚しなさい。 これは伝教大使の一灯照隅、万灯照隅でもある。15.わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。 イエスは、この地球での神の働きを否定するために、来たのではないし、死んでもいない。ただ肉体を失っただけで、いまも神の大調和の働きのもとに、この地球での、その成就のために、いまも働き続け、万人の良心に訴えかけ、𠮟咤激励している。16.よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。 これは明確にいっておきたい。神の大調和の働きに反することは不可能なのである。だから、公正と人間愛に奉仕し、真剣に今を生きれば、必ず、神と共に働き、一つとなり、最大至上の幸福感を得るのである。
2021年11月03日
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