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台風の被害は今回も大きい。10名の犠牲者の方々の冥福を祈りたい。今回のは16号、先日かすったのが17号だから、まだまだハイティーン台風(勝手に名づけた)は続く。いつもハイティーンの台風は悪さをする気がするからだが、今年はローティーンでも悪さをした=大きな被害が出た。今年は海外でも自然災害のニュースが目立つ。もう後がないのでは。地球全体で温暖化が加速し、その後氷河期にむかう前触れの時期だろうか。戦争などと言っている場合ではなく、地球環境を第一として、全世界的に動く時ではないだろうか。 我が家は大したことがなかった。一番ひどい時間が未明だったので、雨戸を閉めて子供たちは寝ていた。被害が出た地域の方々には申し訳ないが、何事もなくてホッとした。朝玄関から出て見たら、向かいの駐車スペースのトタン屋根がはがれて、庭の中に飛んできていたので、時間が夜中でよかったと胸を撫で下ろした。何か音がしたのは分かっていたが、確認する勇気はなかったのだった。ニュースで見ると、国宝姫路城にも被害、漆喰が二箇所はがれた、とあった。姫路城「にも」?「姫路城では、な、なんと~~!漆喰二箇所、だ・け!」という方が私の気持ちにぴったりだ。そして、もう次の18号が近づいているとのこと。中心気圧もかなり低いし、スピードはまだ自転車並みなので、まだまだ力を蓄える時間が充分ある。後片付けをする私たちには息つく間もない感じだが、できる限りの準備をしなければ。________________携帯が新しくなった。姫が一緒にシャワーを浴びてくれたのだった。中の電話帳データは生き残ったが、携帯自体のボタンが機能しなくなっていた。今度こそ、ドビーに奪われないよう、常に身につけるか、ドビーが思いもよらない場所に隠さなくては!
2004年08月31日
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昨日はサッカーサイトやスポーツニュースのサイトめぐりばかりしていました。お目当ては男子サッカーのアルゼンチン優勝の記事や写真です。前評判のあった、コネッホ(=うさぎ)ことハビエル・サビオラが、カルロス・テベスの出来が良すぎて、結局殆んどベンチだったのは残念でした。得点王に輝いたテベスはアルゼンチンリーグでもゴールを量産してきて、調子も絶好調だったのでしょう。これで若い国内組は見本市の店先に並んだも同然です。テベスはボカの宝ですが、アルゼンチンのストライカーから一躍、完全に世界のストライカーになってしまい、フロントにとっては高額で売れる商品。ボカのスターとしてずっと生き続けることができるでしょうか。次から次へと選手が出世して輸出され、あとからどんどん若手の有能な選手が出てくる層の厚さのせいもあるけれど。先日、セリエAのインテルからアルゼンチンの強豪インデペンディエンテに移籍したばかりだったマティアス・アルメイダ(28)は、身内に誘拐事件が重なり、試合に出ないまま退団(ファンと関係者に陳謝したそうです)。どうなることかと思っていましたが、セリエAのブレッシャに拾われて、家族ごと出国したと聞きました。スターの家族を狙った身代金目当ての誘拐事件、この種の事件が多発しているそうです。今はただ、アルゼンチン国内の状況がよくなることを祈るしかありません。今回、男子サッカーに続けとばかりに男子バスケットでもアルゼンチンが金メダルをとりました。これで、少しでも国内の景気と人心が上向くことを期待しています。
2004年08月30日
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最近、ドビーの口がいつもモグモグしている。我が家の中に、いつも手に届くところにオヤツがあるわけではない。もちろん、お菓子を隠してある場所を察知してとってくれ~と頼むのはしょっちゅうだが。食べるべきでないものを口にする。異食といわれる行動だ。口を指差し、ぺっと出して、と声かけすると、口から出てくるのはお菓子のポリ袋を千切ったもの。それも、いっぺんに4つほどの切れ端がキチキチに丸まったり縮れたりして出てくる。変な成分が体内に入るかもしれないから、気休めにお茶を飲ませてみる。しかし、気がつくとまた新しいポリ袋片が口の中に突っ込まれている。椅子を引き寄せ、取れないだろうと思うほど高いところにプラごみをまとめているのだが、それらをまとめたものが、家の外に置いてあるゴミボックスにある。そこから大きな袋を破って取り出してくる。破れ目を見つけた時は、ネズミにやられた気分ってこんな感じなんだろうなぁ、と思う。ポリ袋もいやな感じだが、紙片もとてもイヤだ。紙はモグモグしているうちに飲み込めるほどモロモロになって、ごっくん!広告のインクを山ほど食べているに違いない。やめなさい、といって、全部広告を取り上げると本を破るので、これは悲しいけど全部とりあげることが出来ない。そして最後にモグモグするのは庭の砂利のつぶ。5~8ミリくらいの石が5個くらい口の中に入っている。これで乳歯を削っていたっけ(泣)ウチの庭は引っ越してきたとき、直径1センチほどの白い砂利で、庭が真っ白な日本庭園のようだった。この5年で、雑草がはびこり、かなり砂利が細かくなり土にまぎれたと思う。今は緑と茶色の中にぽちぽち白いのが見える感じ。供給を元から断つには新聞を止める。プラ袋を一切買わない。庭の砂利を全部取り除く。どれもこれも難しい。これから学校が始まって、少しは収まることを期待しよう。少しでも楽しく遊べるよう寄り道もいっぱいしてあげよう。それでも続くようなら、なにかうまいやり方を考えないといけない。
2004年08月29日
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ペン太が今日から林間学校へ行った。長野と愛知の境にあるところで、たぶん市の施設なのだと思う。昨日までの荷作りはおおよそ順調。残念ながら、長袖トレーナーとTシャツと懐中電灯を新調したが、あとは全部ウチにあるものでそろえることができた。荷物をそろえるのは出来たものの、パッキングはまだまだ。一度グチャグチャに詰めてたのを全部取り出し、種類別・用途別に分けて一度包んでから、スポーツバッグに詰めるよう指示を出した。出発する前は薄日が射していたものの、だんだん曇ってきた。今日は外で食事作りのあと、みなでテントを張ってその中で寝るらしいが、土砂降りじゃないことを祈るだけ。2日目はハイキング、3日目最終日は川で魚を手づかみで捕まえて焼くらしい。ちょうど台風が本州に向かうタイミング。ペン太は予報を見ながら川が増水して出来なくなるかも~と心配していたが、私は無事帰ってこれるかしら?と別の心配。おむすび3つと水筒を持たせて出かけていった。これから2日、足掛け3日3人家族だ。寂しい。
2004年08月28日
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銀座大通りに面したその小さい店に、何度通ったことだろう。デイリークイーン(DairyQueen=DQ)のソフトクリームが大好きだった。DQソフト独特の雪だるまの上にクルンと豚の尻尾がくっついたような形。含まれている空気が少ないので密度が濃く、ひっくり返しても簡単には落ちない。チョコソースやキャラメルソースに突っ込むと、あっという間に固まってコーティングされた。トッピングもどんどん種類が増えたが、そのままソフトと、ただのコーティングだけのチョコソフト・キャラメルソフトが好きだった。 ______________DQのことを思い出したのは、先日(14日)のほうじ茶ソフトを検索してたときにDQソフトの文字を見つけたことに加え、昨日オニオンリングを食べたからだ。私の高校時代は部活とDQが9割を占めていた。普通の都立高校で名目上はバイト禁止だったが、お構いなしにバイトをした。ウチは家族も多いし、自分でお小遣い稼ぐなら頑張りなさい、という家だった。部活の友達に誘われてDQでバイトを始めた。銀座という土地柄、外国人のお客も多かった。バイトの先輩に英語ぺらぺらの人もいたが、いつもいるわけじゃない。しどろもどろで応対していた。たまにスペイン語を話す人がくると、水を得た魚のように対応できた。そんなにペラペラじゃなかったけど、話していたことは分かったし、向こうもスペイン語での対応に喜んでくれた。ソフトだけではなくて、ハンバーガー類、サイドメニューもあった。しかし、圧倒的にソフトが売りだったのだ、と今あらためてよく分かる。通りに面したところにソフト販売専用の窓口があった。歩行者天国のときはソフトだけにずっとかかりきり。あの頃、チョコに加えて、キャラメルソフトが新しく登場したばかりだった。売り上げのために「中に寄ってってくださいね~」と声をかけながらも、実は、あのソフトを作るのはバイトの仕事の中で至上の喜びだった。美しい形が出来ますように~と、無心で作っていた気がする。バーガー類は、いろいろ変わったメニューもあったが、近所にあったマクドナルドや森永ラブと大差ないと思っていた。が、これは絶対違う!と思っていたメニューは、コーヒーゼリーとオニオンリングだ。だから、自分のバイト先なのに、遅番のときは早めに入ってお客としてオニオンリングを食べ、早番・昼番のときは終わってから、店が空いていたらオニオンリングとコーヒーゼリーを食べ、という顰蹙ものだった。 話し始めると長い。大学に行くようになってバイトも変わった。在学途中、都内から埼玉へ引っ越した。勤めるようになって、ある日久しぶりに銀座へ行ったら懐かしいDQの看板は見当たらず、店はハーゲン・ダッツになっていた。私が知っているほかのDQは新宿東口だけになった。だが、子供が生まれてから、新宿に遊びに行くなんて夢のまた夢。そのうちに新宿の店も消えた。ところが3年前、夫の実家に帰省中に、ふと立ち寄った小さなショッピングセンターで懐かしのDQに出会う。こんな近くにあったのに、どうして今まで知らなかったのだろう!知らないままの10数年が悔しくて地団太踏んだ。わざわざ寄らなきゃいけないけど、またDQソフトが食べられて本当に幸せだった。しかし、今年の正月の帰省のとき、またもやショッピングセンターはつぶれていた。 _______________デイリークイーンというファーストフードがあった。いや、今でもある。本国アメリカはもちろん、日本以外のところに。日本は今年の3月で撤退したそうだ。悲しいが、おかげで、私もいつか海外旅行をしたい、という気持ちに代わって、絶対ハワイに行かなくちゃ!という気持ちがフツフツと湧いてきた。今までは、日本の中でさえ行ったことない土地が多いのだから、無理に飛行機に乗らなくていい、と思っていたのだけど。隣の韓国へ行く、という手もある。その方が手軽かもしれない。いつか絶対…!それまで、ネットでみつけたコレを買って、この気持ちを忘れないようにしよう。なにしろ忘却術、大得意だから(泣)
2004年08月27日
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ドビーは夏休み最後のプール登校だった。おとといも同じく登校日だったが、おとといと違うのはクラスメートの大半が出席していること。もうすぐ始まる二学期にむけて、少しずつ気持ちを学校モードにしなければ。ドビーはプール=水が大好きなので、終わらせるのが毎度一苦労とのこと。もちろん他も水が大好きな子供ばかりだが、ドビーは最後までプールにしがみついているそうだ。足が付くようになったら飛び込んでプールの真ん中に逃げるんじゃないかと思う。担任は昨年も同じ学年でクラスが違ったのだが、前の担任が苦労してるのを見て、ドビーを水から引き上げるのは大変そうだなぁ~と思っていたそうだ(苦笑) 今日のお迎えは車で兄二人も一緒だったのだが、車から二人が先に降りたのが見えると、きゃぁきゃぁ大喜びだった。元気良く先生方に挨拶をして、意気揚々と兄たちの手をとって、両手に花、いや両手にオタク状態で校門に向かう。なんだか悔しい。私のお迎えのときはせいぜいニッコリくらい。あんなに喜んでもらったことはない。逆に毎回 「お母しゃんのお迎えってことは、今日はほのぼのさん(ショートステイ)じゃないのね…ガックシ…ガンガン(自傷)」 といった感じだ。さて、お昼は…ペン次はマックマック、ペン太は中華中華と騒いでいたが、今日は私をルールにさせてもらって、久しぶりにモ○で食べた。ペン次もバーガーはモ○の方が好きなのだが、ポテトは絶対細めのマクドナル○と譲らない。今日はナン・タコスとナン・チョリソーが今月いっぱいだと知ったので、私がぜひ食べてみたかったのだった。店に入る前、帰ったら足りない分冷麦をする、という約束で、バーガー類を絶対一人一つね!と念を押す。店内に入るのは一年ぶりくらいかしら。もう興奮して甲高い叫び声をあげようとするので、抑えるのに必死。テラスがあるのでテラスにいきたかったのだが、ペン太がここでこのまま頑張ろう、という言葉に考え直した。もちろん、ペン太にしてみれば、涼しいところで食べたい気持ちを素直に言っただけなのだが…。初めの3分を過ぎると叫ばなくなった。ホッと安心。ドビーは結局ハンバーガーの大半をペン太に譲り、代わりに母のサイドメニューを奪取。バタバタしたけど、ケチャップのしみも思ったほどたくさん付かなくてよかった~。パパがいなくても外食できた。これは私にとって大きな自信になった。ペン太、ペン次、協力ありがとう!ちなみに私が食べたのはナン・チョリソー。ソースが美味しかった…欲をいえばナンがもっと大きいともっと嬉しいな~
2004年08月26日
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「原発がどんなものか知ってほしい」昨日、お邪魔した 須尾実さんの福祉住環境 ヤポネシア わーくしょっぷで、前に私が時々読みに行っていたページに再会できた。PCを替えてからすっかり忘れていたのだった。暇な時に、いろんな人に見てもらいたいと思ってここにリンクをはりつけることにした。美浜原発の事故で入院中の方が亡くなったというニュースを聞いて、いても立ってもいられなかったので。ここ何日かで背景のトーンを秋にした(つもり)。こういう細かい設定は苦手だ。それとちまちまと過去日記を埋める作業は、私の不得意なことだということを再認識した。なんとか帰省中の分が全部埋まって自己満足。でもやっぱり本当のドロドロした気持ちを書ききれない。時間が経つと都合のいいように考え直している。忘却術が得意なせいかなぁ。まあ、感情にまかせて口に出してはいけない事まで書いてしまうよりマシだと思うことにしよう。いちど書いたこと、言ったことは消せないもの。苦手なことをさっさと進めればいいものを、あちこちお邪魔して息抜きの時間の方が多かったりする。でもおかげで、なにかと考える時間を持てた。ずっと気になっていたお気に入りリンクのところを整理した。今までおいてあったサッカーサイトは、私の個人的な趣味なので外して、これまた個人的な趣味の読み物を置いてみることにする。
2004年08月25日
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ウチの風呂の排水溝の蓋は簡単に外れてしまう。ドビーが風呂に入ると必ずといっていいほど、はずしてしまう。目皿と排水溝のトラップの蓋がネジで合体してるので、ひとたび開けたら排水パイプが丸見えなのだ。借家でなかったら強力接着剤でくっつけてしまいたいくらいだ。前に詰まった時は、ポテチの袋の切れ端、シャンプーのポンプ部分、爪ブラシ、靴用タワシ、かかと用角質落としが詰まっていた。それらを2時間以上かけてを取り出した。あれから半年近くになって、久々に風呂のパイプが詰まった。懐中電灯で中をのぞくと、あるある。パイプの中のものを取り出すのに、針金ハンガーをのばしたものを使う。もうここに越してきてからずっと使っている年代物だ。針金ハンガーを使っているクリーニング屋さんは近所にないので貴重品。懐中電灯とハンガーを伸ばして先っちょに針金を巻きつけたものを使って、そろそろとひっかけて取り出す。これが何度も滑り落ちて大変。出た!まずは窓につける補助錠だ。窓枠にはめてあったのに、これをはずせるとなると、ドビーの握力もバカに出来ない。あの奥に見える白いのは…ドビーのパンツ。これは針金の反対側をつかって簡単に取り出せた。えぇい、これじゃ水が流れないのも当たり前だよ~。あと一つは例によってシャンプーのポンプ。これが一番取りづらい。ポンプ一つを取り出すのに15分くらいかかった。最後の方はイライラして、のんきに風呂につかってるドビーに八つ当たり。家の中に何が何個、どこどこにあり、把握する。家の中にチリ一つ落ちていない美しい部屋。そんな生活できる日がくるかしらん。___________________________ついに冷麦ゲット!たくさん買った。美味しい!でも秋風が吹いてきた感じ。夏休みの間に思う存分食べなくちゃ。
2004年08月22日
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実は…冷麦というのを、今年生まれて初めて食べた。夏の麺類といえば、ザルそばもしくはザルうどん、冷やし中華、そしてそうめんしか食べたことがなかったのだ。母友がいうには、これが絶品、いつも取り寄せしてるの。ぜひ食べてみて~と三重県の手延べ冷麦をいただいた。びっくり!こしがあって、うどんより細くて食べやすくて、これが冷麦というものなの~??そうめんより食べ応えがあった。子供たちの反応も上々。いただきものの素麺がなくなったら、絶対買おう!と思った。これが7月初めの出来事。ついにそうめんが切れたいや、切れそうになった。くしくも昨日、書き込みいただいて、冷麦を食べる気満々。歩いていける近所のスーパーへ食料調達に行く。しか~し。残念ながら、手延べの素麺はあったが、手延べ冷麦はなかった。別の大きなスーパーへ車で出直し。ところが、さて、その大きなスーパーへついたら、ドビーが衣料品や本屋がある2階に上がって、縦横無尽に小走りで回る。小さい子がいたら追い掛け回し、もし、泣いたらその子を優しくなでなでするのだが、その子にしてみれば追いかけてきたお姉さんが怖いから泣きやむはずがない。そして、ドビーは相手が泣きやまなかったら殴るかど突くかして、さらに修羅場となる…とならないように、いつも私もドビーに見つからないように後をついて回っている。やっとのことで1階に下りるが、とてもじゃないが、落ち着いて商品をじっくり見るような買い物が出来ない。ギャオ~!出直しじゃ~!早く冷麦食べた~い!
2004年08月19日
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アテネとの時差7時間は大きい。寝不足と目の下の隈で、とても買い物に出られやしない。ご飯を炊いて、昆布の佃煮や納豆、湯通しして切ればいいだけのオクラ。ドビーは買い込んであるパンかバナナがあれば幸せ、というお粗末さ。タンパク質も足りない。ハムを出して、野菜代わりにきゅうり漬け。最後にとっておきの田舎から持ち帰った巨峰を分ける。だけど、私一人、漬物でお茶漬けさらさら。明日こそちゃんとしなくちゃ。なにか歯ごたえのあるものを作らなくちゃ。
2004年08月18日
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酢蛸さん、いっちゃんさん、ベスさん、温かいお言葉をありがとうございました。とりあえず、生還(爆)の報告。ゆうべ11時に無事家にたどり着きました。これからぼちぼち過去日記を埋めて行きます。
2004年08月17日
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汚れ物を洗濯籠に入れず、ビニール袋に入れる用意をすると、いよいよ家に帰るなぁ、という気持ちになる。いろいろお土産をもたせてくれる義父母。いくつになっても子供は子供なんだなぁ、と思う。今日から仕事のMちゃん夫婦は先に出発で、お互いお礼を言い合った。車に荷物を積み込み、仏さまに挨拶。全員乗り込んで座席にすわる。最後の挨拶をして車が動くと、お決まりのサンルーフを開けて、子供たちが顔をだして手を振りながら出発した。インタに乗って、九州道から中国道へ。道中、巨大なパラボラアンテナ群がある場所が山口県にあるのだが(どうやら山口市のKDDIらしい)、いつみても圧巻だ。近くで見たらどんなにビックリすることだろう。昨日、帰り道で急遽、寄り道することに決めた。毎年訪れている私の両親の墓がある父の実家の寺である。H島県北の中国道のインタのすぐそばなのだが、ここには夫の大伯母、叔父夫婦、私の友達もいて、本当は寄るとなると一泊しないといけない。だが、今回は特に親戚筋に内緒にしてもらって、墓参だけすることにした。寄り道の目標は一時間。寺に着くと、住職の従兄夫婦は忙しいお盆が終わってお嫁さんの里へいったばかりだった。そのかわり、弟の方の従弟が家族で帰ってきていた。おととしの法事以来だったが、兄さんの方の従兄よりとっつきやすく小さい頃から仲も良かったので、なんだかホッとした。伯母は小さくなってしまったが、相変わらず元気そうだ。お参りのあと、ヨーグルトのデザートをいただきながら、いっとき近況報告をして、昔話をちょこちょこっとして、慌しく辞してきた。ドビーが巣を作り始めていた(笑)あぁ、バカバカ。伯母さまとも従弟とも写真撮っておけばよかったなぁ。と後悔したときは既にインタの傍でガソリンを入れていた。目標の一時間より10分長かったけど、小学6年生まで毎夏すごした懐かしい場所。全然話し足りなかった。さて、それからはただただ苦行の9時間。阪神地区で大渋滞に引っかかったのが一番辛かった。またしても運転者は夫。ご苦労様でした。ようやく流れてきた~というところで私に運転チェンジ。このあと一宮~小牧の渋滞が待っているだろうとビクビクしていたが、何事もなくあっさりと家までついてしまった。今度はもっと毛色の変わったテープを作っておかなくては。サザンとユーミンばかりで聞き飽きた。お子様用ももっと用意しておこう。ただいま!荷物を運び入れて、郵便受けをチェックして、シャワーを浴びて、泥のように眠った。
2004年08月16日
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実家の庭は一見、整った日本庭園…のように見える。しかし、大きなツツジの木の後ろ・椿の間には椎茸のホダ木が井桁に組んであり、大きな岩の横には茗荷が顔を出し、枯れ池の壁にはマムシがいつも住みつくという、アウトドアのにおいがいっぱいする庭である。マムシは10日の朝に子供たちが発見(小さいものだったらしい)、すぐさま、じぃじが植木鋏みで首をチョッキンとして、胴体はチビ子のおもちゃになった。今年は庭でテントを張って寝てみよう、という話が日程の都合でつぶれたのだが、マムシの話を聞いたとき、結果オーライだった~と胸を撫で下ろした。お土産調達。いつもは夫婦でいくのだが、今年はお決まりのバーベキューと重なったため、私とMちゃんで買い物に行かせて貰った。昨日のショッピングモールでご近所への明太子、夫の会社へのお菓子『博多とおりもん』、自分たちのために『ざびえる』『鎮国饅頭』。そして二人で昨日とおなじくお茶屋さんのソフトクリームを食べる。お菓子談義をしながらベンチで味わう。義理の姉妹だけど、友達みたいな感覚だ。店をかえて、肉をしこたま買い込み、家路についた。 ___________毎年精進落としの日は庭でBBQというのが恒例になっている。両親の元に夫の兄妹3家族が集まるが、孫の代が大きくなってきて、用意する肉も大量になってきた。火熾しと焼き方は男衆の仕事。今年の焼き方は同居している義弟のNさんと夫。女衆はお酒や麦茶と切った野菜や肉を運ぶだけ。あとはひたすら食べる。子供たちは肉に襲い掛かり、野菜はちょっとジャガイモを食べたくらい、焼きおにぎりにするはずのおにぎりを、このままでいいから、とぱくついて、さっさと撤収。畑で花火を始めた。音頭をとっているのはペン太である。昨年までリーダーをとっていたKちゃんにくっつきまわっていたのに、今年はKちゃんもYちゃんも大人の輪に入っていた。そういえば、ドビーと甥っ子(3歳)も角突きあわせていたのに、二人ともそれなりに成長したのか、そんなに喧嘩することなく、母の私も心静かに過ごせた。 ___________みな、あらかた食べたら、玄関でビデオ鑑賞となった。実は、畑仕事が多い義父母は作業着で食べられるように、玄関に簡単なテーブルを置き、ついでにテレビもビデオも見られるようにしてしまったのだ。昔の広い土間の玄関だからできることである。二世帯だと見たいテレビ番組も違うし、寝室におくよりこっちの方が合理的、というわけである。Yちゃんの中学ブラスバンド部の定期演奏会のビデオを観た。あまりに本格的な演奏でびっくり。ゲスト演奏者を東京から呼ぶなど、公立の中学とは思えない。プログラム構成も観客を飽きさせなくて、ビデオでも十分楽しめた。これじゃ、親も力入れてしまうのが良く分かる。(その分Hちゃんも寂しかったんだろう。)みんなで九州大会まで応援に行くそうだ。いつも行けなくて悔しがる私に是非観てもらいたい、とMちゃんがずっと片付けしてくれて、それに甘えてしまった。Tちゃんがいろいろと説明をしてくれて、義母と私は真ん中でたっぷり鑑賞させてもらった。ウチの中学にもブラバンがあればペン次を…と妄想までした。そうそう、行きがけのキャンピングカーはやはりTちゃん夫婦の会社が手掛けたものだったそうだ。彼女と私は同い年。子供が大きくなるにつれて会う機会がとても減ったから、顔をあわせる時間はとても大切。暮れに帰って来れたら、またTちゃん一家と会えるかな。
2004年08月15日
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毎日の麦茶作り4リットルとアイスコーヒー用にレギュラーコーヒーを1.5リットル落とすのが夜のお仕事。朝のお仕事は洗濯と野菜摘み。主にミニトマトとオクラと紫蘇。←これなら素人でもOKだ。昼の仕事は洗濯物をたたむこと。あとはひたすらおさんどん。掃除は子供たちが使えるようになってきたので、一昨年から子どもだけのお仕事になった。一緒にいれば、それなりに本性もみえたであろうが、ついつい、同居できない長男の嫁、という負い目もあって、私はとてもマメなお嫁さんを演じて(爆)いる。毎年1~2週間のことだが、家に戻った後は吹き出物がドドドっと出るなんて、言えやしない(笑) ______________さて、今日はMちゃんとお子ちゃまたちはダンナさまの実家の仏さまに挨拶に行った。あちらはお義母さんが一人暮らしなのだが、いろいろ趣味をもっていらっしゃるのと、Mちゃん夫婦の勤め先にはとても遠いのとで、普段はたまに行き来する程度らしい。両親は親戚のところへ盆参りへお出かけ。私たちは留守番かな?と思ってたが、義父はお寺さんも勝手に上がっていくから出かけて構わない、とのこと(こんな無用心でいいの!?)ホントにいいのか?と思いつつ、久しぶりに家族水入らずでお出かけできる♪後で聞けば、両親が戻ってきてからすぐにいらしたそうだ。よかった。ペン太がずっと寝言のように言っていた念願の百円ショップへ行く。そこは私が知ってる中で一番店舗面積が広い。子供たちはお小遣いでたくさんおもちゃを買い込むのかと思ったら。お菓子を少々、ペン太はおもちゃは一つも選ばず、学校で使えるから、と扇子を買った。昨年はチャンバラ用の剣を買ってたのに…大人になったなぁ(笑)そのあと、ゲームセンターへ行く。トリアス久○にあるゲームセンターの方がドビーも楽しめていいのだけど、方向も全然違うし、仕方ない…が、やはり私たちはウロウロしているだけだった。冷房は効きすぎてるし、苦痛に満ちた一時間。まったくウチの男衆は!そのあと、大きなサン○ブというショッピングモールへ行った。ここでは家庭用の明太子をいつもお土産に買うのだが、少しでも新しい方がいい、と明日また来ることにして、このモールの中の唯一の目的の店に向かう。そこはお茶屋さん。でもお茶ではなくて、お茶のソフトクリームがお目当てなのだ。抹茶ソフトと焙じ茶ソフトがある。抹茶も上品な甘さで、くどくない。焙じ茶にいたってはもう!言うことなし!はっきり言って、私がこの焙じ茶ソフトを食べるためだけに、ワザワザ家族を引き連れてでもここに来るのだった(笑) だって、焙じ茶ソフトなんて他で聞いた事ないんだもの~。白玉とあんこのついたソフト、白玉あんこソフトの下にカキ氷がついてたり、種類も大きさもバラエティーがあって、なにより嬉しいのはどのソフトにもスプーン代わりの八橋が付いていること。美味しそうでしょう~?(求む! 焙じ茶ソフトを扱っている店情報 ) ______________そのあと、食料調達はぜひこの店で、と指定を受けていたので、車で南西へ向かう。ポイントカードはあらかじめ預かってきていた。カートを嬉しそうに押す夫を見ながら、やっぱりあの父にしてこの息子、と再確認した。
2004年08月14日
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盆踊りの日。朝から精進の準備をする。やはり、いざという時の行事の時は義母の出番だ。煮物、酢の物、この味を覚えないといけないなぁ…、と思いつつ、Mちゃんがいるから大丈夫、と不遜な考えを持っている悪い嫁。とりあえず、私は朝一番におきゅうと練りを成功させねば。今日は晩が大仕事だから、昼は軽くとって、子供たちをすぐに昼寝させた。その間に子供たちの浴衣にアイロンがけしたり、帯と帯板の準備。私とMちゃんも一緒に踊るので、大人用裾よけや肌着、帯紐も用意。そういえば、いつもは13日にいらっしゃるお寺さんが、今日はいらっしゃらなかった。お参りは明日だろう、と義父。晩は早めに済ませ、シャワーを浴びて着替えさせる。ドビーは一番初めに浴衣を着せてもらったが、踊りは最後の4軒目で参加させることにして、目くらましに大好きなパパとドライブに行ってもらった。ペン太は兵児帯を卒業して、なんだか大人っぽい。そういえば、とうとうこの夏休み背を抜かされてしまった。姪たちは薄く色つきリップをつけてもらっていた。Mちゃんも薄化粧。私は口紅だけ…どうせ暗いし、汗だくになるんだもの(^^ゞ _____________いよいよ盆踊りに出発。一軒目のお宅へは、初盆参りする義父のバタンコ(軽トラ)の荷台に乗せてもらって、無事到着。みんなで雄叫びをあげ、盆踊りが始まる。いつも鉢巻して音頭をとるはずのおいちゃん兄弟が残念なことに黒ネクタイをして踊り子隊を見る側にまわっていた。でも、我慢できなかったようで、最後の若鷹音頭のとき、弟さんの方がネクタイ姿に鉢巻をして真ん中に躍り出て、勢いよく太鼓を叩き始めた。最後の謡いが始まる前に、その兄ちゃん(…といっても30代後半)は「もう一度初めから踊ってくれ~!」と今まで聞いたこと無かったアンコールを叫び、みんなから大爆笑が起こった。ビールとジュースとスイカが振舞われて、ひととき飲んで次の家へ。踊り子たちは二台のバタンコの後ろにぎゅうぎゅう詰め。これって道路交通法違反だよね~、あれは酒気帯び運転だよね~と毎年思う。これを取り締まったら警察は総スカンを食うだろなぁ、などと考えつつ、私たちも荷台に乗る。二軒目~四軒目は同じ 上△△なので、歩いて移動。今晩はとても蒸し暑かったせいか、今までの年より軒数が少ないのに、とても体力を消耗した気がする。三、四軒目は寺なのだが、今年は最後の寺が菩提寺なので、そこに夫もドビーも、もう一人の義妹家族が来ている筈…。へろへろになって最後の寺にたどりついた。でも、ウチの人たちは誰も来ていなかった。おかあさんが私の盆踊りを見に来るはず、と思っていた姪っ子Hちゃんの落胆は予想以上。踊り終わって解散後、私たちは本堂と納骨堂にお参りをして、家路についた。踊り子隊の大人たちはこれから集会所に集まって、夜通しドンチャン飲むらしい。 _____________家に入ると、義妹のTちゃんと、今夏初めて会う高2の甥Kちゃんと中3の姪Yちゃんも来てて、義父母の孫達が全員集合した。義父と夫以外の男衆は仕事で留守。(ということはこの中で血が繋がってないのは私だけ…?)どうしてお寺に来なかったのか聞くと、話し込んでて気がついたら寺の方で音がしていた、とのこと。ドビーはとっくに汗びっしょりになって折角着せてもらった浴衣を脱いでいた。おかあさんが実家には来ていたのに、寺には来なかった=踊りを見てもらえなかったこと大ショックなHちゃんはずっと泣いていた。慰めてあげたかったけど、彼女が抱っこして欲しいのは目の前のTちゃんだし、ただ見ているしかない。聞けば帰ってくる直前、Tちゃんは義父からHちゃんを甘やかしすぎて我が儘になった、と叱られていたそうで、直後、帰ってきて抱っこ、というのはしづらかったのかも知れない。タイミングが悪かった。甥のKちゃんはお父さんの経営する会社の、中国の上海近郊にある工場へ住み込みでアルバイトして帰ってきたばかり。2週間で日本円で3000円にしかならなかった、と言っていたが、お金には代えがたい素晴らしい経験をしてきたようだった。Kちゃんの土産話を聞きながら、アイスクリームを食べて人心地つくと、姪のHちゃんも泣き止んだ(笑) シャワーを浴びた子供たちはカード遊び(UNO)を始める。これがまた一勝負終わるまで長い、長い。こうしてお盆の夜は更けていくのだった。 ___________子供たちが沈没し始めるころ、Tちゃん一家はO垣へ帰っていった。Tちゃんがお盆休みになったので、Hちゃんもモチロン一緒に帰宅。車で30分の距離は羨ましいかも…でもやっぱり私も自分の妹たちに近いところがいいと思っちゃうなぁ。Hちゃんがいた5日間、たっぷり遊んで、うるさいながらも賑やかだった。残された姪のQちゃんも、ウチの3人も、明日起きたら寂しいだろうね。
2004年08月13日
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今日から義妹のMちゃんは日曜まで仕事がお休み。盆踊り練習も昨日が最後で、今日は休み。子供たち念願のプールへ行く予定を前から立てていた。北隣のM像市のゆ~ゆ~プールへ車で40分。ただ、日中はあまりに暑いし、午後3時から入場すると半額だというので、終了時間の6時まで、3時間浸かれば文句なかろう、と2時30分に出発した。そこは私たちは初めて行くプール。流れるプールとスライダー、お子ちゃまプールは深さが3種類のプールがくっついていて、その真ん中に噴水つきの滑り台がある。私はドビー専属。Mちゃんは息子専属でペン太ペン次、姪っ子二人は必ず私たちと行動するか、4人一緒、離れるときはかならず報告すること、と決めた。ドビーは浮き輪につかまって流れるプールを周回。このまま永遠に~と願うドビーに1時間に一度、5分間の苦行タイムが。水から出ろといわれても、目の前に水がたっぷり。中に入らないでいられないドビーはプールに入ろうとのた打ち回って、押さえつけている母はまるで極悪人。周りの目が、目が~~。ペン太とペン次と姪っ子二人は、姪のO垣の同級生に偶然会って、一緒に遊びながら流れたり、スライダーに行ったり、思いっきり遊んでいた。初対面なのに、すぐ仲良くなって遊べるのはペン太のいいところ。ペン次は人見知りだが、兄がいれば全然平気で合流できる。女の子はすぐみんな仲良くなって、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら反対側を流れていっていた。たくさん水分やら食料やら持って行ったのに、口にする暇もなく、ひたすらドビーと流されて過ごした2時間半。ついに場内のBGMが蛍の光にかわった。ざわざわと人が退散する。みんな帰り支度をしている横で、ドビーは誰もいなくなったお子様用プールに寝転がったり、噴水の噴出し口に手やお尻をあてたり。時間いっぱいぎりぎりまで、粘りに粘って、ついに監視員のお兄さんお姉さんに声をかけられる。この場になっても逃げようとする。母はたまりかねて、ドビーを羽交い絞めにしてロッカー室へ引きずっていった。うぅ、プール行くのも一苦労。ただ一ついいことは、夜の就寝がスムーズなこと。
2004年08月12日
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おきゅうと。原料のおきゅうと草が九州北部でしか採れないらしく、結婚するまで見たことも聞いたこともなかった。店に並んだおきゅうと草をみると、ところてんの原料の天草に赤や薄茶の色がついている感じ。実は市販のおきゅうとは夫も食べたことがないそうだ。店に並んでいるおきゅうとの表示をみると、酢が入っていて、味 はところてんを想像してしまう。おきゅうとはところてんより舌触りがぼそぼそしてて、素朴な味わい。といってもこれという味があるとは思えない。毎年義母が練ってきたおきゅうとだが、昨年からは私がおきゅうとを練る係りに昇格(笑)した。しかし、一年に一度じゃ毎回素人と同じ。何年やれば勘がつかめるかしらん。初日はおきゅうと草を手早く洗って、ざるにあげたのをチマチマよって紛れ込んでいる別の海草や小さなカイガラムシみたいなのを取り除く。あらかた取り除いたら、平たい笊にひろげて天日干し。丸々二日干したら直径50センチ高さ10センチが、直径40センチ高さ4センチの塊に縮んだ。お盆迎えの13日朝、直径20センチくらいの鍋にぴったり入るほどおきゅうと草を千切って、鍋に入れ水を入れる。30分水を吸わせてもう一度ヒタヒタに水を入れて、火にかける。時々かき混ぜるが、沸騰してから5分たったくらいからずっとしゃもじで練って、とろとろになるまで煮溶かす。どのくらいとろみがついたら火を止めるのか、この加減がわからない。義母に何度も訊いてしまった。OKが出たら、水でぬらした型代わりのアルミの弁当箱~蓋と本体両方に流す。これはダンナが中学のときから生き残っているそうだ。蝿帳をかけて粗熱が冷めたら型からはずし、ラップしておく。食べるときに5×1センチほどに切って、すりゴマを振って醤油をたらして食べるのが我が家流。仏さまのお膳にも、盆参りの親戚にもちょこちょこと出すが、ほいほい言って食べる人は少ない。義父と私だけみたい(笑) (今年はお客様が少なくて、一度練っただけでお盆も終わってしまった…)
2004年08月11日
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お中元やお歳暮には、我が家から贈られるのはアレ、とみんなが思い込んでいる。アレとは即ち、辛子明太子である。贈る相手は私の親戚関係。ちなみに夫の関係はみな明太子地区なので、大体はハム、75歳以上は海苔と決めている。普段はネット注文しているのだが、今年はズルズルと手配が遅れ、残暑見舞いとしてご当地から送ることになった。高速インターがあるせいか、明太子やさんの出張所がご近所にあるのは便利だ。中に入り、うろうろと商品を選んでいるとお茶を出してくれた。ここで私はずうずうしくも手紙を書かせてくれ、とお願いした。保育園状態の家では手紙を書く場所がなかったので、葉書と切手はいつもバッグに入れていたのだ。多分、送り状を書くための台で、伯母たちにあてて悪筆でしたためた。さて、実際に商品をお願いしようと思ったら、一度登録してある人は全部注文書をコンピューターで出すということで、電話番号を訊かれた。淡々と手続きをしていく間に、店員さんが、名古屋の方がどうしてこちらに?と言われて、夫の里に帰省しています、郷はすぐそこの△△で…と答えた。「もしかしてお義父さんは先生してらっしゃいましたか?私○○先生の教え子なんですよ~!」 そういえば、義父が車で通るとき、ここには僕の教え子がいる、なんてあちこち指差すもんで、話半分に聞いていたが…「えぇ、聞いた覚えアリます。」「ポイントカードお持ちですか?」「いえ、(持ってるわけないじゃん!)すみませんが、義父につけてあげてください」ポイント引換券というのを貰って、家へ戻り、義父に報告したら、大喜びしてもらえた。やっぱりこの親にして、息子あり。ウチのダンナも買い物もポイントも大好きなんだもん。__________________盆踊りの練習は外で行われた。入りと出の謡いの練習が始まったからだが、こんなに涼しいなら、初めから毎回外でやってくれれば良かったのに…。昨日までのサウナ状態は何?田んぼの中にぽつんとある集会所だからか、風がとても心地よかった。しかし、ドビーはもう一緒に走り回るどころではなく、砂遊びに夢中になってしまったのが難点かも。
2004年08月10日
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毎年盆踊りの練習は4日から11日まで、夜8~9時に公民館で、日曜は休み。本番は土砂降りでない限り13日と決まっている。今日を含めてあと3回しか練習がない。帰省した初日、ペン太は練習にいくのを拒否した。私は12年踊ってきたが、中学生になるとほとんどの子が踊るのを恥ずかしがって来なくなり、高校生くらいになると、青年会の一人として扱われて、また復活する、というのずっと見て来た。ところが、ここの部落にはペン太と同い年の子が一人しかいない。おととい、そのN君が来ていたことを伝えると、ペン太は俄然踊る気が出てきたようで、ばぁばに浴衣の丈をチェックしてもらっていた。今日は保育園へいくはずの甥も、お兄ちゃんたちと遊びたくてウズウズ。お姉ちゃん(姪)とペン次でしっかり面倒看させるから置いてっていいよ、ということにした。そして、もう一人の従妹をいとこ総出で迎えに行く。O垣町へ車でレッツゴー!そこは三人兄妹で、高2の甥は住み込みアルバイト中、中3の姪はブラスバンド部がめでたく九州大会まで行くということで毎日練習。少し年が離れた末っ子の小3の姪は、いつもあちらのお祖母さまと一緒に過ごしているらしいが、今年の夏は特に寂しいようで、二つ返事で泊まりに来ることになった。いつもなら車で30分だが、今日は保育園状態なので少しスピードを落として、37,8分で着いた。義母からことづかった野菜をあちらのお義母さまに預けて、ついでに隣のO賀町にある事務所にいる、もう一人の義妹のところへ顔を出し、姪をお預かりします~と挨拶ついでに車の保険の支払いも済ませた。さて、こうなると、ペン太、ペン次の二人と、姪っこ二人同盟が敵対する。で、小さい甥っ子を仲間に取り合おうとする。初めは付き合ってやろうかという感じが、だんだんマジになって喧嘩するのだが、暴力にならない限り、口出しはしないでいる。可哀相にドビーは蚊帳の外だが、それでも女の子組に一緒について回っている。今日の晩御飯はハヤシライス。6時半に食べ始め、少し休んで盆踊り練習に行く。今年の練習会は暑い。年代もののクーラーが完全にいかれたようで、扇風機も熱風を振り撒く。ドビーは小さい子たちと一緒に踊りの輪の中を行ったり来たり。そういえば、今年は幼児とその母(←若い!)の参加が多い。私はもうお役ごめんになるかも~。
2004年08月09日
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夫の実家の家族構成は、夫の両親、義妹一家~夫婦と小2の姪、3歳の甥、雑種の犬・チビ子の6人と1匹だ。(夫には妹が二人いて、同居してるのは下の妹さんである)義父は教師だったが、定年後は畑で自家用野菜を作っている。義母も一緒に畑仕事だ。義妹夫婦は二人とも医療関係の仕事をしていて、義妹はなんとか盆休みはあるものの、彼女の夫は夜勤も多く盆だからと休めない。私たちが滞在している間は、朝はペン太が、夕方はペン次がチビ子を散歩に連れて行く。今日は夫が夕方6時半の高速バスで東京へ戻るので、4時までに戻ってご飯の支度をする。それまで、どこかへ遊びに行って帰りに買い物をしてこよう、ということになった。近所の川遊びポイントがいくつかあるのだが、お気に入りは東隣の宮田町の千石峡というところ。今日は姪が一人一緒なので、小さい子でもOK、そして見ている大人も木陰にいられるという、西隣の久山町の伊野皇大神宮の境内にある川辺へ行った。子供たちは水着になって、ゴーグルをつけてもぐる。ドビーは浮き輪につかまってプカプカ浮いていた。深くても大人の腿の真ん中あたりなので、大人は短パンのままで川に入る。他にも子供がわんさかザブザブ遊んでて、水は多少濁っていたものの、15センチくらいの魚も見えるし、石をめくると沢ガニがいたり、全体的に綺麗なところだった。ペン太は5センチほどの沢ガニを2度捕まえて、一匹はそこらの男の子にあげたり、もう一匹は逃がしたり。ペン次は一匹も捕まえられないのが悔しくて、ずっともぐって川底を探していた。花火・バーベキュー禁止の立て札があるのに、残念ながら堂々と焼き肉などをしているグループもいくつかあった。子供の目は厳しい。姪っ子はクラスでもリーダーらしく、「あの人たちイケナイことしている。大人の言うことなら聞くかもしれないから、おばちゃん、注意して~」と…(苦笑)。あの人たちは困ったことに、悪いことしてるって知りながら、焼肉してるの。それを止められるのおまわりさんくらいかなぁ。悲しいけどねぇ…なんて言葉を濁したりして。ホントに純粋な子供たちの前でのマナー違反は困るよう~。困るといえば、ホントに困ったのはドビーがいつまでも水から出たがらなかったこと。一応とうもろこしを一人1本ずつ持っていったのだが、現地に着いた途端に食べてしまい、2時間半もたつとみんなお腹がすいてイライラしてきた。やっとのことでドビーを水から引きずり出し、宗像・光岡までドライブ。途中でモス○ーガーで食べて、買い物をして帰る。義母と一緒に味噌汁やおかずをダッシュで用意し、夫に食べさせた。子供たちはまだお腹もすいていないし、外も明るいということで、チビ子のシャンプーをしていた。夫が戻ってくるのは木曜日の夜。高速バス乗り場まで送る車の中で、このまま居たいなぁ~とぼやく。ここは彼の実家だもの、当然の気持ちだろう。妻の方が長居するのが申し訳ない気分。彼は彼で、私が毎度気を遣うせいかぐったりするのを知ってて、一人東京へ戻るのを悪いと思ってるみたい。4日間たてばまた会えるもの、お互い頑張ろうね、と励ましあった。いってらっしゃい、パパ。
2004年08月08日
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夏の民族大移動が始まった。我が家はF岡にある夫の実家へ毎年帰る。関東にいた頃は切符の手配に毎回頭を痛めていたが、6年前こちらに来て車も大き目のに替えたのを機に、車で帰省するようになった。これが楽チンで楽チンで…。(困)いつも愛知県を出るまでと京都~西宮が長い渋滞。一応苦しいとは思うのだけど、オートマ車に買い替えたので、東北自動車道をマニュアル車で渋滞通過することを思えば、左手も左足も大して忙しくない。単調さからくる眠気と前後との車間距離に注意する。お供はガムとコーヒーとハンドルにつけるトゲだらけのパイプ。ハンドルを握っていなくとも、隣の夫が眠たくならないようにいろいろ世話をやく。子供3人はフラットにした後ろのシートでおやつを食べたり、携帯ゲームをしたり、眠ったり。今日は初めの渋滞のとき、前を走っていた車がいろいろ突っ込みどころがあって楽しかった。なによりハンドルを握ってたのは夫だし。前を走っていたのは白のキャンピングカー。後ろにあれこれとステッカーが貼ってある。左下にあるのは「JFA」。JFAというとサッカー狂の私は日本サッカー協会しか思いつかないのだが、シンボルは三本足のヤタガラスではなく、ジャンプしてお皿を銜えている犬。そのJFAは、「日本フリスビードッグ協会」だった。車の中にも犬が乗っているようだし、左上のステッカーには犬が大好き♪みたいなことが英語で書いてある。右側にはいろいろなステッカーが7つほど。その中の一つにもやはり犬が描いてある。もう一つ気になったのは、「CampigCarVillage ○○○」。これってもしかしたら夫の義弟さんが経営してる会社じゃないかしらん。文字が梯子にぶら下がってる袋に邪魔されて全部見えないが、英字4文字のうち後ろ3つが同じなのだ。義妹夫婦は車を改造する会社を持っている。キャンピングカーは言うに及ばず、移動美容院カーとか移動介護カーから霊柩車まで。一応証拠写真を撮った。お盆には会えるから、分かるだろうと思って。外付けの梯子には、そのステッカーの文字を邪魔していた青い袋が頑丈に括り付けられている。あの中身は何?犬の○○○かしらん。いろんな中身を夫婦で想像。爆笑しながら渋滞をやりすごした。残念ながらその車とは、渋滞が流れ出してからはぐれてしまった。1.5~2時間ごとに休憩をとり、必ず子供たちをトイレに行かせる。その都度、交代しながらハンドルを握った。中国道でいくか、山陽道に出るか迷ったが、結局距離の短い山陽道に。途中で、反対車線が何箇所か通行止めになっているところにぶつかるが、下りのこちらは多少混む程度だった。夜のニュースで、早朝に大きな事故があったことを知る。中国道でも通行止めがあったようで、山陽道を選んで運が良かった。朝9時に出発、夜8時に到着した。着いた早々、挨拶もそこそこに子供たちと甥姪をつれて、盆踊り練習に行く悪い嫁♪さて行ってきま~す!
2004年08月07日
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6時25分に起きて居間でラジオ体操。しかし終わったらその場で、竹のリビングマットの上に寝転がって二度寝してしまった。ふと起きたら8時12分。子供たちも夕べ遅かったのでまだ寝ていたのを叩き起こして 広島の黙祷にギリギリ間に合った。結婚するまでの四半世紀は広島県人だった。夏休みには祖母たちから戦争や原爆のあとの怖い話ばかり聞かされた。次は私が、それをウチの子供たちにも伝えていかなければ…。 _____________________午前中は洗濯につぐ洗濯。昼から美容院でカットの予約をとっていたので、子供たちに河童呼ばわりされるほどショートにしてきた。(いいんだもん!ワックスで形つくるもん!)それから、ドビーを連れて、メンテナンスを終えた車を引き取りに近所のガススタンドへ向かい、その足でスーパーへ行き気の済むまで歩き回らせ、ついでに二、三、買い物を済ませて戻ってきた。荷物を置きに家に入り、冷蔵庫へ入れて、さて。。。と外を見ると、もうすでにドビーは脱走。しかし、今回は時間が5分もないから遠くへ行ってないと確信していた。叫びながら探す…のは止めて、普通の声かけでペン太と二手に分かれ、家の南側を探す。まずは先日の知人の家に直行したが、居ない。ペン太と合流したが、見えなかったとのこと。二人でどうしようと思っていたら、ふとドビーの笑い声が聞こえた。顔を見合わせ二人で川へ猛ダッシュ。角の寄せ植えがたくさん玄関前にかざってあるお宅のところで、ウチのバケツをもって大きな天水鉢から水を汲んでいるドビーを見つけた。へなへな力が抜ける。玄関のチャイムを鳴らしても留守だった。あまりの恥ずかしさにコソコソと帰ってきた。それにしても、ドビー、あんたって子は!今はいているサンダルがとても脱ぎ履きしにくいのだ。家の玄関にサンダルを脱いであがって、水を出してもらうために母を呼び、またサンダルを履くよりも、他のお宅から水を頂戴する方を選んだってことかしら。今日のお宅は、三日前の所よりも遠い。方向も逆だった。ドビーの成長(?)ぶりに嬉しいやら悲しいやら。明日は一日ドライブだ。とりあえず、夫の実家では、あのサンダルを履かすまい。川遊びの時だけにしようと思う。では、行ってまいります。
2004年08月06日
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気持ちが焦ってきた。あれ?もう明後日出発じゃない。お尻に火がついた!持ち物・着替えは勿論のこと、車のオイル・ガソリン・空気圧、庭の植木の水遣り、道中の食糧、他。あぁ~髪も切りたいなぁ。さて、今からリストを作ってバタバタし始めます。
2004年08月05日
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妹no.2から電話があった。彼女は最近引越しをして、その転居のお知らせに父方の伯母から返信が届き、そこには姪っ子の私たちには全然知らされていなかったことが書かれていた。父は「男、女、女、男」の4人きょうだいで、今お元気でいるのは伯母たち二人だけ。手紙をくださったのは下の伯母で、H島県北で山寺の切り盛りをしている。傘寿を過ぎた上の伯母が関東にいるのだが、手紙ではその伯母をGWに見舞ってきたことが書かれていたそうだ。歩くのが大変と聞いていたが、最近は物忘れが激しく、同じことを何度もいう、あの症状が出てきたとのことだった。 父と母は早くに亡くなったが、そのときいろいろ力づけてくれた伯父・伯母、母方の叔父・叔母はいつまでも元気でいらっしゃるもの、と訳もなく思っていた。その伯母はいつも身内の近況を詳しく話してくれて、延々1時間以上続く長電話も伯母からなら嬉しいと思わせる人柄だった。お中元・お歳暮の時、いつも電話があったのだが、そういえばここ一年半は電話じゃなくて、従姉からの葉書だった。従姉も介護という茨の道に入り、仕事を辞めざるを得なくなったそうだ。私にも上京の折は見舞って欲しいとのことだった。また「H川のおばあさまはいかがお過ごしですか、よろしくお伝えください」と書いてあったそうだ。それは母方の祖母で、GWに施設に入ったことを私たちもついこの前知らされたばかりだ。私から手紙をかかないか、と妹が提案してくれた。あぁ、長女の役目っていろいろあるのねぇ。今日は連想ゲームのレギュラーだった渡辺文雄さんの訃報もあった。実は先日の書き込みを見て、今朝 N○Kメロディファイル という携帯着メロサイトに登録、連想ゲームのオープニングテーマをダウンロードしたばっかりだったのだ。あの番組は小さい頃から家族全員で楽しみにしていた。だんだんと不祝儀の知らせを聞くことが多い年齢になってきたなぁ。その中にちりばめられたお祝いはとても輝いて見えることだろう。だから両親は、祖母はあんなに泣いたのかもしれない。いつまでこうしてノホホンと過ごしていられるかしら。一日一日を無為に過ごしてはいけない…と考えさせられた日だった。
2004年08月04日
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~ナスの中華炒め~茄子4,5本、にんにく4かけ、水、油、醤油、胡椒 (調理時間10分弱)にんにく4かけを包丁の腹でつぶす。茄子を一口大に切る。中華鍋に油・大匙4とにんにくを、弱火で温めじっくり火を通す。にんにくがきつね色になったら、強火にして、茄子を鍋に入れる。茄子に油が回ったら、鍋肌から 水・」大匙2を回し入れる。しんなりしてきたら、しょうゆ・大匙3を鍋肌から回しいれ、火を止める。胡椒をたっぷり振って出来上がり。あれば、クコの実を散らす。________________________ありがたいことに田舎から送ってきた荷物の中は野菜ばかり。とくに茄子がたくさん入っていた。(聞いてないよ~(^^ゞ)実は茄子を沢山買い込んだ直後だった。でもあっというまにしぼむので、ぬれ新聞とビニール袋でくるんで、荷物がついたその日から茄子の煮付け、麻婆茄子、なすの味噌炒め、と必死に使ってきた。母の好物の焼き茄子は子供たちに不評で、この夏は一度しか食べていない。かくいう私も小さいときは焼き茄子ほど嫌いなものはなかった。今日、最後に焼き茄子を作ろうとしてたら、早速息子たちの牽制が入り、今晩は中華炒めにすることになった。15年ほど前のN○K今日の料理のテキストに載っていた薬膳レシピだ。楽だし子供は喜んでくれるメニューなのと、下ごしらえも要らず、手早くできる炒め物ということで、我が家では出現率が高いのだった。___________________夕方、私が買い物に出た隙に、ドビーが迷子になった。見張ってたはずの兄たちは、さっきまでそこにいた、と言い張るが、玄関の門は開けっ放しで、周りに影も見えない。大声で名前を叫びながら自転車で町内を疾走。(まただわ、と思われたでしょう、ご近所の方々m(__)m) 何人もの方が自転車に乗ったり走ったりして一緒に探し回ってくれた。幸い探し始めて10分ちょっとで、ペン太の同級生のお家にお邪魔していたことが判明、携帯に電話を貰った。またもや涙。私が泣き虫だってみんなにバレバレだわ。ハンカチも持ってなかったからポロシャツの袖で顔をぬぐいながらご近所にお礼を言いつつ家に戻る。何人かの子供たちが他のご近所に見つかりました~と報告してくれたと聞いてホッとする。留守を預かった二人にお説教もた~っぷりしたかったけど、少林寺の時間が迫ってたので、少しにしておいた。庭に出るだけでも迷子札をつけないといけないなぁ。
2004年08月03日
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今日は3週間ぶりにソフトテニスのサークルへ行った。その間体を鍛えることを何かしていた訳ではない。筋肉が衰えるのは前の運動から72時間、というからどんなに下手くそに戻ってしまったかということだ。毎日素振りをするだけでどんなにいいだろう、と思いながら、なかなか近所の目が怖くて出来ない。夜中に起きてやるほど熱心ではないし…。かくして今日のプレーは散々。腰も膝も痛いし、体がまさに関節がガタガタはずれかけてる感じがする。いつものクレーコートは改修工事が始まり、夏休みの間、全天候コートをウロウロする羽目になったのもガタガタの一因だけど…。真剣にやるのは9月からにしようと思った。(それほどキライなのよ、全天候コート)
2004年08月02日
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サドンデス7人目。最後まで諦めない、という気持ちがのぞく川口の強い目が印象的だった。PK戦というのは本当にGKにとって残酷な勝負。でも、ジーコや俊輔が言うように、ブーイングをあび、不利な判定を受ける経験も、選手を成長させる結果につながったと思う。ジーコいわく、相手を貶める気持ちを持っているとああいう目(負けて帰らないといけない)に会う。お互いにプレーを認め合って尊重する気持ちが大切。強く、しなやかな心をもつことの大切さを教えられた。良くやった~、ジーコJAPAN!__________________今日から8月、帰省の季節だ。毎年お盆と正月は夫の実家へ家族そろって帰っている。長男だから~というお土地柄だ。来年はウチの長男ペン太も中3となるので、ずっと続いたこの年度行事も今年限りかもしれない。実家の回りは山と川と畑と田んぼしかないところで、町のはずれには温泉がある。6年前にウチの車はオートマになったので、義父の軽トラックを借りてクラッチを踏みふみ買い物に行くのがなによりの楽しみだ。もうひとつのお楽しみは盆踊りである。団地っ子だった私には、盆踊りといえば団地の中心の噴水広場を囲んで3重4重になって踊るものだった。噴水の上に組まれた大きなやぐらで歌を歌ってた子は、数年後歌手になっていてびっくりした。(←コーヒールンバのあの人) 今、私のS玉の実家がある町内でも、盆踊りは同じようなものである。ところが夫の実家の盆踊りは違った。踊り子隊が結成されて、初盆の家の前で踊るのだ。踊り子隊を受け入れる側はビールやジュース、スイカやつまみを振舞う。一時飲んですぐに次の初盆の家へ向かう。最後は一本の道を挟んで300メートルも離れていない2軒の寺の境内で踊って解散となるのだ。まず、8月に入ると夜の練習が始まる。毎晩7~9時まで公民館に子供が集まり、大人が子供たちに踊りを教える。教えてもらう側には若いお父さんお母さんも入るが、だいたい夫婦どちらかは地元の人だ。子供たちは、踊りの練習のあとにかならず振舞われるアイスがお目当て。練習は10日間程度で、そのあいだ初盆の家々をどのルートで回るかが地域の役員で決められ、子供たちはやぐらの飾りつけの紙花作りなどに追われる。レギュラー4曲に毎年1曲だけ新曲が加わり、これは婦人会がお手本になる。驚くことにレギュラーの内、3曲は夫が小さい頃からずっと同じとのこと。曲名がわかっているのが一つだけ(小林旭の自動車ショー歌)、あとの音源はもうみつからないかしら、と心配だ。新しく加わったレギュラーは、8,9年前(だと思うが)に新曲だった「いざゆけ若鷹軍団」=ダイエーホークス応援歌で、あまりにみんなが燃えたのでレギュラーに昇格したのだった。こうして子供プラス大人の踊り子隊が結成。やぐらを組み立て、紙花で飾られた軽トラにスピーカーを載せて、いざ出発。初盆の家が多いと一箇所4曲、少なかったら5曲だが、初盆の家が多すぎると逆に二日に分けて5曲になったり。踊り子隊は6時半~11時まで踊る。次の日はかなり足が痛くなる。でも、踊って楽しくストレス解消、もう言うこと無しなのである。(外から帰る嫁はこれだから、って声が聞こえそうだけど(((((^^ゞ)
2004年08月01日
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