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行ってきました、いってきましたよ~~全国巡回「アメリカ伊能大図 里帰りフロア展」 in ナゴヤドーム10月30・31日だけのイベントで、子供たち小中学生は入場無料、大人は500円。ナゴヤドームに入るのは少林寺の大会以来だった。息子二人は別行動したい様子だったので、とりあえず、40分後に一度集まろう、と待ち合わせ場所を決めて好きなところに散った。まずは順路を無視して伊能大図の周りをうろうろ。すっごい人だかりだ!でもそこはほれ、娘をダシにして、さも彼女が突進したかのように突き進む。「すみませ~ん」声をかけながら薩摩~筑後、日本海を北上して蝦夷で折り返し、国後島をのぞいて三陸海岸を南下、九十九里を撫でて伊豆半島で富士山を眺める。ところが、そのあと東海地方がこれまた人だらけ!さすが地元と感じ入る。あきらめて紀伊半島~四国をめぐり、薩摩に戻って屋久島をチェック。それが…やけにキレイなのだ、アメリカ帰りの大図の色が。複製にコンピューターで色づけしてあるとのこと。美しいのだがなんだかガッカリ。とはいえ、よくぞここまで地形をなぞったことよ、と感激するには十分だった。とくに東海地方だけを拡大してその上に乗れるようになっているスペースがあった。それをするなら、日本全国そうしてくれればいいのに~と内心半泣き。ともあれ、みんなで踏みつけながら、自分たちの町をチェックしている人が大勢いた。私は尾張様のお城をチェックするだけで終わってしまった。ここは本当にアリが角砂糖に集まるように、東海地方の地図の上に人が沢山乗っていた。測量とはなんぞや!歩測にチャレンジとか、ランドサットの立体地図を3Dメガネで見て、山脈をまたいでみよう~みたいな体験コーナーもあって、これは家族連れに大人気、長蛇の列だった。実際に使っていた道具が展示され、一周すると気分はもう伊能忠敬博士(笑) レポートが何本か書けそうなくらいだった。測量くん、というかぶりものまで登場。子供たちに鉛筆を配ったり、愛想を振りまいたりしていた。モノホンの伊能中図が壁にぶら下がっているのだが、ちょっと曲がっているのがとても気になる。ねぶねぶ見回すが、何せ周りは同好の士ばかり。デジカメで地図を間近に撮ろうとするおじさんがやたら多くて、写真を撮るのはすっかり諦めた。ドビーも自分が行きたい方向にしか動かない。息子二人も早くに飽きてしまったので、3人で遊んでもらうことにして、私だけさらにプラス15分自由行動させてもらった。その間、子供たちはドームの人工芝に寝転がってみたり、普段は選手が座っているベンチに座ってみたり。地図遊びよりそっちかい!?最後は腹減った~の大合唱だった。もちろん ちょっと残念なこともあった。ガッカリその1…想像していた伊能大図は一面がものすごく大きいものだとおもっていたのだが、なにせナゴヤドームの中で見ると、正直え?これだけなの?と思うような大きさだった。どうせ、複製をはるのだから、東海地方だけでなく、全国をひきのばして貼り付けてくれてもよかったのに。ガッカリその2…予想はしていたが、人人人の波。もっとじっくり見たかったよ~~!ドームの中を自動でカメラモニタが撮っていて、それをバックスクリーンで映すものだから、カメラを追ってガキンチョどもが移動する。鬱陶しいことこの上なかった!(怒)ガッカリその3…近くでみると感動したことはしたのだが、やはり人数制限してでもいいから、地図をくまなく見せて欲しかった。釧路で公開したときとは違って、上からカバーが掛かっていなくて、外側からみるだけ。大阪・京都のあたりをじっくりみたかったのに全然みられなかった。足元の下がフカフカだったからカバーが掛けられなかったのかな?納得できないくらい悔しい!全国くまなく足元で間近に見られると思ったのに~。最後にドームの最上席へ行って下を見下ろす。いい眺めだったが、子供たちはとっくにあきあきらしかった。ここまで引き上げるのもおだてたりなだめたり、飴で釣ったり(笑)あぁ、やっぱり展覧会は一人で行くのが一番だ~。悔しいからお土産買っちゃった!自分用に本を一冊。『アメリカにあった伊能大図とフランスの伊能中図』 ISBN4-88946-143-4アメリカ伊能大図展実行委員会 編でお会計2500円な~り~。中は今回の里帰りした大図の写真集である。読みかけの文庫をほうってねぶねぶ見ている。楽しい…。そして、子供たちの写真以外、一枚だけしっかり写真に収めた道具がある。『杖先方位盤』『杖先羅針』などという。こちらに詳しい説明があった。
2004年10月31日
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今日はドッヂの日。ペン太にドビーをお願いして、来週のバーベキューの打ち合わせに行った。雨で体育館の窓から冷たい空気が入り込む。今はまだ耐えられるが、もう少ししたら、灯かりをつけて窓は締め切らないといけなくなりそうだ。ペン次は最近あちこち痛がる。腿の付け根、ひざ、かかと。どこも成長痛かな、と思う。体もひょろひょろだが、年齢なりに体つきがしっかりしてきたかも。ママ~と甘えてくることも少なくなった。なんてつらつら見ていたら、コーチの強いボールを受け損なって、思い切り倒れた。涙が出てコート外へ出てきたが、母のところへは来ない。ちょっと寂しい。そうこうしているうちに、お手伝いを頼んだ母たちが集合した。場所の説明、バーベキュー道具の確保、集合時間。あとはメニューと材料を考えるだけ。子供たちの食欲を考えると沢山のお肉を用意してあげたいが、なにぶん部費から出せる金額は一人頭わずか。鶏肉も沢山まぜて、おむすびは各自持参してもらい、焼きソバとあわせ、炭水化物でお腹を先に膨らませてもらうことにした。野菜は家庭からカンパしてもらう。ウチは夫の実家から送ってもらった小さめのサツマイモ。材料や炭などを、専業主婦二人で今度の木曜に買出しに行くことにした。炭の着火が一番大変そうだ。一番詳しい母でも、いつも子供たち(もう高校生)にやらせているから、自分じゃできないらしい。とにかく彼女の音頭で、団扇をもって力いっぱいあおぐだけ。今からこちら↓で勉強しようと思う。WE LOVE BBQ!バーベキュー初心者のためのノウハウ
2004年10月30日
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今日はPTAの仲間と社会見学へ行ってきた。参加者は11人。こじんまりした団体だったが、そのくらいの方が機動力もあるし融通もきくから、それはそれでいいと思う。とはいえ、企画した時点でこれほど時事的な社会見学になるとは思っていなかった。もっと誘えばよかった。朝はしょっぱなからから大失敗。待ち合わせのバスに乗るのはムリだったので、ドビーを送って直接駅へ向かったのだったが、学校でごねられた。今日はあけぼのさんだよ、と言ったのがマズかったかな。昨日の読み聞かせ会で、部長さんに今日は遅刻するかも、と伝えておいてよかった。あとで聞けば同じ電車に乗っていたのに、私だけ途中で降りて、違うルートで行ったために遅刻したようなものだった。それでも、時間ギリギリ滑り込みセーフ~♪見学先は市の防災センター。団体申し込みをして受けられるいろいろな体験学習コース。まずは、防災センターのなりたち、館内の説明、地震や台風のメカニズムなどの講習を受けた。次に伊勢湾台風の説明を聞く。昭和34年9月26日。年配の男性の係員が詳しく教えてくれた。見学は小学生が多いと思うが、やはり大人にはもっともっと伝えたいことがあるのだろう。あの台風を経験した人だろうとわかるような熱のこもった説明だった。阪神大震災が起こる前までは、戦後の自然災害での犠牲者の数が一番多かったのが伊勢湾台風だったとのこと。雨台風だったこと、高潮と満潮が重なったこと、家々のすぐ脇の港は木場が多かったため、木材が襲いかかって亡くなった人が多いこと、水が引くまでの期間がとても長かった地域のこと、など。後ろではN○Kのアーカイブでも放映された昭和35年に撮ったドキュメンタリーをモニターで流していた。台風直後の写真パネルが10枚ほど横に並んでいる。小学校の校庭いっぱいに木材が散乱した様子、病院の建物に大きな丸太が何本も突っ込んで建物が崩れたところ、海の中に家が浮んでいるかのような国道一号線。それぞれの下に、今年の夏に同じ場所を同じアングルで撮った写真があった。その今昔を見比べるだけでも衝撃は大きかった。3番目は伊勢湾台風疑似体験。海の近くの一軒家、当時の部屋の様子をそのまま再現して、襖をしめたら部屋ごと風で揺れるし、立体映像で窓の外を見せてくれる。この先はネタばれになるので、詳しくは書くまい。このあとの煙体験や起震車は前に住んでいたところでも経験していることだし、昨今の防災教育でも学校に必ず来ていることが多いので、子供たちもよく知っていると思う。私はあとの煙体験や起震車より、なによりこの立体映像がショックだった。知らないって恐ろしい。そして知るということも。やはり転勤族だから、なのだろうなぁ。一緒に行った人たちの半分以上は、小さい頃から聞かされた話だということだった。起震車は縦の地震の再現が出来ない、と言われてちょっとガッカリしたのだが、震度6、7クラスは二次元の動きだけでも立っていられなかった。これに縦の揺れが加わったらと想像するだけで恐ろしい。9年前の阪神淡路で、そして新潟で、これが一日に何度も起きたのだ。想像を絶する怖さだろう。避難している人たちが一日も早く暖かい部屋でくつろげるようにと、募金をして、ニュースを見て、そのあと私たちは何をしたらいいのだろう。ひととおり館内を見た後で、パンフレットを何枚か貰ってセンターを後にした。家に帰ってから子供たちと少し話したが、まだまだ決めてないことがたくさんある。非常用リュックや玄関のボックスの見直しもしなくては。やることは沢山ある。順序だてて一つひとつ片付けていこう。防災センターは、あちこちあるが、体験見学が出来るような施設はGreenCompassというサイトのマメ知識から探せるようだ。他のページもためになることが沢山書いてあったので、是非トップ↓から飛んで読んでみてほしい。Green Compass 市民防災のポータルサイト防災情報提供センター(国土交通省)
2004年10月29日
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びっくり!ぺん太が昨日、学校から持って帰った手紙には、変更した合唱コンクールの日程で、当初の会場が空いていたのと、バスの確保も出来たので、元のホールで開催することになりました、と あった。火曜日の三者面談では、担任の一方的な攻撃(笑)だけではなく、こちらもコンクールのことをお願いしてみた。すると、お母さん何かご存知なのですか?と訊いてくる。全然知りませんが…生徒たちが署名運動しているとのこと。学校としても、一度はお願いしたけど、向こうの会場の人員手配が間に合わず、結局諦めた。学校側だって断腸の思いで諦めたのに、それをわかってくれないのは残念だ。学校は敵じゃなくて味方なのに…大体、こんな災害続きの非常時に、皆が元気で体育館で出来るだけでも有難いことでしょう、と剣もホロロだったのだ。内心は、論点ずらしたわね、と思ったけど反論できなかった…。そんなやり取りのすぐ次の日に、この手紙だったのでビックリしたのだった。結局は子供たちの熱意が大人に伝わったということかな。当日がますます楽しみになった。__________________今日もドビーはやっぱりヘン。でも嬉しいヘン。帰り道、手をつないで帰るとき、袖を持ったり服の裾をもったり、小指だけ握ったり、ついには私の手を振り払ったりだったのに、最初から最後まで、手の指と指をガッチリ組んでつないで帰ったのだった。小さい指で握力があるため、たまに筋を押さえられて痛いので外そうとすると、あわてて組みなおしてきた。しばらくは甘酸っぱい幸せな気持ちで登下校できそうだけど、そんなにもお泊まりが辛かったのかと思うとちょいと後ろめたい。
2004年10月28日
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今日のメインイベントはペン太の三者面談とドビー引取りだった。午前中は冷たい雨の中、小学校へ出掛ける。いつものように職員室に顔を見せてから図書室へ。しかし、いつも先に来ている部長さんがいない。お休みするメールも来てないし、おかしいと思っていたら、休み時間の鐘が鳴って、子供たちがドッと押し寄せてきた。昨年までは2階に低学年、3階に高学年が配置されていたが、今年は、2階に6年1年2年が教室を並べている。6年生が低学年の面倒を積極的にみられるようにするためだった。図書室の廊下を挟んだところは6年生の教室だ。そのおかげで彼らは図書室にたむろして本を手に取り、小さい子と一緒に絵本を見たり、母たちを見習って読み聞かせしている女子もいる。今日の図書室は、天気のおかげで満員御礼状態。こういう日は本の修理をしながら、走り回って邪魔になる子を注意する程度。図書係の子供たちも、嬉々としてバーコードリーダーを握っている。子供たちの会話でふと気がついた。道理でみんないないワケだわ。「今日、火曜日じゃん!」さも、空いてる時間を使いたいから来ました…という顔をして、職員室で帰りの挨拶をしようと思ったのに、先に訊かれてしまった。「どうして今日来たの?」「実は曜日間違えました」「まあ、それはさぞ充実した週末だったのね」「ええ、まぁ」(←首ががっくんがっくんするほど頷きたかった)_______________三者面談は詳しくは語るまい。順番を一番最後にされたのはワケがあったのだろう。いくらでも時間延長できるもの。先生から母のとんでもないコメントがほめられてしまった。この表現使わせてもらいます、だと。「崖っぷちを通り越し、崖から半分のところに吊り下がってる状態です」(号泣)_______________時間ギリギリまでお説教をくらい(爆)、ペン太とダッシュで車に乗り込みドビーのお迎えに行く。予告もなく、覚悟もなく初めての宿泊を経験したドビー。私の顔を見たとたん、嬉しい時の嬌声をあげ続けた。ずっとその声がおさまらなかった。涙はなくてホッとしたが、私の方が泣きたいくらいだった。初めてのお泊りということで、職員の方も丁寧にこの3日の様子を報告してくださった。やはり緊張したようで、大風邪の時くらいしか下痢にならないのに、下痢が続いたそうだ。初日は興奮して真夜中まで眠れなかったらしい。そして昨日は、お迎えがほのぼのさんだったのを泣いた、とのこと。その夕方は風呂に入るのを拒否。今までは自分だけがお風呂に入れないのを怒っていたのだ。風呂に入る=泊まるということを理解したようだ、という。帰り道、いつもなら滑り台へ逃げて行くのが彼女の常なのに、雨だったこともあって、ぎゅっと私の手を握ったまま素直に駐車場に向かった。(心の声=ほらほら、ママと一緒にいるのが一番でしょ?)次に預ける時は、一生懸命伝えよう。必ず迎えに来るからね。
2004年10月26日
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日曜、月曜と嵐のような2日間だった。行くと決めたら、即ほのぼのさんに連絡。人数的にOKが出るかどうか心配したが、こういうときの施設ですから、と快く引き受けてくださった。妹たちに打診したら、一番上の妹が飛行機で行くとのこと。もろもろの準備を終え、私は一人で列車に乗り、レンタカーを駆って寺へ急いだ。無事に通夜の30分前に到着。偶然妹もすぐ後に着いた。中に入れば、初めて見る顔もあったが、昔、幼児だったり、小学生だった子たちが、ぐんぐん大きくなって分からなくなっているだけ、という子が幾人もいる。私たちいとこの輪は上が50才、下は26才、(今回の列席は50~37)、そしてそのまた子供たちも混ざって賑やかだった。やはり久しぶりに会ういとこの息子たち娘たちは今が伸び盛り。前に赤ちゃんの時に会ったきりなのが、小学生になってたり、中学生だったのが高校・大学生だったり、高校生だったのが社会人だったり。軒並み美男美女に見えるのは、身内のひいき目だろうか?伯母もおしゃべりが大好きだったから、通夜のあとのいとこ同士のやり取りは楽しかっただろうと思う。本当は夜を明かしたかったけど、レンタカーを運転して帰らねばならないので、眠らねば。宿に入ったのが夜の10時半。しかし結局久しぶりに会う妹と話し込んで、時計はシンデレラタイムを大きく回ってしまった。告別式は最後のお別れでどっと涙が出てしまった。斎場まで行きたかったけど、子供を置いてきているので、ここまででお別れ。いとこたちと会わせてくれた伯母様に最後の挨拶をして、私たちも寺を後にした。月曜夜の新幹線。驚くべきことに座席はほとんど埋まっていた。下りてもその駅から乗り込む人で9割以上の席が埋まったまま。これがJRを支えるドル箱路線なんだわ、と思いを新たにしたと同時に、新幹線初の脱線をさせた地震がとても気になった。へろへろになって、家に辿りつくと、なんだかスラム街へ来た感じ。チョコチョコと片付ける。子供たちは、洗濯やアイロン掛けを頑張って学校の用意が出来たと、得意気に報告してきた。残る問題はドビー。今まで泊まったこともないのに、ましてや二泊もしなくてはならなかった。言って聞かせてみても、お泊りという言葉自体が理解できない。明日のお迎えがどんな風になるか、今から心配だ。
2004年10月25日
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『レッズ、打倒宿願の赤い敵=鹿島アントラーズから勝ち点3をもぎ取る!』もう心臓をギュギュッとつかまれる思いでしたよ~入れても入れても追いつかれた時には。でも最後までイイ顔していた達也!ラストはやっぱり、ありがとう~エメ!『地震 第一波発生』その時、私は野性に帰って、戦いの前のインディアンの踊りのように、年甲斐もなく部屋中を飛んだり跳ねたりしていた。(←レッズ勝利の舞い♪)こちらも揺れたのに感じなかったのはその所為だった。阪神大震災を上回る加速度と余震回数。時間が経つにつれ、被害の全容が少しずつ見え出してくる。広範囲でゆれたので、夫に電話をかけてみたら、案の定、通じなかった。でも、メールで返事があっという間に返ってきたのでビックリ。その間も、国営放送はずっと連絡を待つ人の名前を読み上げている…。現地でテレビ見るのは無理だろうか。ずっとラジオを聴くのも、注意力が必要で長時間だと大変だ。『伯母の訃報』闘病生活を送っていた伯母の容態が重篤との知らせ。寝耳に水だった。その3時間後、訃報の電話を受ける。とてもお世話になった伯母だった。まだ詳しく決まっていない、あとで知らせると言われたが、結局電話が回ってこなかった。こちらからも掛けたが、何度かけてもずっと話し中。悶々と夜を過ごしたが、なんとか早く行くつもりで、できうる準備をしてから寝た。
2004年10月23日
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今日は区の連合音楽会だ。連合は連合でも、運動会はつぶれてヤッホ~♪だったが、こちらは無事に行われてほっとしている。各小中学校から音楽系クラブや高学年が出演する。ペン次のM小学校では今までずっと5・6年生が合唱で出場してきている。今年は午後の部の2番目。ちょっと聴いて帰るにはピッタリな時間だった。今年のプログラムの順番がM小のあとにちょうど、M中の合唱部が続いた。小学校の方は声量が小さいものの、音もキレイにあってたし、歌の表情もメリハリがあって、とても良かった。M中はさらにさらに良かった~!何が良かったかって、昨年までの音痴な男子がいなかった。彼は卒業したのだろう。声量があるのに、微妙に音が外れてるので、聞いてて気持ち悪かったのだ。(ゴメンなさい、私は彼が誰か知らないが、他の誰にも特定されないことを祈ります…)合唱部の常だろうか、女子にくらべて圧倒的に人数が少ないのだが、今年の男声はとてもまとまっていて、声量もある。歌も前衛的過ぎず、聞いていて涙が出るほど美しかった。もちろん会場からは拍手喝采の嵐。周りのほかの学校の保護者たちからも感嘆の声が聞こえて、親でもないのに嬉しくなってしまった。あとのプログラムはM小、M中のあと、これは!と思うところがいくつかあったが、その中でもK中の和太鼓部が目を惹いた。力づよく、音の緩急も息が合って、振動が心地よかった。全部を聴くとかなり遅くなってしまうので、申し訳ないと思いながらも途中で席を立つ。一匹狼でいようと思ったが、会場に入る前に読書部仲間のお母さんと一緒になって、結局最後まで捕獲されて、もとい、一緒に帰ることになってしまった。ペン次の学年の母たちはみなイイ人なのだけど、どうしても表面的な付き合いで終わってしまう。ここで知らんふりしないで世間話するのが大人ってことかしら。どうもまだまだ人間が出来てないわ。ツライ…(笑)
2004年10月22日
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台風が夏の名残を連れてきた。強い風が残るものの、日差しは9月に戻ったかのようだった。美容院へ電話したものの、混んでいると断られた。違う美容院へ行くのはなかなか勇気が要る。逡巡してても仕方ないので、洗面所でジョキジョキ前髪を切って、地下鉄の最寄り駅近辺まで往復、約2時間ウォーキングしてきた。痩せたいという漠然とした気持ちはあるのだが、なかなか本気でやっていなかった。そのため、水中エアロビでやせたわ~という喜びも、ひと夏終わって秋になってみれば、元の木阿弥だった。漠然とした気持ちではなく、目的を持たなくては!『目的を持つことの偉大さが、いまにおまえにもわかる』(by宗方仁@エースをねらえ!)これからチャレンジしてみようと思っていることが二つある。ひとつはバナナを食べること。豆乳はどうしても受け付けないので、せめてバナナだけでも毎日摂ろうと心に決めた。もうひとつは体重計に乗って記録をとること。今は体重計の目盛りを右に戻したいだけだが、最終目的は、健康に年をとりたい、である。
2004年10月21日
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昨日は朝、8時直前に愛知県西部に暴風警報が出た。8時集合の登校の子供たち。ギリギリセーフだった。気の毒にペン太は学校へ着いたと同時に帰宅命令。靴も履き替えなかったという。片道40分なのに休ませてくれなかったよ~と文句言いながら、授業ナシという事態に嬉々として戻ってきた。朝早いうちに全部の雨戸を閉めて、食料も買い込み準備万端。子供たちもドリルなどを終わらせると、日ながマッタリと漫画を読んだり、ゲームをしたりして過ごした。いざ、日が落ちたか落ちないかくらいで、豪雨と暴風が襲撃。でも、夜寝る前には風の音も止んでいた。我が家は鉢植えの月桂樹が一本倒されただけで済んだ。しかしテレビに目をやれば、台風が残した大きな爪跡。えぐれた山肌。高波や土石流に壊された家屋。一面湖のようになった町や村。人的被害も近年にない大きな数だ。(10/21午後7時現在:死者66人、行方不明者22人、けが人340人~共同通信~)いつもならこの時期は、早めに北上して関東をかすめて東進するはずが、偏西風が南下せず北寄りになっていて夏の台風と同じようなコースを通ったという。室戸台風や伊勢湾台風のように長く記憶に残る台風となるかもしれない。自然の力の前にはとてもちっぽけな私たち。…犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。
2004年10月20日
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台風のおかげで我が家にとってはイベントが二つ中止になった。一つはドビーの連合運動会。もう一つはペン太の校内合唱コンクールだ。連合運動会は毎年風が冷たくて、コレを機に鼻たれドビーとなるので、もういっそのこと、このままなくなればいいのに、と思う。運動会ではなく、お楽しみ会みたいなことを屋内ですれば子供たちも楽しく参加できるだろうに。この運動会で、瑞穂運動場のトラックの周りにびっしりつまるほど集まるのは、名古屋市内の全部の特殊学級と養護学校の生徒&保護者たち。同じ気持ちの人はたくさんいると思う。ナゴヤドームとまではいわないけど、とにかくどこか屋根があるところにしてもらえると助かるんだけどなぁ。中学の合唱コンクールは本当につぶれて残念だった。毎年隣町の小さなコンサートホールを借りて、一階席は子供たち、二階席は保護者、一階の真ん中の審査員席にはPTAの役員、地域の役員さんやたまに他校の先生が座ったりする。学年別に競うのだが、一年生のときははっきり言って上手くない。男声がほとんどないのでメリハリがあまりない感じ。これが二年三年とあがるに連れて、とても上手になるのだ。特に三年は最後とあって、力が入る。どのクラスもとてもハーモニーが美しかった。他に大して文化的な行事もないので、この合唱コンクールは子供たちにはかなり重要なイベントだ。来月体育館で行われるとのことだが、音響施設の整ったコンサートホールで歌うのとは雲泥の差だと思う。中止が決まったとき、三年生の女子はみなガッカリして泣いていたそうだ。こういうときこそ、だぶついているPTA会費でなんとかならないかと思うけど、本当にどうにもならないのかしら…。残念でならない。
2004年10月19日
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今日から始まりました!上様ことマツケンサンバこと松平健主演の『忠臣蔵』。あぁ、京都の東映太秦映画村へ行きたいな。出来れば11月21日に飛んでって上様のサインほしいな。さて、ドラマの方は、伊藤四郎がとてもいやな感じで敵役にピッタリ♪四十七士のほうはあれこれ知っている顔がちりばめられて結構豪華。これから月曜日が楽しみだわん。名探偵コナンとかぶるけど、多分息子たちも納得してくれるだろう。なにせ、小さい時からテレビの時代劇再放送は毎日見ていたから刷り込まれている。兄の方は中学生になっても阿蘇のお土産に子供用のチャンバラ刀を選んだヤツだし(笑)スマスマを観た。カツケンサンバもよかったけど、木村くんのハマりっぷりがとても観ていてほほえましかった。上様大好き=趣味が合うじゃない。それだけで、結構いいヤツだぁ~、と見直してしまった私も単純かな。
2004年10月18日
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「面倒1 私が役員だという事実」子供のドッヂというのは地域で関わっている。各小学校の学区ごとにジュニアスポーツクラブというのがあって、それはドッヂボールだったり、バドミントンだったり、卓球だったり、インディアカだったりする。それにしても、こんなに怪我が多いとは。一斉に怪我をしてくれるわけではないので、保険請求も何度もしなくてはいけない。部費もユニフォーム代も一斉に集まらない。大体、私にはこういうものを管理する能力がない。忘れっぽい。言ったことも忘れているし、言ったつもりで言ってなかったり。あぁ、どうしてこんな私が役員なの~~?「面倒2 どうして焼肉なんて!」先日の試合で「今度勝ったら焼肉だぞ~」と監督・コーチの叱咤激励に応え、子供たちは頑張って勝ってしまった。焼肉屋へ連れて行くわけにもいかないし、やはり親に焼いて欲しいとのこと。日取りは来月初めに決定。土木事務所に許可をとり、メンバーの親にBBQセットを持っている人がいるか確認した。幸い、5人いたので、借りることなく行けそうだ。親はあまり多くても困るが、少なくても大変だから、助っ人はある程度確保せねばならない。親が出るところはきょうだいの分もいるだろう。となると、50人分超えるかしら??焼き方の大人のほとんどは、想像もつかない分量を作らねば(焼かねば)ならなくなってしまった。運のいいことに、6年生の母にずっとボーイスカウトの付き添いをしてきた方がお一人いるので、彼女に全権をあずけて、その指令どおり動くことになりそうだ。私も役員だし、買出し等は手伝う気満々だけど、当日はドビーもいるし、出来れば焼き方として参加、というのは勘弁してもらえるよう頼み込もう。青空BBQなので、買出しも前日まで出来ないだろう。雨だったらどうするかを決めなくてはならない。時期的にももうこの日以降は寒くてムリだろうから、コミセン(公民館)でお好み焼きでもするのかしら。どんな案が出てくるか心配だ。頭イタ~イ。
2004年10月17日
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今週もパパのいる土日。何が違うかっていうと、子供たちの、とくに長男の甘え具合が違うのだ。やはり私は頼りなく、当てにならない母らしい(笑) とはいえ、せっかくのパパがいる日でも、夫はゴルフで朝から留守だった。それなりにまったり過ごす。パパの帰りが待ち遠しい。なんたって今日は鍋。この秋二度目の鍋は、待ってました!とり白菜味噌鍋だった。普通の鍋だと白菜が多いと文句が出る。しかし、この鍋だと、白菜が足りない、他に野菜を探して入れろ~と文句が出るのだ。肉は手羽元ドラム、豆腐・きのこ類・うどん玉もバッチリ。野菜はらでぃっしゅ○ーやから水菜とべか菜(結球しない白菜の仲間)が来ていたからいざとなったら出動させるつもり。野菜が足りなくなることはないだろう。~~~~~~ intermission ~~~~~~まんぷくまんぷく♪何も考えられない。明日のブランチはこれに水菜を足してうどんにしよう。
2004年10月16日
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都心、といえば新宿や丸の内と刷り込まれた30余年。だが、ここ愛知県で都心といえば栄、名駅周辺のことだった。初めてニュースで都心の○○という言葉を聞いたときは、名古屋の人はそんなに気軽に東京へ出掛けてるのかと勘違いしたっけ。ともかくいつものメンバーで、都心・栄のデパート美術館へオードリー・ヘプバーン展を観にいった。1少女 、2妻・母 、3家と庭 、4スター・オードリー 、5スタイルの象徴 、6オードリーと友 、7美の女神 、8クローゼット 、9オードリーと世界の子供たち 、以上 9つのテーマに沿ってカプセルブースが並んでいた。一つ一つ丁寧に観て行く人の多いこと。ところどころにモニター画面がおかれて、いろいろな映像を流していた。うっとりしながら会場を回るが、連れがいると、お互い落ち着かない。こういうところは一人で回るべきだった。じっくり納得するまで見て回りたかったなぁ。『観たいね』って気持ちは一緒なんだけど、その気持ちの温度は人それぞれ違うってことだよね。最後には展覧会お決まりの購買所が設けられて、写真集からDVD、他にもいろいろなものが置いてあった。あれこれ惹かれたけど、一つだけ、と本の友に栞セットを購入。あとはデパートの中を歩くにしても、極力商品を見ないようにして下りてきた。というのも、美術館は最上階だったので…。 普段はたいしたものは買わないが、いざ、物に惚れてしまうとどうしてもソレじゃなくちゃ!と思ってしまう。ただでさえ軽い財布なので、紐はキッチリ固く締めていた。 外へ出ると今度はもう一つの目的地であるハードロックカフェへ。お目当てはオニオンリングとTシャツ。バナナスプリットはとても気になったけど、なによりランチのクラブサンドもメチャメチャ多かったし、私が本当に食べたいのはデイリークイーンのバナナスプリットなので、今回はやめておいた。結局Tシャツは気に入った形が夏物で、サイズが残っていなかった。背中のプリントがかっこいいのをペン太へのお土産にしてしまった。帰りがけに明治屋に寄り、前から欲しかったナムプラーの大瓶を買った。スーパーで購入する小瓶ではあっという間になくなってしまうので、外国の食料品がおいてあるところで買わねば、と思っていたのだった。そして、ちょいと急いでバスターミナルへ。帰りの時間に制限があって、いつも連れの二人には申し訳ないと思いながら、ついつい甘えてしまう。たまには都会へお出かけするのも楽しい。
2004年10月15日
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バーコード取り付け作業は9割がた終わっている。しかし、夏休みに借りたのを返しそびれてこっそり返す子が多いらしい。 今日はそういうひっそり返却本に加えて、バーコードシールを貼り忘れた本を探す旅に出た。いつもこの手の作業は3時間目なのだが、今日は読み聞かせもお休み。というのも、20分休みに避難訓練をするためだった。子供たちには絶対内緒ですよ、と念押しされたのだが、いつも来ている本読みおばさんがいないこと自体、時間を知らせていたのかもしれない。慌てふためくはずの子供たちを見ようと時間より先に来ていた私たちはあまりに落ち着いた子供たちに拍子抜け、というよりちょっとガッカリ。今日も部長さんと二人で。3時間目が始まると同時に端と端から用意ドン!真ん中の絵本の棚でぶつかるまでに二人で10冊のバーコードなし本を見つけた。続きの作業を…と思ったが、調べ学習の子供たちが来たので、今日はここまでとなった。_______________今、家でしょっちゅう開けているのが、ozama13さんの日記(暴れん坊将軍&マツケンサンバ観劇日記)で教えていただいたマツケンサンバのサイト。そしたら、頭の中にずっとあの曲が流れている。しかも、私だけじゃなく息子二人も頭から離れなくて困っているようだった(笑)↑クリックすると自動的にDVDと同じ映像を流してくれる。(Windowsでしか確認してませんが)一緒にはまってみませんか?(にっこり)しかし、つくづく町人のカツラが似合わない。このアンバランスが万人に受ける人気の秘密かしら。
2004年10月13日
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火曜日は近所のスーパーYでもNでも安売りをしているが、今日は西武が勝ったしS友か、残念賞のDイエーかな。しかし、昨日の今日で、エンドレスの若鷹軍団をきくのは辛い。アレがかかるとどうしてもワクワクしてしまうし、踊りたくてたまらなくなる。昨年の日本一を思い出して余計に悔しい。敵(笑)のS友へいくのも癪に障る。某所で火曜市ははずせない、というような書き込みを読んだ。そうだ、私もジャス○へ行こう、、ついでに映画も観ようと決めた。『スウィングガールズ』にしようと思ったのは、姪っ子が昨日中学最後の定期演奏会だったという話を聞いたせいもあるかもしれない。中学のブラバン部で今年は九州大会まで行ったが、全国へあと4点届かなかった、と泣いていた。こちらから聴きに行ける訳ない距離と日程でも、毎年演奏会に誘ってくれたね、ありがとう~♪シネコンで座席チケットを買う。朝一番は自由席。お気に入りの一番後ろが空いているといいな~と思って中に入ると、ズッコケるほど人が少なかった。201席ある観客席の最後列 真ん中に座る…(ラッキー♪)。一、二、三、と数えてみると10人ぴったり。映画は楽しかった。10人みんなで大笑い。初めはクスクス、なんて抑えた笑い方だったが、10人だけという連帯感があったせいか、だんだん笑い声が大きくなっていった。そして音楽の力。ただただ楽しかった。最後も爽やか。もう一度観たい。余韻を味わうのもそこそこにジャス○の食料品売り場へ向かう。夕方の特売場のような、今日は土日じゃないよね?とびっくりするほどの人出。やはり生鮮食品の安売りに目が行く。玉ねぎ、ミカン、白菜、子供のおやつに肉まん。並んだレジはどこも長い列が出来ていて、すごい熱気だった。朝、いつもはシネコンの入り口に一番近いところだけに車がたまってるのに、今日はまんべんなくあちこちに止めてあるな、と思った。火曜市目当てだったのだ、と納得しながら帰った。お目当てのとり野菜味噌も無事に入手♪今週はまた夫が帰ってくる。週末の鍋が今から楽しみ。夜には夫の命令でビデオを録る。昔の上司の顔がずいぶん丸く映っていた。
2004年10月12日
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今日は月曜、テニスの日。夫もゴルフ練習をしたい、というので、子供3人で留守番をお願いした。練習しているコートは隣の市なので、行き帰りは夫に送り迎えしてもらって、私のテニスの間、彼も打ちっぱなしをすることにした。コートに着くと、ほとんどのメンバーが来ていた。夫の顔を見た、見損ねた、と大騒ぎ。あ~あ、見られちゃったか(笑)乱打のあと、マンツーマンの特打ち。週1回テニスは体がキツイ。でも、メンバー全員の相手をしているコーチは涼しい顔だ。毎日鍛えている体と週1、ひどいときは月1しか運動してない体の違いなのね。毎回スタミナをつけなさい、と言われ続けてもう何年だろう。迎えにきた夫は、来る時に顔を目撃できなかったメンバーにしっかりチェックされていた。昼を食べてから、今日は引き続き家にいるからイイよ、という息子たちの好意で、夫と二人でゆっくり買い物、洗車ができた。ありがと~子供たち♪
2004年10月11日
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今日はすっきりしない天気だった。いつもなら台風が過ぎたあとはカラッと晴れるはずだが、晴れ間はのぞくものの、空の大半をぐずぐずした雲が覆っていた。それでもやはり連休の中日とあって、行楽にでかける車は多かった。ウチの車もその中の一台。岐阜と長野の境にある中津川温泉へ行った。家から1時間45分、中央自動車道の中津川インタを下りて昼前についた。その頃には空模様はとても怪しくなってきていた。着いた先は『クアリゾート湯舟沢』。温水プールと温泉と、水着で入れるバーデがある。まずは水着になって、たっぷり2時間。流れるプールを浮き輪つきのドビーと夫と延々歩いた。時々疲れて、ジェットバスに浸かり、熱くなってくるとまたプールに戻る。ペン太とペン次は時々合流。子供たちはバーデゾーンをあまり好まなかった。確かにジェット水流にあたっていると、だんだん痒くなってくる。途中で雨がひどくなったので、もういっそのこと温泉に入ろう、とプールを出ることにした。もうここで、ドビーは動かない。なんとか抵抗してプールに戻ろうとする。なだめたりすかしたり、夫と二人で両脇を抱え上げたり。廊下を移動する3メートルが50メートルに思えるほど長かった。やっとのことで、脱衣所に戻る。これからお風呂だから、と言い聞かせたが、大泣きしているドビー。私がいじめてるかのように、周りからの冷たい視線が…(笑)ダッシュで水着を脱がせてロッカーに仕舞い、温泉入り口に向かった。温泉に入ると体や髪を洗うのもそこそこに、ドビーは外へ出たがった。露天風呂の周りには大好きな石ころがワンサカ。私は風呂に浸かりながら、ドビーの行動が突出しないよう見張っていた。しかし、ここの温泉は露天風呂も中の風呂も熱い。浸かってもすぐにあがって木のベンチに座る。ドビーはこれっぽちも浸かろうとする気配がない。風邪がひどくなるとツライので、時々10数えるのに付き合わせて浸かってもらった。あがろうよ、ドビー。いやんいやん。もうダメ、あがるよ!いやんいやん。ついには二の腕を引いて、あがらせた。母は鼻血を出して他人を風呂で驚かせた前科が2度もある。前科を増やしてなるものか!するとドビーの反発もさらにひどかった。自分の手首を噛みながらの、ものすごいうなり声。母が翻意しないと知って、今度はロッカーに八つ当たり。頼むぅ、壊さないでくれ~~!着替えを投げようとする。止める。母のバッグの中身を投げようとする。母たまらずお尻をたたく。あ~あ、やっちゃったよ。そんなこんなで、ロビーに出た時はぐったりの頂点だった。お腹がすいた、どこで食べるんだ、どこどこがいい、だのと五月蝿いペン太に今度は私が八つ当たり。「そんなの、家でお茶漬けに決まってるでしょう!」しかし、夫の温かい配慮で近所のファミレスに落ち着くことになったのだった。帰りがけ、高速に乗る前に、私のストレス解消のため、栗きんとんを買った。「すや」 栗きんとんのパンフレット写真
2004年10月10日
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寒いのはチョイ苦手。なぜって冷え性だから。でも、着込めばいいし、運動をすればぽっぽとしてくるし、なんたって手抜きの王様、鍋!の季節だから構わないのだ~!台風に備えて買い物をしたとき、夫も帰ってくるとわかっていたので、とりあえず鍋ものにしようと決めていた。ホントは時間があれば、ジャ○コへ買い物に行きたかったのだが、昨日は一日中バタバタして近場で済ませるしかなかった。というわけで、今日はこの秋初めての鍋、水炊き。鶏もも肉と手羽元を水から弱火で1時間煮込んだ。ひたひたの出汁を3分の1ほど取り分けて、そこに野菜と豆腐をジャブジャブ突っ込んだ。子供たちは最後のうどんがお楽しみだ。ドビーは一本ずつつるつると吸ってるし。私たち夫婦は雑炊が好きなのだが、ついつい食べ盛りの子供に合わせることが多くなってしまった。次の鍋の時は雑炊したいな~。その前に絶対ジャス○へいっておかにゃ♪なぜジャス○にこだわるかというと、石川県で有名な「まつや」の『とり野菜味噌』、私の知っている限りでは、名○屋ではジャス○でだけ買えるのだ。初めてその存在を知ったときは、絶対石川県へ遠征しないとムリだと思っていた。たまたま買い物をしていたとき、ジャ○コで見つけた時の嬉しさといったら!少なくとも私の行動範囲の中ではそこでしか見当たらなかった。イトー○ーカドーはここに越してきてから一度も行ってないので調査漏れ。そういえば、一番近い三越百貨店の地下には、あってもおかしくないように思う。今度行くことがあったら見てみようっと。
2004年10月09日
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雨がひどかったので、車で娘を送っていった。校門からは先生に預ければいいから、と寝巻きのTシャツの上にGジャンを羽織って化粧もせず、財布だけもって車に乗り込んだ。あぁ、マーフィーの法則…そういう日に限って、講演会があるのをすっかり忘れていた。役員をしている友人が「早いのね~」と声をかけてきた。一瞬何のことだかわからなかったが、そういえば!一度家に戻って身支度する時間はなかった。もう出来るだけ目立たないよう、会議室の一番後ろで半分舟を漕ぎながら講演を聞いた。講演途中に、いつものランチの仲間から、今日はご飯が一緒にできないから、ちょっとコーヒーだけ飲まないか、とメールが入る。先に飲んでいて~と返事して、講演が終わったあと、12時に合流した。彼女たちは上の子供が大きいので、大学受験とか、彼氏を連れてきた娘への対応とか、また一歩進んだ悩みがある。近い将来の参考にと、ふんふん話を聞いて乗ってきた頃、残念ながらタイムアップ。中坊の子供たちが中間考査も終わり、弁当抜きで帰ってくるので1時に解散。今日の昼は、寂しいけど納豆とお漬物でお終い。ペン太、おやつにそこらへんのおせんべいとミカンでも食べとって~、と声をかけて、今度は1時半に昨日の彼女と待ち合わせの小学校へ。図書室で新しいバーコードシールと格闘。2時半からペン次の先生と個人懇談だったが、「もっと家庭学習させてください」と極めつけを言われ、ものの5分で終わってしまった。それからはひたすら二人で作業。彼女がISDNコードを読み上げ、私がコンピュータに入力。なんだか懐かしい。昔、会社勤めの頃は、まだパソコンを触る人も少なくて、月末は営業部に移されてこんな作業にあけくれていたっけ。なんとか5時にほのぼのさんに預けたドビーを迎えに行くのに間に合うよう、作業を終わらせることが出来た。お迎えに行ったら、ドビーは大荒れの雨に大興奮!挨拶をして外に出ると、土砂降りの中、2メートルごと水溜りに指をつっこんでみないと気が済まない。もう靴がビショビショ。こうなることを見越して雨靴を履かせるべきだったなぁ、と反省。本人も気持ち悪かったようで、車に乗った途端に靴も靴下も脱いでしまった。家に着いて、台風に備えて自転車や鉢植えを移動させる。夜はもうあれこれ作りたくなくて、カレーに決める。ご飯はペン太に任せた。夫が帰ってくるときは大雨だろうから、駅まで迎えに行くね、とメールして置きながら、ドビーを寝かせつけてる間に沈没。気がつけば真夜中。夫はとっくの昔にタクシーで帰ってきていた。教訓~自分のキャパシティを超えるほどの予定を組んではいけない。
2004年10月08日
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今日は昨日の読み聞かせ会に引き続き、学校図書室へ行く。この秋から貸し出しにバーコードを導入するのだが、まだ準備段階なので、読書部の部長さんと二人で、コンピュータ登録のお手伝いに行ったのだ。どうせなら、いつも読み聞かせしている20分休み(ここでは20分放課と云う)に紛れ込もう、ということになった。水曜に絵本読みのおばちゃんたちが来る、というのはすっかり定着しているらしい。というのも、晴れてたのに大盛況だった昨日にくらべ、低学年の子供たちの数が極端に少なかったのだった。でも数少ない彼らはめざとく、おばちゃんコレ読んで~と女の子3人が部長さんを引っ張って行った。私は5年男子に、この中でおすすめの本はどれ?と聞かれたり、4年男子のドッヂ組に楽しい絵本を薦めたりしながら、荒れた棚を整理していた。なんだ、普段の晴れた日はとっても少ないせいか、落ち着けるなぁ。(何のために来ているか忘れている…)さて、作業の方はウマくいかなかった。バーコードとカバーシールを貼りつけ、いざ登録と思いきや、全部ダブってる番号だったことが判明。シールを貼り付けて、剥がしただけの1時間だった(泣笑) すぐに業者にクレームを入れたらしい。ドビーのお迎えから帰るころには新しいシールが届いたから、出来たら明日も来てほしい、と言われた。えぇ、いいですとも~♪そしてそのあとの作業手順をしっかり教えてね、先生。_____________今日は、ペン太と贅沢に(爆)桃の中華系ファミレスでランチした。彼は中間考査1日目。帰宅部なので、明日も一緒にお昼だ。明日は家でなにか作ろう。
2004年10月07日
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やっと来た晴れ間。昨日までの寒さがうそのようで、空には雲もほとんど見えない。日差しが痛いくらいだ。でも、風のつめたさが、夏が終わったことを教えてくれている。日なたと日陰の温度差も秋を感じさせる。天気予報を見るのは好きだ。でも自分で空を眺め、空気の匂いを嗅いで、天気の具合をわかるようになったらもっと楽しいだろう…。今日の空はひときわ高く感じる。そうそう、一昨日のコートへ行った時、私の家の周辺は土砂降りに近いくらいの雨だった。今日のテニスは中止ですよね?と確認した電話で、相手の返事は驚愕に値した。 「え~??こっちは晴れているわよ。コートも全然大丈夫、早くいらっしゃい。」小さな山一つあるだけでも天気が違うらしい。同じ名○屋でも、南区から来たコーチは自分の家のあたりはなんともなかったのに、途中で雨が降ってたので(ウチの近く)心配だった、という答え。こんな小さな山、住所に山とついているだけの、丘陵に近い感覚なのに、天気を変える力をもっているんだなぁ、と自然の摂理に感動する。ドビーとの帰り道、ひこうき雲が二本青い空に走っていた。立ち止まって橋の上から携帯写真に撮ってみたのに、写メールで送ることも出来ない。やっぱりマニュアルを読まなくちゃ。残念。________________________この日記↑を書きかけのまま、実は日なが一日ozama13さんの日記のとりこになっていた。何度読んでもワクワクする自分が可愛いやら悲しいやら。やっぱりいいよねぇ~、時代劇も、ミュージカルも、松平健も♪ そこからウワサのマツケンサンバも観られました。もし、同志の方がいらしたら、ぜひぜひおすすめいたします~☆☆ (あらためて、ozama13さん、いいものを見せていただきました。ありがとう~!)
2004年10月06日
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今日は久しぶりにソフトテニスのサークルへ行った。今日のコートは初めてで、聞けば、大手の会社所有の運動場の中にあり、テニスコートだけではなく、運動場も2面、それぞれ大きな美しい庭に仕切られて、体育館のように大きなゲストハウスもあった。コートは周りを土手に囲まれて、とても落ち着いた感じ。気分はお蝶夫人。オムニコート(人工芝の中に砂を撒いてある)で足に優しくなおかつ雨が降ったためかグリップ力がある感じ。8面もあるのに、テニスをしてるのは私たちだけだったのだ。まあ普通の人は働いている時間だから仕方ないけれど、とにかくもったいないほど立派な運動場だった。これが、社員の家族が申し込めば、「タダ!」で時間もいくらでも、ということだった。今年度の役員さんのダンナ様がそこの社員だそうで、今までこのコートがあることをすっかり忘れていた、とのこと。ただ、予約は出来なくて、その日に行って申し込みをしなくてはいけないので、コートの申し込み作業が彼女一人の肩にかかるのも如何なものか。やはり普段はいつものコートで、身の丈にあったつましい暮らし(?)をしよう。周りが芝生と木々に囲まれて、虫の楽園でもあった。ときおりコートの中にはいってくるバッタやカマキリをコートの外に逃がしながら、リッチな気分でテニスができた。まさにロマンスが生まれそうな、うっとりするようなコートだった。う~ん、また行きたいなぁ。世の中の大きな会社といわれるところは、こんな風に福利厚生が手厚いのだろう。ただ、その会社というのが、これから京都議定書が発効すれば、どんな風に変わるか…ちょいとひっかかる。この虫の楽園はこのまま維持してもらいたいが。
2004年10月04日
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昨日のドッヂも昼から外は小雨で、夕方までに降ったり止んだり。その雨の中、町内運動会の準備は進められたそうだ。今まで一度も雨で中止したことないんだから大丈夫だよ、とのこと。今朝は7時前に起きたら雨が降っていた。なんだ、これは絶対中止だよね、と朝のお子様タイムの番組を見ていた。8時半に電話が鳴る。中止のお知らせかな~と気軽に受話器をとる。「班長の○○です。今日はありますので、いらしてください。」「え?この雨の中ですか?」「先ほどから止んでますので決行です。今、準備中です。」「はぁ、わかりました…」びっくり!慌ててアレコレ用意する。水筒にあたたかいコーヒー牛乳を用意、不在の父をのぞく家族全員で傘を持参、長袖を着せて出発した。今日の運動会は小学校の学区単位での町内対抗運動会だ。最初の演目は毎年同じ、ムカデ競争。子供・女性・男性の3連戦。私の覚えているかぎりのこの6年、ムカデ競争は子供と女性でウチの1丁目は負けたことがない♪(男性は…残念!)ところが2番目の演目から雨が降り出した。4番目の綱引きでは待っている間にびっしょり濡れた。このあとも容赦なく演目は続く。出場していたみんなは、まるで風呂上りの髪型で戻ってくる。これはないだろう~と思ったが、子供の障害物競争の途中でやっと一時中止のアナウンス。ここで、ちょろちょろ落ち着かないドビーはおとなしくテントにいるのは無理と判断し、ペン太と一緒につれて帰り、二人で留守番してもらう。濡れた服を着替えてまた引き返した。ちょっと休んですぐ、かなり本降りの雨の中を競技復活。午後の最後の演目も先に繰上げ。とりあえず、子供のリレーと大人の障害物リレー、玉入れ以外は殆んどの点数競技を終えた。そのあと、驚いたことに消防団の放水披露、とのこと。校庭は水溜りだらけでビチャビチャなのに~??放水した。しかも、いつもは校舎に放水なのに、よりによって校庭ど真ん中に放水!アハハハ、笑うしかない。各町内テントを二つずつ立てているが、テントのシートの中は子供と年配者でぎっしり満員。大人と長靴を履いてきていた子供が傘をさして外でうろうろ。お弁当を受けとるまで帰らないでください、といわれたからだが、お弁当到着の時点で打ち切り中止のアナウンスがあった。お神輿も子供みこしも、あんなに練習したソーランもすべてパァ。こんな年もあったね、と記憶されることだけは確かだと思う。今年は役員と名の付くものをひとつも引き受けてなくて、ちょっと後ろめたいけど、さっさと帰れて嬉しかった。昨日の疲れや筋肉痛はたっぷり残っていたもの。家で弁当を食べたら、グゥ~と昼寝してしまった。役員のみなさま、雨の中の片付けお疲れさまでした。
2004年10月03日
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区のスポーツセンターで、ドッヂボールの交流会が行われた。今日はドビー連れということで、子供たちの行き帰りの付き添いは免除してもらった。しかし!集合時間に15分遅刻して9時到着。そこから延々5時まで。長い一日だった。一番困ったのは試合待機している他のチームの子供たちの列に乱入しようとすること。次に困るのは、輪になってミーティングしているチームや外で基礎練習をしているチームの子供たちに混ざろうとすること。そして3番目には、飽きて館内を歩き回り、室内プールの存在を知ってしまったこと。プールに入りたくて、服を脱ぎだそうとする。ソレを必死に止めて他のところに遠征に行く。知らない子供たちの輪に混ざってどこかへ行ってしまうので、ダッシュで大声出しながら引き止める母。でも今日の周りの同情の視線(※大人限定)は温かかった。私の目には「助けて~」クマが出ていたと思う(笑)万歩計をつけていたら、1万8千歩超えていた。普段の私にはとてもお目にかかれない数字だ。今日、こうして連れて行ったことで、同情はたっぷり買ってもらった。自閉症の特徴もいろいろ解説できた(笑)次はもっとラクができるかしら。出来るといいな。ペン次たちのチームは一応3勝できたが、決勝トーナメントであっけなく負け。準決勝、3位決定戦、決勝、どれもすごい試合だった。目指すものは同じだが、体格差も違うし、普段の生活も全然違う。それでもどこまで強くなれるか楽しみでもある。チームはもうすぐ発足1年を迎える。
2004年10月02日
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今日はドビーの運動会だった。小学部・中学部・高等部が合同で行われた。プログラムは、初めと終りに全体で体操、競技と学部合同ダンスが各学部ひとつずつ、そして全体での応援合戦である。生徒の能力差が大きいので、競技にはその差をうまくならして3つの色に分かれたリレー。ダンスは色々毎年あるが、高等部は毎年トリに南中ソーランと決まっている。子供たちは結構出ずっぱりなので、合い間に保護者の玉入れがある。競技は3色なのに、応援は赤と白で学年別。これって変。統一すればいいのに、と思うけど、それで燃えるのは観ている保護者の方か…。まあ、どちらにしても、子供たちは一生懸命やっていたので、観ていて楽しかった。保護者の競技はおととしまで綱引きだったが、腰に悪いからと辞退する人が多かったため、昨年から玉入れになった。小中学部VS高等部で、それなりにみな頑張ってしまう。今年は(昨年の)リベンジで小中学部の勝ち~。実は最後の南中ソーラン、陰の主役が応援席の端っこにいた。いや、彼が主役の座を奪ってしまったのだといった方がいい。今年入学の1年生の男の子が、音楽が鳴り出したらトラックにでて一緒に踊り始めてしまったのだ。彼の踊りは、ポーズの決め所もしっかり分かっていて、長い法被で体の線が隠れてしまっている高等部の子たちより、踊りがしっかり決まって見えたのだった。多分保護者の半分以上は、彼に釘付けになっていたと思う。実際にやってる高等部の子たちも彼に負けじと、一層腰の入ったいい踊りになった。今は高等部の踊りだが、あと5年後くらいには全校で踊ってたら楽しいなぁ。_________________今日のお弁当。鶏肉のグリル焼き ・ ジャガイモの蒸し焼き ・ オクラとベーコンの細切りゴマ和え ・ ゆで卵 ・ ミニトマト。主食はドビーはジャムサンドイッチ、ペン太は特大おむすび3つ。いつもおかずの仕切りのレタスは、ドビーは残すのが常だった。トマト以外の生野菜が大の苦手なのだ。でも昨日初めて完食してくれた。今日も食べてきてくれるかしら。________________(追記)やっほ~完食!それと、トリを食った主役の彼の話。運動神経に加えて、振りを覚える能力に長けていないと、健常児の一年生でも踊れないと思う。毎日練習している高等部の練習にもぐりこんでいたのかなぁ。それとももしかしたら、年上のきょうだいと一緒に家で踊ってた経験があったのかもしれない…。他にも太鼓と音楽に反応して椅子のうしろで嬉しそうに踊ってる子供が2人いた。体を揺らしてる子はたくさんいた♪憧れのトリを飾るソーラン。ホントに全校で踊れる日が来そうな気がする。
2004年10月01日
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