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バケツの氷を割る権利、だった。そういえば、道は舗装されてるところばかりで、なかなか霜柱にもお目にかからなくなってしまった。 こんなことでいいのか??都会の子供は気の毒だと、昔育ちの母はしみじみ思った朝だった。
2008年01月27日
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まるで三月かと思うような陽気。昨日は雨が冷たくてショートコースで帰ってしまい、今日も同じように横着をしようとしたが、もう少し行くよ、というと素直に受け入れてくれた。広場入り口で枯れ枝を折って(昨日は折ろうとしてもなかなか折れなかった)、ずっと杖のように持って歩いた。フードを脱がない後ろ姿から連想したのか、なぜか今日はこの歌が頭から離れなかった。♪ア ホイホイよ ドンジャラホイ♪
2008年01月08日
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いやいや、ホントはとっても贅沢な昼ごはん☆年に何度かしか口に入らない、か○田の明太子と民族大移動途中のSAで入手した京漬物を二切れ。とはいえ、おみおつけは朝の残りで汁しかないのでフレームアウト。やっぱり見た目は粗食だぁ(笑)~~~(アクマの追記)~~~ ↑だうしやう~~(煩悶中)
2008年01月07日
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干し柿。 この秋にはあまり長いこと干さず、半生で冷凍したとのこと。夫と私があまりに美味しい美味しいというので、焦ったのだろう。半生があまりに美味しかったので、産直市場に正月分を残して全部出荷してしまい、持ち帰らせてやれない、すまないね、とは義父の弁。 美味しいのを美味しいうちに食べてもらえるのがなによりのことと思う。 その話をしてたら、義弟のNさんが、昨年の柿は甘柿も素晴らしく美味しかったんですよ、と言い出した。そう、ここは庭先や畑に、甘柿渋柿合わせて7本も柿の木がある。 畑の南に植わってる三本の木から、異常気象のせいか、実の数は一本から10個もとれなかったのだけど、どれも傷もなく、大きさも味も今までみたなかの最高級の柿だったんですよ、と大絶賛。 この柿の実の話ほど嬉しいことはなかった。その三本は、結婚が決まったとき、母がこちらに贈った富有柿の苗だった。 母は思い込んだらトコトンの人だった。苗木(おもに桜)を頒布する日本花の会に入り、自分のうちには植えられないけど、とあちこちに苗木をおくりつけた。仲人さん宅には桜の苗木を、夫の実家には柿の苗木を、と聞いたとき、私は沢山柿の木が植わってるし、仲人さんも古くからあるお家なのに、迷惑なことをして!と母に抗議したのだった。 ありがたいことに、義父はその苗木を畑の端に植えて、大きくなったら木陰が出来るから。仲人の大叔父さまも田んぼの端にズラッと植えて畦道がしっかりするし、春は見映えがよい、と喜んでくれた。 私の母方の祖母も心臓を悪くして倒れるまでの一人暮らしのあいだ、娘(母)の贈ってくれた枝垂桜を庭のシンボルツリーとして大事にしていたし、私の下二人の妹たちが通った中学にも大木となった桜の木があって、花の便りのたびに見にいった。 TさんMちゃん夫婦にはその経緯は初耳だったようで、今年の秋はぜひ送りますよ、と言ってくれた。その気持ちだけで…!とても嬉しい報告だった。 いつか、私達4姉妹で母の柿をお相伴に預からせてもらえる日がくるといいな。
2008年01月02日
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晩の準備にはまだ早い昼下がり。おしゃべりするMちゃんは赤ちゃんのお世話で忙しく、子どもたちはトランプやカルタでワイワイしてて、なんとはなしに手持ち無沙汰… 義母が、事始は明日だけど、畑にいって確かめたいからついてこない?と誘ってくれた。義父の五年日記は農業日誌を兼ねていて、なんとなしにみていたら、昨年は初荷にフキノトウがあったから、出ているかもしれないという。 フキノトウ…蕗の薹… 子どもたちが小さいころ、正月の混雑を避けて、建国記念の日の連休に帰ったとき、一度摘ませてもらったことがあるが、それっきり。 上着をきて納屋で長靴にはきかえ、園芸鋏みと小さい籠をもってついていく。 畑の西端にある柿の木は、実がなる時期に帰らないため、長いことそれとは知らずにいた、背の高い大木だ。その根本に枯れた葉っぱがモサモサ堆積している。 あ、やっぱりある!一人で見つけられる? 私は素直にギブアップ。義母はひとつだけ指し示してくれた。枯れた葉を株の根本までたどっていけばすぐわかるわよ、と。 指し示した先に見えたのは、蕾が全くみえない、完全に苞にくるまれた、カンペキな蕗の薹。義母はあとは一人でみつけてみなさい、と言って脇で待ってくれている。 わくわくしながら、木の周りをウロウロして、みつけた中から大きめの5つを摘んだ。 四割りにして、虫にくわれていたのは苞をバラバラにして、天ぷらにしたのを晩に出した。これぞ初物よねぇ、と感動しながら、美味しいオイシイ、と早春の味を堪能した。(ほかにも帰省すると堪能できるのは、玄海灘の魚の刺身や、地鶏のささみの刺身があるが…) Tちゃんから、今から一家揃ってそっちに行くから、と電話があったのは、大人もあらかた食べ終わったころ。義母は初物を全部食べてしまったのを悔しがった。 今から家をでるなら、まだ30分はあるから、新しいのを採ってきます。もう見つけ方教わったから採ってこられます!(ハナイキ) 懐中電灯と鋏みと籠を持って、探す。昼に摘まずに残したのは、まだまだ大きくなりそうなおチビばかり。たのむ、大きいのが見つかってくれぃ! 昼は道路に面した方ばかりだったので、反対側を重点的に探し回る。…あったぁ!次々大きいのを見つけて嬉しくなる。籠に4つ入れて台所に駆け込んだ。 もうあの柿の木の周りは、蕗の薹をとりつくしただろうか。義父母が産直市場に出した初荷を買った人は、どんなに喜んで食べたかしら。 それにしても、、、採りだちの美味しさは格別だった。うちの小さいプランタ畑はいつも夏野菜ばかりだけど、家の裏の隅っこに蕗を植えたくなってしまった。
2008年01月01日
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元旦の朝は珍しく鎮守さまに朝イチのお参りに行かなかった義父と夫。ちょいと得した気分だったものの、飲みすぎで新年初日がつかいものにならないのが例年のことだっただけに、年とってきた証拠かな、と少し感傷的になる。 珍しく義父がお屠蘇の用意も忘れていたので、気を利かせたつもりで私が用意しておきます、とでしゃばったのがいけなかった。朝になって夫とMちゃんの二人にから味がオカシイと言われて、そういえばここのお屠蘇は激甘だったと思い出す。みりんを足してなんとか誤魔化した。 朝は、お屠蘇にアンコ餅を焼いたのと、黒豆、干し柿、スルメだけ。お節はお昼からというのがこの家の習わしだ。 小さい頃からあんこや甘い和菓子が嫌いで、正月の朝には毎年泣いてきたペン次だが、今年は完食。久しぶりに一緒の正月を迎えた祖父母を驚かせた。 夜はTちゃん一家が合流。子どもたち夫婦をはじめ、上は成人となる甥っこKちゃんから下はまだ3ヶ月の赤ちゃんまで、義父母の孫たち九人も勢揃いで賑やかなこと。 今回おさんどんが全然辛くなかったのは、ペン太ペン次のお手伝いがあったから。義母がよう手伝うこと、感心した、とコッソリお小遣いをくださった。二人にも、義父母にも感謝感謝の母だった。
2008年01月01日
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