ユーカリの木陰で里の行
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オーストラリアでも6月9日から晴れて学校が再開しました。ビクトリア州はシドニーのあるNSW州と比べ遅かったのですが、Year8(中学2年生)の我が家の息子も遂に通学!ちなみに大学1年生の娘の方は未だオンライン講義が続いていて、再開は後期が始まる8月からになるそう。メェは今年から晴れて大学生なのですが、コロナで大学開始が遅れまくって、やっと始まったと思った翌日にはオンライン授業。結局1日しか通学できておらず、気の毒ですわ。思い返せば3月ーコロナ騒動でビクトリア州の公立校では秋休みが1週間前倒しに、2週間のホリデーが3週間になって、ムゥの学校も3月20日からお休みに入ったのでした。うちでは3月11日に夫が亡くなって学校を休ませなくてはならないことが多かったので、彼にとってはほぼ3か月のオフ・キャンパスになってしまいました。振り返れば、長かったような、短かったような…。今回は、コロナ騒動で始まったオーストラリアのオンライン授業について書いておこうと思います。連日コロナ感染者数が報告され、社会全体に緊張が走っていた4月ー息子の学校もコロナで長くなった秋休み(日本にはないお休みでしょ。基本オーストラリアの学校はホリデーが多いのよ)が明けると、2学期開始の4月14日からは(ここの年度明けは1月末からなのね)他校同様、オンライン授業に入ったのでした。これからは毎日家でパソコン広げてお勉強ってことで、自分の小汚い部屋がオンエアされたらマズイ!?と思ったらしく、普段は縦の物を横にもしないムゥが前日、慌てて部屋の片づけをしてました(笑・でも見える部分だけね)。ムゥは喘息持ちなので、リスクが減ったぶん有難いとは思ったのですが、反面、不安も。父親を亡くしたばかりで学校に行くことまでなくなってしまったら…子どもの精神的にはどうなんだろうか?学校という逃げ場がなくなっちゃって、可哀想かも…とか。一方、先生方や学校側も急遽、オンライン教育システムを構築する必要に迫られて大変だったようで。あのころほぼ連日送られてきていた学校からのメールにもコロナ騒動と政府の要望に戸惑う悲壮感、漂ってました。高校教師をしている友達もオンライン教育の準備で楽しみにしていた秋休みも満喫できず、かなり腰、引けてましたね。ビデオ授業なんてしたことないし、ZoomもGoogleMeetsも使ったことないし、オンラインなんてわからない~~~ああ、今日もITスタッフに電話しなきゃ、と。確かに、私たちの年齢でいきなりオンライン移行は辛かったろうなぁ…。さてさて、初めてのオンライン授業。どうなることやら・・・?と思っていたのですが、蓋を開けてみれば思いのほかスムースでした。学校側も、ただでさえ大変なこの時期に、生徒や保護者に負担を掛けたくないって気遣いからか、単に手が回らなかったのか(たぶん両方でしょう)、かなり緩~~~い授業内容が組まれておりました。宿題もほとんど出なかったそうで、ムゥはオンライン授業でまず思い出すのは、体育の授業。学校によっては踊ったり筋トレしたりする先生に合わせてパソコンの前でオンラインエクササイズなぁんてところもあったそうですが、ムゥのクラスでは、勝手にお家エクサでも、通りでジョギングでも、裏庭や公園でボール蹴っても、果ては犬の散歩でも、その時間に身体を動かしさえすればOKってアバウトなカリキュラムが組まれてましたね。記録して保護者のサインを貰うようにとは言われてましたが、そのうちサインを求められることすらなくなってました。(^^;)とはいえ学校からも子どものオンライン教育にできるだけ関わるようにと再三お願いされていたので、私も一緒にエクサしましたよ。そうなの、私の筋トレはコミックエッセイの「40女でもできる筋トレ」(始めたきっかけは2019年4月のブログ⇒「エクサ、あれこれ」に)ムゥめ、大笑いしてました。それでもそんな母の健康を案じてそのうちやんわりと指導に乗り出したのでした。「ほら、ママ、腹筋ていうのはね、こうやるんだよ」などと得意げに披露しつつ「大丈夫だよ、あなたでもやればできるからねっ!」と激励するのも忘れずに。しかしそこは中2、忍耐続かず…でそのうち諦めて行ってしまいましたけど。そうそう、体育の授業中一緒に犬の散歩に出たことも今では愛しい思い出よ。私がご一緒できないときはムゥが一人で2匹を連れて散歩に出てくれたり。ジョギングがてらカフェラッテのテイクアウェイをお使いしてくれたり。いやぁ、息子の体育の授業の存在は有難かったですぅ。有難いと言えば、Food-Techの授業も。要はお料理教室なのですが、講義に混じって時々実習もあったのよ。オーストラリアの祝日4月25日のANZAC DayにちなんでANZACビスケットを焼いたり。ちなみにアンザック・デイっていうのは、第一次世界大戦のガリポリの闘いで戦ったオーストラリア・ニュージーランド軍団(ANZAC)の兵士や国のために尽力した人々の追討を行う日で(『ウィキペディア』より)、第二次大戦以降は戦争で犠牲になった兵士や国民を追討する戦争記念日なんだそうで。その代表的食べ物がアンザック・ビスケット。栄養不足の兵士たちにできるだけ栄養をとってもらおうとオート麦やゴールデンシロップを使って焼いたってことで、栄養たっぷり(カロリーもたっぷり)の1品です。野菜や玄米を使ったヘルシースイーツって課題では玄米おはぎをつくってくれたり。家にある材料で工夫してお菓子を作るってお題ではココアとアーモンドのケーキを焼いてくれたり。完成した料理は写真に撮って、レシピと実習レポートと一緒にパソコンで提出してたっけ。Food-Techの授業は午後だったので、撮影後は速やかに家族でアフタヌーンティーを。焼きたてのケーキやクッキーは本当~~~に美味しかったですぅ。ムゥ、ご馳走様でした!思い返せば、オンライン授業が始まった4月半ばはまだ事務的手続に追われていて忙しくて、ほとんど息子のサポートをしてあげられなかった…ような気がします。ほんとうに、3月―夫が逝ったころとオーストラリアのコロナ騒動は重なっていたのよ。あれよあれよという間に非常事態宣言がされて、ほとんど毎日のように目まぐるしく新しい規制が敷かれていって…。死亡届とかいろいろと公的手続きを取らなきゃならないことがあったのに、指定された機関からサイン一つ貰うことさえままならず…。医療機関どころか警察まで…「コロナで書類関係の取り扱いは一切お引き受けできません」と署のドアに貼られた張り紙を前に、立ち尽くしてしまったっけ。やっと落ち着いてきたのが5月も半ば。あのころは家族3人と2匹で朝から晩まで24時間、一つ屋根の下に篭っていました。日用品の買物や戸外でのエクササイズは認められていたので、私は買物や、たまに友達と社交エクサ(でも相手は一人きりが合法ね)で外出することはあったけど、子どもたちの方はほぼ毎日ひたすら在宅。たまには陽光を浴びて光合成でもしないと…とウォーキングに誘ったり、犬の散歩に連れ出したりはしたものの、放っておけば1週間でも2週間でも平気で家篭りしそうな勢いだった。もともと出不精のムゥなど体育の授業がなければ冬眠に入っていたことでしょう。「そんなに家にばかりいて大丈夫?ストレス溜まっちゃうよ」と案じても、「ヘーキ。家好きだから」と二人とも、どこ吹く風。でもって、オンライン授業の合間に暇さえあれば、姉弟で遊んでおりました。二人並んでSwitchやWii-U、DSでゲームしていたり、日本のテレビやアニメを見ていたり、何やら意味不明な創造的ゲーム遊びとか。気がつけば、夫が亡くなってから英語を使う必要もなくなっちゃって、二人は常に日本語、使ってました。学校に行くことすらなくなっていたので、この子たちの英語力は大丈夫なんだろーか?と本気で心配になったほどに…。それでも子どもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてくるとホッとするのでした。二人とも元気そうで本当に良かった、と。振り返ればこの時期、一番ハッピーだったのはたぶん我が家の愛犬、ポーちゃんとチャー君だったと思います。家に2匹で置いていかれることもなくなって、お散歩に連れて行ってもらえる回数も増えて、何より子どもたちの遊びにまで入れてもらえることが多くなって!いつも誰かの隣でぬくぬくと幸せそ~に寛いでおりました。ちなみに写真は、娘が撮っていたものを借りました。彼女は遊びや勉強の合間に気が向くと撮っていたようで。そうして、来週から学校が始まるという週末の夜ー息子がわざわざ言いに来てくれたのでした。こんなに長い間、家にいることができて、家族でずっと一緒に過ごすことができて、良かった。すごく幸せだった、と。思わずグッときてしまいましたよ。それからハタと気づいたのですが、3歳からモンテッソーリスクールに通い始めた二人。実際、物心ついてからこ~んなに長く家にいたことはなかったのよね。ふっと夫が最期のころに言っていた言葉が思い出されたのでした。「仕事ばかりしてないで、もっと家族と一緒に過ごせば良かった。もっと子どもたちと一緒に過ごしたかった」、と。そんなことを思い出してしまったら、この子どもたちと一日中家で一緒に過ごすことができた3か月間がとてつもな~く貴重な時間に思えてきたのでした。父親が亡くなったばかりで学校という別の世界までなくなってしまったらそれこそ逃げ場がなくなっちゃって、嫌でも家族の死にどっぷりと向き合うことになるのかも…?そうなったら可哀想だな…と子どもたちのメンタリティを心配したこともあったけど…。大切な家族を失ってしまったこの時期だからこそ一緒にいられて、本当に良かった。一緒に暮らす家族であっても、一緒に同じ空間にいられる時間は限られているから、毎日、一期一会の心ですね。さて、息子の学校が始まって1週間が過ぎましたが、元気に登校してくれています。3か月着なかった間に制服のズボンの丈が短くなっちゃって。ああ、今この子は成長期の真っ只中なんだなぁと、しみじみ。もうすぐ声変わりとかもするんだろうなぁ…。一緒に過ごせる時間の尊さを噛みしめつつまだ甲高い声を聞きながら今朝も息子を学校まで車で送ってきたのでした。それにしても、一日も早く治療法やワクチンが開発されてほしいものです。コロナ問題が速やかに終息しますように。にほんブログ村に参加しています。応援クリックをよろしくお願いいたします(^^♪にほんブログ村 [マックあつこの著書]『Tamagoー39歳の不妊治療』えっ、不妊症!? ミラー月子はたまご時計に急かされながらベイビーを夢見て先の見えない旅に出た。メルボルンからアラフォー妊活小説『Tamagoー39歳の不妊治療』 Kindle電子書籍『Tamagoー39歳の不妊治療』単行本『インスタント・ニルヴァーナ』もしもあなたの大切な人がカルトの罠に嵌ってしまったら? マインドコントロールの鎖は密かに繋がれてゆく。サスペンス長編3部作『インスタント・ニルヴァーナ 上巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 中巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 下巻』 Kindle電子書籍[Ako Mak 英語の著書]『Someday, IVF at 39』‘Someday, IVF at 39’ ―poignant, humorous and mysterious― a cross-cultural odyssey for motherhood.『Somedsay, IVF at 39』 英語版Kindle電子書籍『Someday Baby: IVF at 40』単行本[マックあつこのHP]マックあつこのHP Ako Mak HP
2020.06.19
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