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5月第2週の日曜日ー夫が逝ってから迎えた初めての母の日でした。 子どもたちが小さかったころは近所のレストランでマザーズデーランチを楽しんだものですが(当時のMother's Day日記はこちらから⇒2010年「マザーズデーとわが家への帰還」、⇒2011年「今年もHappy Mother’s Day!」、⇒2012年「手作りが嬉しいマザーズデー」)、ここ数年は紅葉に彩られたダンディノン山まで足を延ばして山のレストランでマザーズデーランチを取るのが習慣になっていました。 だけど運転の苦手な自分、そんな遠くまで運転するなんてとても無理だから、もう行くこともないだろうなぁ…。と思えば、そのダンディノン山で迎えた去年の母の日が、夫の例年「らしからぬ」行動とともに思い出されて…。 レストランの予約までは時間があったので、いつものように紅葉を楽しみ、お気に入りの町Sassafrasをぶらぶらと。子どもたちと夫がおもちゃ屋を覗いている間に、私はニューエイジショップをひやかして。またおもちゃ屋に戻ってみると、子どもたちがお店の袋を抱えてました。13歳 (当時) の息子ばかりか17歳の姉の方まで!この店は二人の好きなデジタルゲーム系とは無縁の、木の温もりや素朴な感じが幼児や児童に嬉しい、多少お高いけれど素敵なおもちゃ屋さんなのですが、ティーンネイジャーのあなた方が一体ここで何をお求めに? 「えっ、それ…?だいたいお小遣いそんなに残ってたっけ?」 「ううん、ダディンに買ってもらった」と下の子。「だって何か買ってあげるから欲しいものはないのかって、ダディンが…」と言い訳するように娘。 ダディンが…おもちゃ屋でって…、なぜっ!? 私が問うより早く「えっ、ニューエイジショップで何も買わなかったの…」と、なぜか失望したように夫(いつもなら「え~、買ったのぉ!?」)。「他の店も見れば何か欲しいものが見つかるかもよ」、と。 結局、子どもたちからも「母の日なんだから」とせつかれてもう少しお店を冷かしてみることにしたのですが、いつもなら子どもたちに付き添って公園へ行く夫が、なぜかこの日は私の後を付いて来る。どうせなら一人でゆっくり見たいのに、金魚の糞よろしく傍らを離れず。私が選んだイヤリングも奪うようにしてレジに並んでしまったのでした。「今朝、母の日のプレゼントなら貰ったし、別に自分で買うからいいよ」って呟きは無視して。 そうしてレジから戻った夫はプレゼント用に包装してもらったそれを手渡すと、ほっとしたように、一言。「良かった、これでみんなにプレゼント買ってあげることができた」と。さも安心したかのように。というか、どこか切羽詰まったような感じで…。 それが、自分が家族に何かをしてあげられる最後の母の日になると、来年のマザーズデーまで自分は生きることができないとあたかも知っていたかのように。人は潜在意識レベルでは自分の寿命をわかっていると言いますが、あのとき夫は、どこか意識の深いところで自分の死期を知っていたような気がします。 実際それが、家族4人で迎えた最後の母の日になったのでした。今年の母の日は家族3人(あ、愛犬ポーポーとチャールスもですね)自宅でゆったりと過ごしました。 どのみちコロナ騒動でビクトリア州は不要不急の外出禁止。レストランもカフェもパブも客席はしっかり閉鎖され、テイクアウェイのみ!と厳しいSocial Distance社会的な間隔規制が敷かれていたので、ダンディノン山のレストランなんて「ありえへん」世界なわけだしね。 お昼には子どもたちがマザーズデーランチを作ってくれて、アフタヌーンティーにはキャラメルプディングまで!子どもたちとお喋りして、映画を観て、夜は飲茶のテイクアウェイを楽しみ、と母の日の特権を満喫した、その夜― 明日は車を年に一度の点検に出さなくてはならないので、車屋には夫の鍵を預けようと久しぶりに夫の部屋に入って、生前に夫が鍵や財布を入れていた卓上の棚をあけ―固まってしまったのでした。 そこに、トンボとイモリの雑貨が入っていたから。 革ひものついたイモリのペンダントと、トンボが絡みつくように並んで、車のキイの隣に置いてあったのよ。良く見るとイモリだと思ったそれはワニだったのですが、私の目頭は既に熱くなっていたのでした。 「はあ?」とか「だから、何?」とか当然思われるでしょうが、私にとってトンボとイモリには特別な意味があるもので。 誰にでも守護霊様や氏神様がいるように、Guardian Animal God守護動物霊がついているともいいますが、私にとって、トンボはスピリチュアルワールドからのメッセンジャーなのでした。 トンボを自分の守護動物霊(って、昆虫だけど)かもしれないと思うようになった切っ掛けはブログに書きましたが(⇒「トンボですか…!?」2010年7月の日記に)、あれから十年が経って、今では自分でもそうなんだろうと思い込んでいます。だってほんとうに絶妙なタイミングで現れるんだもの。あたかも「大丈夫だよ」と励ましてくれているかのように。 そうしてイモリは、たぶん夫の守護動物霊で。 そう思うようになった切っ掛けは去年の年末―その一月ほど前に主治医からクリスマスまでは生きられないだろうと言われたもののそれなりに元気に(?)自宅で生活していたのですが、 「寝室にイモリがいる」 突然そんなことを言い出したのでした。 「え、イモリ~!?」「そんなもんが家にいるなんてあり得ない~~~イヤだ、どうしよう~~~!」と子どもたちはビビっていたけれど、私は大方、夫が寝惚けて見間違えたのだろうと、スルー。 それからも夫は時々「家にイモリがいる」と言うようになって、なんでも夜中に目を覚ますと、そこにイモリがいるんだそうで。イモリはたいてい同じ場所、天井付近の壁時計と仏像の写真をかけた辺りの壁を這っているんだ、と。 でもメルボルンに移住して四半世紀になるけれど、イモリなんて見たこともないし。だいたい私たちの寝室の窓は前庭に面しているので開けたこともないのに、一体イモリがどこから入って来るっていうんだろか? そのうち私は、夫が幻覚を見ているのだろうと思うようになりました。癌の苦痛緩和剤でモルヒネ系の薬品も服用していたので、その副作用かもしれない、と。もしくは、お迎えがきているのかもしれないなぁ、とか。 ほら、医療関係者も言ってるでしょ。死期を迎えた患者は、亡くなった親しい人の幻覚を見ることがあるって。夫も霊的に存在する何かを見ているのかもしれないわけで。でも過去に本人、イモリを飼っていたなんて話は聞いたことがないから、亡くなったペットのイモリ霊というよりも、もしかするとイモリは夫の守護動物霊なのかも…。霊界からのメッセンジャー?とか? そうこうするうち子どもたちまでイモリを見たと証言するようになって、イモリが実在する生身のイモリである可能性が高くなってきたのでした。じゃあ、イモリめ、いったいどこから?? 霊的存在などではなく、どうやら現実に存在するらしいと、私も本気でイモリ問題を憂い始めたとき(その対策を思えば、むしろイモリ霊であって欲しかったゾ)、遂に私もイモリを目撃した!?のでした。 夏だったのでまだ外も明るい7時ごろ、柔らかな夕方の陽光が差し込む寝室の天井近く、夫が言っていた壁の辺りに、果たしてイモリはへばり付いていた!のでした。思ったよりも大きくて、14、5センチはあったかな? え~、本当に我が家にいたんだ、イモリ…(ちっ)夫の幻覚じゃなかったんだ…(くそっ)。 「どうしよう?」と子どもたち。 どうしよう?と問われても、虫であれば大きめの容器と厚紙を使って容器の中にそっと捕獲して裏庭に出すのですが、なにぶんイモリは長過ぎて、捕獲用に使えそうな手頃な容器も見つからず。しかもあの位置では梯子にでも登らない限りとても届かない。 「どうしようかねぇ…」 複雑な思いで見上げている私たちをよそに、イモリは身じろぎもせず壁に貼り付いておりました。とりあえず今はこのままそっとしておこうという話になったものの、だんだんと心配になってきた。 やっぱり、このイモリ、うちに住み着いているんだろーか?だとしたら、食事はどうしているんだろう?だいたい飲み水は?もしかするとこの子、どこからかここに入り込んだものの、出るに出られず困っているのかも…このままだと飢えて、そのうちミイラ化して、イモリの干物に…ひぇ~~~ イモリに餌を上げるのは難しそうだったので(だって餌って、虫?)とりあえず水だけでもあげることにしました。イモリでも背が届きそうな平たいプラスチック容器に水を入れて、はて、どこに置こうか床に置いたんじゃ我が家のチョロ犬2匹に倒されそうだし…。 結局、イモリが貼り付いている壁時計の下にある箪笥の上が一番良いんじゃないかって話になったのですが。いかんせん、私の胸の高さほどのその箪笥の上には、ラマ・ゾパ・リンポシェや僧侶たちから頂いた小さな仏舎利塔や仏陀や観音像の写真を飾ったプチ祭壇になっているのでした。隅っことはいえ、そこをイモリの水飲み場にしていいものか??? 抵抗はあったものの、他に置き場所もなく―結局、イモリ信仰のお供え水にならないよう祭壇との境に念で結果を張ってから(笑)、イモリの水を置きました。それから天に、イモリがこの部屋から無事に出られるよう助けて欲しいと祈ったのでした。 ついでに、もしもイモリが夫の守護動物霊、天からの遣いであるのなら、そのサインを送ってほしい、と。そのイモリが何か病気の夫と関係しているような気がしてならなかったから。 果たしてその翌日、夫のすぐ下の弟が、イモリが描かれたアボリジニ画のプリントされたTシャツを着て、お見舞いに現れた!のでした。 それからは、いわゆる思い込み心理も手伝ってか、イモリやワニグッズにやたらと気がつくようになって。というか、我が家にはイモリやワニの雑貨が思いのほかたくさんあったのよ。 そういえば、結婚前に夫が、自分は子どものころワニが好きだったので、未だに家族がワニやトカゲやイモリ関係の雑貨を贈ってくれるのだと苦笑していたことがあったっけ。イモリとワニでは実物は雲泥の差がありますが、キーホルダーやペンダントにしてしまうと見た目、大して変わらないのよねぇ。 あのころ夫は、夜中に痛みで眠れず目を覚ますと、そこにイモリがいるのだと言っていたものでした。ちょうど彼の正面、介護ベッドを置いた向かいの壁の天井付近、壁時計とブッダガヤの仏像の写真の上辺りにいつも出没するのだ、と。今思い出しても、あのイモリの居た空間はどこか異次元じみていました。 たぶんイモリは、苦しんでいた夫を見守っていたのだろうと思います。大丈夫だよ、と励ましてくれていたのだろう、と。 イモリに水を上げたその夜以来、イモリはぴたりと現れなくなりました。家族の誰ももう目撃することもなく。 以来、イモリは夫の守護動物霊、天界からのメッセンジャーなんだろうと思うようになったのでした。 そうして母の日の夜、そのイモリが(正確にはワニだけど)、夫の貴重品を入れておく引出しの中、財布と鍵の隣に、トンボと並んで寄り添うように置かれているのを発見したのでした。 アクセサリーの類は結婚指輪以外つけたこともなかった夫が、ワニのペンダントを貴重品の引出しに入れておいたこと自体、意外でしたが、トンボに至っては、ペンダントやキーホルダーでさえないのに!どうしてこんな物を貴重品の引出しの中に???そりゃ私が話したから、トンボが私にとって特別な存在であることは、夫も知ってたけど…。 途端にトンボとイモリ(あ、ワニか)―寄り添うように並んだ二つの姿が切なく心に迫るのでした。 もしかして夫は、自分が亡くなった後、いつか私がこの引出しを開けることを思っていたのかも… するとそれが、今年の母の日の夫からの贈り物のような気がしてきたのでした。 それにしても、トンボとイモリのカップリング…いかにもちぐはぐな夫婦だったなぁ。と。 それでも―子どもたちを授かって、一緒に大切な家庭を育むことができたのだから。瞑想や仏教に興味のあった私に付き合ってくれて、一緒に法話やリトリートに参加してタントラ行も積んでゆくことができたのだから。十分だよね。ありがとう。 夫の魂が不自由な肉体を抜け出せた今、ペンダントのワニを縛り付けていた黒い革紐は外して、自由にしました。 もはやペンダントでもキーホルダーでもないワニとトンボは、私の書斎の本棚に置かれています。温かい気持ちにさせてくれる思い出の品として。 にほんブログ村に参加しています。応援クリックをよろしくお願いいたします(^^♪にほんブログ村 [マックあつこの著書]『Tamagoー39歳の不妊治療』えっ、不妊症!? 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2020.05.23
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先日ブツフレ(仏教友達)キム姉からOne day Long-Life Retreatのお誘いが届きました。明日オンラインでラマ・ツォンカパ長寿行の1日リトリートがあるから一緒にやらないか、と。5月3日早朝6時からネパールのマラチカにある僧院で、コロナ・ウィルスの鎮静と治癒を願って、密教リトリートが開催されるのだそうで。頼めば亡くなった方のご祈祷もしてもらえる、とのこと。世界各国オンラインで、自宅から同時に参加する密教リトリート。コロナ騒動で、学校や仕事の大半がオンラインに移行してしまったこのご時勢(日本ではテレワークって言うんですよね)、密教徒なら、やっぱオンライン・リトリートですよね(笑)。日曜はゆっくり家でブログ書いて映画観て・・・と思っていたのですが(まあ、いずれにしても場所的にはオーストラリアでも外出規制の厳しいビクトリア州、家にいるしか選択肢もないのですが…)、確かに、夫の供養にもなりますし。何より、久しぶりに耳にしたリトリート!って言葉に、心が弾んでしまいました。家族の不幸やコロナ騒動ですっかり忘れていましたが、今年はラマ・ゾパ・リンポシェの密教リトリートに参加しよう!と思っていたのでした。2年前に参加したリンポシェの密教リトリートのことはブログに書きましたが(⇒「山の行より里の行」2018年4月の日記と、⇒「キャンプdeリトリートと夢見」2018年5月の日記に)、リンポシェは2020年もオーストラリアにいらっしゃることになっていて、3月21日から4月18日ベンディゴのアティーシャ寺院でリトリートが予定されていたのでした。私も子どもたちを連れて10日ほど参加しようと今回は寺院のテントまで予約していた!? のですが、それが3月の頭にコロナ騒動で急遽キャンセルになってしまって…。娘など、リトリート最終日のLong Life Puja長寿の法要でダキニの舞を踊るダキニ役が決まっていたので張り切って神事の舞踊の練習をしていたし…。息子も初めてのキャンプ(?)リトリートを心待ちにしていたし…。今回リンポシェはメルボルンのチベット寺院にも足を延ばしてくれることになっていたので、もしかしたら夫も1時間だけでも参加できるかも・・・とか期待に胸を膨らませていたのですが…。あ、でも考えてみれば、今年は年明けからインドで行われたダライラマ法王の5日間リトリートにオンラインで家族揃って参加していたのでした。あれは自宅ではなくメルボルンのチベット仏教寺院からでしたが(よろしければ、そのときの日記⇒「家族でダライラマ法王と迎えた年明け」も)、オンライン・リトリートは、今回が初めてじゃあないわけで…。実際、そんな昔のことでもないのに、あれからいろいろあったせいか、なんだか遠~い昔のような気もしてしまいます。。。話が逸れてしまいましたが、早速、書斎の瞑想空間にノートパソコンを設置して、オンライン・リトリート場をつくりましたよ。で、明日の朝は6時開始だから5時起きだな、とか張り切っていたら、それはインド時間で。。。時差でメルボルンは10時半からでした。とにかく、やってみました、初めての自宅でオンライン密教リトリート!パソコン画面に映し出されたのは、年明けに開催されたダライラマ法王の大規模なリトリート会場とは一線を画し、いかにも小狭そうな一室に置かれた簡素な祭壇で。その傍らに白人の若いチベット仏教僧が一人ぽつんと座っていました。ネパールもコロナ騒動で厳しい外出と社会的距離間の規制がかかっているのだそうで、部屋にはお坊さんや尼さんが数人いるだけのようでした。リトリートをガイドしてくれたのはこの若いお坊さんVen. Namjongさん(なんて発音するんだろう、ナムジョンさん?)。発音から察するにアメリカ人だと思うのですが、100%ネイティヴ・イングリッシュ・スピーカーの説法はチベット訛りの英語を聞き慣れた耳にはやはり聞き取り易かったデス(苦笑、自分の英語を棚に上げてすみません!🙇)。最初のセッションは「Transforming a Suffering Life into Happiness―日々の苦悩を幸福に変容してしまう生き方」。この行は私もしたことがありますが、ものすご~くパワフルなタントラヨーガ。気を抜けば自我に捕らわれ生活している普段の心を菩薩の心に変容させてから1日を始めようとする動機付けのための密教行です。久しぶりにやってみて改めて思いました。毎朝、起き抜けにこの行をしてから1日を始めるならどれほど素晴らしい人生を送れることだろうか、と。続く朝のお勤め行のクオリティも遥かに高くなりそうです。そうは思っても30分はかかってしまうので実行は難しそうだけど、せめて週1くらいなら…。その後のLama Chopa行は、手元に教典がなかったので、私は聴きながら瞑想していました。それにしても、ネパールは小鳥が多そうデス。ナムジョンさんの背後で揺れていたカーテンの隙間からいろんな小鳥のさえずりが爽やかに聞こえてきて、和まされました。草原か、ヒマラヤ山脈か、町並みか、窓の向こうにどんな光景が広がっているのかはわかりませんが、小鳥のさえずりにのってゆったりとさざ波のように平和な空間が私の小さな書斎にまで流れ込んできたのでした。行の後、ナムジョンさんの思い出話も印象的でした。コロナ騒動の鎮静化と治癒を祈って法要をしたときにラマ・ゾパ・リンポシェがナムジョンさんたち僧侶に聞かれたそうです。どれだけ仏陀の教えを真剣に受け止めているか、と。世界中がコロナ・ウィルスに怯えている。目に見えないそのウィルスを予防するために人々は政府や医師団の言葉を守り、手を洗い、うがいをして、マスクをして、外出を控えている。では、カルマはどうなのか?ウィルスに感染することを予防するように、どうして負のカルマを積んでしまうことを恐れないのか?信じる信じないに関わらず、あなた自身の今日の言動が自分の未来をつくっているというのに、どうしてそのことには鈍感でいられるのか?と。リンポシェに問われてナムジョンさんはハッとしたそうです。確かに、自分はもう1月以上も僧院から1歩も外に出ていない。政治家の指示や医者のアドバイスを忠実に実践して、小まめに手を洗って、うがいをして、ウィルス予防に努めている。一方、Dharma(仏法)行の方は?何ていうか…、ああ、釈迦牟尼仏陀さん、自分を守るためのアドバイスをどうもありがとうございます。カルマの法則とか、そのうちゆっくり考えてみますね的に。僧になってからでさえ、自分は今回のコロナ対策くらい忠実に実践してきたと言えるのだろうか?実際、コロナで亡くなる方もいる。だけどコロナにかからなくても、いつの日か人は必ず死ぬ。それは絶対に避けられない自然の理であって、カルマの法則は今この瞬間にも作用し続けているのに果たして自分は本当にそのことを意識しながら行動しているのだろうか?と。そう話してくれたナムジョンさんの言葉は私の心も打ったのでした。このセッションの最期にしたREJOICEの行も心に残っています。Rejoice、Joyous Effortは六波羅蜜の一つ、精進。善行を喜びながら精進してゆくという行です。ナムジョンさんの誘導で、How Wonderfulと喜びの瞑想をしました。自分は今日みんなと一緒に自宅でこのリトリートに参加している、なんて素晴らしいんだろう!コロナ騒動の解決と人類の平和を祈って、このセッションに参加している、なんて素晴らしいんだろう!どんどんどんどん、自分のこれまでにしてきた善行を思い出しては、How wonderful! How wonderful! How wonderful! と喜んでゆく。そうしてそれがどれほど尊いことか。それを可能にしてくれた周囲の環境や人、全てのご縁に感謝してゆく。それらがいかに得難く貴重なことであるかをHow Precious! How Precious! How Precious! と改めて感謝し続ける。続けてゆくうち、いつしか心は軽く、澄んだ青空のように晴れ晴れと、広々と限りなく透明に広がってゆくのでした。瞑想を終えて、改めて思いました。夫の火葬やお葬式の手配も終わらないうちにオーストラリアでも「Covid-19コロナ・ウィルス」の悲報が続き、スーパーではパニック買いから商品が消え、 と驚いている間に非常事態宣言が発動されて、あっという間に数々の社会規制が敷かれてゆきました。降って湧いたようなコロナ騒動に圧倒されて、いつの間にか毎朝、起き抜けにTVをつけてニュースに耳を傾けるのが習慣になっていました。そこで毎朝更新される世界のコロナ感染者、死亡者数。その途方もない数字を聞いているだけでも心はドッと暗くなってくる。先の見えない不安で気持ちも萎え、重くなっていったのでした。もちろん、これらの情報は無視できない貴重なもので、実際この瞬間にもコロナで苦しんでおられる方は大勢いるわけで。でもだからといって私が自分の心を委縮させていてもなんの益もないわけです。自分にとっても、子どもたちにとっても、周囲にとっても。ともすれば心がふさぎがち悲観的になりがちな今だから、Rejoiceの行や瞑想はとりわけ有益だと改めて実感しました。何も瞑想クッションに座らなくても、気づいたときに、ほんと3分間でもいいから毎日実践してゆこう、と。リトリートはインド時間で午前6時から午後7時半まで、1時間半ごと4セッションでした。結局、私が参加したのは午前中(インド時間で)2セッションだけでしたが、50か国近くから参加されたそうです。世界各地でオンラインでつながって、一斉に瞑想して、マントラを詠唱して、祈祷して行をする。一緒だからもっとパワフルなリトリートができて、私も人生から一休みさせてもらえました。後で、リトリートが行われたチベット仏教寺院を探したらMaratika僧院という美しい洞窟で有名なお寺でした。こんなところで瞑想できたら素晴らしいだろうな~。僧院のHPで写真がご覧いただけますよ。⇒ https://maratikamonastery.org/「にほんブログ村」に参加しています。応援クリック、よろしくお願いいたします(^^♪にほんブログ村 [マックあつこの著書]『Tamagoー39歳の不妊治療』えっ、不妊症!? ミラー月子はたまご時計に急かされながらベイビーを夢見て先の見えない旅に出た。メルボルンからアラフォー妊活小説『Tamagoー39歳の不妊治療』 Kindle電子書籍『Tamagoー39歳の不妊治療』単行本『インスタント・ニルヴァーナ』もしもあなたの大切な人がカルトの罠に嵌ってしまったら? マインドコントロールの鎖は密かに繋がれてゆく。サスペンス長編3部作『インスタント・ニルヴァーナ 上巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 中巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 下巻』 Kindle電子書籍[Ako Mak 英語の著書]『Someday, IVF at 39』‘Someday, IVF at 39’ ―poignant, humorous and mysterious― a cross-cultural odyssey for motherhood.『Somedsay, IVF at 39』 英語版Kindle電子書籍『Someday Baby: IVF at 40』単行本[マックあつこのHP]マックあつこのHP Ako Mak HP
2020.05.08
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