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『オットーと呼ばれる日本人』木下順二(講談社文庫) まずは『夕鶴』の話から。 これも今となっては昔の話ですが、山本安英さん演じる舞台を見に行きました。 すでに名演の評価は高くなっていましたので、私は十分に期待をし、わくわくした思いと共に観劇に臨みました。 私の知人に、カラヤンが日本に来た時のコンサートに行ったヤツがいますが、そいつは演奏の始まる前からひどく感激して極度の興奮状態に陥り、とうとう嘔吐してしまったという、まー、冷静に考えたら「すかぽんたん」ですわね。 私の場合も、それほどではありませんが、まるで何か『夕鶴』の舞台の上にミューズが直接舞い降りてくるかのごとき加重な期待をし、その結果、いい舞台だったですが、当然ながら加重な期待ほどのものではなかったという、もちろん私の心得違いのせいの結果に終わりました。 何事もほどほどが大事であります。太宰治も言っていますが、ほどほどの兼ね合いが私もいまだできないでおります。 ところで、『夕鶴』の舞台ですが、その時「群読」を一緒にやっていまして、こちらの方はとても迫力があったのを覚えています。(今、落ち着いて考えてみたのですが、きっとこの群読の方が先に演じられ、それがとってもよかったものだから、私は次の『夕鶴』にますます期待を高めたのだと思います。思わぬ仇ですなー。) しかし、あれは、本当によかった。 さて、木下順二戯曲ですが、私も民話を題材にした作品をいくつか読みましたが、私としましては、何か少々物足りないものが残った印象が続きました。もっとも、戯曲と実際の舞台との差はありましょうが。 そして今回の『オットー…』も、そんな若かった頃一度読みました。 今、この作品が初めて世に出た年を調べてみたら、1963年(昭和38年)なんですね。……うーん、全く、隔世の感がありますねー。 何が特に「隔世の感」かと申しますと、それは「政治と文学」についてです。 「政治と文学」 まー、この頃は何といっても、例えば安部公房とか大江健三郎なんかが、ばりばりの現役で絶好調の頃ですものねー。 この木下順二の作品が、ほぼ完璧に正面から共産主義を扱った戯曲であったとしても、何ら違和感はなかったのかも知れません。 しかし、それからちょうど半世紀が過ぎて、単独に本作だけを改めて読んでみれば、その政治への深入りの仕方に、ほとんど読んでいてついていけないものを私は感じました。 本作の構造は、かなり端折ってまとめてみればこんな感じですかね。 もはや軍国主義となってしまった祖国がこのままでは崩壊してしまうと考える主人公が、国家としてより優れていると確信する共産主義国家に祖国を変えるため(共産主義革命ですね)、祖国の機密情報をソビエトに流します。 その時の主人公の行為は、愛国的なものか否か。 ……わたくし思うのですが、どうなんでしょう、それが愛国的なものか否か以前に、もはやこういった問いかけ自体が、現代文学にほとんどそぐわないのではないでしょうか。それともそんな感じ方が「ひよった」見方なんでしょうか。 例えば、主人公の最後の台詞はこうなっています。男 ぼくはこれまでの行動について、一つだけぼくにいえることは―― ぼくは、オットーという外国の名前を持った、しかし正真正銘の日 本人だったということだ。そして、そのようなものとして行動して きたぼくが、決してまちがっていなかったということ、そのことな んだ。 これは感動的なラストシーンなんですが、このように作品内で、政治と文学が真正面から切り結ばなくなって、どれほどになるのでしょうか。 政治と文学がほぼ併走していた時代が、かつて間違いなくあったはずなのに、今では両者は遙かに隔たった場所に散り散りにいます。 文学に民衆を動かし得る力はなくなって既に久しく、文学に政治的能力はもはやありません。 一方政治にも、そこに人類を幸福に導く可能性があると考えるものはもはや皆無で、政治に文学的魅力はほとんどありません。 ひょっとすると、高度市民主義社会とはそんな構造を持つ社会なのでしょうか。 もしも本当にそうなのなら、歴史的発展とは一体何の意味のあるものなんでしょうか。 いえ、歴史に意味を求めること自体が無意味だという考え方のあることは、私なりに承知しているつもりではあるのですが……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.28
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『パノラマ島奇談』江戸川乱歩(春陽文庫) 「テーマ・パーク」ってのは、もちろん今でも人気なんですよね。 ただ、かなり人気が偏っているんですかね。関東平野にある大きい所が一人勝ちだというのを聞いたことがありますが、関西地方居住者としましては、大阪の方のも頑張って欲しいものです。 ところで「遊園地」という言い方は今でもするんですかね。「遊園地」と「テーマ・パーク」は、どこが違うんでしょう。 こだわりの方々にとっては、両者はまるで別物なんでしょうか。そしてそうだとしますと、今回報告する「パノラマ島」というのは、きっと「テーマパーク」の方でしょうね。それも、1927年(昭和2年)に発表されたという。 先日、江戸川乱歩作品の想像力ということについて本ブログで触れまして、少しそのことが気になっていました。 というのは、その時私は『パノラマ島奇談』に触れなかったからで、なぜ触れなかったかと言いますと、申し訳ないながら読んでいなかったからです。 じゃあさらに、読んでいなかったのになぜ、この作品が乱歩の想像力の質に関係がありそうだと考えていたかと言いますと、たぶんお二方の先人の文章等を読んだからであります。 一人は三島由紀夫。確か、谷崎潤一郎の作品との比較の中で、本作に触れていた文章を読んだような気がします。 もう一人は、上記に「文章等」と書きましたが、手塚治虫の漫画に書かれていたのを私は読んだんですね。手塚治虫は、自作『鉄腕アトム』の「ロボットランドの巻」と、かなり昔ハリウッド映画にあった『ウエスト・ワールド』とを並べ、そして本作を重ねて、乱歩の先進性について述べていました。確かに、昭和2年ですものね。 ということで、これは読まずにはおけまいと思いまして(まー、さほどでもないですけれど、この文庫本を以前買ったまま放ってあったことを思い出しましたもので)、読みました。 やはり面白かったですね。さすが乱歩。この何とも歪な構成・内容が、いかにも乱歩ワールドでありました。 上記に触れた「乱歩作品の想像力の質」というのは、現実にない物を描く想像力というテーマだったんですね。そして本作において乱歩は、大いに健闘していると私は思いました。 いえ、ぱっと見は、とても安っぽいんです。まるで、場末の舞台の書き割りみたいなんです。ただ、私は二点について「さすが乱歩」と思ったんですね。 一つはその描写のしつこさであります。粘着力。安っぽく芝居の書き割りのように見える描写であっても、次々にこれでもかこれでもかと差し出されますと、それがまるで脳内物質ドーパミンみたいな働きをして、「ランニング・ハイ」状態みたいになってくるんですねー、実にえらいもんです。 (ついでに、乱歩の一見華麗さを欠いた無骨な文章が、まるで単調に繰り返される永久機関のように流れたゆたい、この脳内物質作用を増幅させるんですねー。) そしてもう一つの要素ですが、例えば乱歩はこんな描き方をしています。 主人公の妻が初めてパノラマ島の中を案内され、驚き、感心し、見とれ、そして最後には激しい恐怖を覚えるという場面です。 そして、そのけしきそのものよりも、もっともっと彼女を震え上がらせたのは、この大グモの花火をも、彼女はいつかの経験のうちで見ていた、あれも、これも、すっかり二度めだという意識でした。 こういう初見の景色であるはずのものを、以前にも見たように思う感覚は「既視感=デジャビュ」っていうんですよね。そしてこのデジャビュに伴う「違和感」。この使い方が、乱歩はとても上手だと私は感じました。 本書には、表題作の他にも数作の短い小説が収録されていますが、その中にもこんな描写があります。 「アップク、チキリキ、アッパッパア……アッパッパア……」 お下げをほこりでお化粧した女の子たちが、道のまん中に輪を作って歌っていた。アッパッパアアアア……という涙ぐましい旋律が、かすんだ春の空へのんびりと蒸発していった。 この「アップク、チキリキ…」という旋律がまた、なんとも言えずノスタルジックですね。こういう、琴線にさっと触れるフレーズというのは、理論なしの気づいたもの勝ちという側面があって、なぜか心惹かれるという乱歩作品には、必ずこんな直感力が描写の中に宿っています。 それにしても、パノラマ島の描写が、芝居の書き割りのようであるというのは、少し考えてみますに、それが人工物の描写であるからでしょうか。 以前乱歩の想像力について触れたブログ記事で、並べて取り上げたのは、澁澤龍彦の描く貘の糞の描写、谷崎潤一郎の描く世にも奇妙な食べ物の味、そして太宰治描く竜宮城の風景でありました。 これらは、まぁ一応は「人工物」らしくない物ですね(谷崎のは微妙ですが)。 乱歩だけがなぜ人工物を描いたのでしょうか。 もちろんそれは乱歩の嗜好によるものが大でしょうが(そもそも乱歩って玩具のような人工物嗜好ですよね)、少し穿って考えますと、乱歩の時代には自然物に対する人工物への信仰が広くあったような気がします。つまり、人類の文明に対する信頼が。 ……だから、なんですかねー。 何がって、現代に第二の乱歩が現れない理由であります。 我々は既に、無邪気に文明信仰に浸るには、あまりに文明によって傷つけられています。文明に対する期待は、もはや我々は持ちようがありません。 だとすれば乱歩のノスタルジィとはつまるところ、よき時代の人類文明への信仰の「裏返し」なのかも知れませんね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.24
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『牡丹燈籠』三遊亭円朝(岩波文庫) 最近、夜のニュースくらいしかテレビを見ないもので、どんなテレビ番組が放映されているか、ちっとも知らないんですが、あれはまだやっているんですかね、あれは。 それはそれは、ずーっと、ずーっと昔の話です。なにせ、白黒テレビですから。 (今、何かの拍子に大昔の白黒テレビの画面を見たりすると、本当に「大昔」という気がしますが、記憶の中のそのころの番組、例えば「スチャラカ社員」(何、その番組? とお思いの貴兄、気になさらないでください。)とか、「てなもんや三度笠」(あ、これなら知っているとお思いの貴兄、ご協力ありがとうございます。)とかの画面を思い出すと、なんかビミョーに色が付いていたような気がしません? いえ、きっと錯覚なんでしょうが。) 土曜日の午後あたりですが、関西圏ですからたぶん今でも「吉本新喜劇」はしていると思いますが、今回私が話題にしたいのは、すっごく素朴な形でそのころ結構たくさん放送されていた漫才とか落語とかのことなんですね。 ほとんど何の手も加えていないような感じで、素材そのものをボンッと投げ出したように放映されていたやつです。きっと、番組作りのノウハウとかもなく、予算なんかもほとんどなかった時代だったんでしょうね。 とにかくそんな漫才・落語の「原型」を小学校低学年の頃から、まー、毎週見ていたわけで、これは、このー、やはり「刷り込み」が行われるわけですねー。 おかげで現在も、漫才・落語は私のフェイバレットの一つなんですが、息子が大学生になって落語研究会に入部するに及んで、我が家では、なんといいますか、「マイブーム」を越えて、日常生活の中に溶けこむに至っています。 かくて角川文庫の、あるいは講談社文庫の『古典落語』は、親子二代にわたってむさぼるように読まれました。実はこの手の本は、やはり中央=東京指向で、上方落語は一部分でしかなく、ほとんど実感のわかない「べらんめえ」口調のものを読まされるんですが、まぁそれはそれで、面白かったです。 さて、わたくし、そもそもそんな素地のあるところに、今回の本を読みました。 いやー、感心しましたねー。 「伴蔵お前先へ入んなよ。」 「私は怖いからいやだ。」 「じゃアおみねお前先へ入れ。」 「いやだよ、私だって怖いやねえ。」 「じゃアいい。」と云いながら中へはいったけれども、真暗で訳が分からない。 「おみね、ちょっと小窓の障子を明けろ、萩原氏、どうかなすったか、お加減でも悪いかえ。」と云いながら、床の内を差覗き、白翁堂はわなわなと慄えながら思わず後へ下りました。 どうですか。まず、この文章の完璧に口語表現であることに驚かされますよねー。 それはこの本の出版が明治10年であることを考えますと、まさに圧倒されんばかりであります。 だって、坪内逍遙の『小説神髄』が明治18年、二葉亭の『浮雲』が明治20年ですよ。驚かざるを得ません。 (もっとも、江戸時代後期の作品、例えば式亭三馬なんかは、かなりこなれた口語表現を書いているようですが。) 二葉亭は『浮雲』を書く時、かなり円朝を参考にしたということですが、こと「言文一致運動」に関しては、尾崎紅葉にしたところで、なぜこの方向で真っ直ぐに進めなかったんでしょうね。小説文体が円朝に追いつくには、たぶん「白樺派」まで待たねばならなかったと思います。 次に物語の内容ですが、これがまた、やはり凄いですねー。 構造的展開とピカレスク。 悪党(ピカロ)が男女数名出てくるんですが、実にこれらの人物がいい味を出していますねー。 まー、よく読みますと、この長編の中で(岩波文庫300ページほどあります)、ちょっと人格描写に一貫性を欠くような部分もないではありませんが、それでもとっても構造的に作り上げられています。 もちろん最終的には勧善懲悪に終わるのですが、しかし今更私が指摘するまでもありませんが、日本文学がこのわくわくとする構造的な面白さを長く失っていたことについて(今でも十分にあるわけではありません)、上記に触れた「言文一致運動」の展開と同様、物事の進化というものは、なかなか一直線に進みにくい要素が、やはりあれこれあるんだろうなあと、私は読後とっても面白かったと満足しながらも、少し残念に思ったのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.21
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『厭がらせの年齢』丹羽文雄(新潮文庫) えーっと、当たり前ながら、やはり我が国の文学史ってのも、なかなかなものですね。たとえて言えば、世界文学の中の「メジャーのマイナー」(おやっ? このフレーズはどこかで聞いたことがあるぞ、と。)くらいのものであります。 今私は「当たり前」と書きましたが、確か水村美苗の本に書いてあったと思いますが、ヨーロッパ系以外の国で、こうして長年にわたって延々堂々と文学史のある国って、実は世界中にそうたくさんはないそうですね。 さすが、言霊の咲きほこる「うまし国・日本」であります。 えーっと、なぜこんな話になったかと申しますと、いえ早い話が、今回取り上げた作家の本も私は初めて読んだなーと言うことでありまして、私の読んでない作家って、まだまだいっぱいあるんだろうなーという、ほとんど呆けたような文脈内での思いつきでありました。どうもすみません。 しかしわたくし、寡聞にして(「寡聞」すぎるやろーっ)この度初めて丹羽文雄という作家の作品を読みましたが、かなりびっくりしました。 何にびっくりしたかといいますと、その作品の漂わせている雰囲気に(かなりアバウトな言い方ですみませんが)、であります。 その「雰囲気」とは、一言で言いますと、こうなります。 殺風景 えー、世間には大概いろんな殺風景な事柄・状況があるとは私も薄々は承知していたのですが、しかし今回取り上げた小説の殺風景さは、なかなか並ぶものがないような気がします。 あ、こんな歌を、思わず連想してしまいました。 見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ これは有名な「三夕の歌」中の藤原定家の歌ですね。 あ、続いてこんなフレーズも思い出しました。(「並ぶものなし」と書きながら、次々いろんなものが並んできますなー。) えりぃーものぉ春ぅわぁーぁああぁーー何もぉないぃ春ぅですぅーーー♪ 岡本おさみ作詞・吉田拓郎作曲の『襟裳岬』ですね。これも、名曲であります。 さて、そのようにびっくりした私でありますが、ちょっと遡って「冷静」に考えてみますね。 この短編集には5つの作品が収録されています。これです。 『贅肉』『人生案内』『南国抄』『愛欲』『厭がらせの年齢』 読んだ後私は、解説とかネットで少し知識を仕入れたのですが、上記の5作品は筆者のキャリアの中では、ほぼ前期に相当する時期に書かれています。 というか、そもそもこの作家は、時々いらっしゃる、実に実動期間の長い作家の一人(他には例えば谷崎潤一郎とか野上八重子とか)なんですね。 生没年が、1904年(明治37年)→2005年(平成17年)で、享年101歳であります。 そして、1932年に出世作『鮎』というのを書き(28歳ですね)、そこから1990年近くまで延々と書き続けました。 だから、こんな作家は、一作や二作くらい作品を読んだだけでは判断が付かないんですよね。谷崎だって、もし「王朝」と呼ばれた後期作品がなければ、「才気走った変態作家」くらいになっちゃったかも知れません。(いくら何でもそこまで酷くはないでしょーがねー。) ともあれ、今回読みました5つの小説には、何といいますか、見事に「華やぎ」というものがありません。タイトルを見ていますと男女間のエロティックなものを連想させそうですが、そして事実、ストーリーとしてはそんな「愛欲話」が中心なんですが、しかしここにはほぼ「エロス」はありません。少なくともエロスの生み出す「華やぎ」は全くありません。 では、何があるのか。 ここにあるのは、実に無骨かつ徹底したリアリズムであります。異様なほどに重心の低い文章展開であります。鈍くさいような、しかし堂々とした文章力です。 そして、とことん殺風景です。 私は読んでいてふと思ったのですが、ここに描かれているものは、あの日本文学史特有の「自然主義」の、「無思想・無解決」に極めて近いのではないか、と。 筆者は若い時、志賀直哉の文体を一時学んだそうですが、少なくとも作品に現れている対象に向かう作者の視線は、志賀直哉のものとは似ても似つかないもののように、私は少し不思議に感じたのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.17
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『結婚』芹沢光治良(新潮文庫) 太宰治の短編小説に『男女同権』という作品があります。 戦前、男は女を守らねばならぬと小さい頃から教えられてきた主人公が、女にいろんなひどいことをされても我慢するだけで何も仕返すことができず、ひたすら女に翻弄された人生を送ってしまいます。(『人間失格』と同じで、気の弱い「イケメン」の「ダメ男」ですね、きっと。) そして晩年になった主人公が、ちょうど終戦から新憲法施行の時期になり、「男女同権となった今後は、もう女は弱いなどとは言わせない、何の遠慮も庇うところもない。」と人々に演説をするという、極めてアイロニーに溢れた作品であります。 私はこの間、ネットでニュースをちらほら見ていたら、この不況下、労働者の賃金はどんどん恐ろしいほどに下がっている、特に女性の賃金の下がりようは甚だしく、全く目を覆うばかりである、とありました。 ……えーと、日本は確か「男女同権」社会なんですよね。 夏目漱石について書かれた評論あるいはエッセイのたぐいを読んでいました。 漱石は読者サービスにかなり富んだ作家で、作品内にそのころの「はやり物」を、割と大きく取り上げたりしています。 例えば『三四郎』に出てくる菊人形展。あの出し物は、ちょうどあの頃から日本中に広くはやり出したんだそうですね。(今では、菊人形展は私の住んでいる地域・関西では、その季節になってもほとんど見聞きしませんが、私が小さかった頃は確かに複数の遊園地で行なっていたように記憶します。) そして、作品世界に深く切り込んでくる要素として、漱石がその時代のトピックを用いた作品に『それから』があり、そのトピックとは、『それから』連載の前々年(明治40年・1907年)に成立した「姦通罪」であります。 ご存じのようにこの法律は、夫のある女性が他の男性と性的関係を持った時、夫はその妻並びに関係した男性を訴えることができるというもので、文学者で言えば、北原白秋がこの姦通罪で告訴され拘置されています。 有島武郎の自殺についても、心中相手の夫に、再三告訴すると脅迫されていたことが、心中の原因の一つとされています。 そんな「姦通罪」ですが、夫と妻の逆のケース、つまり妻のある夫が別の女性と性的関係を持っても、妻の側から訴えることは認めていないわけですね。 ひどい男女差別、というより、1947年までの旧憲法下では、女性は選挙権すら持っていないと言う、そんな時代ですから。 今度は、話をうんと時代を遡らせて考えてみます。 「光源氏」 須磨明石に流されて失脚していた光源氏は、その後政治上の復権を行い、一歩一歩国家の中心人物・大権力者を目指していきます。 そして中年になって権力の中枢に腰を据えた光源氏は、甲子園球場4つ分の広さを持つ「六条院」を建て、その中にかつて若い頃に関係を持った女性をみんな住まわせて面倒を見るという、まぁ、幸せそうな中年期を送りはじめるというストーリーですね。(しかし、「女三宮の降嫁」から話はまた一気に悲劇に向かっていくのですが。) さて、この六条院の規模をどんどん小さくして、甚だしいくらいに小さくした家にして、そしてそこに関係した女性を複数住まわせるとどうなるか、というのが今回の冒頭の小説の設定なんですね。 いわゆる「妻妾同居」ですかね。 ……えー、なかなか冒頭作品の報告に入らないまま、ここまであれこれ書いてしまったんですがー、はっきり言いましてー、わたくし、今回の小説は、読んでいて生理的に辛くて仕方がないようなところがありました。 舞台は、1947年前後なんですね。新憲法の施行前後です。 主人公の家庭は、主人がかつて佐賀県知事を務めたというブルジョワ家庭です。ただ、終戦で落ちぶれてしまいました。(落ちぶれてとうとう家を売らねばならないその家は、庭が200坪もあります。) だから、落ちぶれさえしなければ(高級官僚ですから、日本が戦争に負けさえしなければ、ということですね)、彼はまー、一応「小粒な光源氏」でいられたわけです。 ところがそれが、私にとってすっごくグロテスクなイメージの「妻妾同居」なんて状況になってしまったわけですね。 しかしそのような設定もさることながら、私が読んでいて堪えづらかったのは、そんな時代の女として、妻としての生き方の倫理が、作品中に再三説かれているところでありました。 それは、山ほど書かれてあってかなりうんざりするんですが、例えばこんな感じ。 女に産まれるものではなかったと、悲しんで夫婦生活をのろった婦人があったそうだが、それは、その婦人が智慧が足りないか、愛情が足りないからであろう。「……小説を書くような娘は、嫁として妻として母としてよくないのではなかろうかと、ご懸念を持たれるむきもあるかも知れませんが、それは今日までの女流作家によい人が少なかったために生じた誤解でありまして、新婦の創作を志したのは、人間修行のためであり、りっぱな人間にならなければ――言葉をかえれば、りっぱな嫁、妻、母とならなければ、りっぱな小説の書けないことは、新婦がよくご承知で、(略)」 いえ、過去の作品の時代的限界を、現在の目で見て「断罪」することは、あまり意味がありません。どんな世界的な名作であっても、よかれ悪しかれ時代から完全にかけ離れて存在しているわけではないのですから。 ただ私は、この小説についてごく個人的生理的に、縁を持つことがうまくできなかったと思うばかりであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.14
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『高丘親王航海記』澁澤龍彦(文春文庫) 上記小説読書報告の後半であります。 前回は、「想像力は本当に無限か」ということについて考えていました。そして、「想像力偏差値」の高そうな作家を3人挙げました。「谷崎・乱歩・太宰」であります。 で、3人目の太宰のサンプルを示そうとしたところで終わっておりました。 では太宰のサンプル、と思ったんですが、しかし考えてみたら、前回の報告では、冒頭の作品どころか作家の澁澤龍彦にすら、まだちっとも触れていません。毎度毎度の「酔っぱらい運転」のごとき報告ですが、さすがにちょっとまずいんじゃないか、と。 じゃ、ちょっとだけ急ぎますね。 でもついでですから、太宰治の小説で想像力豊かな作品について、一言だけ触れておきます。たぶん多くの方が、同じ作品を挙げると私は思うんですが、『お伽草子』の中の『浦島さん』を挙げておきたいと思います。 文中の竜宮城の描写は、やはり想像力の極北だと思います。 で、さて、ここからやっと澁澤龍彦なんですがー。 本作における澁澤龍彦の想像力の方向性も、上記の3名と同じフィールド内にあると、私は思っているんですね。こんな部分。「おや、へんなものがある。これはきのこかしら。円覚さま、教えてくださいませ。この丸いものはなんでしょうか。」 みなみな顔を寄せて、その得体の知れぬものを眺めれば、それはどうやら植物らしく、草のあいだに鞠のような大きさの丸いかたちをのぞかせていた。丸いかたちの下に根がはえているのかもしれない。色は白っぽく、うすい膜におおわれているが、膜の内部はふわふわした泡でできているようで、そこに実質があるとも思われない。円覚、しげしげと打ち眺めて、「古くから馬勃というきのこの一種が知られていますが、それではないかな。もし馬勃ならば、たたけば頂端にある小さな穴から、けむりのような粉がもくもくと飛び散るはずです。ひとつ、わたしがやってみましょう。」 しかるに、円覚の指にふれるや、その丸いものは空気がぬけるように、みるみる小さくしぼんでしまった。べつだん粉が飛び散るわけでもない。そして風に吹かれるままに、ころころ草原の上をころがった。根がはえているわけでもないらしい。しかも、ころがったとたん、名状すべからざる香気があたりに立ちこめて、一同の鼻を打った。疑いもなく、この丸いものから発する香気が風にのって、空気中に拡散したものと知れた。 この不思議なものは、実は獏の糞だそうですが、何といいますか、こういったユーモラス、かつエロティックといってもよいような「無いもの」描写ですね。 そして、そもそもの私の疑問に戻りますと、この手の想像力というものは、どこまでも天翔けるように拡がっていけるのだろうかというものであります。 ただ、こんな描写は単独に成立しているわけではありませんね。上記に3人の小説家を挙げましたが、そのうちの谷崎と太宰には、そもそも圧倒的な文章力というものがあります。そして乱歩についても、やや作品によってムラのありそうな気はしますが、やはり魅力的なオリジナリティの高い文体がベースとしてあります。 で、澁澤龍彦なんですが、ここで、うーん、とまた私は唸るんですが、はっきり申しますと、私は上記三者ほどには澁澤龍彦の文体は取りません。 それは、澁澤龍彦の業績上での小説の割合から類推できると言うほど単純なものでもないでしょうが、私の中では澁澤龍彦の小説文体には「超一流」にみられる「華」がないように思うのですが、いかがなものでしょう。私の読み違い・偏見でしょうか。 この長編小説は「儒艮」「獏園」「蜜人」など、とってもエキゾティックでおしゃれなタイトルの付いている7つの章から成っているのですが、その7つの章の間でも、想像力の鮮やかさに優劣があるように思いました。 ただ、この優劣は、とても難しいですね。単に「意表をつく」表象だけでは不十分なんですね。現実を昇華したような、それこそ「天翔ける」イメージが、生命線になっているような気がします。 澁澤龍彦は、長く「黒魔術」などを題材にした極めて魅力的なエッセイ・評論を書き続けました。 若かった頃の私も、中毒のように次々と読み続けました。読んでも読んでも面白かったです。 その筆者が最晩年に書き始めた小説作品ですが(最晩年だけでなく小説の試みはあるそうですが)、そもそも小説というジャンルの特性には、まるでエキゾチズムに惹かれて天竺を目指して「放浪」する高丘親王のように、人生のターミナルに臨んでなおかつ魅力的なものが、間違いなくあるような気がします。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.10
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『高丘親王航海記』澁澤龍彦(文春文庫) ……うーん。 「うーん」って、なんかしょっちゅう私は唸っているような気がするんですが、今回も唸りから始まってしまいました。 そういえば、ちょっと昔、女房から「あなたは幾つになっても悩んでいる様な人だ。」と言われたような記憶があります。 いえ、別に好きで悩んでいるわけではありませんが、というより、私は悩んでいるんじゃなくて、あれこれ想像、いえ、「妄想」しているだけのように思うんですがー。 で、今回の「妄想」は何かといいますと、いろいろとあるんですが、とりあえず一言で言いますと、その「想像力」について、もう少し詳しくいいますと、「想像力に限界はあるのか」という事であります。 一般的に「豊かな想像力」とか「無限の想像力」とか、「精神世界のまったき自由」とか言いますが、本当に想像力には限界がないんでしょうか。 これも昔の読書なので、詳しい内容は覚えていないんですが、ジャズ・ピアニストの山下洋輔のエッセイにこんな事が書いてあったように記憶します。 音階、ドレミファソラシドですね、その音階を頭の中で音をしっかりイメージしながら昇っていくんですね。 ドレミファソラシドレミファソラシドレミファソラシドレミファソラ……。 どうです。どこまで昇れますか。山下洋輔が言うには、とってもこのまま無限に昇り続けられるものではなく、ある高さ以上の音階になるとほとんど頭の中が地獄のようだ、と書いていました。そして、「だから、想像力には限界があるのだ」と。 なるほど、いかにも音楽家らしい発想と証明ですね。面白いです。 今、「想像力」と一言で書きましたが、今回私が冒頭の小説を読んで「妄想」していたのは、いわゆる現実にはないもの、生き物とかと、状況を想像して書くという種の「想像力」であります。 ちょっと日本の小説家で考えてみますね。 この手の想像力について豊かそう、レベルが高そうと私が思う作家は(きっと他にも沢山いらっしゃるだろうとは思うんですが)、とりあえず3人です。この方達。 谷崎潤一郎・江戸川乱歩・太宰治 どうでしょう。他にもきっと、私の見落としている作家がいらっしゃるでしょうが、例えば、筒井康隆なんか。 うーん、『虚航船団』あたりは、いい線行っていそうですが、筒井氏の「想像力」は、今回私が取り上げようと思っている種類の想像力とは、少し違うような気がします。 (もちろん筒井康隆の作品について、「想像力豊か」と評価するには全くやぶさかではないんですが。) 私が今回イメージしている「想像力」とは、実際にはないもの(状況)を描写する力なんですね。 例えば谷崎潤一郎の作品で一等それらしいのは、たぶん『美食倶楽部』ではないかと思います。 若い女性に顔面をマッサージされていて、そのマッサージの指が口中に入ってくる、そして思わずその指を食べてみると、とっても美味しいとか(凄い発想ですよねー)、食べた後のおくび(「げっぷ」のことですね)が得もいわれず美味しいとか(これも凄いよねー)、そんな話ですね。 (ついでの話ですが、谷崎潤一郎って、本当に「食いしん坊さん」だったらしいですね。最晩年の谷崎の食欲について書かれた本を読んだ事がありますが、美食を、とても老人とは思えないくらいの量で食べたそうですね。ついでのついでに、正岡子規も量というだけなら、やたらに食べました。これは子規の随筆『仰臥漫録』を読めば分かります。) 次に江戸川乱歩ですが、この人は、いかにもそんな「ヘンな」想像力の持ち主という感じですよねー。 サンプルとして紹介したい小説も、キリがなさそうなくらい一杯ありそうですが、二つほどに絞るなら、私は『人間椅子』と『押絵と旅する男』を挙げておきます。 前者は、タイトルからぼんやり想像できそうな話を、我々の想像を超えた内容と描写で語っています。後者は、人が絵の中に入る話ですが、そこに至る状況に、恐ろしいような想像力による人工空間があります。 最後に太宰治ですが、あ、予定分量を超えてしまいました。 すみません。次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.07
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『松蘿玉液』正岡子規(岩波文庫) 例えば本書の中のこんな文章を読んでみます。 春雨は昨日もふりぬ。また今日もふりぬ。枕辺の俳書小説画帖など彼を見、此をひろげなどするに果ては何にも飽きてそれもいや、これもいやなり。筆取りては筆をおき墨すりては墨を投げただ惘然として天井をながむることもうら淋しく春雨の句ども思ひつづけける。 春の雨松三寸の小苗かな 春雨になるや広野の南風 えー、実は私、世間様に述べるも恥ずかしい、といいつつ毎回の拙ブログの最後に「お暇ならこちらも見に来てください」というリンクを貼っておりますが、「腰折れ」を作るのを趣味の一つと致しております。 腰折れ、俳句ですね。 そんなことを趣味としていますと、上記の引用文など、誠に雰囲気の良い文章と、少々うっとりしながら読んでしまいます。 またこれも今は昔、たぶん私が大学生だった頃と覚えているんですが、作家の大江健三郎の講演会に行ったことがありました。そこで大江氏はもちろんいろんな話をなさったのですが、その話の一つとして、正岡子規のことを、今思い出せばかなり熱く語っていらっしゃいました。 もちろん、正岡子規は大江健三郎の同郷人・先輩であるということが、その熱弁の原因の一つであったろうとは思うのですが。 日本文学史関係の本をいろいろ読んでいると、時たま、ある文学者の業績に対する評価の高低について、筆者のものとズレていることに気が付くことがあります。 「あれっ、この文学者の評価って、そんなに高いんだ。」と、ちょっと吃驚することがあるのですが、そういうことってないでしょうかね。 たいていの場合は、私の認識不足とか偏りに原因があることが、詳しく読んでいくとわかり、自分自身の中に何となくあるその文学者の「評価レベル」を訂正するんですが、私がそんな経験をした文学者とは、こんな方達であります。 石川啄木・宮沢賢治・正岡子規 そうそうたる名前が挙がっていますので、私の評価レベルの誤解は、全く私の無知のもたらした結果であると、誰もが納得しその上失笑なさると思うのですが、そんな風に、私は長く正岡子規の文学上の評価の高さがよく分かりませんでした。 いえ、実はしつこいようですが、それは過去の話ではなく、ほとんど今に至るもよく分かっていなかったんですね。 で、この度本書を読んでみました。 随想ですから、いろんな事が書かれてあります。有名な正岡子規の野球の話なんかも書かれていたりして微笑ましかったりするのですが、私としてはやはり、一応文学話題に注目して読んでみました。 樋口一葉の『たけくらべ』を褒めていたり、森鴎外が文壇内で攻撃されていることについて批判していたり、なるほど、時流には全く乗らず、批判眼は曇っていないことが読みとれます。 西鶴・近松・芭蕉の業績を比較しつつ論じた文章があって、これもなかなか良かったです。何より、これらの大文学者に対して辛辣な辛口批評であるのがとても感心できました。(有名な「紀貫之は下手な歌詠みに候」なんて一文を思い出しました。) と、挙げていけば切りがないのですが、読み進めていって、はっと気が付いたことがありました。それは、この文章の書かれたのが明治28年であり、子規28歳の時のものであるということでした。 例えば冒頭に私が抜き出した文章の中にも、「小説」「飽きた」という表現がありますし、他の部分にも同様に小説が面白くないと言うことが書いてあるのですが、私はそんな部分を読みながら、なぜそんなことを言うのかなと思っていました。 「漱石を読めばいいじゃないか。あなたの親友の作品じゃないですか」と、本当にぼんやりと思っていたりして、そしてはっとその迂闊に気が付くんですね。 本作は、漱石が活躍する10年ほども前の文章なのだ、と。 と気が付くと、俄然この文章が、時代の中に輝いて実に縦横無尽・天衣無縫に書かれていることに、驚かざるを得ません。 もちろん明治28年という年代より先んじて、逍遙あり、二葉亭あり、鴎外もいましたが、この子規の散文はそれらの文学者のものと比較しても、近代的リアリズム精神を描いた文章として全く引けを取っていません。 まして、冒頭に引用したごとく、この透明感あふれる文体をや。 「近代的リアリズム精神とそれを支えきる簡素明晰な文体」 私はこの度やっと、納得できる形で「我が内なる正岡子規評価」を定着させることができました。 さあ、次は、石川啄木あたりでしょうか。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2011.09.03
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