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☆にゃあにゃのママ☆

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2008/01/06
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カテゴリ: 本
   荒廃の隣りに

真冬の梨畑は荒廃していて
みるも無残だった
勤務先に訪ねてきた青年と
その一角をみて、立ち話しをしたが

青年はオートバイのようなものを
頭のおくで
さかんにキックして
遅滞する言葉を、ようやく紡いでかえっていった

あれから四年
わたしは梨畑の隣りの勤務先を
二年前に辞め
荒廃の程度のすすみ具合をときどき思い出すことがあった

のちに
青年はその時の光景を
じぶんの小説のパートに利用していたが
梨畑については触れていない

「隣りに荒廃が存在している」
あの勤務先は
思えば、こころの所在として
恵まれた地形にあったのではなかろうか

フリーページに紹介させていただいている S.K氏の詩から「荒廃の隣りに」。

収穫が終わった梨畑が、冬の間に荒れている様子ではなく、
畑の持ち主が、耕作するのをやめたままになっているのだろう。

訪ねてきた青年と、この詩の作者は、何を話したのだろう。
頭の中で、なかなか形にならないものを言葉にしようとして
考え考え、言葉にして伝える。
将来のことについてだったのだろうか、文学についてだったのだろうか。
ちかちかと瞬き、逃げようとするものを、捕らえ、出来る限り正確に
表現しようとする努力。この二連の表現が好きだ。

「こころの所在として、恵まれた地形」と称するのはどうした理由からだろう。
その勤務先での仕事内容が、自分にとって、意義のあるものと感じられて
いたからとも とれるが、「隣りに荒廃が存在している」とカギ括弧つきで
書いているところから、荒廃を意識することが出来ること自体が
自分の心のありようとして恵まれていたと取ることも出来る。

年末年始に、「ルール」(古処誠二)という戦争について書いた小説を読んだ。
人間が人間としての尊厳を 奪われて、人肉を食べるしか生きるための術が
残されていない極限状態では、もはや、悲惨なことを悲惨と感ずることが出来なくなる。

ルール


二年前に辞めた勤務地が、例えば、将来に夢を持つ若人たちの声が弾む場所で
(梨畑の)荒廃と、若い希望とを、感じることの出来る場所であるということなのか、
気を抜けば、何事もすぐに荒れてゆくという戒めとして、見ていたのだろうかなど、
色々と想像できる。
黒い土に銀色の霜、手を入れられない梨の木が葉を落として並ぶ畑。
「無残な荒廃」と書かれているが、その傍らで真摯に語る人の姿とともに
 私の心には凛として清潔な風景が浮かんでくる。





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Last updated  2008/01/06 09:00:27 PM


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