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昨日、実家近くで仕事だったので実家に泊まり早朝、博多でうける演奏の仕事のオーディションに遅れないよう、化粧をしていた。隣できいてきいてと「千の風」を歌う母。私の教室の発表会で歌うらしい。「お母さん、これ歌いながら泣くかも~」と、はしゃいでいる。しかし自己流のため休符や音程が違うのが気になりついつい化粧する手をやめて「そこはン!!って休符が入る!!」とか「そこの音!リズムが違~う!」と、ついお仕事モードになってしまう私。そうこうしているうちに結構な時間になり急いで家を出た。遅刻して不合格だったら恥ずかしい。車を駅近くの月極めにおいて、電車に乗ると男性が一人もいない。女性車両だった。女性だけだとずいぶんと心地よく和らいだ雰囲気になるものだ。時間通り天神に着き、先方に渡す実技の楽譜を取りに私の教室へいったあと地下鉄へ。いつまでも博多に着かないと思ったら、乗り間違えていた。。。。。いつも乗換えを忘れる。もう間に合わない!!先方に連絡し博多に戻りタクシーへ乗った。20分遅刻し派遣会社へ到着。もうだめだと思ったが案外 優しい対応。会社側より演奏のお仕事をもらうために5つの段階にわけ、評価されそれによって仕事内容が違う、といった説明を受ける。スキル1は 実績が無くこれから目指すレベル。超初心者にしか教えることができない。 2は数年演奏経験があり1よりは弾けるレベル。初心者の指導のみ 3は演奏経験が5年以上あり音楽学校卒で指導ができ楽譜使用し演奏可能アドリブがで きる小さなイベントに出演 4はすでに演奏家として活躍しており演奏スキルが高くイベントや講師として活躍を期待でき 幅広いジャンル、アレンジ、作曲、コピーの能力があるレベル。中級の指導と中程 度のイベント出演。 5は、プロフェッショナルで、演奏家の中でもトップクラス。音大受験対策を指導。大きなイベント。編曲や作詞作曲の仕事を任せられ、VIP対応を受ける、レベル。多分、3だろう、4だったらいいナと思った。実技は一番得意な、アントニオカルロスジョビンのWAVEを弾いた。実技が終わり軽く質問を受け、「貴方はレベル5です。アレンジ、アドリブ、初見。幅広いジャンルに対応、ビッグバンドの経験がありジャズボサノバ、やワールドミュージックができる貴方はわが社にとって貴重な存在です。」といわれた。時代は私に味方した!?演奏も指導もクラシックだけでは食べていけないらしい!それから仕事内容の詳しい説明を受けた。レベル5の人は優先的に仕事を紹介。老人ホームや幼稚園での演奏、ホテル、披露宴、音楽の家庭教師。譜面が読めない人に対応する指導。大きなイベント。そして作詞作曲の依頼、譜面作成。ただ、これらの仕事は紹介してもプロダクションではないので「ピアニスト、丹生谷秋子」という名前を表に出して売りだすことはしないそうだ。これらの仕事は直接自分で引き受けるよりは、ギャラは安いだろう。しかし今まで以上に幅広い仕事ができ人脈も広がるのではないかと思う。年齢や音楽大学を出ていないことに関しては何一つきかれなかった。この世界は、実力勝負のようだ。何よりいつの間にか自分がスキルアップしていることが嬉しかった。バンド生活25年、それなりに蓄積してきたものがあったのだろう。家に帰り亡き優子の写真に手を合わせて報告した。あっこ姉ちゃんは、これからも音楽で、がんばるよ。An.Music
October 31, 2007
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人が亡くなり肉体は滅びても魂はいき続けるって、ほんとうだ。どこに?それはそれぞれの心の中に。毎日私は亡き妹に問いかけ、そして心の声を聞く。自分の声でもあり妹麗華の声でもある。昨日は麗華が夢に出てきた。友達を連れてきた。自分は変わっておらずあちらの世界でも友達がたくさんできたといっていた。そして自分の残したアクセサリーを持っていきたいといって探していた。夢のようで夢ではない感じだった。私たちは彼女から多くの影響を受けた。友人を大切にすること。何かやるときはとことんまでやり、最後まであきらめないこと。多忙でもやろうと思えばいろいろなことができること。まだまだたくさんあるが特にこの3つは私の生き方に影響を及ぼした。今朝も私は彼女の写真にに水とコーヒーをそなえ、心の対話をした。もうすぐ、八女市白壁ぎゃらりーめぐりで私の水彩画展が行われる。絵に関しては妹は、めずらしく褒めてくれていた。麗華は何をしても私よりも勝っていた。しかしピアノや絵は私ならではのものらしい。この水彩画展は 重要建造物の地区であるので通常の個展よりもアットホームな雰囲気だ。詳しくはこちら今日は、実家からもって帰ってきた柿を描くつもり。
October 25, 2007
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昔、さらさらのワンレンのロングヘアーにあこがれた。しかし私の髪質は多く太くひどいくせげ。一生懸命ブローをしても数時間後はばさばさに広がった。いったんあきらめてソバージュや、スパイラル、ドレッド等の強いパーマをかけて癖毛のコンプレックスをごまかした。数年後、パーマも次第にとれていきあるとき レイヤーを入れてカーラーで巻いたらやたらと持ちがよく なんだか自分に似合っている気がした。しかしまだストレートの夢はあきらめておらず、思い切って縮毛矯正パーマをかけてみた。確かに美しいストレートには なったが似合わない。無理に自分の無いものを手に入れても、それは自分のものにはならない。それ以来自分に無いものをほしがるよりあるものを、活かそうと思うようになった。性格、生きかたもそうだと思う。幼い頃から、おっとりしているといわれ活発な妹達のほうが 周りの受けがよかった。自分なりに一生懸命活発になる努力をしたが持っているものが違っていたようだ。何をやっても ワンテンポ遅れたし 特に 運動機能の発達が遅れているようだ。自分は だめなんだと思うようになり内向的性格が 強くなった。レストランなどの アルバイトをすると、仕事が遅いためよく「もうこなくていい」といわれ職を失った。でもたまに「思慮深い」「品がある」といってくれる人がいて、おっとりしていることは悪いことではないと気が付いた。でもそれは、随分大人になってからのことだった。ピアノ演奏や 指導を仕事にするようになり、穏やかさや品格、優雅さが求められる仕事だということを知った。急がなくて良い、無理の無い生活が始まった。そそっかしいところもあるが それはそれで場を和やかにすることもあり(人によっては怒らせることもあるが)最近は 水彩画を書くことにより 穏やかで優しい気持ちになりいっそう自分らしい表現ができるようになった。何十年もたって やっと私は自分の場所を見つけることができたのだ。現在は 毎朝髪をカーラーで巻くことが私の日課になっている。自分に無いもの、そして自分にしかできないこと。その現実を受け止め 充分に生かしていくことが 大切ではないかと思うのである。An.Music
October 18, 2007
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10月にはいって意識的にパソコンから離れてみた。パソコンに費やす時間にきっといろいろなことができると思った。その時間を利用していつもより余裕を持って家を出たりいつもより掃除を丁寧にしたりいったことのない方角へ自転車で探検したり絵を描いたり サルサの練習で使用するダンスシューズを見に行ったりしてみた。ここ2年ぐらい数種のブログやそのコメントを毎日のように書いていたので文を書かないと、 なんだか変な感じ。空虚さを感じた。ブログはすっかり私のライフワークになっていたようだ。ちょっと寂しいが それ以外の行動の幅を広げるために1種類を10日に一回にすることにした。それでも週3はブログを書いていることになる。そんなときに甥が数日間喘息で入院したので 3時間ほど交代する日が続いた。パソコンの無い世界。甥は何度も同じ遊びを繰り返す。タオルで綱引きをしたり紙飛行機を何度も飛ばしてとせがむ。私も童心に返って遊ぶことに徹底。ある種何か発散したような爽快感。自転車で家から病院まで往復をしたので気持ちが良かった。甥は今日退院した。妹からは感謝された。時間をやりくりして少しでも交代できて良かったと思う。これからも毎日後悔しないように上手に時間を使おう。
October 12, 2007
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