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最近のれいかはあまり具合がよくない。腹水がたまっているし足も腫れている。顔もむくんでいる。私はなるだけ彼女のそばにいようと仕事の合間に行ったりするのだが電話で話したり物音がうるさかったりすると過敏に反応する。時々は調子のよいときもありそのときは少し喋ることができる。でも今の状態はあまり人にみられたくないかもしれない。話すのもきつそうだ。電話も出てないみたいだ。なんだかいつもぼんやりして 寝ていたり体勢を変えたり。私はだまって彼女の動きをサポートするのみ。先日妹のボーカルの生徒のEIRIちゃんが窓飾りとまりもをプレゼントしてくれた。「皆から 窓がかわいいと、いわれる」と、うれしそう。見てると気持ちが明るくなる。こういうプレゼントっていいなあ。
May 29, 2007
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先週はあまり病院に行けなかったため今週はなるべく行きたいと思い、日 月水にいってきた。日曜は、電話があり漫画を読みたがっていたので、彼女が大好きな一条ゆかりの「有閑倶楽部」の最新刊とちょっとあやしげな大人の漫画を持っていった。この日は顔色もよく、はっきりと喋った。冗談なども言えた。月曜は日曜ほどよくなかった。私が忘れ物を(中身だけ持ち、バッグを忘れた)取りに帰ると共通の友達のりっちゃんがきていて 大うけしていた。昨日は彼女の生徒のEIRIちゃんをつれていった。EIRIちゃんは私のリバーサイドでのジャズライブの、終了後のアフターセッションで歌ったのだ。初舞台である。今は代講の先生に指導してもらっているが彼女はれいかの 回復を心待ちにしている。「Y子先生(れいかの本名)に 上達したところをみてもらいたい」と、今回勇気を出して「You’d Be So Nice Come Home To」を歌った。バンドのメンバーにもお客さんにも「いいうたいっぷりだ」と、好評。その話しをするとレイ華はうれしそうにでもちょっと複雑そうに笑った。自分が元気だったら....いろいろと考えたのだろう。このごろは筋力が弱っていてたつと崩れ落ちたり上手く歩けなかったり。腕が震えたりする。ロビーに出てくるのも一苦労。だけどベッドよりロビーにいたいようである。疲れたようなので私たちは退室し、病院の近くのジャズ喫茶に行った。お店特性のお弁当を食べながらマスターお勧めの女性ボーカルのレコード(!!)を聴き、おしゃべりして過ごした。EIRIちゃんの華やかなルックスと、私もいつもより派手目の着物柄のチュニックをきていたので何人もの常連客から「今日は何のイベント?」ときかれる。EIRIちゃんは私の数々の奇怪な行動に対し「先生、天然 はいってますよね」といい「今日お見舞いにきてよかった。このお店にもまた来たいです。」といってくれた。私たちと入れ替って末の妹E子が病室に行ってくれたようである。最近、移った個室は窓の外に木々が見え風が吹くと大変気持ちよい。5月の風に吹かれてすこしでも 気分がやわらぐとよいと思う。
May 24, 2007
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火曜日の夜、私はいつも実家へ泊まる。昨日も、そうで、今朝は午前中、放射線治療のために大学病院に移ったれいかの顔を見に行こうと母と準備していた。家を出ようとしたとき、電話が鳴った。れいかからだ。今日までで大学病院を退院するという。理由を聞くと、放射線治療を受ける前の段階の検査、MRIに入ることがどうしてもできないらしい。私も経験ある。寝たまま狭いところに入っていくので(正直に言うと棺おけが火葬される瞬間を連想してしまう)息苦しくてなんだか怖かった。祖母も抵抗してなかなか入りたがらなかったことがあるしいまのれいかの精神状態ではなおさらだ。何度トライしてもだめだったらしい。それで 前の病院に戻り別の方法で治療するということだ。私と母はそのことについて話しながら大学病院へ行った。れいかがどうしても嫌ならばそこまでして放射線治療をする必要はないのではないかと母は言った。私たちは20年前脳腫瘍で手術したあと意識が戻らずそのまま帰らぬ人となった父のことを思い返した。何の因果かそのときと同じ病棟に今彼女はいる。あの時の父と自分を重ねてしまっているのではないかと思うといても立ってもいられない。病室に着くとれいかの腕が震えていた。副作用なのか筋肉が弱っているのか。私は仕事ですぐ 退室せねばならなかった。母と駐車場までれいかの病院引越しの荷物をごろごろ押しながら歩いた。母のお手製の二匹のおどけた目玉のシールが張ってあるふくろうのブローチが歩くたびに左右の首を振って笑っているようでおかしかった。そのふくろうは私とれいかだと母はいった。もう一人の妹が生まれる前まで私たちはまるで似てないが双子のようにいつも一緒だった。人形も 洋服も髪型水着もおそろい。一緒にピンクレディー大会に出た。大人になってからも一緒にバンドをしたり 踊りに行った。ここ数ヶ月は一緒に住んで、二人で並んで「自転車姉妹」と笑いながら、教室まで自転車で通った。私は母の ブローチを見ながら そんなことを思い巡らし、やるせない気持ちになりながら、ただ、歩いた。
May 16, 2007
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今日はとてもよいお天気。私は昨日から実家へ泊まり 母と病院へ出かけた。駐車場にはいつも小屋におじいさんがいて駐車券をくれるのだが、今日は小屋ごとなくなっていた。コインパーキングになるらしい。ちょっとさびしかった。今日、妹はいつもよりも喋ったし、ベランダや食堂まで歩くことができた。脱毛した頭に直射日光が当たり暑いそうなので、母が帽子を買ってプレゼントした。それをかぶると はかなげな少女のようだ。ベランダではたわいもないことを喋ったり母の肩をもんだりした。日程は未定だが他の病院で脳に転移した がん細胞に放射線を当てる治療をするらしい。だから10日ほど病院を移ることになる。私は先日癌に関する映画を観たり看病した人から話しを聞いたりしたためモルヒネを鎮痛剤として使用した際のその後の影響を心配していた。今のところは大きな違いはないがなんとなくぼんやりしているような気がする。今日、手と足のネイルを塗り替えようかというと、 換気が悪いので 今度でいいと言った。病室ののお風呂には換気扇がない。クーラーはあるが換気のために小さな扇風機でも買ってあげようかと思う。
May 9, 2007
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私のG.Wは、昨日から。昨日は朝からいとこがれいかのお見舞いに来るというので 私も病院へ。ちーちゃんとよっちゃんは私たちと年が近く、仲がよかった。よっちゃんは自分の子供を二人連れてきていた。れいかは最近あまり調子がよくないが、誰かがお見舞いに来たら、少し元気になるのか起き上がったり一緒に食堂へきておしゃべりをした。ちーちゃんたちが帰った後も数人友達が来てくれて、妹の手や腰をマッサージしてくれた。そうすると彼女はとても喜ぶ。人の手のぬくもりが欲しいのかもしれない。看護師さんが「お友達がこられると気分が明るくなり調子がよくなるようですね」と、いった。本人も、「たくさん喋ることはできないが ずっと一人でいるといろいろと考えてしまう」といっていた。昨日は比較的調子がよいように感じた。私はその後、夕方まで病室で彼女の足を鑢で削ってあげたり、うたたねをしたり、週刊誌を読んだり、ゆっくり過ごした。レイ華が「今日はゆっくりできたね」といった。穏やかで暖かい昼下がりだった。
May 4, 2007
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