迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

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2025.05.02
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カテゴリ: 浮世見聞記
ラジオ放送で、觀世流九皐會による「小袖曾我」を聴く。



母の勘氣を蒙ってゐた曾我五郎時致は、兄の十郎祐成の真摯な取りなしによって赦されると、兄弟で盃を酌み交はして門出の舞を舞ひ、母に今生の暇を告げて父の仇討ちへと向かふ──

但し、この曲のシテ(主役)は兄の十郎祐成で、後世の歌舞伎劇で柔弱化した兄を差し置いて華々しき荒演技で人気者となり、“御靈信仰”の本尊とも結びつけられる弟の五郎時致はツレ(随従)、あくまで舎弟の立場である。

この作品にはもともと、仇討ちに出立する兄弟に母が餞別として小袖を贈る件りがあったやうだが、のちに改削されたらしく現行の謠ひでは小袖のコの字もなく、ただ曲名にのみその名を殘してゐるのは、改削者がせめてさうしたものか何なのか、とんだウッカリのやうにも思ふ。

しかし、この曾我兄弟の仇討ちを扱った映画「富士の夜襲」(昭和三十一年 東映)では、花柳小菊扮する母がいよいよ出立する十郎(東千代之介)と五郎(中村錦之助)に、自ら誂えた直垂を贈るお涙の場面がしっかり描かれてゐて、やうやくこの物語の完全版を觀られた氣がしたものだった。


昭和には、児童文學全集の一冊にこの仇討ち物語が収められてゐて、旧時代の“仕返し”噺を當時現代の児童たちにどう理解させるか、執筆者が「氣持ちを貫き通す若者たちの話し」として讀んでほしい、とはしがきのなかで述べたどこかこじつけた調子に、かつての日本人の価値觀が現代ではまったく斷絶してゐることを感じたものだった。





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最終更新日  2025.05.05 15:46:02
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