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2025.07.29
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カテゴリ: 浮世見聞記
文京區湯島の國立近現代建築資料館にて、「日本の万国博覧会 1970-2005」展の第一部と第二部を通して觀る。



もともと十九世紀に各國の優品を集めた展覧會として始まった萬國博覧會は、やがてその時代の高水準な技術と文化を、各國が威信をかけて披露する場へと發展していく。

日本がその威信の最頂點にあったのが、昭和四十五年(1970年)に大阪の千里丘陵で開催した「日本万国博覧会」──EXPO'70であったことは、日本の各パビリオン(展示館)の緻密な設計図の數々が、明瞭に語ってゐる。


(※案内チラシより)

鉛筆で繊細に引かれたその図面たちは、當時の人々が心に描いてゐたであらう未来(ゆめ)を實現化させる、その第一歩を記した記念碑でもあり、そこに朱色で書き込まれた設計者からの直球表現の“ダメ出し”は、萬博實現の最前線にゐた男たちの、生々しいこゑのやり取りを自分もその場にゐて聞くようで、歴史資料としての価値をより高めてゐる。

日本自動車工業會のパビリオン「自動車館」では、



當初は何か模型も展示する計画だったことが設計図に書き込まれた文言から窺へるが、


(※案内チラシより)

それについて、



と記されてゐることは、令和現代にもそのまま通じる鋭い指摘と傳言であり、この未来設計図は令和からさらに先をも見越してゐるのだと、驚嘆させられる。


第二部は大阪萬博以後、日本で開催された四度の萬博を「萬物との調和と共生」の觀點から考へる内容で、昭和四十五年(1970年)の大阪萬博が「人類同士と技術の調和」、昭和五十年(1975年)の沖縄海洋博物館が「人類と海洋の調和」、昭和六十年(1985年)のつくば科学萬博は「パビリオン(各國展示館)同士の調和」、平成二年(1990年)の花博は「植物との調和」と、それぞれの主題のもと、設計者たちがおのれの持てる技能を最大限に活かして図面を引いた軌跡が實物を通して紹介されるなか、平成十七年(2005年)の愛・地球博では地球環境との調和を謳ひながら森林樹木を伐採して空中回廊を造ったことは狙いと矛盾してゐると非難云々、ここへ来て人類の萬國博覧會に對する認識と意義に變化が顕れはじめたこの事例に、私は興味を惹いた。


開催者にとっては「大勢の来場者(ヒト)を實験臺にした未来世界の提案」、しかし来場者の大半にとっては「モノ珍しき祭り見物」──


(※展示室内、條件付きで撮影可)

ニンゲン同士の思ひの調和は、結局どこにあるのだらうと、どうせ私のアタマでは答へを出せない小ムズカシイことを考へたがる癖が、嗚呼また始まった……。





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最終更新日  2025.08.02 10:49:18
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