迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

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2025.09.14
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カテゴリ: 浮世見聞記
港區郷土歴史館の企画展「終戦80年 戦争を見つめなおそう」を觀る。



子どもを視野に入れた企画らしく、ふりがな付きの平易な解説文は私にもありがたい。

が、時折オトナに連れられて入ってきたコドモは、展示内容には興味を示さず、駆け足に去って行く。

そもそもオトナが展示内容をなんら説明しないどころか、そのオトナが流し目にさっさと出て行くのだから、これでは八十年前の凄惨な現實を語る資料たちが聞き手を得られずに氣の毒だ。

あの人たちは、いったいどういふつもりでここへ来たのだらう。

廣島と長崎の原爆体験についてその傳承が困難になってゐる現實も、かういふことか。


八十年後の衆庶の一端を一瞥したところで八十年前の聲に目を転じ、どう見ても敗戰の一択しかなかった八十年の貧窮な日本、食料も食材も日用品もすべてが配給制となり、庶民は節約生活を強いられゐたことは令和現在の庶民生活とあまりに酷似してゐて、外夷に劣勢な日本の國力ともども、氣味が惡くすらなる。

兵器類の材料にするために日用品の金属はことごとく徴収され、やがて梵鐘までその對象となり、さうして造られた一つかもしれない重さ1kgの鉄兜が、


(※解説資料より)




つまり戰争とは、わざわざやる必要のない、ムダな勞力と云ふことである!


私が知ってゐる港區内の戰災遺産は、芝公園にある木肌が黒く焦げたイチョウの木である。



昭和二十年五月二十五日の空襲によりこの姿となったもので、支那渡来の疫病禍以前に芝公園での待ち合わせ中にたまたま見つけて知った貴重な証言者、そして米夷の空爆によって大伽藍の殆どを失なひ、


(※案内チラシより)

まだらに生き殘った山門が浮世の儚さを語りかける増上寺。

その山門前で、夷人觀光客と云ふ招かざる客どもが、だらしのない表情で記念撮影に興じてゐる。



世界は、まことにめでたう候ひける。





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最終更新日  2025.09.14 20:00:04
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