迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

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2025.10.14
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カテゴリ: 浮世見聞記
四天王寺にて師匠と嵐家のご先祖に今年四度目の挨拶に伺ったあと、四天王寺寶物館の秋季名寶展「西門(さいもん)─夕陽の彼方の極楽浄土─」を觀る。



四天王寺は平安時代以降、浄土信仰の一大聖地となるが、そのきっかけは寛弘四年(1071年)に金堂六重寶塔の中より突如“出現”したとされる、「四天王寺縁起」のなかの一文、『寶塔金堂相當極樂土東門中心』によるもので、このいきなり發見された緑起を聖德太子の真蹟と信じた平安時代の人々は、四天王寺こそが極楽浄土への入口と解釈し、極樂往生を心から願ってゐた貴族たちや天皇家は、こぞって四天王寺に寄進云々。

實は、この國家權力者たちの経済的な後ろ盾こそが寺側の狙ひで、去ぬる天德四年(960年)の火災で堂宇を焼失した四天王寺は、多額の復興費用を得るために縁起を作成し、極樂往生を願ふ貴人の心理を巧みに利用云々、聖德太子ゆかりの名刹と云へども、やはり先立つモノはなんとやら、聖地と云へども俗世に在る以上、やはり俗の道理に従はねばならぬところに、矛盾といふ煩悩はありますのじゃ。

浄土信仰の中心である西大門(西門)は、縁起によって集まった金品によってこの時にはじめて荘厳な姿に建てられ、いらい西に沈む太陽を見て極樂浄土を想ふ「日想觀」など、浄土信仰の拠り所として令和現在に續く。



ちなみに、目を覆った状態で西門の下からその先の鳥居の下に辿り着ければ極楽往生できる、といった信仰が中世より行なはれてゐるとのことで、能「弱法師」はこの考へも下敷きになって出来てゐのかもしれないと感じた私は、實際に試してみたが……。



極樂へ行くには、まだまだ修業が足りないやうぢゃ。


この日、境内いっぱいに古本市と骨董市が開催されてゐた。



東京の大古本市とはまた趣きの異なる、中身の濃い深い古本市で、じっくり探して回ったら抜け出せなくなりさうだったので、時間と財布を勘案し、東京では目にしたことのない濃い物だけを厳選して、ほどほどで抑へる。


いつもは御挨拶だけで引き上げる四天王寺で、はじめて濃い時間を過ごしたのが、今日の御縁だ。





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最終更新日  2025.10.14 20:10:04
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