迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

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2025.10.29
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カテゴリ: 浮世見聞記
國立公文書館の企画展「世界へのまなざし─江戸時代の海外知識─」を觀る。



耶蘇教の禁止を徹底するために異國との交流を忌避した德川時代の日本の体制を「鎖國」と表現したのは十九世紀に入ってからで、欧米列強が要求する「開國」の對語として用ゐられたものであったことを、今回の展示資料で初めて知る。

德川吉宗が将軍だった江戸中期は、泰平の世ゆゑに海の向かふの國々に關心を抱く“蘭癖”の人々も現れ、德川吉宗自身が耶蘇教以外の異國書の輸入規制を緩和する。


(※一部を除きフラッシュ無しで撮影可)

さうして旧紅葉山文庫に所藏された傳聞書の數々から、行くことや見ることの叶はぬ世界を識らうとその限られた状況下で最大の知恵を絞る人々の飽くなき欲求は、この當時はまだ興味關心程度だったものが、それから約百年後に行なはれる明治維新と云ふ政治大変動による堰きった洋風化の下地となったやうに思ふ。


さうした僅かながらな海外傳聞のうちでひとつ氣になったのが、享保十四年(1729年)に當時の安南(現ベトナム)から長崎より陸路經由で德川吉宗に献上された一頭の象の顛末。



江戸城に入城する際、象がの体があまりに大きすぎて門の半分までしか入らなかったことからその門は“はんぞうもん(半藏門)”と呼ばれるやうになった、との巷説はさておき、江戸で大評判になったこの象は飼育にあまりにカネがかかることから、十年ほど御浜御殿に留められたのちに幕府と關係のあった武藏國多摩郡中野村の農家に引き渡された、と云ふところで展示解説文は終ってゐるので、自力でその後を調べたところ、當地でもさんざん見世物にされた挙げ句、引き渡されてからわずか一年半ほどで病死云々、


(※引き渡された象の小屋があったとされる場所の付近に立つ案内板 中野區本町2-32 「區立朝日が丘公園」内)

皮は幕府に献上され、頭骨と牙は中野村の件の農家に下げ渡されて再び當地で見世物云々、しかし第二次大戰の空襲に遭って焼けてしまひ、現在はその燃え殻が當地の寺に非公開で安置云々。



アイヌ民族は犬をとても可愛がる風習があると間宮林藏が記録した「北夷分界余話」とは対照的であり、



當時からお互ひに相手へ優越感を持って臨んでゐた日朝關係ともども、ニンゲンの愚な思考に私はむしろ關心のまなざしを向ける。





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最終更新日  2025.10.29 19:10:04
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