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16歳の若さで皇帝に就任したネロ。 利発で溌剌とした新皇帝の登場は、人々にとって新鮮であった。 当時の支持率は、三代皇帝カリグラに優るとも劣らぬ高率であったはず。 しかし、それは前皇帝クラウディウスの統治失策によるものではない。 それでは、なぜ人々は、これほどまでに16歳の若者を好意の眼で迎えたのか。 前皇帝は「安全」「食」の二大重要事項は、見事に保証していたというのに。 それは、人々が60歳を越える不格好な、説諭調の歴史家にうんざりすると共に、 元老院が秘書官政治のあり方に、大いなる不満を持っていたからである。 人間は、問題がなければ不満を感じないというわけではない。 枝葉末節なことであろうと問題を探し出しては、 それを不満の種にするのは人間性の現実である。 このような人間を相手にしなければならないがゆえに、 「政治は高度のフィクションである」(丸山真男) と言われたりするのだと思う。 一般市民がネロの皇帝就任を歓迎したのは、ただ単に、気分の一新を望んだからである。 元老院の歓迎の理由は、解放奴隷で成る秘書官政治の廃止を期待できたからであった。(p.16)ここに至り、十代の新皇帝の摂政役として事実上の統治を行おうとしたネロの実の母・小アグリッピーナの野望は、実現したかに思えた。だが、やがて自立し始めた息子は、そんな母親に反抗し始める。そして紀元59年、息子は母親殺しを、彼女に怨念を抱くアニケトスに命じたのだった。25歳になったネロは、相変わらず高支持率を維持していたが、身近なところからネロを守り立ててきた近衛軍団長官ブルスを病死という形で失い、ネロが12歳の時から14年間、近くで仕えてきた哲学者・セネカが引退してしまう。こうしてネロは、彼に直言できる存在であった二人の人物を同時に失ってしまった。そして3年後、ネロ暗殺を謀った「ピソの陰謀」が発覚した際、それへの加担を疑われたセネカは自死に追い込まれる。さらに翌年には、軍団の青年将校たちが、東方問題で活躍したコルブロを帝位に就けようとした「ベネヴェントの陰謀」も発覚するなど、ネロの足下は大いに揺らぎ始めたのだった。そして2年後、スペインで決起した総督ガルバを、元老院は国家の敵とすることを可決する。しかし、ローマ市民は、食の保証に対する不備をきっかけに反ネロで立ち上がった。すると、一転して元老院はネロを国家の敵とする宣言を可決、近衛軍団もガルバを皇帝に推挙。ここに至り、ネロはローマ郊外の隠れ家で、自死に追い込まれたのである。このネロを最後に、アウグストゥスが始めた「ユリウス・クラウディウス朝」は崩壊。この後、ローマが安定するのは、1年半の内乱の中で、ガルバ、オトー、ヴィテリウスという三人の皇帝交代劇を経て、一地方都市出身者に過ぎないヴェスパシアヌスが、皇帝になってからのことである。 しかし、アウグストゥスの「血」とは訣別したローマ人も、 アウグストゥスの創設した帝政とは訣別しなかったのである。 カエサルが青写真を描き、アウグストゥスが構築し、ティベリウスが盤石にし、 クラウディウスが手直しをほどこした帝政は、 心情的には共和政主義者であったタキトゥスですら、帝国の現状に適応した政体、 とせざるをえなかったほどに機能していたからだ。(p.223)
2011.10.30
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3代皇帝クラウディウスは、2代皇帝ティベリウスの甥、 アウグストゥスの姉・オクタヴィアの孫、 3代皇帝カリグラの叔父に当たるが、ユリウス一門ではないことから、 当初、皇位継承候補者として考慮されていなかった。 また彼は、左右の均衡を欠く弱々しい体格で、背は平均より低め、 姿勢もよくなく、右足を引きずりながら、ガクガクとした歩調で歩く。 さらに、頭を動かす癖が抜けず、緊張度が高まると、どもる癖もある。 頭部は小さく、顔は逆三角形であごは貧弱、狭い額に三本の深い皺があった。しかし、カリグラが亡くなり、ユリウス一門に男がいなくなってしまった時、帝政を継続するには、アウグストゥスの血を引く彼が即位するしかなくなった。こうして、それまで歴史の研究と著作に専念していた男に、予期せぬ扉が開かれた。ところが、この男、なかなかなものだったのである。 ドイツの大歴史家モムゼンによって本格的にはじまった、 帝国全域にわたっての碑文の収録とその刊行によって、 われわれ後世の人間でも、ローマの皇帝たちが遺した非著名な史実、 つまり通常の行政の成果までを知ることができる。 この種の研究の発展が、著名な史実にばかり眼が行く傾向の強い 古代の歴史家によって断罪される一方であった、 ティベリウスやクラウディウスの復権にもつながっていくのである。 クラウディウス一人に話をかぎっても、 彼が作らせた街道、彼が決めた植民都市、彼が定めた同盟諸国網の再編成、 王系を告ぐに適当な人物がいない場合の属州化などの諸政策は、 実にあの広大な帝国の全域におよんでいる。 自分の眼で見、足で踏むこともしなかった地域へのこの的確な配慮は、 五十歳までに蓄積した書物からの知識に立脚していたのにちがいない。(p.83)60歳にして三度の結婚を経験していたクラウディウスは、当時独り身に戻っていたが、34歳の未亡人、ユリア・アグリッピーナの猛烈なアタックに屈し、妻に迎えた。このアグリッピーナは、ゲルマニクスの娘であり、カリグラの妹である。歴史家たちは、その母を大アグリッピーナ、その娘であるこちらを小アグリッピーナと記す。この小アグリッピーナには、前夫との間に生まれた12歳の息子がいた。そして彼女は、皇帝の妻となり、いずれは息子を皇帝にし、その母として、ローマ帝国の統治を行おうと、クラウディウスに接近したのであった。この野心家の若い妻に、皇帝は散々振り回されることになる。皇帝は、実の息子がいるにもかかわらず、小アグリッピーナの主張を受け入れ、彼女の連れ子を養子に迎える。そして、この養子は皇帝の実の娘・オクタヴィアと結婚し、16歳で元老院デビュー。この養子こそが、後の4代皇帝ネロである。皇帝就任から13年後、63歳のクラウディウスは、この世を去る。歴史家たちの間には、小アグリッピーナが毒きのこを用いて殺害したとの説がある。そして、皇帝死すの発表後、元老院は、近衛軍団を従えたネロに全権授与を決議し、16歳の若者が、市民の期待の中、後継者となったのである。
2011.10.30
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2代皇帝ティベリウスは、皇帝になる以前、36歳からの7年間を、 地位も家庭も捨て、ロードス島に引きこもった経験を持つ。 そして、その33年後、またしてもカプリ島に隠遁してしまった。 しかし今回は、帝国の統治を放棄することはなかった。 帝国全域からの情報収集と命令伝達のシステムを確立し、 元老院へは書簡を送り承認を求めるという方法で、見事に遠隔操作に成功。 その間、近衛軍団長官セイアヌスの指揮により、アグリッピーナ派は一掃され、 故ゲルマニクスの妻と、その長男ネロ・カエサルは、流刑の身となった。しかしその後、ティベリウスは、自分と共に執政官に就任していたセイアヌスの野心が顕わになると、彼を近衛軍団長官から解任、国家反逆罪を犯したとしてとして告訴する。元老院に死刑とその即時執行を求めると、それはすぐ可決され、その日に処刑が執行された。皇帝は、自らの手足として活用するため登用した人間が、その分際を越えることを許さなかった。 ローマ帝国は、タキトゥスのような共和政シンパがどう批判しようと、 カエサルが企画し、アウグストゥスが構築し、 ティベリウスが盤石にしたという事実ではまちがいない。 ティベリウスは何ひとつ新しい政治をやらなかったとして批判する研究者はいるが、 新しい政治をやらなかったことが重要なのである。 アウグストゥスが見事なまでに構築した帝政も、 後を継いだ者のやり方しだいでは、一時期の改革で終わったにちがいないからだ。 アウグストゥスの後を継いだティベリウスが、それを堅固にすることのみに専念したからこそ、 帝政ローマは、次に誰が継ごうと盤石たりえたのである。(p.89)そして、紀元37年、77歳でティベリウスがこの世を去ると、ゲルマニクスの遺子の中で唯一生き残っていたカリグラが、3代皇帝に即位。ティベリウス時代とは正反対の統治を行うという宣言で始まる「施政方針演説」を行う。アウグストゥスの血を引く、まだ24歳の美しい若者は、全ての人々に大いに歓迎された。しかし、その放漫財政により、即位して3年も経たないうちに、国家財政が破綻、外政面でのひび割れも露呈し、人々の熱狂は嘘のように冷却していく。そして、紀元41年、28歳の皇帝は、近衛軍団大隊長の手により、殺害される。その後を受け継いだのは、皇帝の叔父に当たる50歳のクラウディウスだった。
2011.10.30
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天に召され、神君となったアウグストゥスの後を受け継いだ4人の皇帝たち。 カエサル、そしてアウグストゥスという、あまりに偉大な指導者二人から バトンを引き継ぐことは、普通に考えても、容易なことではない。 それ故、後の史家たちの彼らに対する評価は、非常に厳しいものである。 本著は、そんな「悪名高き皇帝たち」シリーズ全4巻の一冊目。 主役は、先帝の後継指名を受け、二代目皇帝となった55歳のティベリウス。 しかし、彼はアウグストゥスの養子ではあるものの、血の繋がりはない。 期待されるのは、初代皇帝の血脈を引く28歳のゲルマニクス就任までの中継ぎ。 アウグストゥスの後を継いだティベリウスに課された任務は、 第一に皇帝の地位の確立による帝政の堅固化、第二に国家財政の健全化、 そして第三は、北の防衛戦をライン河で留めるか、 それともエルベ河まで拡張するか、の戦略上の問題であった。(p.106)ティベリウスは、これらの任務を着実に果たしていく。なかでも、第三の任務については、現地経験を生かし、見事にやり遂げる。その際、ゲルマニクスの任地を、ライン河畔からユーフラテス河畔に移す。紀元17年、ゲルマニクスは、妻アグリッピーナと三男カリグラを同伴し、東方へと向かった。しかし、このゲルマニクスと、シリア属州総督ピソの仲が険悪化する。ピソは、ティベリウスがゲルマニクスの御目付役兼任で東方に派遣したと言われている人物。そして紀元19年夏、ゲルマニクスは高熱に倒れ、十日と経たぬうちに33歳でこの世を去る。生前から人気の高かったゲルマニクスの早すぎる死に、多くの人々が嘆き悲しんだ。現代では、ゲルマニクスの死因は、マラリアであったことが定説となっている。しかし、ティベリウスは、その遺体を出迎えもせず、国葬にすら参加しなかったのである。その死に関与(毒殺)したとされたピソは、裁判の判決を聞く前に自死するが、アグリッピーナは、ティベリウス関与の疑念を深め、憎悪の念を募らせていくのだった。
2011.10.30
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「愛着障害」という言葉は、 まだ、それほど一般的に知られているわけではないと思われる。 しかし、私にとっては、とても気になり続けている言葉。 『愛着と愛着障害』という本も、読まねばと思い続け、まだ読めていない。 この言葉を、何時、どのようにして知ったのか、記憶が定かでない。 もちろん、これまで手にした、何れかの書籍によってであることは間違いないが、 それが、何という本の、どの部分であったのかが、思い出せない。 ただ、この言葉の重要性だけが、頭の片隅に、ずっと残り続けている。そして、とうとう、この言葉を表題とする新書が発売された。しかも、著者はあの岡田尊司さんである。駅近くの書店に立ち寄ったとき、偶然に本著を目にしたのだが、早速購入して、帰りのバスの中で読み始めた。 *** 発達障害という診断が普及したのはよいが、本来の定義を超えて広がりすぎ、 過剰適用される問題も起きている。 愛着障害によって生じた二次的な発達の問題のケースも少なくないことを考えると、 より慎重な扱いが必要に思える。(p.139)発達障害について、何でも遺伝子の問題として捉えようとするのは、やはり問題である。そうしておいた方が、生育に関わった者の心的負担や責任は、大幅に軽減されるが、やはり実際は、その生育に誰がどのような形で関わったかが、人間の発達や人格形成に、多大な影響を及ぼすのは間違いないところである。そして本著では、多数の著名人について、その生育歴と人格が紹介されている。ただ、それらを読んでいて感じたのは、精神分析の分野と共通する感覚である。我が恩師は、生理学の分野の専門家であったためか、その世界の話題になると、数量的な理論的実証を得るようにせよと、いつも忠告を与えてくれたものだ。 *** この反抗する気持ちには、二つの段階がある。 それは支えてくれる人の愛情をもっと求めたいのにそれを我慢していることや、 自分のことを振り返ってくれないことへの怒りに由来する段階と、 もう少し成長して、支えてくれる人からの期待をうっとうしく感じ、 距離をとろうとしている段階である。 ことに後者の段階は、依存している愛着対象から分離と自立を遂げていくという 大きな問題に向き合っているときだと言える。 このとき本人は、期待に背くことで見捨てられてしまうかもしれないという不安と、 しかし、依存から脱して責任ある存在として自立したいという欲求との間で、 ジレンマを感じている。 そうしたアンビバレントな思いを乗り越えるためには、 支える側が反抗することを許容し、受け止め、それに動揺せず、 その気持ちを認めてやることが大事である。(p.279)この後に続く「こちらの思いどおりにならないことは、 自立の証しだと、むしろ祝福することなのである。」という言葉が、私にとって、本著の中で最も印象に残ったものである。
2011.10.17
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表題作を含む7つの短編からなる一冊。 どれも、結構ライト感覚で気楽に楽しめる作品だ。 荻原さんの作品を読むのは、結構久しぶりだったけれど、 これまでの印象からすると、短編集のためか、本当にあっさりした感じ。 登場する人々は、誰も彼もが、確かに「ちょいな人々」ばかり。 その行動には、イラッとさせられるのも確かだし、 逆に、そんなことをしてしまうところが、カワイイとも言えるような人々。 そういう意味では、人間らしさ、人間臭さが、よく表現されている。「犬猫語完全翻訳機」と「正直メール」の二つの短編は、本著掲載作品中、唯一、ストーリー上の繋がりを持たせており、私のお気に入り。犬猫でも、人間でも、その本音が全部表に出てしまうと、恐ろしいことになるものだ。「知らぬが仏」なことも、世の中多々あることを、上手く表現している。そして、「くたばれ、タイガース」の世界は、私にはちょっと無理。私は、表面的には英司ほど、過激・熱烈な虎キチではないものの、うさぎさんファンと一緒に、テレビ観戦する気など、とてもなれない。と言うわけで、亡くなった義父とは、一度も阪神巨人戦を一緒にTVで見たことはない。
2011.10.17
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本巻は郁と堂上の二人より、柴崎と手塚がメイン。 これは、私の期待通り、希望通りの展開。 冒頭の緒方副隊長のエピソードも、良い塩梅のアクセント。 全体として、とてもバランスの良い一冊にまとまっている。 「単行本版あとがき」によると、このお話し、 第一稿では小牧と手塚の乾杯のシーンで終了していたとのこと。 が、有川さんの旦那の「これではあまりに後味が気持ち悪い」との助言で、 結婚式に至るまでの幸せ一杯、メチャ甘シーンが、ド~ンと追加されたのだ。柴崎と手塚をメインとする、3話にも及ぶ「背中合わせの二人」は、これまでの『図書館戦争』シリーズのお話しの中でも、極めてミステリー色が強い。事件を引き起こした主犯は、かなり早い段階から誰もが予想出来るものだが、その展開は、最後まで十分に楽しめるもので、満足出来る作品に仕上がっている。その意味からいうと、このお話は第一稿通りに、小牧と手塚の乾杯のシーンで終了していた方が、作品としての納まりは良かったかも知れない。ただ、ここまで『図書館戦争』シリーズを読み続けてきたファンのためには、旦那の助言に沿った、この形で終わった方が、間違いなく良かったと思う。誰もが、満足感一杯で最後のページを閉じることが出来る、そんな作品として、『図書館戦争』シリーズは幕を閉じた。
2011.10.17
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