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もともと髪が多かった息子なので、4ヶ月で耳が被さるぐらいのびた。襟足ものびて、抱いていると頭の後ろがあつくて蒸れそうだ。耳の周りは、一人で切れたが、襟足は、嫁さんにだっこしてもらって、カットしてみた。昨日、もみあげのところは、まっすぐで、切り方が下手だ、と言われたが、髪をつまんで、下に落とさないように切るには、どうしてもこうなってしまう。襟足は、斜めにすくように、切った。癖のある髪の毛がくるくる巻いていて、どう切っていいやら。でも、なんとか様になった。細い毛が散らばって、あとが大変。ガムテープでとってやったが、柔らかい肌には余りよくなさそう。次回は、本格的に刈ってやるぞと意気込んでいる。髪型が今の私に似てきたので、おそろいの服を着て写真を撮りたくなった。
2004年06月24日
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仕事から帰ってくると、生後4ヶ月の息子は、夕泣きの時間。眠いやらおなかがすくやら、最近は、あつくてだるいというのもあるようす。以前のこの季節は、日も長いこともあり、夏の登山や旅行に備えての体力作りのシーズンだった。でも、今は、夕食準備の嫁さんを手助けするためにも、ちびの世話をしなければならない。ジョギングなど出かけられるはずもない。そこで考えたのが、ちびをあやしつつトレーニングする方法だ。ひとつは、「創太スクワット」。ちびをだきつつゆっくりスクワットをすると、100数えないうちにちびは眠り始める。もうひとつが、腹筋運動。おなかにちびをのせ、上体を起こすと、なんと大喜びする。なぜか、おなかにちびをのせているので、20回もすると、かなりきつい。私が、苦しそうに回数を数えるほど、彼は大喜び。もう少し大きくなったら、ウォーキングをしたいものだ。
2004年06月22日
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息子以上に気をつかう愛車は、イタリア生まれ。一目惚れして、買ってしまったのが、うんのつき。。乗り出して、2年弱。何度、エンジン警告灯ランプが点滅したことか。しかも昨日は、アイドリングの回転数が高くなり、あわや前の車に追突しそうになった。ブレーキが堅くなり、踏んでも車が滑っていってしまったのだ。こわいので、今日は嫁さんの車ででかける。こみ上げてくる怒りをディーラーにぶつけたいが、電話にでるとつい、淡々と話してしまう。三菱のように、クレーム隠ししているのではないかと思う。きょうは、2時間近くかけて、ディーラーに運ぶ。社長をだせ、車を交換しろ。国土交通委員会に訴えてやる。など、気持ちは、高ぶるが、サービスのいつものおっちゃんに会うと、許せてしまう。もう、何度も運んでいるので、顔見知りになってしまうと、どうも強くでられない。このおっちゃんが悪いわけではないのだから。こうなってみると、ホンダやトヨタは、如何に優れているかがわかる。(ほかの車は乗ったことがないので、)代車は、日産車だった。ブレーキの効きが悪いが、楽ちんオートマで、ほんと気が休まる。でも、手のかかる子ほど、かわいい。
2004年06月18日
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一日に何回も「アトピー」と聞かれる。そのたび、保健婦さんに聞いてみたらとか、医者につれていけばと言うものの、嫁さん任せでは、いけないかと思う。ほっぺたが赤くなったのは、日差しの強い日中の散歩のときからだが、それから、紫外線には注意はしている。しかし、すっきりとよくならない。私も嫁さんもアトピーはないが、なんらかのアレルギーはある。だから、アトピーが子どもにでても不思議ではない。アトピーが出たとして、それが悪化しなければいいと思うだけだ。アトピーが出なければ、体の内部に何かしら問題が起こると思うから。嫁さんが気にして、薬を塗っている様子を見つつ、自然に育てることの難しさを感じている。
2004年06月15日
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この一週間、息子の頭の鱗状になった皮脂をどうとるかで、夫婦で、時には、けんか腰で取り組んできた。よそから見たらまったくくだらないことながら、髪の毛の根元を頑固な皮脂が塗り固めていることが、どうしても気になって仕方ない嫁さん。風呂にはいる30分ほど前から、ベビーオイルを塗ってふやかして、きれいに洗うが、くしでとかしてもそう易々とは、とれなかった。おととい、私が強引にとかして、血がにじみ出ていたところがあり、昨日オイルをぬろうとしたら、シミたようすで泣き出す始末。ようやく、今日は、だいぶきれいになって、風呂でも泣かずにすんだ。しかし、これから、あせもの季節。まだまだ、肌のトラブルは、続きそうだ。くそだ、ふけだと汚い話ばかりしているが、結婚一周年を迎えて、ちびの顔より大きいあじさいを買って、いつもより、早く帰ってきたら、駐車場で、二人で出迎えてくれた。よだれで光った口を、たてに大きく開けて笑う息子をみてしまうと、駐車するとき、車のフェンダーをこすってしまったことも忘れて、思わず笑ってしまう。家族とは、いいものだ。
2004年06月08日
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衝撃的な事件のあとで、何をいっても、言葉が空しく響く。しかし、事件の中から私たちが何かをつかんでいかない限り、悲劇は、繰り返されるばかり。子どもを失うことの恐ろしさ。それは、だれにも起こりうること。私の身近な人にもいる。言葉のかけようもない。自分にも降りかかるかもしれないと思うと、身がすくむ。さらに、自分や家族が加害者になるということ。これも、ありえる。車を運転しているものにとって、それは、避けてはとおれない危険だ。今回の事件は、被害者も加害者も被害者だ。子どもが作り出した犯罪はないという。私たちが作り出したバーチャルな人間の関係がそのまま子どもたちに反映されているようでしかたがない。テレビ、インターネットなどを通して、知らなくてもいいことまで、知ってしまうことが果たしていいのか。人の殺し方、傷つけ方、大量破壊兵器、無差別テロ、頭でっかちになった人間の行き着くところまで行き着いた先に、待っているものは、いったい何なのか。答えを求めて、子どもがもがいていることに、私たちは、耳を傾けているだろうか。
2004年06月03日
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