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ふと気がついてみたら、とんでもなく長い間日記をサボっていた事に気づき、2004年が終わろうとしている今、慌てて更新しております。来年の抱負:毎日更新!!(三日坊主って言葉知ってるかお前)いやあ忙しかった。忘年会から帰るやいなや大風邪をひいちまった上、学期末の、溜まりに溜まった提出書類を片付け(計画的にやらんで溜めたのが悪い)、ヒーヒー言いながら提出したのが27日の夕方。それから職場の大掃除(幼稚園なので、自分のクラスは自分ひとりでやらなければならないのだ)、我が家の大掃除、年賀状書き・・・とやっていたら、10日なんてあっという間ですねお母さん。その上、26日には山形まで出かけてパイオニアの試合を観てきたんですよお母さん。あと1時間半で新年を迎えるというのに、目の下にでっかいクマ作ってていいんでしょうかお母さん(涙)。今年は紅白にイ・ビョンホンさんが出るらしいので(観てないのでわからない・・・もう出たの?)、韓国ドラマにハマりまくっているパイオニアのメンバーはテレビに齧りついている頃でしょうか? それとも、「ゆぴあ」にでも行って温泉に浸かってる頃かな。はたまた、セリンジャーさん宅でパーティーの真っ最中?なにはともあれ、パイオニア関係者の皆さん、私の近しい人たち、それからこの日記を読んでくださっている方々、どうぞよいお年を!
December 31, 2004
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忘年会から帰ってみれば、パイオニアがJTに敗れたというニュースが。ガーーーン・・・・・・。10Vリーグでは、一度負けた相手には二度と負けなかったパイオニアなのに(イヤ待てよ。東レには続けて負けたか・・・)。噂によればはちゃめちゃなフォーメーションだったらしいですね。吉原選手と島崎選手がレフト対角だとか、佐々木選手がライトに入ったとか。天童の試合を見たときも吉原選手はレフトに入っていて、気迫はいつも通りだったけど、イマイチポジションというか立ち位置が定まらない・・・というかぶっちゃけ覚えられないようで、コートの中でウロウロしてたりしたもんだったけど、一昨日の試合もそんな感じだったんでしょうか・・・。だとしたら勝てないかなあ。やっぱり集中できないだろうし。う~ん。でもまだ2レグ目ですから、最後に笑えるように、セリンジャーさんは色々秘策を練ってらっしゃるんでしょう。うん。昨日の対茂原の試合は3-0で勝利。でも、点差や決定率を見る限り、順当勝ちというわけには行かなかったようですね。吉原選手は徐々に復調してきているようだけど、佐々木選手がなかなか調子が上がってこないのが心配です・・・。開幕からずっと出場しつづけてきたから、怪我も治りづら勝ったでしょうし、疲れも溜まっているんですよね、きっと。私の観戦予定は、来週の日立佐和戦、そして1月末のJT戦です。生で雪辱戦を見れるのが楽しみです。今度こそ勝ってくれるでしょうし。そして、JT戦の第2試合には茂原が登場します。辻さんのトスワークを生で見れるというのが、これまた楽しみ。2005年になっても、私のバレー熱は過熱する一方のようです。
December 20, 2004
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『ニュース23』を見た。『100パーセントの闘争心』も読んだ。柳本監督続投のニュースも知った。でも今はバレーボールマガジンに載せられていた、西田守女子強化委員長の言葉に驚くやら腹が立つやら情けないやらで、思考停止状態。一年半、あれだけ突っ走り、あれだけチームを引っ張り、アテネであれだけ「吉原ここにあり」を証明してみせた人を捉まえて「くたびれちゃったみたいですね」とはよく言ったもんだ。記事読んだこっちの方がよっぽど「くたびれちゃった」よ、この大馬鹿野郎。「くたびれさせ」たのはどこのどいつだ。身体の大きな選手たちを飛行機で長時間、エコノミーで移動させていたのはどこのどいつだ。身体がボロボロの選手たちにまともなトレーナーをつける予算もくれなかったのはどこのどいつだ。もういっちょオマケに、アテネ後の人気のある時がこれ幸いと、アテネ後のボロボロの選手たちに3レグも試合をさせようってのが信じられない。所詮彼女たちは消耗品の商品なのでしょうが、その扱いたるやあまりにも酷い。若手育成の名のもとに、歴史をぶった切ったのはどこのどいつだ。あなたたちが歴史を断ち切らなければ、彼女たちがこんなに苦しむ事はなかった。でもお陰で私たちは「闘将・吉原」に出会えたから、その点だけについては感謝しなければならないのか?・・・・・・・でも思えば、西田氏は吉原選手が主将に任命された時の記者会見上でも(吉原・大山・栗原選手が出席)、彼女に対し否定的なコメントを言っていたっけなあ。「この年齢でどこまでやれるか」とかなんとか・・・。よっぽど吉原選手のことが嫌いなんだろうなあ。嫌い、って言うより煙たいのかなあ。なんでそんなに嫌いなのかなあ。やっぱり気が強いし、思った事ズバズバ言うからかなあ。“女工ふぜい”に上部批判されるなんてのは、許せないのかなあ。まぁアテネ後に出た『NumberPLUS』で、吉原選手は、協会をバシイイッと一刀両断斬捨て御免にしていたからなあ。アレが気に食わなかったのかなあ。「そうか」って自らを省み、反省する気にはならなかったのかなあ。・・・・・・ケツの穴が小さいなあ(下品ですいません)。だいぶ竹下選手がお気に入りのようですが、そう言っておいて「北京も竹下で行くとは限らない」。オリンピックで、ベテランを外すとどういうことになるのか。素人でもシドニ~アテネの流れの中で、イヤと言うほど知らされたというのに、あの人たちはまだ同じ過ちを繰り返そうとしている。全日本にとって、竹下選手が必要なのは、2004年よりも2005年よりも、2008年なんだということに、なぜあの人たちは気づかないんだろう。記事の中の、栗原選手に関する記述についてもかなり腹が立ちました。「パイオニアは練習場」とでも言わんばかり。西田氏は天童に出向いて、栗原選手やセリンジャーさんと直接面談するそうですが・・・どうかセリンジャーさんお願いします。お得意の理詰めと、あの吉原選手でさえもさんざん涙させられたというキツ~イ一言とで、彼の鼻を、協会の無意味に高い鼻っ柱を、木っ端微塵になるまでへし折ってやってください。可能性に満ちた栗原選手を消耗品扱いしようとする彼らを。シドニーで涙した選手たちを、アテネで戦い抜いた選手たちを、称えるどころか一度も労る事をしない彼らを。バレー界の宝を侮蔑し、汚しつづけてきた彼らを。・・・・・・ところが、であります。肝心かなめの「バレー界の宝」は、今現在それどころではない、といったところなのがまた嬉しいやら、頼もしいやら、眩しいやら。彼女にとって全日本は、オリンピックは、きっともう過去のこと。今は目の前にある目標しか見ていない。でももしかしたら、必死で過去から目を背けているのかもしれない。憂えてしまいそうになる自分に蓋をしているのかもしれない。だったらどうかこのまま、目を背けてさせておいてあげてほしい。彼女の心をかき乱さず、目の前の目標に集中させてあげてほしい。協会の誰ひとり認めなくても、彼女の1年半の功績が計り知れないものであったということは事実なんだから。若い頃から企業や協会に痛めつけられてきた彼女にとって、あんな記事のひとつやふたつ屁でもないのかもしれませんが、でもどうか、あの記事が彼女の目にとまりませんように。協会の思惑が、彼女の耳に入り込んできませんように。きっとそれは無理だと知りつつ、ひたすらそれを祈ります。明日はJT戦。去年とは格段に顔つきが変わり、目がギラギラしてきた宝来選手の顔をテレビで観ました。懐かしい、熊前選手の顔も。きっとまた苦しい戦いになるでしょうね。しかももろ、アウェーだし。・・・・・・・祈る事がたくさんありすぎて、ファンは大変です。ですが、明日から2日間、忘年会で温泉に行かなければならない(気持ちはライブスコアに貼り付いていたい・・・)ので、お風呂の中で、宴会の席上で、パイオニアの勝利を祈りつづけます。
December 17, 2004
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今日は、パイオニアのキャプテン・レオこと佐々木みき選手の誕生日。28歳、おめでとう。27歳の一年間はどうでしたか?パイオニアが優勝して、最終予選では、切符をもぎ獲る最後の1点を決めた。オリンピックにも出場した。体調は万全にはほど遠く、楽しい事ばかりではなく辛い事も多かったでしょう。でもきっと「最高の1年」だったんだろうと、私は想像するだけです。28歳の一年間も、27歳やその他の年にも負けないくらい、「最高の一年」にしてください。今は身体が思うように動かなくて辛いかもしれない。でも、来年の3月にはきっとまた、トロフィーを掲げて笑っていてください。佐々木選手の一年が、栄光と歓喜に満ちたものでありますように。
December 15, 2004
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「スモーク」という地味なアメリカ映画があります。主演はハーヴェイ・カイテルとウイリアム・ハート。これまたどっちかっていうと地味です。私はこの地味な映画が大好きです。心が疲れてくると観たくなります。何度観ても、エンドロールが終わって数分経ってから泣けてくる、不思議な映画です(そんなのオマエだけだと言われりゃそれまでですが)。現代人。どこかしら心の一部分が疲れたり、傷ついたりしてない人なんていない。彼らが語る悲しい身の上話も、ある意味どこにでも転がっているような話で、実のところ、話自体本当か嘘かどうかもわからない。だから映画の途中で何度も涙腺が緩みそうになっても、「タバコの煙が目に沁みたからさ」ってなもんです。全然ドラマチックでもないし、美男美女も出てこない。物語のラストに大どんでん返しがあるわけでもない。でもいい映画なんです。泣けちゃうんです。わかりづらくてすいません。
December 14, 2004
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土曜日はNECに完敗、でも日曜日は武富士に辛勝。土曜日から晴れて全セットフル出場の吉原選手。日曜日の決定率は久々に(というか11Vが始まってから初?)40%を越え、チーム最高決定率に。でも吉原選手は、まだ絶対喜んでいないんだろうなあ、試合後も仏頂面だったんだろうなあと思ったら、なんだか泣けてきそうになりました。吉原選手が調子を取り戻しつつあるのが嬉しいのか、「楽しみたい」と語っていた彼女の、最後のリーグになるかもしれないこの時に、彼女に襲いかかった更なる試練が悲しいのか、それでも、もう尊敬を通り越して笑いたくなっちゃうくらい「不屈の闘志」のカタマリと化した吉原選手が眩しいのか。よくわかりません。わかんないけど、昨日のライブスコアを見ていてなぜか泣けてきました。 さあ、闇の奥まで稲妻の伝令をはしらせよう。 怒りの軍皷を鳴らして空を燃やそう。 受胎の雨をそそいで地を洗い、創造の朝にむかって宣言しよう。 俺たちが、長いこと雲と蔑まれて耐えてきたのは、 ひとえにこの嵐の夜を耕すためであったと。むのたけじ氏の「詞集」におさめられている「詞」です。オリンピックという大きな嵐が終わって、これからは嵐を避けて生きる道を選ぶ事も彼女には許されていたはずなのに、吉原選手はまた「選手」と呼ばれる道を、嵐の道を歩く事を選びました。彼女の「嵐の夜」が、また始まりましたね。私たちファンも、チームメイトも、チーム関係者も、そしてなにより吉原選手自身が待ちわびていたであろう「嵐の夜」。「嵐の夜」が明けたあとは、満天の青空が広がっていますように。
December 13, 2004
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友達とカラオケ行ってきました。大きな声で歌って騒いで、ストレス発散です。相変わらずヘコんでいるけれど、担任が暗い顔してちゃ(一応子どもの前では落ち込んだ顔は一切見せていないという自信はあるけれど、でも子どもは敏感だから・・・)、絶対に子ども達に良くない!!と思う。だから嘘でもいいから元気なふりをしようと思う。今はカラ元気でも、嘘でも、自分に思い込ませていれば、きっとそのうち本物の元気になれるでしょう。♪ 青い 青い空に~バンボボボン~ ♪(この曲知ってる人いるかなあ。『アタックナンバー1』のエンディング曲なんですけど)に、始まり、NEWSの曲やら森高千里の「ファイト!」やら、果ては椎名林檎の「君の瞳に恋してる」やら、選曲はもうバレー三昧。なぜ「君の瞳に恋してる」がバレーに関係あるんだ、と言われれば、パイオニアの応援団が流している曲だからさ、と答えるでしょう。まさかいくらなんでも「花笠音頭」(これも流れてる)を歌うわけにはいかないし・・・。そんでもってなぜ椎名林檎バージョンなんだと聞かれれば、あのなんとも押し付けがましい歌いかたが、最初聴いた時は大っ嫌いだったのにだんだん好きになってきてしまったからさ、と答えるでしょう。なにはともあれストレス発散。元気になりましょう。明日も大変でも、辛くても、情けなくて悲しくても、明日はきっと今日よりいい日だと信じましょう。明日がきっと「雲ひとつない快晴」になることなどあり得ないと百も承知の上で、それでも目標は金メダルだと言い切り、信じつづけた名将のように。
December 9, 2004
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♪悲しいことがあると ひらく革の表紙♪って歌がありますが(荒井由実・「卒業写真」)、私にとっての「革の表紙」は、吉原選手が、オリンピック、最後の中国戦で見せたBクイックです。あの頃の日記に、彼女のフォームのすべてが、まるで静止画像のように脳裏に焼き付いていて、私はきっと一生忘れないだろう・・・などと書いた記憶がありますが、あれから4ヶ月が経とうとしている今になっても、Bクイックを打つ彼女の姿はまったく色褪せることなく、脳裏に焼きついています。悲しい時、辛い時、落ち込んで落ち込んでもう立ち直れないってくらい落ち込んだ時、彼女の“Bクイック”が自然と頭に浮かんできます。なんでこんなに吉原選手のファンになったのかなあ、と最近よく考えます。去年のワールドカップ、アルゼンチン戦。「YOSHIHARA」が「吉原知子」なのだと知った時の驚き。私の記憶に残っていた彼女よりずっと痩せて、ちょっとだけ老けて、そして変わらぬプレースタイルを見せてくれた彼女。アルゼンチン戦が終わる頃には、もうすっかり彼女から目が離せなくなっていました。吉原選手のように強くなりたい。ファンである理由を占める大きな部分は、「憧れ」であるように思います。かくありたい、ああなりたいと思う気持ち。でも同時に、彼女の居る「場所」には自分は到底手が届かないことも十分承知している。私はきっと、彼女のようにはなれない。彼女のようには生きられない。どんなに手を伸ばしても届かないところに居る人だからこそ、憧れてしまうんでしょうかね。正直、いま自分がひどくヘコんでいる状態のため、天童では、笑顔の彼女に会いたかった。元気を貰いたかった。でも、現実には彼女は今も身体の不調に苦しみ、本当に辛そうな表情をしていた。だから、まことに勝手ながら、ちょっと落ち込んだりもしながら帰路についたわけですが。なんで彼女たちは、あんな辛くて痛くて苦しい思いをしながら、バレーを続けているんでしょうね。「例えどんなことがあってもやっぱり好きだから」続けているんだろうとは思いますが、その痛みや辛さが、「好き」を凌いでしまう瞬間も絶対あると思うんです。去年のリーグ前、斎藤真由美さん・・・マッチョさんは、あまりの足の痛さに練習着のまま体育館を飛び出したそうです。痛みがひどくて思考が停止した状態だった・・・というような事を語っておられたような気がします。交通事故による怪我と後遺症で、表舞台から消えた4年間。歩く事からはじめて、コートに戻るまでの4年間。今、バレーをやめても、日常生活を送るにもリハビリをしなければならない脚。痛み止めの長期服用により冒された内臓。なぜ彼女たちはそんな思いをしてまでバレーを続けるんでしょうか。「綺麗な身の引き方は絶対未練が残る。だから私はぼろぼろになるまでやりました」という、マッチョさんの引退会見での言葉にはものすごい衝撃を受けました。彼女の「ぼろぼろ」が一体どれほどすさまじいものであるのか。きっと私には一生わからない。私は、そこまで自分を追い込む事はできないし、絶対途中で諦め、投げ出してしまうと思うから。私は、ただ想像するだけです。彼女の痛みや、苦しみや、それからやり遂げた達成感や。吉原選手。マッチョさんより1年年長でありながら、オリンピックを戦い抜き、そしてまだ戦おうとする彼女の気持ちも、彼女の苦しみも、そして彼女の身体がどういう状態であるのかも、やっぱり私にはわかりません。ただ想像するだけです。想像して、やっぱり「私は彼女のようにはなれない」と思います。でも、苦しそうな彼女の顔を見て、「なれない」けど、「近づこう」と思いました。あの人があれほど死に物狂いになって頑張っているのに、私が踏ん張れなかったら嘘だ、と思いました。笑顔でも、吼えていても、苦しんでいる顔でさえ、吉原選手は私に元気を与えてくれます。私は今まで神様に祈った事がありません。お墓参りや初詣は行くけれど、心底祈りを捧げた経験はありません。でも今だけは祈ります。神様。どうかあの人の脚を治してください。今まであれほど頑張ってきた彼女を、どうか最後までコートに立たせてあげてください。彼女の望みを・・・1試合でも1セットでも多くコートに立ちたいという彼女の願いを、1日もはやく叶えてあげて下さい。・・・・・・・・吉原選手は、神様の力なんか借りずに、自力で這い上がって来るだろう、という気もするんですが。でも私にできるのは、祈る事だけですから。
December 8, 2004
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バレーボールの試合会場に行くと、それはもうたくさんの応援幕が壁からぶら下がっています。選手の名前と背番号を染め抜いたものから手作りのものまでそれはもう色とりどりなんですが、5日の天童戦には『北京でも見たい 柳本JAPAN』なんてものまでありました。・・・・・・・・ここでそれをぶら下げてなんの意味が?と思わないでもありません。選手たちは、今はリーグの事しか頭にないでしょうし、それに吉原選手にとって、柳本氏の去就問題は“今、一番心を乱されたくないこと”のひとつでしょうから、頼むから心を乱すようなものを掲げないでいただきたいと思う・・・いや、今は優勝以外の、他のことで心を乱されるような人ではないかな?でも、いくら優勝だけを見据えているとはいっても、人間ですから気にならないわけはない、と思うんですよね。協会のお馬鹿さ加減は、彼女自身、身をもって十分承知していたはずだけれど、一年半の、それこそ血を吐くような戦いを終えたばかりだというのに、そしてその戦いが身に及ぼした傷がまだ癒えていないというのに、今回のこの騒動は、彼女のその傷口に塩どころか唐辛子を練りこむような所業だと思ってしまいます・・・。自らのカリスマ性で選手たちを引っ張り、勝利を掴み取ったかつての名監督たち。当時の選手たちは、『監督が私たちのために苦労してくださっている。だからその恩に報いなければ』という気持ちで(勿論それだけだとは思いませんが)日々の辛い練習に耐えていた、というのをどこかで読んだことがあります。「東洋の魔女」の伝統は、選手たちを片方の手で“魔女”と崇めつつ、もう片方の手では“女工ふぜい”と高みから見下ろしているようなところがあったように思います。その“もう片方の手”が、協会そのものだったんではないでしょうか? そして、時代が変わっても、その“手”はそのまま残っているような気がします。勿論「おれについて来い」の大松監督(=当時の協会)を否定しようとは思いません。でも、監督(=協会)についていくだけだった選手や現場の人間が、自分の意志で歩き始めようとした時、それを阻むのが正しいことだとは到底思えません。「おれについて来て」ほしいのなら、現場の人間の話をよく聞いて、現場の人間に何も文句を言わせないような、現場の人間が伸び伸びとバレーに集中できるような体制を整えてから、デカイ口を叩くべきだと思います。吉原選手は賢い人ですから、たとえインタビュー等で今回の騒動について尋ねられても、自分の気持ちをはっきり語ることはしないでしょうね。でも、彼女の心の中で今回の騒動がどういう位置をどのくらいの大きさで占めているんだろう・・・それが、彼女の身体の痛みとリンクして、どれくらいの重みとなって吉原選手にのしかかっているんだろう、と思うと、なんともいえない気持ちです。私は後輩たちをアテネに導くことができた、私は私の仕事を終えた、だからあとはどうなろうと知らない・・・・・・なんて軽く考えられるような人とは、到底思えないので・・・。でも、今彼女には、自分の身体のこと、目の前の試合のこと、そして優勝だけを考えてしてほしい。吉原選手がそれをしたって、一体誰が責められますか?協会の方々には、もう一度自分の“手”をじっくりと眺めていただきたい。ファンが絶望してしまったら、選手たちが可哀想だ。だって選手たちは、どう足掻いたって協会の枠の中でプレーするしかないんだから。協会に絶望するのは、選手たちを見捨てるのと同じことだと思う。だからどうか協会の方々、もう一度自分の足元を見てください。手を、見つめなおしてください。柳本さん、あなたは燃えるべきだ。燃えられないんじゃなくて、なにがなんでもあなたは燃えなくちゃならない。2歳の幼子が母親と1年間も離れたその寂しさは、故障を抱えた身体で必死にプレーを続けたその痛みは、若手起用の陰で涙を飲んだ選手たちの悔しさは、13位から5位へと日本を引きずりあげた情熱は、すべて北京へと繋がるためのものだったはずです。もしかしたら、柳本さんよりももっと結果を残せる監督が就任するかもしれない。でも今は、少なくとも今は、あなたはその位置に立つ義務がある、と思います。
December 7, 2004
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天童での試合を観てきました。パイオニアが3-1で勝ちましたけど、かなり苦しい試合内容でした。佐々木レオ選手がベンチスタート。彼女は全身置き針だらけで、帰宅してからネットで知ったところによると、腰もかなり痛めているようです。脚を庇いながらプレーをしてきた負担が腰にかかったのでしょうか?彼女の特徴である、身体を反らせて打つフォームの豪快なアタックは一度も見られませんでした。レシーブも、「あと一歩」足が前に出ない状態で、かなり痛みが激しいんだろうと思います。そんなわけで昨日はなんと吉原選手がレフトのスタメン。当然、彼女の怪我が治ったわけではありません。佐々木、吉原、精神的支柱のふたりを、両方ともコートから外すことはできない、という事情があってのことでしょう。レフトの位置から二段やオープンを打っていた吉原選手でしたが、彼女もいつものように高い打点はなく、よって一人時間差もいつものキレが見られませんでした。日立佐和のブロックにパイオニアのアタッカー陣は何度もシャットされ、その動揺のせいかレシーブが乱れ、第1セット終盤、吉原選手を下げて佐々木選手を投入。まぁ結果として勝ったわけだから良いのですが、米沢の時とは一転して、見ているのが辛くなるような試合でした。佐々木選手の痛みは相当なものだろうと思うし、第1セットのあと、足をすこし引き摺って歩く吉原選手の姿には、また痛めてしまったんじゃないか・・・と胸が痛くなりました。第1セットでは佐々木選手に代わってレフト。第2セットでは島崎選手に代わってライト。第3、4セットでは内田選手に代わっての投入。試合毎、どころかセット毎に違うポジションでプレーをしなければならない、しかもいまだ良い状態とはいえない体調で。ベテランだとは言え、センターでありながら実際なんでも打てる人だとは言え、昨日の試合中の吉原選手は、とても苦しそうでした。米沢で私が見た、バレーを楽しんでいる表情はすっかり為りをひそめ、必死で戦っている、戦おうと自分を鼓舞している姿がそこにはありました。第1セット終盤ベンチに戻されてからは、それはもう険しい表情で・・・レオがあんな状態なのに、彼女の代わりに戦いきることができなかった自分が、自分の身体が、もう悔しくて悔しくて仕方がない、とでも言うような顔をしていました。それでも、彼女がバレーを続ける道を選び・・・「コーチ兼任」ではなく、いちプレイヤーとして続けることを選び、彼女の最も信頼する監督が彼女を使うことを判断したのなら、私は応援するだけです。彼女たちの痛みやつらさを引き受けることはできない。いくら望んでもそれは叶わないのだから、今は精一杯のエールをおくりましょう。いるかどうかわからないけど、神様に祈りましょう。彼女たちの痛みが、辛さが、和らぎますように。そしたらきっと、彼女たちは自分の力で勝利をもぎ取りますから。
December 6, 2004
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「子は親を映す鏡だ」・・・とはよく言われる言葉だけれど、幼稚園の先生なんかをしていると、その言葉って間違いで、本当は「子は教師を映す鏡だ」が正しいんじゃないかと思われてくる。私は、幼稚園教諭という職に就いて、子ども達からいろいろなことを教わった。人の優しさとか、人を愛しいと思う気持ちとか、頭ではわかっていたけど、もっと本質的なもの・・・子どもって、言葉は悪いけど動物的なところがあるから、感情がとても原始的なところがあったりする。原始的で、ストレートだからこそ、ハッとさせられ、感動させられる。でもそれと同じくらい、落ち込ませてもくれる。今の私がそう。子どもと向き合おうとすればするほど、自分の醜さや愚かさを目の前に突きつけられるような感じで、愕然とする。でも逃げるわけにはいかないから、私はこの“作業”を続けるしかない。続けようと思う。今までのほほんと生きてきて、自分の愚かさや無力さからは目を背け続けてきた。溜まりに溜まったツケを、いつかきっと払わなければならないのだとしたら、今がそのときだと思う。・・・正直に、文字にしよう。今、うちのクラスの子がひとり、幼稚園を休んでいる。「不登校」・・・いや、幼稚園だから「不登園」とでも言うのかな。理由はわからない。なんで行きたくないのか、なにか嫌なことがあるのかと問うても、彼自身にもわからないそうだ。親子関係がギクシャクしていて、母子分離が十分にされていなかったのは事実だ。でもだからといって、すべてを家庭のせいにできるほど私は厚顔無恥な人間ではない。子どもが「幼稚園に行きたくない」のなら、その責任は母親ではなく、幼稚園、そして担任である私にあると思うから。彼が幼稚園に来たくなくなるほど悩んでいたのに、私は何もしなかった。いや、言い訳をすれば、彼の悩みには気づいていたつもりで、自分なりに色々としたつもりだけれど、でも彼の苦しみは軽くならなかったんだから、それは何もしなかったのと同じ事だと思っている。正直、どうしたらいいのかわからない。友だちにぶちまけて泣いてしまえばちょっとは楽になるかとも思う。でも、一番苦しいのは私ではなく、彼の両親、そして彼自身のはず。そして彼が泣いていた時、助けを求めていた時、私は「何もしなかった」。だから私は泣かないし、それに何より、私に泣く権利は無い。誰かに愚痴ったり、助けを求めたりする権利も無い。だって私は、あんな小さい子どもに、結果的にはそれを強いてきたんだから。ただ今は、自分の愚かさと向き合う“作業”をひたすら続ける時だと思っている。今日の日記は、人様に読んでいただくような内容じゃないと思う。でもせめて、ここでだけ、思い切り吐き出させてもらいました。私の顔が、「疲れやつれた美しい顔」になれるのは、いつのことなんでしょうね。暗い日記でごめんなさい。明日も頑張ります。
December 2, 2004
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(一応)多感だった中学生時代、たま~にカッコつけて詩集なんぞを読んでみたりもしていたんですが、多感な乙女はいつしか心臓にボーボー毛の生えたいいトシの大人となり、詩集をひらくこともついぞなくなりました。ですが昨夜遅く、久々に本棚の整理などをしていたら(なぜ本棚の整理をしようと思ったかというと、そろそろいい加減にいらない本を物置に移すかなにかしないと、床が抜けるんではないか・・・という恐怖に襲われたからであります)、中原中也の詩集を発見。よく今まで物置に移されず生き延びて(?)きたなあ、と思いつつページをめくりました。確かこの本、中学生の頃に買ったんだっけ・・・。その中の一篇の詩。タイトルを見た瞬間、吉原選手の顔が浮かんでしまいました。すこし、引用させていただきましょう。 疲れやつれた美しい顔よ、 私はおまへを愛す。 さうあるべきがよかつたかも知れない多くの元気な顔たちの中 に、 私は容易におまへを見付ける。 それはもう、疲れしぼみ、 悔とさびしい微笑としか持つてはをらぬけれど、 それは此の世の親しみのかずかずが、 縺れ合ひ、香となつて蘢る壺なんだ。 (以下略)『疲れやつれた美しい顔』という、そのものズバリの題名をつけられた詩なのですが・・・。イヤ別に、吉原さんは「疲れやつれ」てはいないし、当然「疲れしぼん」でもいないし、「悔とさびしい微笑しか持つてはをらぬ」どころかそんなもん全然持ってなんかいないですけども。でもなんかね、「多くの元気な顔たちの中に、私は容易におまへを見付ける」というくだり・・・。なんかこう、体育館やTVで、はたまた新聞や雑誌であの人を観るたび、カッコいいなとか憧れるなとか、そういう感情とともに必ず湧き上がってくる、ちょっと泣きたくなるような気持ちとシンクロしちゃうというか。ああそうそうそうそうそうなのよ!!みたいな気持ち。「此の世の親しみのかずかずが、縺れ合ひ、香となつて蘢る壺なんだ」というくだりもいいじゃないですか。ねぇ。そんなのオマエだけだと言われりゃそれまでですが。なにかに夢中になって、なにかに打ち込んで、ただひたすら自分の道を歩み続けて、そしていつかへとへとになって、疲れやつれて倒れる日がきても、それは「此の世の親しみのかずかずが、縺れ合ひ、香となつて蘢る壺なんだ」と、この詩が語りかけてくるような気が・・・するのは私だけですかね、やっぱり。今日は、水曜日。次の試合は天童だから、移動が無いぶんパイオニアの皆さんはちょっとは楽ですね。東北人の強み(笑)で、私は天童の試合も観に行ってまいります。吉原さんはきっとアップゾーンでしょうね。パイオニアの調子は上向きだし、もしかすると、決勝ラウンドまでは温存と言うことになるのかもしれないですね。・・・・・・やっぱり考えたくはないけど、でも現実問題として、吉原さんがコートを去ったら、パイオニアのライトポジションは島崎さんが務めることになるんでしょう。吉原選手がいるうちに、島崎選手のライトで勝てるようにならなければならない・・・監督も、選手たちも、吉原選手自身が一番わかっていることなのかもしれませんね。この間、アップゾーンでコートを見つめる吉原さんの姿をみていて、これが、12歳の時からずうっとバレーボール選手として走りつづけてきたこの人の、最後の仕事なんだな・・・ということが、静かに心の中におりてくるような感覚がありました。でも最後の最後には、この目で絶対に、コートの中で吼える吉原さんが観たい。ゆっくりしっかり身体を治して、決勝での最後の大爆発を期待します。
December 1, 2004
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