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3年前の10月から仕事を辞め、隠遁生活に入った。十分に自分の時間を過ごせた。仕事を続けていた時の「このまま死んだら後悔するなぁ」という気持ちは薄らいだ。機嫌よく暮らす、という目標は6,7割は達成できたと思う。職業という一番表層的なアイデンティティを仕舞って「私は~です」という説明が他者にしづらくはなった。しかし、私は何者なのかという問いをすることもない。もう、表層のアイデンティティがなくても不安にならないのは、この地点で得た幸福だ。 幼いころから自分は他人より優れているという高慢さをもっていた。40代のうつ病を経て、最悪の状態の自分を生きたことでその高慢さは徐々に薄らいでいった。が、愚かな人への怒りはいまだ強い。愚かとは不寛容ということで、半径50㎝の自分の利害しか考えられない人、他者の尊厳を感じとれない人、自分の正義ないしは自己保身に固執する人、あげればきりがないがそういった人への怒りはいまだに強い。自分自身も不寛容なのである。 すごくダブルバインド的なアウトプットなんだが、最近いいなと思い、ぼんやりとこれからの処し方として憧れるのが、「寛容な愚か者」。ひとは皆、愚かだ。それでもタフな日常を生きていかなければならない。皆、それぞれにがんばっている。生き方がいびつだろうがなんだろうが、それでも生きていく。人に笑われないように我慢して生きるより、人にわらわれても気にならない生き方がしたい。
2026.02.02
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まもなく還暦を迎えます。 12年をひと塊にして5回目を終え、6回目に入る還暦。12歳、24歳、36歳、48歳と経ての60歳。私が生まれたころ昭和40年(1965年)の日本における平均寿命は、男性が67.74歳、女性が72.92歳でした。当時、7回目はなかったんですね。 私の場合、36歳くらいまでは青年期をひきづっていたようです。闊達ではあるが、浅い。表面のできごとに囚われ深慮できない青年独特の軽みをもっていました。 40歳で得た、うつ病は「今までのやり方や構えを手放さなければ、やっていけない」という力が働いた結果のシステムクラッシュ~再インストールだったのだろうと思っています。45歳で2度目のうつ病が寛解して迎えた48歳くらいから不安定ながらも充実していたと感じています。 49歳で母を、52歳で父を見送りました。49歳の時に小学校からの友人、彼が許すのであれば親友といえる人を亡くしました。突然死でした。隠遁者のような生活を送っていた彼の遺体は発見が遅れたため、生前の姿を残していませんでした。 51歳の時、高校の同級生が自死しました。再婚が決まったことを嬉しそうに報告するフェイスブックを見て、ようやく幸せを掴んだなと思った直後の訃報でした。自分の人生の充実期にこういった死と向き合ううちに、「あぁ、仕事にたくさんの時間を費やしたくないな」というぼんやりした思いが確信に変わったんだと思います。 身体的な外傷は時間とともに癒えるが、「暴力的なもの=邪悪なもの」が私たちにつけた傷、「世界には条理があるはずだ」という素朴な信憑を切り裂いたときに開いた傷跡は自然には癒えない。 この外傷を癒すために、生き残った人間は「仕事」をしなければならない。 その「仕事」とは、選別の時点では「死んだ人間」と「生き残った人間」の間に存在しなかった「差異」をそれから長い時間をかけて構築することである。言い換えれば、「私が生き残ったことには、何か意味があるはずだ」という(自分でも信じていない)言葉を長い時間をかけて自分に信じさせることである。 だから、「生き残った人間」たちは「葬礼」を行うことになる。 というのは、「死んだ人間」にはできなくて、「生き残った人間」だけにできる仕事といったら(原理的に言って)「弔うこと」しかないからだ。「葬礼を行いうるもの」として自己規定の仕切り直しをする以外に、「生き残ったこと」を合理化するどんな説明も成り立たない。「邪悪なもの」が私を拉致しなかったのは、私がその後に「葬礼」の責務を果たすことを宿命づけられていたからであるという説明だけがかろうじて私の「生き残り」の疾しさを緩和してくれる。(内田樹 邪悪なものの鎮め方 から引用) 親友や同級生の死に際して何度も読み、自死の重みに苦しむ友人に送った文章です。なかなか新しい「仕事」に踏み出せない現状でちょっとした呪いみたいになっていますが、今は「祭礼を行いうるもの」として自己規定の仕切り直しの時間かなと。
2025.09.17
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前回久しぶりに書いてみて「意識的に何もしない」ことを選んでいたのに気づいた。したいと思うことのいくつかは浮かんでは消え、実行に至らないことがたくさんある。旅行だったり、釣りだったり、途切れてしまった習い事だったり。 まあ、いいかと執着しないで放っておくことにしている。やればきっと充足感は持てるだろうし、気分は良いだろう。時間を使っているという自覚は自分と世界とを統制する便利な感覚だ。自分が主体で時間(世界)をコントロールしている時は自由を感じるし、対象や他者に傾きすぎると不自由を感じる。 もともと、時間の不自由さ「忙しい」が好きではなかった。ほぼ憎んでいると言ってもいい。あり余る時間を得た今でさえ、何もしないのだから本当にせわしいことが嫌いなのだとあらためて納得している。 社会生活を送っていると1日の半分以上の時間は吸い取られてしまう。まあ、労働は時間と価値の交換が基本なのだからしょうがないと言えばしょうがない。いま労働から離れて、自分の時間だけを過ごしていると認めざるをえない自分を再確認することが少なくない。 それでも1日はあっというまに過ぎていく。
2024.05.27
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無職になって半年が過ぎました。前回の投稿が10月で、秋冬春の3シーズンが過ぎ今はもう初夏。時間の流れの早さにはただ驚くばかりです。この200日の間、必要最低限の雑事以外、何もやっていません。うれしいことは体重が減ったことです。メタボぎりぎりだった体脂肪がほとんど落ちて6Kgほど減量しました。とはいえ、ハードな運動はほぼしていないので、筋肉も込みの減です。ベルト無しではほとんどのパンツが履けなくなってしまいました。身体は軽くなり、腰痛がほぼ無くなりました。仕事をしていた時は月2ペースで通っていた針灸も1回しか行ってません。まあ、腰痛は仕事から離れれば消えるだろうとは思っていましたが。今の唯一の社会的なつながりは失業給付金をもらいにハローワークに通うことくらいでしょうか。求職活動についてはまた別の機会にします。こうやって書く気が起きてきたのは、少しの変化が訪れたようです。けっこう意識的に「何もしない」をやってきたのですが、そろそろ次の位相に遷ろう頃合いなのかもしれません。
2024.05.13
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無職になって半月が過ぎました。毎日のルーティンから解放されて、頭がほんわか、ぼんやりしています。考えるということが、億劫なのですが備忘録として今の状況を記録しておきます。 身体の不調が減りました。一番は腰痛と腹痛。今までの1/4か、ほとんど感じない毎日です。まあ、デスクに座り1日PCに向かうという状態ではないのが一義的な理由でしょうが、痛む必要が無くなったことが最大の要因でしょう。痛みを感じているときは内側に向かう時間、外部との接触を遮断して自分に引き籠ることができます。今はリアルに引き籠っているので「身体を痛める時間」がいらなくなったようです。人付き合いは上手な方だと思っています。そこを絶ってみて(うすうすは感じてはいたのですが)自分は人嫌い、というか選り好みが厳しいということが改めてわかりました。会社って色々な人がいて、自分の好みに合わない人とも表面上はうまくつきあっていくことが求められます。特にミッションが曖昧で、パッションに乏しい古い体質の会社は同質を要求してきます。そこに合わせるのはかなり大変なことだったんだなぁ、と痛みから解放されて改めて感じています。
2023.10.18
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退職日が目前です。この変化で人生大逆転を狙っているわけではない。今まで、やりたくてやらなかったことを順番にやっていくだけのことがスタートと考えている。そんなにたいしたことができるとは、思っていない。この年齢まで来ると、自分の得手不得手は心得ているし、好き嫌いの判別も良きにつけ悪しきにつけ、凝り固まっている。柔軟性に欠けているのは自覚している。環境に合わせるための早い変化には対応できないだろうし、望んでもいない。新しいビジネスの起業も考えているが、利潤を生むようなものではなく、ほぼボランティアに近いものになるだろう。退職を祝ってくれた人がいる。祝宴を催してくれた。古くからのつきあいのある、心療内科のDr。酒もかなり進んで、しみじみ、ありがたいなと感じた。こういった縁を大事に恩返しができるような生き方がしたいと思えた。まずはゆっくりと自分自身の日常を再構築するような生活がしてみたい。日々の炊事、洗濯、掃除、買物、散歩、昼寝、読書、軽いトレーニング、夜の晩酌。これで結構、1日が過ぎてしまう。今まで通勤を含めて1日の半分12時間を仕事にあてていた分を当たり前の日常に変える。まず、最初の目標は、だらけきった身体を蘇らせることに絞っている。
2023.09.27
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最近、FBなどで、やたら英語で含蓄のある文章がポストされてくる。最近、響いたものを共有します。著者のエガー氏には詳しくないのですが、ホロコーストのサバイバーです。エディス・エガー著「ザ・ギフト」からの10の教訓: 1. 刑務所はあなたの心の中にあります。 あなたを過去に閉じ込めておくことができるのは、あなただけです。 たとえトラウマや困難を経験したとしても、あなたには自由を選択する力があります。 2. 過去はあなたの未来ではありません。 過去にあなたに何が起こったかがあなたを定義する必要はありません。 あなたは痛みを手放し、自分自身にとって新しくより良い未来を創造するために進むことを選択できます。 3. あなたは一人ではありません。 誰もが人生の中で痛みや苦しみを経験します。 苦労しているのはあなただけではありません。 あなたを気にかけていて、あなたの癒しを助けたいと思っている人がいます。 4. 自分の感情を感じても大丈夫です。 自分の感情を抑圧しようとしないでください。 自分の痛み、怒り、悲しみ、恐怖を感じられるようにしてください。 自分の感情を認めたら、そこから回復し始めることができます。 5. 感謝の気持ちは強力なツールです。 感謝していることに焦点を当てると、人生の良いことを認識し、否定的なことを手放すことができます。 6. 自分自身と他人を許しましょう。 怒りや恨みを持ち続けることは、長期的には自分を傷つけるだけです。 自分自身と他の人が犯した間違いを許しましょう。 そうすることで、あなたは自由になって人生を進めることができるようになります。 7. 目的を見つけてください。 あなたの人生に意味を与えるものは何ですか? あなたは何に対して情熱を傾けていますか? 自分の目的を見つけると、より充実感があり、生きていると感じるでしょう。 8. 今この瞬間を生きましょう。 過去にこだわったり、将来のことを心配したりしないでください。今この瞬間に集中し、人生の美しさを楽しみましょう。 9. 自分に優しくしてください。 友人に接するのと同じ思いやりと理解を持って自分自身に接してください。 自分自身に辛抱強く接し、自分のペースで治癒できるようにしてください。 10. 決して希望を捨てないでください。 たとえどんな経験をしてきたとしても、より良い未来への希望は常にあります。 自分自身や夢を決して諦めないでください。 これらのレッスンがあなたの癒しと自由への旅に役立つことを願っています。
2023.08.29
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離職日が決まりました。残すところ2ヶ月ほどになりました。まだ、上司を除いた職場には伝えていません。家人には、ほのめかしはしていましたが、正式には伝えていません。今、ここらへんがとても重いです。とは言え、自分のわがままを通すということは、少なからず他人に迷惑をかけることになるわけで、そこでの軋轢は自分持ちです。いざ、退職を決意してことが進んでいくにつれて心に浮かんできたのが「燃え尽き」という言葉でした。燃え尽き症候群の燃え尽きです。精魂尽き果てて、、、。という、ほどではなく「あぁ、1周廻ったな」と。次の周回に漕ぎ出す余力は無い感じ、ましてや気持ちがもう、離れてしまっているので、同じ景色を見続けることはやめることにしたわけです。かすかに残った意欲や欲求を、未だ漠然としている、なりたい自分に傾けること。方法を見つけた方が早いとは、思いますが、ゆっくり選んでいこうと思ってます。
2023.07.31
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退社を決めたのには、同世代の同僚や高校時代の友人らがリタイアしていったことにも影響されている。友人は、有名企業に勤め、かなりの給料をもらっていたがある日、急に全くやる気が出なくなった、と言う。今まで、そんなことは一度も無かった(この言葉に、私はびっくりしたが)と本人はかなり参ったらしい。 精神科に行くのは抵抗があった彼は泌尿器科を受診し、男性更年期の診断を受けた。男性ホルモンの減少でうつ様症状がでるLOH症候群。独身で仕事漬けだった彼には、かなりの資産があった。ためらわず会社を辞め、今は全国を旅して回っている。この話を聞いて「羨ましい」「金があるから」といった感想よりも、「あ、俺もそろそろだな」というストンと落ちてくる感覚のほうが大きかった。人生は80年と考えている。あくまで、健康寿命としての80年。残り20余年で、したいことをいくつできるだろうか。まずは身体を創り直すことから始めないと。もう、頑張らないことにする。とはいえ、うつとつきあう方法「頑張らない」と「良い加減」を、ここ10年は実践してきたので、それほど頑張って自身を削るような仕事は一切してはいないのだけれど。これを書いて気づいたのだが、これでは会社での報酬は上がらないか(笑)、とはいえ評価されない場所で気持ちを腐らせるのは嫌だということははっきりとしている。
2023.06.21
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前回のブログは「セカンドキャリア」で2題書きました。ちょっと、待てよと自分に問うと、キャリアを積んでいきたいという欲求はさほど無いことに気づきました。ちょっと、カッコ付けすぎた感があり、再考察のために書き始めます。仕事は面白いと前回書きました。確かに面白いのだけれど、とてつもなく疲れるのです。仕事中は、いわゆるハイな状態、ギアを1段上げています。判断やアイデアを出し、効率を上げるためには私にはそういう状態が必要なようです。そして、ここ1年仕事終わりにとてつもない疲れを覚えるようになり、土曜日はほぼ動けないようになりました。「あぁ、これは本物ではないな」と実感。本当に楽しいことはいくら、やっても疲れない、疲れたとしても心地よい疲れ方です。仕事が終わって「飲みに行きたい」という欲求が全く無くなってしまったことも大きかったです。これはコロナとの関連もあるかもしれませんが、少なくとも50代前半は金曜の夜に友人と飲むことは楽しみでした。まぁ、それが老いることだと諦め、日常を続けるために最大限の配慮をしていくのが賢明なやり方かもしれません。ただ、もう少し我儘になりたい、自分を甘やかしたいという気持ちが優った故の退職なのだと思います。たぶん、老いることへの恐れが強く、今の生活を続けていて、「あなたはがんで余命3ヶ月です」なんてことになったら、後悔しか残らない。セカンドキャリアというよりもセカンドライフ○生き直しが、したいのです。
2023.05.30
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前回で離職の話になったのだが、いま辛くて辛くて、どうしようもないといった状態ではない。抑うつが全く無いとは、言わないがそういう時は「休み切る」ことにしている。腰痛や腹痛、倦怠感といった不定愁訴は山盛りだが、歳をとれはこんなもんだろうと割り切っている。体力が目に見えて落ちているのを実感している。離職のテーマを「70代をどう過ごすか」だと考えている。今の会社は65歳まで勤めることができるが、想像するとイメージが(ちょっと言い過ぎだけど)醜悪でしかなかった。「たぶん、不満を溜め込んだ嫌なジジイになっちゃうかもなー」という不安が生まれ、もうこの場所で学ぶことは無いなという感覚が、離職を決めた要因。たぶん、次は就職しないと思う。雇用はされない、という意味で。いくつか漠然としたプランはあるのだが、そんなに頑張らない、緩いつながりの中で理のある仕事を創ってみたいと夢想している。
2023.05.16
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そろそろ、仕事を辞めようと思っている。正確に言うと、仕事からはなれるのではなく、会社を離れることにした。仕事も職場チームは好きなのだけれど、会社の環境と待遇の不満、評価報酬のバランスが悪すぎるというのがひとつの理由。通勤を含め1日12時間を費やして、得る報酬では無い。半分の収入でも半分の時間で得た方が人生の残り時間を考えるとお得な気がしてしょうがない。なにより、不満、というか自分の中の「詰まり」みたいなものが原因でモチベーションを下げるのが嫌で、そういう人をたくさん見てきて、「つまらなそうな人生だなぁ」と思っている。会社の高齢化が進みすぎていて、つまらなそうな人生の人たちであふれかえっているのも、今の仕事を離れる理由の一つだ。本当のところ、残りの人生を考えると、会社勤めの繰り返しは、もう必要無いな、という心境が優っての決定です。
2023.04.18
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このブログの目的のひとつとして、自分の状態の記録というものがあります。今、状態が思わしくありません。頭重感というかふらつき、めまいと抑うつ感が強くなってます。昨年の4月のブログを見てみたら、なんとほぼ同じような記録が。この不調は生き物として自然のサイクルなのかー、と思えたら気分が少し軽くなりました。昨年の自分は「木の芽時」と括っていましたが、そうなんだろうなぁ、と。さらに探ってみると一昨年の4月のブログタイトルが「絶不調」、なんだか笑ってしまいました。辛い、きつい、どうしよう、のなかにいると症状って、益々、顕在化するようです。自分がそこにフォーカスしているから。今回は過去の記録だけれど、自分を客観視することで、そのフォーカスをずらすことができると楽になれると感じました。心理臨床的にはメタ認知というやつだと思います。全ての問題が解決するわけではなくて、同じところをループしていた自分が少し「ずれる」という感じ。書くということに少し救われました。
2023.04.12
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この前、罹ったコロナは少し特別な療養だった。最初に大晦日の夕方、友人から「37.5℃の発熱と喉の痛みあり、ごめん」のメッセージが送られてきた。なぜ「ごめん」なのかと言えば、12月29日に友人7人で忘年会をその友人の呼びかけで催したから。その夜半、同席していた夫婦の奥方が発症。件の忘年会に参加した友人とはメッセンジャーのグループで連絡を取り合うことにした。私を含めもう1人、4人が発症した。残る3人は全く症状無し。うち2人は既に昨年にコロナ罹患済みだった。2人は自然免疫を持っていたわけだ。発熱や症状をお互いに発信し、励ましあったりしてた。病は極めて個人的な体験だ、ごくごく独りの体験だ。他者から同情や慰めはもらえても、自分のなかに籠っている、痛みや不快感まで共感する人は稀だろう。コロナに罹った4人はみな、結構、重症でお互いの辛さを分け合えていたような気がする。それによって症状がきつくても、落ち込まなかった。うつ病を独りで、抱えかこんでいた時には全くなかった感覚だ。もちろん「いつか、治る」という安心感があったからこそだけど。治るという確信や希望はそのもの自体に治癒力があるのだろう。以前のブログで「治療に対しての前向きな気持ち」について書いた。今回の経験で、前向きな気持ちって、治癒への希望を捨てないことなんだと実感した。
2023.02.13
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元日からコロナ発症していました。ただの風邪なんかでは決して無いということははっきりわかりました。とても辛い。今も喉の不快感と咳(1週間前までは喘息発作みたいでした)、なんといっても倦怠感と頭重感がしつこく残ります。まるで、抑うつ状態のような、なんとも懐かしい?感覚に包まれてしまっています。もちろん、仕事へのモチベーションはほぼゼロ。通勤に使う体力が無いので、ビジネスホテルをとってなんとか仕事に行っています。発症が元日だったので、もとより受診するつもりはありませんでした。39℃近い高熱で、発熱外来にたどり着けるイメージが湧きませんし、おそらく外来でも解熱剤の処方以外は無いと思ってました。手持ちの風邪薬と防衛体力だけを頼りに4日で熱は下がりました。妻も家庭内感染、2日遅れの発症でした。看病のバトンタッチです。残念なのが、せっかく仕入れたお節料理に手をつけることができなかったこと。結構な大枚叩いての年に一度のお楽しみだったのですから。写真は抗原検査の結果。手元に持っておいた方がいいですよ。
2023.01.25
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還暦超えての、うつ病再発は避けたい。何としても避けたい。前回の冒頭で紹介した精神科医は「意欲」を保ち続けることが、老化によるメンタルヘルスの低下に有効だという。意欲というとハードルが高くなってしまうが、熱意も高揚も無い「繰り返しの日常」が良くないらしい。ここはとても共感した。自分自身が毎日、同じ通勤電車で仕事に行き、仕事も経験値の範囲内でこなし、同じような食事をして、決まった時間に床に就く。変化を嫌い、ルーティンが乱れると動揺する。調子が良い時は、日常の中で心の振れを味わえて、帰り道に見る満月やパリッとかわいた洗濯物でみたされたりもする。調子が悪い時には心が振れることはあまり無い。。のっぺりとした時間の連続になり、不機嫌だったり、イライラとした気持ちが募ってくる。意欲というのは、流れに任せるのではなく意図して日常に変化を与えていく、人生のイベントを自己演出していくことなんだろう。若い時は心を震わしてくれるものと出会う機会が多い。耽溺し、没頭するのは心のしなやかさが無いと難しい。これをしていたら、何もいらない、いわゆる「寝食を忘れて」という時間を過ごすことが大人になるとなんと少ないことか。
2022.12.05
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高齢者医療をしている精神科医の話を聴く機会があった。著作も多く、明快な切り口とストレートな物言いで人気が高い方である。高齢者 精神科というと話題は認知症に流れがちだが、今回は健康的に老いるには、年代ごとにどんな準備や気持ちの向け方をしたらいいのか、という話題を中心にした。健康的に老いるとは、フレイル(低栄養、不活発による筋力や認知機能の低下)で引きこもったりせず、自身の生活が「楽しい」と感じられる老い方だと仮定してみる。病気がない事が健康なのではなく、自身の生活に満足できているかが、問われる。これって老人だけの問題ではない、とはたっと気づく。今の延長線上にあるのが「老い」で、さまざまなものを失っていくのが、老いるということ。ということは、今、満足できていない人が、老いて幸福になれるのかと考えたら、答えはNoかもしれない。興味深かったのは、高齢者のうつ病の有病率の高さ。もちろん、深刻な身体疾患を抱えている(がんは60歳から発症が急激に増える)人の抑うつ〜うつ病は約20%というデータが平均を押し上げているのだけれど、やはり生物として「弱く」なってしまうのが主因のようだ。老化でセロトニンの量、作用自体が乏しくなってしまうそうだ。その分、薬の効きはいいらしいんだけど。うーん、困った、60歳を超えて、うつ病再発はなんとしても避けたい。(続きます)
2022.11.30
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この前、乳がんのサバイバーの人とあるイベントの仕事をご一緒する機会があった。乳がんに罹患して、治療がうまくいき、今は経過観察をしながら暮らせている人だった。ほぼ、一日ご一緒したのだが底抜けに明るい人だった。なんか、「今楽しまないでいつ楽しむのよ」って声が聴こえてくるような気がした。当たり前のことだけど、彼女はがんの再発への不安をいつも抱えている。がん患者はうつ病を発症しやすいことが知られている。がん患者の大うつ病有病率は14.9%で、がん診断後1年以内の自殺リスクは一般人口の約24倍という国内の報告がある。サバイバーの人たちは、ここを通り抜けてきた。しかも、まだ抜けきったわけではなく、再発の不安はついてまわる。彼女の元気は、から元気かもしれない。それでも生きることへの真摯な態度に触れ、時間を共有しただけで、こちらも元気にしていただいたと感謝している。
2022.11.08
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まるひと月のブランクが空いてしまいました。調子の方は100点中60点くらいを行ったり来たりしています。まぁ、これで良しとするレベルです。6月からの異常気象の酷暑から、まったくやる気が失せて、夏バテと自分で決めて低速運行で過ごしていました。休日はほとんど外出はしません。日曜の夕方、来週の食材の買い出しに出るくらいです。その後、近所の公園をぶらぶらとして、風呂入ってビール。こういう夏も終わろうとしています。この夏、最も心が揺さぶられた事件が安倍元首相暗殺事件でした。これについては、しっかりとまとまった文章を書いてみたいと思っています。僕にはテロリズムで括ってしまうことができないのです。とはいえ、犯人の彼を英雄視しているわけでもありません。一点に集中した精神と胆力、そして命中させられた運、すべてが一致した何か彼以外の力が働かなければ起こり得なかった出来事だったように感じています。たぶん、それは邪悪なものです。統一教会がどうの、といった因果関係が効かない世界から招かれたもので、良く生きるということは、邪悪なものの声に耳を澄ませ、巧みにそれを避けることからしか始められないと思っています。
2022.08.23
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「このままでは、死ねない」って気持ちありますか?このまま、うっかりコロナで死んだりしたら、ずいぶんと残念な人生だったな、と思ったりします。その反面、「もういいかな」という気持ちもどこかにあるんです。こういうのを厭世観というのでしょうか。トンガの火山爆発の時、ちょっと感じました。南海トラフ地震の発生予想や富士山の噴火対策などのニュースに触れると「もういいかな」って。被災した時にがんばれる気がしないんです。過酷な状況になった時に力が出せそうにないなー、と思ってしまうんですね。歳のせいもありますが、たぶん、つながりが薄いんでしょうね。表層的な感覚としては家族がいたり、自分の仕事を愛していたり、あきらめられない何かがあったりしたら、また違うのかもしれません。(ここまでは昨年の8月に書いていたもので、下書きに放置してました)去年の8月は入院・手術でかなり落ちていたんだな、というのが、ありありとわかりました。先週、ベランダにミントを植えました。鉢に移し替えると、毎日新芽が生まれてきます。「このまま、死んだらミントに水あげられないな」。もういいかなっ気持ちが少し薄くなってます。
2022.06.16
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このタイトルの2つの文章を読み返していたら、「何で、こんなタイトルつけたんだっけ」と不思議に思ってしまいました。確かに心理療法の力は、枠組みとセラピストの謙虚さと相互の敬意によって下支えされていないと、時に醜悪なものになります。どんな人間関係だってそうですけどね。その人の思考の枠組みや行動を変えるような影響を持つ人は謙虚であってほしいという願望が私にはあって、この「力と謙虚さ」というタイトルをつけたんだな、と思い起こしました。そういう人って、私には、ほんとに魅力的に映ります。謙虚さってたぶん、自分に慢心してないからで、「私なんて、まだまだ途中ですから」という自覚がある人なのだと思います。それを「至らなさ」というのでしょう。独善性、私の正しさが暴走すると諍いが生じますよね。戦争をみて、そんなことを思っています。
2022.06.02
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TVをつけるとウクライナ侵略の映像がこの2ヶ月間、放送され続けられ、見るのが辛くなっていた。ということでTVを見る時間が最近減っている。それに加えて芸能人の自死のあまりにも酷いワイドショーの扱い方に、嫌気が感じている。知りたい・見たいという需要があるのだろうか?あったにしても、報道のモラルを持ってほしい。困ったものだ。自死に向き合うことは並大抵なことではない。私も3度自死に関わってきたが、未だ未消化なものが自分にわだかまっている。それで、いいんだと思う。自分の生に思いをいたすとき、そのわだかまりが自分がどちら側に居たいかのヒントをくれる時がある。
2022.05.25
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GWの最後の土曜日、久しぶりに友だち5人が集まって上野で痛飲した。居酒屋、台湾料理、スナック、カラオケのフルコース。終電をのがしたので、久方ぶりの外泊となった。特になにを話したということでもないのだけど、翌日の酷い二日酔いも含めて最高に楽しかった。夜の東京で飲んだのは2020年1月以来だから、2年以上のブランクが空いていた。街のきらびやかさとか人混みとか、新鮮に映ったのには自分自身ちょっと驚いた。やはり、人と会うっていいなと改めて感じている。そんなわけで、抑うつ傾向を少し挽回させることに成功しています。長引いているコロナの影響は低く重いストレスとして、のしかかっていることに羽目を外して昔のように遊んでみて、気づいたのです。
2022.05.18
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さて、どうしたものやら。から、けっこうあがきました。調子が低調になったのが3月初旬くらい、何度かポカ休(当日の朝、体調不良の電話を入れて有給)もしました。実感として「こりゃまずいな」という焦燥感が現れたのが、中旬からでした。まず、会社の保健師部門の責任者に相談しました。同僚なので「ちょっと相談したいんだけど」で快く応じてくれ、他の保健師がフォローしてくれることになりました。担当するのはベテランで、私と気が合う、好ましい人です。「ちょっと相談に乗ってもらいたいんだけど、明日時間つくってもらえない?」とその保健師から声をかけられました。周囲を配慮しての声がけがうれしかったです。面談では、かなり話しました。しばらくぶりに「話を聴いてもらえたなぁ」と思いました。2ヶ月に1度の精神科への通院でも、不眠と焦燥感、抑うつ気味であることを伝えました。今のところ、悪化してません。(保健師には、様子がおかしかったら伝えて、とお願いしています。いつもの自分を知っている人にいつもと違うと感じさせる時点で、症状はかなり進んでいるから)色々な人に「相談」し、面談で話を聴いてもらえたのが、緩衝になっているのでしょう。依存先をいくつ持っているかが、自立。昨年の9月のブログでも書きましたが、どっぷりと浸る依存先ではなく、自分のネットワークで適度にサポートしてくれる関係がありがたいと感じています。
2022.04.07
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春は体調崩しやすいです。冬の間、眠らせていた身体のさまざまな機能が動きだして、変化と脳とが馴染まないみたいです。歳のせいもありますが、脳の機能低下を起こした(うつ病)履歴があるから順応性が低く、ちょっと脳がバグってるんでしょう。不思議なことも起こります。腰痛と疲労が酷く、ここ何年か通っている鍼灸院に3月の始めに行きました。女性の鍼灸師さんで、とても明るい人柄と志向が合うのが気に入って長年お世話になっています。その日は「いつもより強めにやりました」と言っていましたが、長年の付き合いの私の身体に何かを感じとったのかもしれません。以来、腰痛が止まりました。ただ、厄介なことに精神症状が立ち上がってしまったんですね。抑うつです。いま、ちょっと困ってます。さて、どうしたものやら、とあれこれ策を考えていたので、ブログも手つかずに。さて、どうしたものやら。
2022.03.29
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機能不全家族が継承されていく様子を「ホットポテト」といいました。持ちきれない厄介なことを次の世代に放り投げてしまうことで世代間連鎖が引き継がれてゆきます。児童虐待がわかりやすい現象だと思います。閉ざされた家族のなかでは、問題を問題として見ないようにします。そこに異物が転がっていて悪臭をはなっていても家族みんなが暗黙を貫く場合が往々にしてあり、その醜悪さの犠牲にされるのは、たいてい子どもです。「何かおかしいよ」ってずーと感じている子どもは「感じないようにする」という方法で環境に適応せざるを得なくなります。そういった子どもが大人になって生きづらさに苦しめられた時、自分の苦しみの理由がほしくなる時があります。周囲の人間関係にその答えと癒やしを探し出せたとしたら、それが、成長です。しかし、なかなか出会いは起こりません。かえって、自分の枠組みを強化してしまう関係を選んでしまうことも起こります。だから、人には物語が必要になるのだと思います。繰り返しのループを断つ、今ここではないどこかに運んでくれるファンタジーが。
2022.01.17
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12月8日はジョンレノンの命日ですね。1980年でした。高校生になったばかりで、結構ふさぎこんでいた時期で、あれも考えてみたら「鬱っぽかった」のかもしれないと。まぁ、思春期ど真ん中だから、普通ではないのは当たり前ですけれど。 ジョンレノン暗殺のニュースに触れた時、この世界は安全ではない、と深く感じました。とんでもない厄災が潜んでいるんだという確信を持った最初の体験だったかもしれません。 愛と平和をあれだけ訴え、素晴らしい音で伝えていた人が40歳でいなくなってしまう。大きな喪失でした。 ジョンが亡くなってから41年。世界は少しはまともになっていってるのでしょうか? 一遇を照らす。2019年12月4日アフガニスタンで暗殺された中村哲医師の座右の銘です。置かれた場所で一生懸命に..という意味だと思っています。まさにそれを体現された方でした。徹底徹尾、リアリストで他利に徹した生き様は多くの人の心の中に生き続けているのでしょう。 死んでも残るものがある生き方って尊敬します。
2021.12.09
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電車の広告で「我慢して生きるほど人生は長くない」、というコピーの広告を目にしました。長くホスピスで医師をしている小澤竹俊さんの著作の広告です。以前、小澤先生のホスピスを見学させてもらい、お話をうかがう機会がありました。懐の深い味のある方でした。 もし、がんに罹ってあと1年しか生きられないとしたら。そういう問いを投げかけてきます。 さて、どうしましょう。現実に起こる課題として、具体的にリストアップを始めたくなりました。 1,会いたい人と会う 2,自然の中で犬と暮らす 3,美しい風景の中に入っていく(旅をする)、 さて、これ以上はすぐには思いつきません。 人と会う時、癌を患っていることを伏せて会うのか、伝えた方が良いのか悩みます。犬と暮らしても、先に逝ってしまったらあとの世話を誰がするのか。旅行ができるほどの体力はのこるのか。 頭の中のシミュレーションをしてみると、そうそう簡単にはいかないなー、と思います。 でも、これって癌にならなくても今すぐにはじめられることなんですよね。やりたいと我慢していることがなんと、多いことか…。 「我慢して生きるほど人生は長くない」のです。
2021.10.27
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この間、コミュニケーションの専門家の話を聞きました。コミュニケーションが良い職場の目安は「家族の話ができているか」をみるといい、と言っていました。 仕事の相談がうまく機能している職場では、自然と家庭の話、多少の問題も含めた話題でも話せる雰囲気があります。私の推測ですが、仕事の相談を通して「この人だったら、なんらかの支援がもらえる、解決しないまでも私を支持してくれる」という基本的な信頼感が既に作られているからだと思います。 親ガチャってネット用語?が話題になってますけど、職場ガチャとか上司ガチャは勤め人の強制課金アイテムですよねー。 幸いにも、私の職場は家族の話もたくさんします。思春期で難しくなってる子どもの話や親の介護のこと。オープンに皆で話します。仕事と家庭って両輪で、どっちかが上手く回っていないと片方にも影響してきます。家庭でかかっている負荷は仕事に影響しますし、その逆もそう。 たいへんなことは様々起こります。そういった時の近しい人からのちょっとした言葉かけとか、他愛もない会話が心の栄養補給になってると思います。ただ、鬱が進むと、そういった心の栄養摂取を拒むようになります。他愛のない会話を避けていないか?、私は自分のうつ度のチェックに使ってます。
2021.10.06
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前回、心理療法の団体について書きましたが、40歳で最初のうつを発症して、その団体役員を辞任しました。ほぼボランティアで土日の空いた時間や平日、深夜に及ぶ時間で作業や会議をしていたのも、うつの発症に繋がったと思い、すっぱりと手を切りました。その判断は正しかったと、その時も今も思っています。 20代後半から30代の10年以上、携わっていたのに全く執着は無かったです。むしろ、「やっと離れられる」という安堵を憶えました。私にとって捨てる時期に来ていたんだなと、今思ってます。10年間で培った(心理療法の)エッセンスは私の行動原則とか、物事の見方、対人関係に色濃く反映されています。学生時代の勉強は全く疎かにしていたので、人生で一番、学んだことかもしれません。でも、そういったものを捨てる、(もしかして一旦、置いているのかもしれませんが)ことをさせてくれたのが、うつ病だったんだなと。不思議です。 この類のことは過去のブログにも散見されることで、病の倍音が聴き取れたら素直に従った方がいいんだ、と思います。つまり、現状維持のためだけに頑張らない、ってことかなー。
2021.09.16
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去年のブログを見返していたら、抑圧をテーマにした3連投がありました。読み返してみても、上っ面をなぜているだけで、あまり自分に響いてこない内容で、ちょっとがっかり。 1年経って、あの時自分が本当は何を掘り起こしたかったか、ぼんやりと観えてきたので少し進んでみたくなりました。 うつを発症したのが40歳。当時、10年以上事務方として携わっていた心理療法の団体を法人化して、経営に参加しました。法人立ち上げのメンバーはよく言えば浮世離れ、はっきり言えば現実対処能力が低い人たち、加えて自分を大切にすることをトレーニングされ過ぎている方々の集まりだったので、会議はいつも紛糾し、結論を出せないまま終わっていました。特にこれからの団体のミッションを決める時、「この心理療法をもっと世の中に拡めたい」という意見には辟易としていました。 「おいおい、新興宗教じゃないんだから」という心の声が聴こえてました。心理療法は非日常のドラスティックな体験だから、ある種パワーがあります。本当のエッセンスは、ドラスティックな体験と日常の折り合いのつけ方にあるのだけれど、その力を勘違いしてしまう人が多いのです。一時期、流行った自己啓発セミナーは、ドラスティックな技法を寄せ集めた集客〜収奪の仕組みだと思ってます。 だから、心理療法を提供する側にはしっかりとした枠組みと倫理が必要だと、本当に感じます。自称カウンセラーとかメンタリスト?にはくれぐれもご注意を。 また、話が逸れていますね。どうも、一直線に進みたくない、絡み合った結束があるみたいです。ゆっくり進めます。
2021.09.15
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ずーと、タバコに依存していました。過去形になっているのは、この夏の入退院で習慣から外れてきたからです。今でも、吸いたい欲求はあります。そういう今は1週間に1,2回吸ってみて、その時の感覚、その後の身体の感じにフォーカスしています。 吸っている時の感覚も、それほど素晴らしいものではなく、身体にかなり、負担がかかっているな、という体験を何度かしました。私の喫煙は習慣化された儀式であって、実感としてタバコはもう必要ないな、という感じです。 東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷 晋一郎先生、一度お会いしたいと願っている方です。ご自身も脳性麻痺の障害を持ち、小児科臨床医を経て、今は「当事者研究」を(私も不勉強で、要約できないので、調べてみてください)されています。 彼の「自立とは依存先を増やすこと」という言葉に深い感銘を受けました。間違った依存先は人を損ねます。依存を拒んでつらい体験を独りで重ねると人は壊れます。真剣に生と他者に向き合っていないと、必要な助けが得られないばかりか、「助けて」という声をあげられなくなります。 誤った依存先、タバコや薬物、ギャンブルやセックスはそこら辺に転がってます。孤独が人を蝕んでいくのってよくわかります。 相互依存、美しい日本語では「相身互い」「お互い様」として、社会の規範と比べると弱い者同士が緩やかに連帯して助け合う。依存先を増やすことは、社会規範では計れない価値を交換しあうこと、緩やかな連帯に含まれる安心感を得ること。生き抜く上で、とても大切なことだと感じています。
2021.09.08
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結石が取れてから、すこぶる調子が良い。身体もそうだが、なにより気持ちが軽くなった。自分のなかでわだかまって、凝集した色々な意味不明な事柄が、コロっと石として出ていったような感じさえ、受けている。 身体の調子が良いのは、ある依存から距離をとれているから。(このことは、別に書きたいと思います)。もうひとつは、通算すると1ヶ月以上の休みをとったこと。前回のうつから10年ぶりの欠勤の行列が勤怠表に並んだ。 ずーと、会社への不満が溜まっていた。実際に退職届も出したのだが、その後にコロナのパンデミック。医療機関に勤めているがため、大きな流れに飲み込まれた。誤解されるかもしれないが、社会の大きなうねりの中で、少し躁状態だったのかもしれない。トップギアで走りすぎたな、と今さらの悔悟と、それでいいという内省が同居している。 病いという、身体のメカニズムは変化の導き手であるということ、改めて実感している。
2021.08.30
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6月と8月、各々3泊4日なので2か月間に1週間ほどの入院と2回の手術をしたことになる。入院して感じたのは、やはりご老人が多いな、ということ。ナースステーションに近い病室ほど重篤な患者で、酸素や心電図のモニター音が聞こえる部屋だった。そんな部屋の前を、ある朝通りかかると、空室になっていたりする。病院を選んだ基準は、その病院で父を看取ってもらったから。父は入退院を繰り返し、主治医の配慮もあり、無理な延命治療をせず、ゆっくりと逝かせてもらえた。本当は在宅で、と思ってもいたのだが現実には無理だった。その時の医師・看護師らを信頼していたので、「自分も」というわけである。まあ、何度も通ったところなので馴染みがある、というのも大きな理由だろう。手術は全身麻酔だったので術中の記憶はない。まあ、2か月に2回も麻酔をかけてもらえたのは、面白い体験だったと思う。全身麻酔は眠りとは、まったく違う感覚だった。睡眠は、自分が寝ていたということと時間の経過は自覚できる。全身麻酔はまったくそれが無い。ストンと落ちて、同時にその場所に戻ってくる、という感覚で、恐らくすこしの間、死んでるだろうな、と思う。いわゆる仮死という体験は得難いから、面白いと感じた。
2021.08.11
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ほぼ2ヵ月ぶりの更新になります。前回の入院~手術のくだりから色々とありました。初回の手術が不成功でした。尿管が狭くて内視鏡が入らなかったんです。再手術が先週の金曜日。なんとか成功し、日曜日に退院できました。この2か月の間、腎臓から膀胱までの尿管にビニール製の管(ステント)を入れて過ごしていました。これが全く慣れなかった。擦れると血尿が出て、かなり痛みました。不快感が常にありました。慣れる人は大丈夫らしいのですが、私はまったくだめで痛み止めを常用し、会社もけっこう休みました。有給ではなく欠勤扱いとなってます。10年前、うつで8か月欠勤して以来の欠勤です。入院・手術も30代で虫垂炎で入院して以来なので、まったく記憶から抜け落ちていましたが結構ヘビーだな、というのが正直な感想です。コロナがこんな状態なので、入院している人のほとんどが救急からICUで一般病棟か、がんなど重篤な病気、つまり不要不急ではない入院患者ばかりでした。4人部屋に入ったのですが、同じ病室の方とは会話はありませんでした。色々と感じたことは多いのですが、それは別の機会に書くことにします。というわけで無事、手術は成功し今に至るわけです。ありきたりですが、「普通に健康」ってかなり貴重なことで、「普通の生活」って思っているほどあたりまえではないと、あらためて感じています。
2021.08.10
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人間ドックから3ヶ月。腎臓にあった結石が尿管(腎臓と膀胱の間)に落ちていたのは、分かっていたのですが、自然排石は叶わず来週、内視鏡手術をすることになりました。 この3ヶ月間、結構苦しみました。七転八倒して嘔吐するような最悪の発作は無かったのですが、石が動くとかなりキツかったのです。会社も行ったり休んだりを繰り返して、有給半分使ってしまいました。来週の手術は全身麻酔なので、それほど心配はしてないのですが。 悪いことの代償がありました。年明けから苦しめられていた酷い腰痛が、ほぼ無くなったのです。結石は左の腎臓にあるのですが、その間、右の腰痛・筋肉の拘縮が酷くて、しこりのような塊が腰部臀部にいつもありました。今はそれが、ほぼ消えました。 不思議です。本当に身体ってすごいなー、と改めて感じています。石って何かの凝集なんでしょうか、身体に溜まった邪なものを集めて固めて出してくれる。そんな他愛のない妄想をしています。 手術や麻酔の様子はまた、後で書き留めたいと思います。(覚えていられたらだけど)
2021.06.09
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テニスプレーヤー大坂なおみさんはピュアな人だと改めて思った。インタビューでの愛らしい日本語の返答や数年前までは試合中の不調が、もろにプレーに出てしまうところなど「無垢」だなぁ、と好感をもって観ていた。 最近になってBLMに正面から取り組む姿を見て、チャンピオンとしての自覚、というよりも責務みたいなものを背負っているのかな、と少し心配ではあった。そして、今回の全仏棄権とうつ病の既往の発表。何か、ストンと落ちてくる感じが私にはあった。 自分のキャパシティを越えて、がんばり過ぎたのではないかなぁ、と感じている。発信力のあるトッププレーヤーとして社会問題に取り組むことを否定している訳ではない。自分の環境を少しでも変えるために行動、今回は記者会見の拒否でしたが、をとることも否定しない。むしろ、旧弊した慣習に一撃を加える彼女をリスペクトしている。 自身のメンタルヘルスを大事にするためには変えられる問題と変えられない問題を分けるスキルが必要だ。変えられる問題には行動を、変えられない問題には認知を変える。 諦観と少しのユーモアを同居させながら、気長に飽くことなく一歩引いた目線で問題に対していると、別の問題が現れて前の問題が大したことなく思えてくる。日常はそんなことの繰り返しだと、思う。
2021.06.04
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手に渡された一個のジャガイモ。とんでもなく熱くて、持っていられずに隣の人にポイっと渡してしまう。この情景、ちょっとユーモラスかもしれません。 「世代間連鎖」をさっきのジャガイモに例えた「ホットポテト」、私の心理療法の師匠から教わりました。自分の持ちきれないものを次の世代・子どもにポイっと押しつけてしまうことで、負の連鎖が続いていき、機能不全家族が再生産されていくのです。誰かが、この連鎖を止められれば良いのですが。 血は水よりも濃い、といいます。どこかで、断ち切ったと思っていても、知らないうちに親(養育者)と同じような振る舞いをしてしまう自分に気づく時って、ありませんか?私も中年期を過ぎたあたりから、たびたび感じていました。 うちの夫婦はどちらも機能不全な家庭で育ちました。お互い、頭でっかち・見る前に跳ぶタイプではないので、子どもはつくりませんでした。あまり、後悔したことはありません。人生で得られたはずの大きな幸せと成長の機会を、自分の恐れから掴まなかったという想いはあります。自己責任の何ものでもないです。 このホットポテトなんですけど、心理療法の物語のなかでは「断ち切るのはあなた」という使われ方をしていたと私は当時、理解していました。最近になって、それはちょっと短絡的だなと思っています。そこら辺は、また別の機会に。
2021.05.27
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この間、養老孟司さんの新聞エッセイを読んだ。コロナ禍の過ごし方は、人の世界、他者との交流といった人間関係を求めるよりも、物の世界、自然や芸術の世界で過ごした方が適している、という提案だった。 精神療法、特に精神分析を源流とする技法では、過去の人間関係、特に親や養育者との出来事と関係性にアプローチする。カウンセラー、セラピストとの関係を軸にして脳内バーチャルな人の世界に入り込んでいく。 過去の未解決な問題をトラウマとして認識して、そこに囚われている自分の感情に触れ、表現し現在の生きづらさを修正していく。長く時間のかかる作業で「玉ねぎの皮むき」に例えられる。剥いても剥いても、また次の皮がでてくるから。 大事なことは、生きにくさの修正であって、トラウマのラベリングや安易な因果関係の納得ではない。「あいつのせいで今の自分がこんなに歪められてしまった」というところに留まってしまうことは精神療法の害悪のひとつ。 最近、毒親という言葉をネットで見かける。害でしかない人間関係に距離を取ることは賛成だ。それで、生きにくさが少なくなることは間違いない。ただ、それだけで大丈夫かな、という心配が残る。「臭いものには蓋」という方法は対症療法であって根本治療ではない。臭いものを放っておくと、発酵して、とんでもないものができてしまうかもしれない。
2021.05.11
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腰痛が、よくなってきました。最悪が10だと、2,1レベルまで落ち着いて、爽快感すら感じられるようになってきました。 不思議なものです。この不調の期間に気づいたこと。1,「痛い」と口に出すとその瞬間は楽になった気がする。 2,痛みを痛いものとして、思考で固着させていると痛みは倍化する。 1は何か身体を動かす時に「いたたっ」とか「いてっ」とか言ってしまいがちなんです、私は。周囲の気を引くために(辛いのにがんばってるんだよね、僕は)声が自動的に出てしまうへなちょこです。 2は「きっと痛くなるはずだ」と思い込んでしまうこと。予期不安というやつですが、内心は来た、来たと得心があり、痛みの中にズッポリとはまってしまい、痛み以外の思考停止になります。 前回も書きましたが、すごくうつの重い時に似ているんです、何もできなくさせられるという意味合いで。自分には必要なプロセスなのかもしれません。
2021.04.30
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最近、調子が思わしくありません。正直言って「絶不調」です。症状は腰痛なのですが、どうも背景がうつっぽいようです。 季節の変わり目で、腰痛を主訴とした不調には、けっこうなるのですが、今回のはかなりキツイです。(とは言え、調子が上向きになってきたので書くことができているのですが) かなり、会社休みました。ずーと、横になっていました。まるで、うつの時のように。まさにプチうつ状態。でも、これでバランスとっているのかな、とも思ってます。脳の疲労が身体に出て、SOSを発信しているんでしょうね。痛みは身体と心からのメッセージなので、素直に従っています。通勤が最大の課題で、今も痛みを紛らわすために、これを書いているところです。 不思議と書いていると痛みが遠のきます。今日のブログは愚痴ブログですが、やっぱり言語化って必要なんだな、と改めて感じています。身体に溜まった「しこり」を少しずつ、絞り出す感じです。
2021.04.21
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「やりがい」という言葉があまり、好きではありません。どうも、環境に依存しすぎている感じがします。若い人でやりがいを求めて退職してしまう話など聞くと、さらに感じてしまいます。 仕事の多くは、村上春樹も言うように雪かきみたいなもんです。積もった雪を除いたら、また雪が降ってくる。労働ってそういうものなんだろうと思います。 有意味感って労働を継続させるためのマントラみたいなもの、は皮肉すぎる理解でしょうか。前回の同じタイトルで芸術家の仕事について書きました。作品が無い芸術家はいませんよね。普通の人の仕事も同じなんじゃないかと。自分で納得できて自分を褒められるような仕事の結果です。 業績や評価は他者のフィルターを通してされるものです。だけど、自分の納得は自分がするもので、他者が入り込むことはありません。 うつに入り込む入口は、自己評価もっというと自分を褒めないことから始まってくると思ってます。ささいなことで、構わないと思います。 「今日も一日なんとか、乗り切った。頑張れたな」とかね。
2021.04.12
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この前、ごく近しい人がかなり精神的に追い詰められた状態になり、彼・彼女(プライバシー上、この表現で。この後の記述も本人の話のままではありません)の話を聴きました。 子どもの頃から、ずっと辛かったというのです。何度もビルの屋上や踏切の前まで行き、消えてしまいたい自分にむきあいそこで心のコップに溜まった濁った水を涙に変えて、なんとか家に戻っていたそうです。彼・彼女の家庭は機能不全家族でした。裕福な家庭でしたが、支配的な親が条件つきの愛情でしか接してこなかったようです。 胸が痛い思いがしました。子どもは、外でたくさんの痛く苦い体験をしながら成長します。傷ついて帰ったら、親にただただ抱きしめてほしい。それだけで、傷は癒えまた、外に出ていく勇気が生まれます。生きにくさを抱える人は、ただ抱きしめられた経験が足りていない。不幸なことで、そして、どうしようもなかったことです。恐らく、親もただ抱きしめられたことがたりなかったのだろうから。 心理療法でよく使われる言葉「過去と他人は変えられない」は決して、あきらめろと言っているわけではなく、怒りや悲しむことを否定しているわけでもありません。親の生い立ちを慮って、自分の感情に蓋をすると病気になります。怒っていいし、泣いて落ち込んでもいいんです。 ただ、親といえど他人であり、他人から受けた過去の傷ばかり見て、トラウマのラベリングを繰り返して自分自身を無力にしないで、というメッセージだと思っています。
2021.04.07
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このブログを始めたのは、ある種の備忘録のつもりでした。うつ病を2回、体験していつか来る3回目に備える手段としての意味あいもありました。 2012年3月のブログで東日本大震災のことに触れています。震災から1年経って、自分に起こったことです。恐怖とか悲しみを抑圧していた自分に出会った体験でした。 震災から10年ということで東北の方々の被災体験とそれからの生活の有様をTVでみる機会が増えていました。彼ら、彼女らの話を聴きその表情を見ているうちに、涙が溢れてくるんですね。知らないうちにぽたぽたと涙が溢れてきます。「歳だから、涙もろくなったなぁ」とも思います。だけど、それだけじゃ無いんですね。 彼ら、彼女らに取り憑いた絶望と、それでも笑うしかないから自分を奮い立たせるような、その有り様に触れると落涙してしまいます。 うつ病を患った経験とか、今現在うつ病を患っている人と重ねあわせて見てしまっているんだと思います。
2021.04.01
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レジリエンスって最近、よく聞く言葉ではないですか?表面的な意味はストレス耐性とか、打たれ強さということだと思います。もう少し伸ばしてみると、ある過酷な経験を乗り切ることで人格的な成長をする、そういったタイプの人は「レジリエンスが高いね」ということになるそうです。 うつ病を持つ人はストレス耐性は低いんでしょうね。私自身も、ストレスをもろにかぶってしまうタイプです。では、レジリエンスはどうなんだろうと。以前のブログにも書いたかもしれませんが、一緒にメンタルヘルスの仕事をしている産業医がセミナーで言っていたことが印象に残っています。 その産業医は「メンタルヘルスの仕事は、とても手間がかかる。だけど、うつから復職した人が同僚や後輩がメンタル不調になった時、差し伸べるサポート、さりげない気配りや言葉かけ、そういった場面を目の当たりにすると、やっていてよかったと思う」と言っていました。これもある種のレジリエンスかもしれません。 自身の過酷な体験を乗り切って、同じつらさを持つ他者に共感をしながら、適度な距離感を持って接することができる。何かが育っていると感じます。
2021.02.26
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この前、知り合いの臨床心理士と話していて「有意味感」という話になりました。 自分のやっていること、一番わかりやすい例は仕事なんですけど、それに意味を見いだすということです。 これって、他から与えられたお仕着せの意味性ではだめで、自分自身の問いかけから発した自分の言葉で紡がれたものでないと「効力」が無いのです。効力とは継続する力とストレス耐性。頑固な職人や芸術家は、それぞれの言葉で自分の仕事を語ることができるはずです。言葉が足りなくても、作品がそれ以上に語ってくれるから、彼らは輝いています。自分の言葉を持っている人は浅い人の言葉には迎合しないものです。 そこに至る道筋は、半端なものでは無いからこそ、耳を傾けたくなります。 卵が先か?の問答ではないのですが、有意味感を持っているから成し遂げられたのではなくて、成し遂げて有意味感が得られるということって誰しもが経験することでしょう。 終わってみて、「今までしてきたことには、こういう意味があったのか」という感じです。こういう、繰り返しが積み重なって直感が養われるような気がしています。
2021.02.01
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このブログの1回目の投稿が2011年でした。なぜか、その投稿は消えてしまっているので何を書いたか、全く記憶に無いのですが。 しばらく放置していたら、数件のアクセスがあることに驚き、2012年の3月からまとまって投稿をしてみました。2011年の2月は2度目のうつ病から復職して、慣らし勤務をしていた頃です。そして、その後に東日本大震災が起こるのです。 あれから10年が経ちます。幸いなことに、うつの再発はありませんでした。本当に幸いなことです。この10年間、あっという間に過ぎてしまいました。日々の日常の繰り返しというものは時間の感覚を短くするものなんだとつくづく感じています。もちろん様々な出来事はありました。その度ごとに、たくさん考えて、空回りしないように人に話してきました。最近、「感謝」という言葉が使い減らされていますが、私の話を聴いてくれた人には感謝です。 10年前に震災、そして今、疫病。たいへんな出来事を経験しています。これも、生きているからこそで…。
2021.01.21
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ついに、2度目の緊急事態宣言がでました。当然、予想されていた通り「冬期の感染拡大」が起こりました。とはいえ、経済活動を最小限の停止に留め、犠牲になる業種を絞ってのものです。恐らく、首都圏の医療崩壊は防げないと感じています。 本当に不安ですね。いま、不安であることを口に出しにくくなっていませんか?あまりに全体的に長期間、不安の中で過ごしてきたためか、慣れというよりも、今さら口に出せないよな、という感じですか。自分が不安であることを掴んでいないと、不安は怒りとか、高じると無力感につながると思います。 不安を見せなくさせるための方法が仮想敵の捻出でしょう。 いわゆる、ネトウヨとかトランプ支持者の狂騒的なさまを見て感じていたことです。古来、この方法で戦争に導いてきた悪しき歴史があるというのに。不安としっかり向き合うこと、それを親密な関係が築けている他者と共有すること。寛容でありたいなら、ここから始めるしかないと、実感しています。
2021.01.08
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コロナの第三波、完全に来ていますね。 季節性のインフルエンザと同じように、「冬場と乾燥」で当然、感染は拡大するとは思っていましたけど。これから、さらに増えるのは間違いないでしょうし、複数の都市で医療崩壊が起こって、広域圏でもフォローしきれなくなり、自衛隊の災害派遣が首長から要請される。ここで始めて緊急事態宣言発出、という流れを感じています。 これって、想像なんです。先に起こるだろうことを今、頭の中で映像化できるほどリアルに作りあげる。そこから生まれるのが、不安です。その映像のなかに自分が含まれていて、状況は全く自分では変えられないと思い込んでしまうと、さらに不安は増します。 最近、レジリエンスというストレス対処の概念はいいな、と思っています。変えられない問題には対処しない。言い換えると「変えようの無い問題の解決をがんばらない」。自分の対処できることにエネルギーを注ぐ。言葉にすると簡単そうだけど、結構、日常で自動操縦的にやってしまうことが多いのです。特にメランコリー型のうつの人、自分もそうだし、多いのでは? これって疲れますよね。
2020.12.02
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うつ病を繰り返し発症する人にはいくつかのパターンがあると思います。 第一は、治りきっていないまま、元の環境に戻ってしまうパターン。うつに完治はないんですが、休養と合った薬でほぼ元の状態にもどる寛解に至ることはできます。もちろん、これには当てはまらない難治性といわれているタイプもあることは承知しています。 うつは脳の病気です、繰り返しダメージを受け続けると、脳の機能に深刻な「劣化」が生じてしまいます。治すなら、しっかりと治す。治療中は「一生、このままなのかな」と暗いイメージしか持てないですよね。 もう、どうでもいいやって開き直ってしまい、治療だけは続けてみる。治療に対する前向きな気持ち(過去ログでも触れていますが)、自分で感じることは、できないんですけど、そこにはそれがあると思っています。運を天に任せる、みたいな。そこが、底打ちなのかなと思ってます。
2020.10.27
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