2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全4件 (4件中 1-4件目)
1
何年も前から、学校にスクールカウンセラーが来られています。中学校が拠点ですが、小学校にも年20回程度、半日来校されます。 私の学校は今年は17回。予約窓口・調整は『教育相談』の私の仕事です。担当のカウンセラーの先生とお話しするのが私も楽しみなのです。 ただ、今日は知人から、他の学校のカウンセラーの先生が、クラスごとに『エンカウンター』をされると聞いて、見学研修させてもらいました。 「一人の世界」に入って、自分の身体と心・気持ちの状態を感じるエクササイズ1つと、「二人で」互いの身体と心・気持ちを大事にするエクササイズ3つをされました。 2クラスに同じエクササイズをしても、子どもたちの反応は全く違いました。 カウンセラーの先生は、その様子を観察して、カウンセリングに活かされるようです。 カウンセラーの先生にも様々な個性や専門があるようですが、うちの学校の子どもたちにも受けさせたいなあ~と思いました。 心に残った「うまくいかなかった時にこそ笑顔を大事に」と言われた言葉は、帰校してすぐに、職員室で「復伝」しましたo(^-^)o
2010.05.21
コメント(0)
DonMin★活動報告★です(^-^)v ☆第2回NPO大分フリーリー基礎セミナーin岩国が修了しました。講座3は『広汎性発達障害(PDD)』講座4は『教育環境障害』について学びました。 フリーリー流のオリジナル疑似体験では本人の困り感がひしひしと実感できます。「2語文で伝える」ワークショップでは、3つ組の障害(PDD)の中でもコミニュケーションの困難さを疑似体験しました。 伝わらないもどかしさ、分かりたいのに分からないはがゆさ・不安…ふと「あの子」の顔が目に浮かびました…いつもこんな気持ちを抱きながら頑張ってるんだなあと…。 本人の伝えたいことを理解しようとしてあげること、伝わるように話すこと…支援の大切さと共にその難しさも実感した時間でもありました。 不登校やストレスによる病気などの「問題」は一次障害の有無に関わらず「不適切な環境」で発生することから『教育環境障害』と称してフリーリーでは、解決にあたります。 奇跡の人サリバン先生や、聴覚障害などありながら偉業をなしえたエジソンの家族、事故で高次脳機能障害となったが復帰した大学生のお父さん…の事例を紹介しながら …『教育環境障害』は必ず改善できる。必要なのは一人の支援者です…と 相談を受けた数々の問題をほとんど解決に導いているフリーリー講師の言葉でした。 ※感想などはフリーリーHP http://freely.vis.ne.jp/ にUPされますので、そちらをご覧くださいね ☆次回、第3回フリーリー基礎セミナー(講座5・6)は6/12(土)です
2010.05.15
コメント(0)
週末土曜日は、研究室先輩と高速を走り、日本生活教育連盟の山口サークルに参加してきました。 山口大学の恩師の退職記念最終講義(2/20)以来、久しぶりの集合。新年度がスタートして約1ヶ月、同じ山口県でも地域が異なる仲間の近況報告は、興味深いです。 退職された恩師は、週数時間の講義の他は、有機栽培の野菜作りに勤しんでいらっしゃっていました。なんせ、退職記念品は、ご本人の希望で『家庭耕運機』でしたから。 少し日に焼けたお顔は、以前より健康そうでした。山大の先生や学生さんたちにも仲間を募って、借りた畑のうねをわけあい一緒に野菜を作っているそうです。 今日のレポートは、30代の男性先生の「6年生国語の授業~海のいのち~」でした。「海のいのち」は昨年度亡くなった立松和平さんの遺作です。 「千びきに一ぴきでいいんだ。千びきいるうち一ぴきをつれば、ずっとこの海でいきていける」…毎日タイを二十ぴきとるとその日の漁を終わる一本づりの漁師 …海のめぐみを大切に、海に生き、海に帰った父親と佐吉じいさ。その後をついだ海一番の漁師 太一のお話です。 この作品が問いかけているものを、彼のクラスの子どもたちは、自分たちのことばでどんどん発言していきます。45分の中で、子どもらの発言は百回以上。さらに興味深いのは、教師の発言は20回程度なんです。 彼は、子どもたちの発言を聴き、黒板に書きとり、つなげていく、そして時々交通整理の発言をするだけ… しかし…1年前この6年生のクラスを担任したばかりのサークルで、彼は「子どもが発言してくれない」と悩んでいたのです。でも、彼は、いつも焦らず、子どもたちの感想や問いを丁寧に聴きとりながら、授業で子どもたちを育ててきたのでした。 まさに、彼の実践は『生活教育』です。でも、校内の先生たちが入れ替わり立ち替わり参観に来られるほど素晴らしい授業をする彼…その立場は『臨時採用』です。 不安定な雇用の中でも頑張り続けている仲間がいます。経験年数と実績で本採用の道もあって良いのではないかと、彼のレポートを聞く度に思います。 さて、サークルの後、恩師の家にお邪魔し、大学から撤収した段ボール箱数十箱の専門書の整理をお手伝い(^-^;) あ~高速往復も全く苦とならない充実した1日でした(^-^)
2010.05.08
コメント(0)
GW第1日目…今日はメーデーです! と言いつつ、我が家は本当に久しぶりに家族揃ってミニ旅行にでかけましたo(^-^)o そこで、4年前の日記を参考にメーデーのおさらいはしておきたいと思います。 小学生の使う国語辞典には「5月1日に行なわれる国際的な労働者の祭り」とあります。 メーデーの始まりは、1886年(今から124年前!)に、アメリカ合衆国の労働者が8時間労働制を求めてゼネストを行ったのがスタート。 当時は、1日12時間から14時間労働が当たり前だったそうで、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行なわれたといいます。 日本では、1920年(90年前)に第1回メーデーが開かれたけれど、「治安維持法」により労働運動自体が弾圧され、メーデーも1936年から「禁止」され、再開は戦後まで待たなくてはならなくなった。…という歴史を持っています。 「メーデーなんて、関係ないや」って思っている人も多いだろうけれど、「じゃ、無くても良いんですか?」って、ある人が問い掛けていました。 メーデーは、たかが一日。でも、この一日をメーデーとして祝うために、何年掛かっているのか考えてみようと。答えはすでに歴史にあると。 メーデーがなくなったら、労働基本権がなし崩しになり、いつのまにか「労働者=文句も言わず働く人」の世に逆戻りしてしまうんじゃないか。今の8時間労働なんて夢になってしまう。有給休暇は賃金カットされるだけになるかも。福利厚生なんて必要ないって事になるかも。労働災害補償は自分の不注意だってことになってくるかもしれない。・・・だって昔は、8時間労働・有給休暇・福利厚生・労働災害補償etcはなかったから。 これまで、たくさんの人たちが、時には自分の命もなげうって、今の世の中を作ってくれたんですね・・「人間として、働きやすい」世の中を求めて・・・。 このメーデーの原点にたちもどってみたら、今の世の中だからこそ、労働運動の重要性をひしひしと感じるのです。
2010.05.01
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1