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・7,31、木 午後にNSK混声合唱団推進メンバーによるミーティングを奈良で行う。 その後CAC混声合唱団の練習。 以前曽根崎警察地下のサロンでの出演をしたことがあるが、来年年明けぐらいに再び出演する方向で練習して行くことが決まる。 出演時間は1時間ほどあるので、レパートリーを蓄えるのが大変である。 今日のラジオ放送にぎりぎり間に合っての帰宅であった。 どうやら二週に分けられたようで、放送時間が一瞬にして終わる。 あんなに短くて、コーナーをする意味があるのかなと感じた。 取材する記者さんの熱意と、実際の放送とに温度差を感じる。
2008.07.31
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・7.30.水 歌の生徒さん(68歳男性)が家で転ばれて骨を折られたので、午後から病院にお見舞いに行く。 向かう途中の電車で、車椅子の女性が駅員の手を借りて乗って来られた。 駅員はそのままホームに残り「それでは目的の駅に連絡しておきます」と言ってドアが閉まる。 彼女の降りるべき駅に着いてドアが開いたが、駅員はそこで待ってはおらず、降り口に橋のような器具を渡してもらわなくては降りられない彼女は「誰か降りるのを手伝って下さい!」と周りによび掛けた。 しかし周りの者は唖然としたまま。 すぐドアの傍に立っていた若い男性は、手を貸そうという気は全くなし。 僕も行こうと思った瞬間にドアは閉まり、彼女はあっ!と声を上げる。 次の駅で僕ともう一人のおじさんとで車椅子をホームに担いで出す。 電動車椅子だったので持ち上がるのかと心配したが、意外と軽かった。 彼女はまたこの駅から引き返すことになる、それも健常者のように簡単には行かない。 このような駅員の連絡不行届きから生じる、車椅子の苦労は何度か目の当たりにした。 車椅子に乗った者のストレスはいかほどであろう。 病院に到着すると、生徒さんはとてもお元気にされていた。 話題は生徒さんが企業に勤めておられたころのご苦労と、ご活躍された内容の話になる。 皆さん高度成長の時代若いエネルギーを燃やして、日本を背負って発展させて来られたのだなと敬意を感じる。 家の中をよく見てみると、その生徒さんが考案して世に出された製品があった。
2008.07.30
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・7.29.火 午後からのグループレッスンの前にカットショップに行く。 いつもの若い女性の美容師さんの担当。 先日初めて富士山の頂上まで登った話を聞く。 五合目までバスで行き、夜中にそこから頂上まで8時間掛けて登る。 山登りなどしたことがなく、無謀なチャレンジだったそうだ。 上までひたすら岩をよじ登るだけで、木も草もなく見るべき景色もないところを息を切らして黙々と登る。 頂上に辿り着いた時にはちょうど朝日が登り、それはすばらしい景色だったそうな。 大きくポッカリと開いた噴火口は感じたこともない恐怖心を呼び起こし、骨まで染みる寒さにがたがた震えていた。 富士山には水も存在せず、持って来た貴重な水で手や顔を洗う。 その話を聞いて、僕たちが知っている山とは随分違うなと思った。 それは山というよりも、溶岩が積み上がった盛り上がりのような物。 休火山である富士山はまたいつ噴火するかもしれない。 「富士山は下から見ているのが一番」と彼女は言う。 その富士山に今次々とゴミや産業廃棄物が捨てられて行く。 どんな理由があるのかしらないが、捨てる者たちの心の中が見てみたい。
2008.07.29
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・7.28.月 午前中にMBSラジオの記者さんが阿波座事務所にお見えになり、取材を受ける。 今週の木曜日、夜9時40分からの毎日放送「ラジオで会いましょう」という番組の最 後で放送されるキャンペーンコーナーで、僕のことを放送下さるとのことである。 大変熱意を持った取材で、記者さん(36歳男性)の番組に対する意気込みを感じる。 新聞にしろ、ラジオにしろ、他人の人生に心から興味を持って、好意的に取材出来なければ務まらない仕事であり、視聴者に見えないところでの様々なご苦労を目の当たりにする。 その後グループレッスン。 レッスン中にものすごい雷と強い雨で皆さんの歌声が聞こえないほど。 夜は合唱団鶴。 帰るころには雨も止み、少し涼しい風が吹いていた。
2008.07.28
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・7.26.土 河内長野ラブリーホールでの「マイタウンコンサート」の本番だった。 僕の声は音色が年々柔らかくなり、ドイツ歌曲を歌うには都合がよくなって来たといえるかもしれない。 その反面、響きのない市民会館のようなところでは、声が通らない結果にもなる。 音質が柔らかくなったというのは、喉で鳴る悪い響きがなくなって来たと僕は理解しているが(それとも,,,)、ホールの響きを味方に出来ない場所ではとても不利とも言える。 それに反響板のあり方も重要な問題となって来る。 出演するホールも選ぶようにしていかなければならないかもしれない。 立派な声を持っている者はいくらでもいる。 その中で自分独自の声で自分独自の歌を歌うことが必要であろう。 幾つになってもその辺の悟りは開けないようである。
2008.07.26
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・7.25.金朝の女性合唱団を終えてから、河内長野市ラブリーホールに行き、26日の演奏会の合わせをする。前回の練習の時よりは、少しは若い人たちの中で歌うことに慣れて来たようで、違和感なく居られた。今夜の奈良の合唱団は休みだったのでそのまま家に帰り、犬の散歩に長めに行き雑務を片付けて後はごろごろする。河内長野は少し小高い山の上になるので、有難いことにクーラーはほとんど使用しない。窓を開け放って寝転んでいるとそよそよと風が吹き、小鳥と蝉と虫の声が聞こえる。夕暮れになると僕の大好きな日暮が鳴いてくれるのが最高である。
2008.07.25
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・7.24.木昼の奈良クラスのレッスンの後NSK混声合唱団。皆さん少しずつでも進歩が見られ、大変嬉しく思う。10月12日に予定されている第13回CA発表会に向けて、また一段と力を付けて下さることを期待する。NSKではとりあえず一度譜読みが通った第九を、今度は最後の方から順番に遡って練習する。練習のごとに「こんな曲を作曲したやつは誰だ!」と思ってしまう。以前お話していた僕のことを俳句に詠んで下さった団員の方が、色紙に清書した作品を持って来て下さった。二品あり、一つは二年前のリサイタルを客席で聴いて詠まれたもの。もう一つは僕の指揮を見ながら歌っている際に詠まれた俳句だった。何処に飾るか、今から考えたい。
2008.07.24
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・7.23.水「美しき水車屋の娘」の詩はヴィルヘルム・ミュラーによる作品で、23作からなる連作だが、シューベルトはその中から20曲を選んで作曲している。シューベルトは26歳のころにこのミュラーの作品を取り上げたが、その四年後に同じミュラーの連作「冬の旅」を選んで作曲している。ミュラーは当時そんなに有名とは言えない詩人だったが、詩人の仲間数人で詩の合作による物語のようなことが行われた。当時は詩人たちの間でそんな遊びのようなことが流行っていて、それが「美しき水車屋の娘」の元々の始りだった。物語には粉引き職人・水車屋の娘・狩人・水車屋の親父など登場人物を皆で分担して詩を書いた。ミュラーは自分が(粉引き職人)という名前であることもあり、職人の役を書く事となった。そしてこの詩物語の会は終わったが、ミュラーはその後も個人的にこの詩集を書き進め、23品からなるものにまで完成させた。当時ミュラーはちょうど失恋の痛手を負っていて、その心情がこの水車屋の男の心情と重なり、作品にとても強い思い入れがこめられたと推察される。 つづく
2008.07.23
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・7.22.火 リサイタルが終わり、僕の意識は次のターゲットである作品に移行している。 シューベルトの「歌曲集、美しき水車小屋の娘」 この歌曲集はシューベルトの名作として有名すぎるほど有名な作品であるが、20曲からなる大作の内容の隅までご存知の方は少ないのではないだろうか。 僕にしても学生時代に歌ってはみたが、全部を熟知しているかというとそうとは言えない。 今から一曲一曲じっくりと見詰めなおして行きたい。 思い起こせば、これが僕が高校生の時に最初にドイツ歌曲に興味を持った切っ掛けになった作品である。 そう今気が付いたが、歌を始めたときにオペラでも、イタリア歌曲でもなく初めから興味を持ったのはドイツ歌曲だった。 そういった意味でも僕の青春そのものであり、いろんな思い入れの詰まった20曲だ。 この作品については、追っていろいろ説明して行きたいと思う。
2008.07.22
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・7.21.月 朝あべのの鍼灸院、昼阿波座、夜合唱団鶴。 針の先生もリサイタルにご来場下さって、声を聴いて歌い手の体調に対しての治療を研究されているようである。 先生いわく、声の中に含まれる音色でその日の体調を知ることが出来ると。 先生自身も高校時代コーラス部におられ、ラジオから流れるドイツ歌曲に常に耳を傾けておられたということで、かなり専門的なことまでご存知である。 「当時は本当に良いクラシック番組がたくさんあって、お金のない学生だった私はいつもラジオにかじり付いていました。 そのころは頻繁にベートーヴェンの歌曲が流れて、先日の茶木さんが演奏されたベートーヴェンは私にとってはたまらなく懐かしかったです」 ベートーヴェンの歌曲には本当にたくさんの魅力ある作品があるが、今は演奏会でプログラムに入れられることが少なくなったように思う。 何故だか僕には理解出来ない。
2008.07.21
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・7.19.土朝阿波座、昼河内長野のラブリーホール、夜シューベルト協会の理事会と河内長野と大阪市内を二往復した。昼のラブリーホールには、26日の演奏会の合わせのためだった。この演奏会は、河内長野市内在住の演奏家を集めての企画であり、楽器有り、声楽有り、合唱有りのアラカルトである。合わせでは、若い人たちに混じってオペラの一場面を歌う。何だか昔が懐かしい。皆でオペラを歌うことが無上の喜びだった。でも今はあまり楽しさを感じることは出来ない。やはりオペラは若い人たちのものかもしれないなと思う。オペラではどうしても声を競う傾向になり、音楽性や内容の追求までにはなかなか到達する環境になりにくい。本来はそこに喜びを感じなければオペラではないのだが。年々声に対しての興味は薄れ、内容、音楽への興味が増す。もちろん、魅力のある声だからこそ音楽なのだが。そういった意味でも、僕がそこで若い人たちとオペラを歌っていることに違和感を感じ続けなければならない。
2008.07.19
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・7.18.金世間の多くの人々は「いかに人より多く金を儲けるか」を考えて毎日を生きていることを思い知らされた。商売をしても、企業に勤めても、会社を経営しても、皆夢見ることは「どれだけの年収を得て、どれだけ豊かな生活が出来るか」である。世間には年収何百億円の者だっている。男も女もどんでん返しの大儲け出来る可能性を夢見る。そう!我々が住んでいるここは、高度資本主義社会のど真ん中なのだ。金銭が力の象徴であり、生きる目的でもある。我々はいつの時代でも何か信じる対象、心を開き精神を捧げる対象が必要であり、そういった欲のようなものは我々の中に元々備わっている。正しい意味での宗教が存在したころは、そこを中心に社会が構成されていた。倫理・道徳・人としての有るべき姿のようなものがはっきりしていた。しかし今この国では、その対象は神ではなく金なのである。あらゆる宗教も(神も)金に飲み込まれた。哲学さえも限りなく経済学に近くなった。本来これは異常なことではないのだろうか。
2008.07.18
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・7.17.木今日もまたグループレッスンに風邪を引いているにも関わらず出席された生徒さんがおられた。レッスンの最初の発声の時に、僕はすぐ気付いた。狭い部屋ではすぐに風邪は蔓延し、歌を志す者には喜ばしくないことのはずだ。歌い手にとっては死活問題にまでになる。例えばオリンピック選手が四年間しのぎを削って練習を重ねて来ても、競技当日に風邪を引いてしまえば実力は出せないし、悔やんでも悔やみ切れない結果となるだろう。その体調管理に費やす神経はいかほどのものだろうと想像する。歌い手もまた同じである。体が楽器である我々は、演奏会当日の体調がすべてを決めると言っても言い過ぎではない。しかし例え趣味としても懸命に歌を志しているにも関わらず、そういったことへの意識が低い方がおられる。また風邪が完全に治っていないうちから歌えば声帯まで腫らす危険もあり、声にとても悪い結果にもなる恐れがある。皆さんが「もう風邪は治った」と思う時点は実はまだ全然完全ではない。歌い手が風邪を引けば、元通り歌えるようになるまでは約一ヶ月は掛る。コーラスで歌っておられる方などは歌い手と接する機会も多いことと思うが、その際風邪を引いていればマスクを着用し自己申告するか、歌い手には近付かないようにするかすれば、全歌い手から「さすが歌うことを志されている方は違いますね!」と感謝されることだろう。我がCAではレッスンに突然来れなくなっても、必ず振り替えレッスンをするというところを特徴としているので、安心して養生していただける。これらは僕からの切実なお願いである。
2008.07.17
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・7.16.水 今日は日記に書けるような印象的なことは何もなかった。 暑いくせにどうやら冷えが入っているみたいで、お腹が張って、体がだるい。 電車やレッスン室の冷房が原因のよう。 足首を冷やさないようにすることがポイントのように自分では感じる。
2008.07.16
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・7.15.火朝昼晩と三回のグループレッスン。さすがに三本は少々疲れた。皆さん共通してある問題は、日本語を歌に持ち込むということ。発声的な見地から見ると、世界で一番歌に適さない言語である日本語から来る影響は簡単には取り除けない。レッスン時間中にはすばらしくこなせても、自分でその違いを把握して体に染み込ませて行くには、かなりの優れた感覚を必要とする。生徒さんにしても、とにかく根気と忍耐の積み重ねの地道な作業である。
2008.07.15
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・7.14.月 帰宅すると、報道ステーションで被害に会い続ける一人暮らしの若い女性のことを報じていた。 女性のマンションに侵入する男は、強姦・殺人・窃盗という罪を犯す。 危うく殺されなかった女性も、一生続く恐怖心と傷を背負う。 犯罪を犯す男たちは一体どのような環境で子供時代、少年時代を過ごすのだろう。 自分が今襲っている女性の苦しみと悲しみを知ることの出来る心は、どの時点で失ってしまうのだろう。 こういった事件を耳にすると、いつも終戦の年の久米島を思い出す。 この島は終戦後米軍が最初に日本に上陸したところで、一つの日本軍部隊は命じられてそれを阻止すべく島に配置された。 しかしこの部隊のものたちは確実にアメリカ軍に殺されることを知っていて、恐怖と諦めのため山にこもり、山賊化して毎晩里の村を襲い、強姦・殺人・窃盗を繰り返していた。 そしてこの兵隊たちは今も何処かで普通の老人として暮らしている。 人間は破滅の道を転がり落ちる時、悪魔に成り得るのか。 そして罪のない周りの人々を道連れにして、自己破滅への欲を達成する。 悪魔に乗り移られた男たちが増え続ける時代には、どこかに共通するスイッチが隠されているように思える。
2008.07.14
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・7.13.日僕がドイツに初めて行ったころ、すでにケルンに住んでいた日本人女性がいた。僕より一つ年下で、同じ先生のところで訓練を受けていた歌い手である。彼女は一緒に勉強していたバスのドイツ人男性と結婚し、今は二人の男の子(7歳と3歳)のお母さんである。僕にとってはどちらも友人で、その家族が日本に帰国しているので、少しの時間を見付けて8年ぶりぐらいに会った。先生や向こうの友人たちのことをいろいろ聞いたり、彼ら家族のことを話したりしてあっという間に時間が過ぎた。子供たちの限界も近付いて来たので、また会う約束をして難波で別れる。古い友人というのはよいものだ。僕が歩んで来た道程の印のようなものである。その後詩遊の会の例会に出席する。持って行く作品はなかったので、皆さんの作品講評だけをする。そこに出席することによって、刺激を受け、また書く意欲が出ることを期待してのことだった。
2008.07.13
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・7.12.土朝女性合唱団の練習に行き、秋の合唱祭に出す曲目をあれやこれやと考え決定する。いつもながら、その団に合った選曲には苦労する。昼阿波座でのグループレッスンでは、新しく来始めて5ヶ月になる女性の生徒さんが、今日初めて少しにっこりされ、素直に僕の言うことを聞き入れて下さった。音楽大学で勉強されたような方は、とにかく疑うことから始まる。そしてレッスンを受けた成果がはっきり見えてからようやく心を開く。初めからプライドも見栄もなく習う姿勢を持つことが出来れば、もっと早く驚く成果を得られるはずだが。思い起こせば、僕にしたって同じだった。プライドの塊でレッスンを受け、先生が僕に向かって要求してこられることを体で受け入れることが出来るまで、1年ぐらい掛かったものだ。へんに学校機関などというところで音楽の勉強をしたりすると、結局人より遠回りすることになる。
2008.07.12
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・7.11.金 朝昼晩レッスンと合唱指導。 自分のことを考える時間もない。 忙しい日々が宝であることはよく知っている。 大学を卒業してすぐ、仕事がなくて家の中ですべてのものに置き去りにされたような孤独感を憶えたものだ。 昔から僕は家にいるのがとても嫌いだった。 夜の合唱団の女性団員の方が、僕が以前チケット代をなくしたことを聞かれ、トルコ旅行で魔除けのキーホルダーを買って来て下さった。 今まで個人的に一度もお話したことのない方だと思うが、僕のことを思いやって下さったことに感謝の気持ちである。 早速カバンに付けて、身を守ることにしょう。
2008.07.11
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・7.10、木ようやく3日ぶりにパソコンが動いた。原因は2・3日前の雷で、ワイヤレスの電波がおかしくなったことだそうだ。光ファイバーにすればそんな問題もないのだろうな。昼奈良クラスのレッスンの後、NSK混声合唱団の練習。その前に例のカフェで腹ごしらえ。一人の女性団員の方が俳句をされていて、僕の事を詠んで下さったという。色紙に書いたその歌を今度いただけるとのこと、とても嬉しい。色紙を入れる額を探さなくては。今から楽しみである。詩というのは心の写真のようなものだから、作者の人生の一こまをいただけるような気がする。
2008.07.10
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パソコン不具合により今日の日記はお休みさせていただきますm(_ _)m
2008.07.08
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・7.7.月 今年度に入ってからというもの、ほとんど詩を書かなくなった。 リサイタルのことが頭の中を占め、書く事に気が行かなくなったこともあるとは思うが、どうしても書きたいという欲がなくなった。 その証拠に、リサイタルが終わっても書こうとはしない。 歌う欲は書く欲を飲み込んでしまうのだろうか。 不思議なことだ。 あれほど書く事に喜びを感じていたのに、一体何が今僕の中で欠けているのだろう。 きっと書く欲というのは、とても微妙なところを行ったり来たりするものなのだろう。 詩遊の会の7月の例会には出席したいが、作品がない。 パソコンの前に座っても何も出て来ない。 どうしたものか。 かと言って書く事を断ち切りたくはない。 途切れることなく作品を提出している詩遊会員は、皆本当に書く事で自分を表現する必要があるのだろう。 僕も知っているあの喜びを、早く取り戻したいものだ。
2008.07.07
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・7.5.土 朝の女性合唱団の後、奈良に向かいNSK混声合唱団。 福祉センターのクーラーの入らない部屋で、皆で汗をかいての練習。 高校時代の夏の音楽室を思い出す。 バンドの練習をするのに窓を開けるとうるさいと叱られるので、締め切った中でのセ ッション。 それが秋の文化祭までずっと続いた。 あのころはそんなに苦にもならなかったが、今日は辛抱のなくなった自分を情けなく 思った。 10代のころは、もっと集中して何かに没頭していたのだろうか。
2008.07.05
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・7.4.金 今日も朝昼晩と忙しい一日だった。 一日に多くの人と関わると、皆さん僕のことをどう見ておられるのだろうとふと考えることがある。 気を付けていても、知らず知らずに横暴になったり、誰かを傷付けたりしているかもしれない。 先生と呼ばれている人には、誰も本音を言わない。 僕は皆さんから見るとどのような人間なのだろう。 思い起せば、周りの人たちにかなりの我がままを言っているようにも思う。 生徒さんや団員の方のことを、思えば思うほど恨まれている結果になっているようにも感じる。 これは因果な商売でもある。
2008.07.04
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・7.3.木75歳の登山家がエベレスト登頂に成功したらしい。彼がエベレストに登って見たものは、ポタポタと汗をかいているように雪が溶けて行くようだった。「これは地球温暖化どころではない。地球高熱化だ!」我々は未だその恐ろしさを現実として受け止めていない。政治家や企業は、地球破滅よりも金儲けを重要視している。何度も言うが、電気というものが発明されてから我々は破滅に向かって歩いているから、電気を使うことをやめてしまわなければ温暖化を止めることも出来ないように思える。皆で今の生活を捨てて、0に戻る訳だ。皆で報いを受ける。
2008.07.03
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・7.1.火僕の若い生徒さんの弟さんが彫刻家の卵であるが、その先生に当たる方がリサイタルを聴きに来て下さった。彼は画家でありながら昔からドイツ歌曲に大変興味を持っておられ、京都のアトリエにはCDだけではなく、レコードが何千枚とあるらしい。演奏会が終わって楽屋に来て下さり少しお話したが、その日に僕が演奏した曲はすべてよくご存知であるとのこと。プログラムには歌い手でも知らない曲も含まれていたはずだが、相当にドイツ歌曲を熟知しておられるようである。一般の音楽愛好家でオペラのマニアは時々おられるが、ドイツ歌曲のファンの方は極めて珍しい。一体何が切っ掛けでドイツ歌曲に興味を持たれるようになったのだろう。楽屋で僕はすぐに尋ねてみた。絵描きである彼は同時に言の葉をとても大事にされているとのこと。やはりそういったセンスが彼をドイツ歌曲へと誘なったのだろう。ほとんど会話は交わさなかったが、僕は彼に興味を抱くこととなった。もし縁があれば、また何処かで出会うこととなるだろう。
2008.07.01
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