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・2:29:金 京都の芸大で学んでいたころのドイツに住む同級生が一時帰国したので、時間を合わせて久しぶりに会った。 懐かしく、顔を見て声を聞くと、一度に昔に帰る。 彼女はドイツ人と結婚して、シュトゥットゥガルトに20年住んでいるが、ちっとも変わっていない。 阿波座事務所でお互い歌い合いっこして遊ぶ。 昔学校で共に歌っていたころみたいに。 また是非会おうと言って抱き合って別れる。
2008.02.29
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・2:27:水昼のグループレッスンの前にベートーヴェンを練習して、レッスン終了後4時に一人の生徒さんが「堂島ロール」というケーキを買って来て下さり、皆で食べた。このロールケーキは有名らしく、いつも長蛇の列を並んで手に入れるらしい。生クリームたっぷりで、なるほど美味しかった。夜のグループレッスンは、ケーキを買って来て下さった生徒さんが女性である意外後は全部男性で、ケーキの生徒さんは喜んでおられた。
2008.02.27
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・2:26:火 昼、夜と阿波座でグループレッスンを行う。 昼のレッスンでは60代の男性の生徒さんが、自分の20代のころに起こったベトナム戦争を振りかえり、あの時微力にて戦争を止められなかった無力さと、日本からも兵を送ってベトナムの子供たち、住民を苦しめた謝罪の気持ちを語られた。 夜のレッスンでは、16歳、20歳の若い生徒さんが見え、その直で一生懸命な姿勢にまた心打たれた。 僕が20歳の時にはどんな青年で、何を考え、どんなことをしていただろうと思い起こしてみた。 この世で生きる不安は全部先送りにして、深く物事に考えを巡らすことをせず、毎日ただ愉快に暮らしていたように思う。 盲学校の小さな世界から抜け出せた喜びをいつまでも感じて、大事なことを教えてくれる大人も周りにいないまま、どうやって女の子たちと仲良くするか、そんなことばかり考えて、何処にも辿り着けない無駄な時間をだらだらと過ごしたように思える。 若い時間は帰ってはこないが、そのころにはどうしても見えないこと、力の及ばないことがあるのだろう。 今だからこそ分かる無力さがある。
2008.02.26
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・2:25:月 6月のリサイタルで演奏する第二ステージのR・シュトラウスの歌曲を練習する。 彼の曲想を見ていると「ここでは絶対ブレスしてくれるな!」という声が聞こえて来る箇所がたくさんある。 でもそのとおり歌うと息がかなり苦しい。 それでも何とかしてクリアーして行かなくてはならないようである。 まったく、意地悪な男だ! しかし彼の音楽は、歌えば歌うほど言い表せない魅力に捕らわれる。 その魅力を会場で初めて耳にするお客様に伝えられるかどうかは、僕の演奏次第であろう。
2008.02.25
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・2:24:日 第12回春咲きコンサートに、NSK混声合唱団として出演する。 我々の演奏時間は15分ぐらいだったが、朝9時になら100年会館に集合して、夕方5時ごろまで掛かった。 演奏は、集中力の溢れたすばらしい出来だった。 あまり良すぎて、皆怖気ずいて入団者がいないのでは、と思えるほどだった。 この調子で、3月からの第九全般の練習も継続して行きたい。
2008.02.24
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・2:23:土 明日は奈良の春咲きコンサート本番である。 5ヶ月間練習して来て、何とか間に合った。 皆でピンクのTシャツを着て演奏する。 どうなるか楽しみ。
2008.02.23
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・2:21:木 我CAの生徒さんで、デザインの仕事をされている男性がおられ、冗談交じりに「CAC混声合唱団のロゴをデザインして下さいよ」と言っていたら、本当に何作か作って来て下さった。 どれもとてもすてきだったが、その中から一品皆で選び、黒の楽譜ファイルに金文字で入れてもらい、皆で持つことにした。 その次に「ねえ、CA声楽コンセルヴァトワールのロゴもまた暇なときに作っていただけません?」とねだってみたら、今日幾つか作って来て下さった。 その中で飛び抜けてすばらしいと思う作品があったので、それを以後のCAのシンボルマークとさせていただくこととなった。 これから至る所で(発表会のチラシ・授業内容説明書・CA主催のコンサートの案内)などでお目に掛ると思います。
2008.02.21
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・2:20:水 午前中レッスンの前に、阿倍野の鍼灸院に行く。 一月の中ごろに本番があるにも拘らず風邪を引いて、抗生剤に手を出してしまい、ずっと胃腸がおかしかったからだ。 今日はご主人の方の治療だったが、僕の症状と抗生剤の説明を聞いた後、脈を長い間黙って取り、その後こんこんとしかられた。 「茶木さん、貴方は常に体に対して健康とは逆のことばかりしていますよ、脈を見ていつも警告している通り、左の肺の経絡に異常が見られます。何が原因か分からないけど、今日は特に酷い」 「先生に言われて、仕事場に空気清浄機も置いたのですが」「そういう問題ではないかもしれません。抗生剤の乱用です!抗生剤は、使わなくてはならない時もあります。しかし乱用を続ければ、いつ癌ができてもおかしくないのです。脅かす訳ではありませんが、もう有るかもしれない! それぐらいおかしな脈です。 それと食事です。 添加物、精製された食塩、砂糖などを口にしない努力をするべきです」 「先生、それは家以外で仕事をしている者には難しいことです」 「そう、確かに難しい、でも何とか考えないと体は悲鳴を上げています、肝や腎がです。 食事のことがきっちり出来るのなら、私のところになんか通う必要はないんですよ」 「抗生剤を絶つことから考えてみます」と僕は言って治療院を後にした。
2008.02.20
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・2:19:火 6月に予定のリサイタルのプログラムの中の、ベートーヴェンの歌曲を練習する。 これらは学生時代からずっと憧れていた曲たちで、練習で歌えるだけで喜びが溢れて来る。 どれも大曲で難解だが、少しずつ自分の体に馴染んで来ているように思える。 ベートーヴェンの息づかいや誰にも言わない心の奥底が感じられるようで、音楽作品とは時間も時代も超える魔法であることを改めて思う。
2008.02.19
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・2:17:日 歳を重ねるごとに、普段の生活の中でストレスの掛るようなことは出来るだけ排除しようと心掛けている。 どういうことが精神的に負担となって行くかを考えてみる。 いろいろある原因の中で、最も大きく作用するのは、僕から見て余りに非常識と思える人、僕の想像を超えた考え方に沿って生きている人々と関わった時、それが一番の大きなストレスとなって僕の中に沈殿して行くようである。 それは時によっては避けられないことが多い。 僕自身も自分勝手になりつつあるのかもしれないが、混乱する頭を抱えて、日々多くの人々と関わって行く生活に少々疲れている。 そんな中、犬という動物を見ていると、なんとシンプルに真っ直ぐに生きているのだろうと思う。 我々生き物が持つべき基本的な欲だけ。 歪んだプライドを守るための裏工作も、胸の中の奥底に沸く恨みのヘドロも、言葉の裏を探り合う笑えない目も何もない。 いつも考え込む。 何故我々はそんな風には生きられないのだろうと。
2008.02.17
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・2:16:土 朝松原の合唱団に行ってから、午後は24日本番までのNSK混声合唱団最後の練習に行く。 奈良市福祉センターは近鉄高の原駅からバスで行く、奈良市最果ての不便なところにあり、センターの隣はゴミ処理場である。 練習している部屋の窓から見ると、煙突からもくもくと煙が出て、帰りが9時前になる時もやはり煙は出続けている。 そのせいかどうか分からないが、センターに来るといつも僕は頭痛が起こり、咳が出る。 因みに奈良市の各公民館は、どこも駅の改札を出てすぐの便利なところにある。 障害者が集う福祉センターに限って、どうしてこんなに不便なところにあるのだろうと不思議に思う。 練習の後、二十歳の若い人たちを交えて食事をする。 僕たちが二十歳のころと比べて、皆礼儀正しく常識があって、大人びているように思える。 いつも言うことだが、今の中年、熟年の人たちは「今の若いもんは!」とは言えなくなって来ている。
2008.02.16
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知的障害者四人を、30年間奴隷のようにこき使っていた食堂の経営者がいると報道があった。 毎日朝6時半から、夜10時まで厨房で立ちっぱなしで働かせ、昼食も立ったまま、朝食と昼食だけで、夕食はなし、給料は0。 何かヘマをやると怒鳴り付けられる。 おまけに店主は彼らの受け取るべき障害者年金をすべて着服していた。 かれらは食堂の寮暮らしだが、身の周りのことを見る人もいないため、生活はめちゃくちゃだったそうだ。 月二回だけ小銭をもらって銭湯に行くが、一人だけ入らず、浮かしたお金で皆でジュースを買って飲んでいたそうだ。 それを明るみにしたのは一人の弁護士だが、彼が言うにはこれは氷山の一角だそうだ。 現代においても、まだこのような非人道的なことが行われている事実に驚嘆する。
2008.02.15
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・2:13:水今日昼にいつも行く店に入って、定食を食べる。阿波座事務所の何軒か隣りの小さな店で、おじちゃん、おばちゃんともすっかり仲良し。おじちゃんは元々寿司屋で、頑固者で料理にポリシーがある。量が多くてとても美味い。隣に中年の男性が二人で座り、すぐにたばこに火を点ける。やれやれ食事中にまたこの不運。たばこを吸うものは、大体において人への迷惑など考えはしない。ドイツなら、食事をする場所での喫煙はご法度である。煙さに耐え切れず、食べるのも早々に引き上げる。たばこを吸わないものの安らぎの食事タイムは何処にあるのだろう。
2008.02.13
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そして我々はいつの日か、また互いの温もりを確かめながら眠るだろう。 確実にやって来る日の光の中で朝食のパンをテーブルに並べ、温かいコーヒーの湯気の向こうに霞む冷たい苦しみに目を細めて。 我々はきっと再び手を繋いであの家へと帰って行くだろう。 古いドアノブを握って重い木の扉を開けた時、死の労働でばらばらに散らばった私自身を、もう一度拾い集めることが出来るにちがいない。 国境が我々を遠く引き裂き、私を冷たい牢に繋ごうとも。 鎖をちぎり、壁を破って我々の暮らしはまた呼吸し始める。 何故なら、貴女の数限りない涙によって。 私の遠く果てし無い溜息によって。 指差し間違えられた悪夢が、朝食の光の中に飲み込まれて行く日がそこまで来ているから。 そして我々はいつの日か、また互いの温もりを確かめながら眠るだろう。
2008.02.11
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・2:9:土 朝合唱団の練習中、窓の外で見る見るうちに雪が積もって行き、道路は真っ白になって行った。 滑りそうになりながら駅まで時間を掛けて歩き、阿波座に向かう。 午後のグループレッスンに来る一人の生徒さんが、雪で転んで遅れるとの連絡が入る。 市内でこれほど降るのは珍しい。 夕方帰りの電車で人身事故があり、車内に一時間以上待たされる。 くたくたになって帰宅。
2008.02.09
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・2:7:木心斎橋のそごう劇場にて、日本シューベルト協会によるレクチャーコンサートを行う。僕が言い出しっぺで企画されたコンサートで、司会と歌を担当したが、トークの難しさを痛感する。時間配分を考えながら、ゲストの魅力を引き出し、また堅すぎてもいけないし、砕けすぎてもこれまた収拾がつかなくなって、ポイントの薄いものになってしまう。頭はトークのことで一杯だったが、歌う際は曲に集中しなくてはいけない。古館さんやさんまさんはすごいなと思った。今日のコンサートで、少しでもドイツ歌曲に親しんでもらえたとしたら、大変嬉しいことである。
2008.02.07
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・2:6:水 中国はつい最近まで、皆人民服を着ていた。 日本もつい最近まで、皆着物を着て生活していた。 アメリカ人もつい最近まで、ジーンズと麦わら帽で土地を開拓し、小麦を栽培していた。 今は何処の国の男たちも皆ネクタイを締め、先を急いで街を行く。 ネクタイは資本主義の象徴であり、食欲ではなく、もっと他の欲のために何処かに向かって足を運ぶ。 我々がネクタイを締めなかったころ、健康を維持するための食事があり、とても満腹には程遠い晩御飯を、公平に家族で分ける食卓があった。 そこには毒も恨みもない。 ただいつも満たされない腹だけ。 だからいつの日かネクタイを締める。 そこに日の当たる、豊かな生活があるに違いないと信じて。
2008.02.06
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・2:4:月 午前中、7日のコンサートの打ち合わせにそごう劇場に出向く。 会場も見学させてもらったが、なんとなく和風を感じさせるデザインのアットホームなホールだった。 昼間阿波座でグループレッスンの後、夜は近鉄奈良の「喫茶シャローム」にお邪魔して、春咲きコンサートでの出演のための練習を行う。 NSK混声合唱団だけではなく、作業所で働く人たちの集まりであるシャロームのゲストとしても僕は出演することになっているのである。 今回も元気な若者たちが多く集っていた。
2008.02.04
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・2:3:日 今日は2月7日のそごう劇場でのコンサートの合わせのため、雪の中を堺筋本町まで出向く。 その電車の中で、突然昔見ていたアニメの「妖怪人間ベム」を思い出す。 いつものことだが、何の予兆もなく突然昔のいろんなことを思い出して、それが頭を離れなくなる。 子供のころあのアニメが僕はとても好きだった。 どこに引かれていたかと言うと、舞台になっている場所と時代、そこからかもし出される独特な恐怖感である。 舞台はおそらくヨーロッパの何処かの国。 そう、ヨーロッパというところが独特なのだ。 時代は定かではない。 車もすでに走っているが、多くの人々は馬車も使っている。 汽車も走っているが、家々にはまだ電気はなく蝋燭で生活している。 文明が変化する節目の時代なのだろうか。 ストーリーの多くは、ヨーロッパに昔から伝わる伝説のようなものに少しアレンジを加えたものだった。 ローレライに似た話もあったし、森の何百年も前からある木の妖怪もいたし、ヨーロッパ独特の生贄の話もあった。 その中でも僕が好きだったのは、博物館の古い棺や鎧に霊が再び宿る話だった。 定められた一つの建物や場所に長い年月霊が澱み、思念が停滞するような状態が多分僕は好きなのだ。 今詩を書いても、どうしてもそういったことが書きたくなる。 「妖怪人間ベム」の作家はいったい何処からこの話を書いて行ったのだろう。 検索してみたが、詳しいことは分からないみたいだ。 ああ、どうしてそんなことに時間を費やすのだろう。
2008.02.03
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・2:2:日大阪市内の私立女子高校に午前中から伺って、講演をする。学校内は綺麗な校舎と三階席まである立派なホール、いたる所に清潔な来賓室があった。そのホールでの校内のクラス対抗合唱コンクールが終了した後で、僕が舞台に出て行き、歌って、お話した。合唱演奏中も、僕の演奏中もがさがさしたり、私語などは一切ない。かといって僕が歌い終わると、客席全員が誠意のこもった拍手をしてくれる。そんな中、皆さんの興味を引くお話が出来るかどうかという点で僕はとても緊張し、いつになく落ち着きがなく、歌う箇所を大幅に間違って、伴奏と合わなくなってしまうというアクシデントもあった。限られた時間の中で自分のことを話すというのは、全く難しい。プラス何かしら若い人たちに対してのメッセージのようなことを、どうしても考えてしまうから始末が悪い。
2008.02.02
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・2:1:金 明日は大阪市内にある私立の女子高に講演に行く。 何しろこのごろ、学校関係に呼ばれて歌って話す機会が多い。 目の不自由なものが歌で生きている珍しい例を子供たちに見てもらい、何か考えてもらえれば、もしくは「そんなやつがいたなー」と将来思い出してもらえれば本望である。
2008.02.01
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