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・9.30.火 今日は一日事務所引っ越しで汗をかいた。 楽譜やCD、机や椅子、大きな本棚、絨毯、オーディオやファックス電話、様々な細々としたものの移動。 今日は9月最後の日で「今日中に部屋を空っぽにして、原状復帰という形で明け渡す」というのが法律上での決まりであるから、新しい部屋は荷物が山積みでも、明け渡す部屋は何とか空になった。 途中ピアノ運搬の男性が二人でやって来て、あの重いピアノを涼しい顔で平然と担いで隣の部屋へと移動させた。 不思議な技術である。 明日は新しい部屋の片付けと雑巾掛けだ。 木曜日のCAC混声合唱団の練習までには、何とか形にしなくてはならない。
2008.09.30
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・9.29.月 21歳の女性の生徒さんが、一ヶ月間ドイツのフライブルクに語学留学されていて、帰国されてすぐ今日の昼のレッスンに来られた。 たくさんのお土産を買って来て下さり、向こうでのとても面白い体験話を聞いて皆で愉快に笑う。 語学学校にはいろんな国の人がいたが、その中でもイギリス人のクラスメートと一番気が合ったということである。 ユーレイルパスを買ってドイツ国内や近隣の国を旅行し、いろんな経験をして有意義な一ヶ月だったようだ。 女の子の外国での生活でいろいろ心配したが、無事に戻られてほっとする。 夜のレッスンでも皆さん発表会に向けて暗譜に努力されているが、なかなか苦戦されているようであった。 明日明後日は事務所引越し。 掃除と楽譜、家具などの移動を行う。
2008.09.29
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・9.28.日 昨日から合唱団の合宿で、葛城山の上の施設に宿泊する。 上はきっとかなり寒いと思っていたが、意外と暖かく、鳥の良い声が響き、空気が澄んで快適な気温だった。 午後から夜9時まで練習。 食事をしてから、30歳の男性団員の方と大浴場で風呂に入る。 この団の合宿の時は、見えない僕のために彼がいつも世話を焼いてくれ、風呂に入りながらいろんな話をする。 ドイツの話(彼は自分の専門の勉強のために何度もドイツを訪れている)、彼女の話、団の人たちの話など話題は尽きない。 その後ベッドに入るが、朝の5時まで眠りに付くことが出来なかった。 以前はそういうことも多かったが、最近では珍しい。 多くの人と話した後や、場所が変わると眠るのはやはり難しい。 次の日は朝食の後9時から練習開始。 皆さん昨晩遅くまで宴会をしていたにも拘らずとても元気。 この団は年齢層が高く、ほとんどが60、70、80代であるが、僕なんかよりもずっとバイタリティーがある。 今日は打って変わってかなり寒く、雨も降り出した。 皆さんさすがにへとへとになって夕方4時に練習終了。 ピアニストの車に同乗させてもらって帰宅。 河内長野は葛城木山よりも寒く感じた。
2008.09.28
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・9.26.金 朝の合唱団を終え、昼から阿波座事務所でのレッスン。 箕面市から来られている生徒さんが、向こうで有名なロールケーキとチーズケーキを持って来て下さり、レッスンの前に皆で食べる。 確かに美味しいケーキだった。 ああ、また体重が落ちない。 夜は奈良で混声合唱団の指導。 一人の団員さんが、ブログで僕がお腹の調子が悪くなったことを読まれて、ダラニスケという薬を下さった。 僕が思っているより多くの方がブログを読んで下さっているようで、帰宅してからパソコンの前で毎日あったことを一つ一つ思い出して、読んでいて面白いことを書かねばと思うのだけれど、そんなに毎日いろんなことが起こる訳でもなく、結局食べ物の話ばかりになってしまう。 明日から混声合唱団の合宿で、葛城山の上に一泊する。 もう結構寒いだろうなと想像する。 マイモーフを持って行ったらまた皆に「ねんねモーフ!」と言ってからかわれるだろうな。 そういうことで、明日の日記はお休みさせていただきます。
2008.09.26
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・9.25.木 昼の奈良クラスのレッスンの前に、また菖蒲池のうどん屋に行き昼食を取る。 今日は張り込んで¥1600の鍋焼きうどんを注文する。 細めのバナナぐらいの太さの海老てんぷら、卵に様々な野菜と鳥肉。 餅と高級そうなかまぼこ。 打ったばかりの太いうどんに、良質な塩を使っただし。 すべての材料と味に大満足した。 聞くところによると、うどんを打つところから料理するまで一人で担っている紳士は、元商社マンで海外を飛び回っていたらしい。 儲けることをどがえししてやらねばあり得ないうどんかもしれない。 昼のレッスンでは、皆様近付いて来る発表会にどきどきしながら暗譜の練習に精を出されていた。 暗譜するというのはいつも大変なことだが、暗譜する機会が全くなければ能は働かなくなるだろう。 夜はCAC混声合唱団。 堺筋本町のコミプラでの最後の練習。 合唱団設立からずっと通った部屋だけに、思い出が多く少し寂しい感じ。 もう来ることもないかもしれないので、コミプラの裏のお気に入りのケーキ屋にスタッフと共に行く。 考えれば食べることばかりだ。 痩せられないのも無理はない。
2008.09.25
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・9.24.水 シューベルトの歌曲集「美しき水車屋の娘」の第三曲目は「止れ!」というタイトルの短い曲である。 伴奏の左手は軽快な水車の音を表わし、右手はさらさらと川のせせらぎの音を奏でる。 小川に沿って、小川の流れにただ誘われ旅を続けて来た。 そして森を抜けると、目の前にぽつんと建つ水車小屋が現れる。 そのゴトゴトという音は、まるで「ようこそようこそ」と水車が歌っているように青年には聞こえた。 小屋の姿は懐かしいようにも見え、窓は日の光を浴びて輝いている。 曲の終わりは「小川よ、そうか君は僕をここに連れて来たかったんだね」という言葉で締め括られる。 出会いの喜びと未来への情熱を感じさせる、短い快活な作品である。 そしてまたシューベルトの溢れ出る才能さえも感じられる。 死を予感し続けている若者が、どうしてこのような命溢れる作品を書けるのか、僕はいつも不思議に思う。
2008.09.24
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・9.23.火 事務所引越しに際して、思ってもいなかったいろんな経費が掛かって来ることが分って来た。 その中でも一番頭が痛いのはエアコンである。 電気屋さんに来てもらい付け替えの見積もりを取ってもらうと「この広い部屋では今までのこのエアコンは容量不足です。 人がたくさん入ったらもう利きませんよ。 業務用のエアコンが必要です。」 「大体どれぐらい費用が掛かりますか?」 「そうですね、40万」 我々はたまげて、目を丸くしてお引取り願った。 しかし、確かにこの部屋に合唱団が入って、真夏に練習をしようと思うとこれは並みのエアコンでは難しい。 困った。 そこまで考えが及ばなかった。 何とか思案して9月中に手を打たなくてはならない。 10月2日にはもうCAC混声合唱団の練習を行うのだ。 今のエアコンを付け替えてしばらく使用してみるにしても、取り外して、また取り付けるのにかなりの費用が必要であり、もし使い物にならなかったら目も当てられない 。 全くぼったくる相場が出来上がっているものだ。 今日は昼と夜のレッスンの合間に一日スタッフとそのことを相談していたが、結論が出ないままだった。
2008.09.23
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・9.22.月 昼のグループレッスンでは、皆さんコンコーネをしっかり練習して来て下さり、その成果を見せて下さった。 歌を始めて間もない方にはコンコーネ50番に挑戦してもらっているが、やはりこの本は練習曲としてよく考えられていて、難しくても根気よくこなした人は必ず譜読みの力が付く。 音程、リズム、音楽的表現力など、後々これを避けて通った人との差が歴然と出て来るはずだ。 僕はコンコーネを母音だけで歌うことを避け、子音を持つ階名で歌ってもらうことにしている。 これが初心者の方々にはまた困難の極みである。 それでも皆さん涙ぐましい努力の末、明らかに実力を手中に収めて来られている。 夜は混声合唱団の指導。 帰りの満員電車の中でドアの脇に立っていると、若い夫婦と二人の小さな子供の家族が僕の横にいた。 車内の退屈な時間を子供たちと父親は睨めっこをして遊んでいる。 お父さんの面白い顔を見て、子供たちは笑い転げている。 横からお母さんが「ちょっと静かに笑いなさい!」と周りを気にして子供たちに笑い掛ける。 「お父さんの全勝やな」と微笑む優しい父親。 近頃こんな仲のいい家族を見ると、何だかほっとして胸が熱くなる。
2008.09.22
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・9.21.日 京都命輝け第九の会主催による「秋の触れ合い大開」にゲストとして出演し、20分ほど歌う。 客席は満員で、皆さん好意的にお聴き下さった。 舞台の上から来年開催する奈良での始めてとなる「障・健第九コンサート」へのご協力を呼び掛けた。 今京都府各地で広がるこの第九を歌う会の練習場の様子をビデオで流され、見て驚く。 どこの団も障害者が参加し、練習会場も含め充実した練習が行われている。 奈良ではどうしてこんなに困難が伴うのだろう。 京都というところは、福祉に対して本当に進んだ考え方が根付いている上、障害者、サポーターにガッツのある方が多いように感じた。 そして以前にもご紹介した言い出しっぺの中心になっているご婦人(多分70代後半)が舞台で挨拶され、演奏会を続けて行く上での金銭的援助を訴えられた。 しかしそのお話にこの取り組みに対しての情熱が感じられ、援助の呼び掛けにも全く押し付けがましいところがない。 そこに彼女の人柄が感じられ、誰もが好意を持てるカリスマ性のようなものを感じた。 会の後半は第九の練習。 結成当時から指導に当たっておられる77歳の男性の先生によって練習が行われ、会場皆で第九を歌う。 その後運営委員会による打ち上げに出席。 僕の隣に座ったこれまた77歳の女性と話す。 彼女は京都市内での練習に参加され、もう何度も第九は歌われているとのこと。 生粋の京都弁で話され、御所の近くに住んでいた母方のおばあちゃんを思い出す。 本当にこんな美しい京都弁を聞いたのは久しぶりだった。 僕の母でさえもうこんな京都弁はしゃべれない。 間もなく絶えてしまう方言だと思うと、とても寂しい思いがした。
2008.09.21
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・9.20.土朝の合唱団の後、あべのの鍼灸院に行く。今日はご主人の診察を受ける。「10日ほど前に急にお腹が差し込んで、下痢が止まらずトイレから離れられず苦しんだ。でも合唱団の指導があり、正露丸を飲んで仕事をした。それ以後今度は便秘ぎみで、毎日少し頭が痛い。」と今の症状を説明した。時間を掛けて検脈した後途端彼は口を利かなくなり、黙々と治療を始める。怒っているのだ。今はもうすぐに分る。「茶木さん、貴方はまだ間違いばかりを繰り返しています。突然下痢が始まったのはウイルスの侵入。必ず危険と分って何か食べたはずです。でもそこまでよりももっと悪いのは、それに対する対処です。下痢を薬で止めるというのはウイルスを体から追い出さず、捕獲している訳です。それに正露丸とは何かご存知ですか?あれは昔軍隊でとにかく下痢を止めるために使われた物で、塗料の原料です。毒を入れて胃腸の菌を殺し、結果下痢が止まります。でも自分の粘膜も深く傷付けることになり、体を蝕む事になります。あれは薬でさえないのです。茶木さん貴方は私が再々警告していることをまだ理解しておられません。ご覧なさい、左の足の裏の親指と中指の間を5センチほど踵の方に行ったところに小さな出来物があります。これは何時からあるのですか?」「よく憶えていませんが多分10年ほど前から。痛くもなんともないのでほってあります」「我々の中では、ここは癌の治療としてお灸をする場所です。こんなところに出来物が出て来るというのは、貴方の薬の乱用が原因と考えられます。このままでは声にも必ず影響が出て来るはずです。歌い手としてやって行けなくなりますよ。治療に来ることが解決策ではありません。貴方自身の考え方を変えることです。」僕は何度かそうも言っていられない僕の現状を説明しようとしたが、彼は説明を続け、僕に言葉を挟ませなかった。言い訳を聞いても仕方がない、自分でしか自分を守れないという彼の指導のスタイルなのだ。もちろん彼は僕の身を心から案じての説教だ。それでも僕は随分へこんで帰宅。
2008.09.20
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・9.19.金 朝の合唱団の後、夜の合唱団まで時間が空いたので、阿波座事務所にて一人で時間を過ごす。 FMラジオを付けると、名古屋の17歳の女子高生がDJをやっていた。 自分の周りの大人たちに青春時代の中で思い出に残っている曲を上げてもらい、それをリサーチして紹介するという企画だった。 彼女の周りの大人といえば、両親、お父さんの職場の同僚、お母さんの学生時代の友達、学校の先生などである。 そして彼らはちょうど僕と同じ年代。 紹介された曲は、僕にとっても懐かしい曲だった。 吉田拓郎・サザンオールスターズ・小田和正・村下こうぞう・山下達郎などである。 そして大人たちは自分の美しい思い出を彼女に託し、彼女はとても流暢にそれをマイクの前で紹介したり、自分の感想をしっかり述べたりした。 そして掛る曲たちは、今の若い人たちが聴いても胸に深く届くだろう物で、今のポップスよりも内容の濃いものが多いように思った。 今は親と子が同じ曲を聴いて感銘し合える時代なのだ。 僕たちの親の世代とでは考えにくいことだ。 とても面白い番組だと思った。 夜の合唱団を終え、帰る途中の電車の中で、以前夕陽丘高校音楽課で教えていた歌の生徒の伴奏を担当してくれていたピアノ科の元女生徒と偶然会う。 今は大学生で、バイトの帰りだということだった。 彼女とは沿線が同じということもあり時々電車で会うが、高校生の時とは比べものにならないほど大人びて、礼儀正しく、すてきな女性に変わって行く。 将来は教師を目指しているということだが、楽しみな若者である。 台風を覚悟していたが、雨一粒ない。
2008.09.19
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・9.18.木 午前中に心斎橋のカットショップに行く。 日曜日が本番なので、この頭を何とかすべく時間を作って出向く。 担当の男性美容師(年齢は多分僕と同じぐらい)には、ドイツから帰国してずっとお世話になっているので、かれこれ10年ぐらいのお付き合いとなる。 彼はその時その時で何かに没頭して、一時過ぎるとふと違うものに気を引かれ、またそれにどっぷりとはまるというのを繰り返して来た。 ある時はロック。 ロックにはまるとまず服装から入る。 ある時はジーンズ。 様々なビンテージ物のジーンズを費用を掛けて収集する。 ある時はジャズ。 服装が変わるのですぐ分る。 そしてある時はクラシック音楽。 今はカメラ。 カットする間、ずっと夢見る少年のようにカメラのことに就いて説明してくれ、自分なりのカメラ哲学を語る。 でも僕は、そんな彼の今没頭していることへの哲学を聞くのが嫌いじゃない。 研究熱心で何事も追求して行く彼の気質は、もちろん美容師という仕事のうえでも充分に反映されている。 何人も美容師の働くこの店でも、彼は腕の良い看板美容師として多くのファンを誇る。 僕のような変な癖がある髪も、彼でないとうまく行かない。 趣味はころころ変わるが、仕事に対する情熱がずっと変わらないところがすばらしい。 午後のレッスンの後、CAC混声合唱団の練習。 引き続き曽根崎警察サロンでのコンサートのプログラムを練習する。 今日で何とかすべての曲が譜読み出来たことになる。 堺筋本町のこみぷらでの練習も後一回を残し、10月からは阿波座事務所へ練習場所を移す。 皆さん早く慣れていただければ嬉しいと思う。
2008.09.18
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・9.17.水阿波座事務所が隣の部屋に移転することで、担当の不動産屋の方と契約を交わす。様々な法的決め事の説明を受けた後、多くの書類に判子を押して、一時間ほどでようやく契約となる。隣の部屋に移るだけで新たに契約金が発生するし、電話・エアコン・ピアノの移動でかなりの費用が必要となる。それでもすでに壁紙張替えと床クリーニングを終えた隣室を見ると、何だかわくわくして来る。夜はアンサンブルクラスの練習。来年の2月8日にすでにアンサンブル発表会が企画されているので、決められた練習回数で仕上げなければならない。二時間半の練習があっと言う間に終わる。かなりの花粉がすでに浮遊しているらしく、皆さん調子が悪く、歌うと喉がぴりぴり痛いと訴える生徒さんも多い。僕も次の日曜本番なので、困ったことである。でもアレルギーの薬は飲まずに本番を迎えるつもり。
2008.09.17
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僕の京都の妹夫婦が経営しているジャズ喫茶「ラッシュライフ」の主催で、今年も上賀茂神社にてランディ・ウエストンという世界的なピアニストを呼んでコンサートを開催する。このピアニストは背丈が2メートルほどあり、横幅も大きな黒人で、彼が居ると周りのものが全部おもちゃみたいに見える。そして口では説明出来ない不思議な力を持ち合わせた人らしく、周りの者は体が浮いたような不思議な世界に行くような思いがするらしい。彼の演奏はまさしくそのような力を音でばらまくようなもので、会場にいるものを何かで包んでしまう。僕も話しに聞いただけで体験した訳ではないので、今年は予定が付けば出向いてみたいと思っている。今回はこれまた有名なベーシストと二人で来日し、デュオを聴かせてくれるということだが、チケット代は¥7,000と高い。僕らなどは何とかならないものかと思うが、二人の知名度、飛行機代などを考えるとジャズファンの人たちにとっては安いらしい。それでも妹夫婦には一銭も儲けのない、赤字が出なければ御の字という全く情熱だけのなし得る活動である。もし皆様の中でこの不思議な力の体験を試みたいという方がおられましたら、京都小旅行を兼ねて足をお運びいただければ嬉しく存じます。開催日が迫っております。チケットのお求めは、下記に妹が書いたコンサートお誘い文章をごらん下さい。●京都上賀茂神社 Randy Weston Duo コンサートのご案内10月4日(土)、5日(日) 今年はランディ・ウェストン(ピアノ)とアレックス・ブレイク(ベース)を迎え、コンサートを行います。崇高な空気の中での祈りに満ちた熱きランディのピアノプレイに、決して他では聴く事の出来ないリズミカルなアレックスのベース。そんな彼らのコンサートをお聴き逃しなく!詳しくはラッシュライフのホームページをご覧下さい。●http://www.lushlife.jp[お問い合わせ]Eーmail:info@lushlife.jp 電 話:075ー781ー0199(ラッシュ・ライフ)お申し込みをお待ちしています。ラッシュライフ 茶木三千代
2008.09.17
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・9.16.火近いうちに氷河期が来るかもしれないと新聞に書いていた。太陽の黒点がもう何ヶ月も観測出来ないそうで、これは異常なことだそうだ。やはりヤツの指はリセットボタンを押したのかもしれない。以前も僕が名付けたヤツのことは書いたと思うが(えっ、書いたっけ?)宇宙という金魚鉢の外から地球を観察していて、恐竜の時もそろそろ飽きて来たのでリセットボタンを押してご破算にしてから、全く違う生物「人間」のDNAを送り込んだ。でも人間はこんなに早く彼のおもちゃ(地球)をめちゃくちゃにしてしまって、そろそろ次の生物を考える時期に来ていると近頃のヤツは考えている。一旦リセットボタンを押したとしても不思議はないのだ。消去される我々は何を惜しみ、何を守ろうとするのか。人々と車が行き交う都会の真ん中の一本の楠木の上で、餌を待つ小鳥たちが元気に鳴き喚く夕暮れ。親鳥は余計なことを考える暇もなく大忙しに子供たちと何処かの間を往復する。消される瞬間、僕はそんな夕暮れを思おう。
2008.09.16
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・9.15.月 昼のレッスンに86歳のお父様を介護されている生徒さんがレッスンに来られ、半身が動かなくなっても必死で毎日リハビリに励む高齢のお父様と病院で向き合い、今まで何十年一緒に暮らして来て、初めて聞いたことのないお父様の身の上話を聞いたという。 海外での仕事、戦地での酷い経験。 戦後仕事に就くまでの苦労。 お父様が病気に倒れられ、周りの者が口を揃えて「足や手が再び動くことはありえない」と断言した中、お父様と生徒さん二人の諦めない粘りのリハビリの成果が稔り、 奇跡的にその半身が動き出している。 その父と娘の間に交わされた会話は、病気と向き合わなければ無かったことかもしれない。 夜は混声合唱団の指導。 指揮者の櫻井武雄先生(90歳)が、世界各国と日本がどれだけの予算を軍備に費やしているかを説明された。 国民がいろんなところで締め付けられている中、怖ろしいほどの金額が軍備に使われている。 軍のことに関しては、我々国民には分らないことが一杯だ。 どうしてそこまでアメリカ軍に儲けさせねばならないシステムが出来上がっているの か。 どうして各国で揃ってそこまで戦争の準備をしなくてはならないのか。 我々の知らないところで一体何が押し進められているのか。 そして我々がいずれ飲み込まれる渦とはどんなものなのか。
2008.09.15
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・9.13.土朝合唱団の指導。少々寝不足が続いてぐったりしていたが、魅力ある曲を練習していると元気が出て来た。午後からは阿波座事務所でのグループレッスン。皆さん其々オペラの大アリアを暗譜で歌われ、声のことに集中出来た良いレッスンだった。もう半年ほどイタリアのローマに住んでいる元CAの生徒さん(30歳のテノール)と、メールを交換する。向こうもやはり異常気象で、湿度90パーセントの日々だそうだ。彼の報告によると、イタリア各地の歌劇場やコンサートホールでも、かなり頻繁にドイツの作曲家の作品が演奏されるらしい。ワーグナーやリヒャルトシュトラウス、ベートーヴェンのオペラや交響曲、オペラはもちろんドイツ語での上演だ。イタリアの観客がドイツ物をそこまで好むとは、僕には新鮮な驚きだった。僕もミラノやローマ、フィレンツェなどの主要都市はドイツからぶらりと行ったことがあるが、車の量が多くて、空気が悪く、田舎に比べてレストランの食事が美味しくなかったことしか憶えていない。もう一度ちゃんとイタリアの文化に触れるべく訪問したい。
2008.09.13
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・9.12.金 朝の合唱団が終わるとそのまま奈良に向かう。 昨日からお腹の調子が良くないので、菖蒲池にある初めてのうどん屋に行く。 古い家屋を改造して営業していて、裏通りから庭を奥に入って行ったところにあると ても小さな店だった。 店内には材料の使用後の袋が吊り下げられてあり、何県の何を使用しているかが明確 に分るようになっていて、入り口付近でうどんを打っているのが見え、注文してから 出て来るまでに時間が掛かった。 値段も張るが、ちょっとお目に掛かれないほどの美味しさだ。 席数もわざと少なくしてあるのだろうが、これは儲からないだろうなと思う。 儲けに頭が走ったとき、心のこもった良い品はそこから消える。 こんな信念を持った店を見付けることが出来て嬉しかった。 うどん以外何もない少ないメニューだが、全部制覇したいと思った。 奈良クラスのレッスンの後混声合唱団の練習。 お腹の調子も悪くならなかったし、気持ち良く練習も終え帰宅。
2008.09.12
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・9.11.木 昼の奈良クラスのグループレッスンでは、新しい方が見学に来られ、来月からレッスンを受けてみるということになった。 昨日から立て続けの出会いである。 その後NSK混声合唱団の練習まで、沖縄出身の男性団員さん(73歳)を交えて、スタッフでベビーフェイスにお茶を飲みに行く。 そこでその方の身の上話を聞く。 高校を卒業してから沖縄から一人で大阪に出て来て、大正区に住む。 大学に通いながらアルバイトをして、その後営業マンになるまでのご苦労と面白い話を聞いて皆で感心したり、笑ったりする。 当時本土では沖縄人は酷い差別を受け、レストランの店先には「朝鮮人・沖縄人はお断り!」と書かれていることが多かったという。 全く、先進国になれない島国は程度が怖ろしく低く、すべての面で立ち遅れていたのだという証拠である。 今は信州のホテルで、余りのマナーの悪さに「大阪人お断り!」という札が掛かっているらしい。 そう言って皆で笑う。 今日のNSKの練習は不便な福祉センターではなく、学園前駅横の西部公民館で行う。 ここは便利な分競争も激しく、なかなか部屋が取れないのだが、NSK事務局の努力のお陰で何とか今日初めて確保出来た。 これから定期的に使えれば嬉しいのだが。 練習場が便利なところに変わったら途端に三人の方が見学に来られた。 やっぱり場所は大事である。 練習開始前になって急にお腹が差し込み、トイレに入り浸る。 またノロウィルスではと恐れるが、団員さんが正露丸を買って来て下さり飲んだら何とか止まった。 少しふらふらしながら帰宅。
2008.09.11
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・9.10.水 昼のレッスンの後、注文していたCDを買い取りに難波のタワーレコードに行くついでに、生徒さんと共にハーヴィスにケーキを食べに行く。 久しぶりに行ってそのケーキの大きさに驚く。 でもいつもながら食べ終わると少し胃にもたれる感じはなんだろう。 慌てて阿波座事務所に戻り、夜のレッスン。 ホームページを見て来られた男性の方がレッスンを見学された。 高校の音楽の授業で、先生の趣味でちょっとしたオペラをした経験があるということで、その影響でクラシックの声楽に興味があるらしい。 ホームページを見て見学に来てみるというのは勇気のいることだと思う。 とくに大企業でもないところに出向いてみるというのは何だか怖いものだ。 でもその方いわく「個人の教室だからこそ来ました」ということで、そういう方もいるのだなと感心する。
2008.09.10
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・9.9.火 昼と夜のレッスンの合間にパソコンで「ストリートビュー」というサイトを検索してみる。 人から聞いた話だが、日本中どこの家でも詳細にズームアップして見ることが出来るらしい。 その住宅街を画面で散歩してみたり、歩いている人を付けたりすることだって出来る。 衛星からの中継でこういったことが可能なのだそうだが、これはいかがなものだろう。 これを使って泥棒が住宅街を物色することも可能だし、プライバシーの侵害にも繋がる。 良い方向で使えば、家に居ながらにして海辺や山を散歩したり、犯罪解決に役立てることも出来るかもしれない。 でも本当の目的はなんだろうと僕はすぐに考えてしまう。 これからは携帯がいろんな意味で個人の身分証明書の役目を果たすようになり、一人一人に番号のようなものが付けられて、政府に言わば管理されるらしい。 そしてこのサイトだ! 政府と企業がぐるとなって、水面下で何かを着々と進めているのではないか 。 な~んて!すぐにそういう風に考えを巡らす。 僕も暇なのかな。 結局ストリートビューはうまく見ることが出来なかった。
2008.09.09
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・9.8.月 2004年リサイタルに引き続き、2006年リサイタルの録音を久しぶりに聴いてみる。 この時は忘れもしない、四日前にノロウイルスを発症し、四日間ほとんど何も食べていない上に当日も一杯のお粥さんだけしか食べていなかった。 腸はまだかなり炎症していて、腹に力も入らず横隔膜も動かないままで、歌い始めて間もなく声が出なくなった。 喉に問題がなくても、体の他の筋肉が使えなければ声は出ない。 演奏会中止も考えたが、本人はすっかり声を諦めて、心だけでお客様を迎えることとなった。 今までに経験したことのない恐怖と不安の中、あることに思い当たる。 声に拘ることが、結局声を殺している。 僕の歌う喜びは、本当はそこにはない。 高級な食器を蓄えることに興じたりそれを誇示するより、毎日の食卓の上で使うことを楽しみたい。 結果今改めて客観的に聴いてみると、確かに声は悲惨だが、そこに包み隠さない僕の熱い心が感じられる。 そしてそのリサイタルで自分なりに学んだことは、それ以後今も歌うことの中心にある。
2008.09.08
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・9.6.土朝松原の女性合唱団に伺い、和やかに練習を行う。毎日多くの人と関わって神経に触ることも少なくないが、今日はほっとした気持ちで練習会場を後にする。一人の団員さんが「橋下知事のように人から言われることは何も耳に入れず、自分の思うことを無理やりにでも押し通せばストレスも溜まらないのでは」と冗談をおっしゃっていた。昼から阿波座事務所にて部屋のオーナーと話す。今の部屋が狭いので、隣の倍の広さの部屋への移転を要望していたのだ。問題は家賃の交渉だったが、こちらの付け値で了承して下さり、事務所移転が確定した。10月1日から広い部屋でレッスンを行う。こちらの付け値といっても随分負担が多くなる訳で、やりくりが大変になるのは目に見えている。でも今まで出来なかったこと、不便だったことが解消され、夢が広がる。
2008.09.06
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・9.5.金 僕が毎日書いているブログの日記の下に広告が入るようになった。 楽天が掲載している訳である。 広告を掲載すること自体はいいが、場所を考えて欲しい。 利用者の書いている日記の内容に沿った広告が載る仕組みになっているらしいが、結果同業者のPRを一番目立つ場所に掲載しなくてはならないことになる。 これは不条理な話だ。 楽天のやり方に意義申し立てをするつもりである。 それでだめなら、これからを考えなくてはならない。
2008.09.05
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・9.4.木大阪府の中学校の教員をしている友人と話した。橋下知事の政策により、先月から月給が4万減ったとのこと。4万という数字を聞いて驚く。自分の給料がそんなに減ったと想像するとどんな思いがするだろう。退職する公務員も、月給が減らされた状態で退職金が計算され、そのうえ加えてかなりたくさん受け取り額が減らされるらしい。長い年月の怠慢から積み上がった大阪府の赤字が、まるで現場の公務員のせいのよう。取りやすいところからごっそり取れ!というやり方だろうが、この赤字を作って来た本当の原因を探って、まずどこに責任を位置するかを考えなくてはならないような気もした。このままでは現場に携わる職員のやる気はどんどん薄れ、我が国を支える最も大事な「教育」が崩壊してしまうことは歴然である。橋下知事は「大阪府内の子供の学力を上げる必要がある!」という彼の自論と全く反対の政策を行っていることになる。彼は身を持って自分の給料を幾ら減らしたのだろう。
2008.09.04
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・9.3.水 9月21日に、京都の「命輝け京都第九の会」の秋のふれあい大会が長岡京市で開催され、僕も歌って欲しいという要望があり、20分ほど時間をいただいて演奏する。 午後に主催者指定の伴奏者と阿波座事務所にて合わせを行う。 まだ若い女性のピアニストだったが、10年前にある合唱団に臨時の指導に伺った際、彼女の伴奏で練習したことがあるらしい。 そう言われてみれば、髪型に特徴のある音大の女学生さんが、これまた臨時に一度だけ弾きに来てくれたことを憶えている。 長い髪を残らず頭の上に積み上げ何かで固めた髪型で、柳生十兵衛のように見えた。 10年後の今日は普通の髪型だった。 その後パソコンを持って日本橋のライトハウス(視覚障害者のための機関)に伺い、メールもインターネットも出来なくなった黒太郎(阿波座事務所のノートパソコン)をみてもらう。 いつの間にかパスワードが入力されていない状態になっていたのが原因だったよう。 黒太郎という名前は、真っ黒なデザインだからそう名付けた。 パソコンショップでもうその色しかなかったのだ。
2008.09.03
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・9.2.火僕の中学2年の時の女性の担任の先生に、今日30年ぶりにお会いした。読売新聞に掲載された僕のリサイタルの記事をご覧になり、演奏会後に突然楽屋に来て下さり、それ以後メール交換をするようになった。先生は50歳を迎えると国語の教師の職を退職され、もう一度大学に入学されて、10年以上勉学に励まれた後中国に渡られて放送局に勤められて、中国語を日本語に訳して配信する仕事に就かれた。それと同時に、北京市に住まれて生活の中で見てこられた中国の人々のいろいろを本にされて出版されている。たまたま中国領事館にビザのことで京都から来られる用事があり、偶然にも領事館がCA阿波座事務所のすぐ近くであるということで、我が事務所にて先生と30年ぶりにゆっくり話した。領事館の前で待ち合わせて、建物の中から先生が出て来られて「茶木君!」と呼ばれた時には、一瞬にして中学生のころに帰ったような懐かしい思いがした。お話をゆっくり聞くと随分大変なことも乗り越えられて来られたようだが、先生は昔のままとても明るく、何に対しても意欲的でバイタリティーに溢れておられた。先生の生き方から、今再びまた多くのことを学べるような気がした。30年お互いに別の人生を歩んで来た訳だが、これからまた長いお付き合いが出来れば幸せである。
2008.09.02
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・9.1.月今日から9月。子供のころはこの日を迎えると夏が終わったしるしで、寂しい思いを毎年したものだったが、今は猛暑から開放されてほっとする。にも関わらずちっとも涼しくならない。昼のグループレッスンは欠席者が多く、二人だけだった。先日のリサイタルの記録CDを作製して、希望下さる方に聴いていただこうと阿波座事務所のパソコンでコピーを試みるがだめだったので、パソコンに詳しい生徒さんに来てもらって操作してもらう。夜は混声合唱団の指導。帰宅すると福田総理の辞任会見がニュースで流れていた。全く責任感のないのにも程がある。こうころころ総理が変わったのでは、他の国に恥ずかしくてしょうがない。
2008.09.01
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