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・10.31.金 朝は女性合唱団。 11月8日、9日と本番が続くため、たくさんの曲の仕上げを行う。 二日間の曲目は、わざと全く違うプログラムに設定した。 取り組む曲は多かったが、それだけをこなした分飛躍があったと確信する。 友人の伴奏者ピアニストと話す。 彼女の息子さん(高校一年生)が試験問題で躓く箇所と、僕が昔躓いていた理由がそっくりであるという話題から、血液型のせいと結論付ける。 我々B型は「見直す・復習する・もう一度確かめる」ということが大嫌い。 それは我々にとって後戻りすることであり、プライドが許さない。 だから問題を取り違えたまま最後まで解いて、結果全部間違いということが度々ある。 「待てよ!」という思考が欠けているのだ。 それは今の僕の生活にも言えることかもしれない。 夜は混声合唱団。 この団は来年結成10週年を迎え、記念演奏会を開催することとなり、それに向けての曲を練習し始める。 長い時間が経てば団員の顔ぶれも変わり、人間関係も変化し、いろんな意識も変化する。
2008.10.31
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・10.30.木 午前中に心斎橋のカットショップに行く。 例の僕と同じ歳ぐらいのB型の美容師の担当。 彼はまだカメラに入れ込んでいるようで、別の話をしていてもいつの間にかカメラの話になる。 アマチュワが使う10万ぐらいのカメラと、専門家が使う100万ぐらいのカメラの違いについて話してくれる。 かなり理屈っぽいが、それは僕自身を見ているよう。 僕も自分の興味のあることについて、周りの皆に夢中になって説明しているのかもしれない。 そんな時は相手がその話題に興味を持って聞いているかどうかなど、考える隙はない。 彼のカメラの話は興味深い話ではあるが、お互い困った性格である。 夜はCAC混声合唱団。 沖縄の曲として、もう一曲新しい楽譜を皆さんに配る。 ビギンという沖縄出身のポップスグループの曲で「島人ぬ宝(しまんちゅうぬたから)」が合唱用に編曲されたものに挑戦する。 今まで僕は歌謡曲を編曲したようなものは絶対に取り上げなかった。 大概どうしようもなく詰まらない曲に、詰まらない編曲が付いている。 でも今回は沖縄を歌うという意味で、この曲は歌詞が悪くない。 あくまで合唱曲として、内容を踏まえたものに仕上げたい。
2008.10.30
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・10.29.水 午前中から河内長野のラブリーホールに伺い、室長さんとミーティングを行う。 犬を救うためのチャリティーコンサートをしたいと以前持ち掛けたところ、ホール主催での講演に取り上げて下さったのだ。 このところ何故かいろんなところでホールが主催に取り上げて下さることが多いが、これはなにより嬉しいことである。 事務所で長く打ち合わせをして、来年2009年4月18日(土)にロビーコンサートとして企画が成立した。 ホールとしても出来るだけPRをしてくれるということだが、これからの課題は、どうやって河内長野の人々に来場を呼び掛けるかである。 午後からは阿波座でのアンサンブルクラスの練習。 以前皆さんに「新しい部屋に引っ越して、洋服掛けとティーテーブルが必要だが、どこかに要らない物があれば教えて下さい」とお願いしていた。 一人の生徒さん(40代の男性)から「適当な洋服掛けが見付かりましたので、お持ちします」と連絡があり、今日レッスンの前に持って来て、組み立てて下さった。 出来上がったものは、重いコートを二十枚掛けても大丈夫というかなりしっかりした洋服掛けだった。 どう見ても新品だったので、彼に尋ねた。 「ひょっとしてこれは買って来て下さったの?」「はい、僕からの引越し祝いです」 と微笑まれた。 有り難く使わせてもらいたいと思う。
2008.10.29
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・10.28.火 村上春樹の「海辺のカフカ」もそろそろ終盤に差し掛り、幾つかの別々のラインが四国で交差し、一つの主題にまとまった。 それは確かにスリリングで、深い少年とその母親の其々の長く耐えて来た苦悩と、そこから離脱する瞬間を読者に考えさせながら押し付けがましくなく書いている。 しかしそこに微妙に、頭の良い人独特な計算された仕組みのようなものが感じられなくもない。 以前ドイツに居たころ、学生寮の中で日本人だけで集まって飲み会をしたことがある。 その寮に住んでいるのは、ケルン大学で博士号を取るため在学していた慶応、早稲田、明治、東大といいった大学院の学生たちだった。 そういった連中と話したのは初めてのことで、随分彼らの話し方が聞き慣れないものだったことを憶えている。 思考自体が全く違うのだ。 何事も頭の中に締まってある公式に当てはめて答えを探す。 パズルとパズルを組み替えたり、並べ替えたりして正しい答えを必ず探し求めようとして、そういったゲームのようなことを常に楽しんでいる。 そして飲み会は互いの知識のひけらかし会いで張り詰めた空気に包まれ、楽しいというものからは程遠いものだった。 村上春樹の文章からも、少し同じような匂いがしなくもない。 その飲み会の中の一人(早稲田の学生)が「村上春樹は、読者がどうやったら喜ぶかを知っている。 すべて仕組まれているから僕は嫌いだ」と言っていた。 まるで自分と同じ思考で動くから、安らぎがないと言わんばかりであった。 確かに公式とパズルと読者の感情を巧みに操る技術の精密な綾、そしてそのからくりを見破れないようにする技を感じなくもない。 それに明らかに、海外の読者を意識している(あるいは何かの賞を)。 でもそれを踏まえてもやはり所々に見え隠れする著者の素顔と感情があるのも本当であり、やはりすてきな作品だと僕は思う。 頭の良い人たち独特な狭苦しさが、そこに有るにしてもである。
2008.10.28
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・10.27.月 ふと盲学校で勉学にはげんでいたころ(笑い)を思い出していた。 僕は6歳の時から、18歳まで京都の盲学校の小学部、中学部、高等部を通して在学した。 盲学校での授業は、一般の学校に比べてすべての科目でかなり遅れる。 例えば高校では三年間で数学3までこなすのに対して、盲学校では数学1だけで精一杯である。 その理由を今になって考えてみる。 教室には全盲(全く視力のない者)と半盲(弱視の者)がいる。 全盲の者は点字の教科書を使用し、半盲の者は普通の学校で使われている教科書に目を近づけて読む。 点字を使う者は、健常者が斜め読みする速度と変わらない速さで読むことが出来る。 それは見ていて不思議なくらいの技術である。 したがって点字の者は皆成績が良い。 それに比べて僕のような半盲の者は、小さな文字に目を近づけて(もしくはルーペを使って)たどたどしく読む。 皆ほとんどの者は片目だけで、一字一字文字を追う。 半ページ読むのにすごく時間が掛るし、目の疲労もかなりのものだ。 だからこそ申し合わせたように半盲者は成績が悪い。 しかし先生たちは皆そんな半盲の者に、もっとすらすら読めるようになることを強要する。 そしてほとんど誰も見えないのに、前の黒板にごちゃごちゃと授業内容を書く。 おそらくそれは先生たちが自分のためにだろう。 書いたものを眺めて考えるから理解し易い。 話だけ聞いて理解するのはとても難しい。 そのような様々な理由で授業は著しく遅れる。 しかし先生たちはそういった我々の困難を理解しているようで、全くしていない。 盲教育の研究者のような顔をしているが、特別な訓練を受けて盲学校の先生になった訳で茂ないし、結局は皆健常者なのだ。 そういった意味で何故勉強が遅れるか、どの部分が困難なのかは理解も改善もされぬまま授業が進められた。 今の盲教育の現場はどうなっているか知らないが、比較的点字使用者への配慮はあるが、半盲の者はほったらかしであったように思う。 一人の教師の細やかな心配りやひらめきで、何百年繰り返されて来た未開発な部分が切り開かれて行くであろう。
2008.10.27
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・10.25.土 今日は午前中の合唱団の練習はなく、午後からのNSK混声合唱団の練習に奈良に向かう。 練習の前に、推進メンバーでミーティングを行い、幾つかの報告と相談をする。 まず、我々の伴奏を引き受けてくれるオーケストラは「天理シティーフィル」に決定。 演奏会開催日は、オーケストラ、ホールの都合、その他出演者の都合を見て、2009年11月15日(日)に決定する。 そして驚くことに、我々の取り組みが奈良市に取り上げられ、「奈良市100年会館」の主催事業として行われることが決定。 我々のような民間の活動が、市立のホールの主催にて開催されることは極めて異例であり、大変嬉しい思いである。 このところNSKの未来が急速に見えて来たようで、おもしろいことになって来た。
2008.10.25
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・10.24.金 金曜日の朝に伺っている女性合唱団も、少しずつ実力が上がって来て、魅力ある演奏が出来るようになって来た。 団員の皆様の、まとまった前向きな意識が変わって来たことが原因であろうと思われる。 スポーツでも音楽でも、やはり一つにまとまった意識、チームワークが大きな力となる良い例である。 昼は阿波座でのグループレッスン。 16日(木)にブログに書いた内容が皆さん気になるようで、来る生徒さん皆様「切れて辞められた生徒さんがおられるのですね」と話題を向けられる。 僕自身はそんなに反響があるとは思わず書いたが、其々の生徒さんの胸の内に様々な感想があるようである。 レッスンの中において、僕はある生徒さんを特別扱いしたり、ひいきしたりすることは絶対にしたくないと思っている。 皆さんには平等に指導を受ける権利がある。 そして、誰かを傷付けるようなことは発言しないように注意しながらレッスンを進めているつもりだ。 でも人間とは毎日気持ちや体の状態も違うし、生徒さんの取り方によっては嫌な思いがすることもあるのかもしれない。 レッスンの中で、ぼくが皆さんに伝えたいことはたくさんあり、夢中に説明をするといつの間にか誰かを傷付けていることもあるのだろうか。 でも結論として、そんなことを一つ一つ考え出すとノイローゼになりそうだし、他人にどう取られようと、自分が伝えたいことを言うしかないということだ。 結局、生徒さんが習う場所を選ぶしかない。 夜は奈良の混声合唱団の指導。 雨が降った後だというのに、一日蒸し暑かった。
2008.10.24
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・10.23.木 昼の奈良クラスのレッスンの前に、また例のうどん屋に寄る。 レッスンに来られた一人の生徒さん(60代前半の女性)が、東洋医学と西洋医学のドッキングの必要性について話される。 周りの知り合いや彼女自身の様々な病気を東洋医学の治療によって回復に導いてもらったこと。 漢方薬によって糖尿病を完璧に治してもらった知り合い。 そういった信頼の置ける東洋医学と、西洋医学の力を合わせた治療方法は、すでに一部では行われ始めているらしい。 西洋医学の分野でもトップの医師はそれを認めているが、それ以外の医師はまだまだ東洋医学への嫌悪感は強いということである。 我々はどうしても西洋医学に頼らねばならない時もある。 しかし東洋医学の知識、考え方はやはりどう考えても正論であろう。 両者の手を携えた新しい考え方を基礎とした治療を、僕も切に希望する。
2008.10.23
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・10.22.水 午前中にあべのの鍼灸院に出向く。 近頃は二週間に一度きちんと治療に通い、自分の体のお手入れをすることと心を入れ変えた。 僕の体の生まれながらの問題は「腎」であると以前から先生に言われている。 東洋医学においての腎とは腎臓のことだけではなく、体の水回りのことすべてを言うらしい。 今日の治療は、取った水分が外に出切らず腎関係の中でジュクジュク溜まってしまった状態から、水分を外に出して体捨を促すことを目的としたものだった。 そのようなことが体調全体に関係しているから不思議だ。 昼のレッスンでは、皆さんの声に花粉の影響を見る。 今年は随分遅くまで花粉が浮遊しているようだ。 夜は風邪によりお休みの生徒さんが多く、少ない人数でのレッスン。 帰宅すると、NSK混声合唱団推進メンバーの方からメールが届いていた。 昨日今日と嬉しいニュースが続いて、いよいよNSKも軌道に乗って来たかに見える 。 しかし、いつもの僕の疑い深い性格で、本当に決定するまでは決して安心しないでおく。
2008.10.22
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・10.21.火 夜のレッスンに若い人たちが来られ、音楽高校を目指す人、音楽大学を目指す人、大学卒業後の進路に悩む人たちの前で音楽界のシビアな話をする。 僕も高校の時歌を習い始めてすぐ、先生が親に向かって「この世界では飯は食えません」と何度も訴えていた。 そして今はその時期よりもずっと条件が悪い。 不景気、少子化により学校機関では教師を募集するどころか、減らす傾向。 音楽大学を出た者が教育機関で働けなければ、いったい何処で働けばいいのか。 演奏で食べて行くことの出来る人は、ほんの一握りの者。 となると企業への就職? 今はそれも簡単じゃないし、演奏活動との両立は難しい。 運よく中学、高校の教師になれたとしても、やはり演奏活動との両立は困難であろう。 留学という名の下に海外に逃げるか。 それも向こうで仕事に有り付けない限り、帰って来たら同じ問題に悩むだけ。 演奏家を目指す若い人たちに勧めるべき進路がないことに愕然とする。 不景気の波を一番に食らう分野でもあり、日本の経済の低迷はこれからもますます続きそうである。
2008.10.21
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・10.20.月今、四回目に聞いている「海辺のカフカ」のMDで、大島さんが言う。「人が運命を選ぶのではなく、運命が人を選ぶ。それがギリシャ悲劇の根本の世界感であり、人は自分の短所ではなく、長所によってその運命なる悲劇に引き摺りこまれて行く。しかしアイロニーから人は大きくなり、更なる普遍的な希望を手に入れる。だからこそ今でもギリシャ悲劇は人々の心を引き付ける芸術として存在し続ける。」それは僕も漠然と感じていたことである。「いや、運命は自分で切り開くものだ」と周りの誰もが主張するが、結局我々は、前もって決められた運命を辿っているに過ぎない。そこから逃れようともがけばもがくほどややこしい所に引き摺りこまれる。でも与えられた運命の容器の中で、身を任せて生きることは簡単なことではない。我々は、様々な欲と関係性というやっかいなものを持って暮らしているのだ。「ゲーテが言っているように、この世の万物はメタファーだ」と大島さんは繰り返す。
2008.10.20
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・10.18.土 朝に女性合唱団の指導。 終わるとそのまま京都へ。 奈良でのNSK混声合唱団の取り組みのことで、人材の援助のお願いと運営についての相談のことで「京都命輝け第九の会」の運営委員の皆様に、烏丸御池の子供相談センターパトナという施設まで会いに行く。 秋晴れの昼下がりの京都のチマチマ狭い裏通りを歩いていると、やっぱり懐かしい。 今日はここで夜に第九の練習があるということで、その前のお時間をいただく。 我々が奈良で2年間のうちにほとんど障害者の方々にアプローチ出来なかった経緯を説明し、それに対していろいろ勉強になるお話や、的確なアドバイスをいただく。 そしてまた少し話しが前に進む。 河内長野に帰り着くまで2時間半、電車の中では全く座れなかった。 京都は遠い。
2008.10.18
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・10.17.金 今、従兄(二つ年下の女性)がMDに読んで録音してくれた村上春樹の「海辺のカフカ」を電車の中で聞いている。 これで通して聞くのは四回目になる。 ストーリーや、ここで誰が何を語るかなど、もうすべて記憶しているぐらいなのに全然飽きない。 どうしてだろうと思う。 おそらく箇所箇所に何か特別な部屋のような空間があって、そこに身を置けるからかもしれない。 ストーリーだけならすぐ飽きる。 でも登場人物の生き方と考え方、感覚を楽しめるから(結局それはすべて著者のことなのだが)、だから飽きない。 今ちょうど大島さんの車で高地に向かっていて、CDを聴きながらシューベルトのことについて話している場面である。 大島さんのセリフ「シューベルトは、物事に挑んで敗れるための音楽。 それこそがロマンティシズムであり、そういう意味では、彼の音楽はロマンティシズムの聖歌なんだ」 何度聞いても納得のセリフだ。 歌曲集「美しき水車屋の娘」などはまさにそういったロマンティシズムが人を引き付けて離さない。 でもやはり大島さんのセリフに出会わなかったら、その魅力の理由に気付かなかったかもしれない。
2008.10.17
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・10.16.木 昼のグループレッスンに、もうかなり前から歌を習うことを辞めたいと思っておられた生徒さんが来られた。 彼女(60代後半ぐらいの女性)がそう口でおっしゃったわけではない。 長くやっていると、そういったことも何となく分るようになって来る。 とにかくやる気が見受けられないのだ。 でも退会もしない。 ずるずるとやって来て、辞める機会を探している。 今日もレッスンが終わって、彼女は何事もなく部屋を後にされる。 数分後に電話を掛けてこられ「今日先生が私におっしゃったことにカチッと来ました!今日限り辞めます!」と言って電話を切られた。 僕は訳が分からず驚く。 レッスン中に僕は何を言っただろうと考えてみる。 「間違ったやり方で歌い続けていると、体を壊すことにもなる。」 気管支、肺、心臓などへの負担を説明し、カルーソーという昔のテノールの例を出して説明した。 でもそれは一般論として話しただけだった。 しかし彼女は頭に来たと言い、僕はさっぱり訳が分からない。 こう言った例は初めてのことではない。 これはあくまで想像だが、おそらく退会する機会を作りたいのだ。 べつに「辞めます」の一言でいいと思うのだけれど、何故か「貴方に腹が立ったから」という理由を付けたい。 人間とは不思議な生き物である。 夜はCAC混声合唱団。 一人の生徒さんのご主人、それに教室の近くに住む主婦。 偶然に二人の方が見学に来られ、お二人とも入団して下さった。 何よりも嬉しいことである。 出会いと別れ。 それを繰り返す場でもある。
2008.10.16
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・10.15.水 最近周りで、精神病を引き起こす例がとても多い。 元々鬱病を持っている人や、何かの切っ掛けでノイローゼのような症状を起す人。 僕も昔自立神経失調症になったことがあり、そういった精神の病の玄関先までは行ったことがあるので、どんなに辛いことかほんの少しは分る。 しかし最近その数が余りにも多い。 人々の神経が著しくもろくなって来ているのを感じる。 何故だろう。 環境? 教育? あふれかえる物質? いや、やはり添加物? 神経がもろくなって行くのは、若い人たちだけではない。 年齢とはどうやら関係ないようだ。 ゆっくりと何か怖ろしいことが、見えないところで始まっている。 夜のアンサンブルクラスの練習では、出し物に少しずつ演技を付け始める。 部屋が変わって、演技のレッスンも広々と行えた。
2008.10.15
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・10.14.火 昼に金剛クラスの出張レッスンに出向く。 いつも狭山市の一人の生徒さんの家をお借りしてレッスンを行う。 数年前に里親募集から引き取られた雑種のメスの犬が共に暮らしている。 名前はメイ。 男の人が怖いらしく、僕には心を開こうとしない。 ひょっとすると、以前に男から虐待を受けていたのかもしれない。 それでも今は親切な家に引き取られ、かわいがられて暮らしている彼女は幸せである 。 その後阿波座に向かい、夜のレッスン。 音楽高校を目指している中学生の女性の生徒さんが、ほとんど譜読みの出来ていない状態で来られ、僕が彼女を怒鳴り付ける。 他の生徒さんは、驚かれたことと思う。 だが彼女のように専門に勉強すべく取り組んでいる者にとっては、趣味の楽しみではない。 将来舞台で歌う演奏家になるにしろ、人に音楽を教授する教師になるにしろ、それは遊びではないのだ。 大きな責任の掛かって来る一歩一歩であり、今からの心掛けがとても大事なことだ。 これからの彼女の限りない可能性を、我々大人は何処までも夢見たい それが我々大人の責任でもあると思う。
2008.10.14
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・10.13.月 昨日はCA声楽コンセルヴァトワール、第13回発表会であった。 とにかく驚いたのは、皆さんの舞台度胸。 回数を重ねるごとに、人前に出る度胸が確実に付いて来た。 それが自信となって、普段の実力以上の力を出す。 僕としては、そのような感動の発表会であった。 とにかく思い切って出演することがとても大事である。 発表会後の懇親会を近くのイタリアレストランで行う。 その店にはピアノがあるので、皆さん食べて飲んで歌った。 普段違うクラスで顔を合わさない知らない者どうしも楽しく語り合えたようである。 歌うことを中心に皆が出会える、こんなすばらしいことはない。
2008.10.13
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・10.11.土 朝の女性合唱団に、一人見学の方が来られていた。 団員の少ない団としては、喉から手が出るほど欲しい人材だ。 でもこればかりは再びその方が現れるのを待つしかない。 昼からは阿波座教室で発表会を控えた方々の一日前のレッスン。 やはり風邪気味な方が多く、歌うと喉がいがいがすると二人の方が訴えておられた。 さて、明日はCA声楽コンセルヴァトワール、第13回発表会です。 皆さん一人一曲ずつ、普段の練習の成果を歌われます。 イタリア歌曲、ドイツ歌曲、日本歌曲有り、オペラアリア有りです。 是非皆様覗きに来て下さい。 日時:2008年10月12日(日)13時開演(12時半開場) 会場:プチ・エル(エル・おおさかB1) 地下鉄谷町線・京阪 天満橋駅から北浜駅に向かって徒歩5分。 入場料:無料
2008.10.11
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・10.10.金 朝の女性合唱団の後、奈良クラスのレッスンのためまた菖蒲池に向かう。 さすがに今日はうどん屋には寄らない。 発表会を前に喉の調子を崩されている方もおられる。 単なる花粉アレルギーの症状でも、数日後に人前で歌うとなると何だか特別に気になるものかもしれない。 歌い手の普段の精神的な戦いを、ちょっとでも理解していただければ嬉しく思う。 夜は混声合唱団の練習。 まだまだ暑い日が続いているのに、公民館ではもうクーラーが掛からない。 皆さんと汗だくになっての練習。 昨日、今日と朝昼晩が続いているので、少々疲れがたまって来た。 明日も朝からなので、睡眠が充分でない日が続く。
2008.10.10
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・10.9.木 11月に開催される「南大阪合唱祭」の合同合唱を今年は僕が指揮する担当の年で、その練習に朝から羽曳野市に出向く。 幾つもの団の人たちが集まり、初めてお会いする方たちと共に1時間半練習をする。 またちょっと難しいことを要求したが、皆さん一生懸命こなされていた。 その後奈良クラスのレッスンのために菖蒲池に向かう。 急いで例のうどん屋に行き、天麩羅うどんを食べ公民館に向かう。 発表会はまだ数日後なのに、もう皆さんすでに緊張の極みでかちこちになっている。 どうやって上がらないかが勝負の決め手になるようだ。 昔ラジオを聴いていると「ピアノの発表会で、どうやったら上がらないで演奏出来ますか?」という小学生の質問に対して、渡辺徹がDJで言っていた。 「上がるという現象を分析すると、本当の自分よりも大きな者、実力以上のものを舞台の上で知らず知らずに求めてしまっているから上がる。 欲を抑えて、普段通りの自分、だめなところはだめなままの自分を見せようと思うことが出来ればうまく行くはず」 これを聴いて、僕も舞台の上の自分を考え直した。 すると突然無駄な力が抜けた覚えがある。 夜はNSK混声合唱団。 今日から「ふるさとの四季」の譜読みを開始する。 ほとんどの方が何度か歌われた経験があり、スムーズに譜読みが進む。 帰宅して振り返ると、慌ただしく忙しい一日だった。
2008.10.09
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・10.8.水 昼のレッスンに30代ぐらいの女性の方が見学に来られた。 どういったレッスンをしているか知らずに来られて、本格的な声楽のレッスンと知り驚かれていたようだが、そのまま入会されることとなった。 人生ひょんなことから何が始まるか分らないものだ。 夜のレッスンでは、新しく入会された40代ぐらいの男性の方が、初めてのレッスンを受けられた。 今まで好きだというだけでオペラのアリアやイタリア歌曲を勉強して歌っておられたということだが、イタリア語の読み方を辞書でこつこつ引いて、CDを聴いて一人で歌って来られたにしては驚くほどよくこなしておられる。 いったいどうしてそこまで声楽に興味を持たれることになったのか不思議だが、そういった方も世間にはおられるのだなと感心する。 明日は奈良の菖蒲池でのレッスンの日だが、またあのうどん屋に行ってしまうのだろうな。
2008.10.08
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・10.7.火 朝昼晩とレッスンの日。 発表会までの最後のレッスンの方がほとんど。 皆さん暗譜でラストスパート。 阿波座事務所の広い部屋でレッスンすると、今までの狭い部屋では聴き取れなかった生徒さんの声の性質が聴こえることに気付く。 やはりある程度離れて聴かないと、聴こえない声の成分がある。 歌っている生徒さんの方も何だか勝手が違うようで、今までよりも厳しい条件を感じるようである。 最近は電車に乗り込んだ際「座って下さい」と席を譲ってくれようとする人たち、特に若い人たちが声を掛けて下さることが多い。 いつも不思議に思うのだけれど、声を掛けられる時は連続して毎日のように掛けられ、声を掛けられない時期は全然掛けられない。 どうして時期が固まっているのだろう。 以前は声を掛ける方も勇気を出して席を譲るのだから、素直に好意に甘えようと決めていた。 でも最近は「いいえ、大丈夫です、どうぞお座りになっていて下さい、ありがとう!」と微笑んで相手の肩をトンと叩くことにしている。 何を理由にそうするのかは、自分でもよく分らない。
2008.10.07
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・10.6.月 昼のレッスンで、以前から紹介しているお父様を介護されている方(50代の女性の生徒さん)が見えた。 以前よりも随分明るい表情をされて、少しずつ元の彼女に戻って来た。 それもそのはず、何とすでにお父様は歩くことが出来るまでに快復されているらしい。 お父様の高齢、病気の重さからしてこれは奇跡としか言えない。 人間の能力は、医学の常識を超えている。 幾つになろうが、前向きに生きる姿勢が喜びを手にする鍵なのだろう。 僕もそうありたいと願う。 12日に開催される「第13回、CA発表会」のプログラム作りにスタッフと共に奮闘する。 いつもながら出演順を決めるのが一苦労。 デザイン関係のお仕事をされている生徒さんがレイアウトを担当して下さり、何とか12日に間に合わせなければならない。 夜は混声合唱団の指導。 友人の女性(41歳)が、肺に腫瘍があるということで手術を受けていたが、良性だということが分り、問題なく間もなく退院と聞きほっと胸を撫で下ろす。 同世代の友人、生徒さんが先立たれる経験も何度かあるが、これ以上ごめんだ。
2008.10.06
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・10.4.土 朝女性合唱団の指導。 欠席が多く、少ない団員がより少ない人数での練習。 しかしこの団は、他でやってもどうにもうまく行かない難しい曲も、何とか形にして演奏する実力を持つ。 年齢層は決して低くないのだが、長年の訓練の賜物だろうか、努力する力を皆さん持たれている。 もう少し団員が増えればいいのだが、皆さんこのまま年齢を重ねていつか団が消滅してしまうには残念過ぎる。 昼からは奈良市西部公民館にてNSK混声合唱団の練習。 一人の団員さんの技量と努力によって、この取りにくい西部公民館にて練習日を次々と獲得して行く。 二時間の練習時間に、今日も第九四楽章すべてを練習出来た。 来年秋に予定であるコンサートの第一ステージに演奏予定である「ふるさとの四季」を、次の練習日から譜読みする。
2008.10.04
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・10.3.金 今日は朝の女性合唱団の後夜の混声合唱団まで時間が空いたので、新しい阿波座事務所に行って少し練習、雑務をこなして、昼寝をする。 目が覚めると5時。 慌てて奈良に向かう。 公民館の練習会場に向かうエレベーターの中で、一人の女性団員の方が「菖蒲池のうどん屋ってどこにあるんですか?」と尋ねられた。 「ブログを読んで下さってるんですね」と言うと「ええ、まあ」と恥ずかしそう。 このブログで行ってみて美味しかった店を紹介して行くのも面白いなと思い付く。 あべのの鍼灸院の先生は、無添加の材料に拘って、良い塩を使っている店をリストにまとめられている。 外食というのはとにかく危険で、安心して食事出来る店を選んで入る必要があると常々訴えられている。 僕が身をもって良いと思えた店をブログで紹介出来ればいいのだが。 あべのの先生のように、舌で塩の質を見分けることが出きるまでには訓練出来ていない。
2008.10.03
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・10.2.木 昼のレッスン、新しい部屋での最初のレッスンとして行う。 広すぎて何だか慣れない感じ。 昼過ぎにクーラーの取り外し、取り付けに業者の30歳代ぐらいの気のいい男性が来られる。 先日電気屋に見積もりに来てもらった時は「この部屋なら業務用のエアコンでないと無理です」と言われ、不動産屋には「今使っているエアコンと、もう一つ家庭用のエアコンを購入して、二台で使えば大丈夫などと言われ、それぞれの意見に惑わされ決めかねていたが、結局今まで三年間使って来た4、5キロ、100ボルトの家庭用エアコンを新しい部屋に付け替えて、これ一台でやってみることに決めたのだ。 今日の気の言い男性がエアコンを取り外している時に「このエアコン一つでは、隣の広い部屋を充分に冷やしたり暖めたりすることは無理ですよね?」と尋ねてみた。 「いや、容量は一杯ですが、これ一台で何とか行けるでしょう!」と彼は答えた。 全く、人によって全然言うことが違うので、素人の我々は混乱してしまう。 夜はCAC混声合唱団の練習。 大勢座ってもまだ余裕がある。 皆さんこの部屋での練習に、一日も早く慣れていただければと願う。
2008.10.02
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・10.1.水昼前からスタッフと共に新しい事務所の整理を始め、昼過ぎにある男性の生徒さんが突然来て下さり、いろいろ手伝って下さった。窓のブラインドを全部取り外して綺麗に磨き、楽譜とCDを本棚に収納し、床に雑巾掛けをし、絨毯を敷いて、心斎橋の画材屋まで行って買って来たフックを壁に取り付け額を掛けた。そこまでやるとやっと部屋らしくなって来て、皆で満足な気持ちになる。気が付けばもう八時前になっていた。途中休憩のティータイムで盛り上がりすぎたかな。明日からレッスン開始であり、新たな雰囲気でのレッスンが楽しみ。帰宅すると、さすがに少々疲れた感じ。たまの良い運動になった。
2008.10.01
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