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「 学術研究員 8/28(火) 23:00」書いた人の名前もあったのですが、なんか可哀相なので、省きました。必要があれば、タイトルで検索すると、出て来ると思います。学術研究員とありますが、何を研究しているんでしょうね。思い込んでいると、論理的な判断が出来なくなるのか。マスコミに踊らされて、マスコミで流れているようなことを書けば、自分で何も検証することなく、「正しい」と思えるのか。それって、少なくとも理系的な態度ではない。記事は、先日判決が出た、スマホのながら運転での死亡事故に対してのもの。言うまでもなく、ながら運転は良くない。自転車のスマホを見ながらの運転は、「法律で禁止されている行為で、道路交通法第71条、東京都道路交通規則第8条で違反した場合は5万円以下の罰金となる。」引用部分を過ぎて,自分の言葉になったと思ったら、もう分らん。道交法は法律、次のは規則。それとも、法律も規則も条例も、広義の「法律」ということか。因みに、私はスマホのながら運転は「法律違反」で、イヤホンをつけての運転は、条例違反の範囲だと思っています。まして、今回の事故では仄聞する限り、片耳だったというので、本当に条例に違反するかは、更に微妙です。その辺りがごっちゃなんですね。「自転車でのイヤホンは絶対にダメ:聴覚でも周囲の危険察知」「スマホを見ているだけでも危険なのだが、イヤホンをつけての運転はもっと危険であり、こちらもスマホ使用と同じく禁止されている」そうかな。私は、スマホを見ながらの運転の方が危険なように思います。でもこの人は、イヤホンを付けていると、音楽を大音量で聞いているか否かに関わらず、スマホを見ながらの運転より、「もっと危険」だと言うんですね。この人「社会デザイン学」を学んだりしているらしいのですが、最近の社会デザイン学では違うのかな。私は、聴覚より視覚からの方が、人間は利用する情報が多いので、視点がずれてしまうスマホを操作しながらの運転の方が、耳は塞がっているが、目の前は見ている運転の方がリスクは少ないように思えます。広義のデザイン学は、建物のデザインだけでなく、どのような物理構造が、人にとって暮らしやすいのか判断するものだと思うのですが、この人は、視覚より聴覚の方が大切だと言っているのですから、最近のデザイン学では、音がどう聞こえるかの方が重要で、風が吹いた時に、どのように音が聞こえるかの方が、大切だと考えているのでしょうか。計算、難しそう。もう自分の純粋な正義に興奮して、意味不明な文章を書いている。だし、もしこの文章が正しいのなら、自転車より遥かに物理的エネルギー量の多い車からも、オーディオやナビを全て取り去るべきだと騒いだ方がいい。言うまでもなく、ながら運転は危険ですし、イヤホンで音が聞こえないのも危険です。そういう自転車は、車のように大きなものは反応できても、こちらの自転車のように小さいものには、反応できない。そういう自転車は、車の音くらいは聞こえて反応できるが、こちらのほぼ無音の自転車には反応できない。だから、私たち自転車乗りからは、本当に迷惑な存在です。でも、それを非難する論理は基本的に、車を運転するドライバーにも、軽車両を運転する人にも適用可能な論理であり、では、どちらが危険かと言うと、質量も大きく、速度も大きい車に決まっている。確かに、井戸端会議で自転車叩きに盛り上がるのはいいとして、「学術研究員」なんてつけて、適当な文章を書くべきではない。何より本当に「危険しかない」のであれば、同じ論理を適用して、自転車に限らず、同様に危険な車についても、スマホなどの「ながら運転」をしたら、免許をはく奪し、車を取り上げ、自転車もとりあげ、自転車も車も運転できなくするしかない。ですよね、著者の方。
2018.08.29
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夏の喧騒も和らいで、本当に忙しかった季節が終わります。今年も楽しかったですね。カブトの数も減りました。オスもメスもね。メスはきっと限界迄卵を産んでくれたのでしょう。今、総計で300くらい。全部無事孵化するとは限らないけれど、また、たくさんの命を残してくれました。ヒラタは2度採りに行って、一匹も捕まえられませんでした。大量のカブトムシのゼリー代に眩暈がしたりしてね。今度は、もっとカブトムシを貰って貰うルートを見付けないとね。秋にかけて、またヒラタとオオクワの散乱セットは組むつもりでいます。今年の夏は、虫好きの人にたくさん出会えて、なかなか楽しい夏でした。それにしても、マンディ卵産まないな。
2018.08.24
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なんか、100時間生放送とか。娘がどっぷり嵌ってます。でも、「めんへら」って言葉知らなかったし。でも、それとなく耳に入って来たんですよ、内容が。女の子が、彼氏に作ったケーキに血とか髪の毛混ぜたとか。怖いね~。でも、私の若い頃にも、手編みのマフラーに髪の毛編み込んだとか聞いたことあります。聞いただけね。手編みのマフラーも、ってかただのマフラーも貰ったことないから。で、そのマフラーが夜中に首に巻きつくとかね。それはさておき。血は量に拠っては分らないだろうけど、髪の毛は、食べてたら気付くよね。きっと女の人なら、長いだろうし。あ、坊主頭の女の子か。おときさんみたいな。とにかく、話が怖い。めっちゃ、怖い。こんなの聞いてて、大丈夫か娘。かみさんと、真剣に相談しましたよ。で、結論。「じゃあ、あなたの福永はなんなんだ」………確かに。私も、かつて福永にどっぷりと嵌っていて、理想の彼女って言うのは、一緒に福永読んで、人間の闇を共有できる人。そんな人と、福永についてあれこれ話せたらいいななんて思っていたんですね。で、プレゼントしたんですよ、福永武彦の本。感想は、「途中で死にたくなった」なるほど~。かみさんは死なないけどね。「100万回生きたねこ」は、「誰が100万回数えたんだ。数え間違いはないのか」という人で、「じゃあ、『約100万回生きたねこ』ならいいのか」ということになって、その後は、もう大変。私は、福永の中に流れる暗澹たる闇が、いわば生きる希望なのだと思っていたのですが、確かに、今となってみれば、やはりそこにある暗さを感じざるを得ない。今、自分の子供が福永読んでたら、やっぱり同様に「こんなの読んでて大丈夫か、娘」って思うな。確かに、今はそんなに福永読んだりしないし、多分、若い頃に読んだ感動は、きっとない。また、別の感動になるんだろうけど人生の区間には、おおよそ区別があって、その時その時の色調があるのでしょう。例えば、恋をする季節とかね。子供が可愛くてならない季節とかさ。だから、今「めんへら」に嵌って、ぽっちゃりしててても、それも、今の彼女の季節なんでしょうかね。オタクの話し方しかしないけど。
2018.08.24
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「8/14(火) 7:05配信 時事通信」愚者の税金ですね。あまり、好き好んでやるものではない。まぁ、当る人は当るのでしょうけど、当らない方が遥かに多い。確率的にはね。高額当選が出た売り場とか、高額当選で人生が変わった人とか、テレビで流されたりします。確かに、そういう人もいるし、売り場もあるのでしょうが、我々が考えるべきなのは、単純に確率です。当ることを夢見て買うのは自由ですが、合理的に考えて、ギャンブルをしないで生きていくのもいいものです。勿論、人生は様々な場面で、ギャンブル的要素が混じっているものですし、そういうものに興奮するプログラムが、人間の頭にはあるのでしょう。何も全面否定するものではなく、適度な距離感で付き合っていくのがいいかなと思います。
2018.08.14
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まぁ、この問題の主要な点はカブトムシにあります。パラワンが後食を始めたとは言え、食べる量さほどではありません。でも、カブトムシは違います。特に♀はね。ゼリー一つで、足りてるのかなって感じ。その代り、卵を大量に産んでくれるんですけどね。まぁ、累代を重ねているとは言え、地元のカブトなので、最悪放虫してもいいかな、なんて誘惑が過ります。この辺りは、私自身はいいと思っているのですが、意見が分かれているので、していません。なので、カブトを友達に配ると言うのが、一番なんですよね。ただ、今年は友達に配れないので、友達の親御さんに頼んで、カブトが欲しい人を探して貰ったり。それでだいぶいなくなりました。カブトが減ると、ゼリーの減りもめっきり遅くなりました。一安心。それと、ネット経由でも試しに配ってみました。こっちはなかなか動きませんでした。仕方ないですね。こちらは顔が見えない訳ですから。でも、一件だけ配れました。そんなこんなで、ゼリーパニックですが、今♂は、一番大きなカブトと、一番小さなカブトだけが残っています。何故か小さいと、可愛いと息子が言うのですね。それと羽化不全の子。後は、♀。せっせと卵を産んでいます。また、来年に向けて、カブクワ生活です
2018.08.09
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今年はカブトムシが学校で配れません。なんか、ダメだって言うんですね。なので、大量に羽化したカブトムシがいます。このカブトムシと言うのが、大食漢なのです。で、気になったのがゼリー代我が家は、いつも行っているカブクワファームのゼリーを愛用しているのですが、これが、50個入りで375円です。これ、どれくらい使っているんだろう。因みに、ゼリーは新鮮な方がいいので、数日経って食べ残したクワガタ達のゼリーは、カブトムシにあげることにしています。そんな回転をしながら、どの程度ゼリーを食べるのでしょう。すると、一つの袋を開けてから、次の袋を開ける迄に、なんとたったの三日。ということは、一日125円と言う事ですね。カブトムシが90日生きると、1万超えてしまう……これには、さすがにビビりました。
2018.08.04
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「11/23(木) 19:07配信 日テレNEWS24」巻き込み事故と言うのは、私が小学生の頃からしつこく注意されたものです。「自転車に乗った小学6年の男子児童が、左折するトラックに巻き込まれ死亡する事故があった。」でも、なんだか変。「10トンの大型トラックが左折する際、横断歩道を渡っていた自転車を巻き込んだ」といいます。このニュースのコメントには、自転車は自衛すべきだというものもあって、暗澹たる思いでした。「男子児童は」「自転車専用通行帯を走っていた」といいますから、非はトラック側に完全にあります。これは、横断歩道上での歩行者との事故が、基本的に、車側に帰責されるのと同様です。本当に稀に、例えば見えにくい物陰から、走り幅跳びよろしく横断歩道に飛び出たと言ったような例外的な場合であり、そうでなければ、横断歩道前に、横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいるだけで、車に徐行や停止義務が生じてしまうからです。確かに自転車が自衛するのは必要なんだけど、自転車が自衛のために車が来たら止まる→車は、自転車が自転車横断帯にいても止まらなくていいと思う→車がみんなそうするから、自転車は自転車は自衛のために更に止まるそのループが出来ている気がします。この記事だけでは判然としませんが、まだ、この上記のループを理解できない小学生が、目の前の信号が青だから、と言った理由だけで車を気にせずに直進したとします。すると、不幸にも巻き込まれる事故が起こるのですね。でも、この際自転車の小学生に非は基本的にありません。だから、そこに「自転車も自衛すべきだ」と言う事は危険だと思うんですね。勿論、それは必要なことなんだけれど、親だったり、学校の先生が大切な子供の命を守るため言う時だけ許されるのであって、基本的には安全確認をしないトラック側だけを責めるべきだと思います。ただ、短い文言の中だけで、立場の違いを明瞭にて文章を書くことは困難で、ネット上での妙な最強化が蔓延していくのは、あまりいいことではない気がします。
2018.08.04
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