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(続き)かつて「ロシアが攻めてくれば白旗をあげて降伏するしかない」と言って物議をかもした、」M氏という経済学の教授がいた。ロンドンで会ったが、テームズ河の霧のように空気は暗かった。メシも酒もまずかった。「ここは天国。日本に骨は埋めたくない。」と個人的な幸福を誇らしげに語る。ロジカルではあるが、温もりは感じられない。だから自己中のサヨク人間が好むディベートは、暗くて面白くない。humorless なのだ。そのM教授に言った。「どうですか先生。数日後どこかの国が日本を爆撃するというニュースが入ったら、僕はその時に間に合うように今から飛行機で帰国します」家族や友人を残して、異国で骨を埋めたくない。日本史を通じて亡命した元皇は一人もいなかった。そのサヨク知識人は黙った。酒がますますまずくなった。それから二人は一度も会った事はない。お互い会いたくもない。ましてや踊りたくもない、左と右のタンゴ。私は、やはり石なのかと感じた。20年も前のことだ。最近のシンポジウムでその時の傷が疼き出した。君(サヨク)は君、僕(ウヨク)は僕、されど仲良き、とはいかないものか。同じ日本人であって、どうも人は絆を切ろう切ろうとするのか。手を結び直そうとすれば失望する。君子悲しむ・・・ナーンチャッテ(sort of)。(続く)なかなか好評な日記
2007年05月31日
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(続き)日本は、いや共産国以外のどの国でも右翼と左翼がなければ、飛べないトンボか飛行機のようなものだ。右と左はバランスがとれていて、しっかり結ばれていなければならないのに、どうして日本人は日本人同士が憎しみあい、妬みあい、片肺飛行を続けるのだろうか。悲しい。最近そんな会合に顔を出した。出し物は「日本の気概(7月中旬発売予定の近著のタイトル)」というテーマで、ワシントンの中野有氏(私の関学の後輩)と対談して盛り上がった。しかし第二部は、日本人に生まれて恥ずかしい、という日本人成功者同士のエール交換で空気が陰転した。「日本はもうおしまい。今の若者は精神的、肉体的にも劣っている。生物的学的に劣化した日本に未来はない。未練もない・・・」私はコメントした。1部は結婚式のように盛り上がったが、2部は葬式のように暗かった、と。品格を欠いた過激なコメントだ。そして席を立った。私らしくない・・・。いや私らしい。海外で骨を埋めることのできるぐらいの資産家はなぜ、日本の未来をこう暗く描くのか。こんな日本人に会うたびに淋しくなる。品格とは、日本を自分を卑下することか。(続く)品格と気概の庭
2007年05月30日
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(続き)私は右でも左でもない。責任ある『中央(responsible center)という、偏りのない立場(take)で闘ってきた。しかし最近私はネアカウヨク人間なのだな、と思うようになった。ネクラ左翼を見過ぎてきた。なぜサヨクはネクラか。彼らの共通点が一つ。「われわれだって愛国者だよ。心の中でひっそりと抱いている。しかし、押し付けられた愛国心には反発を感じる」と、日本の国家や権力者を忌み嫌っている。国の恩恵を受けながら、国という加害者にいじめられていると盲信している。甘えている。「こんな日本には住みたくない。生まれ変わったらスイスかイタリアに住みたいと思っている」たいがい日本では影響力があり尊敬されている、資産家だ。権力を手にし、人々をアゴで使う。傲慢。彼らに共通なのは、すべて日本そして日本人は加害者であるから、素直に隣国に詫び続けよという謙譲を売り物にする。加害者が被害者に謝罪した上、カネを貢ぎ続けるべきだと主張する。韓国、中国の新聞では、自分の顔写真がトップページに載っている、と誇らしげに吹聴するビジネスマン・政治家もいる。前者は、日本の国家(権力)が加害者で、自分は被害者だと定義し、後者は日本は加害者、隣国は被害者だというtake(立場)から離れず、いつまでも謝罪を続けよと宣う。共通点は、1、社会的な地位ができたのは「空気」にのったから、2、日本人をののしる自分は、日本人の中に入るのかどうか見えていない。だからWe Japaneseというより、They Japaneseという論理的矛盾を犯してしまう。だからサヨクはディベートを避ける。空気を哲学にしては勝てるわけがない。我々の中に「私」が入っていないから、自分を「世間」から切り離している。デジタル化している自己は乾電池である。だから平気で祖国を捨てられる。我々日本人は祖国を死守せんと闘った『英霊』と青い糸で結ばれている。そう信じるウヨクは、アナログで磁石である。死して磁気を失わず、三島由紀夫は死後ますます磁気を増しているではないか。The wind is blowing. (続く)6月23、24日に行われるイベントの詳細⇒ 「「平和の実現 ~未来から来る希望と平和~」」
2007年05月29日
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(続き)今はその空気は急激にウヨク化している。この空気に乗った方がいいと考え、サヨクがウヨクに転向し始めている。竹内睦泰氏は、最も代ゼミで最も人気があった講師だった。人気を妬み、日本史を呪うネクラ講師達に囲まれて、孤立無援状態だったそうだ。「僕は自国の歴史に誇りを持とう、と独りで闘ってきました」とも。今や追い風。(DVDで紹介している)竹内氏のサイト⇒「竹内睦泰支援サイト」しかし今や、It’s cool to be a sayoku.(サヨクはカッコイイ)から、Cooler to be a uyoku.(ウヨクの方がカッコイイ)、時代は変わってきた。The wind is blowing the other way.だ。空気に乗るのが巧いサヨクには仕事が多かった。戦前ウヨク、戦後サヨクという空気現象・・・bandwagon・・・に乗ったもん勝ち。反日発言をしていれば、オマンマが食えた。知識人として尊敬もされた。A新聞がオピニオンリーダー紙であった頃の話だ。A新聞もNHKも、空気で動くfaceless 集団だ。(続く)薩摩の私
2007年05月28日
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日本人は空気で動くと故山本七平氏が言ってから、この『空気』は英語でどう言えばいいのか、模索してきた。今ならこのテーマだけで数時間しゃべれる・・・もちろん英語ででも。そんなように豪語している私でさえ、今ままで気付かなかった「斬れる表現」に出くわした。空気は「潮流(tide)」以外に「風向き」でもあるのだ。They know which way the wind is blowing and that this is the No.1 domestic issue with Americans.(TIME,May28.2007,p39)(世間は風向きに敏感だ。アメリカ人にとってこれこそ一番受けそうな国内問題だと人々は肌で感じている)They を「世間」と訳し、直後「人々」と変えて文脈によって訳をゴロリと変えるのは、同時通訳者や字幕翻訳者の常套手段だ。映画監督マイケル・ムーアは、ヘルスケア(健康管理)のテーマ(take)は、ウケルと空気を読んで、映画『Sicko』(変態)を製作した。とにかく、下線を施した英語はよく使われる。この耳と眼で確かめるものしか私は勧めない。このthey をサヨクと訳してもよい。薩摩、用水路の鯉
2007年05月27日
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(続き)私は、英語の芸を物真似から身につけた。Scott Wilsonは、物真似をrole-playingと訳した。なり切るのだ。仮面をつけるのではなく、仮面になるのだ。そうして、松山のバーでハワイ人を演じた。フラダンスも学んだ。ガイジンになり切ろうとして、迫真の演技を続けた。あれは現代能か、夢幻能か。はたまた狂言(crazy words and extravagant language)か。いづれ日記に描いた小面の絵を載せる。最近「絵心」が戻ってきた。ナニワ英語道ブログのお陰だ。 まだまだ Grow younger でいく。Grow younger だと答えた時から、今も使い続けている。20歳前半の頃の私のセリフにしては上出来だ。私の英語も芸も人間も、コロコロ変わり続けている。しょっちゅう失敗もした傷だらけのナニワ英語道。しかし grow younger の道(みち)だけは外したことはない。知覧・・・思い・・・想い
2007年05月25日
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(続き)東大に行くなと言ってはいない。東大に入って、磁石人間になれば鬼に金棒だと思う。TOEIC受けるなとは言わない。点数(スコア)が上れば、人間力のスコアも同じように上げればいいことだ。能の世界はbalance と proportion だ。技に傾けば、心に戻ればよい。ナニワ英語道は、「花よりダンゴ」というpragmatismを重くみるが、資格や英語のガイジンらしさに捉われない。秘すれば花だ。そういう「ドラゴン松」も、時分の花(temporary flower)に酔いしれていた頃がある。NHKの頃の英語だ。世阿弥は、そんな英語をbeginners Flower と低く見た。歳とともに消え失せぬ、誠の花こそ上方英語の求めるところだ。(続く)紘道館館長ブログを更新⇒ 「私塾紘道館」映画「俺は君の為にこそ死ににいく」の舞台、知覧。『三角兵舎』を知らない方は検索エンジンで調べて欲しい
2007年05月25日
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(続き)点数(スコア)に表われた英語は、氷山の一角。それは「花」といえる。しかし、氷という花は、見えない90%の部分に支えられている。90%はインプット・・・アウトプットは10%でいい。<秘すれば花>If it’s hidden, it’s the Flower.翻訳者のウィルソン氏は、花を大文字にした。幽玄の英語とは何か。The English of a graceful and subtle elegance のことだ。もっと具体的に?計数化できない英語力(英語+人間力)のことだ。まだ見えないって?映画の英語が聴き取れて、TIMEが読めることだ。つまり有段者(クロオビ)の英語だ。そんな英語に憧れる人は、大人の英語人口の10%、教育者の1%しかいない、と反論する人がほとんどだ。「そんな英語を求めても食っていけないだろう。だから90%はシロオビ英語を対象とした英会話学校が繁盛するのだ。だからあんたはいつまでたっても貧乏人なんだ」と私を口汚く責める人が多い。いや、ドラゴン松は、自分のためではない、公のためだと反論するが、カッコ良過ぎて今の社会では受けない。東大出のホリエモンは、日本を共和制に変えてアメリカ型のゲーム国家にしたがっていたが、もう既にデッド・バッテリー。カネで全てのものが買えるという電池人間は、私の門弟にはいらん。(続く)(このブログのアクセスが、先日1万を超えた。めでたい。私の孤独が癒される。更にクチコミで広めてもらえると嬉しい)先日観た三社祭の熱気
2007年05月24日
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東大は単一の電池だ。外国人特派員協会のある講演会で、そう吼えた。しかし、単一電池は「持ち(staying power)」がいい。ブランド力があるから、学歴社会では好かれる・・・ブランドとしての利用価値がある。腐っても鯛というではないか。同じタイでもトーダイという品種は違う。腐ってもトーダイ。「バカでもブスでもトーダイへ行け。トーダイへ行けばすべての問題が解決する」とドラゴン桜は吼える。しかしドラゴン松は吼える。「ブスは行ってもいいが、バカは行くな。東大出が使える人間になれ」と。ドラゴン桜はいう。「英会話学校の英語なんてクソくらえ。東大に入るための英語だ。頭のいい奴が入るのではない。東大へ入る方法を知っているヤツが入れるんだ」こうやって、電池人間を増やす。社会へ出てすぐに使える人間・・・それって乾電池だろう。戦後の教育はそうなった。点数を競うrat raceが今も続いている。戦前の教育は違った。いざという時の「有為」の人材・・・つまり磁石人間を教育してきた。ドラゴン松は、幽玄の英語を教える。(続く)先日訪れた、薩摩
2007年05月23日
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1976 1月 辞書プロジェクトでグランド・パレスに 籠城。 3月 サイデンスデッカーを辞書プロジェクト に巻き込む。 得意のディベート交渉術で説得する。 6月 上智大で英語講演、「英語と武蔵」260名 8月 日本語のディベート熱高まる。 9月 デルファイのゴシユフ氏と山本七平氏と 私の3人で座談会。 11月 佐伯真光氏・山本七平両氏の宣誓論争 に端を発し、プロ・ディベート熱高まる。 12月 東京英語道場発足委員会 12月 自衛隊で講演 12月 “Does ESS have a Future?”150名 慶応三田校舎 日記
2007年05月22日
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「松本さんですか、さきほど6階で千円札が数枚落ちていましたが・・・」その女子社員は、てっきり私がいつものように落としたと思っている。「あの~、今日はこの部屋から一歩も出ていません・・・」外国でもお金をよく落とす。2、3回黒人に拾ってもらったことがある。百ドル札を落としたことが、そのうちの一回。公衆浴場へ行っても、履いてきた下駄を忘れ、人のものを履いて帰る。宿の番頭のおばさんが、「これ誰かの下駄。あんたのじゃないでしょ」と。「今日は風呂に行ってません・・・」?人のパンツも平気で穿く。人の物か自分のものか区別がつかない。学生時代からそうだった。そんな中でも、公衆浴場で人に話しかけられるのが大好きだ。「兄ちゃん、ええ身体してるなぁ」とジロジロ見られるととうれしくなる。「ボディビルコンテストに出ようと思うてる」?ある時こんな異変があった。大した異変でもないか(sort of)。私が湯船からむっくり立って、タオルをぐるりと腰に巻いた。その時中年のオヤジが私の背後を、ジーッと眺めている。私に近づいてきた。(また肉体美を褒めてもらえるのかな)この男こう言った。「あの~、そのタオル、私のでっせ」。紘道館 6月例会 日時 2007年6月3日(日)場所 上野ハイツ(東京都台東区池之端、松本旧邸) 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」紘道館の仲間達と
2007年05月21日
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久しぶりに東京駅に着いた。重いトランク(suit case)引きずって、山の手線に乗り換えた。有楽町は次の駅だが、乗ったのは浜松町まで止まらない京浜東北線。乗り換えたが、また京浜東北線で東京までバック。ホームで(platform)前に止まっていた電車に飛び乗ったら、上野方面行き。「しまった」と思って神田でやっと山の手線に乗り、有楽町へゴールイン(made it)。30分も余計な時間をとった。集中力があり過ぎて困る。周囲が見えなくなる。池袋芸術劇場でのレクチャーの為にTIMEの中からカタカナ英語撲滅のヒント(flash) がないかと考えていると、ついつい自分が降りる駅を通過してしまう。よくある。いつも新ネタで勝負する上方芸人はつらい。「オレも物忘れが早くなったかな」こう言えば、女房がツッコミを入れる。「前からや」せや、前からやった。買い物をして、お釣りを忘れたり、今度こそお釣りを貰おうと一点集中する(stay focused)と、今度は買った品物を忘れてしまう。会社勤めの頃から、お金をポトポト落す名人であった。(続く)日記
2007年05月20日
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(続き)先ず、日本語ではディベートができないという事実を素直に認めるべきである。知に働けば角が立つ。教育界、宗教界、企業、官僚内・・・私の垣間見てきた世界はどこでもディベートが許されない。コンセンサスを重んじる日本の社会では、ディスカッション(本当の意味のディスカッションとは似て非なるもの)らしきものは形式的に存在しているが、全体のムードで『自然に(英語にない)』コンセンサスが生まれ、『なしくずし的(これも英語にない)』に思想統一がなされるのである。日本が村落形式をとっている間はそれもよし。「日本人に最も批判的な国は日本である」といわれながらも、ニヤニヤ笑いながら誰も弁護しない。「日本人はプリンシプルがない」と日本の代表的社会学者がいっても日本人は誰も問題視しない。誤解してはならない。私は決して日本人は世界一優秀な民族であるとか、そのためには、西洋諸国の発想とどちらが優れているかをディベートして決着をつけようという意図はない。強いていうなら、self-defenceのためのディベートである。少なくとも外人に対してはこれ以上、母国を被害者意識でもって眺めるのはやめようというのである。本音は別にあるという言外の理を理解することのできない西洋人にとって、母国のことをそれ程悪しざまにいう位だから、日本という国は余程ひどいのだなぁと解釈されるかもしれないのであるそう解釈されても仕方がない。だが日本社会では、論理的に物をいっても、「その言い方はなんだ」と年長者から押しつけられてしまうのがオチであろう。ディベート思考を用いれば、論理なき世界を遊泳する日本人が構成する場から外されることは眼に見えている。「ではなぜ学生にディベートを押しつけるのか」と迫られても困る。残念ながら、彼等のいう通り社会では沈黙が知恵である。したがって彼らのディベート経験は役立たない。にも拘らず、私はディベートをすすめる・・・何故か?悩むからである。悩みながら日本を知ることができる。それは、西洋の世界、論理の世界との比較のもとに日本の社会を知ることができるのである。悩みは大きい方がよい・・・迷い転じて悟る時が必ずくる。(数回先に、続く)日記(字が細かすぎて見えない位の一筆入魂)
2007年05月20日
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(続き)ある駐日大使に「あなたの外交官としての考え方(建前)はよくわかりました。しかし学者としての考え方(本音)を聞かせて貰えないか」というような発言をした日本の学者がいた。ディベート思考(アーギュメンテイション)が奨励されているアメリカを代表している外交官に向って、なんという非常識な質問であろうか。ディベートをやっている人間には、このような相手のintegrity(本音を吐かないこと)を疑うような無礼な態度は許せないのである。ディベート思考に慣れていない学者の質問が、その外交官をして「私を嘘つき呼ばわりするのか」と激怒させたのである。このような国際相互誤解はいつ生まれるかも知れない。私は英語を学ぶ徒は、先ずロジックを重んじるディベート思考を学ぶべきだとかねがね思っている。次に、もっと大局的な見地に立ってディベートを奨励してみよう。(続く)ミクシィに松本道弘コミュニティが出来たとの事最新の日記
2007年05月19日
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(続き)ある通訳者から聞いた話だ。宝塚歌劇場の前に立っている外人に一人の学生が話しかけた。先ず「私は東京のある大学のESSの部長でスピーチに優勝したことがある」と長々と自己紹介をはじめた。それが数分続いた。発音、ゼスチュアは申し分ない。そのあとで、その外人、つき添いの中学出の通訳に一言「この学生は何をいいたいのかね」とポツリいう。「あなたの顔を利用して、劇場内へ入れてほしいといっているんです」。数分もかからない。「なんだそんなことか。残念ながら、アメリカ人的な発想では、顔を利用するということはできないから断る」・・・味気ない幕切れである。このエピソードを聞いて、私はスピーチ思考とディベート思考の相違だと思った。その学生に必要なことは、 1、敵を知ること(自己紹介だけですませるという一方通行コミュニケーションから脱却するべきであった)、 2、西洋思考を分析すること(果たして「顔を利用する」という発想がアメリカに存在するのかどうか、日頃から敵を知る訓練をやっていたか)、3、論理を身につけること(「入れてくれないか」というポジションを明確にして、その理由を論理的に述べたか)、4、所要時間を考えたか(時間をcommercializeするアメリカ人には、手短に要点をのべてやることの方がより親切な行為である)。その学生も、精一杯理解してもらおうと長々と喋ったに違いない。しかし、それは英語の単語とイディオムを使っただけで、論理というものがなかった。無理もない。今の英語教育では、そんなものは度外視されているからだ。いずれにせよ、ディベートでは本音は許されない。建前より本音が重くなってきた現代人にもディベート思考は必要だと思う。(続く) 信濃、椋鳩十記念館
2007年05月19日
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(続き)『何故私はディベートをすすめるか』まず個人的な理由である。武道出身の私には、ディベートが最も団体スポーツ的であるという点である。勝つか負けるか・・・最も男らしいゲームである。自己主張的である一方、個人プレーを許さぬという点で、きわめて没個性的でもある。和と対立を同時に達成するという意味で、人間形成に役立つと思う。ドラマもスピーチも人間形成には役立つ。しかし、それらは一方通行のコミュニケーションであり、どうしても露骨な対立を避けるので、自己修行という点では非能率的かつ非経済的である。(続く)松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 新宿ジュンク堂書店にて拙著が平積み、嬉しい
2007年05月18日
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(続き)ディスカッションでは、必ず甘えが生まれる。ちなみに、外人をディスカッションに参加させればすぐにわかることである。彼等は、一たん口にした限り、めったに場を読んで本音を吐いたり、自説を曲げたりはしないだろう。もうディベート思考で挑んでいるのである。日本人は大抵、聞き手にまわってしまう。英語でディスカッションするには遠慮は不要なのだ。情に流されてはいけない。つまり割り切ることを教えたいのである。しかし日本人にとって割り切ることは苦痛である。だから私は、「これはディベートなんだよ」と最初から割り切らせてしまうのである。こうなれば、先輩もへちまもない。「英語道場の松本先生がそう言っているんだから」という妥協的態度をとらなくていいわけだ。のびのびと論理的思考を鍛え発揮することができる。そうすれば、ディスカッションも次第に楽になるはずである。「しかしそれ以前の基礎的な英会話の能力を無視するわけにはいかないでしょう」と諸君はくい下がるかも知れない。ズバリいわせて貰う。「英語のスピーチは高校時代、できれば中学時代に修了しておくべきであった。それでなければ大学一年の間に修了するべきである」ここでは、一応英語が話せる者だけを対象に語りかけることにする。結論を言うとディスカッションでは、同席のディスカサントに対しては competitive-cooperative spiritで臨み、ディベートでは敵に対してはcompetitive spirit、そして味方に対してはcooperative spiritで臨まねばならぬ。(続く)(私の30年以上前の文章である)松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 ドラゴン『松』
2007年05月18日
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(続き)『ディスカッションとディベート』ディスカッションとは、Cooperative thinkingのプロセスと考えて差し支えない。日本人にはこの方が馴染みやすい。常に自説を撤回することができるし、本音と建前を使い分けることができることである。意見を分ち合い、協力しながら全員が納得するような方向に持ち込む討論方式といえば聞こえがいいが・・・実際はどうだろうか。学生同士なら反論もできよう。しかし、年齢、社会的地位が違えば、途端、自説を曲げ「総論賛成各論反対」という日本独特のコンセンサスに流されはしないか。知に働くことが許されない日本の社会では、ディスカッションらしきものは名目上存在(token existence)しているものの、それは正しい意味のディスカッションではない。先輩に対し、上役に対しては思い切ったことは云えない・・・何がディスカッション、ブレーンストーミングなものか。日本では、それらは『虚』に終わってしまう。ディベートでは「場」に対する考察は一切許されない。ディベートは「実」のみを求めるプロセスである。誤解なきよう一言。私のいうディベートとはacademic debateでつまり論理思考を鍛えるための、いわば教育上のディベートでプロ・ディベートを意味するものではない。(続く)『ドラゴン』松
2007年05月17日
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ディベート信奉者の中には、「ディベートは白か黒かではない。<白か><白でないか>をめぐる公平な言語論争だ」という人もいる。しかし、一方が勝ち一方が負けるという点においては変わらない。つまり灰色的円満解決を許さぬという点で、白黒思考である。相手を負かすためには、敵方を分析する必要がある。時には敵になり、敵の見解を謙虚に聞く必要がある。平均的日本人にとってこれは苦痛である。一方的コミュニケーションは許されない。受けとる情報を先ず分析する必要がある・・・先ず疑うことである。物事をありのまま受けとるフィーリング型日本人にとって、このwhy思考は困難と思える。殆どの日本人にとって最も苦手なのがディベート思考である。「日本に生まれてよかったなぁ」というお茶漬ナショナリストは、これ以上読む必要はない。(続く)松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 日記
2007年05月17日
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It’s better to debate a question without settling it than to settle it without debating it.・ ・・民主主義敵になれ・・・宮本武蔵『五倫書』より今回より数回にわたり道友誌の『道』7号(もう30年以上たってしまった)に書いた文章を載せたい。「ディベートとは何か」本音が許されない言語による勝負(ゲーム)である。白か黒を決めるために建前だけで闘う非日本的ゲームでありハラ芸とは対極をなす。私のいうディベート道の定義は a spoken art of self-defence で、いわば護身術に近いものである。ところで攻撃は最大の防御である。従ってディベートを学ぶには、攻撃という非日本的思考を学ばねばならめ。攻撃をするには、相手を知り、己を知る必要がある。そこにidentity の確立が要求される。(私の立場は何か?)そこには他律的な日本人の陥りやすい「甘え」を取り除かねばならない。(続く)
2007年05月16日
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1975 1月 アメリカ大使館のレセプション・ルーム でホドソン駐日米大使に会い、 「あなたはディベートができますか」 と切り込む。 2月 世銀のロットバーグを招く。 4月 早稲田のディベート(WESS)チームの コーチとなり泊まりこみの指導に あたる。 5月 声の雑誌「English Journal」に登場 7月 『GiveとGet』出来! 『ハラ芸の論理』出来! 9月 全日本ディベート合宿。 10月 中尾教授に挑戦か、GIVEとGET論争 「難訳和英辞典」(日米口語辞典の前身) タスクフォース組織 11月 デルファイ会、花盛り。ホドソン大使の スピーチ。島内大使も大喜び。 30代の日本人が英語で世界に 発信できると確信。 12月 英語教育論争再び。 中尾清教授に反論。松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 琉球の日記
2007年05月15日
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今日は、5月7日の紘道館館長ブログより。旅人は釣り人に似ている。狙った魚は、なんでもよい。―― 女でも男でも、心に留めたいテーマでも。焦り過ぎても逃げられる。時には餌を食いちぎって逃げる魚もいれば、逃がす魚もいる。釣るだけで楽しい魚もある。持ち帰る魚もある。待っても待っても、欲しい魚は来ないもの。旅人と魚とのウエディング・ゲーム。釣りはやはりタイミング。そのため構えもいる。かかった後は、手放しで喜ばず ――逃がした後も、くよくよせず ――水面の波紋のように、「残心」を忘れず ――ふと浮かんだ詩にも、酔わず ――つる人も つられる魚も つみがなく つりができれば ついに旅人4月某日。飯田線の特急を逃し、次の特急まで4時間待たされた。数分の違いで ――。くやしかった。喫茶店で旅人学を再考。 館長ブログと例会報告を更新
2007年05月14日
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『通じないカタカナ英語を読者と一緒に撲滅させようではないか。』そういう書き出しから2001年12月に出した拙著「通じないカタカナ英語」DHC(ちなみにDHCとは大学翻訳センターの略、あの健康食品を扱っている会社)は始まっている。絶対通じないカタカナ英語を自然で使える英語に正す、のが目的。次のカタカナ英語を正しい英語にしてみて下さい。1、 ガムテープ2、 シール3、 パンク4、 カンニング5、 ヴァージンロード6、 グラマー7、 スキンシップ8、 タイムリミット9、 人間ドック10、 ノルマ5月26日のセミナーでは、通じないカタカナ英語を一緒に撲滅しよう!答えは1,packing tape 2,sticker 3,a flat tire 4,cheating 5,aisle 6,well-stacked 7,physical touching 8,deadline 9,complete medical checkup 10,quota(normaはロシア語。課された労働の基準量のこと)松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 ある日の日記
2007年05月13日
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1974 1月 Sir E.de Rothschild の通訳 2月 時事英語研究に“Principleと意地” を書く。 4月 腹芸シリーズのあとディベート・ シリーズが始まる。 5月 英語道場 15周年記念、大成功 5月 初めて外国へ飛ぶ。社長の鞄持ち。 8月 デルファイ会発足。「考える英語」 出来! 12月 「HARAGEI」が英文毎日に載る。 12月 「人の日本」と「拝啓文部大臣殿」 を書く。 これに東大の藤岡教授が共鳴。 ディベート甲子園構想を実現化する。松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 タンポポがナニワ英語道の象徴
2007年05月12日
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(続き)伝統を守るとはつらいことだ。じっと耐えることを keep a stiff upper lip と表現するが、エリザベス女王の行動はまさにこれだった。伝統は principle 、それをそれを破らずに少し曲げるというのは、英国人に言わせると sensible な選択となろう。私も少し見習おう。私の生徒の中で、検定試験のスコアアップに狂う人間を低くみて、よく嫌味を言っていじめていたことがあるが、別に英語道の精神はそんなことで崩れるわけではない。本来、ナニワ英語道は朗らかであった。ナニワ英語道場で、毎週土曜日の午後、英語という木刀を振り回し、闘い、お互いの技を研ぎ合った仲間の多くは、点数など気にしなかった。英検1級保持者はゴロゴロいたが、ナニワ英語道でいう英語力は「お主は英語という剣が抜けるか。斬れるか」に尽きた。恥をかくことを恐れることが最大の恥だった。恥・・・これを最大に生かすのがナニワ英語道、そして後の生駒英語道場、今の紘道館の根本精神であった。今事情で紘道館を離れているN氏からこんなレターを貰った。(以下は概略)『~~~~~~2001年1月より松本私塾・セミナー在籍中に英語試験の最高峰と言われている試験を受け、下記のとおり合格することができました。2001年7月 英語検定1級。2001年9月 英語道 準初段(ICEE)2004年10月 TOEIC 960点(自己ベスト)2006年12月 通訳案内士(ガイド)国家資格合格これもひとえに松本先生のご指導の賜物と心から感謝しております。また、道友との切磋琢磨のお陰と、上野はいつでの日々を有難く思っています。~~~~~~~』そうかこんな不肖の師からもこんなにリッパな弟子が生まれるか。(a bit tongue in cheek)ポケットに忍ばせていた紙を3ヶ月ぶりに取り出して読んでみた。そうか、私のやり方はTOEICスコアを上げるのにも役立つのか。人は誰でも自分に酔いすぎることがある、特に彼には。Look, who’ talking? かくいう私にも自己陶酔するところがある。世阿弥の声が聞こえる。「『離見の見』の心得を忘れたか。酔わせる相手は舞台にいる自分ではない。観ている(読んでいる)観客席の人(読者)だ」と。「先生は元の塾頭・塾生に冷酷過ぎるのでは」という声を周囲から聞く。そうか。もうちょうどいい間かもしれない・・・。空気を読みながら腰を動かす。そんな空気をいつの間にか演じる。これは主役(シテ)が演じる『腹芸』。空気を操る・・・周囲の目を欺きながら。これが英訳し難い the haragei (the art of stomach) なら、ハラゲイはコミュニケーションを超越した『超コミュニケーション』といえよう。松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 ナニワ英語道はタンポポ
2007年05月10日
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9,They don’t deserve you. (王室の人達より、ダイアナの方が格が上よ)花束の中に、こんな王室批判が。deserve の用法については、このブログで何度も書いたので思い出して欲しい。「ダイアナよ、あなたが可哀相、もったいない」という痛烈な王室批判。もっとひどいのか、They have your blood on their hands. (王室の人達の手はあなたの血にまみれている)世界が泣いた“プリンセス・ダイアナ”の死で、エリザベス女王だけが涙を見せなかった理由は、この映画を観ればよーく判る。10,Do I have a choice? (しかたがないじゃない)女王は、ブレア首相にひざまずいた。仕方なかった・・・王室を残す為には。Do I have a choice? (他の方針があるとでもいうの)というのが、彼女の精一杯のツッパリだった。国民の空気が変わってしまったのだ。shift in values とはかっこいい英語だった。(続く)松本道弘セミナー第3弾 「ひと息英語 ―英語は呼吸で、生命だ!」 日時 5月19日(土)18:15~20:30 会場 東京芸術劇場(池袋)小会議室1 詳細はコチラ⇒ 「松本道弘公式サイト」 先月訪れた飯田~分杭峠(日記より)
2007年05月09日
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これは私好みの歴史的事実。そして私好みの格調高いイギリス英語。私は英米二刀流の達人。1,Princess of Wales died in a car accident. (ダイアナは交通事故で亡くなった)もう一つの英語は、die in a car crash であった。交通事故は、traffic accident よりcar accident 。死亡は、アメリカ人ならkill を使いたがるが、イギリス人はkill を避ける。心情的には、日本人はイギリス人に近い。戦死は、die in war ではなく、get killed in action 。2,give her a private funeral (ダイアナを内輪の葬式にする)英国王室がお金を出せば、 public funeral(公葬)となる。エリザベス王妃はダイアナ妃に冷たかった、と世間を敵に回し、王室廃止ムードに悩まされる。その漁夫の利を狙って、人気絶頂になったブレア首相のしたたかさが、巧く演技されていた。3,We were partly to blame. (我々王室にも非があったわ)この partly という日本語的な表現は、アメリカ人に使えない。(続く) 中国が恐れるインド(日記より)
2007年05月08日
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1,OH,my God,this is it. (どうしよう、陣痛だわ)This is it.には、「もう逃げられない」というニュアンスもある。2,Life is struggle. We’re a dark people.(人生は闘いだ。我々はネクラ人間だ。)ネクラがdarkとは使いやすい。3,You’re on. (出番だ)on は「逃げられない」というニュアンス、何度も映画で耳にする。on を忘れたら恩知らず。(ナニワ英語道の標語)4,Here’s to happy ending.(ハッピーエンドに乾杯)~に対して乾杯!という場合は、“Here’s to ~”ととっさに言えるように日頃から口慣らしをしえおこう。Here’s to your health. Here’s to your divorce,I mean,your marriage.とっさに英語を使う方法は何か。「とっさの英語」みたいな本を読むことではない。インターネットで学ぶ事でもない。日本人同士でもいいから使うことだ。私が育った英語道場が、恥をかくのにもっとも理想的な場所であった。どんなヘンピなところでもナニワ英語道の花は咲くはずだ。N.G.チャンネル撮影風景
2007年05月07日
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(続き)周囲の男が「多美子さん、この松本君(私のこと)はあの時はクラス1番の悪ガキだったが、今じゃ日本で屈指の英語使い」と花を添えてくれる。しかし彼女は「噂には聞いていますが、私の松本さんの想い出はは悪い事ばかり。中村誠宏さんと札付きのワル。毎日、松本、松本・・・毎日ですよ・・・叱られてましたから、嫌で嫌で」特に社会のキザなY先生(嫌われ者)に睨まれていたことは確か。職員室でもいつも話題だった。これは高校生になっても続いた。空気に逆らうワルだった。空気に逆らわず、コツコツ英単語を増やし、NHKのラジオ講座を真面目に聴き、予習・復習を欠かさなかったら、今の私はない。空気に逆らう、しわだらけのロッキー・バルボアのように、Never give up.日記
2007年05月06日
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13歳といえば私が英語と目覚めた頃、そして本格的に当用日記を書き始めた、記念すべき齢だ。その時の同窓会だから、燃える。54年ぶりに会ったが、誰が誰だか判らない。白髪鬼ばかり。どこの老人クラブかなと思ったが、私もその老人の一人。女性の場合はさっぱり見分けがつかない。一人の老夫人と語り合った。「同じ松本という苗字なので『コラーッ、マツモト~!』と叱られるたびにドキッとしたことを覚えています」という。中学2年の時の松本多美子。楚楚とした評判の美人。小学4年生の頃から男の先生に追いかけ回されたクレオパトラ。ワンタン(『ナニワに棲む日々』たちばな出版、の中で登場)という悪名高き体罰教師に「養女にならないか」と口説かれたという。俺をボカボカに殴った、このスケベ爺めが!その話題の女性が、今の私の側にいる。同窓会なればこそ。明日は紘道館 5月例会 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」
2007年05月05日
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ナニワ英語に「歳」はない。その精神がGrow younger.なのだから。4月16日のTIMEの記事(Global Business)の中で「歳をとる」こと(aging)の意義が問われている。ロッキー・バルボアの美は、肌のしわ(wrinkles)であるというpro-age人間が増えてきた。いや若肌に勝っているというのが、anti-age peopleだ。後者はこう言う。“Beauty has no age limit.”と。アメリカという国は、ディベート天国としておもしろい。空気が読まされないからだ。ちょっとピンボケのお通
2007年05月04日
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10日間も英語から離れていると、英語に対する淡い思いも募り、カムバックするエネルギーは強い。「英語は毎日コツコツやること。一日30分でもいい」というのが常識になっている。甘い!コツコツやって英語の達人になった人は、いない。ちょっと無理することだ。英語断食するのも、ナニワ英語道が説く自然のリズムだ。海外で英語のシャワーを浴びれば、ガイジンぽくなって英語がペラペラになる。甘い!カメレオンじゃあるまいし。英語を『道具』と考えれば、せいぜい初段止まり。検定試験だけが目的なら、一生一級止まり。プロ、つまり英語でメシが食えるクロオビ英語を求めるなら、エネルギーをナニワ英語に傾けることだ。映画の英語が判るか。TIMEが読めるか。これが有段者への登竜門だ。この秋から池袋西武で、このドラゴン松が『TIMEの読み方』の講座を開く予定。乞うご期待!伊那の松
2007年05月02日
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銃社会アメリカ。最近また悲劇が繰り返された。この単語は知っているだけでなく、キチンと聴き取れないと文字通り命取りになる。松本道弘書き下ろしエッセイ更新
2007年05月01日
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