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『出たとこ勝負』 wing it風に乗るには、翼がいる。新しい環境(it)を翼に任せる。今はウエブの時代、すべてを「グーグルまかせ」(Google it.という表現が産まれている)。『ウエブ進化論』以来、もてもての(hot)コンサルタント梅田望夫氏を勧められて読んだが、多くは私がすでに実行に移していた。辞書のウイキペディア化もその一つ。上野から東北新幹線に乗る前キオスクで買ったニューズウイーク(日本語版)のカバーが「グーグル危機?」であった。?マークだから当てにはならないが、危機がきたって不思議ではない。今、NOVAが倒れたが、英会話学校の50%のシェアを占めていたNOVAがひっくり返ることは誰が想像しただろうか。だから、私の売れていない過去の本も、いずれまたブレークするかもしれないという期待が心の底のどこかにある。紘道館館長ブログを更新⇒館長ブログ本日大阪(ナニワの地)で講演! 詳細は⇒浪花に英語の華が咲く~松本道弘の英語道~
2007年11月30日
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『がけっぷち』 desperateアメリカの連続テレビドラマ「Desperate Housewives」(「がけっぷちに立った主婦たち」とでも訳しましょうか)はシーズンを重ね、今も全世界へ猛威をふるっている。研究社の辞書によれば『desperate』は「向こうみずの」「自暴自棄の」「死物狂いの」と出ている。ジーニアスは「de-(否定)+-sperate(希望)=希望がない」と語源まであげて、より親切だから「(事態・病気などが)絶望的な、(回復の)見込みのない、《hopeless》と違って希望はまだ少しはあるという含みをもつ」という解説も説得力がある。たしかに、desperateには、「手に負えない」「気違いじみた(frantic)」という意味があるが、さらに自暴自棄に至ればsuicidal(自殺的な)を勧めたい。よく目からも耳からも入る口語表現だからだ。I’m desperate but not suicidal yet.そんな気持ちで、私は英語をやってきた。ディベートという近代兵器が役に立った。(日本語ディベート・トレーナーコース、締め切り近し)人間追い込まれると超人的な力を発揮するものだ。英語力も同じ時間内で10倍ぐらいまで、インプットを拡大することも可能だ。それが紘道館が主催するICEE(Inter Cultural English Exchange)だ。12月2日に迫った。 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」更に誰か飛び込んで来る勇士はいないか。10分の1の時間、10倍の英語力。勇気を含め人間が試される。a sink or swim test(あるネイティブのジャッジがICEEをそう表現した)である。これは試験というより、年1回のナニワ英語道・・・踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン・・・阿波踊りに参加するつもりで、英語を踊ってみないか。準備などいらない。(検定試験というよりお祭りのイメージだ⇒こんな感じ?)You’ve got nothing to lose.(失うものは何もない。)You have to be desperate, but you don’t have to be suicidal.(必死になれ、しかし思い詰める必要ない。)「がけっぷち」を文字通り訳すと、on the cliff となる。これでも通じる。小さい失敗はいくら重ねてもよい。The more mistakes, the better. (ナニワ英語道精神)私も間違い、失敗の数では人に負けない。外国語を学ぶとはそういうことだ。ハッタリで行け!Fake it!今度の日曜、紘道館例会は『ICEE』です。ICEEコミュニケーション英語検定試験を実施します。英語コミュニケーション能力を試してみたい方、向上させたい方、松本英語を体験してみたい方・・・いい機会ですので、下記までお申し込み、お問合せください。 [日 時] 12月2日(日) 10時~18時(その後、軽食パーティー19時頃まで) [場 所] インサイトラーニング東京都品川区東五反田1-10-10 オフィスT&Uビル 4階(JR、都営浅草線五反田駅より徒歩5分程度です)http://www.insightlearning.co.jp/map.html 詳細は⇒紘道館ホームページ
2007年11月29日
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『ケセラセラ(なるようになる)』 Let it go.私は書くのが速い。多分、人より5倍ぐらい速い。読むのも、聴くのも、話すのも、思考するのも人より5倍の速さで、人生・・・とくに英語人生・・・を生きてきた。スピード、そしてその「はしこさ」(近江商人)に「情理」が加わって、ナニワ英語道が生まれた。その心は、はったりである。私も a bluffer である。「はったり」は嘘ではない。虚を実に近づけよう・・・ばれないように・・・という気概がある。品格は江戸の人間に任せよう。Let’s fake it. (“Itがわかれば英語が判る”参照)さて、そのナニワ英語道の名人がふらりと独りで東北の旅に出た。私家版辞書をウイキペディア化するには、火の情熱と、水の慈悲心と、風の迅速性が要る。はったりもいる。ところが、そのナニワ流の「はったり」が通用せぬ土地柄が東北だ。東北人は今でもズーズー弁という、縄文語を使っている。「日本の気概」で「ウ」の言霊について述べたが、東北弁について触れなかった。これもウイキペディア化する。東北では七福神を「スツフクズン」と発音する。ウの音霊が縄文霊を甦らせる。ウは、凹(女)で受けであるから、凸(男)で攻めてくるナニワの弥生思考を警戒する。弥生がドライ(pragmatic)であれば、縄文はウエット(sentimental)である。はったりや駆け引きを嫌う。そこへ私が単身で、乗り込む。上野―八戸―久慈―宮古―釜石―遠野―盛岡―花巻―上野。ケセラセラ(なるようになる)の構えで旅に出る。Let it go!今度の日曜の紘道館例会は『ICEE』です。ICEEコミュニケーション英語検定試験を実施します。英語コミュニケーション能力を試してみたい方、向上させたい方、松本英語を体験してみたい方・・・いい機会ですので、下記までお申し込み、お問合せください。 [日 時] 12月2日(日) 10時~18時(その後、軽食パーティー19時頃まで) [場 所] インサイトラーニング東京都品川区東五反田1-10-10 オフィスT&Uビル 4階(JR、都営浅草線五反田駅より徒歩5分程度です)http://www.insightlearning.co.jp/map.html 詳細は⇒紘道館ホームページ
2007年11月28日
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『ネクラ人間』 cynicsiPhone がスキンシップを促す?ほんとかな。こういうノリの悪い人は、周囲からネクラと呼ばれる。ネクラ・ネアカに関しては、「日米口語」の時代に議論を尽くしたが、しっくりした解答がなく、最近 cynical に落ち着いた。冷笑的人間とは、「人間はすべてエゴイストなんだ」「あの松本も原稿料が入らなくなったからフラストレーション解消のためにブログばかり書いているのだろう」と全てが無価値で、あらゆるものを破壊しないと満足できない人間のこと。Cynics、これがネクラ人間。optimist よりpessimistに多い。シニカルな人は「どうせ」とか「しょせん」という言葉が好きで、溜息をつく回数が多く、人と喜びを共有できず、陰謀好きだから、周囲の空気が湿ってくる。会社の人事課が一番採用したくない人材のトップに挙げるのが、ネクラ人間だ。その反対で、ネアカ(natural high)も度を越すと迷惑になる。「愛」を語るが、嫉妬の意味がまったく判らないボンボン(二代目、三代目の経営者)は、ネクラ人間に寝首をかかれた人間、相談相手になれない。三代目が会社をつぶすのも、超ネアカのツケと考えた方がよい。世の中全てバランス。ディベート道はバランスを求める。かつてネアカを sunshiny 、ネクラをmoonshiny と訳して得意になった時代もあった。人にも勧めた。若気のいたり(young and foolish)だった。しかし moonshiny とは、ちと無理がある。単に「月の光に照らされた」とか「非現実的な」という意味だけで、cynical なニュアンスはない。今のところ私はネクラ人間をcynics と訳すが、もっといい訳が見つかるかもしれない。ウイキペディア(風の辞書)を意識しているので、私は面子(メンツ)にこだわらない。本来ネアカ人間(natural high)だ。
2007年11月27日
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『スキンシップ』 touchy-feelyもちろんこれは和製英語。いやこれは日本語(西山千説)、英語もどき(村松増美説)。私はこれをbad Japaneseと定義している。村松さんは「スキンシップは逆輸出できるんじゃないですか」と私と反対の立場に立つ。私はスキンシップはphysical contactかtouchingだけでよい、と主張し、私家版の辞書を編んできた。「愛のムチ」をtough love としたのも私の芸術訳だ。今ではこの訳が他の辞書にも出ている。同時通訳者としての経験が役に立った。さて厄介なのは、このスキンシップという妖怪だ。skin は皮膚、shipはfriendship, mateship などの絆。こんなものがくっつくとヘンなハーフが産まれる。豹とライオンのlove child がレオポン。skin にはcondomという意味があり、skinship が誤解を生みやすいという意味で私は勧めたくないのだ。日本語のスキンシップには、心情的なフィーリングが加わる。たぶん私は touchy-feeliness を勧めるのだ。十年くらい前にお目にかかったこのスラングが、今も使われており、口語表現として通貨権を得たようだ。今週号のTIMEは、本年のベスト考案の特集を組み、iphone をトップにあげた。その理由の一つがスキンシップだった。タッチスクリーンで指を使えば、画像や写真の伸縮が自在になり、スキンシップ感覚が得られるというもの。その見出しが、It’s touchy-feely.Youチューブ に Iフォーン か。あなたとわたしが瞬時に触れ合う。The age of touchy-feeliness.ほんまかな?
2007年11月26日
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『~を食いつぶす』 live off ~TIME11月19日号の記事の見出しがおもしろい。英会話学校NOVAの崩壊の見出しがClass Struggle 。階級闘争かなと思いきや、教室闘争なのだ。ナターシャ・スティールというオーストラリアの教師の怒りの発言が引用されている。“I got kicked out from the apartment I was renting through NOVA, and am living off my savings.”(p.34)さすがネイティブの英語だ。live offはなかなか日本人(英語道有段者を除いて)には使えない。ある和英辞書を見ると、eat up all one ownsとかwaste away a fortuneという聞きなれない表記が多い。「食う」=「eat」ではない。「元手をくいつぶす」が live on [eat up]one’s capital となっており失笑を禁じえなかった。onではなくoff にすべきだ。Onはベターッと、offはサラッと。live on moneyは金にくっついて生きている。off moneyとなると金をくいつぶして生きている。off の方がはるかに切実だ。Buy her off. は「彼女を引っこ抜け」。Pay her off. は「(慰謝料を払ってでも)彼女と別れよ」。NOVAの外人先生が・・・生徒も・・・気の毒だ。live off one’s savingsという日本語離れした(和英辞書にもない)英語の使えるネイティブがいるというのに。辞書プロジェクトでは使い途があるというのに。来週の日曜は、紘道館例会『ICEE』です。ICEEコミュニケーション英語検定試験を実施します。英語コミュニケーション能力を試してみたい方、向上させたい方、松本英語を体験してみたい方・・・いい機会ですので、下記までお申し込み、お問合せください。 [日 時] 12月2日(日) 10時~18時(その後、軽食パーティー19時頃まで) [場 所] インサイトラーニング東京都品川区東五反田1-10-10 オフィスT&Uビル 4階(JR、都営浅草線五反田駅より徒歩5分程度です)http://www.insightlearning.co.jp/map.html 詳細は⇒紘道館ホームページ
2007年11月25日
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『どっちにもいい顔をする』 have it both waysヒラリー・クリントン候補に対する風当たりは強い。「彼女の大義名分は何なのか」風のようにクルクルと論調を変えるので、掴みどころがない(slippery)という。玉虫色というのもslipperyと訳せる・・・私が同時通訳のブースにいたらの話だが。同時通訳は、「一瞬の言葉のシンボルを掴み、それを繋いでイメージを膨らませて、文章の意味の流れだけを追う」(亡師 西山千の言葉)のが仕事だ。映画の字幕翻訳者か、手話通訳者のそれに似ている。だから、辞書に忠実でないばかりか、役立たないことが多いのだ。spoken artはラクじゃない。通訳は翻訳ではない。意味論的理解、イメージ・パワー、それに情報力の多寡がより一層問われる。だから速読が不可欠なのだ。TIMEの英語のリードが斬れる。Her opponents say she tries to have it both ways.ヒラリーは共和党、民主党のどちらの陣営にもいい顔をしている。これはa woman president 共通の行動パターンなのか。同じTIME誌の21ページで、パキスタンのブットーも両サイドを天秤にかける(play both sidesという)ような発言をしている。Bhutto, meanwhile, tried to have it both ways.ムシャラフ大統領を否定して、デモだデモだと野次るかと思えば、交渉の余地は残していると匂わせる。まさに風見鶏だ。哲学をはっきりさせないから、有名になることが「女の本懐」という政治家らしくない発言になるのだろう。男の政治家は、党の内にも外にも、男にも女にも、運動資金のソースにも、いろいろなところに気を配るのだ。男の世界は甘くないぞ。You cannot have it both ways.
2007年11月24日
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『決めつけ』 a stereotype型にはまった考えをa stereotypeという。一種の決めつけだ。ホームレスといえば、ベトナム帰りの米兵というように。It’s not just a stereotype, many of American’s homeless are former soldiers. (p.11)たしかにホームレスの26%が古参兵(veteransという)というのだから、早とちりする人がいてもしかたない。しかし、こんな決めつけ発言に対する周囲の眼は厳しい。“That’s a stereotype.”と。同じ決めつけでも、もっと証明に乏しい発言に対しては、“That’s an assumption.”(想像だけでものをいわないように)と反論される。仮定でも断定しようとする人は、「決めつけだ」と反発されるリスクがある。本格始動開始!第1回 ディベート・トレーナー養成講座⇒国際ディベート学会 ディベート・トレーナー養成講座必見!伝説の武道家 三船久蔵十段⇒三船久蔵十段 youtube
2007年11月22日
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『よくもまあ』 How dare you!いつまでも使える口語表現を「やまと言葉」と定義した。このブログでウイキペディアを意識した辞書(updatable uploaded dictionary)を編纂するなど考えたこともない。機を見るに敏な業界の一匹狼だからできるのだ。水の心で風のごとく闘う武蔵のそして西山蟷螂流の一門の面目にかけて、スピーディーにペンを進めたい。新幹線のぞみの中で11月19日のTIMEを速読しながら、斬れる口語表現がないかと、朱線を引き始めると、あるわ、あるわ。まずNBCのトム・ブロコーという古参のアンカーマンが質問に答えている。「CBCのアンカーウーマンのケイテー・クーリック女史をどう思うかって。彼女は優秀な a solo anchor だね。女のアンカーが出てもいい時代になったのだから。a gender thing(男女差別)という問題じゃない。」ここでアンダーラインを引いたのは、a solo anchorだ。これで今置かれている私自身の立場が明確になった。(This defines me. I’m not just another blogger.)このウイキペディア辞書を書き始めた私の新しい立場は、a solo writer-editorなのだ。一匹狼(maverick)なんかよりずっといい。a lone wolfにない逞しさがある。仲間がいう「よくもまあ、お前が」“How dare you!”それに対しifでこう答える、If I can’t , who can? と。
2007年11月21日
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『自己責任』 accountability自己責任は、文字通りに記すと personal responsibility 。self-responsibility という英語を使っている人がいるが、selfは不要。responsibilityそのものが他人任せにせず自分がとる責任のことだ。「とる」に対して「とらされる」のが、accountabilityである。I was held accountable (to you) for the crime I did not commit.(自分が犯していない罪をかぶって責任をとらされた)のように使う。日米口語で取り上げていないから取り上げたが、これではやまと言葉とは言えない。やまと言葉とは「日本固有の言葉。漢語・外来語に対していう」。英語のやまと言葉とは、同じように外来語影響をあまり受けず国内で日常的に使われている言葉と定義しておこう。とすれば、accountability(とらされる英語)と奇を衒って記さなければならないほどの難訳語で、やまと言葉とはほど遠い。そこでどうしてもやまと言葉に変換すれば、You pay for it. となろう。pay for・・・とは、「払わされる」転じて「ツケが回ってくる」という意だから、見出しは「ツケが回る」pay for・・・とした方が、人目を惹きやすいかもしれない。ウイキペディア式の私家版辞書だからどうにでもなる。ミスしたら私の自己責任でやる。I’ll pay for whatever mistakes I make on this Wikipedic dictionary.
2007年11月20日
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『問題発言』politically incorrect remarks言っちゃいけない、空気に逆らった発言は全て、politically incorrect remarksである。「女性差別的な」は、sexually incorrect 。これは謝れば済む。軽く詫びるときは、I didn’t mean what I said. And you know it.または、I was joking.「ジョークだよ」という場合、本音であることが多い。joke ですまされない問題発言は、racial slur(人種差別発言)。この原稿を書いている時、FOX(インターネットニュース)が racial slurで炎上していた。Duane Dog Chapmanというコメディアンが、黒人を傷つけるracially charged languageを使ったというかどで、ハニティー&コームズ番組で涙の謝罪をさせられていた。いや、させられているというより、自ら進んで謝罪しているのだ。I’ve stabbed the black in the heart. I’m deeply sorry. (in the backという慣用句でなく、in the heartを使っているから、グサリと心に傷をつけたと猛省している)涙を流しながら、私の人生でこんなに恥しく苦しいことはなかった(“I’ve been in the hottest seat.”)という。最近、ドン・アイモスの謝罪に始まり、白人の黒人に対する謝罪が相次いでいる。黒人が騒ぐと番組から降ろされるので、白人のテレビタレントは大変だ。しかし、黒人が白人の問題発言をしても罰せられないのは、double standardではないかという声もあがった。良心的な黒人は、「double standardがあったっていいじゃないか」と白人を守る。しかし、空気ではrace card(人種カード)を使って、被害者の立場から交渉に臨む黒人が多い。「日米口語辞典」」では扱っていない。そりゃそうだろう。30年以上前には、こんな問題はなかった。白人が強かった頃だ。やはりウイキペディア辞典は必要だ。
2007年11月18日
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(続き)justice を正義と訳していると、英語が見えない。justice とは、ご本人に有利な判決のこと。極東軍事裁判で日本が戦勝国に裁かれた大義名分も「けじめ」=justice であった。裁かれた戦犯が浮ばれない。「浮ばれない」を英訳すると、do justice to the war criminals. だ。ここで見せしめ(revenge)のための軍事裁判をやっておかないと、戦勝国としてのけじめがつかなくなる。justice がメンツに結びつく。justice は英語国民にとり、英語のやまと言葉なのだ。ナニワ英語道ブログは「お気に入り」にしておかないと、もったいない。この「もったいない」という日本語のやまと言葉を英語のそれに転換すれば、Do justice to my blog. になる。どちらも直訳できない難訳語だ。「けりをつける」なら、Finish it.とかGet it over with. となる。「けじめ」を「らしさ」と結びつけたらどうなるか。「年齢を意識してノリ過ぎないように」はAct your age.「身分をわきまえよ」は Act your place.「民族の壁を越えないようケジメに気をつけるんだよ」は Act your race.
2007年11月17日
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関西サッカーディベート協会が浪花の私を招いてくれる。久しぶりに帰阪で心からウキウキする。今の心境は風。風の時代はブログの時代。ブリタニカのような石の百科事典でも風化し始めると、恐竜は滅び、鳥の時代がくる。ウイキペディアという始祖鳥が風の辞典に進化させる。日米やまと言葉辞典がそれだ。これまでの「日米口語辞典」を勝手に改訂し始めたのも、翼を得たからだ。その代り「なんでもあり」“Anything goes.”だ。人間関係もケジメがなくなってきた。ライターとエディターの一線(けじめ)も曖昧になってきた。『けじめ』justice日米口語辞典で「ケジメ」を引くと the line と出た。かなりいい線をいっている。今の私から見ると、65点ぐらいだろう。「けじめをつける」がdraw the line。日本人好みの英語だが、ネイティブにはピンとこない。それだけでは使えない。「けじめがない」の例文がない。line を強いて使えば、She often crosses the line. か。She’s unprincipled. に近くなる。道徳や倫理といったルールを守らず周囲に迷惑をかける人は、unprincipled(節操がない)と形容される。やっかいな人は、自分が悪いことをしているという自覚のない人。同じケジメのない人でも、こういう人は non-principledと呼ばれる。「善意でしてあげたのに・・・」と周囲を恨む人は始末に困る。そんな人でも罰する必要がある。どうして、と問われると「けじめだ」と答える。けじめのわからない人(someone who can’t tell right from wrong)は、叱らなければならない。迷惑を受けた人を守るjustice だ。justice だけで通じる。強いてコロケーションを加えたら、get justice done. あるいは単にget justice.。justice を正義と訳していると、英語が見えない。(次回に続く)イベントのお知らせ『浪花に英語の華が咲く~松本道弘の英語道~』講演内容・同時通訳での体験とは?・なぜ日本人はタイム誌を読めないのか?・TOEIC高得点者が英語を話せない理由?・東洋は西洋の議論に負けたのか?・サッカーディベートは世界を救う?・英語道とは?【日時】 2007年11月30日(金曜日)【時間】 18:30開場 19:00開始~21:00終了【場所】 ココプラザ(新大阪)【費用】 3000 円【定員】 24名【開催】 関西サッカーディベート協会 詳細はコチラ⇒関西サッカーディベート協会12月8,9日のディベートトレーナーコースで使うテキスト(超自信作)の一部。参加すれば、人生が変る
2007年11月16日
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『間』 the ma , pregnant pauseこの「間」はネイティブには訳せない。そういう文化的背景がないからだ。日本社会で日本語ペラペラなガイジンでも浮き上がるのは、この「間」である。とくにアメリカ人は・・・ボイエ・ディメンテを除いて・・・この「間」のとり方が下手だ、日米口語辞典を手伝ってくれた米国人のように。日本人になり切ったつもりで、ディベートを嫌ってしまう。日本人がディベートを避ける習性を知り尽くして、自らその頭を高く(get a big head)してしまう。日本語がペラペラだと、日本の文化が判ったような顔になる。知っている日本語を使う・・・遠慮して使わない方がいい場合だってある。空気が読めない。「間」が判らない。critical pause(西山千)やpregnant pause(ボイエ・ディメンテ)が近い。しかし、間の本質をtimeかspaceのいづれかに限定した方がネイティブに判りやすい。Let’s give each other time. は、未熟者同士がお互いに、もう少し時間をおいてつきあって、長い眼で見てみようという感じ。Let’s give each other space. は、共稼ぎの夫婦のように、離婚しないで別々に暮らそうという発想になる。二人があまりcloseになるとベタベタする。大都会でベタベタする人は嫌われる。サラッとして「間」のとり方の巧い人が好かれる。私の人間評価は、その人の雄弁さではない(詐欺師には雄弁家が多い)、その人の「間」のとり方を見る。すぐに近寄ったり、紹介したがる人は、孤独な人が多く、電池人間が多い。こちらから話しかけたくなる人は、磁石人間。その「間」は時空を越えて動いている。だからpregnant pause(胎児が蠢動している空間)がピタリ。そして、この間を間違えば、致命的自殺につながるような重要な「間」はcritical pause(さすが、我が師 西山千の訳)である。本を読むと、a pause と出ている。「この気まずい空気、どうしてくれるねん」What an awkward pause? という吉本新喜劇のお笑い芸人の「間」は、pause だ。a が加わるのが、欧米的発想。「間は魔」という。日米口語では「魔」の項はなく「魔がさす」しかない。編集者はネイティブ英語を信用して、be possessed by an uncontrollable urge と文語訳を使った。そして私の口語訳は、“The devil did it.”。「魔がさした」はThe devil forced me to do it. となる。ところが、辞書では日米文語辞典に変っている。魔がさしたのであろう。ディベートが消えてしまっている。別に悪魔の存在を信じない人にも通じる、そして使える口語表現だ。
2007年11月15日
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今日はちょっとコーヒーブレーク。千の風になって自分の辞書に挑む。ユーチューブで秋川雅史の「千の風になって」を聴くのが毎朝の日課になった。ふと考える。歌が盗まれている。レコード会社は?訴えられないか?こう考えるのは私のような古い時代の産物。もう思考は遷わっている。今は風の時代、お金より心が先行する時代。フリーペーパーの時代・・・いずれフリーエネルギーの時代になる。境い目のない時代。印税が入らなくても、ブログを書き続ける私・・・なぜかわからなくなった最近の私。「千の風になって」はどうやら、死者の詩らしい。あの世からこの世に謡い続けてくれる夢幻能。作者不詳というのがうれしい。真実味がある。そこにはお金も、人間のエゴもない。言葉は自分(エゴ)から離れた時に美しくなる。エゴ(カゴ)から開放された鳥は、自由に舞い歌う・・・代価なんか求めない。「それは私の作品なのだ」、とか「ただで書いてあげたのに」とか「あっというまに書いた私の才能を認めてくれてもいいのに」といった「我」が入ると醜くなる。人を酔わせようとして、自分が先に酔ってしまっている・・・世阿弥が嫌った。悪魔やウイルスや詐欺師は決してそこを見逃さない、自分に酔っている隙だらけの人間を。カマキリに迷入するハリガネムシのように、戦略に長けた計算高い寄生虫のように・・・。私は宿主か寄生虫か。そんな違いなんかどうでもいい。宿主とは、良い寄生虫を得た者にのみ与えられる勲章だ。そんな勲章も要らなくなった時に、人は風になれる。そんな風の気持ちになって、自分の辞書に挑む。老けた私が若き頃の私に・・・いや若い私が古い私に挑むのだ。ご期待乞う。
2007年11月14日
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ブログで自己に挑戦(英訳すればtaking on myself)して気づいた。最初は三分の一は書き直す必要があると述べたが、古い口語を捨てて、新語・・・とくに不良カタカナ英語(和製英語)が異常発生しているので・・・を加えると、50%以上、書き改めなければならなくなる。辞書の編纂は、あまり若くて、未経験な人が着手すべきではない。さて急ごう。『品格』 class(style)「国家の品格」という話題のベストセラーにより、品格という言葉が一人歩き始めた。男の品格、女の品格、ハケン(派遣)の品格、・・・・とどまることを知らない。当然30年も前の「日米口語」には出ていない。藤原正彦氏は「The Dignity of a Nation」と訳されている。たしかに、dignity はある意味では正しい。dignity は、威厳・尊厳である。しかし、この言葉がここまで広がるはずがない。この品格ということばの響きに謎がある。研究社は、grace, dignity, class, styleと全て正しい。さすがと思う。私の英語体験から述べてみよう。「品格がある」は、He’s got class.がイチオシ。2番は、He’s got style.風采が加わる。どちらも冠詞が要らない。3番は、He’s got grace.これは気品とか優雅さの加わった品格であり、男より女に対して用いられることが多い。研究社はpanacheを加えているから見事だ。このプネッシュは、時々お目にかかるが、堂々たる態度、颯爽たるふるまいのことで、むしろ風格に近い。さて整理する。人格はcharacterからpersonalityに移る。品格はclass、風格はstyleからpanacheへと移る。私は品格に気概を加えて、大物の器(英訳すれば、it またはwhat it takes)を入れたい。彼はその器だ。He’s got it.次回紘道館例会は『ICEE』です。ICEEコミュニケーション英語検定試験を実施します。英語コミュニケーション能力を試してみたい方、向上させたい方、松本英語を体験してみたい方・・・いい機会ですので、下記までお申し込み、お問合せください。 [日 時] 12月2日(日) 10時~18時(その後、軽食パーティー19時頃まで) [場 所] インサイトラーニング東京都品川区東五反田1-10-10 オフィスT&Uビル 4階(JR、都営浅草線五反田駅より徒歩5分程度です)http://www.insightlearning.co.jp/map.html 詳細は⇒紘道館ホームページ
2007年11月13日
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人の生き方は大きく分けて3段階ある。1,parasitical living 寄生的生活(dependenceはこの時代)2,symbiotic living 共生的生活(パートナー同士の時代)3,free living 独立生活(自立できる自由が獲得できた時代)私は今、この第三段階にいる。Dependence(第一段階)を通過して、independence(第二段階)、そして最終的な、interdependenceの段階にいる。そんな私でもプロには甘える。プロ同士の面子は守る。「私に甘えてもいいですよ」は、訳して You can depend on me. ではない。You can count on me. または、You can trust me. であって、よもやYou can depend on me.を使ってはならない。人は寄生虫じゃなく宿主(host)であると認め合うことから、プロ同士の「甘え」(inter-dependence)という名の「仁義」が果せるのだ。日本の社会は、外国人の眼には、いかに甘えん坊に見えても、お互いの信頼関係に発したemotional symbiosis という「絆」(emotional ties, bonds)がある。これが日本民族の強さ・・・だった(?)。私は、無所属の一匹狼だからa maverick、焼印のない牛(異端者)に近い。彼女は一匹狼(独立しているという意味)という場合、She’s on her own. と訳す。同時通訳者のカンで、リスクを避ける。特定の出版社がなくても書き続ける私は、I’m on my own.である。この英語を再び日本語に訳すと、「私は誰にも甘えられない身だ」となる。英語国民は、こんな発言を私がしたら、「スゲ~ッ」(Cool!)と賞賛してくれるはずだ。とにかく彼らは、他にdepend on する人間を一人前だとみなさないのだから。(続く)ディベート歴三十余年の集大成。松本道弘直接指導ディベートトレーナーコース受付中。詳しくは⇒国際ディベート学会ディベートトレーナー養成講座
2007年11月12日
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『甘え』 emotional symbiosis「甘え」は土居健郎博士によると dependence 。この訳が同ベストセラーにより、「甘え」イコールdependenceとして定着してしまった。私がいろいろな海外滞在者と話をして驚いた。日本人=「甘え」。「甘え」イコールdependence。したがって日本人は、無責任な依存者というネガティブな印象を与えてしまったというのである。「甘え」 dependence か。いや私は敢えてemotional symbiosisだと今も主張している。しかし、これはチームワークでやる辞書ではうまくいかない。ネイティブが首をかしげると通らない。「感情的共生?聞いたことがない。日本人とは、すぐにだれかに甘える民族だ。こんな英語ペラペラなガイジンの英語が正しいと絶対的評価する、babies(甘えん坊)なんだから」。たしかに日米口語では、「甘やかす」(to baby)だけしか挙げられていない。「では、お言葉に甘えさせて頂きます」を I’ll depend on you. と訳されては、ネイティブは驚く。「こんなふうに自己責任を放棄されても困る」と。depend on ~は、寄生虫の発想だ。だから私は、共生 symbiosis を使う、ネイティブの編集者が何と言おうとも。だから、この改訂辞書は、私自身の責任で書き下ろし、私自身の自己責任のルールで改訂する。I’ll be on my own.だ。一匹狼の私には、その方がふさわしい。一匹狼は、日米口語では a lone wolf になっている。私は maverick を主張したが、見出しは編集者にa lone wolfに変えられた。一人のネイティブがそう言ったからであろう。a lone wolfとは、ODEによると、a person who prefers to act alone.(独りで行動する方が好きな人)であり、たくましさは感じられない。私は違う。和を尊ぶ人 a team player だと自認している。だから仲間(できれば多くの)から非を認められたら、直ちに訂正する。ディベーターは面子にとらわれないものだ。なぜか。改めて解説を要する。(次回へ続く)
2007年11月11日
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『仮面夫婦』 political couple難訳語の一つだが、日米口語辞典には出ていない。この辞書は古すぎる。しかし、ある和英辞典の a couple who only go through the motions of being husband and wife も英語で解説してあるだけだ。日米口語もそんな個所が多いから批判できる立場にはないが、和英辞典となれば、できるだけ頻度数を考慮して、ピシッと決まる表現を紹介する方が良心的であろうかと思う。夫婦が社会的なマスクをつけて、おしどり夫婦を演じるのは、一種の社会ゲームである。They’re playing charades. これで通じる。シャレードは一種のゼスチャーゲームで、理想とされている夫婦像を演じることだ。このゲームが表面的なものであることを強調するなら、a plastic couple.私の造語だがネイティブたちもうなずいてくれる。しかし、クリントン夫婦の仮面夫婦はずばり a political coupleである。アメリカのジャーナリスト好みの斬れる表現だ。日本語でも使える。別に政治家でなくてもよい。人の社会的行為には、どこか政治的な意図がある。(続く)
2007年11月10日
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『縁』 grace of God「不思議なご縁ですね」を強いて一神教信者に伝えるには、「神の恵み」と置き換えるより他はない。神を除けば、What coincidence! となろう。再び一神教の人たちに判りやすく表現すれば、It’s a miracle! となろう。奇蹟が縁?読者にはピンとこないかもしれないが、使われた頻度数ではそうなるのだ。前著には、頻度数に対する考慮がなく、奇をてらった表現が多かった。編者たるもの、自己陶酔してはならない。酔わせる相手は、読者である。ところが「縁」とは奇なもの。一読者でベストセラーを世に出された福岡伸一氏が、本辞書を愛読されていると知って、私は慌てた。こういう影響力のある人を悪酔いさせてはなるまいと、心を鬼にして自己の過去に挑むことにしたのである。福岡氏を私に結びつけたのも「縁」だ。この縁は a break である。または We’re meant for each other.仏教学者はそれを前世からの因縁(karma)と呼ぶかもしれない。fate や destiny はbigwords 過ぎる。日常会話的には、We’re born under the same star. となろう。福岡氏と私の間には奇しき関係がある、という場合、英語民族は星(star)を使う。腐れ縁(私の辞書ではunsavory ties と書き言葉が紹介されている。会話では勧められない)は、We’re stuck, aren’t we?(お互いに腐れ縁だろ?)でよい。「縁」に関しては、私がこのようにクドクド書くよりも、より完成度の高い研究社の和英の方を勧めたい。ついでに、3人のベテラン編集者たちを「縁の下の力持ち」だと評する場合の英語は、unsung heroes だろうか。編集者の意地(self-esteem)は、英雄になることをprideとする人たちのそれではない。表に出た筆者のメンツ(face)をつぶさないことだ。誇示するprideではなく、あくまで存在を無視して欲しくないという、守るself-esteemだけであろう。賛美されない英雄になるために引き受けた仕事ではないはずだ。したがって、見出しにする正しい英語は、Those editors deserve better.だ。いやもっと心を込めて、賞賛するなら、better の前にmuchを加えればよい。この方が口語的にも通じ、ネイティブの耳にも快く響く。(次回『仮面夫婦』に続く)
2007年11月09日
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できりだけ多くのネイティブとディベートをして書き上げるという初心を貫くことができず、一人のネイティブの意見が優先されるに至った。いかに予算上の制約があったからとしても、くやしかった。「ようし、ネイティブに負けるものか」この怨念のエネルギーが執念となり、いずれ私を高段者に引き上げることになる。わたしは執念深い。六段の頃の私は、早く改訂したいという思いに駆られるようになった。しかし、周囲の眼は、私の肉体的な限界だけを捉えたらしい。「NHKを降りた松本道弘は過去の人。体力的にも限界があり、辞書編纂には向かない」と。どっこい、NHK降板後も軽く100冊以上を書き、67歳の今も歳とともに若返りつつある。英語道創始者の私の意地は続いている。初心は忘れられるものだ。当初のアイデアは、「難訳辞典」であったはずだ。「縁」などは訳しようがない。だから他の和英辞典の編纂者も敬遠してしまう。そこへ、同時通訳者の私がもぐり込むというのが、ベテラン編集者たちの狙いであった。ところが、この辞書でも「縁」は消えている。ネイティブ編集者の思考の及ばぬところであった。ディベートが消えてから、真理の追及という私の意気込みも消えてしまった。ここでは、私が私の辞書を書き改める・・・編集者の力を借りずに。(続く)
2007年11月08日
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今は、七段。こうやってペンを走らせながら、インターネットテレビで英語ニュース(FOX,CNN,BBC,ABC,CBSの順)を聴いている。手塚治虫氏がマンガを描く時は、テレビをつけっ放しにしていたのと同じ事由で、海外情報を英語で収集しているのである。ながら族(a multi-tasker 日米口語辞典時代はわからず省いた)なのだ。私の名前を世に出すために、3人の編集者が影に忍んだ。「彼らこそが縁の下の力持ちではないか」(They deserve better.辞書にはないが斬れる表現)と言われた。「もし彼らが浮ばれないというなら、私の名前を消して欲しい」“Okey, do justice to them. Erase my name.”と私も開き直って、このプロジェクトがぽしゃる寸前まで行ったことがある。もうこんな企画はやりたくない。お互いが意地を通せば、この世は窮屈になる。表に出た人間の・・・裏には勝てず・・・意見が通らないことがある。裏の人間に意地があれば、表の人間にもプライドがある。この「意地」と「プライド」の英語がこの歳になってやっと判った。それは、self-esteem。これ以上捨てるわけにいかない人間の(自己評価self-)esteem・・・意地に近い・・・というものがある。カタカナ英語のプライドが、英語のprideと同じでないことを知るには、英語での異種(異文化)格闘を続けてきた傷だらけの名人でなければわからない。いかに優秀な編集者でも日本語だけで、一人のネイティブを頼りにしてもわかりっこない。あの世界的に有名なサイデンステッカーでさえ、元の原稿に目を通しただけで、訂正個所は皆無であった。多分、聞いたことも、見たこともない、英語表現が多かったはずだ。(続く)
2007年11月07日
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朝日出版社の原社長(当時40代)はロマンチスト(英語ではa romantic)で、リスクをとることを恐れなかった。それでなければ、「日米口語辞典」のようなプロジェクトは生まれなかった。短期決戦型のB型タイプの経営者であった。血液型B型は長期プロジェクトに向かない・・・すぐ気が変るからだ。辞書が大ヒットし、ベストセラーになった。「こんな辞書企画は、30代の若い人にしかできない。40を超えるとできない」だから、ほぼ無名であったが、体力に自信のあった私に委託されて・・・おっと紹介者の國弘正雄先生のご恩を忘れてはならない。「ホテルから出る時は医者の診断書が要る」といわれ、帰宅できない日が何ヶ月も続いた。お互い若いからできた企画だ。しかし、二人が犯した共通の間違いがある。たとえ若者の私が肉体的な若さを失っても、精神的なタフネスを失わないということを。そして、この私は、英語術でなく、英語道の信奉者であったということ。ナニワ英語道の精神は、いまでも Grow younger だ。歳を取らない。いや英語道の精神によれば知識も知恵も歳と共に、幾何級数的に伸びる。その証拠に、このブログですでに述べたが、この辞書に着手した頃の私の英語力は、NHK教育テレビに初登場する前の、英語道参段直前、つまりまだ弐段であった。達人の域にあったが、名人とはほど遠い、隙だらけの荒武者であった。(続く)
2007年11月06日
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空(Void):道という道徳的羅針盤(モラル・コンパス)と違っていないか。空は道である。磁石(マグネット)である。あらゆるリーダーには、“徳”(magnetic charm)が要求される。トレーナーコースが狙いとする域も、この「空」である。自己と他人のエネルギーを相殺させるゼロ磁場的である。物書きは、この状態にならなければ、読者の心に融け込めない。読者とのトランス状態は、心とペンを躍らせ、疲れを感じさせなくなる。「のる」という現象の“核”はこのvoid(真空)から発せられる現象。何時間続けても、たとえ徹夜しても疲れない。ペンが踊る状態が続く。この空が現状を攻める“天”(自己革命)か、現状を守る“地”(自己維新)の二つに分かれる。つまり、書くという行為は、自己ディベートすることである。進化(evolution)というより self-innovation(自己革新)と呼ぶべきだろう。読者はそのエネルギーを感じてくれればよい。それを共生(co-evolution)と呼ぶ。書く力がつく。英語力がつく。人間力がつく。ディベート、交渉力がアップする。それらは、結果生じるものだ。まず私の発想を信頼して頂けるかどうか。Faith(石+火)に優るパワーはない。それでは次回から語り口調で「日米やまとことば辞典」を執筆する。独りで書く。全責任は私にある。反論はいつでも受ける。本来、辞書とはそんなものではないか。(続く)ディベート・トレーナーコース本格始動⇒IDNAディベート・トレーナーコース
2007年11月04日
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水(Water):協力者のプライドと面子以外に、読者に対するhonesty(裏表のないこと)と共感(empathy)が感じられるか。火は高く昇るが、水は低く流れる。いかなる企画でも協力者なくしてはできない。だれかを犠牲にしていることを悟ることが water principle である。筆者としての私はとくに編集者に気をつかう・・・つかい過ぎる。筆者をやめて、憧れた編集を試みたが失敗。編集の方が書くことよりも、難しいことを人一倍知っている。いい作品は、ライターの「火」とエディターの「水」が「和して同ぜず」の関係になった時だ。ディベート(建設的議論)が不可欠だ。最悪のパターンは、相互無視だ。後顧に憂いを残すような計画は、最初から避けるべきだ。ディベート(議論+品格-面子)だけは避けるべきでない。水の心は、チームワークの源である。水は、方円の器に従うという。私のリーダーシップのディベート講座では、water logic を大切にする。だから私のディベート道は、セールスや交渉に役立つ。(続く)
2007年11月03日
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読ませる文章の7原則日米やまと言葉辞典は私が書く。ライターに書かせない。出版する時は編集者一人でよい。読ませる文章には7つの原則(サッカー・ディベートではヘクサゴナル・プリンシプルと呼ぶ)がある。石(Rock):哲学がはっきりしているかどうか。読者のためという大義名分があるか。読める辞書、そして使える辞書であるか。使ってリスクが少ない「やまとことば」であるか。5~10年経った後も、使えるかどうか。風(Wind):時代に適っており、実用性が失われていないか。辞書は腐るので、常にアップデートの努力を続けているか。火(Fire):著者が自分の名前に責任と誇りをもてるか。編集者にも7つの原則があるが、「火」に関していえば、自分の名前を著者に変えればいい。著者の名とプライドが守れるか、・・・その陰徳。行為に誇りがもてるか。もてない人は、編集者という肩書を捨てて自分の名前で書くべきであろう。「火」はプライドだ。「私が書かなくて、だれが書くのか」「私のミスは私のミスで、編集者のミスにはしない」というプライドだ。編集者という縁の下の力持ちのプライドは、prideではなく、self-esteemである。両者に共通するのは、自己の存在理由である。それを英語でself-worthという。一寸の虫にも五分の魂というではないか。これだけは、踏みにじってはならない。「火」はpride。If I can’t, who can? という自意識だ。自意識過剰な人は、He’s full of himself. と陰口を叩かれる。これは次に述べる「水」の原則に反することになる。(続く)明日からこのシリーズのタイトルを、[改訂 『日米口語辞典』・・・私家版・・・「英語やまと言葉辞典」]から、[私家版辞書はウイキペディア化する Going Wikipedia 「日米やまと言葉辞典」]に変更の予定
2007年11月02日
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★相性がよい hit it off wellこれじゃ使えない。「二人は呼吸があった」 The two hit it off.という場合を除いて使えない。There ‘s a good chemistry between them. の方がベター。研究社の和英辞書の方が親切だ。They are compatible with each other. というスタンダードな例文もある。奇を衒ったところがない。Unaffected だ。相性とはchemistry(化学)のことだ。chemistry of love という表現も覚えておこう。「お二人はどちらが先に惚れられたのですか」というのは愚問だ。酸素か水素に向って、結婚して水になる前はどちらが先に惚れたのですか、なんていう人はいない。略奪的な愛は、物理的(physical)なものであって、化学的(chemical)なものではない。日常会話で「血液型のA型とO型とは相性がいい」という場合、Type A bloods are compatible with type O bloods. というように用いる。hit it off は俗語っぽく、よほど英語がネイティブ並みに話せる人でないと、悪い印象を与える。同時通訳の神様、故 西山千(私の師匠)はそういうslang を嫌われた・・・品格がないうえに、誤解を招くという理由で。紘道館 11月例会のお知らせ[日時]11月4日(日)10:00~[プログラム] 【プログラム(変更もあり得ます)】 10:00~11:50 松本先生講義12:00~14:00 映画鑑賞 An Inconvenient Truth(不都合な真実)映画に出てくる英語表現等について松本先生による解説あり(お弁当を食べながら見ますので、各自持参してください)14:15~16:00「環境問題とイノベーション」をテーマにしたディベートorディスカッション16:15頃~18:00頃:TIMEの読み方について松本先生講義同時通訳、why-because game、interview等12月2日ICEEの予行演習も実施(最近1ヶ月発行分のTIME誌を持参してください)18:00頃~19:30頃 直会(軽食パーティ)[教材] 雑誌TIME 2007年10月発行分 (教材は松本先生にご一任です)[場所] 東京都台東区上野公園 上野ハイツお申込みいただいた方に、詳しいご案内を差し上げます。[申し込み先] info@english-kodokan.com 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」 紘道館の始まりは礼から
2007年11月01日
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