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ライターもエディターも、似た者夫婦であると周囲から揶揄されることもある。似た者同士は、日米口語辞典によると two of a kind と直訳になっている。これでも間違いではない。私も英語道の達人の頃で自信があったから、得意気にこの表現を見出しに使った。今は達人から名人に昇格している。They’re alike as two peas in a pod といって前に使った表現など用いない。もっと肩の力を抜いて、こう訳す、They deserve each other.これなら、「蓼食う虫も好き好き」(There’s no accounting for taste) でも使える。They deserve each other.やまと言葉は応用が広いのだ。このブログで、週2回(月・火の予定)、日常で使える英語(英語のやまと言葉を定義)を披露していく。読み物の辞書で編纂を始めたこの日米口語辞典。あれから35年以上経って、弐段から七段、達人から名人。この私が率先して改訂しなければ、もったいない、可哀そうだ、浮ばれない。This dictionary deserves better.(次回に続く)
2007年10月31日
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『日米口語辞典』によるとイメージチェンジは、いつの間にか編集者により change one’s image と変っている。いつの間にかディベートが消えてしまった。そのままの訳ではないか。正しくは get a makeover 。少なくとも get a new look の方が英語らしい。今では、単語 remake とか redo も使われる。このイメージチェンジをイメージアップという和製英語に置き換えると、improve one’s image となる。これも makeover(ワンワード)で充分。change one’s image は、ここ37年間耳にしたことがない。もしそれを使っている日本人がいれば、この辞書の読者であろう。顧みて、内心忸怩(じくじ)たる思いがある。I feel guilty. または I feel ashamed.思い起こせば、我々は、編集者やネイティブのアシスタントも含め若すぎた。出版社も辞書に挑戦するには、アップデートを忘れず 改訂版を出すハラがなくてはならない。小学館の『トレンド辞典』のように。ここ十数年、悩んだ。出版社の社長の意向に逆らって私が独走していいのか・・・。プロライターの道に背くことにならないか。周囲の仲間と相談をした。空気が変ってきた。あのベストセラー『生物と無生物のあいだ』がきっかけだ。私のファン(同辞書の愛読者やナニワ英語道の訪問者以外にも多くいる。なにしろあれから140冊近い本を書いてきたのだから)にも申し訳ない、という。読者サービスを大義名分として、このブログで改訂版『日米口語辞典』(仮題、英語やまとことば辞典)を連載する。やまとことば?そう、奇を衒(てら)わない口語表現のことだ。英語にも日本語にもある。たとえば、「縁の下の力持ち」はunsung hero だが、今英語道七段の英語武蔵を自称している私なら、もっと簡単なやまと言葉で同時通訳をする。He deserves better. だ。「縁の下」を更に強調するなら、He deserves much better. だ。これを改訂しなければ、私も編集者も読者も浮ばれない、という気持ちを伝えるにも、この表現がよい。I deserve better.(こでじゃ私も浮ばれない)縁の下の力持ちであった編集者たちも浮ばれない。Those editors deserve better.作者である私にも、編集者にも非がある。相性 (chemistry) もあろう。・・・次回へ続く
2007年10月30日
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この焦りはどこからくるのか。当時の私の英語力は、たかが英語道弐段(NHK教育テレビに出始めてら参段になるが)。ネイティブの英語をベターとする3人の日本人編集員の反論に再反論できず、自分の辞書であって、自分の辞書でないという隔靴痛痒の感を拭うことができず、くやしかった。くやしい?★『くやしい』tantalizing (too bad)新和英辞典によれば[ having an itch that one cannot get at (reach) ]今、新たな感動が甦る。直訳過ぎて笑ったが、今は笑えない。その証拠に、私の日米口語辞典にはない。逃げている。今ならちょっと無理して、tantalizing を用いるだろう。新英和大辞典によると、「Tantalus王は、Zeusの秘密を漏らしたために地獄の湖中につながれ、あごまで水につかりながら、のどが渇いて飲もうとすれば水は退き、飢えて頭上に垂れている果物に手を伸ばせばそれもまた退いて食べることができず、焦燥の苦しみをなめさせられたという・・・」ちょっとオーバーだが、作者の私は3人のプライド高き編集者の前に自説を覆すことができず、塗炭の苦しみに近い tantalizingな焦りを感じたものだ。Too bad.(残念)これまで若さ故に、他社の和英辞書を嗤ったものだが、今は愧じている。若気のいたり(young and foolish)であった。若気の至りは、日米口語辞典によると、 youthful passion となっている。私の記憶だと、日本語がそこそこできるネイティブの思い込みの訳であろう。日常会話では使えない。今なら、I was too young, I must admit now, to take on other dictionaries.「他の辞書に挑むなど・・・若気の至りでした」英語のやまと言葉とは、日本語のやまと言葉と同じく、ネイティブの耳にも眼にもやさしい口語表現のことだ。・・・・次回へ続く紘道館 11月例会のお知らせ[日時]11月4日(日)10:00~[プログラム] 【プログラム(変更もあり得ます)】 10:00~11:50 松本先生講義12:00~14:00 映画鑑賞 An Inconvenient Truth(不都合な真実)映画に出てくる英語表現等について松本先生による解説あり(お弁当を食べながら見ますので、各自持参してください)14:15~16:00「環境問題とイノベーション」をテーマにしたディベートorディスカッション16:15頃~18:00頃:TIMEの読み方について松本先生講義同時通訳、why-because game、interview等12月2日ICEEの予行演習も実施(最近1ヶ月発行分のTIME誌を持参してください)18:00頃~19:30頃 直会(軽食パーティ)[教材] 雑誌TIME 2007年10月発行分 (教材は松本先生にご一任です)[場所] 東京都台東区上野公園 上野ハイツお申込みいただいた方に、詳しいご案内を差し上げます。[申し込み先] info@english-kodokan.com 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」
2007年10月29日
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分子生物学者にして名文家、福岡伸一氏によるベストセラー『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)に、『最新 日米口語辞典』(エドワード・G・サイデンステッカー、松本道弘 共著)を讃美する個所があった。(10月11日のブログ参照)面映い。そのために、アマゾンのランキングで同辞書が売れ始めたことを知った。喜んでいいものか。痛し痒しだ。この「痛し痒し」は、同辞書によると「be a mixed blessing」となっている。正しい。しかし、故サイデンステッカー氏と共著した私の今の眼から見ると、三分の一は書き直さねばならない。今書き改めれば、加筆・修筆が多く、真赤になるだろう。当時私の英語力は、米大使館での同時通訳修行時代を終えたばかりの30代前半で、英語道ランクでいえば、弐段に過ぎない。したがって、優秀な編集者3人と数人のネイティブの協力がないとできない、野心プロジェクトであった。社運を賭けてやるという原雅夫社長の心意気に惚れ込んで、身も心もボロボロになりながら、ほぼ独りで書き上げた作品である。これが「読める辞書」として話題をさらい、ベストセラーになった。本当に辞書がベストセラーになり、同時通訳を志す人たちの必携の辞書と化した。あれから30年近く経って再読してみると、読んでもらっては困る個所が余りに多いことを知って、愕然とした。かつての私は生意気で、使えない和英辞典を書き直すという野心に燃え、ネイティブとディベートしながら・・・つまりお互いの面子を捨てて・・・異文化交流に役立たせるという大義名分を掲げたものだ。しかし、ハッと気がつくと、私自身がこれまでの巷の和英辞典と同じ間違いを犯していることに気づいた。 辞書は腐るという大前提を忘れていた。このことに気づいて、10年前に、この辞書をアップデートしなければならない、と研究社の『自分の辞書を作る』の中で述べた。朝日出版社が気づいてくれることを念じながら・・・。しかし完全に黙殺され、今も読み続けられている。ベストセラーを出された福岡氏が今も愛読されていると知り、再び焦り始めた。蝉の抜け殻になりかけた、30年以上も前の『日米口語辞典』がいまだ読み続けられている。出版社の意向を待たずに一刻も早く私が書き改めなければ、読者に申し訳ないという慙愧の念にかられ始めた。(続く)
2007年10月28日
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哀れカマキリは、川辺の近くの路上で車にひかれて死んでいた。カマキリの自殺。と周囲は判断した。それは、マインド・コントロールによる自殺だとは知らずに。犯人のハリガネムシは、最終宿主のカマキリの亡骸を背に、這うようにして川辺へ向っていた。ハリガネムシは600個くらいの卵を産んだ。カマキリの3倍の数だった。カマキリの卵嚢(らんのう)から這い出した200匹の半分は、天敵に食われてしまうという。半分は食われても、残りの半分は残っている。ユダヤ民族は、この多産という生物学的知恵を用いた。1家族に1~3人しか産まない日本民族がゴキブリ、カマキリ、シロアリという長寿種族に歯が立たない理由がよく判る。もっと恐ろしいのは、ハリガネムシという水中生物だ。ハリガネムシの卵は、ウスバカゲロウの幼虫に食われる。そのウスバカゲロウが、成長期を水中で過ごし、水面から這い出して、不完全変態を終え、ウスバカゲロウの成虫となる。ウスバカゲロウの腹の中で、最終宿主のカマキリの出現を待つ。待つ我慢ほど恐ろしいものはない。追うのは簡単。戦術で十分。しかし、「待つ」のは難しい。これが戦略。カマキリの戦略は、変態(カムフラージュ)、そして「待つ」ことに長けたif思考。その天敵のハリガネムシは胆略の持ち主だ。(火の巻 終わり)明日から前代未聞?の連載開始!YouTubeにあったハリガネムシ動画⇒『ハリガネムシ!?-衝撃的...一見の価値あり。』
2007年10月27日
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カマキリは、ゴキブリを食った。久しぶりに水分をとってカマキリは満足していた。 オレは、アレキサンダー大王だ。 昆虫界のチャンピオンだ。(そうよ、あなたはこの生物のチャンピオン、地球を守る、緑の救世主。キリストだわ・・・。それも私の意見を聞いてきたお陰よ・・・。)急にメスの声が聞こえた。メスカマキリがオレを呼んでいる。それはカマキリの幻聴だった。腹の中のハリガネムシが、カマキリの脳に話しかけていたのだ。カマキリより大きく育ったハリガネムシが、水分を含んだ食物を摂取して、急に産気を催したのだ。(早く水辺へ戻りたい)「早く水辺へ戻してちょうだい」「いま着水が終ったばかりだ」「こんな海水じゃいや。淡水の場所よ。緑のある川辺、そこで産卵するの」「オレに自殺せよとでもいうのか」「それは人間的な発想よ。生物界にはそんなものはないわよ。自分という個よりも種族が大切なの。子孫の繁栄のみ、あんたが食い殺したゴキブリやカマキリが多くの卵を産むのも、そしてこのハリガネムシがあんたの卵を食べて、私の子供たちを産むのも、すべて緑の保全よ。Nothing personal.(怨みっこなし)」(ラストへ続く) ジェイブレイン主宰イベントでの講演風景
2007年10月26日
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「そうだ闘う前にだ」「その証拠は?」「お前は、腹を空かせている。昼の光で眼がクラクラしている。身体の重心をオレのように空っぽにしていないから、無重力状態に弱い」「本さえあれば、パルプのセルロースが・・・」「それが甘いというのだ。あんたは、今本を与えられた時に生き永らえると考えている。whenで考えている。if を使ったら、お互いでルールを決める時に、一冊の本を用意しろ、と言えたはずだ。それがリスク・マネージメントだ。オレは動いていないから、餌は要らぬ。お前が死ぬ寸前に、生きている間にオレのランチになる」「お前がオレを殺せば、ルール違反になるぞ、オマエは亀田父子のようになってもいいのか」「オレは、やつら、そして多くの人間のように虚で生きていない。あくまで実で生きている。When the going gets tough, the tough get going. はナニワ英語道の標語じゃないか。オレがお前を食えば、ルールも消える。」「だれかがこの話を聞いていたら、お前は犯罪者だ。この汚い殺人虫め」「ウワッハッハッ。お前は第三者の公証人を立てると最初から言わなかったな。ワキが甘いぜ、ゴキブリよ。オレはカマキリに進化して良かったぜ」その話をカマキリの腹の中のハリガネムシが聞いていた。(続く)昨日は株式会社ジェイブレイン主宰のイベントで活気あるベンチャー経営者を前に講演。磁力ある経営者、修行社長と
2007年10月25日
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「そう戦略だ。究極のif思考だ。その証拠に、お前は腹を空かしている・・・動き回り過ぎたのだ。エネルギーの消費量が多い。オレはこのように、静止状態で勝負できるように自分を進化させた。オレは、頭を使って戦略思考を学んだ。クモからも学んだ。本も読んだ」「オレも本が欲しい」ゴキブリは叫んだ。「なぜだ。お前が本を読むはずがない」「食いたいのだ。オレの腹の中には本のセルロースを融かして、食べ物に化学変化させる原生動物を蓄えている。だから本さえあれば、オレはいつまでも生き続ける・・・人間たちとは違ってる」「ハッハッハッ。そりゃ甘いぜ、ゴキブリよ。まったく危機管理ができていないな」「危機管理?」「そうだ。あんたは<何かが起こったら>、とwhenで考えている。それはクライシス・マネージメント。オレのようにさらに文明化したカマキリ様は、if で考えるリスク・マネージメントに長けている。起こる前に勝負が決まる」「まるで孫子の兵法だな。中国人の知恵か」「中国人はカマキリから学んだ。古代ギリシャ・ローマ人達もな。日本人は、生物から学ぶのが苦手だな。生物学を戦略に用いない、お前のようにな。あんたとオレとでは闘う前に勝負がついていた・・・」(闘う前に?)・・・次号へ続く。紘道館館長ブログを更新⇒館長ブログ 紘道館の始まりは黙想と礼から
2007年10月24日
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ロケットは、大きく振れて左右上下に揺れた。ロケット内が無重力状態になった頃、もうゴキブリはくたくたになっていた。カマキリは、頭を逆さまに、長い手足をベッタリと天井にくっつけていたまま、ロケット酔いにグロッキー状態のゴキブリをじっとながめている。電燈がつき、宇宙飛行士が活動を始めた。夜に強いゴキブリは、周りが見えなくなった。しかしカマキリは、夜の褐色眼を緑眼に変し、光の中でもゴキブリを見つめ続けている。「もう弱ってきたな。腹をすかせているころだろう。オレは、一匹のショウリョウバッタを食ったから、一ヶ月は断食できる。この軽量痩躯を見よ、無駄がないだろう。じっとして動かないから、オレは省エネの権化だ。少食で何日も生き永らえるのだ」「オレもできる。オレはお前と違って雑食だ。死骸でも食える。お前の死骸もオレのランチになる。お前は動いているものしか食えない。野蛮なカニバル、共食い種族だ」「野蛮?ゴキブリのお前に言われたくないね。お前は人類より長生きすることは間違いない。しかし、品格に加えて、戦略がない!」「戦略?」・・・次回に続く。
2007年10月23日
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「ゴキブリ以下だと言ったな、カマキリ野郎!聞き捨てならん」ゴキブリは、独特の触覚をヒクヒクさせながら、カマキリの独言を聞いていた。「次はオレが相手だ。オレはお前の先祖だ。4,5億年前にこの世に姿を顕した昆虫のチャンピオンだ。お前は、たかが数億年地球に棲息してきたに過ぎん。それなのに、お前は大先輩のゴキブリを食い殺す、恩知らずの成り上がり者だ。それがお前のいう品格か。一騎打ちしようじゃないか・・・」「条件がある。決裁者を選ばせてくれたらという条件をつけよう」「う~ん。お前の得意なif思考だな。いいだろう。お前が逃げなければ条件を呑んでやろう。それに、オレを襲わないこと。それはルール違反とする」「いいだろう」カマキリは、相変らずクールだ。「NASAのロケットが再び宇宙へ飛ぶ。そこへ我々が乗り込む。どちらが無事に生還できるか。どちらも生還できればこの虫カゴで一騎打ちだ。K-1ルールでやろう」NASAのシステム思考は、すべてシミュレーションからきている。そのゴールは無事に帰還するスプラッシュ・ダウン(着水)の時期だと決めて、逆算していく。こういう戦略思考はすべてif ~ then のロジックに支えられている。3ヶ月間の闘い。さて、生還したのはカマキリだけ。なぜか、what if で思考していただきたい。私の推測は明日。(続く)紘道館10月例会議事録を更新⇒10月例会議事録前回紘道館のゲスト、英語界の重鎮 國弘正雄氏と
2007年10月21日
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カマキリはバッタが好物だと知って、虫カゴにばかでかいバッタを放り込んだ馬鹿がいる。さすが日頃は温厚なカマキリも、自分の5~6倍もでかいバッタに怯えたのか、カゴの隅へ移り、息をこらしてこのプロレスラーを凝視している。バッタは狭い空間を跳び回り、カマキリの止まり木をなぎ倒し、糞を撒き散らすといった狼藉を繰り返す。お前は亀田大毅か!カマキリはじっとしている。このように草食昆虫と肉食昆虫の異種格闘が始まった。数日間、お互いの沈黙が続いた。4日目、バッタは死んでいた。反則負け、自滅。亀田親子、いやバッタ一族は、この身軽なカマキリに大敗した。もうバカでかいバッタは虫カゴに入れてもらえない。無期限資格の停止。カマキリは、挑戦者に一度も触れていない。青眼、いや緑眼の構えを貫いた。バッタは品格負け。カマキリは死骸に向っていった。「お前の気概はわかる。しかし、品格を学ばなければ、観衆は逃げる。人をゴキブリ呼ばわりする前に、お前の行動を謙虚に振り返れ。お前はゴキブリ以下だ」・・・その話をゴキブリが聞いていた。次はオレが相手だ・・・。(続く)前回紘道館例会、カマキリとともに登場
2007年10月20日
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1991 1月 断食 信貴山 セルフディベート 1月 ICEE News 創刊号 2月 初の満員御礼、ICEEアカデミー 3月 日本ディベート学会から 国際ディベート学会に改名 3月 「日本の選択」出来! 4月 アントニオ猪木議員と飲む ディベートと政治 6月 弘道館黄金期を迎える。七福神会発足 6月 再び神島へ。三島が呼ぶ。 寺田氏から当時の三島由紀夫の話を聞く 6月 三島由紀夫夫人と夜電話で話をする 7月 上野ハイツ大掃除 8月 イスタンブール~イギリス~ アイルランド~NY 水の発見の旅 10月 秋祭りICEE成功 10月 CNN Day Watchキャスターとして登場 11月 弘道館で言霊体操発表 12月 「道を忘れた日本人」出来! 12月 英語道道友会 全国大会松本道弘セミナー、DVD情報詳細はコチラ⇒「松本道弘公式サイト」
2007年10月19日
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1990 1月 NHK断り、信貴山で断食 二宮尊徳「和が道は我が日記を見よ」 1月 「パワーイングリッシュ」(ゼロ号) 「バラの名前」初のマンダラ・ディベート 3月 第1回弘道館日本語ディベート大会 4月 名古屋外国語大学第1回目授業 4月 「辞書なしでタイムを読む」出来! 5月 名外大でディベートの火がつく 6月 浅間神社へ執筆旅行 古神道へ復帰。言霊へのめり込む 7月 『やさしいディベート入門』出来! 8月 カナダへ 社会生物学研究 インディアンの霊~言霊~フェロモン ~ラスベガス~ハワイ アリ、ハチ、クモの研究に狂う 9月 東京裁判無効論に狂う ~日本社会のシロアリ化現象 9月 「歴史読本」誌に東京裁判無効論 10月 アントニオ猪木と対談企画成功 10月 ディベート・トレーニングコース成功
2007年10月18日
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飲むと私は饒舌になる。相手が沈黙しているからだ。しかし飲むと無口になると人に言われる。とくに、女から。「飲むと無口になるのね」と。(お前がよく喋るからだ)カマキリに語る。「お前は、師のように、『のに』という言葉は使わない。人ってのは、いやらしいもので、すぐに自分の手柄にしたがる。(オレが紹介してやったのに)(最初はうちの出版社から出してやったのに、やつが無名のときにな)(身内なのに、冷たい)(あれだけ面倒をみてやったのに、お礼の手紙もよこさないんだ、あの男は)(ぼくのブログを読んでくれないのに、自分のHPばかりを宣伝するやつって大嫌い)この『のに』、のに、のにのオンパレードにはうんざりする。オレの師はなぁ。『のに』という言葉を一度も使わなかったんだぜ。ちょっと酔いが回ってきたか。お前のように、師は自分のことは一度も語ろうとしなかった。自分の宗教のことも。聞いているかカマキリ、いやセンセイ。これから君をセンセと呼ぶ。千先生を短くしてセンセと呼ばせて頂くんだ」カマキリは黙っている。「しかし、一度でもいいから、松本さんじゃなく松本君と呼んで欲しかった。一度でも弟子と呼んで欲しかった。松本センセイという言葉だけは聞きたくなかった。わかるかオレの気持ちを、センセ。」とカマキリのセンセの眼をのぞき込んだ。涙を流していなかった。松本道弘セミナー、DVD情報詳細はコチラ⇒「松本道弘公式サイト」1971年の日記
2007年10月17日
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バリー牧師と師について語りたかったが、当日はたまたまQuiet Dayであった。クワイエト・デイとは、誰にも会わず、独り読書したり、毎週違うスピーチスピーチをするための準備をしたり、とにかく黙考する日だそうだ。私にもある。カマキリにもある。ホテルに戻り、石の巻を書かねばと、インターネットニュースをBGMにして黙考する。ふと気づくと、カマキリがいない。神隠し?ムシカゴをひっくり返してもいない。ヨコからタテから見てもいない。緑の枝葉と石だけ。逃げたのか。酔いがさめた。この日本酒、明治神宮に納められている『金婚正宗』は、私にとり、祝いの酒。「維新の集い」で、同時通訳に成功した証の酒だ。運が尽きたのか?その時、ガサッと木の葉が動いた。木の葉に化けていたのだ。忍者は、それを観音隠れの術と呼ぶ。カマキリは、首をぐるぐる回し、斧をなめ始めた。そしてあの長い触角までペロペロとなめ始めた。外見を気にする。どうりで、いつも端正だ。また、金婚正宗をなめ、カマキリをなめるようにながめながら、石の巻の構想を始める。(続く)
2007年10月16日
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しかしfaith(guiltにつながる)とface(shameにつながる)とは、どこかで繋がっている。東京ユニオンチャーチのバリー牧師は、師の西山千を心から愛しておられた。師は、目黒の老人ホームで独りで死を迎えられた。周囲には、「だれも呼ぶな」と言い伝えて・・・。(オレだけは、例外にしてもらいたかった)しかし、師は全く、独りぽっち。その時に、敢えて会いに行かれた人物がいた。それが、この牧師である。ユニオン協会は、同じキリスト教の一派であっても、超教派(インターディノミネーショナル)といわれ、他教派に対しても、寛容であることは知られている。師がユタのモルモン教から、ユニオン教派に改宗されたのは、自然の成り行きだったのか。牧師と師の間には石のようなfaithがあった。それを守ることは、一種の自己との闘いなのだろう。「宗教は理屈ではない、闘争(struggle)だ」とポール・リッヒは述べる。ピカソにも信仰心があった。“Painting is not made to decorate houses. It is a weapon of offensive and defensive war against enemy.”と述べた。絵画が武器?そう、ゲルニカは、敵への怒りであり、プロテスタント(抵抗)である。(続く)館長ブログを更新⇒館長ブログ東京ユニオン教会
2007年10月15日
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また東京ユニオン教会へ戻った。師が使っておられた図書館で独り、「宗教とは何か」を原書で読んだ。ポール・リッヒ(宗教学者)の文は難解で進まない。日本語で読んでも、速読はできない。彼は語る。「人は倫理的で、合理的で、美的で、そして宗教的である。宗教心のない人間はいない。しかし、だからといって、すべての人間が宗教的であるとはいえない。宗教とは unconditional だ」と。無条件の愛。これを実践するには、信仰が要る。faith がいる。しかし、私は武士道(英語道の原点)を実践しているサムライだ。面子を重んじる。こちらはface である。You believe in faith. But I believe in face. とニューヨークのあるアメリカ人に言った。師を裏切ることは、恥(shame)である。神のためなら師を裏切れ、と言われてもそれはできない。たとえ師に重大な欠陥があっても、それをかばうのが弟子の務めである。「もし~ならば、ついていきます」という人に何度もあったが、こういう人物にはfaithもfaceもない。これがunconditional love(無条件の愛)~母の子供に対する愛。それのできない女は、母ではない。メスだ。(続く)一週間後の10月20日、ワールドフォーラム10月例会で講演します⇒「日本の気概―三島由紀夫の遺志と「ヨコの会」結成-」
2007年10月13日
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カマキリの特長はなんといってもあの不気味な沈黙。カマキリは喋らない。黙って、動くものなら何でも飛びつき、食う。人間には大きく分けて二種類ある。一、 人の不幸を悲しむ人・・・幸せな人に多い二、 人の不幸を喜ぶ人・・・不幸せな人に多いだれにでも多少ある。ドイツ語のschadenfreude が。シャーデンフロイデとは、人のシャーデン(damage)をフロイデ(joy)する、意地悪な喜びのことだ。第三のタイプの人間がいる。これはタチが悪い。寄生虫タイプに多い。それは、人の不幸を演出する人だからである。この第三のタイプは、英語ではit 。神にでも悪魔にでも化けるから恐ろしい。人には、uniter・・・結びつける人と、divider 引き裂く人の二種類がある。ところが第三のタイプには、その区別がつかない。人と人を結び付けようとしながら、引き裂いてしまう人がいる・・・意識的に。意識的にやる人は罪は軽い。その人は、自分が策略家であることを知っているからだ。罪深い人は、無意識のうちに、不幸をもたらせてしまう人だ。・ ・・あなたのことを思って善意でしたのに・・・と。The road to disaster is paved with good intentions.(惨事への道は、善意で舗装されている)というではないか。ディベーターは格言に強い。せっかく~~してやったのに、という癖のある人。私が一番きらいなタイプだ。「のに」に気をつけよう。カマキリは舌の恐ろしい事を知っている。余計なことは喋らない。しょっちゅう自己をPRしないと不安な人は、乾電池タイプ。よくしゃべる、よく電話をかける、よくメールを打つ。人の世話をする、紹介する。常に「人のため」だ。それなのに誤解される。「のに」が多い人に多い。カマキリは喋らない。「行」のみだ。無言の行。
2007年10月12日
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多分彼女もヒラリーと同じようにpolitical womanだ。どちらも政治好きな夫婦がくっつくと、仮面夫婦になる。英訳すれば、political couple。だから彼らは『24』という人気TV番組をも観ているだろう。このロングラン番組のシーズン1は、大統領の女房の陰謀が巧みに描かれている。黒人大統領暗殺の陰謀の片棒を女房がかついでいたとは、まるでカマキリに迷入したハリガネムシではないか。敵のいないカマキリも、このハリガネムシという弱い立場から迫る交渉相手には弱い。情をからめてくる曲者はemotional manipulator。これがハリガネムシの正体。この寄生虫は宿主の腹内に入り、中枢神経を麻痺させ、水辺へ歩行させるか自殺に追い込む。車に轢かれて死ぬカマキリの腹から、あの不気味なハリガネムシが這い出し、水中に向う。哀れカマキリは最終宿主になり、悲惨な死を迎える。アレキサンダー大王も、人間寄生虫にやられた。だから知恵のあるオスカマキリはメスカマキリに気を配る。師匠が奥様に気を遣われたように。暫く私はこのブログでカマキリ物語を書こうと思う。そしていずれカマキリの危機管理として、メスカマキリの選び方について触れてみたい。ナニワ英語道、そして人間関係学の「秘中の秘」になるので、ひょっとして怖気づいてブログではさらっとしか触れないかもしれない。とりあえず、リーダーシップ・ディベート講座に関心のある初心者を対象として、石の巻から入ろう。ディベート道入門編、カマキリ物語、始まり・・・始まり~・・・。(続く)今異色のベストセラーになっている『生物と無生物の間』(福岡伸一著 講談社現代新書)に松本道弘の名前が載っていたと、数人(MATSUMOTO Ninjya)から情報が入った。引用されて嬉しかったので、逆にその部分を以下に紹介したい。(p.38)『アンサング・ヒーロー「縁の下の力持ち」を英語でなんといえばよいだろうか。私が愛用している『日米口語辞典』(朝日出版社、一九七七)によれば、“an unsung hero”とある。歌われることなきヒーロー。サイデンステッカーと松本道弘によって作られたこの画期的な辞書は出版後三十年を経過するけれど今なお読むほどに楽しい。ちなみにこの項には、「He’s doing an excellent job though he isn’t getting any credit. と説明的に訳したほうが無難かもしれないが、やはり味に欠ける」としたうえでこの味のある訳が掲載されている。』
2007年10月11日
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さらにTIMEは彼女の無礼を許さず、こんな外交のレッスンを垂れる。If diplomacy is the art of stroking your enemies right up until the moment you’re ready to strike them, the snub is a handy little act of war by other means.(もし外交が攻撃する寸前まで敵をなだめすかす術だとすれば、無視して相手を怒らせることは、他の手段を用いて行うてっとり早い戦争行為だ)私の速読は言葉よりシンボル。そしてシンボルよりイメージに入る。だからアメリカの外交はカマキリから学ぶべしという見出しをつけてしまう。カマキリの外交・戦争のルールは、古代ギリシャ・ローマ時代から戦争戦略家たちから鑑(ロールモデル)とされてきた。アメリカの崩壊が近づいてきたのか。とにかくファーストレディー失格。しかし彼女は大衆のウケを狙うのが巧い。やけっぱちになると強い。のっけから「私は崖っぷちに立たされた主婦よ」と開き直って大喝采を受ける。「Desperate housewives」とは,アメリカで、いや世界で話題をさらったアメリカのreality TV番組である。(続く)
2007年10月10日
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マナーの大家といえばエミリー・ポスト。彼女はこう言った。“Manners are awareness of the feeling of others. If you have that awareness, you have good manners, no matter what fork you use.”(マナーとは他の人の気持ちを察することです。そういう察しがあれば、あなたはマナーの持ち主ということになります。どのフォークを使うかどうかは問題じゃありません)と同時通訳風に訳してみた。ここで皆さんと一緒に考えてみたい。アメリカ大統領のファーストレディといわれたローラ・ブッシュにはマナーがあるだろうか。今、手元にあるTIME(Oct,8,2007,p9)のトップニュース(Briefing)に、ローラ・ブッシュが怒って国連総会の席を立つ連続写真が載せられた。イランのアマネディネ・ジャド大統領がチラッと彼女に一瞥している。相互無視。snubは、無視に侮辱が加わっている。「鼻であしらう」のがsnub。原義は「短くする」だ。タバコをもみ消すことをsnub(out)という。イラン大使にローラはそれをやったのだ。TIMEは彼女の行為を「非外交的で、筋金入りの不作法」と酷評した。使われた英語は、The Snub. Laura Bush’s undiplomatic act offers a lesson in principled incivility.通常 principled civility は「品格」として用いられるが、in がついたので、まさに「不粋」そして「品格の欠如」ではないか。(続く)
2007年10月09日
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翌日、再びユニオン教会を訪れた。図書館は婦人会に占領されて使えない。牧師は月曜日は休みだという。一人の老婦人と話をした。Sen made it to 95. というとOld enough to go to the Lord. と答えられた。「天寿を全うされた」という答えを期待していたのに、天に召されるにふさわしいお齢、ときた。ちょっと拍子外れ。西山千夫妻をご存知であった林さんにたずねたら、「西山さんは日系米人だからアメリカですよ。でもだんだん日本になりましたね。戦前は日本にいたんだから、日本人でしょう。逓信省時代からソニーの盛田さん、井深さんとのつきあいがありましたから」「そのあとの終戦処理、GHQとの間にはさまって大変だったでしょうね」「いや、あの方は常に、ひょうひょうとされていましたから、立場上疲れるタイプではなかったはずです。奥さんも同じように孤高を楽しむタイプで、親戚づきあいもあまりなかったようですね」 まるでカマキリ・・・。周囲の意見は、総じて同じようなものだ。しかし、ブースという塹壕(ざんごう)の中で一緒に闘った時の師 西山千の疲労といらだちは私が一番良く知っている。ひょうひょうと誰に対してもいい顔をされていても、それはピエロのマスクに過ぎず、内心はいつもビクビクされていた。カマキリは、首もカマを動かす胴もクルクル回る。そうしなければ通訳はつとまらないのだ。しかし、疲れを見せてはならない。バリー牧師とのディベートは次回にする。いずれの日か。カマキリは待つ。じ~っと待つ。このドラゴンの松も、「待つ」ことが得意。執念深いのだ。いったん師と心に決めたら、地獄の果てまでついていく。兄貴分の三島由紀夫は“青い死”の意義を教えてくれた。育ての父の西山千は、私に“緑の生”の価値を教えてくれている。眼前のカマキリは今、緑色の眼を私に向けている。イベントのお知らせ★浪花に英語の華が咲く~松本道弘の英語道~ 世界の松本を育んだ大阪。 一輪の大花、今またここ大阪に咲き誇る! 講演内容 ・同時通訳での体験とは? ・なぜ日本人はタイム誌を読めないか? ・TOEIC高得点者が英語を話せない理由? ・東洋は西洋の議論に負けたか? ・サッカーディベートは世界を救う? ・英語道とは?日程:2007年11月30日(金曜日) 時間帯 開場:午後6時半 開始:午後7時 終了:午後9時 場所:ココプラザ(新大阪) 費用:3000円 お申し込み、お問い合わせ: naniwaeigo@hotmail.co.jp (お名前、参加人数、お電話番号を添えて、ご連 絡ください。詳細は、返信させていただきます。) 定員:24名 開催:関西サッカーディベート協会元気なカマキリ
2007年10月07日
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話題を変えた。「実は、師が消えたあと、ある夜一匹のカマキリが戻ってきた。これは師 西山千の化身だ。あれぞ復活だ」歓喜して、牧師と同じ英語を使った。 ザッツ ザ レザレクション.その時、牧師は憮然とした面持ちで、「それを復活とは我々は呼びません」と抵抗を示された。そりゃそうだろう。牧師が正しい。たしかに、昆虫に生れ変わるなんて教えはキリスト教にもユダヤ教にもない。ヒンズー教にそれらしきものはあるが。とにかく、すがる思いで再会できた師。どちらにしても、遺骨も遺灰にも触れることはできないこの私にとり、眼前のカマキリはまごうことなき師の姿なのだ。まるで縄文的発想だ。もう数週間になろうか。私の周りにはカマキリの飼育係が増えてきた。浅草プラザホテルの大野氏は、近くの隅田川まで昆虫採集に出かけてくれた。いつの間にか蛾がムシカゴの中に入っている。陰徳。よきサマリア人。師のファンはどこにでもいる。カマキリは、一匹の虫を食えば、しばらく断食する。小食なのだ。長寿の日野原医師のマントラを実践している。「小食を続けろ」「首を回せ」「女に気をつけろ」・・・とは言っていないが、カマキリは全てお見通しだ。不立不字。カマキリは禅を語らない。禅そのものだからだ。「あなたにとり、カマキリはシンボル。神ではない。それがtranslation。私にとりカマキリは、師の西山千。それがresurrectionです。」バリー牧師の顔に笑いが戻った。「また私とディベートをやりませんか。師の西山千とはよくディベートをやりましたよ。師はこの図書館で読書をされていたのですか。また来ます。I hope his talent will rub off on me.(彼の才能がここで乗り移るかもしれませんね)」牧師は破顔一笑された。「ディベートをしましょう」と。(続く)カマキリの餌を探してくれる浅草プラザホテル。嬉しいことに人情が残っている発売中のDVDセットに付けている色紙⇒ 限定15セット『気概』色紙付き『ナニワ英語道DVD6巻セット』
2007年10月06日
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ここは青山の東京ユニオン教会のチャペル。バリー・P・ドーソン牧師が西山千を偲ぶ感動的なスピーチには、熱いものを感じた。西山流の同時通訳の術を確実にとらえておられる。「ノート・テイキングが大切だ。キーワードだけを並べておく。そして再現する。それから、すこしたったあとSenはこんなことを言っていた。もう言葉を書かない。シンボルだけを並べる。これは神業だ。亡くなってから、センと千尋、いやセンとシノブの魂は、richerそしてfullerになった。神は甦られた。That’s the resurrection.(これぞ復活だ)」このパワフルなスピーチ。パーフェクトな英語。さすが牧師の英語は、最高の教材になる。しかしまてよ、いつの間にか、師 西山千は神イエス・キリストに導かれて復活したことになっている。ま、いいか。それにしても、復活とは畏れ入った。どうりで、私は師のphysical deathにより、spiritual lifeが与えられた感じがする。師 西山千が神様になったら、人間西山千が書けなくなってしまう。だから、師はこっそりとカマキリに転生されて、今私の前にいる。バリー牧師はスピーチの中でtranslationとinterpretationという言葉を無意識に使い分けておられた。あとで話しかけた。「私は西山師匠の影の松本です。あなたの同時通訳の解釈はすごい。ところで、translationとinterpretationをinterchangeablyに使われた・・・その違いが定義できますか」「その質問は逆にあなたにしたい・・・」巧く逃げられた。この柔軟さは、西山千にもあった。ディベートの名人は質問が巧い。
2007年10月05日
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カマキリの本を集中的に読んだ。29日の集いの翌日、師が奥さんと40年間通っていた、青山のユニオン教会へ出掛けた。忍と西山千を偲ぶ礼拝にいかがかというお誘いを受けたからだ。アメリカ式に奥さんの名前が先に出ている。漢字が「忍」であったとは。上杉家の末裔というから、格式の高い家柄のお方だったらしい。生涯気迫を強調されていた師の武士道魂はこんなところにもうかがえた。忍。これはカマキリの象徴だ。奥さん(O型)は、表にでなかった。師(B型)もこの奥さんには頭が上がらなかったようだ。どっしりした奥さんが横におられるだけで、何かに怯えているような印象を与えた。「先生、奥さんのそばにいると、軽いですね」とは言わなかった。口が裂けてもいえない。とにかくオスカマキリは、メスカマキリに弱いのだ。メスカマキリは、磁石的存在だ。しかし子孫を残すためには、いかに非情と思えることでもやる。仲間同士の共食いもある。そこには、3億年も続いたカマキリの伝統(ミチ)を残すという大義名分と意地がある。道のためには、いかにつらくとも「情」は捨てる。道元禅師も賛同されるに違いない。カマキリが残酷であると人間が主張するには、大前提が要る。人間が残酷でないという証明が。人間は、平気で生態系を荒らす。領土拡大のため戦争を繰り返す。カマキリは、侵略をしない。バッタやウンカは、集団になると恐ろしい。しかし、カマキリは群れない、つるまない。近くに接近した餌にしか興味を示さない。人類はあと何年もつか。100年で日本の人口は半減する。その頃、原子力などだれも口にしない。フリーエネルギー論議がタブーでなくなる。北極の氷が融けて、緑がなくなる。人類は死滅する。しかしその頃、カマキリは身体を、そして眼玉までを褐色に変態させ、生き残る。3億年のカマキリの知恵。たかが数万年の人間の知恵。(続く)紘道館10月例会のお知らせこの度は、同時通訳の大家であり、元参議院議員である國弘正雄氏を特別ゲストとしてお招きして、先日お亡くなりになられた故西山千先生を偲んでの松本先生との対談を企画しました。英語学習法に始まり、同時通訳における秘話、日米関係等について幅広く論じていただく予定です。詳しくは⇒紘道館ホームページ9月29日の維新の会にて。ペマ・ギャルポ氏、竹内睦泰氏と
2007年10月04日
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宴のあと。「維新の集い」が終わり、ほっとした。ライブ・ペインティングとその直後の同時通訳のデモンストレーション。プロ画伯とプロ同時通訳者の真剣勝負。師が私のパフォーマンスを見据えておられる。私の後釜がつとまるのか。「今67歳。もし失敗したら、師に恥をかかせることになるから、今日限りで同時通訳はやめる」と豪語した。私自身を崖っぷちに立たせた。29歳の時に、59歳の師 西山千が観客に見せた同時通訳の「舞い」と同じような「花」を見せることができるか。「これで師と仰ぐことができるでしょうか」と問い、観衆の大拍手に迎えられ、私の首がつながったようだ。師に一礼した。「先生の死後においても、私は弟子です」・・・。会場に登場した師とは、虫カゴの中の一匹のカマキリであった。変り果てた師の姿と人はいうかもしれない。「松本は狂ったか」と人は嗤うかもしれない。それでもいい。師の遺骨、遺灰にも触れることができず、師は黙ってあの世へ去っていかれた。見捨てられたのか。私は嫌われていたのであろうか。そんな絶望的な気持ちのまま、奥飛騨の旅館で、師の回顧録を書いていた。深夜、珍客が私の部屋に顕れた。「あっ~、西山先生!」と思わず声を上げてしまった。そこには、一匹のカマキリがいた。私は、師をカマキリとシンボライズさせていた。カマキリほど、品格と気概そして静と動のバランスで武装された昆虫はいない。あの同時通訳の神業、スピード感。日頃あれほど大人しい紳士が獰猛になる瞬間を、そばにいた私ほど長く観察した人はいないだろう。宴のあと、またいつもの部屋でひとりぽっち。ちびりちびり独り祝い酒。美空ひばりの「悲しい酒」を口ずさみたくなる。眼の前のカマキリが、静止したまま私の顔をのぞき込んでいる。(続く)
2007年10月03日
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宮本武蔵は『五輪の書』の中の「空の巻」で、空と道とは同じだと述べられる。その心はゼロだろう。ゼロはサンスクリット語でスーニャ。つまり継続ということだ。これはあらゆる生物の遺伝子情報でもある。DNAは、一つのカタチに過ぎず、伝達される情報そのものがココロである。この空こそが、ココロであるまいか。このココロに近い存在が真のリーダーである。またリーダーは、このココロにidentifyすべきであろう。私が開会し、今も拡大し続けているサッカー・ディベート(球技のように立体化したディベートのフォーマットで、ディベート道を具現化したもの)では、理想的なリーダーは空を目指せ、と繰り返して述べてきた。ディベート・トレーナーコース(国際ディベート学会主催)でもこの「空」に最も力を入れるつもりだ。是非、このリーダーシップ・ディベート講座に参加して頂きたい。5回参加すれば、原則的に修了証書を授与する予定だ。国際ディベート学会の英語の名称をIDNA(International Debate Negotiation Association)に変えたのも、この立体化された・・・実社会で交渉に使える・・・ディベート道の「行」を意識したものだ。トレーナーコースは近々HPで発表します。また詳細のお問い合わせは asset-d@k5.dion.ne.jp まで
2007年10月02日
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知(石と風)と情(火と水)が交差する点を「空」とすると、英語そのものが人間そのものになる。英語の道とは何かといえば、人間が英語になることだ。中島敦の『名人』にあるように、人が弓と一体化し、的と一体化すれば、定めたものは確実に射とめることができるというもの。人が弓、弓が人。英語も同じ。人が英語を話すより英語が人を話す。同時通訳の名人、西山千師匠は、晩年(90歳に近づいた頃)、「さっき読んだ雑誌が、英語で読んだのか、日本語で読んだのか、覚えていないことがあるんですけど、松本さんはそんなことがありませんか」と何気なく尋ねられ、ウ~ンと唸ったまま暫く震えが止まらなかった。60歳に近づいた私がまだ届かない域に、この老師がおられた。こういう師に弟子入りした私は果報者だ。「空」は、時空を超越するもの。師が亡くなり、49日間は喪中にあったが、忌明けしてもう1ヶ月も経とうというのに、師に対する思いは募るばかりだ。空の域に達すると、生死を超越するものであろうか。英語を選択して良かった。世界も知れた。いい師にもめぐり合えた。維新の会で加東画伯が描いた龍、6分40秒の真剣勝負⇒加東画伯のブログ
2007年10月01日
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