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(続き)またif はasをくっつけてこのように使っている。Her final act, in her will, was to hand her party to her husband, as if it were her personal family fief. (p20)(彼女は遺言にもあるように、自分に残された役目は、党がまるで自分の家族のナワバリのような感覚で、自分の夫に譲ることであった)as if でぼかしているが、もしそれが正しかったら、彼女のいう身内主義は彼女が標榜している民主主義と矛盾する。as とすれば、彼女のファンから抗議が殺到するだろう。if を用いた、“逃げ”の表現を列挙しておこう。1、 if I’m not mistaken, (誤解していなかったら)2、 if I remember correctly, (記憶が正しかったら3、 if I may, (とりあえず私から)4、 if you will allow (excuse) me to (say),(せんえつながら)この4は、if you will という略式でよく使われる。そして私もよく使う。The thing is, you don’t seem to deserve her, if you will.(つまり、こういうことだ。彼女はあなたには、言ってもいいかな、もったいない存在なんだ) <中学時代に描いたプロレスの絵>
2008年01月31日
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TIME誌は世界中で読まれている高級雑誌。それだけに、もし誤報があれば、世界中にスキャンダルとして報道され、ライバル誌から糾弾されるリスクがある。これをreputational risk と呼ぶ。そのためのrisk management は、チェックにチェックを重ねる。そして少しでもリスクがあると判断すると if で限定する。たとえばここに<2008年1月14日号>のTIMEがある。ブットー元首相の暗殺と今後のパキスタンのあり方がカバーストーリーの核になっている。「ムシャラフ首相は西洋世界に対し、<オレがいなければどうなる。テロリストの恐怖はなくならないぞ>、と思っている。」という人がいる。実名入りで報道されているのに、まだTIMEは100%その説に賛同していない。そして次(p19)のように断言するのに、if を使う。“If that is indeed the plan, it has backfired spectacularly.”(もし百歩譲ってそれがムシャラフの策略だったとしても、それは完全に裏目に出たことは変らない)「百歩譲って」はif とindeed のコンビを活かした、私流の妙訳である。(続く)<小学4年のとき。近所の腕白どもとよく外で遊んだ。>
2008年01月29日
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『とんでも』 anything but 少し前のブログで、「とんでも本」をthem(ガイジン)と訳した。酔狂な訳だ。オーソドックスな訳は市販の和英辞典で調べてみよう。a sensationalistic(outrageous) book.「月にロケットは飛ばなかった」「太陽は熱くない」「この地震はユダヤの陰謀だ」と、世間の常識と正反対の説(こちらはus)が正しいとまことしやかに吹聴する人間は、ついていけない人間(them)である。「Them」というタイトルも奇を衒い過ぎている。しかし、「とんでも」に一番近いのはanything but だ。but(~を除いて)と、anything(何とでもいえる)がくっつくと、「とんでも」となる。私の勧めは、Anything but books(トンデモ本)だ。anything but true(本当だろうか・・・とんでもない)という表現は、よく耳にするが、眼にも入る。TIMEの見出しにのるぐらいなら、かなり上級クラスの英語表現だ。Coming Alive. Jordan’s Dead Sea is anything but, buoyed by a new wave of swanky resorts and hotels. (TIME jan.14,2008,p53)(甦える。ヨルダンの死海。とんでもない、死んでなんかいません。一流のリゾートやホテルで賑わっています)Dead glamorous(めっちゃ豪華やで~).このdead は Dead Sea(死海)と語呂合わせをしているが、「死ぬほど、確実に、疑いもなく」という強調のための形容詞だ。I’m dead serious. Am I funny? Anything but.<小学4年生のときの日記。触ると紙が崩れそう>
2008年01月29日
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『自信がある』 be sure of oneself自信といえば、confidence.だから「彼は自分に自信がない」といえば、He’s got no confidence in himself. となる。これは英語のやまと言葉ではない。斬れる英語は、He isn’t sure of himself. だ。ナポレオン・ヒルは成功の法則として、こんなやまと言葉を使っている。You’ve got to be sure of yourself before You can ever win a prize.賞を得る前に、自分に自信を持たねば、といっている。「オレは自分に自信がない」I’m not sure of myself. という人は、最初から負けている。ナポレオン・ヒルはあなたにこう言う。“If you think you are beaten, you are.”これが斬れる英語だ。英語にビッグ・ワードがない。if がさりげなく使われている。「君は自意識過剰だよ」を英訳すればどうなる。自意識?和英辞典で、と考えている間は英語はものにできない。英語のやまと言葉を使った英訳はこうなる。You’re too full of yourself.「お前はナルシストだ」を英訳すれば、You’re in love with yourself.一昨日、昨日と朝からぶっ続けでディベート・トレーナーコースを行った。参加者の皆さんお疲れ様でした。冬猫のお通。あくびが止まらない。
2008年01月28日
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『誤解する』 be wrong about使えそうで使えない。よく日本人が I’ve misunderstood you. というビッグワードを使っているから気になる。I got you wrong . とか I was wrong about you. というのが英語のやまと言葉だ。色道の有段者は別れるのが巧い。Let’s be (remain as) friends. といわれば、「黙って別れてね」という意味だと察する。色道の有段者は、追わずとも異性が寄ってくる。美貌ゆえに近寄る相手は、電池同士の恋で、ランク・アップに繋がらない。ただし、色術における色女、色男はルックスが重要な部分になる。色街においては女性のスリーサイズのように数値化できる。しかし色道においてはあくまで中味。虚ではなく実。秘すれば花。実のなる花。実を重視するので、その評価は計り知れない。外見美がかえってハンデになるのが色道の“妙”だ。あんな女(男)がどうしてもてるのか???こう不思議がる周囲の関心が高まれば色道の有段、いや高段者であろう。色道は、マスコミよりクチコミだ。 <日本海の波の音がお腹に響く>
2008年01月27日
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『カリスマ』 what it takes英語道は磁石。英語術は電池。電池はしょっちゅう充電しなければ不安。いつ切れるかと心配。単1、単2、単3といっても「切れるまでの期間」をラベルで色分けしたもの。磁石はじっとしている。周囲から近寄ってくる。英語術は、英語を求めて、英語に逃げられる。英語道は、英語が向こうからくる。必ずしもこちらから出向かない。英語道の達人で、私が勝てない語学の天才がいる。それが南方熊楠。語学を酒で学んだという奇才。語学家ではなく、学問の追及のために、武器としての英語を基本に、あらゆる外国語(ラテン語をも含む)を次々と獲得していった。アメーバ体質の学者である。学者としての道。この道はあらゆる道に通じる。色道においても。色道とカリスマ(有段者)と関係がある。もてる人間にはどこか花(カリスマ性)がある。英訳すれば what it takes.単に it でもすませる。He’s got it. He’s got what it takes. He has sex appeal.. とまで言い切る必要はない。Women come to him. だけでよい。私の評価は2つある。プロマツモトは Women love me.アンチマツモトは、I love women.これは私がよく使うマツモトジョーク。さて、The Way of Eroticism とは何か。ランクづけしてみよう。ランクを信じない人は、信じなくてもよい。あくまで、視力の弱い人にとっての眼鏡のようなもので度が合わないこともあろう。まず、女を見ては犯す方法を考えたり、ストーカー行為に走る下衆の人間は、色道の級外だ。英語道の級に入るには、すくなくとも自慰行為にとどめておくべきだ。夢で女と交わるぐらいなら、入級できる・・・昼間の自制心がブレーキになれば。キリスト教は、女を見て女感じる(lust in one’s heart)人は、すでに姦淫している。だからすでに罪人(sinners)である。英語道はもっと寛大だ。
2008年01月26日
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『色道』 The Way of eroticism道は the Way.これは漢文調で格調は高い。しかし高邁過ぎて見えない(too cosmic)。もちろん、英語道は the Way of Englishで通じるとネイティヴの作家がいうのだから、使えないこともない。色道もそうだろう。色道も平たくいえば sex as a way of life となる。しかしこれでは、あまりにも身近過ぎてやはり見えない。紘道館の館長ブログでもエロチシズムに関してはセックスと同じではないとくどくどと述べたが、英語道も色道も道(the way of life)に変わりがない。そこに「行」が加わるだけだ。だから、格差が生じる。私は英語の道に入ったから、色の道とは縁がない。今私が没頭している学者、南方熊楠も、sex(動植物、人間全てに通じる性の行為)に異常な関心を示した。柳田国男とかなり学風が違っている。柳田が「表」そして「顕」なら、南方は「裏」そして「秘」。だから熊楠は、変形菌や隠花植物に憧れた。だから、熊楠に近づくとホッとする。今、熊楠研究のため一週間ばかり田辺にいる。深い。汲めども汲めども底がない。この天才、いや奇才。引きつける磁力がある。あらゆる層の学者(とくに東大そして京大系の教授たち)を惹きつける。He wasn’t A magnet, he was THE magnet.(そんじょそこらの磁石ではない。彼こそ磁石の権化だ) <中学時代の写真>
2008年01月25日
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『安物買いの銭失い』 You get what you pay for.前日、前著『日米口語』をこきおろした。反省する。今年の年頭所感は「澄」であった。かつてのNHK出演、日米口語辞典編纂という雄時(おどき=世阿弥のいう、ラッキーな時代)を迎えた30代の峠も越し、40代の雌時(めどき=アンラッキー時代)を迎えた。その頃、世から忘れられた。しかし、時間を得た私は青く燃え続け、英語力は飛躍的に伸びた。株価は低い。もったいない(undervalued)と、私を励ましてくれた人もいた。私を見捨てた人(short sellers)や、長い眼で見てくれた(long sellers)と二派に分かれた。私の心はこんな雌時にすさんだ。人は底辺になると、努力せず名声を得た人間を呪い、毒づきたくなる。これを詩人の山頭火に言わせると、「濁り」である。今年の私のスローガンは、「澄み」である。水の心で濁った人々の、そして私自身の心を澄ませてみると決意したのだ。その翌日から「日米口語」を読み直すと、再び心が濁り始めた。いけない。これじゃ、編集者やスポンサーの人たちは浮ばれない(They deserve better.)と考え、当時を謙虚にふりかえった。その自戒のキーワードは、これ「我々は若過ぎた(young fools)」であった。辞書は、若くて体力のある人しか編纂できないという驕り(hubris)であった。「安物買いの銭失い」(Buy cheap goods and you throw your money away.)とか、昔学んだ penny-wise and pound-foolish という決まり文句しか知らなかった私には、ネイティヴ編集者のこの直訳は、新鮮に響いた。ネイティヴも無名だから、出版社側からすれば、安物買いできたことになる。私自身がまだ英語道二段か三段(NHKインタビュアー)の頃だから、安物買いだった。直物買いをされた。They bought me short.今だったら、出版社にいえる。「今は実力があってもヒマだから、先物買いしなさい」と。Buy me long.あれから英語のシャワーを浴び続け、今は七段(いつでも証明できる)。The Seven Laws of Money という原書に接して、こちらの方が斬れる表現だと判断した。それは、You get what you pay for.get は「結果得られるもの」。それは自分が払った(pay for)金額と同価値であるという、ネイティヴ感覚だ。活きのいいネイティヴのwriter だ。日本に長く滞在した、英語を忘れたカナリアではない。この世界的に有名になったユダヤ人とは、東京でちょくちょく会った。いいものには、高く払う。値切ったところで安物しか手に入らない、というホンモノ思考の富豪家だった。私は今でもホンモノには金を使う。ディベートを通じて、両言語のニュアンスを確めながら(西山千師匠は、英英辞書を通じて日本語を選ばれた)辞書を編みたい。ちと、高くなる。体力的には、昔ほど無理はできないが、知的エネルギーは数十倍以上だ。私と英語でディベートのできる天才的なネイティヴは、日本ではめったに出くわさない。高くつく。Genius comes at a price. あるいは、Genius doesn’t come cheap. か、Geniuses cost you a lot of money. という。だから新企画に関しては、“You get what you pay for.”を貫く。私の心は濁っていない。澄み切っている。合気道では、これを「澄み切り」と呼ぶ。庭のカマキリの卵嚢。地上1,5M。予言・・・今年はドカ雪
2008年01月24日
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『かろうじて(いちおう)』 justI made it just in time. (かろうじて間に合った)She got back to her dormitory just before curfew time. (彼女はかろうじて門限前に寮に戻った)just はbarelyと同じだが、just の方がより口語的だ。「いちおう、大学は出ました」は、I got out of college just like all of you. はどうだろう。after a fashion が使われることがある。さりげなくjust を使うのも訳者の芸の見せどころである。「いちおう、あなたにも払ってもらおう」相手がガイジンさんだからと、外国人を永久ゲストとして扱う日本人が多いが、その時は as a rule (of the game)を使ってもらいたい。いちおうはtentatively とか provisionally で通じるが、語り文章としては固い。I agreed on it, sort of. (一応オーケーしたつもりなんだが)このsort of などは「いちおう」とか「とりあえず」に近い。今回はjust で勝負に出たので、I just agreed on it. でもよい。just のシンボルは justify(正当化する)であるから、「これ以上聞かんでくれ」と暗に自己主張をしている、相手の心境がイメージできるだろう。三船敏郎の面接試験での不敵な対応は人口に膾炙(かいしゃ・世の人々の評判になって知れ渡ること)している。「君は笑えるか」というあの質問だ。Just smile.(いちおう笑ってもらおう)といわれて、三船は「面白くもないのに笑えません1(I just can’t.)」と答えたという。それで失格。その時、高峰秀子が黒沢明に話しかけ、「こんな男がいるので、とりあえず会ってみたら(just see him)」と紹介した。a tipping point, これが三船にとりbig break になった。
2008年01月23日
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『(やばい)深い仲』 too close for comfort新年早々、私の「日米口語辞典」を見直した。深い仲(になる)が(become) involved with になっている。文中にreally close とあるが、これは「非常に親しい」ということで、「深い」となると、情の通った状態(emotional involvement)なので、他者から見れば「やばい」関係になる。この「やばい」に合致する口語表現は、too close for comfort である。こういう英語のヤマト言葉が一流英語雑誌の見出しに出るのである。この手の斬れる口語表現は、残念ながら「日米口語」では学べない。30年間も愛読されてきたベストセラーだが、文筆家の福岡伸一氏(「生物と無生物のあいだ」の著者)のことを念頭において本年も、心を鬼にして(hardening my heart) 自分の辞書を改訂し続ける。難訳辞典を原点として「使える口語辞典」を狙ったのがスタートラインであったから、原点に戻る(get back where we started from)つもりである。一人だけの日本語ペラペラなネイティヴに、多くの編集者が群っても、この種の辞書は編めない。They’re getting too close for comfort.つまりディベートできる関係がなくなり、ベタベタになるからだ。表に名前の出た筆者がハリガネムシに脳幹を犯されたカマキリのように、発言ができなくなる。今、私の独断と偏見でペンを踊らせている。恋心も筆者の想いもヒートアップすると、やばくなる(too close for comfort)。「ねんごろな仲」は「日米口語」では intimate となっているが、使いにくい。「マフィアとねんごろ」なら、be part of (close to) the Mafia でよい。become quite involved with は状態を示しているだけ。「日米口語」の「深入りする」(get deeply involved)は、書き言葉に近い。あまりに静的だ。close のシンボルは「スレスレ」だ。この形容詞はvisible で躍動感がある。That was close. (スレスレだった。やばかった。)こんな口語表現が映画やテレビに出るのだ。too close to call という表現がよく欧米のメディアで使われたが、ゴアとブッシュの大統領選で、vote count があまりにもスレスレ(接近)になった時の様子がtoo close to call で表現された。最近では、オバマとヒラリーがtoo close to call となった。接戦のことを a close contest.勢力伯仲の地区は a close district.ここでは by a close shave スレスレの票差で勝敗が決まる。close のシンボルが見えないと、使えない。35年も前のころから、英語のインプットも増し、口語英語のシンボルがわかる。そして同時通訳する時は、シンボルの流れをイメージしながら訳している。だから文脈(the context)も活かして、かなり忠実な訳(a close translation)を施しているつもりだ。私が14歳の時に描いたライオン
2008年01月22日
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『戦意を喪失させる』 psyche ~ out相手を呑む、(貫録で)圧倒させる、戦意を喪失させる。これらは、すべてpsyche out.発音は、サイクアウト。彼に圧倒された、は He psyched me out.ちょっと文学的表現にかえると、like a frog at the sight of a snake. となろう。蛇の前で縮み上ったカエルは、もう逃げ出す心の余裕などない。武蔵は「五輪書」の中で、「たけくらべ」という言葉を使った。自分の背の丈が相手より優っていれば勝ち、自分の方が低いと感じれば、負けである。貫禄で負けるという場合、I am outclassed (by him). となる。If you feel outclassed, you already are. というのは、西洋にも通じるポジティブ・シンクだ。1月17日、兵庫県のJETプログラムで、兵庫県教育委員会から「500人の英語の先生方(その半分がネイティヴのALTの先生方)の前で、1時間20分英語で講演をしてくれないか」、との依頼を受けた。<待ってました>英語でも日本語でもお安い御用。しかし私にも条件がある。終ったら、グッタリくるぐらいの挑戦が欲しいという。その条件は2つ。1つは、その直前に会ったネイティヴの英語を同時通訳し、それを受けた日本人の先生のコメントを、私が日英同時通訳をし、そのあとは引き続き即興でネイティヴと英語でディベートをさせていただくというもの。この20分位のパフォーマンスで「華」を見せれば、滑り出しは良くなる。「花」は the wow factor.ここで500人の先生方をpsych out できれば、最後まで一人も居眠りをさせず惹きつける(keep them a captive audience) 自信がある。観衆を overwhelm させれば、あとはラク。英語は理論でなく、実践だ、というナニワ英語道の精神はこの齢になっても持ち続けているつもりだ。真剣勝負・・・in a playful spirit(遊び心で)。とにかく異文化コミュニケーションを意識した英語教育で燃えている県は、鹿児島県と兵庫県がいい勝負。どちらも、武士道が根付きやすい精神風土を持っている。「がんばれ、やっつけろ」はGive’ em hell.「相手を呑んでかかれ」は Psych’ em out.「しんだ気になれ」は Get yourself psyched up.(as if you’re already dead).
2008年01月21日
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リーダーシップのための交渉力。それにはディベートを避けない肚が要る。交渉は、ディベート(クールな建設的議論)のあとに来るものだ。ディベートは知的な相互検証ゲームであるが、交渉は情理をも含むパワーが加わる「行」である。知行合一のディベート道・・・換言すれば交渉道・・・は、人を説得させる「術」よりも、他を納得させる「道」を求めるものだ。ディベートが局地戦(バトル)であれば、交渉は戦争(ウォー)である。経営道を信じる経営者は、家庭、職場、社会というあらゆる戦場で行往坐臥ディベーターや交渉相手に囲まれ、闘い続けている孤独な戦士なのだ。社長業とはそういった緊張感を楽しむ肚が座っていないと務まらない激務なのである。あの華麗なエンロンがタイタニック号のように突如沈んだのも、社内ディベート不在による不透明性と自己責任ルールの欠如であった。企業を殺すのに刃物は要らない。車内でディベートを禁じればいい。肚のない社長が舵取りすれば、職場は活気を失ない、風通しが悪くなり、内部告発を誘発し、いずれ不満分子による反乱を招き、会社丸は確実に、海の藻屑と化すことになる。<和>(integrity)を守るための社内ディベートを避けたツケはかくも大きい。繰り返すが、ディベート抜きの交渉ほど脆いものはない。その意味が、社長は経営者である前に、コミュニケーターであらねばならない。社長とは、リスクはロマンと考える起業家、つまり異論こそ異性なりと達観できる余裕のあるロマンチストでなくてはならない。だからこそ、石橋を叩いて渡る(take a calculated risk)クールな頭脳とディベートスキルを持つ参謀が不可欠(critical)なのだ。私も零細企業(マネージメント開発研究所)の代表取締役を十数年間務めてきたが、人材倒産という憂き目に遭い人は石垣、人は城であることがいやというほど判った。ハーバード・ビジネス・スクールの調査によると、企業倒産の第一の原因は、社長のヒューブリス(ギリシャ語の「驕り」)があるとのことだ。いかなる組織体であれ、リーダーたる器は、異論に耳を傾ける思考の柔軟さを失わず、志と使命感とベンチャー精神を失わず、常々ゼロベースで・・・意地や面子を捨て・・・ディベート道を邁進する遊び心が要る。万機公論に決すべし(五箇条の御誓文)の心構えで、志を同じくする将来のビジネスリーダーが集い、私と一緒に互譲のディベート(言挙げ)の道を歩もうではないか。(完)福井県の海。日本海を見るとひらめきを得る
2008年01月20日
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聖徳太子曰く、「十七に曰く、それ事は独り断ずべからず、必ず衆とともに論ずべし。小事はこれを軽じ、必ずしも衆とすべからず。ただ大なる事を論ずにおよびては、もし失(あやまち)あらんことを疑う。故に衆とともに相弁ずれば、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得む」危機管理には、理を求める論は欠かせない。この「和」のための言挙げの道こそが私の説くディベート道だ。なぜ経営幹部に言挙げの道が不可欠か。人の意見に耳を傾けるには、心<ハート>が必要だ。だが反対の意見に耳を貸すには、肚<ガット>が要る。経営トップに周囲の異見を聴き、納得すれば受容する“器”がなければ、荒海を舵取る船長という重責は務まらない。これがトップがボトムに鼓舞すべき、公論としてのディベート道である。口論や議論がスポーツ化されたディベートとは何か。民主主義に欠かせないディベートが未だに日本語に訳せないのは、日本の精神に馴染まなかったからだ。方式で表すと「議論+品格-意地=ディベート」となり、交渉とは「ディベート+パワー」ということになる。このルールを外せば、公論といえども意地や面子が衝突して私論に堕すること必至だ。ディベートが許されない不透明な組織では、必ず不満分子の跋扈を許し、進路を誤らせることになる。「和を乱す」を英訳すれば、rock the boat (船を揺らす)となる。船長としての社長は、船と一緒に沈む覚悟で船員と彼らの家庭を死守しなければならない。社長は危機管理に長け、社会責任そして自己責任を人一倍厳粛に認識し、使命感と然るべき戦略を社員全員に伝え、意思統一を図り、徹底させる、交渉能力のあるリーダーである。(続く)奥琵琶湖の冬景色
2008年01月19日
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『なんやて』 Wait a minute. (ウエイラ メネ)よく使う。大阪人は待つのが大嫌いなイラチである。「待ち遠しくって、待ち遠しくって・・・」と東京人ならいうが、英語も I can hardly wait. とか I look forward to seeing you. と硬い表現になる。大阪人的感覚でいえば、 Can’t wait. と1秒になる。I まで取ってしまう。I とYou が同じ意味で使われるのだから、主語抜きで充分なのだ。「自分なあ」と大阪人が言うとき、Youを意味する。「自分もそんなこと言われたら頭にくるやろ」は You’d be pissed off, wouldn’t you? となる。もし反論するなら、そこに「間」が要る。「なんやて」 Wait a minute. と。ちょっと待たんかい、という程の強烈な意味ではない。Wait a second. もよく使うが、短い表現を好む大阪人なら、Wait a sec. (ウエイラ セッ(ク))で充分。「ヒマかい」(大阪人は「か」で止める)なら、Gotta minute? (ガラメネ)に近い。もちろんは Sure. だが、「シュア」よりも「ショッ」と短く切ってみよう。断るときは、Sorry, I can’t (share a minute with you). とかMy hands’re tied.(手がいっぱい)。No time. でもいいが、これではあしそが無さ過ぎる。大阪人は「あいそ」を大切にする。Another time.女性が断る時は、maybe ぐらいつけよう。女の愛嬌ってものがある。Maybe another time. (またの機会にしてね)これは断りの表現。どうしても依頼に応じられない場合でも少しぐらいの遺憾の念は加えた方がよい。そんな時アメリカ人なら、Sorry I can’t help you. Wish you a good luck. という。一息で3秒で断られた経験がある。あまり見事に断られたが、いい表現が拾えたとほくそ笑んだことがある。元はとれた。(It was worth it.)こういうタダでは転ばない発想は大阪人的だ。ビジネス感覚でいえば、大阪人はアメリカ人とよく似ている。ゲーム感覚でカーッと怒るところも、よく似ている。「なんやて、もっぺん言うてみ」は、What? Say that again. とか、Come again? といいたくなるが、これでは怒りが通じない。相手の眼を見て、Excuse ME. と尻上りのイントネーションで少なくても2秒にまで伸ばす必要がある。3秒では、相手は縮み上ってしまうだろう。I beg your pardon. もていねいな質問だが、「アイベッギャ-パードゥン」と、ゆっくり語気を強めて、3秒にまで伸ばすと、脅しになる。できるだけ短く「ウエイラメネ」と1秒で結構、効果はある。「言った通りだろう」は、See. I told you so. だが、これもTold you. と1秒だけで充分だ。「だれが言った」と聞く場合なら、Says who? と1秒。効き目があるぞ~。「首を長くして待った」は、I waited, I waited, I waited. だ。紘道館 1月例会のお知らせ[日時]1月20日(日) 10:00~[スケジュール] 10:00~12:00 松本先生講義 13:00~15:40 ディベート(「漫画」をテーマにする予定です) 16:00~18:00 松本先生によるTIMEの読み方、同時通訳講座 18:00~19:30頃 直会(軽食パーティー) [教材] 雑誌TIME (教材は松本先生にご一任です)[場所] 東京都台東区上野公園 上野ハイツお申込みいただいた方に、詳しいご案内を差し上げます。[申し込み先] info@english-kodokan.com 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」 次回紘道館の課題図書 『猫楠』
2008年01月18日
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『あれ、どうなった?』 How’ id it go? (ハウデッ(ト)ゴウ)大阪弁は、息が短い。「どないだ」は How’re you doing?「ぼちぼち」は Not bad.「あきまへん」は Don’t ask.「あかん」は Couldn’t be worse.(最高!は、Couldn’t be better.)さて、よく耳にする一秒英語が How’ id it go?(あの件はどうなった?)あの話が it である場合もある。go は「消えて~になる」という意味だから、漢字を使うと、「~化」になる。 go metric (これまでのインチから、メートル法に変る) go Hollywood (ハリウッド路線に切り換える) go casino (カジノ経済に変身する)やはり How’ id it go? は変わった結果、結末を聞いているのだ。試験の結果は?あの実験の結果は?あの裁判の結果は?という場合すべて、一秒英語の How’ id it go? (ハウデッ(ト)ゴウ)過程が気になる人は、How’s it coming? <ハウゼッ(ト)カミン(グ)>coming は「見えてくる」というシンボルだ。答は、Good. かExcellent. かGreat.その反対がBad. かDon’t ask. It (the project) sucks.(最低だね)このsuck(s)という動詞は、サイテーという意味で映画などでよく使われる。大阪人は、イラチ(せっかち)である。歩くスピードが世界一速いのだから、話すスピードも速くて当然だ。変わり目が速い。Anything comes and goes.だから漫才師でもいつも新ネタで勝負する。テンポが速いから、使う英語も短かい。iced coffee が「レイコ」。bottom-less がノーパン、bra-lessがノーブラ。道頓堀はトンボリ、上本町六丁目はウエロク。マクドナルドはマクド、阪神高速道路はハンコウ、新御堂筋はシンミ。天下茶屋はガチャ、北新地はシンチ、大阪城ホールはジョウホール、吉本興行なんばグランド花月はNGK。あべの地下センター街は、アベチカ。アメリカ村はアメ村。ハイソ(上流階級・ハイソサエティー)の人は恐れるやろな。文句あったら、レス(レスポンス)をメールしてくれ、という具合だ。関西テレビはカンテレ。日本テレビは関東でもニッテレというではないか、という反論もあろうが、省略ゲームが芸術の域にまで高められるのはやはり大阪だろう。私が大阪の商社の審査部にいたころ、銀行の窓口とよくわたりあった。日本勧業銀行が計算ミスを起こした時は、勧業銀行のちょんぼだから「カンチョン」とまとめたものだから、これが同僚内で大いにうけたものだ。東銀ならトウチョンと。隠語づくりも一種の“芸”なのだ。どうせ活字にならないのが大阪弁の宿命なのだ。だから、同じイラチのアメリカ人の省略語にも親近感を覚えるのだ。refrigerator がfrige.Chevrolet がChevy.delicatessen がdeli.アメリカのrapper がこの省略のルールを知っているので、聞きとれないくらいの早口になる。大阪弁はラップ音楽にも向いている。
2008年01月17日
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『ダサい』 uncool ! (tacky)都会人は、スマート(sophisticated)で粋(いき)といえば、かっこいい(cool)という形容詞でくくれそうだ。アメリカ人は cool という口語表現を「未来志向の」という意味で使うことがある。ワンパターンもの(the same old stuff)を追っかけているレトロな人間を「ダサい」(uncool)と決めつける。ロスの若者たちを「ケバい」(gaudy, flashy, garish)とけなすのも、派手さを競うダサい(tacky)ところを見下しているからだろう。東京人が大阪人をケバいと冷笑するのも、都会的なスマート(coolness)に対するダサさ(uncoolness)を、陰でこきおろしたいからであろう。東京で派手な服装をする名古屋人をtackyと田舎者扱いしたり、金のブレスレット、金の時計で着飾ったイスラエル人の旅行者たちをヨーロッパ人がtackyか、もっとひどく「ケバい」(flashy)と酷評するのも、大都会の東京がいかにcoolであるかを、誇示しているかのようだ。大阪を離れて、東京を活動舞台に移してから40年近く経った私でさえ、大阪弁の発想に切り替えると、ネチネチしてしまう。もっとサッパリした感覚で書かないと、と思えば九鬼周造が書いた『「いき」の構造』を思い出す。あそこに出た、風呂上がりの「さっぱり」した心情をいかに英訳するべきか、困ったことがある。負けてうじうじ、ねちねちという bitterness は、人もその人の文体もどこかカラッとしないのだ。やはりそれもuncoolなのだ。弱さを見せないのも粋(イキ)であれば、弱さという人間性をむき出しにするのは、粋(スイ)であろう。これはdishonest(裏をかくす)とかhonest(裏表がない)という次元で二分化することはゆるされない。粋(いき)で、いさみはだの江戸っ子はcoolだ。江戸日本橋河岸の若者たちが髪を「鯔背銀杏(いなせいちょう)」に結っていたところから、粋(いき)だったのだろう。そういう兄ちゃんに、値切る行為は、uncool(ダサい)はずだ。「帰って(けえって)くれ」と蹴飛ばされるのがオチだ。“格好をつける”あるいは“パフォーマンス(和製英語)”(英語ではいずれも put on an act)という関東人の見せかけ文化はこの「いなせ」(coolness)の延長にある。「坂田三吉さん、お弟子さんが(関東のライバルの)かたきを、おとりんなった。嬉しいでしょう。これからは日本に、立派な棋風を打ち建てて下さい」と東京風の粋(いき)なセリフが浴びせられた。その時、涙顔の三吉は、「棋風なんか、どうでもええ。わいは将棋を打ちたいんや・・・」とホンネを吐いた。これは粋(いき)ではなく、粋(すい)であろう。弟子にまで嫉妬していたのだ。この種の弱さを見せるのは、関東では致命的である。危険なまでに純粋な、ホンネの吐露であった。こうなればcoolではなくhotだ。Those were his sincere and hot tears.
2008年01月16日
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『東京人はスマートだ』 Tokyoites are sophisticated.スマートをカタカナ辞書で引くと、1、 洗練されている、気が利いている、利口な2、 体つきがすらりとして格好がよい(この意味で使われるスマートは和製英語)1の英語はsophisticated だ。sophisticated を市販の英和辞典で調べてみると、1、 洗練された、というホメ言葉と、2、 世間づれした、すれっからしの、というケナシ言葉と併記している。少し前までは、2がメインになっていたが、最近では逆転しており、市販の辞書にも大きな進展が見受けられる。“Dictionaries have come a long way. ”さて、スマートをsophisticated と訳せばピッタリだが、逆に英語のsmart を邦訳すれば、どうなるか。一番近いのが、smart であろう。原意は「ひりひりする」だが、1、(主に米)利口な、賢い(clever)、才気のある、抜け目のない2、活発な、きびきびした、という意味が中心で、(身なりなどが)きちんとした、洗練された、という意味で使われているのは、イギリスと日本ということになる。ここでも米語と英語はunequal だ。日本人が細身の人をスマートだ、というが、その時の英語は、slender か、slimである。スマートになることを「スリムアップ」というが、正しい英語はslim down である。カタカナ英語には気をつけよう。東京人はカタカナ英語でスマートさ(sophistication)を見せつけるから無意識のうちに、エリート意識を見せつけているが、カッコをつける(put on an air)ことを嫌う大阪人は、値打ちのある(実)の英語を求めるから、賢いのだ。このかしこさが英語でいうsmart(ときにはclever)である。Osakans are smart. (大阪人は賢い)といえば、逆に突っ込まれる。だから、彼らにはこう改めよう。Osakans are smarter than they look. と。(大阪人は見かけほどアホやない)同じ関西人でも関西ビジネスの土台を築いた近江商人は、「はしこい」ことで知られている。smart より、もっと鋭い、切れ味がいいというほめ言葉がある。英語でいえば sharp だ。They are sharp. といえば、「斬れる」に「油断のならない」という否定的な意味合いが加わり、周囲に警戒心を与える。やはり、「かしこい」はsmart にとどめておくべきだ。「頭のいい」は標準語ではbright(成績のいい人)でいいが、smart の方は、intelligence(知識量)以外に、intellect(知恵)が加わるので、実社会で勝負ができる。勝負ができるとはrisk がとれるということだ。Smart guys fall. (頭のいいやつは失敗する)というが、もっとドロドロした商売ができるには、Street-smart でなくてはならない。学歴がなく、いや学歴がない故に、非常にsharp になった人物はなかなか堕ちない。立派な詐欺師になるか、それとも詐欺にも負けない、逞しいstreet-smart人間に進化する。とにかくsmart とは、一皮むけた(原意のヒリヒリするを忘れずに)というかしこさだ。
2008年01月15日
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『Coming』カミン(グ) 今、いくよ。大阪の漫才師の「今いくよ、くるよ」の人気は根強い。今いくよ、というネーミングが良い。「今、いくよ」を文字通り、I’m going. と訳してはならない。go のシンボルは、「行く」ではなく、「見えなくなる」「消える」ことであるから、「去る」「死ぬ」になる。I want to go quickly. といえば、ネイティブは「ポックリ逝きたいんだな」と解釈する。それとも、「黙って引き下がるオレではない」というドスの利いたセリフにもなる。今は亡きダイアナ妃も、周囲にいじめられて、このセリフを吐いた。さてその「go=消える」というシンボルに対する、come のそれは、「見える」「現れる」である。「タコ焼き二皿!」に対して「ただ今!」という場合は、Coming up. だ。up をとれば、本人自身が姿を顕わすことになる。正しくは、I am coming now. だが、進行形であるからnowはムダ。I とamをくっつけてI’m 。そしてこれも省けば、Coming. と1秒で収まる。日本人の「いく」が、come に変る、実例を一つ。Coming のあとに?をつけると、こんなHなベッドトークも。 Coming? No, I came.They come to America. という歌が流行ったことがあるが、「それでも外国人は、どんどんアメリカに押し寄せてくる」という意味で、このcome to~は「~へ集まる」と訳すべきだろう。they からすれば「行く」になる。ややこしい話だ。だから、同時通訳にはまった頃の私は英語をシンボルで覚えた。こう図解すればどうだろう。Fish come and go. とは「魚は見え隠れする」「魚も流行もの」ということだ。Fashion comes and goes. (ファッションなんて際物さ)comeや goのあとにaround(ぐるり)をくっつければ、ぐるりと一巡する。「輪廻転生」(transmigration, the wheel of life)という難訳語も、What goes around comes around. とさらりと訳せる。この映画などでよく耳にする表現は、「二度あることは三度ある」「歴史は繰り返す」「悪いこともあれば、いい時もある」「人生万事塞翁が馬」という意味でも使えるので、ことわざ辞典を引く手間が省ける。
2008年01月14日
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『すばしっこい(関西だと、はしこさ)』 agilityAgile(エジャイル)には、1、すばやい、機敏な、(頭の回転が)速い(nimble)、2、生き生きして活気のある、という二つの意味がある。He’s (as) agile as a kitten.(子ネコのように身が軽い)のように使う。子ネコを大阪人(Osakans)に転換すれば、この章は手にとるように判る。「一般的に大阪人は変わり身が速い」を英訳すれば、Osakans ,by and large, are as agile as kittens. となる。たしかに、辞書が述べているように、回転が速い。漫才師も常に新しいネタで挑む。私もそうだ。読み、聞き、書く、話すの四段階において、めっちゃめちゃspeedy である。私を取り囲む環境のすべてがネコの眼のようにくるくる回る。 Things around me come and go. とでも言おうか。スピードのある質の英語を話すには、情報感覚にすぐれ量の面でも優れていなければならない。速読、速聴というインプットがあっての、速話、速書というアウトプットである。あらゆることに無駄があってはならない。この合理性こそ、大阪人のプラグマチズム(ソロバン思考)である。だからpragmatic に考えれば、英語習得の秘訣は、speed, speed, speed に尽きる。名文を音読する時間がもったいない。丸暗記した名文を声に出して朗読する時間が、「息」がもったいない。余談ながら、この説には私自身が反論してもいい・・・反論される前に。だからアウトプットは、一息で(in one breath)、できれば一秒が良い。三秒以内の一息英語がナチュラル英語の基本なので、気取ってbig words を使うと、5秒を超過することになり unnatural English(不自然な英語)になる。これは赤信号(red flag !)だ。
2008年01月13日
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『浮気者』 a flirt(続き)断っておく。すべてのB型がそうではない。あくまで統計上の事実である。ディベートでは clinical proof(臨床的証拠)という。これは崩しにくい、限定されているから。体験から得た証拠に限るというわけで。たかが血液型。だいたい人間を4つのタイプに分けるのがおかしいと反論する人がいる。その反論のパンチは弱い。4つが気にくわなかったら、こんなカウンターパンチはどうだろう。「じゃあなぜ、物事には陰と陽と二つの作用しかないのか」と。これに対する強力な反論は「世の中には生物と無生物しかないというのか」しかない。こうなれば、国語力や英語力なんかでなく、情報量が物を云う。中途半端にプロディベーターに反論すべきではない。血液型に関してディベートのできるプロは、その反論(環境論)の根拠にも十分な裏付けをもっているからだ。ディベーターはいい交渉者になれる・・・全ての交渉者がいいディベーターであるとは限らないが。しかし共通点がある。どちらも知識の獲得に関しては flirtatious である。F にl がくっつくと、軽くなる。fly(飛ぶ)、flies(ハエ)、旗(flag)がハタハタとハタめく(flutter)。思考が浮いたり(float)、あっちこっちに飛ぶ(flip- flop)のだ。歯の浮くようなお世辞をいう人は flatterer 。flirtatious な女は気まぐれ(flighty)だ。よくもf とl を混ぜ合わせたな。まぐれ(fluke)でんがな。Am I flaky? (オレは気が触れたのかな)
2008年01月12日
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『浮気者』 a flirt「浮気をする」は have an affair. 別に extramarital affair といわなくても通じる。これくらいの表現なら、「日米口語」で充分。しかし、辞書編纂をした参段の頃の私とは違って、今は七段。英語表現に、頻度数が加わった。情報が異常に膨らんでいるからだ。私の人生体験も加わった。ダテに歳を重ねているわけではない。自画自賛するようだが、文章に艶も出てきた。その証拠にこんな話がある。再び話が飛ぶ。かつて、私には美人秘書がいた・・・私の華やかなりし頃の話でんがな。私のオフィスへ一人の猛烈なファンが電話をかけてきた。「どうしても先生に会いたいという人が・・・」「そうか。忙しいんで、君が会ってくれないか」暫くたって、そのファンは、私の秘書が気に入ってしまった。私のことは忘れて、私の秘書にモーションをかけ(英語ではmake a pass)始めた。秘書は困った。その男の血液型は?そう、B型。B型は身近な人に恋をする・・・そして気が変わる、というがこの人物もそんなタイプであった。もう英語道はどこかへ飛んで、興味の対象は私のO型秘書に移っていた。私の妻に直接デートを申し込んだ、元私のファンもB型であった。浮気っぽい(flirtations)タイプなのだ。He’s a flirt. と名詞型で使う。「愛する」のではなく、「恋する」(to flirt)なのだ。Bはふられてもケロッとして、戯れの恋の相手を次の女性に求める。しばらく傷が疼くA型にとり、うらやましい存在だ。これがA型の天敵B型の気質だ。(続く)
2008年01月11日
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『外(国)人』 them外国人を foreigners と訳すと、反感を買う。アメリカの歴史に詳しい西山千名人は言う。「あとから移民してくる外国人は、先着した移民にとり、利権を脅かす foreigners だから、気をつけて使うように」。敵なのだ。だから、ガイジンという言葉を耳にした外国人は、疎外された outsiders 呼ばわりされたものと勘違いする。では、そういうソトモノを英語でどう表現すればいいのか。Them である。これが英語のやまと言葉である。We が味方で、Them は敵陣にいる人たちだ。アメリカの書店でベストセラーになった本が積み上げられていた。一番目立ったのが『Them』であった。なぜこんなに読まれているのか、一冊手に入れて読んだところ、日本でいうところの「トンデモ本」だ。すべて、ユダヤの陰謀だという人も、them なのだ。トンデモ学会が扱う人達はすべてthem(我々とは別流派の人。知的につきあい切れない人たち)である。2006年のTIMEのPerson of the year は、You(あなた)であった。そして2007年は、その反対の Them(あなたの敵)であった。タイムエッセイは The year of Them という見出しで読者の目を惹いた。You(あなた)を操るthem とはだれか。the professionals, the old media people, the money men.大手メディア業者以外に金融業者まで?そう、youが考案したものを大手が買い上げて、ビッグビジネスにあるいは政治的に利用するやつら(them)なのだ。big media companiesは、我々(us)の彼方(them)にある。日本人の中にも、国を売る輩がいる。口語的に、「われわれの組織の中にもガイジンがいる」「新人類がいる」というが、この「ガイジン」「新人類」もひっくるめて them 。英会話なんか、簡単なものだ。ナニワ人は考える。英語は話すことが一番簡単。次に書くこと。難しいのは、インプット(読み、聴くこと)だ。そう思わないかい?Are you one of them? Or one of us?
2008年01月10日
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『感無量』 very emotional“I was very emotional, coming back home.”と言ったのは、暗殺されたブットー元首相。惜しい人。冥福を祈る。故 西山千名人の風姿を書くには、世阿弥が父の観阿弥を書く悲壮な決意が要る。私が世阿弥の心境にならなければと考え、『秘花』(瀬戸内寂聴)のストーリーの流れに身を委ね、佐渡島に4泊もしてしまった。72歳の世阿弥が浮漂した松ヶ崎に着いた時は、感無量。It was such an emotional experience.最初は雨、雪、ひょう、そして霰(あられ)。冷たい12月の風が私の頬に吹きつける。 雪霰(ゆきあられ) 世阿弥を鞭打つ 芸の道この感情を心奥に隠す姿が“秘花”。日本人好みの幽玄(subtle beauty)。韓国人は見せる。顕花。韓国語の「多情(タジョン)ハンダ」は「心根の優しい人、多感の」という意味だ。エッチな人ではない。「感情的になるな」を訳させると、Don’t get emotional. と訳す日本人が多い。違う。Don’t get personal. Don’t take it personal(ly). に近い。日本人のディベート・・・特に英語のディベートでは・・・にはemotionがないと酷評したのは、ケント・ギルバート(弁護士)だ。ディベートといえば、ロジックが全てのクールなゲームだと勘違いしている日本人が多い。是非私の六角ロジックを学んで欲しい。再始動開始!第1回 ディベート・トレーナー養成講座⇒国際ディベート学会 ディベート・トレーナー養成講座
2008年01月09日
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『淡々とした(クール)』 detachedO型とAB型のカップルにみる。A型同士の、あるいはA型とB型のカップルと正反対。お互いに構わない・・・構って欲しくない。距離を置いた(detached)関係の方がうまくいく。近づくと、お互いが異星人に映る。ある夫(AB)と妻(O)の会話。東大出のO女房はまっすぐに思考と行動を伸ばす。ABの変化球が通用しない。O型は説教しても説教されるのが嫌い。しかも学歴も夫より上。子育ては100%の完成を目指して、剛速球。夫の意見を求めない。育児の本を続々とマスターする。AB型の夫はマイペースの妻(O)の行動に悶々とする。ある日、赤ちゃんが泣き止まない。「そんなに完璧なら、なんで赤ちゃんが泣くのだ」O型の女房は返答に困り、絶句する。O型の、いや東大出の限界だろう。そのことが嬉しくて嬉しくて、誇らしげに伝えるAB型。その嬉々とした表情。間違いなくABタイプ。不思議なことに、正面衝突はない。お互いがdetachedを決め込んでいるから。この「お互いに距離を置く」状態は「クール」と表現されるが、英語のcool(かっこいい)とは違う。OとABは、離れていた方がうまくいく・・・たとえ同業者であっても。AとBの関係においても同じことがいえる。このdetached は、「醒めた」という意味でも使える。mixiにある松本道弘情報コミュニテイ→『英語道 松本道弘先生 コミュ』
2008年01月08日
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『注目する』 watchlook は目で見る。see は「見る」より「見える」だ・・・たとえ目をつむっていても。look at ~は、さらっと見る。watch は目を離さないこと。「彼の動きは注目に値する」なら、 He's a man to watch.Watch him.(ワッチム)は、「やつから目を離すな」。watch over は「~を見守る」となる。血液型でいえばA型はwatch型だ。目の届く範囲内でないと、信用しない。A型同士の結婚は納豆のようにくっついて離れなくなる。世間の動きにうとくなる。別れる時は悲惨。とくにAの女は恐ろしい。「あの女と一緒になってもいいわよ、その代りパイプカットしてね」とか「浮気しないで。もし他の女とできたら、指をつめてもらうからね。ここにサインして」。Aは書式にするのが好きである。思いつめたらこわいのがA型。お互いにwatchしあうから、息苦しくなる。A型はいつ爆発するかわからない水素。O型は、酸素。だから相性がいい。Chemistry works.
2008年01月07日
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『裏情報』 intelligence(続き)Information に恵まれた表の人には、品格がある。しかし、なぜ information が形成されたかという intelligence を探ろうと身体を張るには、“気概”がいる。柳生宗矩が、剣を使えず、intelligence gathering の任務ばかりで腐ったといわれるが、それも立派な任務ではないか。能芸者や芸人が「忍び」の仕事を受けたからといって卑屈になる必要はない。松尾芭蕉も東北の紅花のintelligence を近江商人に流して、顧問料を稼いだから、ある意味でintelligence agent であった。私が物書きより、編集者により憧れるのは、ヒューミントに強いからだ。私の物書き人生で最も手強い相手は作家ではない。斬れる編集者だ。editor を格別に意識するwriterは、通訳者が翻訳者に怯えながらも、いいライバルと視る複雑な心境とよく似ている。裏の情報の豊かな人こそ、知性あふるる intelligent persons である。intelligence がなくてもintellectual にはなれる。しかし、そんな人は書かない方がよい。知恵者は、口答で人を説いた方が信頼される、尊敬される。語り部はあまりintelligenceを必要としない。どうしても書きたいなら、もっと読み、旅しながら、土地の情に触れ、裏の情報を集めて、分析し、予知能力を研いだ方がよい。intelligence というマグマが炎上するまで待つべきだ。どんなプロでも下積みの時に得た傷だらけのintelligence をさりげなく活かしている。文章の“艶”は無傷の人生から産まれない。文は人なり。気概なき品格は造化。紘道館 1月例会のお知らせ[日時]1月20日(日) 10:00~[スケジュール] 10:00~12:00 松本先生講義 13:00~15:40 ディベート(「漫画」をテーマにする予定です) 16:00~18:00 松本先生によるTIMEの読み方、同時通訳講座 18:00~19:30頃 直会(軽食パーティー) [教材] 雑誌TIME (教材は松本先生にご一任です)[場所] 東京都台東区上野公園 上野ハイツお申込みいただいた方に、詳しいご案内を差し上げます。[申し込み先] info@english-kodokan.com 詳細はコチラ⇒ 「私塾紘道館」
2008年01月06日
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『裏情報』 intelligenceある和英辞書によると、裏情報は underground information (intelligenceでない)。個人情報は private information (personal information を勧めたい)である。裏とは「見えない部分」である。私の好きな「秘」である。では見える部分の情報は?そう、information.私はこうイメージする。information は氷山の一角。水面下にあるのが intelligence.これが前頭葉の「知」に対する「情」である。知は、情により動かされる。表の弥生思考は裏の縄文思考に支配される。これが私の英語道の哲学の根底にある。数字が支配するのは弥生のタテ社会。計数化できない「秘」とは、情を重んじる縄文思考である。忍者が扱うのが intelligence.剣豪柳生宗矩が徳川家に仕えたときは、表の剣の道が活かされる早合点したが、実際は裏の「忍び」が主な役目になった。組織とはそういうものだ。柳生家はじっと耐えた。観阿弥、世阿弥が耐えたように。世阿弥の『秘花』を書くために瀬戸内寂聴は佐渡を訪れた。そのあとを追う。「寂聴さんは、お歳(82)を感じさせない、元気な方でした。若々しくて、好奇心にあふれたお方でした」と、ある女性(元図書員)が言う。もちろん情報通の彼女も『秘花』を読んでおり、世阿弥の男色関係と「みそぎ」の話題でも盛り上がった。どうして男と男、そして男と女の関係がそこまで赤裸々に描けるのだろうか。そんな好奇心で彼女も寂聴さんにきいた。「私得意なの、その分野」と答えられたという。彼女の華麗なる恋愛遍歴は、いろいろなところで耳にしているので驚かない。「得意なの、その分野」という気になる発言。これが intelligence.そしてマグマ。本に書かれたもの、活字はすでに花崗岩。これが information.私の情報収集は裏から入る。世界史も裏(ユダヤ史観)から入る。そこには、必ず裏の人間がいる。鬼がいる。成仏できない死霊がいる。秘められた人間模様。これが human intelligent (humint =業界用語でヒューミント)である。忍者業界のことを intelligence community という。Information に恵まれた表の人には、品格がある。(続く)新春お宝映像『ラリーキングvs松本道弘 CNNデイウオッチ 1993年3月』⇒ラリーキングvs松本道弘
2008年01月05日
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『反省』 debate(続き)What went wrong with us? Let’s debate (it).反省とディベートは、○と△のように結びつかないものだが、トポロジー(位相幾何学)の分野では、結びつくのだ。このように異文化間の発想を結びつけるという芸当ができれば、英語を感じ(feel it)、イメージする(image it)ことができる。そこまでくれば同時通訳は、簡単だ。師 西山千は、紘道館で「同時通訳は簡単ですよ。シンボルを追って、流れをイメージすれば、言葉が消えます、言葉が消えますと、同時通訳は簡単ですよ」と仰った時、塾生から爆笑が起った。(そんなことができるわけがない・・・名人の戯言だろう)しかし、今の私ならわかる。やっとトポロジーにまで到来したからだ。世阿弥ならこう言うだろう。「父の観阿弥には花がありました。花を大切にしました。しかし、父は、花がどういうものか、説明できませんでした。花とは何か説明し、応用法を説く(debating the possibilities of “it” factors)のが、愚息 世阿弥の生涯の仕事になるでしょう」今の私の心境と重なる。だから、私は、くどいようだが佐渡島に4泊もしたのだ。Why?Just to debate with myself.
2008年01月04日
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『反省』 debate反省といえば、ほとんどの日本人は reflect upon ~を使う。間違ってはいない。いったん癖になるともう直らない。brush up my English という表現(間違ってはいないが、めったに使われない。これまでしばらく使っていなかった英語にハタキをかけて使い始めるというならオーケー)を耳にして、口にしてしまったら、他の表現に転換できなくなる。英語はlearn したら、すぐにunlearn(忘れる)覚悟が要る。だから私は必死で覚えないようにしている。ナニワ英語道は、固定を恐れる。武蔵は「固定は死」と言った。今も私はその教えを守っている。間違ったと思ったら、赤子のような気持ちですぐに改める。英語学習で一番ネックになるのは、面子(メンツ)だ。孔子は言った。 子曰過而不改是謂過矣(子曰く、過ちて改めざる、これを過ちと言う)これが反省の真意である。反省はreflect upon とか go over であることは確かだが、意味論の領域に入ると、シンボルが入り、学習者のイメージ力が試される。自らの不徳を省みて、反省することをsoul searching という。反省は、「なぜ失敗したのか、どこでボタンをかけ違えたのか(what went wrong with us? と訳そう)」と前向きに検証しあうことだ。前向き・・・であればdebate になる。(続く)
2008年01月03日
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『チャンス』 opportunity英語のchanceは日本語の「チャンス」ではない。もしこの言葉を同時通訳者が chance とそのまま訳すようでは、英語のシンボルが見えない。同時通訳者としては失格。プロはopportunity と訳す。a land of opportunity は、「チャンスがいっぱいある国」だ。そう、好機なのだ。chance は、確率のこと。fat chance を「肥ったチャンス」と訳してはならない。確率が低い(slim chance)のことだ。字幕翻訳者もよく間違える。翻訳者につらく当たるのは、1972年米国大使館で翻訳者にいじめられた(「名人・・・西山千の風姿」を執筆中)怨念の腹いせなのだろうか。まさか。それは昔の話。しかし、生来執念深い私のこと。いやいや、そんなことはまずない。この心境を同時通訳すれば?mixed emotions だ。(あまり毒づくと、ブラウン管へのカムバックのチャンス<opportunity>を失う)私は今度の3月で68歳になろうとしている。生涯現役を誓った私だが、世間の眼は冷たい。もう私は過去の人間(a has been)だという。自分は今も現役のつもりでいるのに・・・。テレビの世相講談(かつて藤原弘達や細川隆元、竹村健一がホストをやっていた)をやってみたいといっても、相手にされない。72歳で佐渡へ配流された世阿弥の心境だ。侘しい。しかし、かつて私がNHKテレビのスターで英語でブイブイ言わせていた・・・あまり品のいい表現ではないな・・・時代があった。その頃の私を覚えていてくれて、臨時の飲み会に飛び込んでくれたのが、前出の浪花教頭(べつにナニワの人ではない、新潟の人)である。ジェンキンス企画で、私も再浮上するかも(Chances are I’ll come back strong.)と考えると、まさに“千載一遇のチャンス”。これを英語で言えば?Golden chance ?違う、golden opportunity だ。ナニワ英語では It’s now or never. シャッター・チャンスは、photo opportunity 。ナニワ英語道のモットーは?そう、Grow younger. トカゲが尻尾(tails)を失っても?They will・・・?そう、They will grow back.
2008年01月02日
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『ゼロからやり直す』 start overゼロはどう言うのか、という質問をしているうちは、まだシロオビ。クロオビ(有段者)は、英語のシンボルを掴む。ゼロは nothing。word for word で考えると start from nothing は、「裸一貫で始める」、start on a shoe string になる。ゼロからやり直すのシンボルは、over なのだ。Let’s start over.もとの1からやり直そう、という意味。live over で生まれ変る。ヒンズー教徒や古神道の信奉者なら、rebornが使える。一神教徒には、転生はない・・・甦りはあっても。しかし、私の師匠がカマキリになって転生するという発想は、私の語彙の中には確かにある。ある深夜、執筆中の宿に迷い込んだカマキリは、西山千名人である。「いや、天に召された」とキリスト教の牧師は私に反論したが、「いや、あれは私の師が戻ってきたのだ」と再反論した。ヘンな英会話だ。NOVAのロビーでは考えられない、英会話。私は英会話をもディベートに変える。アイザック・アシモフのように。師が私にのり移った。西山蟷螂流が誕生した。今年も心機一転して(turn over a new leaf)、ゼロからやり直す(start over)つもりだ。本年もよろしく。
2008年01月01日
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