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1月21日、オバマの就任演説を同時翻訳し、瞬時にアップロードするには、プロ同時通訳者であった私が適任ということで、待機させられた。元共同通信の記者が私を指名したのだから、名誉でもある。 これでプロ・ジャーナリスト達とスピードを競い合って、他社を出し抜けるのだ。徹夜のし甲斐があるというもの。午前2時に、NHK(BS)から流れてくる、オバマの英語に肉迫してみせると構えていたが、スイッチをひねると、日本語の同時通訳。これじゃ、話者の心を活字に表すことができない。すぐにFOXインターネット・ニュースに切り換え、英語を頭の中で同時通訳しながらメモをとった。18分。終わって、5,6分でメモを頼りに抄訳する。すぐに近くの24時間営業のコンビニで、FAX送信。それから、ムサシ先生のエッセイ「演説を斬る」を書く。
2009年01月31日
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かつては、芸術大学に入りたいと真剣に考えたことがある。いつの間にか、絵を描きたいという執念が、英語の道に結びついてしまった。ナニワ英語道の原点は、絵、マンガ、そして芸術的衝動であった。英語は道、人生も道。英語は芸、人生も芸。英語道は、人生劇場なのだ。そして今の紘道館も人生道場である。たとえ、私が大学で教えることがあっても、そこは道場になる、劇場になる。68歳、今は亡き手塚治虫に入門する。日記にそう書いた。別に公文書ではないから、一方的に入門するといっても、門前払いを食わされることもあるまい。 校内コンテスト(中学時代)で金賞をもらった日記より
2009年01月29日
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第26回「オバマのスピーチは斬れる英語だった Obama's speech worked.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)メンター・ダイヤモンドで掲載した概訳は、18分のスピーチのメモをとって、わずかの時間で抄訳する逐次通訳だった。スピードが要求されたが、これは米大使館に勤めていたとき、故西山千名人から受けた手ほどきの賜物。故西山氏には改めて感謝したい。今回は米政府発表の最終版のテキストを見ながら、じっくりオバマ氏の演説分析をやってみよう。……(続きはこちら)
2009年01月28日
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ディベートのジャッジ・シートもほとんど書き込まない。私はディベートでも通訳でも空間を捉える。立体的に捉える。この習慣は、当用日記による「行」からきている。たちばな出版が、「英語の鬼-松本道弘(仮)」企画を進めるにあたり、私の絵日記をふんだんに載せるという。面映いが、かなり核心をついている。自分自身が発見できた。I've reinvented myself. こんな不器用で、いまも落ちこぼれ人間だ、と自覚している私でも、一つ取り柄があるとすれば、童心からくる"絵心"であろう。何かを描きたいという芸術的衝動である。 紘道館の1月例会報告をアップしましたこちら
2009年01月27日
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絵を描くというのは本来、右脳人間のすることだ。女性が語学に強いという。たしかに。しかし私は英語力に関しても、女性を近づけない。最近、角川企画で、最近の同時通訳風景を描いて欲しいという要望が加わり、通訳業界のトップ級の人たちにかたっぱしからインタビューをし、教室にも出入りすることになった。通訳訓練風景を調べ、そのあとお礼として友情出演をする機会が重なった。もう故西山千師匠がのりうつったようだ。英語を日本語に、日本語を英語に同時通訳させ、その場でコメントをする。喋りながら聴いているのでラクだ。逐次通訳はしばらくやっていない。逐次も同通も、同じだ。どちらもイメージ力が問われる。西山名人は、文字を書かず、マンガのようなシンボルを使ってメモをとられたという。私も同じことをする。文字に力を入れて書けば書くほどイメージはしぼむ。大ざっぱなイラスト風の絵をメモれば、それだけイメージが膨らむ。
2009年01月26日
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持続力だけではない。表現力が加わる。それが絵であった。小学生の頃から、手塚治虫のマンガは全部読み集めた。あんなふうに描けばいいのにとの思いで、紙とエンピツがあれば描き続けた。だから私の場合は、日記を「書く」というよりも、日記を「描く」といった方がいいのかもしれない。1つのアイディアができると、インプットし、絵になるようにプロットを描き、日記にアウトプットし、そして話す。スラスラ描けると、ペラペラ話せる。内容によっては、話すより、書くほうが速いというのも、あながち誇張ではない。英語を話す時も、私が頭の中に描いたイメージを語っているのだ。速読とは、頭の中でイメージを描くことだ。これが後に、通訳に役立った。
2009年01月25日
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たちばな出版の編集部が私の絵日記に目をつけて、徹底的に松本道弘検証に乗り出した。中・高ともにおちこぼれ人間がどうして、英語の世界でここまで登りつめたのか。しかも海外へ行かずに...。その理由を問われても答えることができなかった。西山千師匠。いや、その前のナニワ時代の私の英語の学習法が気になると、編集部が言う。ところが、編集部の執拗な質問で、自己発見ができた。成功の秘訣は、「継続」にあったということだ。いったん始めると、辞められなくなる。しぶとい、執念深い、他のことがさっぱり見えない、できない、気にならない。とくに外見にこだわらない。汚い格好で、下駄ばきで、どこにでも進出する。めったに始めないが、いったん始めると止まらない。こういう人間が私の前に現れたら、不気味だろうな。あまり好きになれないタイプだ。真似しないで欲しい。
2009年01月24日
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女の時代 ~ その1 ~ 紘道館館長ブログより 思考を遊ばせる ―― 遊考。バスから富士山を眺めていると、思考が翔ぶ。カゴの中の鳥は、カゴの外の鳥を羨ましがる。自由でいいなあ、と。カゴの外の鳥は、カゴの鳥に憧れる。いいなあ、リスクのない社会。いつも決まった時間に餌を運んでもらえるなんて、こんな厳しいご時世に。カゴの鳥が反論する。「そんなに甘くないよ。このリストラの時代、わたしだって、いつカゴから追い出されるかもよ。だから、手に職がないと困るときがくる。いつもビクビクしているんだ。」このカゴが、家庭であったり、職場であったり、組合であったりする。家庭や会社は、身を守ってくれるカゴであった。ところが、今の日本、そんな安全弁が外されていくような気がする。この不況の時代、夫にとり、妻にとり、身を守ってくれるはずのカゴが消えていくのだ。そんな不安が重なると、家庭内がギクシャクする。不況になり、クビを切られるのは、男が先。急に死を選ぼうとするのも、男が先。ところが今は女の時代。女が強くなったのか、男が弱くなったのか。カゴのない時代、安全弁なき時代。仕事など選べない時代。どんな仕事でも欲しい時代。学歴が通用しなくなっていく時代。 続きはこちら
2009年01月23日
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絵日記用に金と銀の筆ペンを買った。私の活字がますますマンガ化していく。高校2年生の私は、柔道バカで、絵日記バカだった。学業の方は全くおろそかで、大学進学が危ういぞと担当の田渕先生(生物学)に叱られたことがある。本当に学校の勉強が嫌いだった。田渕先生が私を呼んで、「君は、柔道部の稽古が終わって、家に帰ってから何をしているんかね」といわれ、「日記を書いています」と答えた。「日記?」「ええ、絵日記なもんですから」「その絵日記とやら、1日書くのにどれくらい時間がかかるのかね」「まあ、2,3時間かけています。ときどき色鉛筆のイラストが入りますから」「......」唖然とした様子の田渕先生。「いくら高等部から大学部へトコロテン方式に入れるといっても、関西学院高等部はきびしいところだから、君の成績じゃ、このままでは留年になるかもしれないよ。柔道部を強制退部させようかという話もある」「それだけは勘弁して下さい」柔道大好きなマンガ少年。手塚治虫に憧れていた私は、絵日記を辞めることなどとてもできない。翌日、田渕先生がまた私を呼び出した。「松本君ね。一晩君のことを考えていたんだがね...。あの絵日記は辞められませんか」「......」日記をつけよ、という先生はいたが、日記を辞めなさいという先生はいなかった。それほど私の成績はひどいものだった。ネイティヴの先生がしゃべる英語が聴きとれない。行く先行く先で、英語という難関がある。落第はしたくない。しかし、落第してもいいから、絵日記だけは続けたい。
2009年01月22日
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第25回 「自然体だったオバマ大統領のスピーチ Go with the flow」 メンター・ダイヤモンドより オバマ大統領の就任演説の実況は、深夜の2時に始まると知って、それまでは「構え」の1日となった。外国人記者クラブの図書室で、かたっぱしから雑誌を読み漁り、オバマはいったいどんなスピーチをするのだろうかと予想した。彼の場合は何か。「チェンジ」はわかるが、その哲学(プリンシプル)は何だろうか。多分、「超」(above)という言葉を使うだろうな、超党派を売り込むことはわかりきっているから。ニューズウィーク誌が予想していたように、白人の詩人で薄幸の、ロバート・バーンズ(poet of the poor)から引用があるだろうと、彼のスピーチの骨子を頭の中に描いていた。 しかし、予想は外れた。......(続きはこちら)
2009年01月21日
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「松本よ。お前は柔道部出身なのに、英語力が抜群であることは、関西では知られている。だからみんなも、お前にジャッジを頼んだんだ」。ここまではいい。しかし、何か空気が暗い。「それなのに、お前は、母校に勝たせたな。オレの眼から見て、関学は負けておった。今度から、ジャッジのリボンを外してくれ」。もう頼まれても、ドラマ大会のジャッジはやらない。ある学校のドラマ・セクションは、喜劇をとりあげ、ある学校は悲劇を演じる。どちらがいいか裁けって? ムリだろう。審査基準も何も伺っていない。そもそもそんなクライテリアはない。だから、先輩づらしたその男は、後輩の部員を集めて、大声で怒鳴る。「お前らは負けておる。先輩のひいきの票で勝ったと思ってのぼせあがるな」。優勝したドラマ・セクションのESS部員は、神妙な顔をして聞いている。まるでお通夜。私の心まで暗くなった。しかし、私はその先輩のいないところで、勝ったメンバーの何人かを呼び、こう言った。「君らは勝っている。母校の先輩がジャッジをするにあたって、私がフェアに裁いたことを示す方法は? 君らを負けさせればいいことだ。その方がラクだ。しかし、私の眼には、たしかに君らの勝利だ。今晩は楽しく飲め...」。私は楽しく飲めなかった。もうドラマのジャッジなんか。
2009年01月20日
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私の英語力は西日本に知れ渡っていた。AFSの交換生徒達の間でも評判だった。だから、英語に関する大会には、必ずチーフ・ジャッジになってくれという依頼があった。だが、原則として、スピーチ大会は断ることにしている。いかに、ネイティヴに近い英語か、という「外見」「虚」だけでジャッジされるスピーチ・コンテストが、「実」を重んじる私の性質(タチ)にあわない。ディベートは闘いなのだ。発音力で競うなら、永遠にネイティヴに隷属し続けなければならない。なんという不条理だろう。『村上式シンプル英語勉強法』の村上氏(グーグル副社長)がディベートを勧められる理由もここにある。ディベーターにとり大切なのは、背骨、つまりprinciple(哲学)なのである。ネイティヴとロジックで対等に立つという神戸大魂(スピリット)だ。戻る。そんな英語で知られた私だから、ドラマ・コンテストのジャッジにも頼まれたことがあった。その時の決勝戦は、ドラマに強い母校(関西学院大)のパフォーマンスに舌を巻いた。さすがと思わせる点が多く、優勝させてしまった。そのあと、ESSのドラマ・セクションの先輩(私と同期)が私を呼んだ。「松本よ。お前は柔道部出身なのに、英語力が抜群であることは、関西では知られている。だからみんなも、お前にジャッジを頼んだんだ」。ここまではいい。しかし、何か空気が暗い。(つづく)
2009年01月19日
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私はいまでもディベートの名ジャッジであることを自負している。月一回の紘道館では、必ずバイリンガル・サッカー・ディベートを行う。いかに意見が分かれても、必ず納得させる。ロジックだけではなく、「情理」も加えるから、確実に納得させる自信がある。ディベーター自身が、負けたと感じたなら、負けの判決が下されても、涼やかに受けるはずだ。それで満足しているのだ。ジャッジが奇をてらって、逆の判決(よくある)をしてはならない。もし、ジャッジの個人的感情から、ひいきの票を投じることがあってはならない。「あの子が可愛いから」とか、「可愛すぎる」とか(このケースは少ないが)、ロジックを捨てて、個人的な好みを優先させる不逞の輩がいる。何度も会った。困ったものだ。是々非々で裁くことがどれほど大切なことか。あるとき、東京女子大のディベート・チームの部長が、ディベート・チームの顧問になってくれないかと依頼にきたことがあったが、丁重にお断りをした。その理由は私がディベートのジャッジを引き受けるから、という単純なものだった。そんな李下に冠を正さない私でも、失敗したことが一度だけある。
2009年01月18日
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裁き。私はこの一時に最も気を配る。関西の頃の私は、英語界のドンであった。外人ジャッジが何人集まっても、必ず私がチーフ・ジャッジを務めた。マスコミでなく、クチコミだけがジャッジである関西では、私はちょっとしたゴッド・ファーザーだった。あるディベート大会で、当時最も恐れられていた天理大学が同じように決勝戦に敗れた。その時のチーフの荒井君(後に日本大使館勤務)がくやしくて泣いた。新崎さんや私と同じくA型。A型人間のくやしさは、なかなか消えない。「この試合のテープを持ってきました。先生が敗れたというなら、我々チームはあきらめますが、このままでは、くやしくて眠れません。とにかく聞いて、正当に判定して下さい」。どんなコメントを出したか覚えていない。たしか天理大が勝っていたといったはずだ。こういう依頼は受けたくない。どんな事態も考えられる。善意でやったことが却って相手から恨みを買うこともある。『国家の罠』、『自壊する帝国』の中で、佐藤優が同じような理由で、刑務所へほうり込まれた。くやしい思いをしただろう。私など何度もある。傷だらけの英語人生だ。この傷は芸の肥やしになる。こんなくやしさをバネにして、オピニオン・リーダーになった人たちのケースは枚挙にいとまがない。新崎隆子、荒井直道、佐藤優。そして私もそのうちにオピニオン・リーダーになる。
2009年01月16日
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神戸大チームが優勝、そして新崎隆子は西日本で女性ディベーターのチャンピオン。国際ディベート学会の会長である私が逆転判決をした。たとえブログ上とはいえ、これで新崎さんもくすぶっていた怨念が少しは晴れたであろうか。あとは迷わず、日本一の同時通訳者を目指して邁進して欲しい。神戸大学のフレッシュマン・ディベートは有名だ。英語がシドロモドロの一年生全員にディベートをさせる。まるで寒中水泳だ。ガイジンを雇う余裕もないので、先輩が必死で発音指導もするという。thは、舌を歯ではさんで、このようにという口移し教授法だ。多分、ガイジンがゴロゴロいて発音に恵まれた私の母校の関西学院大学や神戸女学院がうらやましいな、と思いながらも、意地でもネイティヴに頼らないで優勝してみせると歯をくいしばったという。こういう校風は今も続いている。大阪外大のディベート・チームにもそのような大和魂があった。それを発音の差だけで、裁かれてしまったというのだ。まるで冤罪である。私は冤罪の被害者には特別に同情する――そんな体験があるからだ。私のsense of justiceが許さない。この話を聞いていた大島圭一郎さん(『國文学』編集長)も、勝った北九州大学の学生たちも、すっきりしないまま今日まで傷を引きずっていることでしょうと。彼らにとってもjusticeになり、ノドのつかえがとれるだろう。ディベート大学は「朝まで生テレビ」じゃないのだ。
2009年01月15日
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第24回「遊び心で勝負 Playful spirit. That's the name of the game.」 メンター・ダイヤモンドより (本文)成功者には遊び心がある。私は学者出身ではない。ビジネス出身者だ。だからビジネス界の大物と語り合う機会がある。かつて、日興証券の役員秘書(国際金融担当)をしていた30代前半の頃、三菱銀行出身の白木会長と話をしたことがある。要するに、「仕事は仕事、遊びは遊びですね」と私がさえぎったとき、「違う、仕事が遊びにならんとあかん」と、とどめを刺された。究極の遊び人間(ホモ・ルーデンス)だった。……(続きはこちら)
2009年01月14日
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彼女は神戸大ESS出身のディベートの猛女であった。彼女が学生時代パートナー(男)と組んで西日本ディベート大会(2人制)の決勝戦で、北九州大学と当って破れ、準優勝チームの栄誉に浴したという。しかし、これで話が終わらない。「本当は優勝していたのです」という。往生際の悪い女、と一瞬思ったが、話を聞いて納得した。ジャッジのコメントは、全てのポイントで神戸大が圧勝していたが、チーフ・ジャッジが相手側に軍配を挙げたという。その番狂わせ判決にくやし涙を流した新崎氏は、ジャッジになぜ負けたのか迫ったという。こういうことはよくある。神聖な判定には潔く従うのがディベーターであることは承知しながらのアピールだから、よっぽど合点がいかなかったのであろう。だが、そのジャッジの解答が「北九州の選手の方が発音がよかった」という。それを聞いて、私はムカッとした。私も彼女の立場にいたら同じようにしていただろう。審査する資格のない人がディベートのジャッジ団に加わるなんて、許せない。ディベートはロジックを優先させるのだ。英語の発音がポイントになるのは、スピーチや暗誦大会だけでよい。それだけではない。北九州チームの人が、神戸大チームに「すみません」と詫びたという。これも敗北を認めた証拠ではないか。その日、一日私は浅草で考え続け、悶々とした気持ちで日記に書いた。Justice Delayed(遅すぎた判決)、神戸大が優勝という見出しをつけた。
2009年01月13日
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新崎隆子さんという話題の同時通訳者(NHK)からの年賀状に「夫婦の会話が言語学です」という手書きのメッセージがあり、この言葉にグサーッときた。じゃ沈黙は言語学の域外になるのか。沈黙でお互いの仲が悪化する場合もあれば、効果的な「間」が膿んだ関係を癒すこともある。この難訳語の「間」はspaceともtimeとも、いやその両方とも考えられる。故西山千の訳はcritical pause。ボイエ・ディメンテはpregnant pause。どちらにしても「間は魔」だ。同時通訳者にとり、このuncomfortable zoneともいえる「間」はparalinguistics、超(メタ)言語学の領域に含まれそうだ。一流の同時通訳者のメッセージ、それも手書きであっただけに、新年早々胸元に刃物を突きつけられたような感じがしたものだ。神戸大学出身の才女で、ディベート経験豊かな同通の達人であり、それだけに私にとり身近に感じる存在だ。彼女と新年会で会う前に、小松達也さんや原不二子さんという通訳業界の重鎮と会い、通訳者には、ディベートの訓練が必要との共同認識を得ていただけに、当然2人の会話はディベートに移った。シャンパンの勢いでなく、自然にそうなった。
2009年01月12日
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「願わくは我に七難八苦を与へたまへ」といった山中鹿介公は出雲出身の方でしたか。通訳案内士試験道場さん、ありがとう。それよりも「七難八苦」を直訳したら、中国人にも全く通じなかったという体験情報がうれしかった。「七安八楽」の方が縁起がいいというのもまさに中国的発想ですね。私がときどきやる「断食」も中国人に言わせると、腹一杯食べて病と闘うのに、敢えて腹を空かすなんて、と反論するそうな。今、故西山千師匠(同時通訳)の名人伝を書くために、現役の通訳者をかたっぱしからインタビューし、年初から四苦八苦しています。お陰で、同時通訳の大御所の小松達也(サイマル)や、原不二子(ディプロマット)という、当業界の天下人、それにNHKで活躍中の一匹狼、新崎隆子(全て現役。だれも歳を感じさせない)からこの道の厳しさをいろいろ教えて頂きました。中国語、韓国語、英語を自由に駆使されている高田さんにも教えて頂くつもりです。またぜひ紘道館へお立ち寄り下さい。年初の紘道館(鏡開き)は1月18日でTIMEの記者が来館予定です。やはり、七難八苦を与えて欲しい、という心境ですね。こういう私は純日本人でしょうか。ナニワ英語道の精神のGrow youngは忘れていません。
2009年01月11日
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ソニーが2009年末までに正規社員16万人の5%(約8000名)をカットするという。全世界でトータル1万6000人の人員を削除するという。ソニーの顧問であった、西山千師匠は歎かれるだろう。 とにかく、暗い。Depressing。今日見た夢も暗かった。内容は? 忘れた。横にネコのお通がいた。冬だけ、床を共にする。コタツ代わりにネコを抱いて寝る。いやネコは私をコタツだと思っている。この二人の関係、いつまで続くのか。まさに同床異夢。ネコは吠えない。吼えない。近吠えも遠吼えもしない。ただ沈黙。「いいなお前は、いつも何もしゃべらなくて」「いいたいことを抑えているんだ。私から学べ、ソクラテス」「おい、お前いつから、女房のクサノッペになったんだい」「あんたが良妻ぶるから、悪妻を演じるんじゃないか」「食わせてやっているのは誰なんだい」「あんたに思考の糧を与えているのは誰だい」「何?」「私が黙っているから、あんたに創造性が湧くんじゃないの」「それが<空>ってやつか」「そういう哲学的な話が嫌いなの。私はお腹が空いた時しか<空>はないの」「お前には、哲学や思考の喜びってものがない」「なぜ、そんなものが必要なの」「......」また、ネコに負けた。
2009年01月09日
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帰名(名古屋へ帰ること)のバスで『國文学』の「プロレタリア文学」を読んだ。テンプ(派遣)が仕事を失えば、住所を失う。そんな人は雇わない。すると、一路ホームレス。そこから立ち上がるには、歌うしかない。 うた。この「う」の音霊。この「うたいたい」「生きたい」という気概がプロレタリアート文学を生んだ。新幹線の切符が高い。高速バスなら半額。その余剰金で買ったのがブルース。『DIGGING DEEP』を買う。このうっとりしたインプットの時間が買える。Losing money is cool. ポケットマネーが減るのも悪くはない。ブルースにも「う」母音がある。もう構想ができあがっている。『國文学』の次の連載記事は、「う」の音霊を書こう。バスの窓外は雨模様。Depressing。景色も私の心もdepressing。こんな時にうた(歌、謡、詩)が生まれる。「う」音は、沈むのだ。ブログは歌いながら書こうか。
2009年01月08日
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第23回「いやな仕事だからこそ、多次元思考が身につくTough work makes you multi-think.」メンター・ダイヤモンドより (本文)「我に七難八苦を与えたまえ」と言ったのは、たしか勇将・山中鹿之助だったと思うが、別にキザな発言ではない。生田氏も井上氏も私も同じ意見である。七難八苦(いろいろな難題)を、いっそのことchallengesでひとくくりしてみよう。もっとシンプルになるからだ。我に挑戦を与えたまえ Give me challenges.しかし、それでもキリスト教圏の人たちには通じないかもしれない。主に向かって、Lead us not into temptation.(われわれを悪魔の誘惑に巻き込まないでください)と祈る人たちなのだから。……(続きはこちら)
2009年01月07日
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How depressing! なんと、気の滅入るブログなのだろう。軽く書くつもりが、また重くなってしまった。遠藤実を偲んで、島倉千代子が歌っている。同時通訳の師・西山千の名人伝を偲びたくなった。過去の人間を描くことにムリがあるのか、出版社側もなかなかエンジンがかからない。最近の同時通訳の世界を描かなければならないか。年末というのに、現在のプロ通訳者をインタビューしなければならない。過去の人間の生き様など、今の人は関心を持たない。本など買ってくれるはずがない、という。せちがらい。しかし、ブログを読む人の心境とはそういうものなのだろう。泡を追っている。今の生活に追われ、流れの底辺の動きなど知りたくもない。だから、ブログを読むだけでいい――買わなくても。カラカラヤの歌姫が、私に伝えたかったことは、そういうことだったのか。
2009年01月06日
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歌姫の、ブログが重過ぎるというコメントに答えなければならない。水面に浮かぶ泡(bubbles)を書くと述べたがどうも、波のうねりに勝てなくなる。年末は憂鬱なニュースでいっぱい。ゆううつの「ゆう」という音霊が気になり、ワールド・フォーラムでの昨年最後のスピーチで、TIMEのDon't soy a D-wordについて話をした。Dはdepressing(気が滅入る)を意味する、と熱っぽく語った。そのワリには、観客は数十名と冴えない。Depressing。この年末をどう乗り越えていこうかと考えている人は、ウツ(depression)状態なのだ。TIMEをいかに読めるかというシンポジウムなどに参加する心の余裕などない。経済は不況。不況ってのはリセッション? それともデプレッション? そのことをラビ・バトラ教授(予言経済学者)に聞いたことがある。リセッションは近所の人が職を失うこと、デプレッションは、あなたが仕事を失うこと。ブログばかり書いて金の入らないライターは、depressedなのだ。
2009年01月05日
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赤坂にある歌楽歌楽屋に私のブログを読んでいる1人の歌姫がいた。「あんなに力を入れてブログを書いてはいけません。本を買って読んでくれなくなるじゃないですか」。 1年ぶりに会ったシンガーだというのに、なんという挨拶だろう。「力が入っていますね。読んでいますよ」。これだけでいいのではないか。とにかく最近の会話には、枕詞がない。しかし、英語武蔵は、こういう水商売の女性のコメントまで大切にする。吉川英治の『宮本武蔵』の中に、武蔵が遊郭で吉野太夫に負けるくだりがある。最も感動的な一場面である。英語に訳してほしくない。A prostitute defeated Musashi. これじゃ味もそっけもない。武蔵は、郭の女を鑑にして、自分に克ったのだ。敗れることにより勝った武蔵は無敗。今も私の中に生きている。
2009年01月04日
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とにかくソクラテス対話に戻ろうとの意思を固めたあとであったから、この事件がきっかけ(break)となり、ソクラテス対話研究を急ぐことになった。私はソクラテスのcarriers of the flame(炎の継承者)の1人にならんとしている。ソクラテスこそディベート道の元祖としてこれまで崇拝してきた聖人だ。私がローマよりギリシャに憧れ何度もアテネに足を運んだのも、ソクラテスとプラトンというお二人の聖霊に会うためだ。塩野七生による『ローマ人の物語』でひっきりなしに出てくるリフレーンがある。それは征服者のローマ人は被征服者のギリシャ人にいつまでたっても頭が上がらなかったという、紛れもない事実だ。ヒストリー・チャンネルのディレクターにも言った。「アメリカは、奴隷化した日本から哲学、そして武士道に代表される「道」というプリンシプルを学ぶときがきた。「道」がなければアメリカは滅びる。日本から学ぶべきだ。かつてローマ人が奴隷化したギリシャ人から学んだように」と。多分カットされるだろうが、そんなことは知ったことではない。私は本当にそう信じているのだ。宗主国のアメリカがそうなれば、日本も「そうだったのか」と目覚めるに違いない。
2009年01月03日
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準備段階で部屋を飛び出した女性をなだめる私は、師であっても、すでに彼女の弟子のつもりで接した。帰る仕度をしていた彼女が戻ってくれた。別にこれといった説得法を用いたわけでもない。ただ聴くことに徹した。他の2人の女性受講者も、そのことが気になっていたらしい。あとでこう言ってくれた。「先生、それでいいのよ。女性は、ただ聞いて欲しいの。それだけ。責めてはいけません。喋って泣いたらそれでおしまい。もう80%は解決しているのですよ」。女性の心理というものも学ばせてもらった。ハプニングとは学ぶチャンスのことだ。
2009年01月02日
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謹賀新年 ゼロ。この思考がICEEを「お祭り」に近づけた。ICEEは決して単なる資格試験ではない。お互いが磁気を帯び合う場所(トポス)であり、磁場である。紘道館もそういったmagnetic fieldである。祭りの力学。そして直会(なおらい)を大切にする。英語道七段という段位を捨てた。すでにこのブログで述べたが、ヒストリー・チャンネルのドキュメンタリー番組の撮影に歴史家として登場することが決定した3ヶ月前から、死地に赴く覚悟で準備をした。この時に、自らをゼロ段と決めた。ここまでくれば、段も級も同じだ。
2009年01月01日
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