全174件 (174件中 101-150件目)
<ノートルダム大聖堂>朝から快晴のいい天気でした。アントワープ中央駅から歩いて15分ほどのノートルダム大聖堂に向います。ネーデルランド地方最大のゴシック建築で、最初の着工は1352年だそうです。現在修復工事が進んでいて、2015年完成予定とのこと。入場料6ユーロでした。フランス革命以前のこの教会には、ギルドや職人が自分の祭壇を各柱に設けていて、ルーベンスやクエェンティン・メツェイス、フランス・フロリスといった17世紀−18世紀のこの地方の巨匠の絵画が祭壇画として掲げられていたそうです。革命以降フランス統治下となって、教会から姿を消していたこれらの名画が、現在再集結して、入り口を入るとまるで美術館のような様相でした。ルーベンス作、『ヤン・ミーヒルセンとマリア・マースの墓碑画』(1618年)アントワープ王立美術館の所蔵品ですが、王立美術館も現在修復中で2017年の完成まで閉館中なのでこちらに里帰りしているとのこと。一つ一つの作品が大変見応えのある見事なもので、日本語の解説書もありました。『リユニオン』と銘打たれたこれらの名画の再集結以外に、この教会自体の祭壇を元々飾っているのがルーベンスの四大傑作です。祭壇に向って左がこちら。ルーベンス作『キリスト昇架』(1610年)祭壇に向って右がこちら。同じくルーベンス作、『キリスト降架』(1611-1614年)キリストが磔になる前と後を描いたものですが、フランダースの犬の中でネロが見たいと熱望していた絵です。『キリスト昇架』の中央左下に描かれた犬は、当時ルーベンスが飼っていた犬でパトラッシュという名前だったらしいですよ。中央の祭壇は足場が組まれていて、四大傑作のうちの一つ『キリストの復活』は見ることができませんでした。この足場の裏側に回るともう一つの傑作が見られます。ルーベンス作『聖母被昇天』(1626年)フランダースの犬の最終回で一番泣けるシーンに登場する絵ですね。この祭壇の上の高い丸天井には聖母が上って行くシーンが下から見上げた構図で描かれています。こちらはコルネリス・スヒュットの『聖母被昇天』だそうです。教会には二つの大きなパイプオルガンがあります。聞きたかったですけどタイミングが合いませんでした。丸天井の右下にあるのが、20世紀のメッツラーオルガン、後方にあるのが19世紀のスヒエイヴェンオルガンです。教会を出た広場にイタリア人観光客の団体がいて、『ネロ』とか『パトラッシュ』という名前が聞こえたので行ってみると、こんな記念碑がありました。何か日本語が書かれてます。『この物語は哀しみの奥底から見いだす事の出来る本当の希望と友情であり、永遠に語り継がれる私達の宝物なのです。』by TOYOTAでした。希望って?死んじゃう事が?イタリア人ガイドさん、なんて説明されてるのか知りませんが、聞いてる皆さんは特に表情の変化もなくうなずいておられました。アニメ『フランダースの犬』が名作として盛り上がっているのは、どうも日本だけらしいです。(つづく)
2014/05/05
コメント(0)
東京丸の内にある三菱一号館美術館で開催されている企画展に行ってきました。ちょうど長州ファイブが英国留学していた頃に始まった芸術運動の流れで、日本で紹介されるのはこれが初めてとのことです。産業革命で大量生産が可能になったイギリスでは、食器にしろ壁紙にしろ安価で粗悪な産業製品が出回っていました。これに反対した若い芸術家たちが、形や色彩にこだわった『芸術的』作品を産み出して行ったんです。美しいものは見ていて心が落ち着きますよね。チケットになっている作品はアルバート・ムーアの『真夏』(1887年)ラッセル=コート美術館所蔵です。鮮やかなオレンジが目を引く大作でした。『芸術はただ美しくあるためだけに存在すべき』『芸術のための芸術』絵画、彫刻、アクセサリー、ファッション、家具、生活用品、文学、建築など様々な分野に広がりを見せて行った唯美主義。唯美主義の美しさとは単なる存在の美だけではなくこんな風に誘惑的で官能的なものが多いようです。この女性、ビアータに似てませんか?フレデリック・レイトン『パヴォニア』(1858-59年)個人蔵唯美主義のムーブメントが起る少し前にイギリスで主流だったのは『ラファエル前派』。その中心的人物の一人だったダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは、唯美主義でも重要な役割を果たします。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ『愛の杯』(1867年)国立西洋美術館所蔵ロセッティの作品はルーブルのモナリザのようにそこだけガラスで囲ってあって別格扱いでしたね。神話や宗教的な物語など伝統的な題材で描かれるのが主流だった絵画が、特に主題のない『ただ美しいから』描かれた人物像に変わって行きます。フレデリック・レイトン『母と子 さくらんぼ』(1864-65)ブラックバーン美術館所蔵美術展に行ってもよほどのことがない限りなるべく買わないようにしていた図録、今回はあまりに美しい装丁に惹かれて思わず買ってしまいました。かさ張るんですよね。まだ鎖国も解けていないジャポニズムの影響が既に見られたのは驚きでした。この展示会を行っている三菱一号館(1894年竣工)自体が唯美主義の『クィーン・アン様式』で建てられているとのことで、外観や中庭の風景の美しさ、レトロで新しい内装も心を豊かにしてくれます。この建物の中にあるカフェも素敵で、タイムスリップしたような雰囲気の中、サービスも行き届いていて食事もビールもお値段リーズナブル。東京駅にも近いので女子会などちょっとした集まりにお勧めです。この展示会は5月6日まで開催されています。美術館と東京駅の間に東京郵便局があり、新しく『Kitte』という名の商業ビルに生まれ変わって今回初めて足を踏み入れたんですが、まあ楽しいこと。わたしは勝手に切手博物館かなにかだと思い込んでいたんですよ。大将は子供の頃、切手集めてたので『Kitte』に行きたがってるのかなと。今年10回目を迎える音楽祭『ラ・フォル・ジュルネオ・ジャポン2014』と合わせてゴールデンウィークに丸の内界隈へお出かけになられてはいかがでしょうか。ダンサーの皆さんは試合でお忙しいかな?美術展の公式サイトはこちらです。
2014/04/29
コメント(0)
展示されているのは14世紀から18世紀までのベネチア派と呼ばれる画家達の作品で、ベネチアの三大画家とされるティツィアーノ、ティントレット、パオロ・ヴェロネーゼの代表作が見られます。チケットは9ユーロで、ガイドブックに載ってた値段の倍ぐらいに値上がりしてました。2014年2月9日(日)の午後2時9分とチケットに印刷されています。日本語の音声ガイドを借りてゆっくりと回りました。チケットの裏に印刷されていたのはベネチア派第一世代と呼ばれるイタリアルネッサンス期の画家ジョバンニ・ベリーニの作品です。『サン・ジョゼッペ祭壇画 』ジョバンニ・ベリーニ 1487年頃中央の玉座に聖母マリアと幼子イエス、その下に奏楽する3人の天使が描かれています。チケットでは両端が欠けているんですが、左右3人ずつ立っている人がいます。左からフランシスコ会の創始者『聖フランチェスコ』、キリストの洗礼者『聖ヨハネ』、旧約聖書ヨブ記の『聖ヨブ』、右側には左からドミニコ会の創設者『聖ドミニクス』、疫病に対する守護聖人『聖セバスティアヌス』、ナポリ国王ロベール・ダンジューの弟で、1317年に聖人として認められた『聖ルイ』が描かれているそうです。この構図が、まるでおひな様の七段飾りみたいに他の画家の絵でも同じなんですよ。皆この絵が凄いので真似したんでしょうね。気になったのは守護聖人『聖セバスティアヌス』。三世紀末の古代ローマの近衛兵だそうですが、どの絵も彼だけ裸で身体に矢が刺さってるんです。痛そうです。『聖母被昇天』でご紹介したティツィアーノは、このジョバンニ・ベリーニの元で修行しました。今までいろんな企画展で彼の作品を見ましたが、ここベネチアが彼の本拠地なんですね。『聖母の神殿奉献』 ティツィアーノ 1534-1538年頃階段にいる小さな女の子は聖母マリアの3歳の時の姿だそうです。ティツィアーノが死の間際まで描き、弟子によって完成された遺作がこちら。『ピエタ (Pieta) 』 ティツィアーノ 1570年頃-1576年絶筆キリストの亡がらを抱く聖母マリア、死を嘆くマグダラのマリアと聖ヒエロニムスが描かれています。ティツィアーノ同様ベリーニの元で修行していたジョルジョーネの代表作がこちら。『テンペスタ』 ジョルジョーネ 1506-1508年頃この絵は解釈がいろいろで謎の多い作品のようです。女性は誰なんだとか何がテーマなんだとか。作者は何も言わなかったんでしょうかね。X線で見ると男性の描かれていた場所に2人の裸婦が描かれていたそうです。この当時の作品は全てテーマが宗教がらみか神話関係なので、この男女はアダムとイブだとか、子供はカインだとも言われているようです。通りがかりの男が川辺にいる美女に稲妻に撃たれたような衝撃をもって恋に落ちた図っていうのが私的な解釈ですね。アダムがこんな小じゃれた格好してるはず無い気がします。ドラマチックでカラフルなティントレットの代表作もここにありました。『聖マルコの奇蹟(奴隷の奇蹟)』 ティントレット 1548敬虔なキリスト教徒の奴隷が主人に無断で聖マルコの墓に巡礼したことで死刑になりそうになっている所を、天から聖マルコが降って来て救済するという凄いお話。周りで騒いでる人もとってもリアルですね。ティントレットと並び評される画家がパオロ・ヴェロネーゼで、その代表作がこちら。『レヴィ家の饗宴』 ヴェロネーゼ 1573この絵は消失したティツィアーノの祭壇画の代わりにと依頼されたそうなんです。本人は『最後の晩餐』を描いたのに、こんなに盛大なのは変だろみたいな宗教裁判にかけられ、タイトルを変えただけで許してもらったという曰く付きの絵です。時代は少しもどりますがアカデミア美術館の最後の部屋にはカルパッチョの9連作『聖ウルスラの伝説』がありました。日本語ガイドが絵の一枚ずつを全部詳しく説明してくれるので、ここで一番時間を費やしたと思います。『巡礼者たちの殉教と聖ウルスラの埋葬』 カルパッチョ 1495ウルスラはイギリス王女。結婚の前に1万1000人の処女を連れてローマ巡礼の旅に出るんですが、その帰りにケルンの蛮族に襲われて殉教するというキリスト教聖女伝説の1人なんです。 上の絵はその8枚目。中程に立つポールで場面が二つに区切られていて、左が殉教シーン、右が埋葬となっています。9枚全てがとっても細かい描写になっていて、イギリス大使など当時流行っていたおしゃれな服装が分かる貴重な資料にもなっているそうです。ベネチアは街自体が絵のような美しさなので美術館をでたあと眺めた風景の方が感動的だったんですが、後に活躍する画家達に大いに影響を与えたベネチア絵画を堪能する機会に恵まれて幸せでした。音声ガイドの日本語も割とまともでしたよ。フィレンツェにも、ミケランジェロのダビデ像が有名な同じ名前の美術館がありました。アカデミアという名前は元美術学校だったからみたいですね。ベネチアの方のアカデミアもダビデに匹敵するすごいコレクションがあります。『ウィトゥルウィウス的人体図』レオナルド・ダ・ヴィンチ作この名前、クイズ番組で出題されて答えられなかったもんで大将としばらく呪文のように繰り返してやっと覚えました。でも一般公開はされてないんです。壁に模写されてました。Tシャツも持ってます。もうヨレヨレだな。アカデミア美術館(ベネチア)の公式サイトはこちらです。
2014/03/01
コメント(0)
<ムラーノ島>私はガラス工芸品が大好きです。ダンス競技会で頂いたトロフィーもガラス製のものだけ飾っているんですよ。(他は箱詰めのままです)でもいいものはお値段も相当いいのでとても買えなくて、大抵は鑑賞するだけ。そんな私が今回の旅で自分のために一つだけ思い出に残るガラス製品を買ってきました。それがこちら。左は比較のために置いた本物の卵、一つ20円。右がムラーノガラスの卵、一ついくらでしょうか。(答えは最後に)記念にこれを作成されたガラス職人さんマエストロと一緒に写真を撮って頂いたんです。いままで何度かヴェネチアン・グラスを見る機会がありました。箱根ガラスの森美術館や京都のヴェネツィア展、小樽のヴェネチア美術館などなど。興味ある方はご存知と思いますが、金魚の上に泡みたいに浮かんでいるムラーノ島は世界的に知られたヴェネチアン・グラスの生産地です。生きている間に是非一度行ってみたい所の一つがここでした。富山駅前もガラス作品の展示で街中が美術館になってましたが、ここムラーノは島全体がそうなっているガラスの宝島です。2014年2月10日(月)、朝から期待に胸をパンパンに膨らまして水上バスに乗り込みます。水上バスは1回7ユーロですが、この日は12時間乗り放題券を18ユーロで買っていました。それだけあればゆっくり島にいられるでしょ。ずっと行きたかった割には何の下調べもなく行ってしまったので、右も左もガラス製品の店が建ち並ぶ街のどこから見ていいのか、とりあえず手当たり次第入ってみることにしました。もうこれはガラス製品というより芸術作品ですね。見とれているとイタリアン・スーツでバッチリ決めた店員さんが近付いて来て、ニコヤカに対応してくれます。何カ国語もしゃべれるみたいです。『日本の方ですか?クロネコで郵送できますので、お気に入りの作品がありましたらおっしゃって下さい。』お気に入りっていう意味では山ほどありますけど、ホイホイお買い上げする訳にはいきませんわね。一つ一つが給料何ヶ月分くらいのお値段ですから。歩き回っているうちにお昼になってしまいました。教会の鐘が鳴っています。地元の方達がどんどん吸い込まれて行くレストランを島の中程の住宅街に発見。つられて入ってみました。お客さん、全員男性。観光客は私達だけの様子です。私はリゾットを頂いたんですがビックリするくらい美味しかったです。壁には島のガラス職人たちの写真が並んでいました。お腹一杯になって外に出ると下校途中の小学生とすれ違いました。『お父さんはガラス職人です。お母さんは看護婦です。ボクの将来の夢はサッカー選手になることです。』大将が小学生になりきって言います。たしかにそんな小学生、この島に一人はいると思う。ガラス博物館があるらしいから行ってみようと歩いている時、一件の店に立ち寄って『卵』を見つけました。コロンブスの卵みたいですよね。とってもきれい。『MADE IN MURANO, ITALY』50ユーロ(7000円)でした。街中が美しいガラスで満たされていて既に目がキラキラに慣れてしまったせいか、ガラス博物館の方はイマイチ感動が薄かったです。1世紀から既にガラス製品てあったんだなあとか、よくそんな昔のガラスが壊れずに残ってるなあとか、そういった感動くらいでしょうか。島には4時間くらいいたと思います。まだまだ見切ったとはとてもいえませんが歩き回って疲れて来たので別の島に行ってみることにしました。楽天でもヴェネチア・ガラス売ってます。よかったらこちらも覗いてみて下さいね。 ガラス大好き(つづく)美しい伝統と技 ベネチアングラス福袋/ネックレス/ブレスレット/チョーカー/ベネチアンガラス/...価格:8,400円(税込、送料込)
2014/02/13
コメント(0)
結婚して初めての共同作業はジグソーパズルでした。『こんなところに住みたいね。』夢いっぱいのバブル絶頂期。地中海の見渡せるバラのテラスに思いを馳せ、3000ピースの大型ジグソーパズルに取り組み,完成したものを額に入れてずっと飾っていました。あれから20年。随分色褪せて見るたびに気になり出し、さすがにまたジグソーパズルやってる時間はないからいい絵があったら買おうとここ2年ほど探していたんです。どうしても気に入った絵が見つからないのでお正月休みが始まって、久しぶりにジグソーパズルのお店に立ち寄ってみました。随分様子が変わっていて、もう同じサイズの3000ピースは製造されてないそうで、今は場所をとらないスモールピースが主流とのこと。仕方がないから帰ろうとしたその時、別の暗めの小部屋を発見。暗闇で光るタイプがそこに展示されていたんですね。加賀谷穣 『THE COMETー宙を旅するものー』『これ、いいわー!』太陽系の惑星と彗星が迫力のタッチで描かれています。一目で気に入りました。今ある額に入れるには、ヨコは丁度良いけど縦が足りない。それでもう一つ買うことにしました。宇宙の次に大好きな、海!ラッセン 『ウィンドウ トゥ エターニティー』リビングに同じラッセンのイルカの絵が並んでますので統一性もあっていいかも。左半分を私、右半分を大将の担当と言うことでお正月休みは明けても暮れても仲良く並んでジグソーに取り組んでおりました。宇宙は954ピースで2日くらいで終わってしまったんですが、海の方は1518ピースで正月休み終わってもまだやってましたね。練習もしないで...。なんか左半分て暗くて難しいんですよ。四国行ってヤシの葉っぱ見るたびにこのジグソーパズルが頭をよぎりました。大将のお母さんも途中参加。ジグソーパズル初めてだったようで、最初の一つ見つけたときは大盛り上がり。ハイタッチでした。オペラ鑑賞に始まったお正月休み、ジグソーパズルで終わりました。並べて飾るとこんな感じ。けっこう楽しかったなー。
2014/01/19
コメント(2)
<最後の晩餐>世界的に有名なレオナルド・ダ・ビンチの壁画、『最後の晩餐』がミラノにありました。ネットで予約が必要なんですが、これが大人気でなかなかとれなかったんです。完全入れ替え制で1回に25人ずつ、15分間だけ閲覧出来ます。キャンセル待ちでやっと16時半に取れた千載一遇のチャンス。大将の昼寝のせいで逃してなるものかと3時頃叩き起こしました。大将が寝ている間にガイドブックで行き方をチェックし、一目散にミラノ中央駅のメトロを目指します。1日乗り放題券、スペインで経験済みですんなり買えました。メトロは分かりやすく色分けされていて、最後の晩餐のあるサンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会へはメトロ2号線(緑)でカデルナ駅まで行きます。こちらがその教会。駅から歩いて5分ほどでした。すぐ向かいの通りでなんか撮影してました。テレビドラマでしょうか。有名な俳優さんなのか周りには人だかりが出来てます。こちらが最後の晩餐見学のチケットです。時間になると同じ時間帯に予約した25名が第1の扉をくぐります。入ると同時に後ろの扉が閉まって、まるでディズニーランドのホーンテッドマンションのよう。それが4回もありました。もの凄く警戒厳重なんですね。映画ダビンチ・コードで見た名画。実際に見た時、背中や腕にザワーっと鳥肌が立ちました。ここに,まさにこの場所にレオナルド・ダ・ビンチが立っていたんですね。遠近法で描かれたキリストの背後の風景に吸い込まれそうな気がしました。映画で問題になっていたキリストの左側に描かれた人物。12使徒の一人ヨハネとされています。ヨハネって、イタリア語読みでは『ジョバンニ』だったんです。あのジョバンニさん思い出して思わず笑ってしまいました。15分きっかりで部屋から追い出されます。でもなぜかとても長い長い時間が経過したような不思議な感覚に包まれていました。(つづく)
2013/12/02
コメント(2)
子供のころからピカソというと『変な絵』の代名詞でした。未だにキュビズムは理解出来ませんが、ピカソという人物を知れば知るほどその天才が深みをまして行くんですね。こちらバルセロナにあるピカソ美術館。2013年11月2日に行きました。入館料11ユーロ。今年開館50周年だそうです。パブロ・ピカソは1881年にスペイン南部マラガに生まれます。父親が美術の先生だったこともあってか幼いころから絵を描いていて、親の仕事の関係で14歳でバルセロナへ移り住みます。ピカソ美術館には彼の10代のときの作品が多く展示されているんですが、『変な絵』とはほど遠い、凡人でも分かるものすごく上手な絵ばかりでした。たとえばこれは彼が14歳の時に描いた作品。『ベレー帽の男』(1895)『母親の肖像』(1896)そしてこれは当時の彼の『自画像』(1896)16歳のときの大作『科学と慈愛』(1897)マラガの展覧会で金賞、マドリードの展覧会で佳作を受賞したこの作品により、マドリードの有名校・王立サン・フェルナンド美術アカデミーに入学することになりました。でもピカソは学校になじめなかったんですね。折角いい学校に入ったのに学校へは行かずプラド美術館に通い詰め、ベラスケスの絵を模写することで腕を磨いて行ったんです。そしてパリに移り、20代『青の時代(1901-1904)』が始まります。『母性』(1903)こちらは『バラ色の時代(1904-1906)』の作品。『ベネデッタ・ビアンコの肖像』(1905)まだ、理解出来る範囲ですね。ところが30代になると突然こんな感じになって来るんです。『Blanquita Suárez』(1917)フラメンコ踊ってるのかなくらいのことは分かりますよね。第一次世界大戦中のこのころ、ピカソはバレリーナと結婚して、時々写実的な絵も描いていたようです。『ハーレクイン』(1917)本格的に『変な絵』になってきたのは1925年頃から。『襟飾りと帽子を被ったジャウメ・サバルテスの肖像』(1939)青の時代に描かれた同じ人の肖像がロシアにあるんですが、とても同じ人とは思えないですよね。ベラスケスの名画もこの通り。『ラス・メニーナス』(1957)落書きみたいに書きなぐった訳じゃないんです。これを描くために彼が研究した下書きみたいなもので一部屋埋まってましたから。それにしても一番右側の人、かわいそうすぎますよね。線だもん。ここに行き着くまでに力尽きたのかな。ベラスケス(左側の巨人)が存在感あり過ぎ。左から右に向かって研究を進めたんでしょうかね。ちなみにオリジナルはこちら。この絵に対するピカソの思い入れはたいそうなものだったに違いありません。こんな感じでバルセロナのピカソ美術館では彼の変遷を見ることができます。ハトばっかり描いてる部屋もありました。奥さんより鳩が好きだったという噂もあります。『鳩』(1957)娘にもパロマ(鳩)という名前をつけたくらい。亡くなったのは1973年。何となく気に入ったのはこの絵でした。『マルゴット』(1901)パリの女性なんでしょうね。なんだかイワ様みたいで親しみがわきました。バルセロナのピカソ美術館の公式サイトはこちらです。オンラインでチケット買うこともできます。
2013/11/14
コメント(2)
東京都美術館で始まったターナー展に行って来ました。英国最高の巨匠といわれるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーは、1775年ロンドンの床屋の息子として生まれます。子供のころから画才があって、父親が息子の絵を店に飾って売っていたそうです。26歳のとき、当時最年少でロイヤルアカデミーの正会員に選ばれ英国美術界での名声を確立しました。『ターナーの自画像(W. ホウル[子]による版画)1859-61年出版』彼が生涯探求し絵画の中に目指したものは『崇高』(sublime)だったそうです。それほどメジャーでなかった風景画の地位を高めたのは彼の目指したものの高さゆえかもしれませんね。ロンドンのテート美術館が所蔵する2万点におよぶ彼の作品の中から、今回は油彩画30点と水彩画、スケッチブックなど計約110点を選んで展示されています。これはターナーが23歳のときロイヤル・アカデミー展に出品した作品です。『バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨』(1798)ジェイムス・トムソンの詩『春』の中から数行が添えられていました。堂々たる儚い弓が壮大にそびえ立ちありとあらゆる色彩が姿をあらわすこの絵とこの詩を見た時、思わずウルッと来てしまいましたよ。まさに『崇高』だったから。そしてこちらはその1年前、22歳の時にアカデミー展に出品した作品。『月光、ミルバンクより眺めた習作』(1797)美しい夜ですね。中秋の名月って感じです。ターナーといえば『海』のイメージを持っていました。『平和―水葬』(1842)この彼の代表作品も海洋国家イギリスならではかと思いますが、テーマが暗いので素晴らしい作品ですけど家に飾るのはちょっとね。作品に向ける情熱やこだわりもこの展覧会を通じて知りました。リアルな波を描くために船のマストに一晩縛り付けてもらって荒れ狂う海を観察したそうでうです。ご無事で何よりでしたね。『オレンジ公ウィリアム三世はオランダを発ち、荒れた海を越えて1688年11月4日にトーベイ上陸』(1832)40歳を超えた辺りからイタリア遠征を始めます。私の大好きなクロード・ロランにも大きな影響を受けたそうです。この作品、見た瞬間にそれを感じましたね。『レグルス』(1828)ギリシャ神話に出てくる将軍レグルスが、敵にまぶたを切られて目を閉じる事ができず、 まぶしい陽光を受けて失明する直前に見た風景だそうです。素晴らしい絵です。ホントに眩しくて目が開けてられない感じ。黄色が大好きで『カレーマニア』なんてあだ名を付けられてたそうですよ。ターナーの絵にしては珍しく、くっきりはっきり描かれている作品がこちら。『ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ』(1820)初めてのイタリア遠征で持ち帰った全ての情報を盛り込んだと言った感じですね。彼の作品は晩年になればなるほど公害で煙る空気描写みたいになっていくんです。モネに影響を与えたとか言われてますが、私個人の見解からするとひょっとしてターナーは白内障かなにかの目の病気にかかってたんじゃないでしょうか。これが彼の目指した究極の崇高なのかもしれませんが。絵画の他にスケッチブックも展示されていました。スケッチなんて言う軽い感じのものではなく、それ自身が作品として成り立っています。書家は落書きも凄いみたいな感じでしょうかね。ターナーはそれほど大好きという訳ではありませんが、メトロポリタン美術館展で見たヴェネチアの絵は気に入ってしばらく家のパソコンの壁紙にしていました。ターナー展は2013年12月18日まで上野の東京都美術館で、その後2014年1月11日から4月6日まで神戸市立博物館で開催されています。公式サイトはこちらです。競技会から靴屋、そして美術館とはしごして棒になった足を癒してくれたのが、上野動物園のパンダのカフェオレ。
2013/10/15
コメント(2)
東京都美術館へ行ってきました。大将が中学の同窓会とかで京都に行っているので一人自由の身です。やっぱり美術鑑賞や映画鑑賞は一人で行く方が気が楽ですね。誰か一緒にいると何かしゃべらなくちゃとか言う強迫観念に駆られるし、自分は楽しいけど相手は楽しんでるかなとか妙に気を使うんですよ。その点一人だと気になった作品を何度行きつ戻りつして鑑賞してもいいし、面白くなかったらすぐに出て来ちゃう事も出来ます。今日ご紹介する『ルーブル美術館展 地中海四千年のものがたり』の目玉はなんといってもこのチケットになっている作品。アルテミス、通称「ギャビーのディアナ」紀元100年頃今から2千年近く前に造られた作品が手も足も首も鼻ももげてなくてそのままの美しい姿をとどめている事だけで感動ですよね。私はつい足元を見てしまいました。人の足の形が三つのタイプに分類されているのご存知ですか?1 親指が一番長い「エジプト型」2 人差し指が一番長い「ギリシャ型」3 指がほぼ同じ長さの「スクエア型」自分がギリシャ型なので、ギリシャ彫刻を見るとつい足がギリシャ型になってるかチェックしてしまうんです。この美しい狩りの女神様もギリシャ型になってました。ルーブル美術館は何十年も前に一度訪れた事があります。何しろ広大な美術館なのでとても1日では回りきれないんですね。この女神様を見たかどうかも覚えていません。日本に来たルーブル美術館展は既に2回ご紹介しました。作品数が膨大なのでテーマを決めないと選びようがないんでしょうね。『古代ギリシア芸術・神々の遺産』と『17世紀ヨーロッパ絵画』もご興味ありましたらご覧下さい。今回は地中海沿岸に場所を絞って、4000年の歴史をたどりながら各時代に残された芸術作品の数々を紹介してくれています。メトロポリタン美術館展でも似たようなテーマで作品紹介されてました。ルーブルに地中海で栄えた文明の遺跡が多く展示されているのは、ナポレオンもそうでしたけどフランス人がそれらの文明に深い興味を持ち熱意を持って収集・研究したということでしょうね。地中海諸国に共通するのは温暖な気候から産み出される小麦、ワイン、オリーブなどの産物。そしてそれらの交易の拠点として発展した島々には紀元前の人々の暮らしや信奉した神を図柄にしたツボや杯が多く出土しています。第1章は地中海の始まり(紀元前2000年から前1000年紀までの交流)です。何千年も前のおしゃれなスプーンがあったり、手の混んだ香油入れがあったり。文字の多様性には驚きましたね。シャンポリオンが解読したとされるロゼッタストーンの複製があったんですが、そのほかにもアッカド文字とかフェニキア文字とか、エジプト文字やギリシャ文字とは違うのもいろいろあったんですね。第2章は統合された地中海(ギリシャ、カルタゴ、ローマ)。ここでの発見は地中海を隔てたヨーロッパ側のギリシャ、ローマとアフリカ側のカルタゴ(現在のチュニジア)では彫刻にする素材がはっきりと分かれている事です。ヨーロッパ側では大理石ばっかりなのに対し、アフリカ側は石灰岩を使っているんですね。地中海流域の一帯が一つの国に統合されたのは後にも先にもローマ帝国だけだそうで、ローマ軍に徹底的に破壊され尽くしたカルタゴの遺産はほとんど残っていないようです。第3章中世の地中海(十字軍からレコンキスタへ1090-1492年)。この時代はほぼキリスト教とイスラム教の勢力争いと言った様相ですが、ケビン・コスナー主演の映画『ロビンフッド』でも描かれていたように異文化交流も盛んだったようです。去年世界選手権があったマヨルカ島もレコンキスタの波に乗るアラゴン王国に統合された歴史があります。第4章地中海の近代(ルネッサンスから啓蒙主義の時代へ1490-1750年)。オスマントルコ全盛の時代。イタリアではギリシア、ローマの文化を復興しようとする文化運動ルネッサンスが花開きます。この頃はオランダもスペインもポルトガルも西洋列強諸国はこぞって大航海に乗り出していますので、地中海貿易は近場の買い物のようなものだったのかもしれません。西洋ではトルコ趣味というのが流行っていたらしく、レンブラントの作品にもトルコ風の肖像画があった事を思い出しました。こちらはジャン=エティエンヌ・リオタールの作品。『トルコ風衣装のイギリス商人レヴェット氏と、クリミアの元フランス領事の娘クラヴィーニ嬢』(1740年頃)第5章 地中海紀行(1750-1850年)この時代の西欧では、教養を深めるためのイタリア旅行、特にイギリス貴族が始めたグランドツアーとよぶ旅行ブームがあったそうなんです。ゲーテのイタリア紀行もこれなのかしら。ここに来てようやく彩り豊かな絵画群に遭遇しました。これまではずっと出土品が多かったのでみんな白とか茶色だったんですよね。こちらコローの作品。『ハイディ:ギリシャの若い娘、イギリスの詩人バイロン卿によるドン・ジュアンの登場人物』(1870-1872頃)なんだか時間的にも距離的にもヨーロッパ大旅行をした気分になりました。本当はこのあと隣の西洋美術館で始まったミケランジェロ展も見ようかと目論んでいたんですが、ここだけで気がつけば閉館間際。全部で273点の歴史的価値の深い品々、じっくり見させて頂きました。こちら9月23日までやってますので、ご興味ある方どうぞご覧になってみて下さい。学校の授業より勉強になるかも。公式サイトはこちらです。ルーブル美術館展 地中海四千年のものがたり
2013/09/07
コメント(0)
<ベラスケス>プラド美術館の看板画家と言ったらベラスケス。ゴヤ、エル・グレコと並んでスペインの三大画家の一人に上げられ、17世紀に活躍した世界的な巨匠です。プラド美術館の正面に像が建っていて、初めて訪れた時に10分しか見られなかった悔しさに再び来ることを硬く誓った思い出があります。現存する約120点の作品のうちの50点がプラド美術館に収蔵されていて、そのほとんどは宮廷画家としてフェリペ4世に仕えた約30年間に描かれたものです。最も有名なのはこの作品でしょう。教科書にも載ってました。『ラス・メニーナス』1656年ラス・メニーナスとは女官達という意味ですが、この絵の主人公はどう見ても中央に立つ王女マルガリータ。王女の両脇にタイトルとなっている女官達、左がマリア右がイザベル、左には絵筆を持つ画家ベラスケス、奥の鏡に映っているのが国王夫妻と言われています。つまり私達はこの絵を国王夫妻の目線で見ていることになるんですね。空間に対する人物配置の上手さや、ちゃっかり自分も登場するあたり、匠の技を感じますね。プラド美術館で買ったガイドブックの表紙もこの絵になっています。王の離宮を飾るために描かれた作品の一つがこれ。『槍(ブレダ開城)』1634-1655年1625年にオランダの要塞ブレダをスペイン軍が陥落したときの絵です。右がスペイン軍,左がオランダ軍とのことですが、これは解説本読むまで画家の意図するところは分かりませんでした。通常勝者は馬上から跪く敗者を見下ろすような形で描かれることが多いらしいんです。この絵は勝者が敗者と同じ地面に立ち、肩に手までかけて敗者の健闘をねぎらっているかのようで、スペイン騎士道精神を表したものとのこと。林立する槍はスペイン軍の軍事力と統率を示唆し、背景に立ち上る煙で臨場感を与えています。ベラスケスの想像力と構想の巧みさがここでも現れていますね。ベラスケスは2度イタリアに留学していますがそれ以外はずっと宮廷にいましたので、フィリペ4世と家族の絵はたくさんあるんです。『フェリペ4世の胸像』1653年頃随分顔の長い王様なので、はじめはベラスケスが上下に長く引き延ばしたような技法使いなのかなんて思ってた時期もありましたが、側に使える道化や神話の絵などを見ると普通なので、この王様は本当にこういう顔だったんだと改めて思いました。特に素晴らしいなと思うのは材質の描写ですね。質感や重みを感じられるほどのリアルさで描かれているんです。『オリバーレス公伯爵ガスパール・デ・グスマーン』1635年そしてはっと息を飲むほどの荘厳さに打たれたのはこの作品。『キリストの磔刑』1631-1632年この時代にしては宗教画の少ないベラスケスを信仰の欠如とする説があるそうなんですが、この作品を見ると信仰がない人には描けない美が現れていると私には思えますね。ディエゴ・ベラスケスは1599年にセビリアで生まれ、1623年から宮廷画家としてマドリードでフェリペ4世に仕えました。1660年8月6日、61歳で亡くなったそうです。ルーベンスとも親交があったと伝えられています。<こちらも合わせてご覧下さい>プラド美術館の思い出(1)プラド美術館の思い出(2)プラド美術館の思い出(3)
2013/08/18
コメント(2)
『日本におけるイタリア2013』というイベントの一環として今年はラファエロ,レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロの三大芸術家展が開催されます。残念ながらラファエロは見に行くチャンスに恵まれませんでしたが、レオナルド・ダ・ヴィンチは行って参りましたよ。上野の東京都美術館です。土曜の朝イチなら空いてるかと思ったんですが、意外と盛況。休日の午前中、ゆっくり寝てるのはうちくらいなのかな。一番の目玉はこのチケットにもなっているレオナルド・ダ・ヴィンチ作『音楽家の肖像』(1485頃)です。実際,彼の直筆のカラー作品はこれ一点だったんですが、2つの大きな意味がある作品でした。一つ、日本初上陸。ミラノのアンブロジアーナ図書館・絵画館が所蔵するミラノ時代のレオナルドの傑作ということで、これは見ておかないと一生拝む機会がないかもしれないと思いました。あまりご興味のない方(うちの大将含む)にとってみれば、別に実物見なくてもネットで見られるじゃないかと思われるかもしれませんが、ダンスやサッカーなどもテレビで見るのと実際に競技会場で見るのでは別の楽しみがありますよね。二つ目は、この作品がレオナルドの描いた唯一の男性肖像画だという事です。宗教画ではキリストとかヨハネとか男性も描いてますけど、同時期に生きていたモナリザのような肖像画は女性ばっかりしか描いてないんです。『オレは男は描かない』主義だったのか、たまたま依頼がなかったのかその辺は分かりませんが。レオナルドを冠した作品展に、この作品以外なにが展示されていたのかと言うと彼のアイデアを書き留めた手書きのメモです。多分野に渡って天才的な才能を発揮した人物ですから、落書きだって大変な価値があるんですね。彼の死後に弟子の一人がこれらをまとめて本にしたんですが、サイズが地図帳(アトラス)と同じ大型だったので『アトランティコ手稿(しゅこう)』と呼ばれています。蔵書目録からお父さんへの手紙,人物のデッザン、幾何学的研究,建築、機械,人体飛行の研究など、いろんなものに興味をもっていたことが分かります。しかも単なる興味に留まらず独自のアイデアを自在な筆で書き留めているんです。これだけの万能人ですから、ダヴィンチコードみたいな小説が生まれるんでしょうね。彼は画家として最も有名になりましたが、若い頃は音楽家としても名を馳せていたようです。レオナルド工房の弟子と彼ら追随者をあわせた一派を『レオナルデスキ』と呼ぶそうです。ラファエロは大きな工房を構えて50人くらい弟子を抱えていたそうですが、レオナルドはそんなに弟子を取ってなかったんです。せいぜい10人くらい。少数精鋭だったんでしょうかね。レオナルドの絵画の特徴はやさしい輪郭にあると思うんですが、それを非常に良く受け継いでいると思われる作品がこちら。ベルナルディーノ・ルイーニ『幼子イエスと子羊』(1520年代後半)他のレオナルデスキの作品もいくつか見られましたが素描が多かったですね。レオナルド(1452-1519)と同時代を生きた画家達の素描も展示されてました。全部で109点。レオナルド・ダ・ヴィンチ展は今月末まで開催されています。ご興味ある方、公式サイトはこちらです。
2013/06/23
コメント(0)
<ルーベンス>ルーベンスと言えば『フランダースの犬』にも出て来るベルギーのアントワープの画家ですが、スペインのプラドにもたくさんの作品がありました。入ってすぐに、まるで間違い探しをしろと言わんばかりに並んでいるそっくりな2枚の大きな絵があるんです。1枚はティッツァーノ、もう一枚はルーベンス。二人の天才画家の描く『アダムとイブ』です。『アダムとイブ』1628年 - 1629年ルーベンスが生まれたのは1577年。若くして才能を見いだされた彼は推薦状を持って1600年から8年間イタリアへ留学しました。ティツィアーノやラファエロの絵に大きな影響を受けたそうです。イタリアから戻った彼は、アントワープに工房を開きます。ベルギーやオランダはこの時スペイン領で、オランダ独立戦争とも呼ばれる八十年戦争の真っただ中でした。ちょうど彼が帰国した時に12年停戦協定が結ばれて大航海時代の繁栄が始まろうとしていたんです。『東方三博士の礼拝』1609年は、停戦協定の記念として市の注文で描かれ市庁舎に飾られたものです。『東方三博士の礼拝』1609年イタリア帰りのルーベンスは多くの制作依頼を受ける有名画家になりました。宗教的にも生活習慣的にも王室や有力者たちの好みに合って、才能を遺憾なく発揮出来る後ろ盾が得られたんですね。ルーベンスの作品がスペインに多くあるのは、当時のスペイン国王フェリペ4世がルーベンスの大ファンだったからなんです。最初の妻イザベラが亡くなって4年後、53歳のルーベンスは16歳のエレーヌと結婚します。ちょっと太めの若妻がモデルになっていると言われる『三美神』1635年がありました。左の金髪の女性。『三美神』1635年この絵だけは生涯手元に置いていたそうですが、亡くなってから間もなくフィリペ4世のもとに渡ったとの事。ルーベンスは非常に優秀な人で、画家としてだけでなく外交官としても大きな働きをしました。7カ国語も話せたそうです。スペインとネーデルランドの平和のために奔走し、スペインのフェリペ4世からもイングランド国王チャールズ1世からもナイトの爵位を受けています。このころ日本も戦国時代。まだ交通網はそれほど充実している訳ではないでしょうから外交に飛び回っていて絵なんか描いてる時間あったんでしょうか。工房のスタッフがほとんどの作業をやってくれてたのかもしれませんが、ヤン・ブリューゲルとは友達でよく合作を描いてました。スペインではベラスケスが友達で『一緒にイタリア旅行しよう』なんていう話しもあったそうです。プラド美術館のルーベンスコレックションは数で言ったら世界一とガイドブックには書いてありました。でもリヒテンシュタインも3万点で英国王室に次ぐ世界最大級の個人コレくションと言ってましたから、生涯にいったいどれだけ作品を残したのか計り知れないものがありますね。渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで『ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア』展やってたんですよね。今日までだったんです。週末も大将は仕事で忙しかったので、私一人で行こうと目論んでいたんですが、足痛いし48年ぶりとか言う大寒波到来で行く気を削がれ、残念ながら見逃してしまいました。ご興味ある方、こちらの公式サイトに紹介の動画があります。ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア<こちらも合わせてご覧下さい>プラド美術館の思い出(1)プラド美術館の思い出(2)
2013/04/21
コメント(0)
ベラスケス、ゴヤと並ぶスペイン三大画家の一人、エル・グレコ。その特別展を上野の東京都美術館に見に行ってきました。今年没後400年という節目だそうです。ご存知の方も多いと思うんですが、エル・グレコというのは本名じゃないんですね。ドメニコス・テオトコプーロス(1541-1614年)という名のギリシャ人で、クレタ島に生まれイタリアからスペインまで流れ流れてトレドに落ち着くんですが、名前が呼びにくかったせいかみんなから『エル・グレコ(スペイン語でギリシャ人の意味)』と呼ばれていました。東京都美術館のリニューアル記念の一環として国内史上最大の回顧展を開催していて、もう終わりも迫っていた(2013年4月7日まで)ので大将に持ちかけたところ反応がイマイチ。『エル・グレコって、プラドでいっぱい見たからもういいよ。暗ーい、こわーい,ボク行かなーい。』黒が基調の宗教画が多いですからね。でもそれは光を際立たせるための手法なんですよ。まあ、というわけで、爆弾低気圧が近付く昨日の午前中に一人で東京まで見に行ってきました。展示作品51点のうち多くはトレドのエル・グレコ美術館所蔵のものですが、その他にも世界中に散らばってる作品を一堂に会し、東京都美術館も『奇跡の集結』と歌ってるだけあって見応えがありました。スペイン人も見に来てましたよ。お隣の国立西洋美術館から借りて来た作品もありました。一番の見所はチケットにもなっている『無原罪のお宿り』です。トレドのサン・ニコラス教区聖堂にある3mを越える大作で、まさに『一度見上げたら、忘れられない』というコピーの通り印象深い作品です。ムリーリョの同名の作品を以前ご紹介しましたが、私はいままで意味を取り違えていた事を今回知りました。無原罪というのはイエス・キリストが性交渉なしにマリア様に宿ったという事ではなく、マリア自身が彼女の母親アンナに宿った時がそうだったというカトリックの教義らしいです。エル・グレコの作品によく出て来る周りを取り囲むようなツブツブが全部天使の頭だったってことも発見。いままでエル・グレコは宗教画家だと思っていたんですがそれ以前に肖像画家だったというのも初めて知りました。凄い上手なんですよ。当たり前と言えば当たり前なんでしょうけど、ピカソの写実的な絵を初めてみた時のような驚きでした。『え?! こんな絵も描けるんだ。』みたいな。こちらはエル・グレコの友人で当代きっての知識人だった方。肖像画の傑作の一つと言われています。『修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像』(1611年、ボストン美術館)こちら自画像と言われている作品。『芸術家の自画像』(1595年頃、メトロポリタン美術館)修道士とか医者とかの肖像の中に、一つだけやけに美しく念入りに描かれた作品が目を引きました。『白貂の毛皮をまとう貴婦人』(1577-1590年頃、グラスゴー美術館)もう一つ発見だったのは、エル・グレコがただの画家ではなく、祭壇をデザインしたり文章を書いたり出来る総合芸術家だったということです。祭壇画を描くにあたって、教会の窓の位置とか光の差し込む角度、鳩が飛んで来る方向なんかも計算に入れていたようなんですね。左:『受胎告知』(1576年頃、テッセン・ボルミネッサ美術館、マドリード)中央:『悔悛するマグダラのマリア』(1576年頃、ブダペスト国立西洋美術館)右:『フェリペ2世の栄光』(1579-1582年、エル・エスコリアル修道院、スペイン)出口近くにエル・グレコの言葉がいくつか書かれていたんですが、最も心に残ったのは光に関する記述でした。聖なるもの、キリストやマリアや天使たちを、より大きく見せるためにエル・グレコはそれらが天体であるという事を利用したと言った内容です。『光というものはたとえ小さくとも、遠くから見ると大きく見えるものである。』エル・グレコ展は今日で終わりですが、御興味ありましたら公式サイトの方も覗いてみて下さい。
2013/04/07
コメント(0)
『京都は、今描いていただかないと、なくなります。 京都のあるうちに、描いておいてください。』去年の暮れ,偶然つけたテレビで『美の巨人たち』という番組を見ました。そこで特集されていたのが、東山魁夷の描く『年暮る』という1968年の作品。ビッシリと連なる瓦屋根には深々と雪がつもり、家から漏れる小さな明かりが人々の営みを見せています。何と言う静かな,そして厳かな絵でしょう。冒頭の言葉は、文豪・川端康成が友人の日本画家・東山魁夷に懇願したもので、この京都弁の優しい響きが私の耳にずっと残っていたんです。東山魁夷せとうち美術館の存在を知ったのは本当に偶然で、坂出駅について大将がホテルに連絡している間にふと見つけた案内板がきっかけでした。まだ閉館まで1時間ほどあったので、ホテルにチェックインしてすぐにタクシーで向かいます。祖父の出生地の櫃石島に近いこの位置に建てられたとのこと。瀬戸大橋を臨む美しい場所でした。外も静かなんですが中はもっと静かで、そう感じたのは展示されている絵から流れ出す静けさのせいかも知れません。1階では『樹木との語らい/自然との対話』と題し、四季の樹木の作品が展示されていました。若葉が萌える絵は本当にきれいでした。大将は秋の落ち葉が舞う絵が好きと行っていましたね。他の絵と違い、動きと音のある絵でした。2階では『日本の古都/四季の風景』。『京都は、今描いていただかないと、なくなります。 京都のあるうちに、描いておいてください。』この言葉に再びここで出会うとは思っても見ませんでした。北山杉の深い緑、月に照らされた円山公園の桜、春霞の比叡山。描かれた京都は見事に日本の美を残していました。こちらが入館チケット。いいものを見ました。ご興味ある方,こちらのサイトをご覧ください。
2013/01/21
コメント(0)
上野にやってきました。目的はダンスシューズでもなく世界のビールでもなく、アートです。リヒテンシュタインに続いて、美術館のハシゴでした。2012年4月にリニューアルオープンした東京都美術館。その記念特別展として開催された『マウリッツハイス美術館展』に続き、今年2回目の特別展が開催されています。世界三大美術館として以前プラド美術館をご紹介しましたが、これには諸説あって、ルーブル、エルミタージュと並びニューヨーク・メトロポリタン美術館(通称メット)を上げる人もいます。何十年も前に私も訪れたことがあるんですが、一番の特徴はコレクションのバラエティだと思います。絵画や彫刻だけでなく、あらゆる時代、あらゆる種類の美術品が所蔵されていて、その数ざっと200万点とか。今回の特別展はそのメトロポリタン美術館から歴史的にも芸術的にも価値の高い作品を選りすぐって、絵画54点、彫刻・工芸66点、写真13点を紹介。選ぶの大変だったでしょうね。入り口を入ってすぐ、私の大好きなクロード・ロランの『日の出』1646年頃がありました。この展示会では、対象となったテーマごとに作品を分類して見せてくれています。第1章は『理想化された自然』。絵のように美しい風景を更に理想的に美しく描いた、私の大好きなジャンルです。トーマス・コール『キャッツキル山地の眺めー初秋』1836年頃アッシャー・B・デュランド『風景ー「サナトプシス」からの場面』1850年この3枚だけでも来た甲斐がありました。しばらくこのエリアから動けずに、行きつ戻りつしてしまいましたよ。年代差が大きくて面白かったのは第3章『動物たち』でした。一番古い作品は紀元前2600年頃の古代メソポタミア文明の工芸品。楽器の装飾に使われたブロンズ製の牛頭です。人間の側にいる生き物が対象になってはいますが、この時代の作品は『美』というよりも『神』でしょうね。神は永遠を表すものでもあったでしょう。一番新しいのは1900年代のステンドグラス。これも私の大好きなジャンルです。ティファニー・スタジオ製造の『ハイビスカスとオウムの窓』1902-1932年だんだん時代が新しくなるに連れて、永遠から瞬間へと美が切り取られる時間が短くなって行く気がします。写真も然りですね。まさに人類の美の変遷をタイムマシンに乗って一度に見られるスケールの大きな展示会です。リヒテンシュタインやエルミタージュ展のように日本中を巡回するものではなく、東京都美術館のオープン記念のためだけにやって来たお宝なんですね。中でも目玉なのはゴッホの『糸杉』1889年。メラメラした感じがゴッホですよね。チケットにもなってました。それより私が感動したのは、同じカテゴリー第6章『大地と空』に分類されていたアルバート・ビアスタットの『マーセド川、ヨセミテ渓谷』1866年。神々しい感じです。ターナーの傑作『ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会の柱廊から望む』1835年も素晴らしい絵でした。このほかに、レンブラントやライスダールの作品もありました。とんでもなく多い作品群の中から、よくぞこれらの絵画を選んでくれたと言いたいですよ。できればフェルメールなんかも出して欲しかったですけどね。絵画や写真に関してはヨーロッパでは滅多にお目にかかれないアメリカ人アーチスとの作品が多くて新鮮でした。この展示会は2013年1月4日まで開催されています。詳しい情報は公式サイトをご覧ください。
2012/12/11
コメント(2)
開館5周年を迎えた国立新美術館、ここに行くのはこれが初めてです。千代田線乃木坂駅から直通で行ける通路は波打つようなデザインでおしゃれに整備されていました。六本木のこのあたりは以前仕事や遊びでよく来ていたんですが、当時とは随分変わりましたね。(あれはバブルの頃だったか)建物自体も光をふんだんに取り入れた近代的な作りになっていて、明るくて暖か。中央には2つの巨大なコーヒーカップを模したのでしょうか、その天辺にそれぞれカフェがあって、そこでサンドイッチを頂いて来ました。とても開放感があってくつろげる空間です。同じ会場で日展の方が大々的に開催されてましたが、5周年を記念して開催されている企画展『リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝』を見てきました。これがチケット。オーストリアとスイスにはさまれたリヒテンシュタイン公国。リヒテンシュタイン侯爵家の当主によって世襲統治され、ヨーロッパ最後の絶対君主制を敷く珍しい国です。大きさは日本の小豆島くらいだそうで、サンマリノが世界190位に対してリヒテンシュタインは191位と似たような立ち位置なんですが、リヒテンシュタイン侯爵家が所蔵している芸術作品が世界もうらやむラインナップなんですね。その数3万点だそうで、英国王室に次ぐ世界最大級の個人コレクションだそうです。そこから今回は139点を選りすぐって本邦初公開。個人で持ってるお宝は滅多に公開しませんので、これは非常に貴重な展示会と言えます。中でもルーベンスのコレクションは世界有数だそうで、それ以外にもバロック様式の宮殿を再現した展示コーナーや、多分生涯に一度しか本物を見る機会がないであろうラファエロ、レンブラント、ヴァン・ダイクなどの名画が紹介されていました。大地真央さんの音声ガイドを借りてゆっくりと鑑賞して来たんですが、作品の一つ一つがどれもすばらしくて、これらを収集したリヒテンシュタイン家代々の方々の審美眼と財力に恐れ入りました。チケットにもなっている『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』は巨匠ルーベンスを『大好きなパパ』として見ている真っ直ぐな娘の瞳に吸い込まれそうになります。ルーベンスの大作はベルギー王立美術館でたくさん見てきましたが、天に向かって昇って行く神々しい絵画よりもずっと真実と愛に満ちあふれた素晴らしい作品です。音声ガイドでも言ってましたが、きっとこの絵だけは100人以上いたであろう工房の弟子に一筆たりとも触れさせずにルーベンス本人が描いたものでしょう。残念ながらこの時5歳だった少女は12歳で早逝されたそうです。ルーベンス作品で今回最もインパクトがある絵はローマの英雄を描いた連作『デキウス・ムス』でした。風になびく赤いマントがソゲキングみたいなんですけど、額縁の豪華さだけでも既に圧倒される大作です。これも一見の価値あり。ブリューゲル一族は画家ばっかりだというお話を以前しましたが、息子や孫が、勉強のためかお金になったからか親の作品をたくさん模写してるんです。それがまた本物そっくりでそっちにも芸術的価値が高いんですね。プラド美術館にある『死の勝利』や、ベルギー王立美術館で見た『ベツレへムの人口調査』の模写がここで見られます。また、一族ではない画家ルーカス・ファン・ファルケンボルフによる模写『盲人の寓話』も展示されていました。図録を見て初めて知ったんですが、オリジナルと模写では色合いが違う部分があるんです。間違い探しクイズのようで面白いですね。図録は、かさ張るしどんどん溜まるのでなるべく買わないようにしているんですが、この展示会に限っては買ってよかったと思ってます。展示されてないお宝も載ってますし、美術館ではなく個人蔵なので自分から訪ねて行って見せてもらう機会なんて、これから先まずなさそうですもんね。『肖像画をお願いするならヴァン・ダイク』と言われるほど人気肖像画家だったヴァン・ダイクの『マリア・デ・タシスの肖像』も素敵でした。この方、当時郵政事業を一手に引き受けていたタシス家のご令嬢(19歳)だそうです。エルミタージュ展でヴァン・ダイク本人の肖像画を見ましたけど、実物の特徴を捉えつつより美しく描く天才だったんじゃないでしょうか。非の打ち所のない人物に仕上がってます。肖像画と言えば今までノーマークだったんですが、19世紀オーストリアで活躍したフリードリヒ・フォン・アメリングの作品にも、今回心奪われました。この美しさ。この愛らしさ。絵画のみならず天井画も工芸品もたまらなく魅力的で、とてもご紹介し尽くせないのが残念です。ご興味ある方は実際に足を運んでみて下さい。展示会は2012年12月23日まで東京で、そのあと高知、京都と巡回しますが、東京でしか見られない作品が20点ありますのでご注意くださいね。詳しい情報は公式サイトをご覧ください。作品リストもチェックできます。
2012/12/08
コメント(0)
イタリアに行ったら絶対ウフィツィ美術館は行きたいと前々から思ってはいましたが、本音を言うとオランダのマウリッツハイスやスペインのプラドほど期待に胸躍らせていた訳ではないんです。イタリア絵画は大好きなんですよ。でもここにあるのは主にルネッサンス期の作品で、私の好きな時代よりも少し前なんです。テーマも宗教がらみか神話がらみばっかり。時代背景からそうせざるを得なかった事情があるんでしょうね。この時代の絵が嫌いという訳でもないので『フィレンツェ 芸術都市の誕生展』始め、『ビーナス展』や『ダビンチ展』、『ボルゲーゼ美術館展』などで訪日したルネサンス芸術を干渉させてもらってはいます。ウフィツィ美術館はもとはメディチ家のコジモ1世が1560年にオフィスとして建てささせたもので、1737年にメディチ家断絶の際、全ての美術品もひっくるめてトスカーナ政府に寄贈したんだそうです。2012年10月7日(日)に予約して行ってきました。建物自体もお宝で見応え十分なんですが、やはり目を引くのはダビンチやボッティチェッリ、ミケランジェロ、ラファエロといった巨匠達の絵画です。ダビンチの受胎告知は日本に来たときに見たことがありますが、同じテーマでたくさんの作品がある中、やはりダビンチの作品は格が違う感じがするんです。ボッティチェッリの代表作『ヴィーナスの誕生』と『春』は巨大な絵でした。ミケランジェロの『聖家族』、ティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』もここにあります。ジョットの鐘楼を作った「西洋絵画の父」ジョットさんの作品もありました。これまでとっても平面的だった宗教画に3D効果をもたらしたことで有名です。それに忘れちゃならないフィリッポ・リッピ。ボッティチェッリの師匠です。聖母子の絵なんてみんな描いてるんですけど、不思議とこの方の絵の前で足が止まるんですよね。やっぱり何かが違います。ダビンチの師匠のヴェロッキオ、この方の『キリストの洗礼』も有名です。弟子のダビンチが天使の一人を描いてるんですが、それがあまりに素晴らしいので絵を描くのをやめてしまったという逸話が残っています。この方はダビンチの他にも弟子がたくさんいて、ラファエロの師匠だったペルジーノもミケランジェロの師匠だったギルランダイオもこの方の弟子だったそうです。有能な教育者だったんでしょうね。もっと新しい私の好きなタイプの作品もあって、カナレットの『ヴェネツィア: ドゥカーレ宮殿の風景』、ロッソ・フィオレンティーノ 『奏楽の天使』、クロード・ロラン 『ヴィラ・メディチの港』、カラバッジオの『バッカス』、このあたりは素敵でした。重たいメインディッシュのあとの爽やかなデザートと言った感じ。日本人の団体もいらしていて、混ざって解説聞いちゃおうかと思ったんですが、最近のガイドさんはワイヤレスマイクでボソボソ話されていて、ツアー客の皆さんそれぞれイヤフォンをつけて聞いておられるので、私のようなちゃっかりさんには聞こえないようになってるんですね。だいたい3時間くらいで回りました。お土産に日本語ガイドブック買ったので、日本に帰ってからじっくり解説読んで楽しんでます。
2012/11/02
コメント(2)
世界三大美術館の一つと言われるエルミタージュ美術館。ロシアはいつ行けるかの保証もないので是非その展示会には行きたかったんですが、今回はまだ見ていないうちに会場が東京から名古屋に移っていました。試合の後、長良川鉄道の運転手さんのがんばりもあって行くことが出来たんです。大エルミタージュ美術館展(名古屋)『大』が付いてますから、普通のエルミタージュ美術館展とはちょっと違うぞという主催者側の気合いが感じられますね。300万点を超える所蔵作品の中から選りすぐりの89点を展示し、東京、名古屋、京都と巡回することになっているそうです。名古屋駅のコインロッカーに荷物を預けて地下鉄で一駅、こちら初めて訪れた名古屋市美術館です。サブタイトルになっている『世紀の顔・西欧絵画の400年』が示す通り、16世紀のルネッサンスから20世紀のアバンギャルドまで、その時代を代表するようなすごい作品ばかりでした。まず最初が16世紀のイタリア絵画。ヴェネチア展ですら展示してなかったティツィアーノの作品がありました。さすがエカテリーナ2世。このコーナーで一番目を引いたのはチケットに使われているバルトロメオ・スケドーニの『風景の中のクピド』。すぐ隣に同じ子供のモデルを使ったと思われる『聖家族と洗礼車ヨハネ』があったんですが、表情はこっちの方がずっと魅力的です。続いて17世紀、私の大好きなオランダ黄金時代の絵画。レンブラントが自分の母親を描いたんじゃないかと言われる『老婦人の肖像』がありました。動きのある寓意で有名なヤンステーンの『結婚の契約』、風景画のライスダールの『海岸』、そしてウィレム・クラースゾーン・へダの静物画『蟹のある食卓』と目を引く作品が目白押し。ルーベンスの『虹のある風景』(1632頃-1635)はとてもきれいでしたね。ヴァン・ダイクの『自画像』は初めて見たんですが、男前なのでつい絵はがきを買って来てしまいました。18世紀のフランス絵画には廃墟や古代建築物のある風景を得意とするユベール・ロベールの絵や、ブーシェのちょっと小憎たらしい顔の天使の絵がありました。『ブーシェは家にもあるよ。』というと大将は驚いた様子で、『えー! どこに?』と言います。お風呂から出たところに飾ってあるこの絵、大将は気にしてなかったみたい。ブーシェ『狩りから帰るダイアナ』19世紀に入るとドラクロワ、コロー、ルノワール、モネ、セザンヌといったおなじみの画家たちの絵画が並び、続いて20世紀マティスやピカソ、ルソーへと時代は移って行きます。今回の展示会の一番の目玉はマティスの最高傑作の一つといわれる『赤い部屋(赤のハーモニー)』とのこと。私はあんまりこれ系の趣味はなくて、この展示会で一番気に入ったのは下の絵でした。クロード=ジョゼフ・ヴェルネ『パレルモ港の入り口,月夜』(1789年)実物はもっと月や手前の炎に現実味があって、吸い込まれるような魅力がありました。ユベール・ロベールと同じ18世紀の作品です。描いたのはフランス革命の年ですね。名古屋では9月30日まで見られます。その後10月10日から京都会場へ。こちら京都のサイトです。大エルミタージュ美術館展(京都)
2012/09/12
コメント(4)
オランダ遠征の時に立ち寄った、というより私の中では試合と同じくらい重要度の高かった『一生の間に必ず行きたかった場所』、マウリッツハイス美術館。その展覧会が東京都美術館のリニューアル・オープン記念として開催されています。国立西洋美術館とは目と鼻の先で、いつも競い合ってるのかコラボしてるのか、いい企画をぶつけてきますね。『真珠の首飾り』に対して『真珠の耳飾り』でどうだ! みたいに。さて2年越しに新しくなった東京都美術館。はっきり言ってどこが改装されたのかよく分からなかったんですが、エスカレータがついたりしてました。午前中は混むみたいなのでわざと3時過ぎに行ってみたんです。10分待ちとは書いてありましたが、ほとんど待たずに入れました。ここでは音声ガイドを借りて、武井咲さんの声で案内してもらうことにします。ちなみに真珠の耳飾りの少女に扮した武井咲さんのCM、凄く似ててびっくりしました。ちょうど1年前に見たはずの絵のはずなんですが、『こんなのあったっけな』というのが多くて、『これは見た!』と思った方が少ないくらいでした。忘れちゃうもんなんでしょうかね。レンブラントのこの絵ははっきり覚えてましたよ。『シメオンの讃歌』レンブラント(1631年)そして亡くなった年に描かれたという最晩年の『自画像』(1669年)『笑う少年』フランス・ハルス(1625年頃)も印象的でした。フランダースの犬にでて来るルーベンスの祭壇画の下絵もありました。これはいつか本物を拝んでみたいものです。『聖母被昇天』ルーベンス(1622-1625年頃)この時代のオランダ絵画は、絵の中にことわざを描き込むのが流行っていたんです。その代表的な作品がこちら。『親に倣(なら)って子も歌う』ヤン・ステーン(1668-1670年頃)日本語で言うと『この親にしてこの子あり』ですね。子供にパイプ吸わせてるのは作者自身だそうですよ。西洋美術館でもご紹介した風景画家のロイスダールの作品もありました。名前をライスダールと表記する場合もあります。『漂白場のあるハールレムの風景』ロイスダール(1670-75年頃)オランダって真っ平らなので空が広く感じるんですよね。関東平野と一緒です。都会はさすがに建物が多くてダメですけど、うちの近所なんかはこんな感じでかなり遠くまで見渡せるんです。絵の中の遠くに見える教会に彼は埋葬されているそうです。不思議と印象深かったのは『子ども椅子の横の少女』ホーファート・フリンク(1615-1660年頃)<画家はレンブラントの弟子とのこと。彼女の隣に描かれてる戸棚みたいなものの中にはオマルが入ってるんだそうです。首から下げたガラガラも小さな手元のキャンディやバスケットも子供を象徴するものらしいですが、私にはどうしてもこの子がお婆さんの様に見えるんです。なんででしょうね。自分の祖母に似てるからかな。メインとなるフェルメールの作品には特別に『最前列で見たい人はお並び下さい』という列が出来てました。私はその列には並ばなかったんですが、美女は間近で見たいですもんね。マウリッツハイスの館長が記者会見でこの絵を貸し出す事は稀だとおっしゃってましたが、日本に来るのは私の知る限りで既に3回目です。日本人はフェルメール好きが多いんでしょうね。フェルメールの作品はこれ以外にもう一つ、初期の作品『ディアナとニンフたち』も来ていました。この展覧会ではマウリッツハイス所蔵の約50点を『美術館の歴史』『風景画』『歴史画』『肖像画(トローニー)』『静物画』『風俗画』というジャンル別に分類して展示しています。本家マウリッツハイスの方が今年から大規模な増改築工事に入るそうで、2014年頃完成予定との事。その期間,オランダの方での展示がどうなるのかは知りませんが、去年行っておいたのは正解だったかもしれません。折角向こうから日本にやって来てくれているこの機会に皆さんも是非オランダ黄金期のアートを御堪能下さい。詳しいサイトはこちらです。
2012/08/10
コメント(2)
上野の美術館巡りをしてきました。まずは国立西洋美術館で開催中の『ベルリン国立美術館展』。今回の目玉は何と行っても初来日のフェルメール『真珠の首飾りの少女』です。このチケットにもなっている絵。去年フェルメールセンターで見た気になっていましたが、初来日ですから本物見るのはこれが初めてです。耳飾りの少女の方が有名ですがこの女性も同じ耳飾りしてますね。遠目に見たとき首飾りいじってるのが見えなかったので、窓に鳥でもぶつかって驚いてるのかと思ってました。彼女の着ている黄色いガウンもフェルメール作品によく登場します。学べるヨーロッパ美術の400年と言うサブタイトルの通り、15世紀のルネッサンス芸術から18世紀のロココ・ロマン主義まで、幅広い作品を展示してあって、中でも大航海時代の到来と共に迎えたスペイン・オランダ絵画黄金時代16世紀,17世紀の作品群はとても魅力的でした。プラドでリベンジを誓ったベラスケスの作品がここでも見られます。『三人の音楽家』ベラスケス(1616-1620年頃)そして原理かなにかひらめいた瞬間でしょうか。『アルキメデス』ジョルダーノ(1650-1653年頃)斜め左上にインスピレーションの神がいるんでしょうかね。数学と音楽って使う脳が近いらしいですもんね。隣にレンブラントの『ミネルヴァ』という作品もあったんですが、こちらの方が魅力的でしたね。『黄金の兜の男』レンブラント派(1650-1655年頃)アムステルダムやファン・デア・ハイト美術館でもご縁があったロイスダールの作品。この人の描く空や雲や木がとても好きです。今回は『滝』ロイスダール(1670-1680年頃)そういえば、世界史の教科書に載ってた宗教改革のルターの肖像画もありましたよ。鮮やかな色彩で目を引いたのはこちら。『果物,花,ワイングラスのある静物』ヤン・ダヴィッドゾーン・デ・ヘーム(1651年)作品が年代順に並んでいて、芸術が宗教と強い結びつきのあった15世紀から、時代と共に人間の生活や自然へと対象が移り変わる様子が見て取れます。彫刻や素描も多く、絵画はそれほど多くなかったんですが十分楽しめました。詳しいサイトはこちらです。東京の次は福岡で見られるようですよ。【送料無料】絵画:ヨハネス・フェルメール「真珠の首飾りの女」●サイズF20(72.7×60.6cm)●プ...
2012/08/09
コメント(2)
京都駅から地下鉄で3つめの烏丸御池駅から5分くらい歩いたところに京都文化博物館はあります。重厚な入り口を入ると強烈にレトロなホール。後で知ったんですがここは別館の方で国の重要文化財・旧日本銀行京都支店の建物でした。黄色いコスチュームに身を包んだコンパニオンさん達に導かれ、矢印に沿って進むと近代的な建物に入り、ゴンドラに乗って写真が撮れるスポットがありました。ヴェネツィアは一度は行ってみたい場所。強大な海軍力と造船技術を背景に、地中海貿易の要として繁栄し、『アドリア海の女王』と讃えられたヴェネツィア。今は世界遺産になってるそうです。この特別展ではコッレール美術館、モチュニーゴ宮博物館、そしてカ・レッツォーニコから集められたお宝160点あまりを展示していました。最初に目を引くのがヴェネツィアを上空から眺めた地図ヨーゼフ・ハインツ・イル・ジョーヴァネの『ヴェネツィアの眺望』(1648-50年頃)。天使がほっぺ膨らまして風送ってるのはいいとして、このものすごく細かく描かれた上空からの地図をこの時代にどうやって描いたんだろうと大将と話していたんです。まだ気球だってない時代ですよね。とても空間認識力に優れていた画家だったのかもしれません。ヴェネツィアの守り神は、前足を陸に、後ろ足を海に立つ羽のあるライオン、聖マルコのライオンです。前足で掲げている本は聖書だそうです。航海に使われた望遠鏡やコンパスや航海図なんかも興味深かったですね。ワンピースによく出てくるから親近感が湧きます。ムラーノ島のガラス製品もありました。圧倒されたのは作者不詳の『カ・レッツォーニコ様式のシャンデリア』。個人蔵らしいんです。巨大でもの凄く重そう。さて絵画の方ですが、ヴェネツィアの画家で私が真っ先に思いつくのはティッツァーノなんですけど、彼の作品はありませんでした。代わりにカナレットが彼の工房も含めて3点ありました。一つはチケットにもなっているカナレット工房作『プンタ・デッラ・ドガーナ付近のカナル・グランデ』(1740年頃)もう一つはカナレット自身の作品『柱廊のあるカプリッチョ(奇想画)』(1775年頃)そして私が一番気に入った絵がこちら。『サルーテ教会付近のカナル・グランデ』(1740年頃)この絵は、チケットになっている絵の反対側から描いた風景のようです。これを見るだけでヴェニスに行ってみたくなりますね。絵で一番多かったのはピエトロ・ロンギの作品で、主に18世紀の貴族の様子を描いたものでした。いまでもお祭りのときにつける仮面。身分を明かさずに享楽に咽ぶための小道具だったようですが、そんな絵が多かったですね。知らなかったんですけど去年東京でもやってたみたいです。公式サイトはこちら。このあと広島でも開催される予定です。ヴェネツィア展
2012/08/06
コメント(0)
ヴッパタールに行ってからその存在を知った美術館だったんですが、日本で1988年にこの美術館が紹介される企画展があったそうです。改築工事に伴い、19・20世紀のヨーロッパ絵画104点が日本に貸出され、滋賀県立近代美術館で紹介されていたんですね。入館料5ユーロ(約500円)と安かったし、受付でも『小さな美術館ですから30分で全部みられます。』なんて言われていたのでそれほど期待していませんでしたが、印象に残る作品があってとても充実したときを過ごせました。階段を上って最初の小部屋でまず目を引いた作品はロイスダールの風景画でした。アムステルダム国立美術館所蔵の風車の絵のような代表作ではありませんが、オランダ黄金期を代表する画家の小作品を見ることができるなんて、最初から驚かされます。学芸員さんがいらしたので写真を撮っていいかお聞きすると、撮影禁止とのことでしたので残念ながら映像はご紹介出来ません。更にビックリだったのはすぐ隣に巨匠レンブラントの自画像の素描が置かれていたこと。18世紀ヴェネツィアを代表する風景画家カナレットが描いた中央広場もありました。1740年の作品です。地元ドイツの画家の作品もあります。18世紀当時は絵画の勉強に行くと言ったらイタリア留学が一般的だったんですが、ドイツからローマに移り住み、そこで大成して後輩たちの尊敬を集めていたと言われるジョセフ・アントン・コッホの1835年イタリア風景画もありました。そして今日最もご紹介したい一枚はこれ。カール・シュピッツヴェークの『地質学者(Der Geologe)』カール・シュピッツヴェーク(Carl Spitzweg:1808-1885年)という画家を私はこの作品を見るまで知りませんでしたが、ドイツで最も愛されている国民的画家の一人だそうです。『空の三角が利いてるよね。』大将はこの絵を見てそう言ってました。彼は詩人でもあり、ビーダーマイヤーの画家とも言われているそうです。このビーダーマイヤーというのも初めて聞く言葉でしたが、ウィーン会議後から3月革命までの間(1815-48年)に中産階級が好んだ生活様式のことで、室内装飾や建築、絵画、手工芸品、音楽様式にもその名が使われるとのこと。いままで上げた絵は全て私の好きなタイプの絵だったんですが、絵はがきとして売られていたのはこの1枚だけでした。地質学者が天窓のような岩の裂け目から差し込む光のもと、採集した石を眺めて『この花崗岩はデボン紀のものか...』とか何とか言ってるような、さすが詩人だけあって絵の中に時間の流れを感じさせますね。この他にも7月5日の日記でご紹介した通り、ドラクロワ,セザンヌ,マネ,ルノワール,ゴッホ,ロートレック,ピカソ等、充実したラインナップを楽しむことができました。もともと市庁舎だった建物を1902年に市立美術館とし、銀行家であったオーガスト・フォン・デア・ハイトとその息子エドアルド・フォン・デア・ハイトが寄贈したコレクションをメインに地元住民の協力で作られた美術館だそうです。30分で見られる小さな美術館と言っても、コレクションには現在約3,000の絵画、400の彫刻と素描など30,000の作品で構成されているとのこと。ご興味のある方、詳しくはこちらのサイトをご覧下さい。von der Heydt Museum Wuppertal
2012/07/19
コメント(2)
<ムリーリョ>バルトロメ・エステバン・ムリーリョは17世紀を生きたスペイン画家の巨匠です。1660年代にはセビリアで最も人気のある画家となって、宗教機関からの注文が殺到しました。その後ヨーロッパ中に名を知られるようになり、存命中から作品は海外に多く輸出されていたそうです。ベラスケス以外では17世紀で最も革新的なスペイン画家として認識されるようになりました。プラド美術館に彼の作品が多いのはフェリペ5世の妻、エリザベッタ・ファルネーゼ(1692-1766)がセビリア滞在中に大量購入したからとされています。ムリーリョの絵は宗教画でありながら優しく繊細で、悲壮感がないのがいいですね。『無原罪のお宿り』この作品、日本でも見たことがあります。(2002年のプラド展)無原罪懐胎説というのが当時のスペイン、特にセビリアで信仰されていて、それに基づいた絵をムリーリョは20点ほど描いているそうです。聖母マリアが、神の恵みの特別なはからいによって、原罪の汚れととがを存在のはじめから一切受けていなかったとする、カトリック教会における教義とのこと。明暗の強調された背景に動きのある天使がごろごろいて、バロック美術を感じますね。『善き牧者としての幼児キリスト』かわいらしい子供の絵もムリーリョの作風です。言われないとキリストだって分からないですよね。大将曰く。『あれっ!この絵知ってる!うちの玄関にあるやつじゃないの?こんな所に本物があったんだね。なんか感動する。これって、だれ?』この絵が『プラド美術館展』で以前日本に来た時買ったんですからここにあるのは当然なんですけど、その時大将は用事があって私だけで見に行ったんですよね。『うちに宗教画が飾ってあるの知らなかったなあ。』私もかわいいから買っただけなんですね。依頼主が教会ですから壁を飾ると言ったらどうしたって宗教画になりますよね。他にも立派な宗教画がいくつも展示されていました。彼の作品はロココの先駆けとも言われていて華やかなので、現代の陶器のデザインとしても使われているようです。楽天で売ってるのは宗教画ではなくかわいい子供や女の子の絵だけですね。名画・油絵 バルトロメ・エステバン・ムリーリョの名作 「小さな果物行商人」ムリーリョ Two Women at a Window F15 【油絵 直筆 複製画】【油彩 布張りキャンバス 国...お店に、インテリアにそのまま飾れる絵画です【鑑賞絵画】羊飼いの少年(ムリーリョ作)【立体...ムリーリョ The Flower Girl F6 【油絵 直筆 複製画】【布張りキャンバス・ガラス板額縁付...
2012/05/26
コメント(2)
<クロード・ロラン>とても語り尽くせないほどの素晴らしい作品の数々をどうブログでご紹介しようか悩んだんですが、あんまりシリーズ化したりしてもダンスの話しはどうなったんだってことになりますし、かといってこのまま何も書かずにはいられなかったので気になった絵をたまにご紹介するという形であまり構えないことに決めました。プラドといえばベラスケスやゴヤの作品が有名ですが、それは後回しにして、何でここにあるのか意外だった作品をまずご紹介します。今回はクロード・ロラン。私の中ではトップ3に入る大好きな画家です。関ヶ原の戦いの頃フランスのロレーヌ地方で生まれて、生涯のほとんどをイタリアで過ごし,当時にしては結構長生きして80歳くらいで亡くなっています。本名はクロード・ジュレと言いますが、ロレーヌ生まれのクロードさんということでロランと呼ばれるようになりました。作品の一番の特徴は幻想的に美しい空と雲でしょうね。4時間くらい歩いたあとにフランス出身の画家が固まっている部屋に入り、この4作品がパっと目に飛び込んで来たんです。『ああ,これ、私が好きなタイプの絵だなあ。』と近寄ってみると、クロード・ロランの作品でした。マドリードの宮廷から依頼された連作で、ブエン・レティーロ宮というところに飾られていたそうです。『聖女パウラの乗船とオスティア港風景』パウラさんという方、華やかなローマを離れ孤独な隠遁生活を送った聖人らしいんですけど、まさに港を離れようとしている夜明けの情景がまるで見て来たかのように美しく描かれていますね。2作目は『川で拾われたモーゼ』モーゼといえば『十戒』の方ですね。ナイル川っぽくないイメージですが、美しい構図ですね。物語は置いといて、空と雲と木だけでも見とれます。3作目は『聖女セラビアの埋葬』元老ウァレリウスの妻サビナに信仰を与えたのが、ここで殉教した女中のセラビアさんだったそうです。遺跡はこの時代でも遺跡だったんですね。そして最後の4作目が『大天使ラファエルとトビアス』天使がトビアスに知恵を授けている所らしいんですが、そんなことよりこの黄昏の空の美しいこと。いつまででも見ていたい作品でした。クロード・ロランの作品は、上野の西洋美術館で1枚だけ常設されていて、企画展に行ったときは必ずそっちもお参りして来るんです。家には、以前ルーブル美術館展で展示されていた絵のコピーを買って来て飾ってあります。どれも見とれるほどの、まさに『絵のように美しい』風景。イタリアに住んでいたロランにスペインの宮廷から注文が入るくらいですから、ヨーロッパでも名の売れた有名画家だったんでしょうね。
2012/05/16
コメント(0)
世界三大美術館の一つと言われるプラド美術館。ついにリベンジの時がやって参りました。マドリードの気温は10度前後。寒いです。ダウンジャケット持って来て良かった。時差ぼけなんてなんのその、ガイドブックには9時開館と書かれてあったので朝から気合い入りまくりの私はそれほど乗り気でない様子の大将を引き連れて雨のマドリードに繰り出します。もう以前のように午前中は王宮見学なんて言う悠長なことはせず、ホテルだって美術館に一番近い所に宿泊。ところが行ってみるともう9時を回っているのに入場券売り場には長い行列が出来ていました。一体何事かと思いつつとりあえず最後尾についてキョロキョロしていると『10時開館』と書いてあるではありませんか。これって冬時間?ガイドブックって意外と当てにならないんですよね。仕方がないので大将と交互に並んで待っている間、ゴヤやベラスケスの像の写真撮ったり周辺をぐるっと回ったりしていましたが、その間にもどんどん人は増えて行き行列は長くなって行きました。平日だというのに,しかも特別な企画展をやってる訳でもないのになんでこんなに混んでるんだか不思議でしたが、それがこの世界に名を馳せる美術館の吸引力なんでしょうね。入場券は大人12ユーロ。私は厚い日本語ガイドブック付きの入場券で19ユーロでした。やけにシンプルなデザインですね。 ティッツァーノ、ルーベンス、二人の天才が描いたアダムとイブ。入ってすぐに圧倒されます。前回ここを訪れたとき、もう10年以上前ですが、閉館間際で10分で走り抜けた広間を今回はたっぷり時間をかけガイドブックを見ながらゆっくりと進みました。広いんです。ベラスケス、エルグレコ、ゴヤ、ムリーリョ、私の好きなクロード・ロランやレンブラントの作品もありました。一通り見終わったとき、時計を見ると4時。何と6時間もお昼ご飯も食べずにここにいたんですね。道理で足が棒だわ。大将はよく文句も言わずにつき合ってくれたと思いますよ。『スペインのレストランて、ランチは4時で終わりらしいよ。その後は9時のディナータイムまで休みなんだって。』お腹がすいてヘトヘトらしい大将は、ガイドブックを読んでショックを受けていました。慌ててプラドの目の前にあるレストランに駆け込んで聞いてみたら、気のいい支配人さんが笑顔で迎えてくれます。『うちは休みなく11時までやってるよ。さあ,お二階へどうぞ。』何を頼んだらいいのか悩んでいると、メニューを丁寧に英語で説明してくれました。スペインではまずサラダやスープなどの前菜を頂いて,それから肉や魚料理のメインを食べるのがきまりだそうです。パンは無料でついてます。すっかりお腹が膨れてホテルに帰ると、急に疲れがどっと出て6時頃から寝てしまいました。夜中に目が覚めてお風呂に入ったり買って来ておいたビールを飲んだりしてもう一度寝直し。テレビではクレヨンしんちゃんがスペイン語吹き替えでやってました。
2012/04/26
コメント(6)
魂のエネルギーチャージのために上野の国立西洋美術館に行ってきました。去年ゴヤ展を見に行った時にパンフレットが置いてあって、これは絶対見に来なければと思っていた企画展です。1733年にパリで生まれたユベール・ロベールは、21歳から11年間をイタリアで過ごし、そこで古代ローマの遺跡に魅せられるんですね。彼は別名『廃墟のロベール』と呼ばれていたそうです。130点ほど展示されていた絵画のほとんどはサンギーヌ(赤チョーク)で描かれた素描で、遺跡や荒れた庭園、宮殿の廃墟、なぎ倒された木などがテーマになっていました。チケットにもなっている『古代遺物の発見者たち』(1765)はイタリアからフランスへ帰国した彼がすぐに描いた作品です。こちらが並んで展示されていた素描。今回展示されていた作品のほとんどは、世界有数のロベールコレクションを有するヴァランス美術館所蔵です。王立アカデミーへの入会を許され、社交的な性格からサロンでも愛されて、40代で王室の絵画コレクションの管理をまかされたロベール。ルーブル宮内にアトリエと住居を構えました。彼の絵には遺跡などの古い建造物と共に、その時代を生きている人々が描かれているのが特徴です。こちらは『凱旋橋』(1782-1783)かつて威光を放ち時間の経過と共に朽ちつつある遺跡を、彼の時代に時間軸越しに切り取った風景。当時愛されていた華やかなロココ絵画とはちょっと違う、もっと深みのあるアカデミックな味わいが王侯貴族にウケたんでしょうね。間の悪いことにフランス革命が起って、王室べったりだった彼も投獄されてしまいます。ギロチン台へと名前が呼ばれ、絶体絶命。ところがこの方、運のいい人なんでしょうね。別のロベールさんが間違えて出て行ってしまって、助かったそうです。今回の展示会は日本で初めてのユベール・ロベール展なんだそうですが、先の述べました通りほとんどが素描で色付きの絵画はそれほど多くないんです。でも彼の作品の他に私が愛してやまないクロード・ロランの作品もイタリア繋がりで展示されていて、そちらも期待に違わぬ素晴らしさでした。クロード・ロラン『笛を吹く人物のいる牧歌的風景』(1635-39)この時代は芸術の都と言えばイタリアで、お金と時間の余裕のある画家はみんなイタリア留学するんですね。画家じゃないけどゲーテも仕事ほっぽらかしてイタリアで絵描いたりしてました。全ての道はローマへと続くそうですから、私もいつか行ってみたいものです。この展示会で私が気に入った絵をあと2つご紹介します。ピエール・パテル『廃墟と羊飼いを伴う風景』(1640)ジョゼフ・ヴェルネ『夏の夕べ、イタリア風景』(1773)マリー・アントワネットと共に断頭台に消えたルイ16世のために、ユベール・ロベールはかつて絵のように美しい庭園をデザインしたことで『国王の庭園デザイナー』とも呼ばれていました。この展示会は2012年3月6日から5月20日まで上野の国立西洋美術館で開催されています。(公式サイトはこちら)その後、福岡市美術館(2012年6月19日から7月29日)、静岡県立美術館(8月9日から9月30日)と巡回しますので、ご興味ある方はお近くでどうぞ。
2012/03/10
コメント(4)
帰りの飛行機まで時間があったので、高松の瓦町天満屋で開催されていたトリックアート展に入ってみました。目の錯覚を利用した面白い作品が並んでいます。角度や見方を変えると違うものが見えて来る絵や、飛び出しているように見える絵。フェルメールの『牛乳を注ぐ女』に本当に牛乳を注いでもらったり、どこから見ても『モナリザ』がこっちを見ているように見えたり。 一緒に写真も撮れるので、私も買ったばかりのデジカメでナポレオンの乗ってる馬のしっぽ引っ張ったり魔法の絨毯に乗ったりしました。中でも面白かった作品を3つご紹介します。大将、忍者になる。大将、危ない橋を渡る。大将、カバと戦う。トリックアート展、結構楽しめました。
2012/01/09
コメント(6)
上野の国立西洋美術館で開催されている『プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影』に行ってきました。レッスンが夕方6時からだったので、午後はずっとここでプラドを堪能していたんです。今まで開催されたプラド展で見た事のある作品もありましたが、何と言っても今回の目玉は日本で40年ぶりに公開される『着衣のマハ』。『着衣の』とわざわざことわっているのはこれと対になる『裸のマハ』があるからなんですが、今回裸の方は来日していませんでした。スペインのプラド美術館から二つとも貸し出し中で不在だったらわざわざ訪れた人はがっかりしますもんね。マハというのは、小粋な下町娘といったような意味で名前ではないそうです。逆に粋な男の子のことはマホと言うそうですよ。ゴヤが生きた18世紀後半には、まだ裸の女性を描くのは神話に出て来るビーナスとかに限られていたんです。それなのに下町娘の裸なんか描いてしまって当時のスペインでは大問題になったとのこと。裁判の末、約100年もの間この絵はプラドの地下に眠っていて、1800年代に生きた方々はこの絵を拝むことができなかった訳です。プラド美術館からはこの他に素描や版画を含め72点が来日していて、国立西洋美術館が所蔵する版画も合わせると全部で123点もの作品が一堂に会したゴヤ展になっています。今回は時間がたっぷりあったので音声ガイドを借りてじっくり見て回りました。以前プラド展で見たとき惹き付けられた『魔女たちの飛翔』が再来日しています。魔女が若者をさらって行く所に出くわしてしまった二人の旅人が、見つからないようにやり過ごす様子なんですが、音声ガイドは全く別の解釈を投げかけてきました。この尖った帽子をかぶる3人の魔女は『進歩や変革』なんだそうで、その息吹を若者に注入している所なんだそうです。見ないように地面に伏せたり布をかぶっている男たちは変革を恐れる愚鈍な民衆で、暗闇の中のロバは無知の象徴だと言っていました。この時期ヨーロッパはフランス革命があったりナポレオンが出て来たりする激動の時代だったんですよね。13歳で絵の道に志したゴヤは、最初タピスリーの原画を描く仕事をしていました。『日傘』もその一つで、彼が31歳のときの作品です。タピスリーはフランス語で、英語ではタペストリー。壁にかける織物です。上流階級のお嬢さんにマホが傘を差掛けています。まだ戦争もない平和な時代で、階級の上下関係がくっきりと描き出されているそうです。この絵も以前見たことがありましたが、その時は兄妹なのかと思っていたんです。やっぱり解説聞くと勉強になりますね。43歳で国王カルロス4世の主席宮廷画家まで上り詰めたゴヤでしたが、ナポレオンの侵略で戦争状態に陥ったスペインで、彼の関心は次第に人間の心の闇に向って行くようになります。ゴヤの描いた素描は今で言う風刺漫画のようで、グロテスクで気味の悪いものが多いです。以前ご紹介した『我が子を喰らうサトゥルヌス』も彼の作品です。しかしゴヤの創作意欲は82歳の生涯を閉じるまで衰えることなく、真っ白な髭に覆われ両手に杖をついて歩く自画像に『まだ学ぶぞ』と走り書きがしてあるんですね。この精神は学びたいと思います。ゴヤ展は2012年1月29日まで開催されています。詳しい情報はこちらのサイトからご覧下さい。プラド美術館所蔵 ゴヤ 光と影
2011/12/27
コメント(4)
<ベルギー王立美術館>5年越しの夢が叶って、2011年10月21日にブリュッセルにあるベルギー王立美術館に行くことが出来ました。古典美術と現代美術、それにマグリット美術館が繋がっていて共通券があるんですがじっくり見たいのは古典美術の方だけだったのでひとまずそちらの券だけ買うことにしました。意外とシンプルなチケットです。8ユーロ。フラッシュを使わなければ写真撮影してもいいとのことでしたので大喜びで写してきました。こちら美術館のメインホール。こちらがルーベンスの間です。すべての登場人物がが天に向かってドラマチックに躍動していました。ピーター・ポール・ルーベンス作『ゴルゴダの丘に登る』。ブリューゲル一族の作品もまとめて見られて興味深かったです。ロッテルダムの『バベルの塔』の所で書きましたが、この家系は画家ばっかり。ピーテル・ブリューゲル(父)の作品では『イカロスの墜落のある風景』や『叛逆天使の墜落』、『ベツレへムの戸籍調査』、『スケートをする人々と鳥の仕掛け罠がある冬景色』などなど。イカロスが主人公の絵なのに右下の足だけ出てるのがそれで、村の人はそんな大変なことが起こってるのにみんな無視なんですよね。叛逆天使の墜落も一度見たら忘れられない魑魅魍魎の世界。長男のピーテル・ブリューゲル(子)が父親の作品を模写した『農民の結婚祝いの踊り』もありました。オリジナルの父親の作品は失われてしまったそうです。次男のヤン・ブリューゲル(父)の『花輪と広口盃のある静物画』もとっても目を引くきれいな絵でした。ヤン・ブリューゲル(父)の息子ヤン・ブリューゲル(子)も画家なんですが、彼の作品は展示されていませんでした。ルーベンスとブリューゲル以外で気になった一枚がこれです。『リビア沿岸での牡鹿狩り』題材はギリシャ神話ですね。遠くから見てパッと目に飛び込んで来て、近付いてみると大好きなクロード・ロランの絵でした。やっぱり好きなものは一目で分かる。上野の西洋美術館に常設されている絵画の中で一番お気に入りの絵の作者です。こんなところで出会えるなんてなんてラッキーなんでしょう。レンブラント作品はオランダでたくさん見てきましたが、ここにはこれ一枚しかありませんでした。レンブラント作『ニコラス・ヴァン・バンベックの肖像画』。さらに知らない画家ですが気に入ったのがこれ。Willem van der Viliet作 『Le Compteur d' argent』。解説本に載ってなくて意味がよく分からないんですが、『銀を計る人』みたいな意味でしょうか。順路を無視して行きつ戻りつ3時間ほど歩き倒したんですが、すっかり疲れてしまい、もう現代絵画もマグリットもパスしてしまいました。今度いつ行けるか分かりませんが、もし行けたら次回の楽しみにしたいと思います。
2011/11/03
コメント(4)
ようやく念願かなってオランダで不在だった女性に会うことが出来ました。2011年10月1日、京都市美術館で開催されている『フェルメールからのラブレター展』に行ってきました。連日大混雑で入場制限があり、その日も40分待ちでしたが、翌日入場者数が30万人を突破ということで記念セレモニーが行われたそうです。さて、今回の目玉はフェルメールの3作品『手紙を読む青衣の女』『手紙を書く女』『手紙を書く女と召使い』です。せっかく京都まで来て並んでまで入ったんですから、じっくりゆっくり見てやろうと音声ガイドを聞きながら最初の部屋でウロウロしているところにどこからか大将が戻ってきました。『ボク、もう全部見て来たよ。フェルメールは一番最後の部屋だった。』早いなー。まだ15分くらいしか経ってないよ。『手紙を読む青衣の女』はアムステルダム国立美術館所蔵で日本初上陸。しかも修復作業が行われて世界初公開なんです。絵画の修復技術って言うのは凄いもんですね。くすんでいた青いドレスが美しい水色に変わっているじゃありませんか。(修復前の写真も飾ってありました)椅子に打たれた金色の釘の一つ一つも輝きを取り戻しています。フェルメール・ブルーと呼ばれているそうですが、この女性の服の青い色は当時大変高価だったラピスラズリの鉱石から造られた絵の具で醸し出された色です。背景に描かれている地図から、この手紙が遠く航海に出ている恋人、もしくは夫からの手紙ではないかとされています。今ならメールは一瞬で届きますが、当時は手紙を出してから返事が返って来るまで1年くらいかかったそうですよ。今回の企画展は『手紙』というキーワードで作品を集めていますが、17世紀のオランダは大航海時代の海洋貿易で国が非常にリッチでした。一般庶民まで教育が行き渡りみんな字が読めたんだそうです。情報伝達手段として手紙は多く書かれていて、特にラブレターが上手くかける人はモテる人みたいな風潮があったのか『ラブレターの書き方』本が多く出版されていたとのこと。絵画にもそう言った背景が反映されているんですね。高級感溢れる黄色いガウンをまとった『手紙を書く女』もきっとラブレターを書いているところなんでしょう。この時代の絵画には描かれているものと別の意味を表す寓意という手法がよく用いられました。たとえば鳥かごが『不自由』とか『安全』とか言う意味で描かれたり、掃除道具が『魂の浄化』みたいな意味で片隅に描かれたりしているんです。『手紙を書く女と召使い』は想像力をかき立てられる絵ですね。なんで召使いの女性は窓の外見てるんでしょう。床に落ちている紙や韻は使わないんでしょうか。背景の絵画は旧約聖書の一場面なんだそうで、他人の罪を許すといった物語とのこと。私が見ただけじゃ全然意味不明ですが研究されてる方がいらっしゃるんでしょうね。始めは怒っていた女主人が誰かを許す内容の手紙を書いているところという解説になっていました。フェルメール以外で目を奪われた作品はこれ。部屋に入った途端目に飛び込んで来たこの絵、レンブラントの作品かと思いました。ヒゲの一本一本まで丁寧に描き込まれた実に素晴らしい絵です。これはレンブラントのライバルとして並び称された画家ヤン・リーフェンスの『机に向う簿記係』という作品です。さらにレンブラントの先生ピーテル・ラストマンの絵も見られました。『ダヴィデとウリア』という作品です。この他にも17世紀オランダを代表する画家たち、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホ、ヘラルト・テル・ボルフ、コルネリス・マンなどの作品が世界各国の美術館から集結し一同に会していて見応え十分です。10月16日で終了となっていましたので焦って出かけましたが、あとから知ったところによると今年の12月23日から来年の3月14日まで渋谷のBunkamuraに来るみたいです。その前の10月27日から12月12日までは宮城美術館で開催予定とのこと。ご興味ある方は足を運んでみて下さいね。関連サイトはこちらです。フェルメールからのラブレター展
2011/10/10
コメント(8)
ロッテルダム駅から冷たい雨が降りしきる中ほとんどまっすぐ歩いて15分ほどでしょうか。2011年7月24日、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館(Boymans van beuningen Museum)に行ってきました。 入り口は重厚な感じで、入った途端、黒っぽいブレザーで決めた巨人族のガードマンさんたちに出迎えられます。常設展の他にゴッホの企画展をやっていたようで、入り口から階段登って正面にゴッホが並んでいました。中はとっても近代的で、天気が悪かったのでぱっとしませんでしたがカフェテリアから望む庭は明るくきれいでした。実は小腹が空いていて、ここのカフェテリアでお茶でもと思ったんですが、行ったのが遅かったのかいきなり『もう閉店です』と言われてしまいました。こちらが入場券。(表と裏)この美術館は、1841年にボイマンスさんが、1958年にベーニンゲンさんがそれぞれ自身のコレクションを寄付してボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館という名前になったそうです。年代的にも作品的にも幅広いコレクションを展示していて、上のチケットの絵は15世紀後半に活躍した初期フランドル画家ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス (Geertgen tot Sint Jans)による『ロザリオの聖母』です。古いところではヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck)やヒエロニムス・ボス、シュテファン・ロッホナー(Stefan Lochner)、ピーター・ブリューゲル(父)の宗教画、ヤン・ファン・スコーレル (Jan van Scorel)の肖像画、さらにオランダ黄金期を彩るレンブラント、ヤン・ステーン、ロイスダール、ヴァン・ダイク、ルーベンス,あげていたらきりがないくらい多様な作品が展示されていました。コレクターの方,よほどお金持ちだったんでしょうね。新しいところではモネやゴーギャン、ゴッホ、ムンク、マグリット、ダリ、ピカソ、さらに現代に至るまで、絵画のみならず家具やガラス作品,陶器、彫刻、床から覗いてる人のオブジェまでありました。私たちが目指していたのはピーテル・ブリューゲル(父)の『バベルの塔』だったんですが、近所のジグゾーパズル店で見たのとはちょっと違い、もっと生々しい印象を受けました。このブリューゲルという家系は画家ばっかりで、しかもみんな有名なのでそれぞれ通称が付いているんです。最も有名なのがこの絵を描いたピーテル・ブリューゲル(父)で、農民たちの風俗画をよく描いたので『農民画家のブリューゲル』と呼ばれています。『バベルの塔』の他に、美術の教科書に載っている『雪中の狩人』や『農家の婚礼』、ベルギー王立美術館展でご紹介した『イカロスの墜落』などが代表作です。長男も同じ名前で画家なので、ピーテル・ブリューゲル(子)と区別されていて、風景画や宗教画が主です。晩年になってオドロオドロしい絵ばっかり描いていたせいで『地獄のブリューゲル』なんていうニックネームになってしまいました。ベルギー王立美術館展で『婚礼の踊り』を見ましたが、これは農民たちが楽しそうに踊る絵でお父さんの作風とそっくりでした。お父さんのブリューゲルだって結構恐い絵を描いていて、私が大好きだったブラック・サバスというヘビメタバンドのレコードジャケットに『死の勝利』という絵が使われていたんです。もう随分前に処分してしまいましたが、レコードジャケットの表に左半分が、裏返すと右側の方が出て来て、特に右上端の首切り骸骨が非常に印象に残っています。一方弟のヤン・ブリューゲルはお花や風景を描き、『花のブリューゲル』と呼ばれています。ルーベンスと仲良しで、共同制作した『楽園のアダムとイブ』をマウリッツハイス美術館で見ました。この人の子供も画家でしかも同じ名前なのでヤン・ブリューゲル(父)と呼ばれたりもしています。長男には同じ名前つけるのが流行ってたのかしら。このほかに面白かったのはルネ・マグリットですね。鏡に映ってるけど後ろ姿とか。今では5本指のスニーカーとかありますけど、彼の時代にはなかったでしょうね。地下足袋とは違うみたいだし。 古い時代の絵画もいいけど、こんな茶目っ気のある絵もいいですね。作品の全容はこちらのサイトでご覧になれます。
2011/09/10
コメント(2)
粉屋の息子だったレンブラントは14才でレイデン大学に入るほどの秀才で、両親は彼を法律家にしようと期待していました。当時の進路として頭のいい子は聖職者か法律家みたいな風潮があったのかもしれませんね。でも彼は法律家より画家になりたかったんです。当時は美術学校などありませんでしたから、著名な画家に弟子入りするとか、イタリアに留学するのが普通だったようです。彼はイタリアへは行かずにアムステルダムのビーテル・ラストマンに師事します。このとき同じように神童と言われていたヤン・リーフェンスと出会い、良きライバルになりました。レンブラントを一躍有名にしたのがマウリッツハイス美術館にある『トュルプ博士の解剖学講義』です。まだ写真が発明されてませんから、集団肖像画は裕福な人たちが記念写真のような感覚で注文していた人気商品でした。どれも似たような構図で、今で言ったら卒業写真みたいにみんなこっち向いて同じポーズだったんですが、そこでレンブラントが新風を巻き起こすんですね。実際に先生が講義しているところにたまたま入って来た人が見るような光景を生き生きと描いてみせたんです。しかもみんなの顔がちゃんと分かって、先生が一番目立つように。これで人気者になったレンブラントは次々と注文も入り、弟子も来て、裕福な家の娘サスキアと結婚します。そして移り住んだのが今日ご紹介する、レンブラントハイスです。2011年7月22日に行ってきました。1606年に建築された豪邸といいますが、彼が買い取って引っ越して来たときにはすでに築33年の物件だった訳です。でもこの辺が日本の感覚と違うところで、ヨーロッパの物件は古い物ほどいいらしいですね。もう築400年を超えてますが、現在は博物館・美術館として世界中の観光客を迎え入れています。こちら入場券。『レンブラント 光の探求/闇の誘惑』でご紹介しました数多くの版画や絵画、それに収集した世界中の珍しい物が家の中に置かれています。晩年落ちぶれてほとんどのお宝は手放したと聞いていましたが、博物館にする目的のために買い戻したのか、雰囲気を味わってもらうために展示してるのか、結構たくさんの調度品がありました。都心の一等地だけあって豪邸と言っても宮殿のように広くはないんですね。階段もデルフトの教会と同じ狭い螺旋階段です。窓が高くて、フェルメールの絵画によく出て来るような光が斜め上から部屋に差し込んでしました。作業部屋のようなところできれいなスタッフの女性が版画の道具をいじっておられたので、見せてもらえるのかとウロウロしていると、『いま実演は終わったところなんです。次は40分後ですからもし興味がありましたらまたいらしてみて下さい。』と言われました。見てみたかったですが、このあとすぐに試合会場のあるゼーフェンベルゲンまで電車で行く予定でしたのでそのままレンブラントハイスをあとにしす。実演に使った作品はもらえたのかな。ちょっと残念です。
2011/09/05
コメント(0)
ゴッホ美術館 (Van Gogh Museum) は、オランダのアムステルダムにあります。古い宮殿のようなアムステルダム国立美術館のすぐとなりにある近代的な建物で、コンセルトヘボウ(コンサートホール)も臨める広大な芝のミュージアム広場では多くの人たちが遊び,語らい、くつろいでいました。私はゴッホのファンではありませんが、2011年7月22日、折角来たんだからということで立ち寄ることにしたんです。チケットは1枚ずつ図柄が違うようで、ゴッホファンなら集めてみたくなりそうな代物。本館と別館があって、別館の方は黒川紀章さんが設計されたそうです。ゴッホと言えば『ひまわり』が日本で話題になりましたが、非常に浮世絵に興味を持っていたことでも知られています。弟と二人で500点近く収集してたとのこと。日本といろんな意味でつながりがある方だったんですね。ゴッホの寝室の絵がありました。私には何がいいのかよく分からないんですが、ファンは多いです。晩年の作品『カラスのいる麦畑』、これは麦が死を意味するとか、分れ道が人生を象徴するとか、黒い鳥と暗い空が不吉な予感を醸し出すとかテレビで解説されているのを見たことがありました。私はゴッホの絵を見ると自分が立ちくらみでゆらゆらしてる感覚になって、とてもじゃないけど家に飾りたい気持ちにはなれませんが,皆さんはいかがでしょうか。絵画から発する彼独特の複雑な波長が私には合わないのかもしれません。比較的好きな部類なのは、ここにはありませんが『夜のカフェテラス』のような落ち着いた絵です。デン・ハーグに住んでいたゴッホが描いた『スヘフェニンゲンの海の眺め』という作品があります。『ヌエネンの教会から出る人々』と合わせて2002年にゴッホ美術館から盗まれ、現在もまだ行方不明となっています。美術館の中は非常に明るい雰囲気で、公園と地続きのようなオープンな雰囲気があり、多くの人が行き交っていましたから、いつもこんなに混雑した会場だと警備の方も大変だろうなという気はしました。ところで、スヘフェニンゲン(Scheveningen)というのは私達が2泊したデン・ハーグの近所にある海沿いのリゾート地なんです。宮殿巡りをしながらデン・ハーグ市内を散策していた時、ガイドブックを見ていた大将がこんなこと言ったんですよ。『次どこいく?この近くに北海に面したリゾート地があるけど行ってみる?スケベニンゲンだって。』スケベ人間?!英語読みするとそうなるんでしょうね。変な名前と言って爆笑したのでとっても記憶に残っているんです。もう日も暮れかかって来て肌寒く、北海まで足を伸ばす気になれなかったので行かなかったんですが、ゴッホはそこで絵を描いたんですね。盗まれたスケベ人間て、どんな絵だったんでしょう。
2011/08/30
コメント(2)
アムステルダム、ロッテルダムに次ぐオランダ第3の都市、デン・ハーグ。ここは国会議事堂始め、中央官庁、王宮まであるオランダの政治の中心です。ここに2泊滞在した私達は、2011年7月26日、ホテルのすぐ近くにあったマウリッツハイス美術館(Mauritshuis)に出かけました。実際はここに行くのが目的でデン・ハーグに宿泊したようなもので、本当はもう一日前に行くはずだったのが月曜日休館でこの日になったんです。旧マウリッツ伯爵邸が美術館として解放されたのは1822年のことでした。半地下の0階にはクロークや受付、お土産売り場があり、1階と2階が展示室です。1階にはルーベンスとヤン・ブリューゲル(父)の合作、『アダムとイブの堕落と地上の楽園』や、ヘンドリック・アーフェルカンプの『氷上の楽しみ』があります。フランダースの犬でネロが祈りを捧げていた大聖堂のマリア、ルーベンスの『聖母被昇天』の原画もここにありました。2階に上がるとレンブラントの作品群。『自画像』や『シメオンの賛歌』、『スザンナ』、『ホメロス』、そして『解剖学講義』。各部屋に警備員さんがおられましたけど、こういったお仕事はいつでも名画が見られていいですね。私にはムリですけど。パウルス・ポッターの『雄牛』、フランス・ハルスの『笑う少年』、へリット・ダウの『若き母親』、ボスハートの『花と花瓶』、どれも特徴的で素晴らしい作品です。現代はこの美術館を訪れる人のほとんどがレンブラントやフェルメール、ヤン・ステーン、フランス・ハルス当たりが目当てらしいんですが、19世紀は『雄牛』を見にやって来る人が多かったそうです。電車に乗っているとオランダって牧場ばっかりなんです。それだけ多くの人が牛に興味があるってことですよね。でも私のここに来た目的はフェルメール。『ディアナとニンフ達』、『真珠の耳飾りの少女』、そして『デルフトの眺望』の3作品が見られました。『ディアナとニンフ達』は2008年に東京で開催されたフェルメール展で見たことがあります。神様と妖精なんですけど、当時のオランダ女性みたいな雰囲気で描かれてるのがフェルメール風なんでしょうね。レンブラントやルーベンスが描いたらもっと崇高でドラマチックな絵になる題材です。さすが、『北方のモナリザ』と言われるだけあって、『真珠の耳飾りの少女』には神秘的な魅力があります。部屋のどこにいてもこの少女に見つめられてる気がして、しかもそういう位置にかけられているからだと思いますが、『何か御用?』って話しかけられてる気さえするんです。私はこの絵を2000年に大阪まで見に行きました。1984年にも訪日していたようです。しかし『デルフトの眺望』は多分一度も日本に来たことがないでしょう。門外不出なのかもしれません。この絵には釘付けでした。離れがたくて行きつ戻りつし、ようやく意を決して隣の部屋に移動してからもまだ振り向いて眺めていました。ここで過ごした数時間は私の心の中の宝物として多分一生忘れることはないと思います。さて、ご紹介しましたマウリッツハイス美術館の名画の数々が、来年2012年7月に日本にやって来ます。現在改装工事中の東京都美術館のこけら落としの目玉として、『真珠の耳飾りの少女』などを紹介する展覧会が開催されるそうです。また上野は混雑するだろうな。(パンダもいるし)『デルフトの眺望』は多分来ないと思いますけど、これは是非行ってみたいイベントです。ご興味ある方は頭の片隅に置いといて下さいね。
2011/08/23
コメント(4)
オランダが誇る珠玉の絵画や芸術品を所蔵するアムステルダム国立美術館。ライクス・ミュージアム(Rijksmuseum Amsterdam)として親しまれるこの場所に、2011年7月22日初めて足を踏み入れました。現在改修中で一部しか公開されていませんでしたが、それでもオランダ黄金期を十分物語るに足る作品群を堪能できました。改修にまつわるゴタゴタが映画になってるみたいですよ。ようこそ、アムステルダム国立美術館へ入ってまず目を引くのは17世紀に作られた約5メートルほどの船の模型です。大航海時代に強大な力を誇ったオランダ艦隊の帆船が、錨や大砲やガラスやロープ、全ての細部に至るまで忠実に再現されていて、ワンピースに出てくる海軍の船みたいだなあなんて思ってしまいました。オランダは当時交易の中心だったので、焼き物や金細工、銀食器、彫刻、織物、ガラス製品、それに嘘みたいに精巧なドールハウスの傑作などなど、絵画に行き着く前にもうお腹いっぱいになりそうなお宝の山です。2階に上がるとやっと絵画群になります。ヘンドリック・アーフェルカンプの『スケートをする人々のいる冬景色』やフランス・ハルスの『ある風景の中の男女の肖像』、当時の人々の豊かな暮らしぶりがいきいきと描かれています。ウィレム・クラース・ヘダの『金色のゴブレットのある静物画』のような、手を伸ばせば触れそうなほどに本物そっくりに描かれた食卓も当時の流行でした。順路に従って歩いて行くとレンブラントのコーナーに到達します。ゴッホに『この絵の前に座って二週間過ごせたら、ぼくは寿命が10年縮まってもいい。』と言わせた『ユダヤの花嫁』がここにありました。入場券に使われている絵です。以前テレビで紹介されていたのでこのレンブラント最晩年の傑作のことはよく覚えています。彼の自画像もいくつかありました。日本の西洋美術館で2003年に開催されたレンブラント展で見た事のある『エルサレムの破壊を悲しむエレミア』にもまたここで出会うことができました。そしてようやく登場。私がいつも『牛乳』と言ってる作品、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』。ここにはフェルメールの作品が牛乳を含め4点所蔵されています。『手紙を読む青衣の女』、『小路』、そして『恋文』。しかし『手紙を読む青衣の女』がいません。隣の部屋も探しましたが見つからないので部屋にいらした学芸員さんに聞きました。その方、2メートル以上ありそうな巨人でしたが、私のサイズまで降りてきてくれて親切に一言おっしゃったんです。『貸し出し中です。』よく見ると、他のフェルメール作品の隅に小さい写真が貼ってあって、そう書いてありましたよ。(ガビーン)どこに貸し出してるんでしょう。まさか日本じゃないよね。この時代の風景画も素晴らしい作品が多いんです。ヤーコプ・ファン・ロイスダールの『ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車』やパウルス・ポッテルの『農場近くの牧草地の乳牛』はいかにもオランダという絵でしみじみと眺めました。家庭的な情景を描いたヤン・ステーンの聖ニコラスの祝日、プレゼントをもらえた子、悪戯が過ぎてもらえなかった子、これはいまのクリスマスですね。ウィレム・ファン・デ・フェルデ二世の帆船の絵も素敵でした。そして最後に登場するのが壁一面の巨大なレンブラント代表作『夜警』です。これも日本の企画展で一度見たことがあったんですが、こんなに巨大だったっけって思いました。日本語の音声ガイドを聴きながら2時間ほどで全部回りきってしまいましたが、改修が終わって展示室が増えるともっといろんなお宝を見せてもらえるんでしょうね。工事が終わったら是非もう一度訪れてみたい場所です。【送料無料】ようこそ、アムステルダム国立美術館へお土産にこの絵のマグネット買ってきて、冷蔵庫に貼ってます。
2011/08/14
コメント(8)
ついに探し続けていた絵の正体が分かりました。ヘリオトロープつながりで掲示板にコメントをよせて下さったたぬき星人さんからの情報です。 イギリスの画家、トーマス・ローレンス(Sir Thomas Lawrence, 1769年4月13日 - 1830年1月7日)の『ランプトン少年像』(Master Charles william Lambton, 1825)。彼の最高傑作の一つに数えられるそうです。トーマス・ローレンスって、アラビアのロレンスと同じ名前ですね。でも別人。宿屋の息子から国王ジョージ3世のお抱え画家にまで出世した人で、サー(Sir)の称号を得ます。隣国ではフランス革命なんか起きていた時代でしたが、イギリスだけでなくウィーンやローマにまで足を伸ばして王侯貴族たちの肖像画を描いていたそうです。描かれている少年は、初代ダラム伯爵の子息チャールズ・ウィリアム・ランプトンぼっちゃん。最初の奥さんが亡くなって、2番目の奥さんとの間に出来たお子さんだそうです。頭良さそうな美少年ですけど、残念なことに13歳という若さで結核のため亡くなりました。お父さんのダラム伯も美男子ですよね。でも伯爵も48歳で亡くなったそうです。現在もダラム伯爵家の所蔵ですから、滅多なことでは見られない作品とのこと。1827年に開催されたパリの展示会でたいへん人気が高かったといいますが、私が生きている間にこの作品の実物を見る機会は訪れるでしょうか。だれか伯爵の知り合い、いませんか。毎日鏡台の前にあって眺めている少年が誰なのか分かってすっきりしました。教えて下さった方のお陰です。『ランプトン少年像』で検索するといろんなニアミスを発見しました。子供のころ友達に借りて読んだ萩尾望都の『ポーの一族』にこの少年のポーズが出てくるとか。もうあまりに昔でストーリーも覚えてませんが、『トーマの心臓』は自分で持っていてそこにもそういえば似たような構図が出てきた気がします。 最近ハマってた『鋼の錬金術師』にも出てくるとか…。『The Red Boy』と呼ばれているそうです。全体像、なんと楽天で売ってました…。買おうかしら。
2011/06/04
コメント(4)
レンブラントは『光と影の巨匠』。フェルメールと同様、17世紀のオランダを代表する画家です。2006年の生誕400年の時に詳しく書きましたが、彼の作品は世界中の美術館で所蔵されていて、今までにドレスデン、ルーブルなど様々な企画展で彼の作品を見る機会がありました。私は17世紀のオランダ黄金時代の絵画に、なぜかとても惹かれるものがあるんです。今回上野でまたレンブラントが見られるというので『靴も買うし,練習も行くから』とムリムリ大将も引っ張って行ってきました。いつも渋々ついて来る割には見終わると『オランダのことは俺様に聞け』みたいになるんですよ。今回のメインは版画です。油絵よりもレンブラントが大変情熱を傾けて製作したと言われる版画を110点も展示されていて、あまりの美しさに圧倒されてきました。出展は主にアムステルダムのレンブラントハイスでしたが、中には個人蔵なんてのもあって、レンブラントを個人で持ってる人がいるんだってことにも驚きましたね。彼の絵画は贋作が多いことでも有名ですが、版画は『あんまりすご過ぎて真似出来ない天才の技』が駆使されているそうで、そういった意味でも見応えがありました。チケットにも使われている『石の手摺りにもたれる自画像』。彼は油絵でもたくさんの自画像を残しています。この作品にはエッチングとドライポイントという技法が使われているそうです。子供の頃、版画と言えば彫刻刀で木を削ってインク乗せて刷るってのをやったことがありますが、他にもいろいろな手法があるんですね。エッチングというのは銅板に松ヤニなんかを塗ってその上から細い針で引っ掻いて、酸性液につけて腐食させ、そこにインクを入れるなんていう手の混んだ方法です。ドライポイントはやはり金属板を針で引っ掻くんですが、『まぐれ』っていう削りカスみたいのが線の両端に出来て、それがインクを乗せた時にボヤッとした陰影の幅になるそうなんですが、何枚も刷ってると摩耗してなくなってしまうそうです。刷りも使用する紙も重要なポイントで、いいお客さんには和紙使うとか、ドライポイントが上手く出る最初の方の刷りにするとか、そういうのでも値段が変わるんですね。この作品もすごかったですね。白と黒だけなのに、まぶしいじゃないですか。『羊飼いへのお告げ』という作品なんですが、エッチングとドライポイントの他にエングレーヴィングという手法が用いられていて、これが最も歴史が古くて力と熟練の技が必要な方法らしく、レンブラントは最後の仕上げとして使っているそうです。彼のたとえば『ロウソクの明かりの下で机に向う書生』なんていう作品は白よりも黒い部分が多くて、ほとんど闇なんです。ロウソクの明かりだけしか最初は見えないんですね。でもよーく見ていると、まるで暗闇に次第に目が慣れて来るように、ロウソクの明かりのそばからだんだんと周りが見えて来るようになります。そして、『ああ、人がいたんだ』って気がつくんです。こんなの版画で出来るんですね。驚きました。この『3本の木』という作品も素敵でした。この企画展は上野の国立西洋美術館で6月12日まで開催されています。このあとは名古屋に行く予定だそうです。詳しい作品紹介はこちらからご覧になれます。
2011/05/23
コメント(8)
一年越しの夢だった目黒雅叙園の百段階段見学。目黒雅叙園は昭和6年に東京目黒に創業された料亭で、当初の予定では坂に沿って駅まで続くようにしたかったそうです。千と千尋の神隠しの湯やのモデルとも言われるだけあって、元はスパリゾートのようなお風呂屋さんだったという話しも聞きました。庭に滝があったり、相当大きな敷地に贅沢に立てられた建造物。今は鉄筋コンクリートの近代的なビルになっていて、競技会はそっちで行われたんですが、一部昭和の建設を有形文化財として保存されていて、それが今日ご紹介する百段階段なんです。入り口のエレベータも超豪華。99段の階段でつながれた6つの部屋それぞれ豪華絢爛な装飾が施されていて、日本風ロココとでもいいましょうか、竜宮城に迷い混んだ浦島太郎の気分が味わえます。『こんな部屋で誰が宴会したんだろうね。』『吉田茂とかじゃないの。』残念ながら撮影禁止とのことでしたが、ご興味ある方はこちらの動画をご覧下さい。トイレは使用禁止でしたが当時としては考えられないくらい広くて天井も高いんです。冬は寒かったかも。エレベータなんてありませんから、一番上の部屋で宴会があったりしたら仲居さん大変だったでしょうね。この階段に沿った各部屋で、人形師辻村寿三郎さんの展示会をやっていました。辻村寿三郎さんといえば懐かしいNHKの人形劇『里見八犬伝』で有名な方です。一天にわかにかき曇り...といって現れるたまずさが怨霊。昔、毎日見てた気がします。『仁義礼智忠信孝悌(じんぎれーち、ちゅうしんこーてい)♪』歌も覚えてるぞ。結構混んでまして、5月22日までの予定だったのが6月5日まで延長されたらしいです。歴史にご興味ある方、建築にご興味のある方、室内装飾にご興味ある方、いろんな意味で面白い所でした。そうそう、駅の近くから目黒雅叙園までエスカレータ出来ましたよ。大変な坂を上り下りしなくても大丈夫です。チケット2枚あります。もし、よろしければどうぞ。
2011/05/16
コメント(6)
土曜日のレッスンの後、渋谷に行きました。渋谷に来るのは何年ぶりかですが相変わらず大変な人出で、駅前交差点から109に向って人の波に揉まれながらゆっくりと進んで行きます。私達が目指していたのは、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている『フェルメール(地理学者)とオランダ・フランドル絵画展』。フェルメールは最も好きな画家の一人で、以前フェルメール展のときもご紹介しましたが、この人の作品は全部あわせても30数点しかないので一つ一つが非常に貴重なんです。震災があって来日予定だったアーティストや絵画が急遽イベント中止になったりしている中、この展示会はよくぞやってくれましたというか、震災前からやってたんですけど、やっててくれてありがとうという感じ。なにしろフェルメール作品の中でも東京初上陸だったこの『地理学者』は最も思い入れの強い作品のひとつだからです。この作品と全く同じモデルを使った『天文学者』という作品があって、それが私のフェルメールとの最初の出会いだったんですね。この作品を見てきた夜に『美の巨人達』という番組で紹介されていて、それによるとこのモデルの方、フェルメールのお友達で、ホントは地理学者でも天文学者でもなく微生物学者だそうです。顕微鏡を発明した方とのこと。今回展示されていた作品は、ドイツの玄関口であるフランクフルトのシュテーデル美術館が所蔵しているものです。私はフランクフルトに行ったことがあるんですが、その時、滞在時間がとっても短くてゲーテの家しか行けなかったんですね。その後フランクフルトに行った知り合いが私の嘆きを聞き、お土産にポスターを買ってきてくれました。職場の机のヨコに今貼ってあるんですが、シュテーデル美術館所蔵の主な絵画の3センチ四方くらいの写真が200点くらい写ってる一覧表のようなポスターなんです。その中に、この地理学者も入っています。見れば見るほど美しいこの絵画。嘘みたいですがよーくみると棚の上の地球儀も壁に貼られた地図も実に細かく描かれていて、彼が着ている青いガウンは実は当時お金持ちのステータスだった日本の着物なんです。オランダは日本と交流のあった数少ない国の一つでした。当時の地図には日本もしっかり書かれているんですが、北海道がなかったですね。九州がメインですからしょうがないですね。会場は程よく空いていて、じっくり見ることができました。この他にもブリューゲル(父・子)をはじめ、ルーベンス、レンブラントといった17世紀オランダ黄金期の画家達の作品が数多く展示されていてすっかり大満足です。早速お土産コーナで図録と地理学者のポスター(500円)を購入。カッコいい額にでも入れてStarTrees美術館のいい場所に飾ろうと意気込んで翌日曜日、近所の家具屋さんに行きました。金縁の重厚な感じの額をオーダーするとどんなもんかお値段聞いてひっくりかえりましたね。『13800円です。』500円の絵にそのお値段の額じゃちょっと釣り合いが悪過ぎる気がします。まるで世界チャンピオンのアルナス・ビゾーカスのフレームで踊る私みたいな...。結局既製品の賞状入れる額縁買ってきて、ちょっとかっこ良く見えるように色紙で内フレーム自作。大将が買ってくれたラファエロの天使と並べて玄関に飾ってみました。絵画展は5月22日まで渋谷でやって、その後6月から愛知県の豊田市美術館で公開予定です。詳しくはこちらのサイトをご覧下さい。
2011/04/18
コメント(4)
<まりと殿様>てんてん手鞠は 殿さまにだかれて はるばる 旅をして紀州はよい国 日のひかり山のみかんに なったげな赤いみかんに なったげな なったげな和歌山城の天守閣にこの歌の石碑が建っていたんです。どこかで聞いたことある歌だなあ。ひょっとしてこれか?まりと殿様この歌って、和歌山県の歌だったんですね。泊まったホテルのロビーにもエレベータにも、ありとあらゆる所が『手鞠がら』になってたもんですから、なんでだろうとは思ってたんです。こちらホテルのロビーに向う通路に飾られた手鞠がらのステンドグラス。手鞠がみかんになったって歌ってますけど、現代ではジャムになってるみたいです。おいしそ。手鞠って、手で縫うんでしょうね。私にはとても出来そうもないけど、きれいなもんですねー。(まだつづきます)
2011/04/05
コメント(2)
世界で最も有名な芸術作品の一つと言ってもいいかもしれません。オーギュスト・ロダン作、『考える人』。世界中にいくつもの複製が存在して、上野の国立西洋美術館にもあります。いったい裸で何を考えてるんだろうなと思いますね。実は『地獄の門』というでっかい作品の一部で、地獄の門の上で熟考するダンテを表そうとしたものだとのこと。『地獄の門』も上野の国立西洋美術館の庭にあるんですけど、門の上にちっちゃい考える人がいたかどうかよく覚えてません。何度も行ってるから見てるはずなんですけどね。ロダンの作品は凄くリアルなので、デビュー当時に作った等身大の作品を、実際の人間から型とって作ったんじゃないかと疑われたというエピソードがあります。そのあと疑いは晴れて名声は一気に高まったんですが、『地獄の門』製作中に才能あふれる美しい弟子にめぐり会うんですね。イザベル・アジャーニが演じる『カミーユ・クローデル』という映画で見ましたが、ロダンは彼女と内縁の妻のあいだでウロウロし、カミーユは精神異常を来して48歳の若さで亡くなってしまうんです。ロダン役はジェラール・ドパルデュー。映画の中でのロダンは優柔不断なヤナ奴でしたね。若き日の高村光太郎は芸術家としてのロダンに心酔していたようで、『ロダンの言葉』を日本語訳した本を出してます。十和田湖に立ってる『乙女の像』ご存知ですか?智恵子抄で有名な高村光太郎は本業は詩人じゃなくて彫刻家なんですよね。そういえばカミーユの弟も詩人で、しかも駐日大使も務めた外交官だったとか。詩人と彫刻家って、脳細胞の同じような部分が発達した人なのかもしれません。鋭い観察眼とか表現の巧みさなんかは必要な要素ですね。今日11月12日は、そんなロダンの生誕170年にあたります。 みなさんは最近、何について考える人ですか?【今だけラッピング無料】トイレで考え中[レビューを書いて3%OFF]おもしろ雑貨のトイレブラ...
2010/11/12
コメント(12)
台風の影響で大雨だった2週間前の水曜日、その雨にも負けず大きな郵便物が届きました。江戸っ子コンビのたまちゃんから、2枚の絵画が送られて来たんです。記録的に雨が降らなかった夏、わざわざ大雨の日を選んで届くなんてさすが妖怪雨降らしだなと思いました。彼女は昔から自他ともに認める雨女なんです。『お誕生日、おめでとー! わー! パチパチパチ!』うさぎやクマがにぎやかにパーティしてる音声付きのカードが添えられていました。まだ大将が帰って来る前の誰もいない静かな家の中、一人で何度も何度も聞いてしまいました。たまちゃん、ありがとう。お誕生日メロディカード 夜の音楽会 ウサギがピアノ演奏 ろうそくが光るよ!タンバリンとラ...絵画の方は、額だけでも結構高そうな2枚はモネの作品でした。『日傘をさす女(妻カミーユ)』、そして『舟遊び』。 凄いのはただの複製画ではないことです。以前ルノワールとフェルメールでもそうでしたが、手作りなんですね。刺繍なんです。こう言った細かい手仕事ができる人、ほんと尊敬します。早速よく見える場所に飾らせてもらいました。私はどちらかというとフェルメールのような写実的な絵画が好きなんですが、印象派のボヤーっとした絵もわりと好きなんです。職場の私の席のとなりにもモネの『ジヴェルニーのモネの庭』のポスターが飾ってあるんですね。【送料無料】絵画:クロード・モネ「ジヴェルニーのモネの庭」●サイズF6(41.0×31.8cm)●プレ...印象派の絵画は日本にファンが多いので何度も企画展が開催されていて、『日傘をさす女(妻カミーユ)』は10年くらい前に東京都美術館で開催されたワシントン・ナショナル・ギャラリー展で本物を見た覚えがあります。相当大きな絵で見上げるような位置に飾ってあったので、この日傘の婦人に見下ろされてるような感覚でした。そのとき買って来た企画展プログラムのカバーも、確かこの日傘の女性の絵だった気がしますね。もう一つの『舟遊び』の方は、なんと実物が上野で見られます。私がときどきクロード・ロランの『踊るサチュロス』に会いに行く国立西洋美術館が所蔵しているんです。うちは次第にたまちゃんの作品展示室の様相を帯びてきましたが、サロン・ド・StarTreesのコレクションも更に充実したものになってうれしい限りです。そのうち入館料とるかな。(うそ)
2010/09/21
コメント(4)
来週末は実家の近所の花火大会です。例年はそれに合わせて帰っていたんですが、今年は用事があるので今日行って来ました。真下で見る花火はすごい迫力なんで楽しみにしてたんですけどね。代わりに隅田川の花火大会を帰りの道から少し見ることができました。久しぶりに自分の昔使っていた部屋に入ったんですが、こんなに小さい部屋だったっけってちょっと違和感を覚えましたね。壁中飾られていた絵を眺めていたら、母が持って帰りなさいというので2点だけ持って来たんです。一つはブーシェの『狩りから帰るダイアナ』相当昔、どこかの美術館の特別展で300円くらいで買って来たコピーなんで、もう色もあせてるんですけどね。もう一つがムリーリョの『善き羊飼い』これは比較的最近、プラド美術館展で買って来たものなのでまだそれほど色あせていません。びっくりしたのはその額縁を開けてみたら中から隠し文書が出て来たこと。なんと小学校5年生の時に書道コンクールで表彰された賞状と、珠算5級とかいう、なんだそれみたいな賞状が絵の裏側に型紙のように張り付いていたんです。まだ昔の私の部屋にはたくさんの額縁が残ってますから、その裏に隠された過去の遺物が眠っているのかもしれません。どうせなら埋蔵金でも入ってればいいのにな。
2010/07/31
コメント(6)
上野の国立西洋美術館に行って来ました。この美術館は、20世紀初頭に川崎造船所の社長だった松方幸次郎さんが集めた絵をもとに造られたんですが、そのとき絵の収集の師匠となったのがイギリスの画家のフランク・ブラングィンでした。船や労働者を多く描いていたブラングィンの絵に惚れ込んだ松方社長が、彼の作品を次々と購入したのがきっかけだったようです。チケットは《りんご搾り》という大きな絵です。私が気に入ったのは《海賊バカニーア》。赤と青のコンとラスとがまぶしい非常に力強い絵でした。フランク・ブラングィンは絵だけでなく、絨毯やお皿、家具に至るまで幅広いデザインを手がけていた人なんですね。しかもニューヨークのロックフェラー・センターの壁画まで描いてたりして、近代のダビンチのようです。夏目漱石の『それから』にも彼の名前が登場するそうですよ。ところで、西洋美術館に行くといつも必ず常設展を一回りして、特にクロード・ロランの絵をしばらく眺めて来るんですが、今回は3点新しい絵が入ってました。なかでもウィリアム・ブーグローの『少女』はとても素敵でした。絵はがき欲しかったんですけど売ってませんでしたね。 あと2点は、以前ここで企画展をしていたハンマースホイの『ピアノを弾くイーダのいる室内』とピーダ・イルステズの『イーダの肖像』。この美術館は去年開館50周年を迎えました。その記念事業として企画された『フランク・ブラングィン展』の方は、5月30日までやってます。ご興味ある方は是非どうぞ。詳しい説明はこちらのサイトからご覧になれます。職業診断もしてくれます。私は建築・空間デザイナーに向いてるそうです。
2010/03/12
コメント(2)
美術品は度肝を抜かれるような値がつくものがありますね。昨日、ロンドンで開催されたオークションでアルベルト・ジャコメッティ作のブロンズ像「歩く男」が美術史上最高額の約95億円で落札されたそうです。誰なんでしょう。そんな凄い買い物しちゃう人って。アルベルト・ジャコメッティ―本質を見つめる芸術家ジャコメッティの作品て凄く特徴的なんですぐ分かるんですよ。まるで沈みかけた夕陽に長く伸びた陰のような、細く引き延ばされた人物像が多いんですね。 先月ロンドンで行われたオークションでは、レンブラントの「両手を腰に当てて立つ男の肖像」が約28億9000万円、ラファエロのデッサン画が約41億8000万円なんていう値がついたそうですけど、この世界的不況下にもお金があるところにはあるんですよね。 95億円のこの『歩く男』はどこに向って歩いて行くんでしょうか。まさか今度上野に行ったら美術館に置いてないだろうなあ。
2010/02/04
コメント(4)
東京都美術館で開催されていますボルゲーゼ美術館展に行って来ました。ローマ貴族ボルゲーゼが1600年代に造らせた夏の離宮。その膨大な美術品やら宮殿やら庭園まで含め、今はイタリア国家の美術館として管轄され一般公開されているそうです。行ってみたいなあ。個人コレクションでここまで凄い名作ばかり集めてる家は、世界中探してもそうないと思いますね。日本でボルゲーゼ美術館のコレクションを紹介するのは初めてだそうで、見たことなかったルネッサンスのお宝を堪能して来ましたよ。一番の目玉は、ラファエロが20代前半に描いたと言われる『一角獣を抱く貴婦人』。ぱっと見、ダビンチのモナリザに構図が似てますよね。 ラファエロは彼の影響を多大に受けて模写とかも色々したようなんですが、この絵はモナリザではなくダビンチの別の絵をモチーフにしたらしいです。この絵にはもう一つ逸話がありました。1900年代になって修復作業が行われた時、X線写真を撮って初めて一角獣が下に描かれていることが分かったそうなんです。それまでは誰かがこの絵に下手な上書きをして、肩掛け着させたり車輪持たせたりして、『アレクサンドリアの聖カタリナ』ということになってたそうですよ。その方がただの貴婦人より値が上がったんでしょうかね。今でもこの女性が誰なのかは謎とのこと。もう一つの目玉は、カラヴァッジョの『洗礼者ヨハネ』です。カラヴァッジョの絵はいくつか見たことがあるんですけど、どれも劇的でちょっと怖い感じなんですよ。 でもこの絵は宗教性よりもむしろ官能的なものを感じますね。カラヴァッジョがゲイだったって話しは聞いたことありますけど、それ系の少年をモデルにしたんでしょうかね。カラヴァッジョが39歳で亡くなる最後の作品らしです。この他にボティチェリの宗教画とか、ギリシャ神話を題材とした絵が全部で48点展示されてました。一番多かったのはヴィーナスの絵だったかな。この時代はヌードっていうとヴィーナスしかなかったんでしょうかね。あとこれもお宝だなと思われる、日本人の絵がありましたよ。伊達政宗が交易拡大の使者としてイタリアに送った慶長遣欧使節の支倉常長が、金糸銀糸の刺繍を施した白い絹のかみしもを着て油絵になってるんです。 伊達政宗だってここまで詳細な絵画は残ってないでしょうから、この時代の貴重な日本人像ですね。私が一番気に入ったのは、初めて聞く名前の画家ジョヴァン・フランチェスコ・ロマネッリの『巫女シビラ』と言う絵でした。絵はがきでも買って帰ろうかと思いましたが、この絵は販売されてませんでしたね。フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』の逆向きみたいな、ターバンをまいた女性が向こうに振り向いてる絵だったんです。この美術館展は上野の東京都美術館で4月4日まで開催中です。それ以降は改修工事のために2年間閉鎖されるとのことですので、ご興味ある方はお早めにどうぞ。詳しくはこちらのサイトをご覧下さい。
2010/02/02
コメント(8)
えびで鯛を釣るって言うのはこういうことなんでしょうかね。大将にクリスマスプレゼント贈ったら、お返しに天使がやって来ました。ラファエロの描く天使はとても気に入っていて、これ系の傘は愛用してるんです。上野の西洋美術館に行った時に急に雨が降って来て買ったものなんですが、こういうのって勝手な思い込みかもしれませんが出会いが重要なんですよ。ネットで探せばあるとは思いますけど、実際に見て買いたいんです。同じ複製画でも見てぐっと来るものと来ないものがあるんですね。ダンスでもあるじゃないですか。同じ曲、同じ振り付けで踊ってるなかでもひときわ輝いている人とかいますよね。実は半年前に今の家に引越して来た時、近所のアンティークショップにぐっと来るタイプのこの絵が飾ってあるのを見つけたんです。大将が聞きに行ってくれました。『この絵は売り物じゃありません。』まあそうでしょうね。とても素敵な額に入っていて、店の中心的存在でしたから。ところで私はもう一つ狙ってる絵があって、それはフェルメールの『牛乳を注ぐ女』。これは近所の家具屋の絵画コーナーに売ってたんです。でもフェルメールは一番好きな画家の一人なので、これは何か特別な自分へのご褒美にしようと決めました。ところが自分にご褒美を上げるほどのことを今年は全然やってないので、本当にそれでいいのかってその家具屋の前を通るたびに自問自答して早半年、反面、もう売れちゃってたらどうしようなんてドキドキしてたんですね。昨日その家具屋に行ったので、いつものように絵画コーナーの様子も見に行きました。牛乳のほうはまだ売れてなくて、1000円値引きされてましたけど、こんなので買う気起こす人がいるとは思えないですね。で、そこに発見してしまったんですよ。この天使たち。ホントは牛乳の女に目が行く前にこっちに釘付けになってたんです。固まってる私の後ろから大将がやって来て、『買って上げようか。』って天からの声がこだまして来ました。『えっ?ほんと?』『牛乳よりこっちがいいんでしょ。牛乳もまだ売ってるよ。』牛乳って、飲む牛乳じゃないですよ。フェルメールの絵のことです。というわけで玄関に今まで飾ってあった古地図は移動。StarTrees美術館の入り口にラファエロが入りました。クリスマスって、いいこともあるんですね。
2009/12/27
コメント(12)
<異人館とイルミネーション>なぜかガラス工芸品に非常に心引かれるんです。高いから買えないのでいつも見るだけなんですが、ここ薩摩にも有名な『薩摩切子』があります。篤姫の嫁入り道具にもなったこの美しいガラス工芸品は、幕末の動乱で途絶え、1980年代になって復刻されたものです。島津家の資料館なんかがある広い庭園(仙巌園)では菊まつりをやっていたんですが、時間的に無理なのでそちらはパス。隣のガラス工場と作品を展示販売している工芸館を見て回りました。いい目の保養をさせてもらいましたよ。入館料もタダだし。このペーパーウエイト(ぶんちん)が一番安かったでしょうかね。それでもいいお値段ですから買いませんよ=。見るだけです。ついでに近くの異人館も見学と思ったら、耐震工事中でした。そういえば、行ってがっかりだったところが、この異人館ともう一つあったんです。金曜の夜、天文館でスイーツ食べた後、お店の人に聞いて市役所前のイルミネーションを見に行ったんですね。ここのクリスマス・イルミネーションはすごいらしいってことは調べ済みです。(こちらです)歩いても行けると言われたんですが、寒かったので市電に乗りました。どこで降りたらいいか、運転手さんに聞くとこんな答えが返って来たんです。『デンテーがあります。』デンテーってなんかの方言なんだろうか。聞いちゃいけないような気がしてそのまま席に戻ったんですけど、考えてみたらそれって『市電停留所』の略ですわね。バス停みたいなもんですよ。さて、『市役所前』の電停で運転手さんに促され降りてみると、予想に反して真っ暗なんです。かろうじて噴水の電気がついてるだけ。『平日はやってないのかな?』木に電球が巻き付いてましたから、やる気はあるみたいなんですけどね。真っ暗だし、誰もいないし、寒いし、しょぼしょぼ吹き上がってる噴水がますます寒さを助長します。『あの噴水の上、跳んでこい!』大将に訳の分からん命令を下したりして。だって、せっかく来たのにすることないんですもん。結局、反対方向の市電に乗って帰ってきました。後で聞いたら、大切な情報を調べてなかったんですね。『あそこのイルミネーションは12月1日からですよ。』ちょっと行くのが早すぎたみたい…。
2009/11/27
コメント(8)
遅ればせながら今日から夏休みに入りました。近所でやってた井上直久の作品展示会に行って来たんですが、実に美しい世界でしたね。独自の幻想的な世界を創造されていて、イバラードと名付けているんです。大阪の茨木市のご出身だからだそうなんですが、まるで宮沢賢治のイーハトーブみたいです。そういえば昨日は,宮沢賢治の誕生日でしたね。 私は宮沢賢治の作品の大ファンで、生誕100年の年にイーハトーブを巡る旅にも出かけました。美しいファンタジー・ワールドを宮沢賢治は文字で、井上直久は絵で表現してるんですね。いろいろお話を伺って来たんですが、ジブリ作品『耳をすませば』で、主人公の雫が猫のバロンと旅する幻想的な世界を生み出したのもこの方。宮崎駿監督がたまたま立ちよった作品展で惚れ込んでコラボすることになったんだそうです。 キャンバスに赤をぬってから,下書きも何もない中で描き始めるのとのこと。どうしてこんなに透明感のある空気や水が描けるのか不思議です。そういえば中学の教科書でもこの方が紹介されていましたね。あんまりきれいなんで、わたしもこのブルーレイ買うことにしました。楽しい夏休みになりそうです。
2009/08/28
コメント(6)
先日ニュースで『ヘミングウェイのそっくりさん大会』を見ました。作家アーネスト・ヘミングウェイの誕生日7月21日を祝って、アメリカのキーウエストで毎年開催されるそうです。今年は生誕110周年ということで、さらに盛り上がった様子。みんな真っ白なあご髭に白い服なので、まるで『サンタクロース真夏の海に大集合!』みたいな図でした。誰が一番似ているかを競い合うっていっても、みんな同じに見えます。 ところで、クレーターというと『月』っていうイメージですが、ほかの惑星にもたくさんあるんですね。去年水星探査機メッセンジャーが水星に接近して、これまで撮影されたことのない地形がとらえられました。クレーターの名前って国際天文学連合(IAU)が決めるんですが、水星はマーキュリー(メルクリウス、ヘルメスともいいます)が芸術の神なので、芸術家の名前がつくことが一般的らしいです。ちなみに水星の一番大きなクレーターの名前は『ベートーベン』だとか。今回見つかったクレーターの一つに『ヘミングウェイ』の名前も含まれていて、日本人も浮世絵師の歌川国貞がはいってるそうですよ。(詳しくはこちら)クレーターっていうのは惑星や衛星に小天体がぶつかって出来た穴ぼこですけど、後世に残るインパクトという意味では偉大な芸術家の名前が付くのもあながち的外れではないようなきがしますね。
2009/07/30
コメント(6)
全174件 (174件中 101-150件目)