森田理論学習のすすめ

森田理論学習のすすめ

2014.10.07
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相手を受容するということについて考えてみました。

よくカウンセリングで相手をどこまでも受容していくということを言われます。
でも、何でもかんでも「うん!そうか」「そうですね」「あなたの言うことはよく分かります」
「その気持ちよく分かる」といって、相手の全部を受け入れて共感するというのはよいことなのでしょうか。
私は、これは考えものだと思っています。

例えば、私の例ですが、4、5名で、週一ペースで楽器の練習をやっています。
リーダーのような人がいてその人が、そのグループを取り仕切っています。
その人はものすごく短気な人で、少しでも間違えたり、もたもたしたりすると年上の人でもすぐに平気で怒りを爆発します。
そのためメンバーはいつも怯えてびくびくしています。面白くありません。

「彼を殴り飛ばしてやりたい。そうしないと腹の虫がおさまらない」
その人は言いました。その気持ちは分かります。しきりに共感してくれました。
でもだからどうしたらよいとかは言いません。
まさに、ここでいうどこまでも受容一辺倒の態度です。

私は思いました。
私が「その人が気持ちは分かったといって承認してくれたから、思い切ってリーダーに殴りかかった」とします。
少なくともその人は共感してくれたので、少なからず責任は取ってくれると思ったのです。
でもそのあと傷害罪で訴えられるようなことがあっとき、その人は責任をとってくれるのでしょうか。
たぶん、普通は無理でしょう。
だったら、本心を偽って「共感と受容」の姿勢を見せるというのは偽善ではないのでしょうか。

私は思いました。

その反面、そんなことをすると人間関係が壊れて取り返しがつかなくなるということは、自分自身でも薄々分かっているのです。
これは森田でいう精神拮抗作用です。これは基本的に人間の自然な心理現象です。
受容と共感というからには、このことを踏まえて対応しないといけないのではないか。
「殴りかかりたい」という気持ちもさることながら、「そんなことをすると大変なことになる」という反対の気持ちも汲んでやる必要があると思うのです。

この例の場合、「殴りたいという気持ちはよく分かる」だのに、「爆発すると後が恐ろしい事態を招くかもしれない」という反対の気持ちがあなたに湧き起っているしねと察してあげる。


でもストレートにそうできないということは、あなた自身が一番よく分かっているのだ。
私はそういうあなたの揺れ動く気持ちを、ある程度は理解しているのだよ。
あなたはそういう状況の中で苦しんでいるんだよね。と話してあげるというのが肝心なことだと思う。
これが本当の受容と共感いうことではなかろうか。
そういう風に受容して共感してもらうとうれしい。

最初に受容のふりをしても、最終的に「しかし」「でも」「だけど」等という逆説の接続詞で、反転して否定されると余計に反発心が強まる。
相手の「受容と共感」は口先だけだったのだとすぐにばれてしまうからである。
すると、相手は素直に自分自身に向きあうことは難しくなってくると思う。
(家庭の中の対話 中公新書 伊藤友宣著 参照)





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Last updated  2014.10.07 06:37:00
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kurokawa@ Re:感情と行動を分離して行動する(11/11) New! 申し訳ございません。生涯森田様でした。
kurokawa@ Re:感情と行動を分離して行動する(11/11) New! 障害森田様 この記事の中で「心とは裏腹…
楽天星no1 @ 早速のご返事感謝 森田生涯さんへ 早速のご返事ありがとう…

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