2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全8件 (8件中 1-8件目)
1
月曜。郊外の病院に入院する友達を見舞う。弟を買収(!)して、車を出してもらい、1時間半木枯らしの中を走る。白くこぎれいな病院にその人はいて、病室を訪れたときは、横になっていた。本を読んでいたのかな。彼女らしい…と、ベットの上の文庫本をみて思う。お見舞いにいったのに、逆に励まされた私。思っていたより、彼女は元気だったけれど、とても寂しくつらいのだろう。それが言葉に表れないので、私はどうしていいのかわからなくなった。陽が一緒だったので、1時間あまりで失礼することに・・点滴を持って、玄関まで見送りに来てくれた友達と、最後に手を合わせる。ぴんとのびた指から、彼女の強さを分けてもらった気がした。彼女は「母」だ。大学時代の彼女よりも、人間的にずっとずっと強くなっている。これから本当に大変だと思う。けれど、がんばってほしい。私もがんばりたい。そう心から願った。どうか無事で。
2005年11月29日
コメント(0)
ここ。私のふるさとの冬は寒い。外に出た瞬間、しゅんっと身体が一回り縮んだように身震いし、指先がにぶく重くなってゆく。ああ、こういう厳しさだったっけと、文字通り肌で気づく。帰国後早や一週間。だらだらと時間はあっというまに過ぎる。普通、だらだらしていたら時間ってのんびり感じるものじゃないのか・・大量に買った本と、加湿器の湯気に囲まれて、毎日をゆるやかに過ごす。今日は午前中病院に診察に行ってきた。「こころの病院」へ。しばらく悩まされていた不眠と、不安定な心を診てもらうことに。こんなこと初めてだったけれど、ニュートラルな立場の専門家にかかることで、自分をすこし客観的にみつめることができたかも・・・先生と話していく中で、自分の本当の問題にも少し気づいた気がしたし。「では○日に、また」と再診の予約をして、薬を少し処方され、小綺麗な診察室を後にした。ちょうどお昼。街で遊んでいたちび姫と、母と合流し、家に戻る。本当に必要なことって、実にシンプル。けれど周りの煩雑なことにどうしても目がいくし、他人を意識せざるを得ない。哀しいことに。誰かが、何かが変わるコトに期待するのではなく、自分の見方を少し変えてみよう。人や物を動かすことは、思っているよりも容易ではないのだから。
2005年11月22日
コメント(0)
佐藤雅彦「四国はどこまで入れ替え可能か」を読む。ユニークな切り口に今回も舌を巻いた感じ。著者は日々よく観察し、頭の中で咀嚼している人に違いない。「観察」すれば世界がもっともっと広がり楽しくなる。そんなことをこの本から教わった。帰国してまず向かったのが本屋。日本語の本を気兼ねなく色々選べるのが嬉しい。去年は当たり前すぎて、気づかなかった小さな幸せだ。
2005年11月20日
コメント(0)
水曜日夕方、無事日本に帰国した。久々の日本、そして久々の実家生活。さすがに12時間のフライトと、プラス3時間の移動は身体にこたえたけれど、電車の窓から見る夜景に感慨もひとしおだった。今回は米系の航空会社を選んだのだけど、イマイチ…座席も狭いし、機内食もサービスも今ひとつだった。残念なので、ワインをたらふく飲み、陽と塗り絵をしながら時間をつぶす。機内で『パイレーツ・オブ・カリビアン』を上映していたが、陽の妨害でゆっくり観賞できず…実家に着いたのは夜10時過ぎ。肌が凍ってしまいそうに寒く、こたつやストーブフル稼働だった。暖かい家の中が、皆の笑顔で余計暖かく感じた夜。いろんなことがあったけれど、この数週間はのんびり疲れを取ろうと思う。とりあえず無事ついてよかった
2005年11月18日
コメント(2)
突然だが、陽と二人明日の飛行機で一時帰国することを決めた。一ヶ月滞在して、またLAに戻る。今回の帰国を決めたのは先週末で、すぐチケットを手配し、こまごました準備を始めた。私得意の「思いつき行動」。実家も友人も皆驚いていたけど、一番驚いていたのは夫かも。実は、周りのことが本当にうまく回らなくなって、私は眠れなくなった。原因やきっかけは数え切れず、どれもが決定打のようで、どれも違う気もする。10月下旬からまるで坂道を転がるように、ストレスは積み重なっていった。自分に余裕がなかったものだから、相手を思いやれず、どうしても距離を置きたいと思ったし、アンバランスな自分と向き合う必要があった。第一、子供には喧嘩を見せたくなかったし。相手を嫌いになったわけではなく、向こうも同様に私を信じていてくれる。だから別居ではなく、単なる「妻業・お休み」。本当に我儘だけれど、海を渡るしか方法がなく、、、、それと。同時に日本のほうでも気になることが2,3あり、帰国は実家側からの強い願いでもあった。皆陽に会いたいのもあるみたいだけど。夫はまさに「ぎゃふん」という顔をして「ちょっと喧嘩しただけでしょー」と悲しそうな声…申し訳ない…久々の飛行機、久々の日本。この1ヶ月が癒しになり、また走り出すことができますように。
2005年11月14日
コメント(0)
図書館で借りてきたDVDを、返却日直前に急いで観る。「Something's Gotta Give」(2003)邦題は「恋愛適齢期」だと、後で知る。うまい訳!!ダイアン・キートン演じるバツイチの人気劇作家と、ジャック・ニコルソン演じる62歳のプレイボーイのロマンスストーリー。加えてキアヌ・リーブスがハンサムな青年医師役で出ていて、三角関係に…恋愛する時期はとうに過ぎてしまったと諦めていた主人公Ericaと、本当の愛をしらず62年生きてきたHarry。コミカルな場面もあり笑うこともあったけど、本当に美しいロマンスストーリーだった。「大人の恋愛」が描かれているのかな!?と最初思ったけど、そうではない。そもそも「恋愛」に大人も子供も、成熟も未成熟もない。何歳になっても恋は切ないし、葛藤はあるし、美しくも醜くもある。そんな事を教えてくれた映画だった。50歳過ぎの設定のダイアン・キートン演じるEricaが、とてもチャーミングで、美しく歳をとっていた。年をとることは悪いことではないのかもしれないな・・・なんて思わされた。あんなふうに自分も歳を取れたらいいなぁ…そもそも、女の人にとって、歳の取り方って、自分次第なのかな。歳を見方につけて、どんどん綺麗になっていく人もいて、皺さえもチャームポイントになる人がいる。その一方で、精神的にも更けてしまって、歳相応に見えない人もいるし…でもって、一番印象的だったのが、「泣く」シーン。歳で涙腺が緩んだと言ってHarryも泣き、やきもちや失恋でEricaも泣いていた。特にEricaが若い子を連れているHarryを見かけ、嫉妬で大泣きする場面は強烈だった。でもすごく素直な気持ちが伝わってきて、愛らしい感じ。Teenagerみたいで、やりきれない気持ちを泣くことで消化して、あがきながら次に進もうとする姿は、圧巻の一言だ。「女の人は、死ぬまで女だなぁ」と思った。それから『泣くこと』は悪いことではないのかもしれない、と気づいた。私は昔から泣くことに抵抗があって、泣いている自分がどうもバツが悪くなって恥ずかしく思っていた。けれど、大泣きすると、決まってすっきりするし、気持ちにけじめがつけられ、後腐れがない。「これだけ泣いたし、ま、いっか」と思えてしまう。あんなに悲しかったのに…涙に対する抵抗は、少しこの映画によって緩和されたかも・・これからはどんどん泣こう!総じて、これは素敵な映画だった。少なくとも私には学ぶべきところがたくさんあった。恋愛は若い人だけのものでは決してないのね。恋をすると、辛いこともたくさんあるし、涙もたくさん。けれど、人は恋で成長するものだ。英語の勉強ついでに、、と何気なく借りた映画で、こんなに得るものがあるとは・・良かったよかった。観てない人はぜひ借りてきて観てね☆
2005年11月09日
コメント(0)
今日は食べ物のことを…。週末外出した際に、「たまにはいいかな」とファーストフードのお店に入った。Fatburgerという恐ろしい名前のお店。でもカリフォルニアンには絶大な人気で、雑誌のBest Burger部門で1位だった。そこで、夫はFatburger、私はgrilled chikenを注文。案の定恐ろしいサイズのものがでてきた。味は日本のファーストフードなんかよりは、はるかにしっかりしていて美味しかったけれど、ボリュームがありすぎる。私は普段お肉を極力口にしない生活だったので、久々のお肉はかなり胃にこたえた。後になってどうも体がだるくて仕方ない。「多分あのお昼のお肉が原因だわ」ととっても後悔した。人の体や精神は食べ物の影響をダイレクトに受ける。食べ物が偏ると、精神も妙に不安定になるし、体調も悪くなる。特に20代後半にきて、そのことをひしひしと感じるようになった。そのあと、ムスメがHalloweenでもらったチョコレートの食べ残しを、ひと齧りしたら、また胃がむかむか…愚かな間違いを繰り返してしまった。アメリカのチョコレート、信じられないくらい甘くて味が濃い。ムスメは今籠いっぱいチョコレートを持っているのだけど、これ全部食べたらタイヘンなことになるだろう。アメリカ人の味覚にはいつも絶句だけれど、先のハンバーガー屋さんでもケチャップを山のようにハンバーガーにかけている人がいたし、市販のマフィンは生地がバサバサ。こういうものを小さな頃から食べていたら、思考にも影響するのでは・・・と本気で思う。もちろん、アメリカにも美味しいものがたくさんあるのだけどね・・
2005年11月07日
コメント(0)

週末から月曜にかけて、Halloween一色で賑やかな日々だった。どこもかしこもオレンジ&黒で飾り付けられ、皆が心躍るようにその雰囲気を楽しんでいた感じ。陽を図書館やショッピングモールのHalloweenイベントに連れて行ったり、アパートのパーティがあったりして、私たちも初めてのHalloweenを満喫した。カボチャやゴーストの工作や人形劇、、皆かわいい仮装で参加していた。女の子はお姫様や妖精。男の子はヒーロー系。Babyは着ぐるみ。みんな凝っている。月曜にはpreschoolでパレードとパーティもあって、陽自身も大喜びだった。パーティはPotluck(一品持ち寄り)の立食形式で、いろんな父兄ともお喋りできて、いい機会になった。ただ、オレンジと黒のカップケーキには閉口!日本人にはちっとも食欲をそそられない感じなのに、アメリカの子供たちは喜んで手に取っていた。そして陽も…ちょっと恐ろしい。夕方からはtrick or treatのため近所を周り、陽はお菓子をたくさんもらって大満足。ご近所さんも庭を綺麗にデコレーションして、お菓子の入った籠をもって玄関に座っている。知らない人の家のドアを叩くのに、最初は躊躇していたけど、皆温かく迎えてくれて、だんだん慣れてきた。陽も「trick or treat」「Happy Halloween」などいっちょまえに上手に発音。「日本から来たの?」「どのくらい(LAに)いるの?」「子供は一人なの?」…etcよく聞かれるし、よく喋る。アメリカ人のほとんどがおしゃべりが好きなのかな。とにかくよく話した。そうしている間にも、陽の小さなバックにはどっさどっさcandyが入っていく。陽はそれを何度も確認しながら、ニヤニヤ。何年分のお菓子になるかなぁ・・夜は夫+夫の先輩ご夫婦と、Veniceのレストランで食事することになる。Patioが華やかに電光で飾られ、仮装した大人(!)がどんどんお店に入ってきた。カエサル姿のおじさんとか、全身赤い悪魔の格好の人とか、大人の仮装のほうが本格的すぎてコワい。。というか笑ってしまう。エルビスとか、クレオパトラもいた。大人のHalloweenって感じ。「準備が入念すぎる・・」と夫。アメリカ人の徹底した「遊び感覚」には時々戸惑いを覚えてしまう。やがてバンドの生演奏が始まり、皆ホールで踊りだし、陽も知らないおじさんに連れられ、一緒に踊りだした。陽は音楽がかかるとすぐ踊りだすちょっと変わったところがあるので、大興奮。周りは大人ばかりだったので、とっても可愛がられ、彼女も嬉しそうだった。長い一日はこうして終わり、11月を迎えた。陽はハロウィンの余韻にひたり、「ドレス着たい」とか「candy食べる」とか言って悩ませる。「祭りのあと」は寂しさが残り、日々の寒さが一層身体にしみこむように思えた。いよいよ11月。早いなぁ。。
2005年11月03日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1