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水曜恒例のSantamonicaのfarmer's marketへでかける。農家が直接お店を出しているので、取れたて新鮮な野菜や果物が豊富。みずみずしくて、鮮やかな色の野菜たちに思わず目移りしてしまう。スーパーマーケットで並んでいる形の綺麗な野菜に比べると、大きさも不揃いで不恰好だけれど、味はびっくりするくらい美味しい。子供ができて、無農薬・organicという言葉に敏感になった。身体は本当に正直なもので、出来合いのものや、外食が続くと、どこかに不調がでてくる。身体の調子が悪いと、精神にも大いに影響を及ぼす。だからなるべく身体に優しいものを選ぶ。ちょっとでも手をかけるようにする。最近、特に渡米後、マクロビオティックに興味を持ち始め、勉強してみようかと思いたった。季節は春だし、何か始めるには一番いい季節。インターネットで色々調べはじめ、basicな体系本も購入してみた。とても奥が深く、突き詰めていくと多分相当大変なのだけれど、自分なりに生活に取り入れられたらいいと思う。今日のfarmer's marketでは、えんどう豆、ブロッコリー、トマト、オレンジ、そしてなんと大根!!を購入。日本の大根に出会えたのは感激だった。(でも蕪に近いかも)。
2005年03月30日
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私は、何か特別な宗教を信仰しているわけではない。けれど、人間が知りうる世界というのはほんの一部で、私たちが説明できない、なにか特別な「存在」は絶対にあると私は信じている。神様、魂、霊・・・色々な言い方はあるけれど、そういう「何か」は確固としてこの世の中にある。不勉強ながら、それが何かは説明できないけれど。今日、陽のmusicのクラスの最後に、女の先生が「私の84歳の母が今死ぬ準備をしているところです。彼女は肺がんが体中に転移して、もう長くはもたないの。最後に彼女の為に皆で歌ってあげて」と話した。そして涙で言葉が詰まりながら、とても明るく陽気な歌を選んだ。まだ言葉の意味がわからない子供たちも、その歌を手を叩きながら歌った。笑顔で、手足をめいいっぱい広げて。歌の途中、3年前祖母がこの世を去った冬が脳裏に蘇った。体中に癌を抱え、寝たきりだった祖母は、少しずつ少しずつこの世から離れていった。ゆっくり肉体から魂を切り離すように。多分、自然な状態で(不慮の事故などではなく)人が亡くなるときは、その瞬間は一瞬ではなく、徐々にやってくる。最後の数週間、祖母は半分どこかにいってしまったような目をしていた。多分向こうの世界にいく準備をしていたのだろう。残された家族がその様子を見ているのは、本当に酷だ。何も出来ず、じりじりと時が来るのを待つのは、身体を切り刻まれる感覚。無力感と、焦燥感と、絶望。私は、先生の今の苦しみが、とてもよく理解できたからこそ、なんて言葉をかけたらいいのかわからず、ただただ悲しかった。ただ、祈るしかない。つたない英語力も手伝って、先生を前に言葉がでてこなかった。「I pray for your mother.」それだけ。悲しみを癒してあげる英語を知っていたらよかったのに。。せめて、共感している今の気持ちを伝えられたら。。先生が「魂はずっと生きていると思うの。今は苦しいけれど、『thank you』をたくさん言える時間があってよかった」とおっしゃったのが、救いだった。素晴らしい先生。多分先生のお母さんも、家族が悲しむことを望んではいないはず。どうかその悲しみが早く癒えますように。
2005年03月29日
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昨日。Abbot Kinnyで素敵なお店を発見した。Jin Patissserieというオレンジと水色のモチーフの、こじんまりとしたカフェ。お店自体は本当に小さいけれど、細部までこだわりがあって、小さな庭にテーブルや日よけの傘、そして水をたたえた噴水が飾られている。店員さんは2人。とても親切で、陽のバギーを運んでくれたり、「雨が降りそうだから」と傘を広げてくれたり、心意気が素晴らしかった。こういうのって、ささやかだけど嬉しい。お店に着いたのは、ちょうどお昼前。小さなお店にはひっきりなしにお客さんが訪れ、ランチを楽しんだり、小さなケーキの箱を大切そうに抱え店を出て行ったりしていた。このお店は、シンガポール人の女性がパティシエで、本当に芸術作品みたいなケーキを作る。前にインターネットで検索して、ずっと行ってみたいなぁと思っていたお店だった。本当に繊細で、美しいお菓子。こちらのこってりした甘さたっぷりのお菓子に、私の舌も飽き飽きしていたのか、ここのケーキを食べたときは感動だった。この繊細な甘さは、アジア人特有のものかもしれない。私がいただいたケーキは、マスカルポーネとタンジェリン(みかん)のムースだったけれど、とてもあっさりしていて、本当にぺろっと食べてしまった。恐ろしい、、ランチのメイン、ほうれん草とマッシュルームのキッシュも美味しかった。ほうれん草がどっさり入っているのも嬉しかった。とても贅沢な気持ちになれたランチで、「あー満たされた」と幸せになった。単純だけれど、気持ちが落ち込んでいるときの、手っ取り早い処方箋。鬼(ダンナ)の居ぬ間に、贅沢ランチでした。またこっそり行きましょう。
2005年03月26日
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昨日の雨がまだ残っていて、空はねずみ色、時折ぽつぽつと雨の粒が降ってくる。玄関を開けたとたん、ひやっとした空気に驚いた。暖かくなったり、寒くなったり、思っていたよりも寒暖の差があるようだ。今日、陽のtoddler gymに体験レッスンを受けに行った。家からわりと離れているところにあって、歩くと一時間くらいかかる。Abbot Kinny Blvd.の奥にあり、元オリンピック選手が開いたgymだという。私が想像していたよりもはるかに本格的で、「二歳児のお遊び」というよりも「体操教室」という感じだった。45分の2歳児クラスのレッスン。ひどかった。。。生徒は陽と黒人の男の子の二人だけ。レッスンが始まると、あまりの陽の活発ぶりに、先生も男の子も唖然。陽は先生の言うことも聞かず、自分の思うまま走り回ったり飛んだり。。元々活発なほうだとは思っていたけれど、それに加えて集団行動ができないものだから、ひどかった。追いかけまわしながら、私は間違った躾をしていたかもしれないと、カナシくなってきた。確かに陽はまだ英語が理解できない。けれど、先生はゼスチャーを交えて教えてくれたし、とても簡単なことだ。現に、もう一人の男の子はちゃんと習っていた。そういえば、埼玉でも体操の教室でマイペースぶりに参ったんだったっけ。授業が終わるころには、私は足が棒のように疲れきり、何度「I'm sorry.」を繰り返したかわからない。先生は「気にしないで」とおっしゃって下さったが、ちょっと通い続けられる状況ではない。子供の意思を尊重したいと願ってはいるけれど、あまりにマイペースに育ちすぎるのも心配。躾って難しい。うちのオテンバ娘、どうしましょう…
2005年03月24日
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雨が上がり、風の強い一日。太陽は戻ってきたものの、肌に当たる風はひんやり冷たい。昨日このHPに思わず愚痴を書いてしまい、後でとても後悔した。心の中に悶々と渦巻いている気持ちを、活字にしてしまうと、逆に誇張されて浮き上がってきて、その悪意に心を支配されてしまう感じ。そのため、今日一日ずっと引きずって、身体全体が重くだるく感じた。よくない。母に電話で話を聞いてもらったら、しばらくふんふんと頷いたあと「忘れなさい」と一言。あなたがいくら考え悩んだところで、どうにかなるわけではない、エネルギーの無駄だから忘れちゃいなさいな…と。嫌なことがあったき、それを自分の内側でどう処理していくか。「忘れる」というのは単純だけれど、一番難しい、多分。50年ちょっと生きてきた母は、嫌なことをどう処理するか、色々試行錯誤の上、シンプルな方法をあみだしたのだろう。めぐりめぐって、結局は無駄のない、シンプルなものが残るのか。とにもかくにも。気持ちの切り替えは、人生を豊かにする。もっと私には考えなければならないことがあるし、いつまでも苛々していてもしょうがない。・・・ここまでくるのに2日もかかって、ばかみたい。
2005年03月23日
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世の中にはどうしても、相容れないタイプの人がいて、努力して近づいてみようとしてもかえって疲れてしまうことがよくある。私は多分人の好き嫌いが激しいタイプで、それは良くないことだと思うけれど、それでも昔に比べて間口は広くなった。「違い」を、ありのままに受け止めるだけの、心の広さをもった、、と思う。けれど、今回はだいぶ参った。週末、ダンナの友達が日本からやってきて、うちに二泊していった。言いにくいけれど、、強いて言えば「土足」な人で、3日間が終わると、本当にくたくたになってしまった。彼から発せられる「自信」とか「遠慮のなさ」とか、そういうことばかりが表面に現れて、心の中に消せない痕が残った。(具体的に何があったか、どうだったかは敢えて書かないけれど)どんなときでも、誰に対しても、基本的な相手をいたわる気持ちは持つべきだし、それは必須のルールであると思う。娘に対しても、そういう点はきちんと教えたい。愚痴や嫌な話題はなるべくココには書きたくなかったけれど、心の中に鬱積しているのがどうしても耐えられなくなってしまった。。ごめんなさい。カリフォルニアはまた雨。しかも旦那様、ワシントンに出張のため、今週は2人暮らし。
2005年03月21日
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朝。散歩をするのが最近の日課。6時過ぎに、すっぴん・Tシャツ・スニーカーで、ひんやりする人気のない街を歩く。空気が青い。車もほとんど走っていなくて、いつもの町並みは静かで澄んでいて、違う様相を呈する。身体は半分眠たいけれど、背中がしゃんとして、心地いい。子供が生まれてから、夜きちんと眠れることがなく、明け方眠れなくなることがよくあった。そういう時、ベットのすみで、目をつぶって無理やり眠ろうとしても、変に頭が冴え、嫌なことやつまらないことが頭のなかをどんどん巡ってくる。起きて、外にでると、別の世界を肌で感じられて、気持ちをスイッチする。2年経って、やっとたどり着いたささやかな知恵。育児に時間を割かれるのなら、朝早く起きて自分の時間をつくればいい。早起きは、時には疲れてしまうし、サボることもある。前の晩飲みすぎて起き上がれないことも。でも早起きの快感-ちょぴりだけ得をしたような-は、一日のはじまりとしては、とても素晴らしいと思う。空気の青、朝焼けのオレンジ、Starbucksの緑。絵のように鮮やかだった。昔教科書に載っていた、谷川俊太郎氏の詩を思い出した。あの世界を味わえる幸せ。
2005年03月20日
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26になりました。こんなに暑い誕生日は生まれて初めて。平日だったので、旦那さんの帰りを待って、近くに中華を食べにいった。こじんまりしているけれど、おしゃれな作りで、点心もnoodleも、とても口にあった。感動!シャンパンとビールで乾杯。こうして、年輪はどんどん積み重なっていって、幹はどんどん太くなる。26の目標は「年齢を気にしないようにする」。私より年上の女性でも、はっとするほど魅力的な人はたくさんいるし、「見た目」と「中身」は努力次第。きちんと人間として成熟することに重きを置けば、年齢はあまり問題ではない。…大きな言い訳のように聞こえるけれど…最近友達が送ってくれた「ku:nel」と「天然生活」の二冊の本に夢中。私にとって「癒し」の本。日本にいるときから大好きで、店頭に並ぶと即手にしていたのだけれど、LAで読めるなんて本当に感動。人の「暮」「愉」にスポットをあてて、丁寧に作られているから、丁寧に読もうと思う。決して華美ではないけれど、生活のコアな部分が実はとても価値があり面白いと、この本が教えてくれた。ページをめくるのがもったいない、、
2005年03月16日
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LAにきて初めての「別れ」があった。我が家の2つ隣に、5歳4歳11ヶ月の三人の子供のいる家族が住んでいた。絵に描いたように典型的なアメリカ人の家庭。子供たちもいつもえらく元気がよく、アパートの廊下を跳ねるように走り回っていた。ママのJanieはとても明るく親切な人で、ショートパンツにサンダルを履いて、いつもキラキラの笑顔。うちの陽は、彼らの声が聞こえると、アパートを飛び出し、一緒になって廊下を走り回った。言葉が通じなくて、戸惑うこともあったようだが、上の二人の子は甲斐甲斐しく陽の世話を焼いてくれた。「Hisaki、ガムは飲み込んじゃだめだよ」とか、「階段は走ってはいけないのよ」などなど。一緒に夕食を食べに行ったり、私たち家族にとって初めてのアメリカ人の友達だったのに、今日彼らはLA郊外に引越してしまった。元々このアパートには、家を建てるため数ヶ月だけの滞在の予定だったらしい。残念で、寂しくて、心にぽかんと穴が開いたようになってしまった。一家は敬虔なキリスト教徒で、食事の前は必ずお祈りをしていたし、Janieは本当に心のきれいな素晴らしい女性だった。あんなに明るくて、前向きで、清らかな人は滅多にいない。3人の子供がいて、それだけでとても大変なことなのに、彼女の毎日は喜びでいっぱいだった。苛々や不安の匂いは一切しない。「育児=面倒、大変」と嫌な面ばかりを嘆いていた私にとって、彼女のそういう姿勢は一層輝いて見えた。特に印象的だったのは、彼女の子供たちへの接し方。子供たちが悪いことをしたとき、私は思わず声を荒げ怒ってしまうけれど、彼女は子供と同じ目線にあわせ、なぜ間違っているかをきちんと説明していた。これは日本とアメリカの子育ての違いかもしれないけれど、子供を一人の人間のして扱う態度には、なんだか感慨深いものを感じた。Janieは、越してきたばかりで不安だった私たちを励ましてくれたし、声をかけてもらうだけで、なんだか救われる思いがしていた。だから一層、離れてしまうのが残念でならなかった。昨日の夜8時過ぎに、我が家のドアをノックする音がした。開けてみると、驚いたことにJanie一家が水着で立っていた。「今日がこのアパート最後だから、一緒に泳ぎましょう」私たちは慌てて水着に着替え、バスタオルを用意した。このアパートには中庭に温水プールがあって、住民が利用できるようになっている。プール付なんて豪華に聞こえるけれど、暑いカリフォルニアではではそんなに珍しいことではないようだ。それにしても、8時にプールに誘われるなんて、、中庭のプールでは子供たちが、まるで河童のように飛び込んだり潜ったり、元気に泳いでいた。空にはとがった三日月。陽は泳げないくせに、まねして飛び込もうとして、私たちは冷や汗ものだった。熱いプールの中で、子供たちに気を配りながら、私たちは色々な話をした。カリフォルニアの楽しい場所のこと、日本のこと、ワインのこと、子供のこと。。。ふと上を見上げると、意外なことに紺色の空に星が見えた。空をじっくり見ることなど、忘れていた感覚。夜のプール。これが最後だと思うと、寂しくて、夜が更けていくのが惜しい気がした。家に戻るとき、私たちは「keep in touch」と互いに呪文のように繰り返しながら別れた。本当にまた会えますように。そして今日、かんかん照りの陽気の中、一家はアパートを離れていった。LAで経験する初めての「別れ」。陽は2歳ながら、親の都合で多くの「別れ」を経験させることになった。驚くことに、子供でも「寂しさ」をきちんと理解できるようで、小さな背中はなんだか余計小さくみえた。主の去った部屋の扉の前で、陽が「いないねぇ」と呟やく。離れてしまっても、人は繋がることができるんだよと、いつか教えてあげたい。
2005年03月15日
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ここ数日、なかなか日記を書く気になれない日々が続いた。自分の吐いた弱音から目を背けたかったというのが正直な所。けれど、遥か遠い日本から届いた「救い」の声は、じわじわ心に染み込んできて、何度も何度も読んでは、心の中で反芻した。ありがとうございます。「遠回りしよう」と思いながら、どこかで「目標」「理想」に対して近道を探していたようで、イライラしていた。友達からのメールで「『今』を楽しんでみたら」とアドバイスされて、単純なことだけど、それは大切だと気づいた。アメリカでの生活。陽と過ごす日々。家事。育児。。。それらのすべてが貴重な一瞬なのだと、どうして気づかなかったのだろう。肩の力を抜いて、遠回りを楽しみます。週末。出かける直前に、小包が届く。偶然エレベーターでUPSのオジサンに出くわした。なんて幸運!それは私の大切な友達からの誕生日プレゼントで、「ku:nel」と「天然生活」の雑誌二冊と、文庫本が二冊。日本語の刺激を求めていたので、そのセレクションに心から感激した。雑誌は日本にいるときから、本当に大好きだったもので、そのセンスの良さはピカイチだった。嬉しくて、涙がでそう。3枚の便箋から伝わってきた友人の優しさも、素晴らしいプレゼントだった。彼女も忙しい毎日の筈なのに、本当にありがたい。私はこうして、いろんな人に手を差し伸べられながら生きている。恥ずかしいことだと思わず、いつか私も誰かのために何かできるように頑張ればよいのだ。ありがとう
2005年03月13日
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最近、無性に声をあげて泣きたくなるときがある。道を歩いているとき。キッチンでお皿を拭いているとき。眠る前。理由が漠然としていて、自分でも説明ができないけれど、こころの一部にできた闇の黒が一気に広がっていく感じ。一言でいえば「気持ちが不安定」なのだろう。そういうとき、本当にわぁっと泣いてしまえたら、どんなにすっきりとするだろう。でも私にはできない。長女として育ったが故の、生まれながらの緊張感がそうはさせない。自分のこころに素直に純粋でいられたら、きっと楽になるのに。。。ここにいると、「私」を証明するものは何もない。そして、私自身、自分をどうやって説明したらいいのか、途方にくれいている。何もかも中途半端で、焦ってばかり。言い訳ばかりが得意になっていく。子育ても一段落したのだし、自分の「何か」を探さなくてはいけないのに、私は何をやっているの?「理想」という重い荷物を抱えたまま道に迷っている感じ。どうして自分から動こうとしないのか。誰かの救いの手をいつも待っているのか。そんな自分がとても嫌になる。
2005年03月09日
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晴れの日曜。朝突然、今日一日を陽のために存分に使おうと思いつき、彼女が一番喜ぶであろうディズニーランドに出かけることにした。バタバタ支度をし、1時間車を南に走らせ、昼前にはゲートに到着。ザ・エンターテイメント!!…という感じで、ネオンやパンジーの花が鮮やかにゲートを飾っていた。陽の目はキラキラ輝きだし、まさに心躍らんばかり、スキップしそうな勢いで走り出した。カリフォルニアのディズニーランドは初めてだけれど、混んでいるのは東京と変わらない。それぞれがキャラクターのTシャツや帽子を身につけ、ディズニーの世界にしっかり浸っている。小さな子供がいると、乗れるアトラクションも限られてきて、混んでいる中ずっと並ぶわけにもいかない。だから、ショーを楽しんだり、雰囲気に浸る程度しか楽しめないのだけれど、それだけで十分だった。それにしても、オトナでもワクワクしてしまうディズニーの世界は素晴らしい。ショーを見ていて、子供の頃胸躍らせてページをめくった白雪姫やピーターパンの絵本を思い出した。あの心の高鳴りは、今懐かしむことはできても、そのまま味わうことはできない。私は絵本の挿絵までくっきり頭に焼き付いているし、せりふも覚えている。「絵本の世界が、この世のどこかに実際にある」とかたくなに信じていた昔の私はどこにいったのだろう。W.Disneyはそんな世界を実際に作ってしまったのだからすごい。童話や絵本は、子供たちに世界の広がりを与えてくれる。素敵なことだ。娘の陽は、ぬいぐるみを自分の友達だと思い、話しかけたり、ご飯を食べさせてあげたりしている。今朝も「ミッキーに会いに行くよ」というと、「プーパ(プーさんのぬいぐるみ)も行く?トトロも行く?」とヌイグルミを4~5個連れて行こうとした。(荷物になるので、無理やり諦めさせたが。)娘の信じている世界は、ぬいぐるみが話をし、ミッキーはディズニーランドに住んでいる。その世界を大切にしてあげなくてはいけない。そして子供とそのワクワクを共有できることは、親としての喜びだ。ダンナは私よりももっとそのワクワクを共有しているようで、ディズニーランドでも「あのアトラクションに乗りたい」だの「ミッキー探そう」だの大騒ぎだった。27歳の純粋な夫は、やはりここでもマイペースでした。
2005年03月06日
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ここ最近疲れが溜まっていたようで、後ろ向きな事ばかり書いていたようだ。ブログをみた友人が何人か心配して連絡をくれた。嬉しい。気にかけてもらえているというのは、シアワセなことだ。元気がないときに、美味しいものに出会えるととても幸福感を味わえる。ということで、今日は「最近出会った美味しいもの」について。今日DowntownのFarmer'sMarketにでかける。Farmer's Marketという名だけあって、果物やお肉の直売をやっていたり、ナッツやチョコレート、お土産品の類まで揃っている。元々は朝市だったらしいが、今は毎日朝から夜までやっていて、Los Angelesの観光名所のようになった。朝市特有のごちゃごちゃした雰囲気とか、新鮮で安価な食べ物を求めて、大勢の人が集まる。ここには市場だけでなく、小さなレストランや出店がたくさん軒を連ねている。私たちは今日で2度目だが、なかなかじっくりまわれないほど広い。ランチに選んだお店は、市場の真ん中にあって、お店という区切りのない、カウンターとテーブルと椅子がこちゃっと置いてあるだけのスペース。でもワインやオイルの瓶が並んでいたり、小さく透明なグラスに花が生けてあったり、よぅく見るととても凝っている。テーブルクロスも鮮やかな赤や黄色で、不思議な統一感があった。色使いが、イタリアとかギリシャとか、地中海を感じさせる。(勝手だけど)このお店は本当に想像以上に味がよくて、おもわず二人で唸ってしまった。まず最初にあたためられたパンとクラッカー、バターがどさっと盛られたバスケットが、どんとテーブルに置かれ、ワインを選ぶ。ワインもグラスにたっぷり注がれてくるのも、妙に気持ちがいい。ムール貝を頼んだら、大きな粒のムール貝がボウルいっぱいに出てきた。身がしまっていて濃厚!あっという間に貝殻だけが残って、ぺろりと平らげてしまった。チーズもサンドイッチも、しっかりワインと合うもので、料理が出てくるたび、感動してしまった。これを作った人はとてもセンスがあると思う。しかも値段もとても良心的だった。この値段で、これだけのお料理が提供できるなんてさすが市場!小洒落たレストランなんかにちっとも負けてはいない。昼間から、ガバガバ飲んで食べてしまった。唯一難点なのは、店員が皆とても急がしそうで、なかなか注文をとりに来ないこと。お客の数と店員の数がマッチしていないんだなぁ。もっと店員を増やせばいいのに。。書いていたら、また行きたくなった。L.Aでお気に入りの場所がまたひとつ増えて嬉しくなった。
2005年03月05日
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アメリカ人の仕事の粗さに、ほとほと閉口してしまうことがある。仕事上、アメリカの会社と接点が多い夫がよく「アメリカの会社はやっぱりルーズだよ」と言っていたのが、最近よくわかるようになった。約束はテキトウだし、電話はたらい回しにされる。接客もひどい人は、日本では信じられないようなコトをしたりする。昨日、自動車免許の実技試験の予約を電話でやった。書いてある番号に何度も何度もかけてもコンピューターの自動音声が流れて、なかなかたどり着けない。やっとオペレーターに繋がったと思ったら、とても無愛想なおじさん。つたない英語でようやく予約完了、、と思いきや、私が「perdon?」と聞きなおしたのが気に入らなかったのか、なんと電話を切られた!!突然だったので、受話器をもってあっけにとられてしまった。そしてじわじわと腹が立ってきて、こうなったらしっかり予約が取れるまで何度でもチャレンジしてやる・・といきり立った。めそめそしょげてはいられない。この国では、内に篭ってしまったり、自分を主張せず黙ってしまうことは、決していい結果には結びつかない。本質的なところで日本とはやはり違う。
2005年03月04日
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今こちらは昼過ぎ。実は今朝突然激しい頭痛に襲われ、午前中はベットから動けなかった。多分「偏頭痛」というものなんだろうけど、割れんばかりに痛くて、吐き気も伴った。6時に起き、夫のお弁当を詰め、共に朝食をとるまでは、全く問題がなかったのに、、日本から持ち込んだ頭痛薬を水で流し込むのがやっとで、音や光の刺激さえも苦痛に感じた。どうしよう、ここはアメリカだし、病院までたどり着けない、車も無いし、だんなは会社だし、、陽はどうしよう・・・みるみる心細くなってくる。とにかく寝るしかない。布団をかぶってベットで横になっていると、がさっ、がさっと音がする。布団の隙間から覗いてみると、2歳の陽がぬいぐるみ、積み木、絵本、シリアルの箱を私の周りに並べていた。いつもなら、私に飛び掛ってくるはずなのに、妙におとなしい。すると、私に寄りかかって、絵本を読み始めた。最近私が陽を寝付かせるときに読んであげている「こぐまちゃん」の絵本。字も読めないのに、「くまちゃーが・・・」「ほっとけーきが・・」と読む真似をする。小さいながらに、私が具合が悪いのを察し、寝付かせようとしてくれているのか、、、私の周りに並べられたものは、すべて陽の「お気に入りの品」。自分の好きなもので、ママを励まそうと思ったのだろうか。いつのまにこんなにオトナになったの??なんだかじわーっと目頭が熱くなった。気づくと私は眠っていたようで、眼が覚めたら痛みはだいぶ治まっていた。私の周りにはシリアルが飛び散り、絵本やヌイグルミが散乱していた。ひぃは塗り絵に夢中になっていて、おりこうにしていたようだ。午後はお散歩につれていってあげなくては。。
2005年03月03日
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ここ数日、陽のpreschoolと私のESL(英語の学校)探しに奔走していた。これがなかなか大変で、何軒も電話したり、資料を取り寄せたり、実際に足を運んだりした。ただでさえ、英語の聞き取りは苦手なのに、自分の要求も正確に伝えなければならない。とてもプレッシャーだった。やはりほとんどのpreschoolで「waiting」と言われ、入園に半年から一年は待たなければならない模様。本当はすぐにでも入れたいのに・・ESLのほうはすぐに見つかった。ESLにもChildcareがあったが、そこはPottyTraining(トイレトレーニング)が済んでいないと預けられない。ヒィはまだまだオムツっ子だから、残念ながらあきらめるしかなかった。結局家の近くの一番好印象だったプレスクールのwaitingに登録することにした。空きが出来次第連絡がくるという。「早くても9月。でもヒサキが来るのを楽しみに待ってるわ」とヒスパニックの先生はそう見送ってくれた。プレスクールの入り口で、中の様子をきょろきょろ伺いながら、陽はとても寂しそうだった。友達がいないのは、心細いに違いない。きっと小さいながらに、見知らぬ土地で相当なプレッシャーと不安なんだろうなと、なんだかこちらも心が痛かった。がんばろう!!こうしてpreschoolを探していると、電話口でぴしゃりと断られたり、「オムツ要・しかも日本人」というのは大きなハンディだった。Yes Noのはっきりしているこの国では、「融通」とかそういう概念はないのか、、と腹が立つこともあった。「子供がいなければ、自由にESLに通ったり勉強できるのに・・・」とふと思ったりもした。けれど、子供がいるからこそ向けられる温かい眼もあったし、子連れだと色々声をかけてもらえたりもした。人の優しさに敏感になれたのは、子供がいたからこそだ。この子は私の荷物のひとつではなく、一緒に生きていくパートナー。すぐ結果を求めようとせず、気楽に構えてカリフォルニアの春を楽しみに待とう。いよいよ三月。
2005年03月01日
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