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生命とは、成長する目的(権利)を持ちながら他のためにお役に立っていくという使命(義務)を同時に有しているもののようだ。庭に生えている雑草たちを見ていても思う夏、太陽の光が乱舞する庭には、色んな雑草が繁茂していて競争している太陽の光を求め、生き残りをかけてせめぎ合っている左目で見ると、弱肉強食の世界しかし、もう一つの視点で見ると別の側面が見える左目で見ると見えてくるもの太陽の愛、慈しみの光を受けてそのエネルギーをこの地上に映そうとしている植物や様々な生き物が生々流転する中で太陽の恵み、大地の恵みがその地表を覆う土を肥やし次なる発展の礎を築かんとしている世代は交代し森を創り素晴らしい自然を創り出そうとしているそれぞれは、ただ弱肉強食の世界を生きているように感じるだろうがその目に見える世界を支えているものそのコイン(価値)の裏側に有るものは時間を超え空間を越え、より素晴らしきものへと昇華せんとする姿お役に立たんとする理念を内包しているその姿が見える私たち人間もその連鎖の中に在る私たちの宇宙も、この星も、この国も、この社会も、この家庭もその神々の連鎖の先にあるものその延長線上の根本仏の体の一部でありそのお心の一部でもあるのだろうしかし、我々は、目に見える価値に翻弄され義務を忘れ使命を忘れ悩み苦しむ全てのものには、目的(権利)と使命(義務)が有る。目的(権利)は、自然に生きていく中で知らずに全うしているかもしれないしかし、使命(義務)は、忘れやすいその使命(義務)を忘れた時にその存在意義が分からずに苦しむことになるというのに
2008.07.18
どうしても人というのは思考停止をしたがるモノだこれは私にも言えることだが、考えている世界が小さくなりがちである時間的(陽)にも空間的(陰)にもどうしても目先のこと身近なことでしか考えられない傾向がある目の前に現れ映像として脳裏に焼きつけられた印象が大きな影響力を及ぼす人も自分もそのようなモノであるという前提で物事を考えないと、後になって困った事態を引き起こすことになる原爆の日や終戦の日も近いけれどニュースなどを聞いていると戦争の悲惨さを前面に取り上げ2度とそのことを起こしてはいけないという論調で終わる先の戦争では実際に大きな被害を受け多くの悲しみが生まれたその印象は衝撃的だっただろうそれは「どのようにして・どうなった」(陽)という目に見えやすいの部分であるしかし、もう一つ「なぜ・どうして」(陰)の見えにくい部分がなおざりにされがちだそのことを思考停止だと私は言っているのであるなぜ争いが起こり戦争までに発展してしまうのか現代では、戦争ではなくテロという言葉もあるその紛争が拡大していく過程には、様々な要素が有り、背景が有る深い人間学なくしてその原因をつかまえる事はできないその原因を、その当時の指導者や戦闘参加者のせいにするのが簡単で分かりやすい戦争被害を受けた人たちは正しくて、かわいそうで悪かったのは彼らのせいとしてしまうのが簡単であるそのように整理した方が人々にも受け入れられやすく見識ある者と見られがちだどうしてもそのようになりやすい面が有る私と同郷の大江健三郎氏がいる彼はノーベル文学賞も受け知性豊かな人でもあるのだろうがまさしく、思考停止の人なのだろう左脳的(陽)には頭がいいのだろうがしかし、右脳的(陰)にはどうだろうか陰の「なぜ・どうして」(感性・悟性)の所を中途半端で終わらせた方が結論が早いそうした方が、分かりやすく頭が良さそうに見えることが原因なのだろうとことん探求しようとすると、なかなか結論は見えてこない、当然、愚鈍に見えるなぜ争いが生まれ戦争にまでなったのか?深い洞察で歴史観の本を書いておられる渡部昇一氏のような方もおられるが氏のような立派な方がおられても、なかなかそれがメジャーにはならない表面的で分かりやすく受け入れやすい簡単な論説に民衆は引っ張られやすいのであるかく言う私でもそうだ目に映った映像、耳に入った分かりやすい言葉で大きく支配される傾向がある誰かが言ったが、嘘も繰り返せば本当になる戦争に限らず、経済でも、何でもそうだが「どのようにして・どうなっている」だけに振り回されず「なぜ・どうして」の所、左目をしっかり見開かなければならないその存在意義にまでつながる認識(哲学・宗教)無く生きていると今、自分自身で非難しているようなことと同じ愚かしさを自分自身で演じているようなことが有る。
2008.07.17
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