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大和山を岡崎嘉平太記念財団の毎年の記念植樹を足がかりに、アジアだけでなく世界の国際融和のための山とすることで地域の活性化が図れないだろうか。メインは北部会の管理する共有林を活用して、頂上から順次山の手入れをしながら、嘉平太記念財団のアジアからの留学生だけでなく、いろんな機会を通じて、交換留学生やいろんな国の人たちに記念植樹としての場所を提供しようとする事業です。植樹した人たちの名前を記し、永続的にこの大和の地に愛着を感じていただけるように保全していきます。もともとそこに自生して大きくなっている木は、雑木であろうと残します。植樹される樹木は、桜の木だけにこだわらず、希望が有れば、その国を象徴するような樹木でも可とすることで、いろんな種類の木を混在させ、この地球の縮図のような森を創っていきます。そのための資金として、加えるに、日本人の植樹も受け入れます。寄付としてある程度の大きな金額を設定し、企業などからも賛助として受付けます。企業も地球の温暖化防止対策としての植林に関心を持っている時代であり、温暖化ガスを多量に放出しているところは企業責任として積極的に取り組んでいるようです。全日空などにも諸外国との縁を結んでいただくことも併せていろいろと協力していただけるところが有るのではないだろうか。さらに、先頃、記念財団の主催する講演会でAMUDAの代表者の方が言っておられたが、世界各地で救援活動をするときに、縁というものが非常に活動の助けになるそうです。アジアの各地に記念財団の奨学金で学ばれた人たちがたくさんおられます。とても優秀な方々を選りすぐって留学していただいているようなので、それぞれの国をしょって立つような立場にもつかれることでしょう。そのようなことで財団との連携が出来ればとおっしゃっていました。AMUDAと岡崎嘉平太記念館、岡崎嘉平太記念財団とその財団をバックアップしている全日空の力をお借りして、国際交流の森を創ることで地域の活性化も計れるのではないだろうか。保安林の問題と、北部会の土地の活用に関しての課題が整理出来れば、野山の会の枠の中で不特定多数の人たちに周辺地域から参加していただくことが出来ます。国際交流の森を創る山の整備要員としてだけでなく、野山を楽しんでもらう工夫をすることでこの地に定住するような人も出てくるかもしれません。週末とかを、ヨーロッパのクラインガルデンのように里山の畑付きのロッジで楽しんでもらいながら参加していただく事も出来ます。山での作業は、空気も良くとてもいい運動になり、人の手が入っている山は、美しく、とても爽快でもあります。北部会を母体とし、野山の会で不特定多数の人たちの参入をはかり、地域の人だけでなく都市部の人たち、さらに外国の人たちにも参加していただき、滞在型の地域興しにつながっていければと思っています。
2008.11.18
今日は、いろいろあった一日だった。朝は、早くから野山の会の会合。将来のビジョンについて語りあった。私の中では常識だったビジョンもみなさんと共有する物では無かったが話をすすめていくうちに新たな気づきもあり大きなゆめをみなさんと共有することが出来た。正直驚いた面もあったが、3人寄れば文殊の知恵ということもある。ゆめを、ビジョンを語り合うことの大切さを感じた一日である。転じて、経済危機の事。マスコミなどは、危機をあおり商売のネタにしようとするところがある。マイナスに引き込もうとするビジョンを喧伝しみんなで共有し予想したとおりに消費を冷え込ませ、企業の力をそぎリストラを起こさせ給料の目減りを誘いみんなで貧乏を分け合おうと一生懸命に努力をしている。そして、その原因をだれかのせいにして納得しようとしている。政治のせい、大企業のせい、いろいろあるが、結局は、私たちの中にもある結果のみを求める、浅ましい心のなせるワザの集積にある。そして、今日は、初めてのコーラスの発表会。ひよんなことから地元のコーラスグループに足をつっこみ納地という地域の文化祭で歌った。2回しか練習していなかったがとても気持ちよく歌うことが出来た。もともと肉体労働は好きだが声をしっかり出すということもとても気持ちがいい。積極的な姿勢、思いを込め、声を、前に出す。とても気持ちがいい。良い詩を心を込め歌いたいものだ。そして、夕方、運動と思い草刈りをしていると草むらの中に直径20センチを超えるスズメバチの巣草刈り機で壊しそうになったところで蜂の攻撃である。おそれをなして逃げ出したのだがその場所に巣があるということはとても許容できる訳もなく涼しくて夕方ということなのか蜂の活動も緩慢なので、思い切って取り払うことにしたさすがに怖いので息子の協力を仰ぎ取り除くことが出来た。足音を感づかれないように大きなビニール袋を持ってジャンプして一気にかぶせ袋の中に閉じこめたそして殺虫剤一匹も巣の表に出すことも無く駆除出来た。無益な殺生のようにも思ったが、仕方がないしかし、完全防備の体制はさすがにとれず怖かった。このことも、比喩として見れば国家の安全保障の事にも似ているのかもしれない。相手も自分の巣(国家)を守らんとしているのだろうがこちらも、1年以上ほっといていたとはいえ、こちらの活動範囲の中に相手の基地をおかれ近づこうとするなら攻撃を受けるとするならゆゆしき問題である。こちらからの攻撃にも、同情の気持ちで一瞬ためらうことも恐怖心と共にあった。しかし、相手の国(巣)の平和をうち砕こうともやらなければならないこともある。それをしないで、蜂の活発なときに巣の近くを通り、その被害を受けようとも相手の駆除をしないとなるとどうだろうか。それも一つの方法、考え方かもしれないが、やはり、釈然としない面が残る。蜂の巣を徹底的にさぐり、全山から追放しようとしている訳では無い。戦うべき時、場所は、やはり有る。戦争反対だけを標榜している人たちにはその責任感の欠如が見えてしまう。単純に蜂の巣のことでは有るが、比喩としてとらえたときにどのような覚悟で事に当たるのか深く考えなければならないことだろう。
2008.11.16
今、騒がれている、前航空幕僚長の田母神氏の論文を新聞で読んだ。私にとって納得のいく論文である。それもそのはず、尊敬する渡部昇一氏(上智大学名誉教授)のお墨付きがついている。氏の書籍はたくさん読んでいて、そのデーターの豊富さや論説の切り口には、80近い年齢とはいえ、真の智者としての輝きを感じざるを得ない。このような方が、何度も何度も、書籍の中でも繰り返し、田母神氏と同じようなことを言われているのにもかかわらず、なぜ、日本の歴史観が自虐的なままでおれるのか不思議に感じていた。「東京裁判史観」を否定し、その裁判で唯一、全被告の無罪を主張したインドのパル博士の「パル判決書史観」こそ、正しい歴史認識であると主張されている。渡部昇一氏のような方が努力しても、国論、マスコミが、自虐的な東京裁判史観のままでいることに徒労感を感じていたが、今回の論文騒動で、多くの関心を集めたことはよいことだったのではないだろうか。この騒動もネットのニュースのアンケートをみると、田母神氏の意見に共感を覚える人の方が多いのをみて、安堵した。この騒動をきっかけに、戦後の暗示から抜ける人が多くでることを期待している。私も、細かな史実を知らなかったときには、日本の過去を汚辱に満ちたもののように感じていた。史実を客観的に見ていくと、アパグループが入賞論文を全部載せた本「誇れる国、日本」を出版している、この表題が、まさしくその通りだということがわかる。韓国人で、以前は日本人が大嫌いだったというキム・ワンソプという人も、客観的に歴史を見直したところ、全く逆の見方をするようになったということが、彼の著書の中で語られている。「親日派のための弁明」という本だ。これは、韓国では発売禁止になっているようだが、日本では発売されているので是非、一読をお勧めしたい。そのような彼も、韓国で、言論弾圧にあっているようだ。このように、歴史認識の違いが、いったいどこからくるのか、以前から考えていたのだが、何となくわかってきたことがある。「東京裁判史観」と「パル判決書史観」、大きく分けてこの2つに分かれるようだが、その原因は、こうだ。といいつつ、うまく説明できないかもしれないのでさわりだけにしておく。比喩として聞いてもらいたいのだが、単純にいえば、頭の脳みそをどう使っているかの違いである。「東京裁判史観」をとる人は、左脳を中心に考え、見ているようだ。右脳の要素をあまり働かせてないために、そちらが、勝手に反応し心情的、感覚的な見方に支配される。どういうことかというと、知覚的に環境から与えられた単純な情報を基準にして考え方を練るせいである。東京裁判史観を受け入れなければ戦後日本が独立できなかったこと。そして、戦後公職追放で戦前の国内の指導者たちを押しのけて、公職に就いた人たちの既得権益を守るためには、GHQの「東京裁判史観」が都合よかったためということもあったのかもしれません。さらに、中国、朝鮮半島の反日教育から発せられる情報もあるでしょう。繰り返し聞かされていると、誰でも、日本悪者論を信じてしまいます。 左脳に入った情報だけでなく、、要するに感覚脳である右脳も働かせば、その催眠術から逃れることができる。何となく矛盾したように聞こえるかもしれないが、単純に言えば「なぜ?」という疑問を投げかけることです。その出ている結果を支えている裏を見るのです。コインの裏側です。戦時中、日本はとてもひどいことを世界中の人にしたという。では、なぜそんなことをしたのだろうかと問いかける必要があります。マインドの部分を見ようとすることです。感覚脳(陰)を働かせるのです。そして、現象を知覚脳(陽)で見ていくのです。要するに両目で見ていくのですが、そうすると見えていなかったところが見え、真実が見え、結論がでてきます。東京裁判史観が正しいのなら、中国や朝鮮半島で言われているように、日本は汚い国です。アメリカのオバマも真珠湾攻撃のことで、日本を卑怯な国と見て、嫌っているようですが、それが真実なら、戦前の日本人と戦後の日本人とそんなに違いがあるはずはありません。集団自決でも何でもして滅びていくべき国です。でも、最近はどうかもわかりませんが、世界中で一番治安がよく安心できる国家などできるはずはありません。であるならば、史実をもっと客観的に検証してみるべきです。両目で見ないことで正しく見えなくなり、蛇行してしまいます。先人たちを否定し、平和を標榜し、戦争反対を唱えたからと言って、その人が正しい認識を持っている訳ではありません。平和は大切ですが、過去の全世界の歴史を鳥瞰しても、常に争いの種は尽きません。両目を開けて見なければ、危うい明日が待っているでしょう。
2008.11.13
歴史認識の問題で世間が騒がしが、私の周辺でもにぎやかです。友人と連日議論するのだが、どうしてもぶつかってしまう。相手も基本的には、田母神前幕僚長の意見には同感であるが私と少しスタンスが違う。彼は、あくまでも先の戦争は侵略戦争であると言い張る。私は、どうしても単に「侵略」だったとだけ言うのには、納得がいかない。戦争でも、兄弟げんかでも二つの要素が有る。「侵略」(わがまま)と「自衛」(おくびょう)、この積極性と消極性の2つが有るだろう。攻撃と防御、矛と盾、攻めと守り、世界の歴史は、この2極に揺らされながら出来上がっている現実が有る。どちらも行き過ぎたり、タイミングを間違えると醜くなる。果たして、先の戦争で日本は負けたとはいえ、恥ずべき戦いだっただろうかということが問われなければならないと思う。私は、村山談話や河野談話にこそ問題が有り、言論の中では有るがあまりにも周辺を気にするあまり、醜い守りだったと思っている。そのツケが色んな所に来ている。この政府の公式見解こそ問題にすべきだったと思う。GHQのマッカーサー司令官が朝鮮戦争後帰国して議会で先の戦争の発端は、「日本が戦争に入った目的は主に自衛の為にやむなくしたものだ」と証言したように、大陸へ出て行かざるを得なかったところも有る。ソ連の南下に対してや、中国や朝鮮半島の在留日本人を守る為にもやむを得なかったところがあるようだ。もちろん相手の有ることなので当然侵略的な面も有っただろうし一部にはひどいことをした人たちもいただろう。さらに、日本人だけの都合でなく、それぞれの国の中で日本を歓迎する人たちもいたのである。現在のイラクでもそうだ。アメリカ軍の撤退を喜ぶ人あり、また、喜ばない人あり、同じイラク人でも2つに分かれる。撤退を喜ぶ人は「侵略」されていると感じているのかもしれない。撤退に不安に感じる人たちは、守ってもらっているように感じているのかもしれない。同じく進出されている側であっても受け取り方に違いがある。結果として、アメリカ軍の駐留が、イラクのより多くの人たちの幸福につながっていくのならそれは、最終的に是とされるだろう。途中で撤退し更なる混乱が有るようだとどのような歴史上の評価になるのか分からない。台湾は、日本の統治期間が長かったせいでその恩恵を受け、幸福を感じた人が多かったせいか親日的な人が多いということだ。韓国人でも、キム・ワンソプという人の書いた「親日派のための弁明」を読むと先の歴史が客観的に見えてくる。彼は、反日教育を受け大の日本嫌いだったけれど、オーストラリアなどで暮らすうちに歴史を客観的に見ると日本の統治時代の評価が逆転して見えてきたと言うことだ。朝鮮人も台湾人も、大戦中は日本人だったのであり、日本が悪かったのではなく、戦争に負けたことだけが悪かったとまで言っている。日本が周辺国に出ていったのは、欧米のやってきた植民地政策とは基本的に違う面が有ったようです。どちらにせよ、戦争は悲惨である。するべきではないが、しかし、いつの時代にも紛争は起きる。単に戦争の悲惨さだけを訴えて、戦争反対を唱え、良識有るようなお面をかぶっている司会者や言論人、政治家達がいるけれど、彼らこそ問題である。戦争をいじめ問題と関連させて見るとよく分かるが、争いをさけていい加減な対応で事無かれ主義でやったらどうなるだろうか。いじめる側をエスカレートさせてしまいかねないだろう。紛争が起こりかけた時には、やはり、毅然とした態度を早めに示し、相手にそれ以上のことを止めさせなければならない。いじめがエスカレートした後でそれを収めようとすると物心両面で双方に大きな負担が強いられかねないからだ。世界的な経済危機が起こると紛争も起こりやすくなってきます。今後、毅然とした対応をとれるような体制の整備と、リーダーが必要だろう。憲法の改正が急務です。同時に、朝鮮戦争を経験し東アジアの現状を実感したマッカーサーのアメリカ議会での発言がより客観的な歴史認識であることは明らかなのですから村山談話なるもの否定こそ早急に成すべき事でしょう。政府見解をマッカーサーの見解に合わせるべきです。
2008.11.07
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