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「こんなんでました!!」というせりふが印象的だった占いをする女性が20年ぐらい前にTVに出ていたのをご記憶の方も多いと思う・・・。Web検索をしてみると泉 アツノさんという人だと解ったが、私には忘れられない記憶があるのだ。それは、1987年のことで、確か小倉 智昭が司会をしていた番組の中で、その泉 アツノ女史が番組直後に行われる日本ラグビーフットボール選手権大会の勝敗を占ったときのことである。当時のラグビー事情では社会人が圧倒的に強く、1985年に慶応義塾大学がトヨタ自動車に勝ったものの、その年の日本ラグビーフットボール選手権大会も東芝府中が勝つであろうという前評判が高く、番組のなかで占いの結果を聞いた出演者達も、「泉 アツノさん・・・・やっちゃったよね・・・笑」それは無理だよ・・・・と言う失笑にも似た雰囲気の中で、まあ占いですから・・・・という感じで、誰も早稲田が勝てるとは思って居なかったのです。私は占いと言うものを全く信じていない人間だから、占い師をそもそも認めては居ないが、そういった理由とは関係なく、その時、この泉 アツノ女史の発言を、一人の人間のとるべき態度としては潔くアッパレだと思った!!当日結果が出てしまうようなスポーツの勝敗を、商売が目的の占い師モドキは、まずTVでその結果を占ったりしないものだし、占い師が、自分の保身を考えるなら、状況の調査をしたり世間の常識的な見解を調べたりした上で占いの結果を発表すると思っていたから、仰天してしまったわけです。つまり「今夜のサッカーゲームの結果を言い当てることが出来る」と言うことと同じことを占い師がTVのなかでその要求に応じて占ったことそれ自体がアッパレであると感じたわけです・・・・。試合の結果は大方の予想を裏切って、泉 アツノ女史が占った通り、早稲田大学が22-16と言う僅差の勝負に勝って日本一に輝いたのです。その結果に私は唖然としましたが、まあ、ラグビーの試合の予想は50%の確立で当たるものだから・・・と思うことにしたのですが。なぜか痛快で愉快でたまらなかった・・・・・。今如何しているのだろ・・・・・泉 アツノさん・・・・・貴方は偉い!!自分の占い師生命やTV界での自身の価値など全く眼中に無く、自分の占いの結果を言うだけの貴方のお茶目でアッパレな姿・・・・・占いを信じるわけには行きませんが私は大好きでした!!
2011.10.29
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朝早く家を出て、日帰りで碓氷峠、軽井沢、高峰高原などを回って夜の7時には家に帰り着いていた・・・・。忙しい仕事の中で、ほんの僅かなオフであった・・・・。上の画像はレンガ造りの眼鏡橋SONYα55での撮影だが、このような撮り方はHDR(ハイダイナミックレンジ撮影)の独壇場であろう・・・・。暗部がつぶれずに明るい空も白飛びしづらくしている感じで、実に人間が見た時の記憶(脳内処理の結果)に近く処理される。実際にHDR機能を使わずに撮っても見たが、空の諧調を残そうとすると森が真っ黒に写り、森の諧調を表現しようとすると空が真っ白に飛んでしまうといういつもの現象に直面するのです。(「人間の目は、それほど優れたダイナミックレンジを備えている」訳ではなく、本当はカメラと同様に明るい部分に目をやれば暗い部分の諧調を感じなくなっているはずだが、視線を僅かに動かして、暗部の森に目をやれば、直ぐに森の諧調を捉えられるので、其の時間的な差を感じることなく、大きなダイナミックレンジで見ているような印象が、素早い脳内処理によって自分の記憶に残っていると言うことだと思うのです。特に大きな視野の景色を画像にして見るときは、現実の視野の広がりをかなり小さくして見ているために、視線の角度がほぼ同じ状態で空と森の暗部が目に入ってくるため、かえって現実とは異なるという違和感を感じる画像にもなっているのだが、脳に残る記憶は、僅かな時間差を記録して居ないことも多いため、「どちらも見えていた」という記憶による論理によって「見たような景色」という納得をさせられてしまうと言うことではないだろうか?つまりHDRと言う技術は、当に数枚の画像を合成すると言う時間差を纏め上げた結果であり、論理的な脳記憶に適合させたものではあるが、直感的感性による印象を再現するものではないと言えるのではないだろうか?)若かったころ、何度も此処(旧碓氷峠)を走ったものだが、たったの一度もこの見事なレンガ造りの鉄道橋の存在に気づいたことは無かった。それは、当時この峠を駆け上がる時はいつも、最も車の少ない日曜日の明け方、まだほの暗い時間帯に、全力でアタックしていたからに他ならない・・・。ハコスカ2000GT(KGC-10TK)でのアタックであったのだが、坂本浄水場下にあった「碓氷峠」と言う看板から、184カーブを曲がりきった場所にある「長野県」と言う看板まで、12分を切るタイムで走り切ることは出来なかったが、それでも当時の仲間内でのレコードホルダーに君臨したものだった。・・・・・・SUツインキャブレターの吸気音とL20型エンジンの唸り音が耳の奥に蘇る・・・・・・。37年前にも来た軽井沢プリンスホテルイーストで朝食を食べて、アウトレット街を家内のお供のようにしてしばらく見て周り、星野に在る内村鑑三記念堂(石の教会)へ向かった。この石の建造物は教会ではあるが、宗派にとらわれないと言う内村鑑三の思想を反映して、特定の宗教を示すようなモニュメントは一切無い・・・・。こういう建築を間近に見てしまうと、木と紙で出来た日本の建築ではどうしても得られない何かを痛切に感じることになる・・・。この蔦の絡まる松ノ木は教会に通じる石の道で見たものだが、蔦の紅葉が見事なのでカメラに収めてきた・・・・。そして丁度お昼ごろに高峰高原への曲がりくねった道をを登っていった。高峰高原からあやめ平に通じる林道に入るとまもなくここへ着く。いつも此処を通る時はこの場所で撮影したくなるなあ・・・・。今日はあいにく快晴とは行かない天候であったが、雲がキリのように流れてきて山にかかって、それもまた良しと言う感じでした。あやめ平から湯の丸高原へ降りる途中フルハイビジョン動画で唐松の黄葉の中を撮りながら降りて、東部湯の丸インターチェンジ近くの「叶」というそば家さんで 更科そばを頂いて帰路につきました・・・・。
2011.10.25
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私は、橋下 徹という男が何処までやれるか見届けたいと思っている。彼は法的に許された手法を用いて、政治を今まさに改革しようとしているのだ。日本全国に居る市町村の議員、県会議員、国会議員を合わせると6万人を大きく越えるらしいのだが、いわゆる職業議員か否かという括りで分類しようとすれば、其の殆どがそれに当てはまるのではないかと考えられる。橋下 徹はそういう意味では数少ない真の政治家であると私は思っています。彼は職業政治家と公務員達を相手に改革を行おうとしているのです。だから、私は彼にエールを送ろうと思う。頑張って下さい、そして、政治家になることで旨い飯を食おうとする奴らを駆逐して欲しいのです。そして働かない公務員を減らすようにして大阪府の財政を立て直してもらいたいと思っています。嘗て、昭和初期の日本の政治を改革しようとして、テロにより重傷を負いその傷が元で数ヵ月後に命を失った濱口 雄幸という首相がいるのですが、彼は、大規模な軍縮と公務員の賃金を下げるという大胆な改革をすすめようとしたのですが、そのために右翼のテロに遭ったと言えますから、橋下 徹もどうか身辺に気をつけていただきたいと思っています。
2011.10.22
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