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昨日の日記にネアンデルタール人は我々の祖先の現生人類との交配により起きた遺伝子汚染のために絶滅したという、アリゾナ州立大学人類進化・社会変化学部の研究成果について書いたが、その前提となる事柄に圧倒的にホモ・サピエンス・サピエンスのほうが人口が多く、ネアンデルタール人は数が少なかったと言うことが挙げられているのだ。だが、ホモ・サピエンス・サピエンスよりもはるかに早くユーラシア大陸に進出していたネアンデルタレンシスの人口が何故少ないままであったのかと言う疑問に誰か答えてくれないだろうかと思う。遺伝子汚染によって失われる種は個体数で劣るほうであり、ホモ・サピエンス・サピエンスの個体数が圧倒的に多かったとされる理由は何なのか?よく似たホモ・サピエンス同士のサピエンスとネアンデルタレンシスにどんな差があって人口の差に繋がっていたのかを考えてみたい。すでに滅びてしまったネアンデルタール人を研究することは発掘された骨と遺跡に残る発掘された道具などからしか研究できないから、その原因を特定するのは困難を極めるだろうし、推測の域を出るものでもないだろう・・・・・。しかしながら、よく似た二つの人種が、一方は人口が増えやすく、一方は増えにくいと言うことにはかなり大きな違いがあったと考えねばならないと思うが、それは何の違いであったのか興味は深まるばかりである。そこで・・・ど素人の私はチンパンジーとボノボと言うよく似た類人猿やゴリラの性行動などを調べることで何らかのヒントを得たいと考え、少し調べてみると幾つかの興味深いことが解ってきた。チンパンジーの雌は排卵期だけに発情し、その周期は一月に一回で約一週間しかなく、その間だけ雄と交尾するのだが、一度妊娠、出産すると、生まれた子供が離乳するまでの約6年間は発情しなくなってしまうと言うのである。それに対しボノボはチンパンジーと極近縁だがその性行動は異なっていて、雌が排卵期に発情することはチンパンジーと同様なのだが、ボノボは「偽発情」という現象を有するところが全く違っているというのです。ボノボの雌の性器の外部の表面が膨らんで雄には交尾が可能と判るのだが、排卵期以外でも子育て中でもそうした変化が起きる為に、雄との交尾の機会がチンパンジーに比べると圧倒的に多いのだそうだ。ここで仮説を立ててみるが、もしかしたらネアンデルタール人もチンパンジーと同じように一度妊娠し出産すると子育てが一段落するまで次の子供を妊娠する可能性が非常に低いといった生態を持っていたのではないだろうか?もしそうだとしたら、サピエンスは1年~2年周期で子を設けることが出来るが、ネアンデルタール人は6~10年に一度しか子を作れないことになるかも知れないから、人口の増加率はサピエンスに比べ著しく損なわれるかもしれないのだ。一方遺跡や遺骨の研究から、ネアンデルタール人は女も子供も狩に参加したらしいと言われている・・・もしそれが事実であれば、多くの場合彼らの主たるターゲットであったマンモス狩りは肉体的に危険を伴うだろうから、それに参加する女や子供の死亡率は、男だけで狩をしたと言われるサピエンスに比べると非常に高いものになっていただろうと考えられる。そして「子供が自立するまで次の妊娠をしなかったのではないか」とする私の仮説が正しいなら、一夫一婦制も成立しなくなる可能性が高くなるのではないだろうか?つまり、いつでもSEXをしたい雄の要求に応えられなければ、雄は一人の雌を保護しなくなるだろうと想像されるのだ・・・。雄は持ち前の能動的性本能のためにしだいに他の雌に興味が移って行くと考えられるが、我々サピエンスの末裔でも数年の間SEX行為を拒まれ続ければ、他の女性を求めて出て行ってしまうだろう、その結果として女も子供も狩りに出るしかなくなると言う必然性が生じたかもしれない・・・・。だとすれば発掘された子女にも狩で傷ついたらしい痕跡が多く残る結果になったのも、つじつまが合ってくるではないか?チンパンジー型の社会では発情する雌の数が相対的に少なく雄は交尾可能な雌をめぐって雄同士の争いが多発する緊張社会だと言いますが、ボノボの社会は雌がいつでも交尾できるサピエンス型の社会に近いため非常に落ち着いた平和な社会だと言われているのです。もし私の仮説が正しいとするなら、ネアンデルタール人の男は一人の女性を妊娠させた後、別の妊娠可能な女性を求めて彷徨い、そこで他の男と女性をめぐる争いを頻繁に起こしてしまうことになったと想像できるから、その面でも人口を減らす原因となる生死を賭けた争いをしていたかもしれないのです。さらにもう一つ、ネアンデルタール人の頭蓋骨は我々ホモ・サピエンスよりも大きいのである・・・このことは我々サピエンスよりも多少難産である可能性があるとは言えないだろうか?頭蓋骨に対して骨盤の穴の大きさが充分大きければそれは言えないが、サピエンスと同じ様な大きさであれば此処でもネアンデルタール人の人口が増えにくい原因を作ったかもしれない・・・・。ド素人の貧弱な知識による仮説ですので・・・・・悪しからず・・・・笑。
2011.11.29
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ナショナルジオグラフィックスニュース(http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20111128001&expand#)の記事で知ったことだが、ネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルタレンシス)は、「現生人類による遺伝子汚染のために絶滅した」という研究発表がなされていた。興味のある方はぜひその記事を読んでいただきたいと思います。私はその記事を読んで、7万年以上に渡って共にユーラシア大陸で暮らしていたホモ・サピエンス・サピエンスとホモ・サピエンス・ネアンデルタレンシスがどんな状況で出会い、そしてネアンデルタレンシスが滅びていったのかを考えてみた。この研究発表は正しいのではないかと私も思うのだが、「実際にはどんな状況が数万年前に起きていたか?」を想像すると興味深いものになると思うのだ。一般には、我々の祖先であるホモ・サピエンス・サピエンスは10万年程前にアフリカを出て中東、東ヨーロッパへと進出したとされ、それらの地域だけでなくヨーロッパやユーラシア大陸の一部にはすでにネアンデルタール人が暮らしていたことが知られていて、最期のネアンデルタール人の遺骨とされる骨が発見されたイベリア半島の遺跡は2万8千年~2万4千年前の物であると判っていますから、ネアンデルタール人は35万年前に出現し18万年前には後期ネアンデルタール人へと進化を遂げ、ホモ・サピエンスと共に7万年間もの間、主に同じユーラシア大陸の西側、ヨーロッパ周辺で同時代を過ごしていたことになるのです。その7万年という期間は非常に長い時間であり、その間に徐々に互いの種の交雑が進んだと考えるべきではないでしょうか?此処で考えなくてはならないのが、それは実際にはどんな具体的なことが起きて異種交配が起き得るかと言うことなのですが、赤道に近い地域で生まれたサピエンスは濃い皮膚の色をもっていたはずで、初めてネアンデルタレンシスに出会った時、すでにネアンデルタール人は10数万年をヨーロッパで過ごしていたから、皮膚は白っぽく、日光の紫外線を効率よく受けられるように進化していたはずで、当初は簡単に交配が行われる環境には無かったかもしれないのです。しかし、それは10万年前の互いが初めて出会ったときのことで、たしかに皮膚の色や髪の毛の色などの身体的特徴がかなり異なっていて、いきなり互いが交配が可能な仲間であると言う認識は無かった可能性もあると思われるのですが、違っているのは皮膚の色と髪の毛の色だけであったかも知れず、出会って、数万年が過ぎる頃にはどんどんとサピエンスの身体的特徴も変化し、北方で暮らすサピエンスはビタミンDを作るために必要な日光を効率よく取り込むために皮膚の色も白っぽく透明になって行くし、髪の毛や光彩の色も薄くなるなどもあり、ネアンデルタール人と似た特徴になっていったと考えられるから、互いの人種間の交雑はしだいに起き易くなって行ったのではないだろうか?ネアンデルタール人も我々の祖先であるサピエンスも、共に数万年に及ぶ狩猟採取生活を行う石器時代に生きたと言うことであり、互いの姿は、似たような獣の毛皮などを身に着けている、他の集団と言う程度の違いしか存在しなかったかもしれず、皮膚の色や光彩、髪の毛の色などが似てくれば、体毛の濃さ等で識別できた程度の差しか互いの外観の差を感じなかったのではないだろうか。研究によればネアンデルタール人は若い個体の特徴はサピエンスの特徴に近く、成人し老化するに連れてサピエンスとの骨格上の違いが現れるが、全体的な印象ではコーカソイドの特徴に近く石器時代の衣装を共に纏っていれば互いに同じ様に見えただろうと言われています。さらに、種の保存と言う本能から、遺伝的にできるだけ遠い個体の放つ匂いをを好むと言う人間の女性特有の反応が有ることが知られているから、ネアンデルタレンシスの女性もサピエンスの女性も其々違う種の男を気に入ってしまうと言うことは容易に想像できる訳だし、基本的には男の遺伝子にもそういう本能が隠れているはずだから、異なる言語を持つグループが遭遇すれば、そういう可能性はさらに広がって、彼らが気づかないうちにネアンデルタール人の中にはサピエンスの遺伝子が入り、サピエンスの遺伝子にもネアンデルタレンシスの遺伝子が入っていったのでしょう。つまり、7万年と言う途方も無い月日に渡る混血の結果が、ネアンデルタール人を滅ぼしたと言うことも出来るかもしれませんが、むしろ、7万年に渡る時間がネアンデルタール人とサピエンスの混血を生み続けたことで、ネアンデルタール人特有の遺伝子だけを持つ人々が居なくなってしまい、殆どのサピエンスがネアンデルタレンシスとの混血種になってしまったと言うことだろうと思うわけです。純粋なホモ・サピエンス・サピエンスの遺伝子は現在では、ホモ・サピエンス・サピエンスの故郷のアフリカに僅かしか残っていないと言うことがそれを雄弁に語っていると言えるのだと思います。きっと数万年前の彼らは、互いが遺伝的に異なる種であると言う認識は全く無かったことでしょうし・・・・結果的にサピエンスとネアンデルタレンシスは交配できたということは同じ種族の一員であり同種とみなすべき存在だと言えると思います。
2011.11.29
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快晴の土曜日、朝4時に起きて群馬県の名山「妙義山」へトレッキングをするために向かった。この場所はコミックスの「頭文字D」に出てくるヒルクライムのスタート地点だ。そして、大国神社前の妙義公園駐車場から見る妙義山。駐車場から少し歩いて戻ると、妙義山登山道の入り口があり、こちらから登るのが正しい順路となる。ちょっと登山道に入ったところにある地図が下の画像です。この県立妙義公園の始まりについて書かれたものが立ててあったので、ぜひ読んで欲しい。下の画像は「ツルベサガリ」と言うクサリ場を下から撮ったものですが、私が撮影したのは他のハイカーが逆コースで登ってゆくところです。私たち夫婦は、画像の岩の裂け目の向こう側から来て、このクサリを使って降りたのですが、降りる前にも3箇所のクサリ場があり、特にこの岩の裂け目の向こう側は垂直に近い登りになっていて、スリルのある登り降りでした。下の画像は、「つるべさがり」の次のクサリ場で、「片手さがり」と言う名前が付いています・・・。下の画像は第4石門のところにある休憩所の少し下で撮った画像で、紅葉の木々の間を歩く妙義山の雰囲気が感じられるかもしれません。下の画像は休憩所で、アーチ上の岩は第4石門と言います。石門の向こう側に見えている岩は、大砲のような形で大砲岩と呼ばれています。下の画像は、休憩所の近くの岩場からの眺望です。HDR撮影で撮っています。そして、その場所からのパノラマ画像です。そして下山前に立ち寄った見晴台からの眺めです。HDR画像見晴台から振り返って金洞山山頂を見上げる。(この山は切り立った岩山で、本格的に岩登りを志すものでないと危険なので、一般人には登山不可能であろう)この日も、この金洞山に登る登山者に話を聞きましたが、高さは低いが、日本で最も危険な山だと言っていて、北アルプス登山などのトレーニングのために、毎月のように此処へ登ると言っていました。駐車場に降りてきて、金鶏山を撮った・・・。この後、軽井沢へ抜ける和美峠を通る林道を走る予定であったが、全面通行止めの看板書きがあったために断念し、県道を走って軽井沢アウトレットで、スニーカーを購入して、帰路に着いた・・・。時間が少し早かったので、昔バイクで一緒に走った友人の営む「焼き鳥トリヒデ」に寄って、家内とともに焼き鳥を食べ、テイクアウトを沢山焼いてもらって、帰ったのでした。
2011.11.27
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今日は朝早くから家内は旅行に行ってしまったから、私は起きてから朝食の支度をした。家内はパンなどで朝食をするようにという感じで準備はしてあったが、私は昨夜より解凍して置いたカマスの丸干しを食べたくて、それを焼いて朝食のオカズにしたかったのです。冷蔵庫からカマスの丸干しを取り出してポリ袋を破りさらにその中のラップを丁寧にはがして、ガスレンジの魚焼きの網の上に乗せて焼くわけですが、我が家のレンジは最新のオール電化レンジなどとは異なって、魚焼きは上火で下に少量の水を張って焼くタイプのレンジなのだ。焼こうと思ってレンジの魚焼きトレーを引き出したが、水が張られていなかったので、水をコップに一杯ていどいれようとした時、家内が朝飲んだ残りと思われるお茶が湯飲みに入っているのが目に入った。そうだ!お茶は防臭効果のあるフラボノイドを含み抗菌効果のあるカテキン類も豊富に含むからこれは魚焼きの水張りには最適なのではないかと、瞬間的にひらめいた訳です。魚を焼いた後、家内は魚から出た雫が魚焼きの中でいやなにおいを発することを嫌って直ぐに洗ってしまうのだが、私は焼いて食べてしまえば後は放って置くことが多いから、何か異臭がするといって嗅ぎまわると、私が魚を焼いた後、レンジの魚焼きを洗っていないことが原因であることは偶々あったのです。おそらく家内が一人で飲んだお茶がまだ充分出ると感じたので、もう一杯を私のために出しておいてくれた・・・というより、急須の中のお茶の葉を洗うために残っていたお茶の残りを茶碗に取ったものではないかと思われる。偶然、そこに茶碗一杯のお茶を発見したから・・・ふと私はひらめいたのですが、今のところ、魚焼きトレーを引き出して、鼻を近づけて嗅ぎまわっても生臭い匂いは全くしてきません・・・。もしかしたらこれは大成功なのかもしれません。ひょっとするとですが、お茶が張ってある間はあまり悪臭は発生せず、魚焼き全体を度々洗わなくても良いことになるかも知れません。(不精な男の発想そのものですが・・・・笑)この次はお茶の葉も捨てずに、出がらし茶でも少し長く時間をかけて濃い出がらし茶を出して、お茶の葉も魚焼きのトレーに入れつつ魚を焼いてみようと思っています。まあ、実際に効果があるとしても、直ぐに洗ってしまう世の中の奥様方には全く役に立たないアイデアであることは承知していますが、私のようにそこまで気が回らずに、異臭がするまで放っておくようなゴキブリ亭主や、共働きで時間が無く、魚を焼いても直ぐに魚焼きトレーを洗えないとても忙しい主婦の方にはちょっと役に立つかもしれないのです・・・・・・大笑!!まあ、明日の今頃になっても生臭くならなければ大成功なのですが・・・・はたして如何なものでしょうか?程度問題と言うこともあって、なかなか効果があったのか正しく評価するのも難しいかもしれませんが・・・・。丸一日経過しました。今のところ生臭い匂いはしませんから、効果はあったと考えられます。しかし、お茶の濃さや、魚から出る汁の量が変化した時にどんな結果が出るかは解りません。今後私が魚を焼く時には、この実験を続けてみたいと思っています。
2011.11.20
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上の画像は数日前に撮ったヒメツルソバという雑草・・・・?とも言い切れない花です。雑草と言い切れない理由は、ホームセンターの園芸コーナー等で売られていることもあるし、グランドカバーとして表土の保持に利用されることもあるからですが、生命力は強くどんどん増えます。この画像は我が家の石垣の隙間から芽を出して毎年花を咲かせる株ですが年々広がってゆきます。僅かな隙間に根を張り、もう何年も生き続けています。小さな花弁の直径は開いて蘂が見えるものでも直系1mm程度、蕾の状態では0.5mm~0.6mm程度だろうか?↑この画像も同じ株の花ですが、撮った日も違いますし撮り方もかなり異なります。画像をクリックすると全く加工していない原画が見られますが、1.6メガピクセルの巨大なものです。撮影はSONY α55に200mmのズームレンズを取り付けて、テレ端(最大ズーム)でその先端にケンコーのACクローズアップレンズ55.0sというのをつけてさらにその前にレイノックススーパーマクロコンバージョンレンズ25倍と言うのを重ね装着して行いました。要するに自分の持っているマクロ撮影用の道具を使って最も大きく拡大して撮ったものです・・・・。2時25分ごろのやや西に傾いた直射日光に照らされているのでF45、ISO800、1/125というシャッター速度で、かなり深い被写界深度を得ています。こうしたマクロ系のコンバージョンレンズとズームレンズのズーム端で撮る画像は恐ろしく被写界深度が浅く、一枚目のようなボケ方になりがちですが、風もあってシャッター速度もあまり遅くは出来ないので、絞って被写界深度を稼ぐには直射日光が当たっている条件とISO800以上と言う高感度な設定でなければ不可能であったと感じます。それでも、もしかしたら一枚目のソフトなボケのある画像のほうが一般的には好まれるのかもしれませんね・・・・2枚目の画像は、植物を正確に記録する画像として撮る時にはこういう風にしなくては・・・と思って工夫したものですが、工夫なしに普通に撮ると(カメラのシーンセレクトモードで花の撮影モードを選んだりした時)手前や背景がボケたポートレート的な撮り方になるかもしれません。もっと良い撮り方もあるでしょうが、まだまだ私はα55の多彩な撮影機能を使いこなせていないです・・・・。
2011.11.18
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昨日に続いて、今日も墓所の掃除をかねて、家内と散歩に出た。いつもカワセミに会える水路に、ダイサギがいたので短いがHDムービーに撮ってみた。HDムービーは此処をクリックすると見られます。
2011.11.13
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東日本大震災で起きた大津波が主たる原因で全電源を失い冷却不能に陥ったことで今回の福島第一原子力発電所は大きな放射線漏洩事故を起こした。と言う政府や東電の原因説明はどうやら嘘かもしれないのです。参照記事http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20111027-02/1.htmそもそも耐震性能自体がM9の地震等想定しておらず、原子力発電所が設計された40年前の建設に使われた揺れ加速度は250ガル程度であったと、原子力発電所の設計に携わった技術者が語っているのです。3月11日の東日本大震災の福島第一原子力発電所付近の揺れは500ガルだそうです。しかも揺れが長く続き余震も度々起きて原発の冷却計を繋ぐ全ての配管は非常に多い回数でゆすぶられたことが解っていて、そのゆ揺れる回数こそが大量にある配管にとっては大きな危険であり、津波が起きる前にすでに冷却系の配管が破損してしまっていたことが強く疑われると言うのです。短い地震であれば耐えられる500ガルかもしれないのですが、その時間が長いと金属パイプ等にかかる力は繰り返しになり、丁度、針金を数回曲げ伸ばしただけでは切れることは無くても数十回同じ場所を曲げ伸ばしすれば金属は疲労して割れたり切れたりしてしまうことと同じことになると言うわけです。その事実を東電や原子力安全委員会、そして政府が隠している理由はどこに在るかといえば、今回の500ガルで冷却配管が破損したと言うことになれば、今後起こる可能性のある地震に日本の全原子力発電所は安全であるなどとは言えないことになるからなのです。40年前の設計の福島第一原発だけでなく多くの原発の耐震設計は甘く、長い揺れで起きる金属疲労による破損に対し充分な安全性などないと言うことになるです。しかもです、500ガルでそうした破損が起きたとすれば、今後原発付近で起きる可能性のある揺れの加速度は、実際に日本で起きた地震の揺れ加速度の最大値を超える揺れと、揺れの長さに対し安全な設計がされていなければ到底原発の再稼動等認めるわけにいかないのは当然であると言わざるを得ないのですが、03年の宮城県北部地震、04の年新潟県中越地震、07年の新潟県中越沖地震では、軒並み2千ガルを超えたのです。そして08年の岩手・宮城内陸地震ではなんと4千ガルを超え、山が一つ消えてしまい景観が変わるほどの揺れが起きたのですから、原発設計時に想定した250ガルを16倍超えてしまったのです。つまり、圧力容器や格納容器は確かに頑丈な造りであるかもしれませんが、冷却用の膨大な量の配管や周辺設備の耐震性は如何なのか?と言う部分では、溶接技術一つをとってみても今の時代の技術とは大きく異なるし、原子炉と全ての配管が全く同じ方向に同じ量だけ揺れれば金属疲労は起きないかもしれませんが、実際にはそんなことは望むべくも無いことでしょうから、とても全ての原発が安全である等とは到底言えないことが今回の福島第一原発ではっきりしたことを、政府も東電も発表できないで隠していると言うことではないかと疑われるのです。発表すれば地震大国であるこの日本にある全ての原発は安全とはかけ離れていると言うことがばれてしまうことになるから地震では壊れなかったとと言うことにしておかなくてはならないのでしょう。政府や東電が「想定を越える津波のために起きた事故」と言うことにしておきたいのは、もし地震が主因であると認めれば、日本の原発は安全性などは無くほぼ全滅になるからだと言うことらしいのです。
2011.11.13
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前回の日記で、動画をアップロードしましたが、それを開くOSによって見え方が異なることが解りました。XPの32ビットで開いた時と、XPの64ビットで開いた時では64ビットのほうが速く映像が開始されます。しかしどちらもスムーズな映像が見られるのですが、何故か最新のWindows7で開いた時で、Cドライブのハード構成がハードディスクの時では、ギクシャクしながら再生されるのです。SSDでCドライブを構成しているコンピュータでは実に素早く(2~3秒)スムーズに見ることが出来るのですが、HDDではそれが上手く行きません。この現象はハイビジョンクオリティーを表現したくてなるべく良質なWMVに書き出したために、データ量が大きくWeb経由のストリーミングで見るにはやや重くなってしまっているのだと考えられるのです。動画ファイルをWindows7は素早くデコードしてユーザーに見せられる様に、より小さな単位で細切れにしてダウンロードし、それを次々に再生することで、全てのデータをダウンロードしてからでなくとも、始めに数秒分をダウンロードすれば、それ以後次々に細切れにダウンロードしたファイルをつなぎ合わせて映像にするようになっているようなのです。それはWindows7がそういう機能に優れているから、それが出来るはず・・・・だったのでしょうが、最も高画質なWMVでは、あまりにも細切れにする時間が短すぎてハードディスクアクセスが間に合わなくなってしまったのではないか?と、思われるわけです。コンテンツのデータ量が多すぎる時は少し長くダウンロードしてバッファ量を多くしてやらないと問題が起きるということのように思えます。多分、普通のWebにアップされるユーチューブ等の高画質と言うレベルでは問題が起きないのでしょうが、私はWindowsムービーメーカーでも最も高画質で書き出したために、重すぎるデータとなってしまったと考えられるのです。皮肉にも古いXPでは長く待たされるものの、データパケットが有る程度大きいため、全体としては最も高画質なデータであってもスームーズな再生が出来るようなのです・・・・。
2011.11.07
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SONYのα55で撮ったフルハイビジョン動画です。windowsムービーメーカーでWMVにしましたが、どんなものでしょうか?綺麗に見えますでしょうか?走りながらカメラを手持ちで撮った影響で落ち着かない映像になってしまいました・・・・。サイズがかなり大きいので(673MB)、PCの能力やOSのバージョン、ネットへの接続環境によっては、かなり時間がかかってしまうかもしれません。(因みに、私の最新のワークステーションの環境では約2秒でスムーズな映像が始まります。)車でカラマツ林の中の道を下っているだけで、内容は殆ど無いので、無理しないで、上手く行かないときは諦めてください・・・笑。下の文字をクリックするとムービーが見られるはずです。バックグラウンドにかかっている小田和正の曲はカーオーディオから流れている音です。アヤメ平から湯の丸峠へのカラマツ林の中の道こうした撮影の映像は撮った本人にとっては、多少意味もあるけれど、普通初めて見る方にとっては退屈極まりないものではないかと思います。初めてのカメラでのハイビジョン撮影のテスト的な映像ですので、ご容赦下さい。
2011.11.03
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私のBlogの冒頭には、鳥インフルエンザパンデミックへの注意を促す文章が今も掲げられているのですが、鳥インフルエンザが人間に感染するような変異を何時起こすのか解らない状況が続いていて、危険が去ったわけでは無いので、今でも注意を促す文を掲げています。強毒性のH5N1型の鳥インフルエンザパンデミックばかりではなく、以前書いた「悲観的な自分」の中でも書いたり、「薬が効かない結核菌現る!」と言う記事にも書いた通り、病原性の細菌が強い耐性を獲得してしまい、感染してしまった時に、治療するための有効な薬品が無いという事態が発生しているのです。これまで、耐性菌というとMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などが知られていると思いますが、それ以外にも多くの危険な耐性菌が存在し、或いはこれからも多数出現してくると考えられます。すでに知られた新しい耐性菌中にアシネトバクター・バウマニやNDM-1産生菌などがありますが、NDM-1(ニューデリー・メタロ-β-ラクタマーゼ1)と呼ばれる酵素(ペニシリン、セファロスポリン、モノバクタム、カルバペネムなどβ-ラクタム系の抗菌薬を効かなくしてしまう)を作る大腸菌が2009年に発見されたのですが、それまで確認されたIMP-1とかVIM-2といったメタロ-β-ラクタマーゼと異なり、NDM-1をつくっている菌は、β-ラクタム系だけでなく、他のほとんどの抗菌薬にも耐性を示していたのだそうです。NDM-1産生菌はすでに日本でも発見されていて、健康な肉体ではさほど問題になりはしないものの、もし、病原性の大腸菌に遺伝子が取り込まれたりすれば加齢や消耗によって体力が落ちた人体で発病すれば、治療薬が無いことで患者を死に至らしめる可能性が大きい感染症と言えるでしょう。NDM-1が危険である理由の一つに、NDM-1を作る遺伝子が大腸菌などの細菌のプラスミド上に乗っていて、細菌どうしの接合などで容易に移動し拡散することにあり、それはどういうことかと言えば、我々腸内に常在する大腸菌がもしこの遺伝子を受け取ってしまえば、突然殆どの抗菌薬が効かない超多剤耐性菌に変化してしまうと言うことになるし、O-157などの病原性大腸菌が超多剤耐性を持ってしまったと考えると恐ろしいことになるのではないでしょうか?NDM-1感染者の多くはインド・パキスタンなどを旅行したり、それらの地域に関係のある人たちであり、NDM-1がそれらの地域で出現したと考えられますが、何故、インド・パキスタンでそのような菌が発生するかと言うところを考えなくてはなりません。インドやパキスタンなどの国では西欧やわが国のような抗菌薬の規制が無く、医師の処方が必要とされているものの、実際は誰でも簡単に入手できてしまい、医師ではないホメオパシーやアーユルヴェーダなどの施術者がこうした新しい抗菌剤を入手できることで、歯止めの無い抗菌薬の乱用が起きていて、そのことが耐性菌出現の大きな原因と考えられています。実際に12億人以上の人口を抱えるインドでは、国としての政策は無く病院のためのガイドラインさえ無いのだそうです、また医療従事者への教育も不十分と言われており、そのような不明確な規制実態がある為なのか、製薬メーカーはあたかも野放しの荒野へ進むがごとく、インド亜大陸の国々に対し抗菌薬を積極的に売りまくって巨額な利益を得ていると言う実情があるのだそうです。これらの情報は私がWebの閲覧によって得たもので、あるいはその信憑性を充分証明することは出来ないかもしれませんが、近年世界の交通事情が変化して、嘗て大洋で隔てられていた大陸が一つの生存権と言える距離感になってしまったことで、伝染病は対岸の火事ではなくなり、人類共通の問題となったにもかかわらず、医薬品の扱いは全世界で統一されては居ないので、危険な耐性菌を生む環境がどこかの特定の地域にあれば、そうした耐性菌は容易く生まれ、そしてそれは瞬く間に全世界へ広がってしまうのです。実際にそれが世界の人口の1/6を超えるインドで起きていると言うのです・・・・。本来、交通手段の進歩とともに世界的に統一された価値観で管理するように収斂しなければならないこうした問題も、各国の其々の事情によって均一な管理下に置けないことが問題になって居るわけです。死の商人とは昔は武器を売る商人のことであったが、現代では抗菌薬を売って儲けている者達のことのように思えてくる・・・・・・。この地球の現在の経済システムは、自分の利益のためには他を省みなくなる、という生物としての本能的な部分を抑制する機能を殆ど持っていないのだから、全地球的な政治システムがそれを統括管理できるようにしなくてはならないのだが、人類の英知はまだ、そこに到達しては居ないのです・・・・・。
2011.11.02
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