2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
この冬、恐ろしい病(やまい)が広まっておるそうな。インフルエンザは体を蝕(むしば)むが、この病は、知らず知らず頭の中を蝕むという・・・そなたも、思い当たる節(ふし)はないかの?夜遅くなっても、コンピューターの前から離れられない。このまま続けていたら、寝る時間が無くなると分かっていてものう・・・アクセス数が気になる。大切なのは、アクセス数よりも、日記の内容だと分かっていても、数字が気になってしまうのじゃ・・・日記を書き続けていないと、罪悪感を感じてしまう。日記を書くのは義務ではない。そう頭では分かっておるのに、しばらく更新していないと、悪いことをしているような気持ちになる。思わず日記に「サボッていてゴメンなさい」と書いてしまうのじゃ。誰も、おぬしを責めてはおらんのじゃよ・・・会社にいても、仕事をしているふりをして、楽天日記を見てしまう。厳しいご時世じゃ。バレぬよう、気をつけるが良いぞ・・・何!? 仕事中に楽天日記を書いていたじゃと?掲示板に「カキコありがと☆」とレスしたじゃと?!ここまで来たら、そなたは重症の「楽天中毒」じゃ!「楽天日記中毒」は、21世紀の日本で発生した、新しい病じゃ。今のところ、治療法は確立されておらぬ。ご用心、ご用心・・・
2004年01月31日
コメント(8)
お金になってもならなくても 有名になってもなれなくても歌い続けます!
2004年01月30日
コメント(2)
1999年の12月27日から、東京は恵比寿の、とある外資系ホテルで、ウェイターとして働き始めました。なにしろホテルはおろか、サービス業が初めて。トレイの持ち方も知りません。最初の3ヶ月は、ほとんど表(ホール)には出してもらえず、パンやケーキ、お酒やジュースを裏でスタンバイしたり、こまごましたサポート業務をこなしていました。そのうち、だんだん表に出て、お客様に接する機会も増えました。僕のいたレストランは、誕生日のお客様に、ケーキをプレゼントして、お店のスタッフみんなで Happy Birthday を歌う慣習がありました。そのうち「なんで君はそんなに声が出るんだ?」と言われ始めました。小ホールなみの広さがあるレストランなのですが、ヴォイストレーニングを続けていたおかげで、マイクなしでも、楽々声を響かせることができたのです。歌い始めると、ディナーの会話でざわついていたお客様たちが、一瞬で静まりかえり、歌い終わると、あちこちの客席から拍手していただけました。それ以上に、誕生日のお客様に喜んでいただけました。やがて Happy Birthday のときは、他の業務を中断してでも、歌のお呼びがかかるようになりました。来客が集中して、どうにも忙しくて、スタッフみんなで集まれないとき、何回かソロで歌ったこともあります。失敗もありました。本気で歌ったら、声が大きくてビックリしたのか、赤ちゃんを2回ほど泣かせてしまいました(爆)。2001年の大晦日に、ロビーラウンジに出向いて、Happy Birthday を歌ったときは、お誕生日を迎えた3歳くらいの女の子が、長椅子の上に立ち上がって、踊り出してくれました(^^)。ラウンジは3階くらいまで吹き抜けになっていて、教会なみに声が響きました。歌い終わると、ラウンジ中のお客様が拍手してくれて、いま思い出すだけでも、体に震えがきます。貴重な機会を与えて下さった、レストラン・マネージャーのコイさん(仮名)には、今でも感謝しています。生まれてから4回目のカラオケでは、偶然、見も知らぬ人たちに感動していただけました。ヴォイストレーニングを習った、研究所の中では、低い評価のままでした。けれども、捨てる神あれば拾う神あり。ホテルのお客様やスタッフには、おしなべて喜んでいただけました。喜んでいただける嬉しさがあったからこそ、たとえ有名でなくても、すぐにお金にならなくても、歌い続けてこれたのかもしれません・・・
2004年01月29日
コメント(3)
生まれてから4回目のカラオケで、歌う喜びを知りました。もともと歌を聴くのは好きでしたが、幼い頃から音楽教育を受けてはいないし、楽器も弾けません。中学の音楽で、楽典のテストでは(50点満点中)7点!とかでした(苦笑)。ノドも強くありません。高校生の頃、体育祭で応援していると、30分でノドが嗄(か)れました。それでも、「偶然」にも、歌うことで、見も知らぬ人たちに喜んでもらえた嬉しさが、忘れられませんでした。自分も嬉しい。他人も嬉しい。その瞬間を、何度でも味わいたい!!むしろ、音楽の英才教育を受けていなくて、歌う経験がほとんど無かったのに、喜んでもらえたのだから、訓練を積んで技術を高めたら、感動していただける確率が、より高まるのではないか?・・・そう思って、ヴォイス・トレーニングを始めました。トレーニングといっても、最初は我流で、多摩川の川原で、大声を出していただけですけど(笑)。それでもやはり、我流では限界がある。そこで、東京は代々木の、小さな研究所のようなところで、呼吸法と発声法を習い始めました。主宰なさっていた先生は、息と声の結びつきを大切になさる方で、大声を出すだけだった僕は、声を土台から構築してゆけました。けれども、悔しいこともありました。年末に、研究所内で、歌の発表会を行います。そのための内部オーディションがあるのですが、3年連続で前座でした。研究生のほとんどは、プロではありません。その集団のなかで前座ですから、(失礼ながら)二軍で補欠!のようなものです。自分のなかでは、力をつけてきたつもりでした。研究所のなかでも、少数ながら、「君の歌はいいよ」と言って下さる人もいました。また、12年ぶりに再会した幼なじみと、そのご両親に、アカペラで歌って聴かせたら、僕が中学生のときに歌った「昴(すばる)」を覚えていてくれたり。歌が持つ<感動>を与える力。その力を引き出す可能性が、自分のなかにあるはず。これは自信というか、信念というか、ぶっちゃけて言うと「思い込み」なんですけど(笑)。生まれて4回目のカラオケ以来、歌の可能性が、自分のなかにあると信じている。訓練を積んだにもかかわらず、研究所内での評価は低い。さりとて、研究所の外では、僕の歌を聴いて、素直に喜んでくださる人もいる。歌うことで、お金を稼いでいるわけでもない。習っているのだから、むしろ持ち出しです。歌を聴いて喜んでくれる人もいれば、評論家のようにコメントする人もいる。不安と信念の間で、心は揺れるのでした。。。
2004年01月28日
コメント(4)
生まれて初めてCDを買ったのは、17歳のとき。歌を聴くのは好きでしたが、自分が歌えるとは思っていませんでした。14歳のとき、成りゆきで、カラオケで歌っちゃいましたが、「カラオケ的」な雰囲気は好きではありませんでした。仲間内だけで盛り上がるのは、どうも性に合わないようです。。。21歳の頃、工事現場で、下請けの現場監督をしていました。中途入社の新人だった僕は、会社の先輩に連れられて、月に1度くらい、スナックみたいなところに行きました。すると、嫌いなカラオケがあるのでした(苦笑)。なにしろ、当時は人から誘われでもしない限り、カラオケには行かなかったので、生まれて何回目のカラオケか、数えられました(笑)。今でも覚えています。生まれてから4回目のカラオケでした。横浜の、とあるスナック。会社の先輩たちと数人で席を囲んでいました。他には酔っ払いが何組も。お店のカラオケの、画面やマイクの正面の席には、4人の酔ったサラリーマンが居座り、さんざんヤジを飛ばしていました。「へたくそー」「引っ込め!」見知らぬ他の客にヤジを飛ばすのですから、無謀な人たちです(苦笑)。会社の先輩たちも、ヤジられてました。とうとう、僕の番がやって来てしまいました。おもむろにマイクを手に取り、谷村新司さんの「英雄」を歌い始めました。すると、さっきまでヤジを飛ばしていた、酔っ払い4人組が、急に静かになり、目を閉じてしまいました。『騒ぎ疲れて、この人たち、寝ちゃったのかな?』と思いつつ、歌い続けました。体の底から、今まで感じたことのない力が、湧き上がってくるのを感じました。歌い終わると、酔っ払い4人組が、拍手してくれました!見も知らぬ人たち。それも、失礼ながら、柄(がら)の悪い人たちにさえ、真剣に聴いてもらえて、喜んでもらえたことが、心の底から嬉しかった。あのときの喜びは、今でも鮮烈に覚えています。思い出すたびに、心が温かくなります・・・
2004年01月27日
コメント(2)
父が谷村新司さんのファンで、実家ではときどき、谷村さんのレコードが流れていました。(僕が小学生の頃、CDではなくてレコードだったんですね)何曲かは自然に覚えてしまいました。確か14歳のとき、生まれて初めてカラオケで歌ったのは、谷村新司さんの「昴(すばる)」でした。今にして思えば、シブイ中学生ですな(^^)。後年、東京は恵比寿の外資系ホテルで、ウェイターとして働いていた頃、なんと谷村新司さんがおいでになりました!僕は当時、ポリシーとして、どんな有名人がお店に来ても、サインをおねだりしたり、むやみに話しかけることはしませんでした。たぶん、静かなプライベートを求めて、あえて高額のホテル(レストラン)にいらっしゃるのだと思っていましたので。。けれども唯一、谷村新司さんには話しかけてしまいました!「CDを百万枚売るのは素晴らしいことですが、それ以上に、第一線で長く歌い続けるのは大変なことです。」「谷村さんのように、30年以上も歌い続けるために、いちばん大切なことは何ですか?」谷村新司さん、答えていわく『ん・・そうだな・・誠実に歌い続けることかな?』ハッピーマスターは、シビれてしまったのでありました・・・
2004年01月26日
コメント(2)
夢をかなえる。理想を実現する。現実を夢に近づける・・・「自己実現」というと、何やら大げさなイメージがあるかもしれません。でも、ささやかな自己実現は、日常のなかに、たくさんあるような気がします。ハッピーマスター的には、自己実現とは、①好きなこと②できること③喜ばれること、が一致すること。他人も嬉しい、自分も嬉しい。そういう瞬間は、いつまでも心に残り、思い出すたびに心が温かくなります。僕はその昔、ランニングしていてヒザを傷めてしまい、鍼(はり)を打って治していただいた事があります。鍼の先生は、ご自分が小学生のときから肩こりがひどくて(!)、同じように肩こりなどで大変な人たちを助けたくて、鍼灸(しんきゅう)の道に進まれたのだそうです。広告も宣伝も一切なし。患者さんからの紹介だけで、新しい患者さんが集まり、なかには、一家ぐるみで先生のお世話になっているところもあります。ご自分が望む道に進み、患者さんから感謝され、生活が成り立っている。その先生は、世間的には無名かもしれない。大金持ちではないかもしれない。でも、立派に自己実現を果たしてらっしゃると、僕は思います。あなたにとって、好きで、他人からも喜ばれることは、何ですか?
2004年01月25日
コメント(5)
他人に勝つ。・・・僕は、自分が他人よりも優れているとは思っていません。むしろ、人並みにこぎつけるまでに、かなり回り道をしました。「自分に克つ」ことについては、いささか語れます。たとえベストを尽くし、自分の実力を限界まで発揮しても、それは”引き分け”にしかなりません。ベスト+アルファを尽くし、自分の限界を拡げたとき、初めて「自分に克つ」ことができます。ある意味、他人に勝つよりも、自分に克つほうが難しいかもしれません。けれども、自分自身を乗り超えていく積み重ねが、魂の成長をもたらし、心の底から静かな自信が湧いてきます。他人に勝つことで得た自信は、負ければそれまで。自分に克つことで得た自信は、他人がどうあれ揺らぎません。僕が他人よりそれほど優れていなくても、案外、平然としていられるのは、15年前や12年前と比べて、自分自身を乗り超えてきた確信があるからです。幸せは、他人に勝つことよりも、自分に克つことで、生まれてくるのかもしれません・・・
2004年01月24日
コメント(8)
腕力とかを除けば、男性よりも女性のほうが、しなやかで芯が強いと、僕は思います。だけど、女性が強くならねばならない時。ある意味、男性よりも強いでしょう。でもそれは「哀しい強さ」のように、僕は感じています。愛されて守られているとき、女性は安心して、弱いままでいられるのでしょうか・・・?
2004年01月23日
コメント(3)
掲示板で、藤沢あゆみさんのセミナーに参加表明をしたところ、なんと藤沢さんのサイトの、トップページの一部で、ハッピーマスターをご紹介いただきました。(どうも最近アクセスが増えたな~と感じていました)ご返礼として、僕もトップページでご紹介いたします(照)。実は、どんなセミナーなのか、僕もよく分かっていないのです(爆)。「面白そうだから、行く!」・・・それだけだよん(笑)。参加なさる方は、2月14日、会場でお会いしましょう!
2004年01月22日
コメント(1)
友人に「やるなら今!ですよ」と勧められて(急かされて?)、2003年12月21日に、楽天日記を始めてから、ちょうど1ヶ月が経ちました。途中、何度か午前様をはさみつつ、無理やり毎日更新!ハァハァ「毎日書くことなんて無いよ~」と思いつつ、書き続けていると、湧き出てくるんですね。これが。嬉しい出会いもありました。ボッキー米谷さんや塾長@IT義塾さんとお会いして、真実をえぐるようなお話をうかがったり。(あの方たちにとって、楽天日記は序章でしかないようです)メルマガの向こうの人たちだと思っていた、自由☆さんや藤沢あゆみさんが、書き込みしてくれたり(ひょっとしてオイラはミーハー?)。2月14日には、藤沢さんのセミナーに参加するので、パワーライティング・チームとお会いするのが、今から楽しみです。いま名前を挙げた方々にとどまらず、この国には、この星には、優秀な方々がたくさんいらっしゃいます。それでも、あえて申し上げるなら、私にしか伝えられないこと、自分だけの切り口が、必ずあると信じています。それは、あなたも同じですよ。あなたも私も、今この瞬間、生きていることに、必ず意味があるはず。心の旅はまだ、始まったばかりです。お楽しみはこれからですヨ♪
2004年01月21日
コメント(3)
『あなたはあなたでいいよ』ご自分の中の素晴らしさ、かけがえのなさに気づいていますか?あなたの中にある、喜びを生み出す可能性を、ご自分も他人もハッピーになる形で、表現できることを知っていますか?あなたの肉体、頭脳、神経。そして、魂が持つ偉大な可能性を感じていますか?憎しみや不信感、果てしなく続く争い。傷つけあう心たちの、愛を求める叫びが聴こえますか?「そのままのあなたでいいよ」と言ってあげたいけれど、「今のまま」では、困る人もいます(私もそのなかの一人です)。勇気を持って、現実を直視したとき、自分の弱さ・愚かさ・いかがわしさに、打ちのめされる夜もあるでしょう。もしも「永遠」があるのなら、あなたも私も、長い長い成長の道を歩いているのかもしれません。不完全なことは恥ではありません。私たちは、完全ではないからこそ、人間として成長してゆけるのです。12年前、私が、自分自身に言い聞かせていた言葉を、あなたに捧げます。『自分を信じて』『できるところから始めよう』限りある命だとしても、どんなに重い宿命を背負っていたとしても、「今」という、この瞬間は、私たちのものです!あなたは、あなたでいいのですよ。そのままのあなたから、始めてみませんか?
2004年01月20日
コメント(5)
過去を乗り越え 今を生きて 未来を夢見る未来を夢見ること ただそれだけの事がどれほど恵まれたことでしょう?子供は夢を見る大人は夢を実現させる宿命と向き合うことで 自らの使命を知る宿命は人を縛るけど使命を自覚することで 心は自由になるどれほど短い一生でも 儚(はかな)い命でもあなたの存在には かけがえのない意味があるのです
2004年01月19日
コメント(1)
物が余っていて、心が満たされていない時代・・・僕の職場は、東京の西新宿なのですが、毎朝、ティッシュやフリーペーパーを配っている人たちがいます。タダなんですけど、ほとんどの人は受け取ろうとしません(僕もその一人だったりして)。タダでもらえる物は、もらう!という人もいますが、「いらない物はタダでもいらない」人が、増えていると感じます。不況だと言われ始めて、もう何年が過ぎたのでしょうか。いま中学生の子は、バブル崩壊と言っても、ピンとこないかもね。今の日本でも、食べ物に事欠く人はいるでしょう。僕の知り合いには、多額の借金で破産した人もいます。けれども、歴史を振り返ると、江戸時代の飢饉や、敗戦直後の貧しさとは、事情が違うように思います。今の日本では、(たとえ億万長者でなくても、)ほとんどの人は、住むところがあり、食べるものがある。ちょっと奮発すれば、いいお洋服だって買える。不思議ですよね。今の日本で、仮に月収20万円だとしても、地球上ではトップ10%に入る豊かさかもしれないのです。「不況かもしれないけど、飢え死にするほど貧しくないよ」「ひょっとして、今すでに豊かじゃないの?」「満たされていないのは、物ですか? それとも心ですか?」・・・そう感じるのは、僕だけでしょうか?今そこにある豊かさを味わったほうが、楽しく生きられるように感じています。
2004年01月18日
コメント(2)
他人と過去は変えられないけど、自分と未来は変えられる。・・・そうは言っても、思い出したくない出来事、消しゴムで消せるなら、消してしまいたい過去があるときは、どうしたらいいのでしょう?名前はあえて出しませんが、ある方の楽天日記を読んでいて、そう思いました。タイムマシンなんて、ありはしない。過去の「事実」は永遠に変えられない。そんな当たり前のことが、深いダメージを受けた人間にとっては、耐えられないほど重く、のしかかる事もあります。自己嫌悪や自己否定に、陥(おちい)る事もあります。悪いことをした覚えがないのに、受けたダメージだったとしても・・・過去の「事実」は変えられないけど、過去の持つ「意味」は変えられます。過去の出来事から教訓を引き出し、今に生かす。今を生きて、未来を変えていくことで、過去の「意味」は変えられるのです!僕が、過去から引き出した「意味のカケラ」は・・・捨てがたい大切な幻想よりも、厳しい事実を選ぶ。(科学の心参照)現実を直視することから、すべてが始まる。自分自身を決して見捨てない。完全燃焼、可能性を使い切って生きる。この世の決着は、この世でつける。運命と真正面から向き合い、現実に立ち向かう。この宇宙が、もし魂の道場なのだとしたら、あの逆境があったからこそ、魂が成長できたと今は思います。そう思えるようになるまでに、10年以上かかりましたが・・・もしあなたが、大変な出来事を背負ってしまったのなら。まるで暗闇や谷底にいるような気持ちに、なってしまうかもしれません。けれど、目をこらして見ると、暗闇の彼方には星がきらめいています。谷底を一歩一歩、歩き続ければ、やがて平地に出て、山に登ることもできます。耐えがたい過去が、いつか、貴重な財産に変わる日がやってきます━━━━
2004年01月17日
コメント(5)
心は目に見えないけれど、心は、あり方によって、三つの世界に分かれるようです。愛と分かち合い交換奪い合い【奪い合い】奪うことで得したように見えて、長い目で見ると、奪った以上に奪われるハメになります。【交換】Give & Take 与えて受け取る。経済にたとえると分かりやすいかな。現代ですと、物やサービスと、お金を交換しています。はるか昔ですと、海のそばで暮らす人は、魚の干物や、塩を持ち寄り、山で暮らす人は、獣の皮や、石器に使う黒曜石を持ち寄り、物々交換。【愛と分かち合い】お互いを尊重し、ひとりひとりが、自分の才能や恵みを与え合う世界です。奪い合えば、貧しくなります。交換すれば、減りもしないし増えもしません。分かち合えば、豊かになるように感じています。僕は、心の三つの世界をすべて経験しました。奪われたりダメージを受けたり、やり返したり。汗を流してお金を稼いだり。与え合う世界にたどりつくまで、いささか回り道をしました。奪い合いの世界でも、生き残る自信はつきました。でも、惜しみなく与え、豊かに受け取るほうが、気持ちいいですよね♪
2004年01月16日
コメント(1)
やっと家に帰りました。すでに16日ですな(苦笑)。1月15日。メンターの一人が、会社を突然退職することになりました。人間性、向上心ともに、とても尊敬できる方でした。きっと、彼なりの決断あってのことでしょう。ただ、もう少し一緒に働きたかったなぁ・・。15日の夜。ボッキー米谷さんと塾長@IT義塾さんとお会いしました。男3人が、お酒も飲まんと、5時間以上もしゃべってました(笑)。そのあとは、なんと一人で発声練習。(歌がライフワークなので・・・)帰ってきたら、とっくに午前様でした。掲示板に書き込んでくれた方、日記リンクしてくれた方、ありがとうございます。お礼にうかがいたいのですが、も、もう寝ます。おやすみなさい。。。
2004年01月15日
コメント(2)
今日は「も~やだー! 超ムカツクー!」なんて、口走ったりしませんでしたか?(笑)ハッキリ言って、仕事でもプライベートでも、嫌なヤツ、とんでもない奴はいるものです。でも最近、よーく人を見ているうちに、本当に底意地の悪い人、心の底から腐っている人は、ほとんどいないのではないか、と思うようになりました。憎まれ口をたたいているようで、意外と愛嬌があったり。会社では怒鳴り散らしているのに、新年会では、よその赤ちゃんを上手にあやしていたり。「自分の子と違って、よその子は可愛いんだ。ハハハッ!」だって。心のどこかでは仲良くしたいのに、いがみあっていたり。心に鎧(よろい)をまとい、戦いたくないのに戦っていたり。がんばらなくてもいい時に、無理をしていたり。そんな人たちは、運命の旅路のどこかで傷つき、今も心の底では、目に見えない何かに、おびえているのかもしれません。・・・この洞察が、どこまで正しいのか、自分では何とも言えません。ただ、そう感じているだけです。そして、ニクイ奴をも、だんだん許せるようになってきました。今、僕の身の回りに、変な人はいますが(自分もヘン?)、本当の意味で「敵」はいません。今の境遇に感謝しています。
2004年01月14日
コメント(4)
やらなきゃ!なきゃ! と思っているのに、なかなか行動を起こせないとき。笑顔になりたいけど、なれない・・とき。誰もが一度となく経験なさっていると思います。気持ちが沈んでいるから、なかなか笑顔になれない。でも、ぎこちなく笑顔で振舞っているうちに、気持ちがだんだん明るくなってくることもあります。だって、笑顔で怒れるのは、竹中直人さんだけですから(笑)。僕も、なかなか笑顔になれない時期がありました。そんなとき、毎晩、寝る前に、鏡に向かって(無理やりにでも)笑顔をこしらえて、自分自身に笑顔を見せてから、1日を締めくくりました。最初は顔が笑っているだけ。でもそのうち、少しずつ、心まで笑顔になってくるんですよね。なかなかやる気が出ないとき、一歩踏み出すのが恐いとき。やらなきゃいけない事、やりたい事が分かっているのに、なかなか行動を起こせないとき。「ほとんどリスクのない、小さな一歩」を踏み出すことで、運命の流れが変わることがあります。たとえば、楽天日記はタダで始められます(笑)。やる気がないから行動できない、と思いがちだけど、少しずつ行動していくうちに、やる気が出てくることも多いですよ♪人生を好転させる大きな一歩! なんてリキまずに、できるところから、小さな一歩を踏み出してみませんか?
2004年01月13日
コメント(2)
始まりあるものには、すべて終わりがある。始まりのなかに、すでに終わりが含まれている。スタートしたとき、ある程度ゴールは決まっている。この頃、そんなことを考えたりします。心の深いところで、欠落や欠乏感があったり、ご自分に価値がないと思い込んでいたり。自分の価値を証明するために、ナンバー1を目指す人もいるようです。欠乏感や無価値感をエネルギーに変えて、がむしゃらに成功を目指した人を、僕は何人か見てきました。営業成績で個人優勝した人。一代で100億円企業を築き上げた人。マーケティングの分野でカリスマと呼ばれた人。アマゾンで1位を取った人。などなど・・・人の何倍も努力していて、非常に優秀な方たちばかりです。けれどもなぜか、幸せそうではないのです。欠乏感や無価値感からスタートすると、たとえ成功しても、心は満たされないようなのです。なぜなら、その人に本当に欠けていたのは、お金や地位ではないから・・・『君は大切な人間なんだよ』本当は、ただそう言って欲しかったのかもしれない。抱きしめて欲しかったのかもしれません。成功と幸せを両立させた人は、お金や地位で、心のすきまが埋まらないことに気づいて、それまで持っていたものを手放したり、心の中の無価値感を癒したり、途中で方向転換をなさっているようです。もっと素敵なのは、喜びや分かち合いの方向へ、スタートすることかもしれませんね。あなたが情熱をこめて、小さな一歩を踏み出したとき、その先にどんなゴールが待っているのでしょうか・・・?
2004年01月12日
コメント(4)
とある生命保険会社のCM。小田和正さんの美しい歌声に乗せて、加藤さん親子の、短い物語が始まります。主人公は、加藤秋雪くん。「たったひとつのたからもの」その意味は・・・ここをクリック! ネットサーフィンをしていて、この作品を見つけたのですが、安易な言葉で、この作品を語りたくありません。今では本も出ています。「たったひとつのたからもの」加藤浩美・著 (文藝春秋)追記:あまり大きな声では言えないのですが、 僕はネットでこの作品を観たとき、号泣しました。。
2004年01月11日
コメント(0)
生き生き、笑顔で、幸せに暮らしたい。誰もが、心のどこかで望んでらっしゃると思います。けれども、この世で生きていれば、24時間365日ずっと幸せでいることは、とてもとても困難です。生きていれば、ままならない事、不自由なこともあります。悪いことをした覚えがなくとも、不幸や挫折、試練が降りかかってくる事もあります。心や体に、耐えがたい苦痛を受ける事だってあるかもしれません。・・・そんな時に役立つ【心の旅路のヒント】をお届けします。『自分自身を、決して見捨てない』たとえ100人中100人が「あいつはもうダメだ」「再起不能だろう」と思っていても、俺は決して自分自身を見捨てない!家で学校で会社で社会で、傷つけられたり、虐げられたりする事もあるかもしれません。たとえあなたが、何も悪いことをしていなかったとしても・・・ただでさえ苦しいときに、さらに、追い討ちをかけるような仕打ちを受けることさえあります。(昔の人は、泣きっ面に蜂、と言ったのかな)苦しくてヤケになりたい気持ちは痛いほど分かります。でも、ヤケ(自棄)は自分を棄(す)てると書きます。ヤケになることは、最後は自分自身を傷つけることにつながります。ヤケにならず、八つ当たりせずに踏みとどまるうちに、あなたの人間性は確実に磨かれてゆきます。想像してみて下さい。・・・自分を見つめる、もう一人の自分がいます。傷ついたあなたは、まるでボロボロのぬいぐるみのように、なってしまったかもしれません。しかも、あなたがこの世で与えられた「ぬいぐるみ」は、たったひとつです。代わりはないのです。ボロボロになった、自分という「ぬいぐるみ」を、もう一人の自分が、大切な宝物のように抱きしめている姿をイメージしてみて下さい。。。ボロボロになった自分を抱きしめて、傷を縫い合わせ、立て直していく。自分自身を育てなおしていく。痛みや傷を直視して、真正面から向き合うのは、つらいです。けれども、自分自身を決して見捨てることなく、ドン底から一歩一歩はい上がってゆけば、自分自身が最良の味方になります。どうか、ご自分を見捨てることなく、自分自身の最良の味方になってあげて下さい。たとえ今のあなたが、地獄のような谷底にいたとしても、幸せの山頂は、あなたが訪れてくれるのを、いつまでも待っています!あの世にいくのを待たずとも、地獄も天国も、この世にあります。この世には天国もあることを、心で感じてみませんか?ハッピーマスターより、ひたむきに生きるあなたへ・・・
2004年01月10日
コメント(4)
幸せは 求めても手に入らないささやかな愛をつみ重ねて いつしか心の底から湧き出てくるもの一夜だけの快楽を超えて思い起こすたびに いつも心が温かくなる・・・それが「幸せ」なのでしょうか?幸せになることを恐れているのは誰?邪魔しているのは他人?それとも自分?幸せを感じることを 自分に許してあげて下さいそんなあなたを愛したい人は この地球上に必ずいます・・・追記:片瀬 萩乃さんの掲示板に書き込みをしているときに、インスピレーションが降ってきて、そのまま詩になっちゃいました。
2004年01月09日
コメント(4)
家庭・会社・社会。生きていれば、不自由なこと、ままならない事もありますよね。思いをかなえたい! 自由がほしい・・・でも、メンターの一人から、僕は教えていただきました。制約があるから強くなれる。制約があるからこそ、いろいろ考えたり、工夫したりして、成長していける。強くなって、制約にさえ感謝できるようになって初めて、人生の次のステージに進める。・・・僕も強くなりたい。
2004年01月08日
コメント(2)
まだ幼い頃、「コスモス」という科学番組がありました。カール・セーガンという宇宙科学者が案内役で、宇宙の神秘、科学の歴史を、美しい映像や音楽と共に紹介していました。まだDVDなんて無い時代。小学生だった僕は、それこそビデオテープがすり切れて、画面にノイズが出てくるまで、「コスモス」のビデオを繰り返し見たものでした。「コスモス」のなかに、ヨハネス・ケプラーの話が出てきます。『惑星運動に関するケプラーの三法則』で歴史に名を残している科学者です。時代は、17世紀のヨーロッパ。ケプラーは、惑星は完全な円軌道を描いていると信じて、長年にわたって研究を進めていました。彼は神を信じ、数学的な完璧さのなかに神を見ていました。宇宙は完璧であり、その法則性のなかに神を見つけることが、研究の原動力だったのかもしれません。だからこそ、彼にとって、惑星の軌道は、美しい(完全な)円軌道でなければならなかったのです。ところが、火星の惑星運動を研究していくと、どうしても完全な円にはなりません。何度計算しても、観測データと一致しないのです。ケプラーが参考にした観測データは、チコ・ブラーエという観測家が残した、当時としては最高級のデータでした。ケプラーは悩みました・・・自分の宇宙観にこだわり、観測データを否定してしまうのか。それとも、自らの宇宙観を否定しかねない、事実を選ぶのか。悩んだ末、ケプラーは観測データ、すなわち『事実』を選びました。おそらく、つらかったことでしょう。今風に言えば、落ち込んじゃったケプラーは、何気なく、円軌道の代わりに、だ円の方程式で計算してみたのです。すると、火星の惑星運動と見事に一致したのです!ここから、科学史に残る『惑星運動に関するケプラーの三法則』が生まれました。ケプラーを紹介した回の「コスモス」のエンディングで、こんなナレーションが流れました。 捨てがたい大切な幻想よりも、厳しい事実を選ぶ。 これこそ、『科学の心』なのです・・・僕は科学者にはなりませんでしたが、小学生のときに刻みつけた『科学の心』は、のちに経験した暗黒の日々を生き抜くとき、大きな支えとなりました。現実を直視する勇気から、すべてが始まります。「コスモス」を世に送り出してくれた、カール・セーガン氏は、今はもう、ご存命ではありません。映画「コンタクト」の原作者、と申し上げたほうが、みなさんには分かりやすいでしょうか。。映画館で「コンタクト」を観たとき、For Carl の文字を見て、目頭が熱くなりました。。。
2004年01月07日
コメント(0)
自由☆さんや藤沢あゆみさんから書き込みをいただいて、(渡りレスや股がりレスと言うらしい・・・)とても嬉しいです。友人から勧められて楽天日記を始めたとき、「自分がオンリーワンで伝えられることは何だろう?」と真剣に考えてしまいました。楽天日記といえども『公(おおやけ)への情報発信』だと、僕は思っています。他人の受け売りではなく、自分独自の切り口が欲しいのです。そこで、自分本来の得意分野である「心」や「芸術」を扱うことにしました。情報の受け売りではなく、自分自身の経験から学んだ知恵を、お伝えできる分野を選びました。ハッピーマスターのサイトでは、心温かい人に、憩いの場をご提供したいと思っています。1日のなかに、幸せへの小さなキッカケは、いくつも隠れていますよ♪僕がお伝えしている事の多くは、ほとんどの人が、心の深いところで、すでに気づいている、理解なさっている事だと思います。けれども、日々の暮らしのなかで、忘れてしまいがちですよね。僕はただ、あなたの中にある素晴らしさ、かけがえのなさを、思い出していただくお手伝いをしているだけです。日記を始めたときは、「何を書こうかな」「毎日書くネタがあるかな~」とちょっぴり不安でした。けれど、書き始めて、書き続けることで、自分の中から書きたい事がどんどん湧き出てきました。今までインプットしてきた情報が、脳ミソの中で、どんどん結びついてくる感じですお伝えできる事、お伝えしたい事が、まだまだ山ほどあります。これからも、ぜひ遊びに来てください o(^-^)o
2004年01月06日
コメント(4)
あっ という間にお正月も終わり、ようやく2004年が動き始める。そんな感じでしょうか?今日が仕事初め、という方も多いと思います。お互い、良い1年にしましょう!他人と過去は変えられなくても、自分と未来は変えられます。あなたに、良き学びと幸運がありますように・・・
2004年01月05日
コメント(0)
僕がまだ、駆け出しのホテルマンとして働いていた頃・・・。そこには、素晴らしいサービスマンがたくさんいました。良きお手本を間近に見ながら、サービスの基本を体で覚えていきました。ときには、心に残る逸話を聞くこともありました。そんな中から、ショート・ストーリーをひとつ、ご紹介いたします。昔々あるところに? ズッキーさん(仮名)というホテルマンがいました。ズッキーさんは、某ホテルの高級レストラン(メイン・ダイニング)で、チーフ・ウェイター(キャプテン)をしていました。ある日の夜、年老いた夫婦が、クマさんのぬいぐるみを大事そうに抱えて、ズッキーさんのレストランにやってきました。高級ホテルとぬいぐるみ。ちょっとナンセンスなシチュエーション。けれども、老夫婦はとても上品な方で、常識がないようにも見えません。ズッキーさんは、いつも通りの爽やかな笑顔で、お二人を席にご案内しました。老夫婦は、クマさんのぬいぐるみを、椅子に丁寧に座らせて、いかにもホテルに慣れている様子で、料理を注文しました。ここでズッキーさん。ちょっと遊び心をきかせて、老夫婦だけでなく、ぬいぐるみにも、ナイフとフォーク、ナプキンを用意して、テーブルセットを付けてあげました・・・。ひと通りお食事が終わり、ズッキーさんは、ご夫婦としばし歓談。ちょっぴりユーモアを交えた会話も、ズッキーさんのおもてなしです。やがてご夫婦は、訥々(とつとつ)と語り始めました。「今日は、幼くして亡くなった、我が子の誕生日なんです」「このぬいぐるみは、あの子が大切にしていたものなんです」「毎年あの子の誕生日になると、 ぬいぐるみを連れて、二人で食事をするんです・・・」「でもね、ぬいぐるみを連れていくと、 お店の人に嫌な顔をされたり、冷たくされたりするんです」「私たちを、温かくもてなしてくれて、 ぬいぐるみにテーブルセットまでつけてくれたのは、あなたが始めてです」そう言ってご夫婦は、涙で声を詰まらせました。聞いてビックリのズッキーさん。ちょっぴりユーモアをきかせて、ぬいぐるみにも、ナイフとフォークをご用意しただけなのです。まさか、そんなご事情があったとは・・・。ご夫婦は、その日以来、そのホテルの、いいえ、ズッキーさんの常連のお客様となったのでした。【追記】ズッキーさんは、恵比寿ガーデンプレイスの奥にある、某外資系ホテルで、現在はレストランの店長(マネージャー)として、元気に勤務なさっています。
2004年01月04日
コメント(3)
これから時々、心の旅路に役立つ習慣や、考え方を、不定期で(思いついた時に?)ご紹介してゆこうと思います。今日のヒントは、「自分の感じていることや考えていることを、紙に書いてみる」そんな簡単なことかぁ! とお思いかもしれません。でも、「紙に書く」のは、なかなか奥が深いですぞ。人の話を聞いていて、話が堂々めぐりしてるなあ、と感じることはありませんか?でも、自分がそうなっている事も多々あるのです(笑)。気持ちや考えが頭のなかでグルグル回って、自分でも収拾がつかなくなってしまうのです。そんな時、自分の感じていることや考えていることを、紙に書いてみると、気持ちや考えを、自分で整理して確認できます。「なんだ、この程度のことで悩んでたのかぁ」と書くだけでスッキリしてしまう事もあります(笑)。人間は、一度に七つ以上のことは考えられない、という説もあります。自分の感じていることや考えていることを、紙に書いてみる。書いた紙を見ながら、さらに考えて、考えたことを、また紙に書いてみる。書く → 考える → 書く → 考える ・・・頭の中だけで考えるよりも、何十倍も考えが深まります!人間は手を使い、言葉を操って、脳を発達させてきた生き物なのです。僕は偶然にも、16歳のときから「紙に書く」習慣があり、その後の自分をずいぶん助けてくれました。当時は白無地の紙や、レポート用紙に書いていました。今は社会人なので、もっぱら手帳です。手帳に印をつけて、仕事用のスペースと、自分の気持ちや考えを書き留めるスペースに分けています。昨日は渋谷で映画を観たあと、帰りの電車のなかで、感じたことを、せっせと手帳に書いていました。それが楽天日記にも役立ったりするのです(笑)。紙に書く習慣、その積み重ねで、自分自身をプログラミングすることができます。大げさに言うと、人生を変えるほどのパワーがあるのです。書きためたことが、楽天日記のネタにもなります♪手帳とシャープペンを買っても、千円もしないでしょう。あなたにとって、ほとんどリスクはありません。少しずつ、始めてみませんか?
2004年01月03日
コメント(2)
新年2日目、いかがお過ごしでしょうか?今日は渋谷で、マトリックス・レボリューションズを観てきました。マトリックス1作目は3回観て、リローデッドは2回観て、レボリューションズは、これで3回目だ!1回観ただけじゃ、なかなか理解できないんだよね(泣)。ようやくレボリューションズのエンディングの意味が分かってきたような・・・。(ネタバレになるので、観てない人は、この先は読まないほうがいいかもね)ネオがスミスを倒し、機械が人間を支配する世界をひっくり返して、人間が自由になる、というエンディングを期待して、あなたも映画館に行きませんでしたか?僕はそうだったので、1回目ではえらく失望しました。あれでスミスに勝ったことになるの?人間を救ったことになるの?あのエンディングの意味は何だろう? と1週間考え続け、仮説を立てて2回目を観に行ったのですが、いまひとつピンとこない。駄作だぁ! と決め付けてしまおうか、と思っていた頃、僕のメンターの一人が、「マトリックス・レボリューションズはいいねえ」「2003年で最大の学びを得られましたよ」とおっしゃるではありませんか!う~ん、僕の気付いていない何かがあるらしい・・・。ここから先は、あくまでもハッピーマスター的感想です。僕はこう感じました、というだけで、あなたと同じではないかもしれませんし、僕のメンターとも違うかもしれません。(そして何より、これが正しいと押し付けるつもりもありません)あくまで参考意見くらいに、受け取っていただければ幸いです。マトリックスの世界では、人間の多くはプラグにつながれ、幻想の世界にいます。ひょっとすると、僕たちもプラグにつながれ、「固定観念」という幻想の世界にいるのかもしれません。少なくても僕は、ネオがスミスを倒し機械帝国を打倒することが、勝利だと思い込んでいました。そのようなエンディングを期待していました。でも、相手を殺し、倒し、支配することは、本当に勝利でしょうか?それで自由と平和が得られるのでしょうか?この問いに気付いたことで、僕の固定観念がひとつ克服できました。ネオとスミスの対決、そしてエンディングについては、人それぞれ解釈があろうかと思います。ハッピーマスターの解釈は・・・(映画の中ではなく)現実の地球では、様々な矛盾や対立があります。人の心のなかにも、愛と憎しみ、光と影、様々な葛藤があります。ネオとスミスの対決は、光と影の戦い。そして、光が影をねじ伏せるのではなく、むしろ光が影を受け止めて、融合してひとつになったように、僕には見えました。光と影の葛藤、対立、戦い。けれども「始まりがあるものには、すべて終わりがある」光と影がひとつになり、新しい世界が生まれる・・・。スミスの力を受け止め、吸収したネオが、マトリックスの世界をリロード(再ロード)した。心優しいサティは、新しいマトリックスに、美しい夕日を作り出した。僕はこのように解釈しました。映像美に圧倒されて、なかなか哲学的なことに頭が回らなかったのですが、3回観てようやく、自分の価値観に関わる学びを得られました。あなたは、どのように感じましたか?
2004年01月02日
コメント(1)
2004年、明けましておめでとうございます!今日は両親や弟と一緒に、江ノ島に(初日の出ならぬ)初日の入り?を見てきました。真冬にしては、空気はやや暖かめ。陸橋を渡ると潮の香りがしました。夕方でも、江ノ島はスゴイ人出でしたね~。それにしても、楽天日記は、江ノ島以上の賑わいぶりです。まるで映画のマトリックスのように、たくさんの人たちが楽天日記の世界に入りこんでいます。数あるホームページの中から、「ハッピーマスターの世界」に来てくださって、ありがとう。偶然にも同じ星、同じ時代に生まれ、運命の孤独な旅を続けて出会った旅人どうし。インターネットの仮想空間とはいえ、この出会いを大切にしたい、と思う気持ちは、今も変わりません。あなたにとって、2004年が良き年になりますように・・・
2004年01月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1

![]()
![]()