2017年12月07日
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カテゴリ: その他

​​​私がこの世に生を受けた日とともに橋蔵さまを忘れない 12 7 日。そんなこんなで思い出した記事がありました。
橋蔵さまがテレビで銭形平次を撮っていた時の事柄からのお話をちょっといたしましょう。
ある映画雑誌で当時追悼の記事として載っていたもので、私が心にずっと残っている記事が二つあります。当時読んだ方も多くいたかと思いますが、数十年経ち、こんにち落ち着いたところで橋蔵さまをあらためて思い返すのに紹介したいと思います。

先ずは、長谷川一夫さんの銭形平次で数本助監督をやり大映の監督をしていて、 1978 年頃から橋蔵さまの銭形平次の監督をされた Y.K さんの文章からです。
そしてこれが実現していれば、橋蔵さまも、長谷川一夫さんも嬉しかったでしょうと・・今思っても残念でたまらないこともありした。 ( 内容は要約、省略して私なりに編集させていただいていることご了承ください )

( 出逢いと別れ )
​​橋蔵さまの平次の監督をすることになり、橋蔵さんと初対面の時
、「 面白い作品を作ってください。よろしくお願いします と言われ、 K さんなりの平次と取り組んだようです。

橋蔵さんは、先輩である長谷川一夫さんの平次のイメージを相当強く意識しておられました。しかし、 K さんが監督をしだして 最終回までの 6 年間は、円熟しきった橋蔵平次であったと思う 、と言っています。
甘さ​​ に加え爽やかさが橋蔵さんの魅力、そこに五十代という年輪と芝居の風格が橋蔵平次を完成させた のではないでしょうか。
橋蔵さんは、日常生活でも規則正しく几帳面で、スタッフに対しての思いやりも良かったし、細々としたところによく気がつく方でした。時代劇をこよなく愛し、会話も芸事一辺倒でした。

1 982 年頃にこんなことがあったということです。京都東映に長谷川一夫さんが来られた時に K さんはお会いしたそうです。その時、長谷川さんが 「平次をやってんのやて、一度出てみたいなあ」とおっしゃって、やる気十分で長谷川さんはストーリーまで考えていた とのことです。​​

長谷川さんがこう話したということです。

それは「ある事件で十手を返上した目明しが真犯人を追求してゆく姿の中で、平次との友情が生まれ、犯人逮捕の際に富ちゃん ( 橋蔵さんのこと ) が、「兄 ( あに ) さん ! 」といって十手をワテに渡すの」
この話を聞いた橋蔵さんも「あにさん ! 」と言うところが流石長谷川さんらしいですね、とい言っていました。 K さんが老目明し十手返上と言ったところ「老」はいややで、と長谷川さんは言いかえしたようです。
その後やっと脚本が出来たとき、長谷川さんの体調が悪くなり (1983 年初め病に倒られました ) 、新旧平次の共演は実現することが出来なく、当時橋蔵さんもすごく残念がっていました。
( 実現していたら凄いことだったのに、本当に残念至極です・・・長谷川さんが 1984 4 月に逝かれて、橋蔵さまを待っていて・・二人の平次が天国を守っているかも・・それこそ、橋蔵さまが長谷川さんを「あにさん」と呼んで仲良くやっているでしょう )

​大川橋蔵の銭形平次が始まったのが 1966 年、それから 18 年、 888 回を最後に終止符を打ちました。その 長期にわたる持続は、なんといっても、橋蔵さまの役者としての努力と精進、そしてお茶の間で暖かく声援を送ってくださった視聴者があったからだと 思います。​

病床にいても、恒例の舞台のこと、決まっていた次の仕事のことを考え「早く良くなりたい」「仕事がしたい」と言い続け倒れ帰らぬ人となられた橋蔵さまの心の思いを考えると、無念この上もなかったことでしょう。

最終回のサブタイトルは「さらば、我らの平次よ永遠に」でした・・・余りにも題名通りになってしまい悲しいことです。
最終回ラストシーン「銭形平次の名は、みんなの心の中で生き続けるのね。今でもこれからもいつまでも」 ( 平次、お静、八五郎が旅に出るところの場面で美空ひばりさんが言セリフですね ) そして、橋蔵さまのお礼の言葉が流れました。・・番組が終わる寂しさを感じました。
それから少したって橋蔵さまが、まさか・・私達に、橋蔵さまご自身のお別れの言葉となってしまいました。

平次は大川橋蔵さまそのもの・・橋蔵平次の中に橋蔵さまの人柄がぎっしりと詰まっています。毎週水曜日 20 時に橋蔵平次に会うと「ほっこり」して、救われる思いがしたものです。



物書きの S.U さんの文章からです。 ( 内容は要約、省略して私なりに編集させていただいていることご了承ください ​)

( 大川橋蔵の急死に・・ ​)
「銭形平次」一筋に打ち込んできた大川橋蔵の、ホッとした心の隙間に、憎い病魔が忍び込んだとしか思えない、と言っておられます。
橋蔵さまはこんなことを言っていらっしゃったそうです。
「テレビじゃ平次だけしかお目にかけられない。ですからね、年に三回の東京、大阪、名古屋での公演では、目いっぱい、大川橋蔵は、こういうことも出来るんですよってことを、お見せする公演が楽しみでねえ」 と。
S.U さんはこう言っています。
女形や日舞、55歳といやぁ役者はこれからが正念場。もともとが歌舞伎出身、それも名人六世尾上菊五郎の養子にむかえられたほどの丹羽富成さんだ。二枚目の典型的なスターには違いないが・・・二枚目を全生涯を傾けて守った、という人もいるが、その見方は甘い。
例えば、平次にしたって、のほほんと気楽に演じてきたわけではない。
橋蔵さまは心中をこう語っていました。

「何回も、この辺で辞めようと思ったことがありますが、ファンに励まされここまで来られたんです。せっかく、長谷川一夫先生から譲っていただいた役ですから、大切に自分なりの工夫をこらし、いろいろと橋蔵風に仕立てたつもりです」

​東映が時代劇打ち切りの線を出す頃には、「バラケツ勝負」「幕末残酷物語」にも挑戦しています。東映側からは、「若さま侍捕物帖」や「新吾十番勝負」のような作品ものの要求が多かった。

​​​銭形平次は、男っぷりがよく、気っぷがよく、頭の回転がよく、人情に厚いとくれば、江戸っ子の人気者になるのは当たり前。
東京で生まれ育った橋蔵にはピッタリで、小気味よい橋蔵平次が誕生した。特にラストの犯人を追い詰めての啖呵の切れ味は、胸がスカッとする歯切れのよさだった
(画像はテレビ放送一年目1966年の橋蔵平次親分です)

最後にこう言っています。
「沓掛時次郎」など作品が追悼放送になったが、その中で、「人間の命は一つ、大事にしなくちゃいけねえ」というセリフが何回も出てきて、ドキッとさせられた。大川橋蔵がもうこの世にいないなんて信じられない。 多くの人の胸に永遠に残るスターである

テレビ長編ドラマ「沓掛時次郎」のラスト、雪の中消えてゆく橋蔵さまのあの姿がずっーと私の心に焼きついています。

私も、このブログ 美しき大川橋蔵 私の想い出と掲示板「大好き大川橋蔵ファン広場」で永遠に残る時代劇スター大川橋蔵の作品を書き続けられるうちは紹介していくようにいたします。

次回掲載は、若さま侍捕物帖シリーズ「鮮血の人魚」、橋蔵さま主演では初のカラー作品となります






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最終更新日  2017年12月07日 11時49分22秒
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〈神戸東映の開館祝いに出席して〉


橋蔵さんてなかなかお茶目さんで、撮影所ではいつも私などやりこめられています。明るくてお仕事に熱心で、ちょっとこわい時もありますが、いつもイキイキとしていらっしゃるので大変にチャーミングな方です。                      丘さちみ



(21) 着付け
端麗な二枚目にふさわしく、衣裳部での着付けもキチンとした見事さ。
橋蔵さんは根っからの役者といった雰囲気が魅力です。


(^^♪)**随時更新していきます**(*^-^*)
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◇◇ ◆ ◇◇ ◆ ◇◇
(L)-111)1965年 天保遊侠伝 代官所破り
(R)-111)1966年 旗本やくざ

(L)-109)1965年 主水之介三番勝負
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(L)-108)1965年 大勝負

100)1964年 風の武士
106)1964年 黒の盗賊

(L)-92)1963年 勢揃い東海道
(R)-99)1964年 人斬り笠

(L)-85)1962年 橋蔵のやくざ判官
(R)-91)1962年 若さま侍捕物帖・お化粧蜘蛛

(L)-84)1962年 恋や恋なすな恋
(R)-88)1962年 お坊主天狗

(L)-71)1961年 右門捕物帖・南蛮鮫
(R)-77)1961年 橋蔵の若様やくざ

(L)-69)1960年 若さま侍捕物帖

(L)-63)1960年 草間の半次郎・霧の中の渡り鳥

(L)-61)1960年 新吾十番勝負・第三部
(R)-62)1960年 新吾十番勝負・完結篇

(L)-59)1960年 丹下左膳・妖刀濡れ燕
(R)-60)1960年 大江戸の侠児

(L)-57)1959年 雪之丞変化
(R)-58)1960年 任侠中仙道

(L)-55)1959年 天下の伊賀越 暁の血戦
(R)-56)1959年 血槍無双


(L)-53)1959年 新吾十番勝負・第一部第二部・総集篇
(R)-54)1959年 恋山彦

(L)-51)1959年 水戸黄門・天下の副将軍
(R)-52)1959年 血斗水滸伝 怒涛の対決

(L)-49)1959年 風流使者 天下無双の剣
(R)-50)1959年 紅顔の密使

(R)-48)1959年 おしどり道中

(L)-45)1959年 丹下左膳 怒涛篇
(R)-46)1959年 忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻

(L)-43)1958年 若さま侍捕物帖 紅鶴屋敷
(R)-44)1958年 喧嘩笠

(L)-41)1958年 濡れ燕 くれない権八
(R)-42)1958年 修羅八荒

(L)-39)1958年 旗本退屈男
(R)-40)1958年 不知火小僧評判記 鳴門飛脚

(L)-37)1958年 花笠若衆
(R)-38)1958年 若君千両傘

(L)-35)-1958年 旅笠道中
(R)-36)1958年 大江戸七人衆

(L)-33)1958年 緋ざくら大名
(R)-34)1958年 丹下左膳

(L)-31)1957年 花吹雪鉄火纒
(R)-32)1958年 任侠東海道

(L)-29)1957年 若さま侍捕物帖・鮮血の人魚
(R)-30)1957年 はやぶさ奉行

(L)-27)1957年 水戸黄門
(R)-28)1957年 ふり袖太鼓

(L)-25)1957年 ふたり大名
(R)-26)1957年 緋ぼたん肌

(L)-23)1957年 若さま侍捕物帖 深夜の死美人
(R)-24)1957年 喧嘩道中

(L)-21)1957年 修羅時鳥 
(R)-22)1957年 若さま侍捕物帖・鮮血の晴着

(L)-19)1957年 新諸国物語七つの誓い 凱旋歌の巻
(R)-20)1957年 大江戸喧嘩纒

(L)-17)1957年 新諸国物語七つの誓い 奴隷船の巻
(R)-18)1957年 任侠清水港

(L)-15)1956年 朱鞘罷り通る
(R)-16)1956年 新諸国物語七つの誓い 黒水仙の巻

(L)-13)1956年 曽我兄弟
(R)-14)1956年 ふり袖捕物帖・若衆変化

(L)-11)-1956年 海の百万石
(R)-12) 1956年 ふり袖太平記

(L)-9)1956年 若さま侍捕物帖・魔の死美人屋敷
(R)-10)1956年 復讐侠艶録

(L)-5)1956年 おしどり囃子
(R)-6)7)8)1956年 江戸三国志

3)4)1956年 若さま侍捕物手帖・地獄の皿屋敷、べらんめえ活人剣

(L)-1)1955年 笛吹若武者 
(R)-2)1955年 旗本退屈男 謎の決闘状

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