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本年度03回目の計測 02月01日での野菜の育ち具合の目処として高さの最大を計測してみた 平均値ではない m-7の畑の在庫 1901九条ネギ 02苺 03ニラ 04下仁田ネギ 05茗荷 06カブラ 07菊菜 08大根 09ンニク 10芽ニンニク 11わけぎ 12ラッキョ 13玉葱 14シャ 15松菜 16青梗菜 17白菜 18スナップエンドウ 19サラダ菜月 10---10---10---11---11---11---12---12---01---01---02日 01---13---21---01---11---21---01---13---01---13---0101 70---65---64---70---70---70---70---70---70---70---6602 14---20---20---24---24---24---24---24---24---24---1503 40---22---40---40---30---36---30---24---15---17---1004 40---57---60---64---70---70---70---66---70---70---5005 80---80---80---80---80---64---00---00---00---00---0006 20---23---23---39---28---28---26---34---30---24---2407 30---30---27---42---20---20---20---22---26---20---1008 40---40---40---40---33---47---50---50---40---40---4009 30---33---40---40---44---44---40---40---35---40---4010 33---33---40---40---44---44---40---40---35---40---4011 33---48---50---50---50---46---40---50---55---50---5012 30---47---50---50---50---50---50---50---50---40---4013 20---40---50---44---44---50---50---40---46---46---4814 03---05---10---15---20---20---20---20---20---20---1615 13---30---30---40---24---27---27---20---27---25---3016 13---22---40---40---20---22---27---16---35---23---2017 -----10---15---20---32---32---32---32---30---32---3018---------------------00---07---07---10---10---20---2519-----------------------------------------20---20---20これが02月01日のm-7の畝の在庫 19 畑が狭くなったので畑の周りの溝の上にブランター45個を設置している はた坊
2009.01.31
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本年度03回目の計測 02月01日での野菜の育ち具合の目処として高さの最大を計測してみた 平均値ではない g-10の畑の在庫 00これは 2月01日よりの使用予定の畑まだ 何もない2月22日に半分の所にジャガイモを植えつける予定残りの半分には3月に 色々と植える予定まずは 2月01日より畑の畝に石灰をいれて 肥料をいれて 柵で畝のまわりの囲みを作る真ん中の畝の間の通路は雑草の堆肥の置き場として 本日より雑草を4bagづつ投入していく まずは20日間続けて投入して雑草80bagを通路に敷き詰めるとするはた坊
2009.01.31
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冬の野菜も 在庫はかなり減ってきている1月も本日まで 明日から 2月になるそろそろ冬の野菜も残りは半分以下になり 少なくなってきたただし 2月の後半くらいかな 花芽か付いたりしてくるので どんどん収穫をしていく2月で 全部の残っている野菜を収穫するつもりで 出来るだけ 毎日 収穫するようにしている大根は毎日の収穫毎週 一度の収穫で ネギ ブロッコリ 菊菜 ワケギ 高菜 小松菜 青梗菜 チシャなど隔週では コカブ ミズナ サニーレタスなど 2月で 在庫の一掃セールして どんどん収穫だ3月になったら 次の野菜の種蒔き ニンジン ほうれん草 唐辛子 キュウリ トマト ナスビ ヤマノイモ プチトマトなどどんどん 植え付けをするぞーーーーーもう 3月の植え付け どんどん 種を買おうと 100円ショップにいったがまだ 種が売られてなかった ????ダイソーさん 早く種の売り出しをしてえーーーはた坊
2009.01.31
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あさつきの一昨年の動き05月-8月枯れている 9月-11月葉茂る 12月-1月枯れてる 2月-04月葉茂る1昨年のあさつきの動き8月17日に球根の植え付けをして 合計で70個のあさつきを植えている9月04日に発芽 18日目で発芽11月05日に第一回の収獲12月13日に第二回の収獲12月23日 もう葉は枯れた02月06日 あさつき また発芽する しかし弱弱しい あまり株が分ケツしていない ??03月09日 暖かくなったのか 発芽してきたのが増えてきて賑やかになってきた03月31日 かなり大きく育ってきた 3月16日と21日と28日に3-4-5回目の収獲04月15日 あさつきはこれまで 10回の収獲をした かなり沢山の収獲となった05月08日 花の蕾がそろそろ開花の寸前までになっている 花も観賞してみるかな05月09日 あさつきの根っ子をほりあげる昨年も植え付けした 球根は60個8月31日 畑の畝に60個の植え付けしておく9月18日 発芽する これは18日目だ 上の記録みると 昨年と同じ ???9月22日 全部植えつけしたのが発芽して 賑やかになってきた10月13日 1回目の収穫をした11月19日 2回目の収穫をした11月23日 三回目の収穫をした12月02日 四回目の収穫をした 12月15日 そろそろ枯れてしまう予定だ01月30日 1月はずーと枯れたまま 枯葉のようになっている記録によると 次に芽がでるのは昨年は2月6日だったそろそろ あさつきの芽も出て来る頃になってきた 意外と寒い時から芽も出てきている春の収穫も3月16日くらいに出来る予定納屋に忘れ物のあさつきが発芽していた ??小さくて 転がっていたのが発芽してきたので気がついた ?何時に発芽したのか判らないが ? 土もなく水もないのに ちゃんと発芽している種は水と光と温度がないと発芽しないけど 根っ子は見切り発車あさつきは 力強いのか?? 馬鹿なのかな ???はた坊
2009.01.31
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畑の生き物 その 49 へびヘビ(蛇)は、爬虫綱有鱗目ヘビ亜目(Serpentes)に分類される爬虫類の総称。綱 : 爬虫綱 Reptilia 目 : 有鱗目 Squamata 亜目 : ヘビ亜目 Serpentes 上科 ナミヘビ上科 Colubroidea ムカシヘビ上科 Henophidia メクラヘビ上科 Typhlopoidea ないもの 耳孔や鼓膜は退化している四肢が退化している内臓も細長くなっており、2つの肺のうち左肺は退化しているあるもの赤外線を感じ取る赤外線感知器官を唇にある鱗(上唇板、下唇鱗)や目と鼻孔の間に持つ地面の振動を下顎で感知する。毒蛇は上顎にある2本の毒牙の根もとに毒腺があり、毒液を分泌する生態森林、草原、砂漠、川、海等の様々な環境に生息する。環境に応じて地表棲種、樹上棲種、地中棲種、水棲種等、多様性に富む。変温動物なので、極端な暑さ寒さの環境下では休眠を行なう。食性は全てが動物食で、主食はシロアリ、ミミズ、カタツムリ、カエル、ネズミ、魚類、鳥類など種類によって異なる。大型の種類ではシカやワニ、ヒト等を捕食することがあるが、変温動物で体温を保つ必要がないため、食事の間隔は数日から数週間ほどである。獲物を捕食するときは、咬みついてそのまま強引にくわえ込む、長い体でぐるぐると巻きついて締め上げて窒息させる、毒蛇の場合は毒牙から毒を注入して動けなくする等の方法がある。繁殖形態は卵生、卵胎生、胎生の種がいる。ヘビは 手足もないけど蛇行運動でも早い。記録にのこるヘビの最高速度は時速約13km水の上もスイスイと泳ぐし木登りもする 畑でへびを見つけたら 皆さん ギャーと大声で 逃げ回るがすぐに回りの人がヘビをコンテパンにやっつけるので 最近はあまり見なくなったはた坊
2009.01.31
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お米について ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???水稲 米 御飯 (1) 文字から見た「米」と「稲」稲の文字は粘りけのある米、すなわち餅米を指していた米はと言うと、飯米にする「うるち、粘りのない米」を意味していた なお早稲の稲をも意味種は、晩稲の意味したり、播種を表します。また、「稚」の文字も晩稲を現わしていました。(2) 日本の古代史における「イナ」と「ヨネ」・「ネ」 日本では、律令制度の税制の基本をなした班田収授法の「祖」は、口分田一反当り稲2束2把(約11キロ)と決められていました。ここでは稲が税率の単位であったのです。この稲は作物としてのイネでした。万葉集には早田、早稲の歌があり、ここでも稲は作物のイネを意味していました。古事記(712年)、日本書紀(720年)の記録では、イネは「志泥」の文字で登場しますが、これも作物を指しています。また、「イネ」を万葉かなでは「伊奈」と表記しました。万葉集の東歌にある、「稲(伊奈)つけば かがる我が手を 今宵かも 殿の稚子(わくご)が 取り手て嘆かむ」の相聞歌のイネは、植物としての「イネ」と言うよりも、食物としての「米」を意味している様です。この頃の「イネ」は、植物としての「イネ」も、食物としての「コメ」をも意味していたようです。 それが、鎌倉・室町時代になると、植物としての「稲」と食物としての「米」が、区別され、文字が固定し始めました。 3.稲の伝来・科学史 <神代の時代から近代まで、稲の科学史>(1) イネの古里と日本への道栽培されている稲(栽培種)は、アジア起源のO.sativaとアフリカ起源のO.glaberrimaの2つの種があります。O.glaberrimaは西アフリカだけに分布がかぎられていますが、O.sativaは世界各地で栽培されています。その祖先は、熱帯・亜熱帯の低湿地に分布する多年生の野生稲と推定されています。野生稲から栽培稲が分化したのは5000年より以前の事と考えられています。 日本では、稲作の跡は、かの有名な登呂遺跡の例で知られているように、各地でみられます。水稲も他の多くの作物と同様、遠く海を渡ってやってきたものです。日本への「稲の道」はアジアの栽培稲が揚子江を下って江南地方に一大稲作地帯を形成し、そこからいくつかの道筋を経て運ばれたものと思われます。揚子江以南の地帯には、かっては呉・越・(びん)等の名で呼ばれた非漢民族が先住していた。彼らは「イネ」をNeiもしくはNiと呼んでいました。これが「ネ」、すなわち、「イネ」の語源です。 彼らは、稲作を行なうかたわら航海技術に長じ沿岸交易に従事していました。しかし、北から秦の、続いて漢の国家統一が進み、漢民族が大挙して江南の地に進出する事態となり、この地の非漢民族はやむおえず海上に脱出して難を避けたと思われます。江南から北九州、南朝鮮、琉球へと稲作文化が移動していったのは、このような民族移動の一つと見られます。 (2) 日本における稲作の広がり最近、陸稲の籾、さらに籾の圧痕を持った後・晩期縄文土器の発見例が多い事から、弥生期における低地の水稲耕作に先だって陸稲耕作が行われていた可能性がきわめて濃厚と考えられています。焼畑農耕とともに伝来したものと思われます。 水稲耕作は、農業のなかで、最も高度の栽培技術を要求されるばかりでなく、自然条件をうまく利用しなければなりません。耕作、播種、潅漑、施肥、除草、収穫などの一連の技術が必要です。農耕経験のない狩猟民族がすぐできるものではないのです。 縄文末期(二千数百年前)に九州地域に始まったわが国の稲作は、1世紀頃には近畿地方に、3世紀頃には関東地方に伝わり、12世紀には本州北端にまで普及しました。そして19世紀には北海道の寒地まで稲作を可能としました。 初期の稲作では、古事記(日本神代の巻)の記述や重播(シネマキ)の伝説によても想像されるように直播が行われていました。収穫は石包丁等で穂を摘み取り、手で束ねる方法(穂刈)でした。奈良時代には移植が一般化し、収穫もしだいに根刈りが普及しました。 平安時代には田植え・根刈を基調とする作業形態が一般化し、牛耕、除草も行われるようになりました。このころの水田面積はおよそ105万ha、反当り収量は6斗7升3合余と推定されています。 江戸時代には種籾の選択・選別が一般の技術となり、備中鍬が普及し、中耕用の鍬が利用されました。虫害対策には鯨油を利用し、明渠、暗渠による排水が考えられ、品種数も増加しました。 明治以降品種の改良は科学的に行われ、優良品種の選択育成、施肥法の改善などにより、栽培面積及び反当収量はおおいに増加しましたが、播種から刈り取りまでの作業は、脱穀・調整の一部を除いて、依然として原始的方法の域を出ずにいました。戦後になって、初めて機械化を主とする新技術の導入がなされました。 4.現在の稲作(1) 品種の分化と世界の生産状況栽培稲には日本型(Japonica)とインド型(Indica)の2亜種があります。日本型は温帯地方に分布し、コメは短粒で粘りが強く、耐冷性に勝のます。インド型は熱帯地方に広く分布し、コメは長粒で粘性弱く、耐冷性が劣ります。なお、中間型としてジャワ型を含め、3つに分類する場合もあります。 インド型はその適応地帯が広く、世界中で栽培されていますが、日本型は極東アジア中心に栽培されています。現在、米は世界106か国で、5億2千万トン(籾)あまり生産されています。その90%以上がアジアで生産されています。最大生産国は中国で1億8千8百万トン(,90年)、日本は1,312万トンの生産です。タイは1,900万トンで、日本に米を売りたがっているアメリカは703万トンの生産高です。 (2) 北海道における水稲栽培稲は、古く江戸時代以前から、和人の渡道にともない栽培された可能性がありますが、記録としては、慶応2年(1866年)、道南の一部で作付られていた東北産「しらひげ」という品種が冷害のため全滅した折、そのなかに突然変異の赤いのげをもつ稲のみが結実していた、と言うのがあります。明治に入ってからは、中山久蔵が渡島の大野村(現道南農試所在地)から入手した種籾で、島松沢の水田で試作に成功し、180キログラムの米を収穫しました(明治6年~1873年)。この種が最初の優良品種(明治38年決定)「赤毛」となりました。この赤毛から「坊主」をはじめ多くの品種が選別されました。 当時、開拓使は欧米型の畑作農業を考え、水稲栽培を禁止していました。しかし、人々の米に対する愛着、熱望は強く、北海道でも安定して作れる品種を創ろうと多くの人が努力をしました。特に、初期は、農民が水田の中から、特徴ある突然変異株を発見し、その優秀性を確かめて増殖し、広がっていったのです。この様な民間育種の時代が長く続いた後に、国・道による育種の時代が始まりました。 農業試験場の技術者によって、純系分離法、交雑育種法により、多くの品種が現在までに育成され(100種以上)ました。ところで、昭和50年までは、寒地・北海道でも良く稔る品種、すなわち、耐冷性、耐病性(稲熱病)の優れた多収品種を目標にガンバッて来たのですが、時代は大きく変わり、お米が腹を満たすだけでは満足して貰えない時代になりました。「美味しくないと米ではない」とまで、言われだしたのです。まさに、生産目標が量から質へ大転換したのです。 その頃、北海道の米は、残念ながら、「猫跨ぎ米(猫に削り鰹節をかけて与えても、匂いを嗅いただけで、食べずに跨いて言ってしまう米)」とか「鳥跨ぎ米(鳥も食べずに跨いて行ってしまう米)」とか言われ、不味い米の代名詞となっていました。米余り基調のなかで、北海道米はまさに「ヤッカイドウマイ」とまで言われていたのです。 (3) 食味向上の取り組み<氏わり育ち、作り方や育つ環境が悪いとまずくなる>品種の改良とともに土壌改良、栽培改善も北海道の稲作を支えました。泥炭地への客土事業、水田の大型化にともなう用排水の整備などは、現在も土地改良事業として続いています。この様な基盤整備が果たした役割も無視できないものがあります。また、泥炭地のお米はタンパク質含量が高く、とかく不味い米になりがちですが、客土をする事によって食味改善にも役立ったのです。最近では、土壌診断によって、あとどれぐらい山土を再客土すれば、食味を一ランク上げ得るかを明かにし、補正客土として、事業化を図ろうとしています。かつての「猫跨ぎ米」も今では驚くほど美味しくなりまし。栽培技術も本州の水苗代から、折衷畑苗代、畑苗代、更に機械化対応のマット苗、ポット苗へと進歩してきました。寒い4月、5月はビニールハウスで育苗し、田植機で移植する技術が確立しています。施肥技術も土壌診断技術を応用し、味を落とさず、安定的に収量を確保する施肥量を水田一枚毎に判定できるようになりつつあります。特に、最近の良食味品種は多肥にしても収量は上がらず、食味が落ちるので注意しています。それでも、収量は10a当たり400~500kg、時には、600kg以上となり日本でも収量は高いレベルにあり、減反がなければ新潟県を上回る日本一の生産地になり得る能力があります。2.米の味(食味)の検定法お米の味は、いわゆる五味(甘い、塩っぱい、辛い、酸っぱい 苦い)で示せる物ではなく、五感(視・聴・臭・味・触)、すなわち、見た目の白さ・艶、御飯のかおり、噛んだときの歯ざわり、舌ざわり(物性)、適度の粘り、良く噛んでいると感じられるほのかな甘味等で構成されています。特に、歯ざわり、舌ざわりなどが重要です。(1) 官能検査法お米の食味の検定法の基本は食べてみることです。これを官能検査と言います。米の食味評価法として、誤差が少なく、再現性がある官能検査法は食味試験の標準的な方法となっている。穀物検定協会では、滋賀県湖南町産の「日本晴」を基準品種として、全国の品種の食味検定を行っています。この食味検定をする人をパネラーと呼びます。 ところで、味に対する感覚は幼児期に決まると言われています。すると、パネラーの出身地、生活環境で味に対する感覚は異なります。官能検査においては年齢、性別、出身地、食味にたいする感覚の鋭さなど、正しい評価が得られるようにパネラーを選ばねばなりません。 例えば、一般的には不味い米の代表とされる改良されていない泥炭地の米を、「昔の味だ」として美味しい、と答えた道庁の幹部もいます。これは小さい頃から食べなれた味が美味しく感じられるものですから、「おふくろの味」が決め手となった例と言えます。官能検査にはこんな難しさを秘めています。 などなど 色々はた坊
2009.01.31
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貸し農園の3つめの分2月1日より使用がokの分で借りているいやあ この畑は昨日にトラクターで土の耕作をしてくれた今の借りているのは 借りた時はひどい状態の畑で池みたいな畑や 荒れ畑だったけど今回のはちゃんと使える状態にしてくれているトラクターで土の下からごっそりとかく乱してくれて土もたっぷりこれは 良い感じの畑のようだありがたい ありがたい 即使用okの畑にしてくれている2月には 12mにジャガイモ3月から 2mにニンジン ほうれん草4月から 10mにカボチャ サトイモ ピーマン ししとう ごぼう ズッキーニ などなどほかにも 珍しいのがあれば どんどん追加していこう ゴーゴーはた坊
2009.01.30
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1昨年のわけぎの動き hcで種の根っ子20個を買物して植えた8月27日に球根を植え付け9月04日に発芽10月18日に第一回の収獲11月20日に第二回目の収獲01月05日に第三回目の収獲をする04月02日に第四回目の収穫をした04月15日 本日に5回目のワケギの収獲をした 残りは来月に枯れるので掘り起こす予定05月09日 畑より撤収 乾燥して保存して9月に再度の植え付けとするワケギは枯れることなく ずっーと青々ワケギは10月から4月まで5回の収獲をして 1粒が20粒くらいの株に増えた昨年は 昨年の20粒から どーんと増やして3倍の60粒を植えた8月24日 植え付けの根っ子を日光にあてて水をかけておく8月29日 発芽をしてきている 結構と反応が早い 発芽も早いなあ8月31日 植え付けの予定を1日早くして 畑に植え付けた9月08日 発芽の芽がどんどん大きくなってきている 実に早い これはエライ10月6日 かなり大きくなった そろそろ収穫かな ?? 数は60個植えている10月09日 第一回目の収穫をする10月25日 第二回目の収穫をする10月31日 第三回目の収穫をする11月17日 第四回目の収穫をする12月07日 第五回目の収穫をする12月13日 第六回目の収穫をする 根っ子でかくなって 美味い12月27日 第七回目の収穫をする01月07日 第八回目の収穫をする 美味い 美味い01月24日 第九回目の収穫をする 株の分ケツは22-32-35本となっている かなり増えてる昨年度は20粒を植えていたが今年は60粒を植えているので 収穫も3倍となるよって 今年のワケギは昨年の5回の3倍の15回の収穫をする予定植え付けした60粒のうち 半分の30粒を9回で収穫した残りは30粒で 予想できる収穫はあと8回 最後の3粒は次回の夏の植え付け用とする今年の夏も3粒から取れる80-90粒植えつけ出来そうだ ??はた坊
2009.01.30
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畑の生き物 その 48 やすで ヤスデヤスデ(馬陸)多足亜門ヤスデ網に属する節足動物の総称。細く、短い多数の歩脚がある。ムカデと似るが、生殖口の位置や発生の様式、体節あたりの歩脚の数など様々な点で異なる。ムカデが肉食であるのに対し、ヤスデは腐食食性で毒のある顎を持たない亜門 : 多足亜門 Myriapoda 上綱 : ヤスデ上綱 Progoneata 綱 : ヤスデ綱(倍脚綱)Diplopoda 学名 Diplopoda De Blainville in Gervais, 1844 英名 Millipede 形態体は数十個の節に分かれている。足は前の3節には1節に1対ずつ、それより後ろの節は1節に2対ずつある。そのため、倍脚類とも言われる。また、頭には1対の小さい触角があり、目は種類により(分類とはあまり関連無く)有無や数がまちまちである。生態土壌の有機物や枯葉とそこにつく真菌類を主に食べている。体表の毒腺から液体や気体の刺激物を分泌する種が多い。刺激を受けると体を丸めるものが多い。通常は渦巻状にまとまって円盤となるほとんどの種は広意の土壌に生息して分解者の役割を担っており、土壌形成上一定の役割を果たしているものと考えられており、食性と生態から自然界の分解者という要素が強い。との事畑の土の中では ミミズ ヤスデ ゴミムシ ワラジムシ ダンゴムシなど 腐葉土や腐食有機物を処理して 土を耕作して分解して団粒化している 実に働き者である エライはた坊
2009.01.30
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ニラについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???ニラ 韮 にら chinese chives 1.ニラの古里とその名の由来1)ニラの古里は中国西部? ニラは耐暑、耐寒性が強く、西アジアからインド、東南アジア、東アジア、シベリヤにかけて広く分布し、各地でよく繁茂・生育しており、日本にも古来より自生していたと言う説もあります。一方、ニラは西洋では見られず、その栽培は東洋に限られています。 ニラ(韮)は中国西部を原産地とし、中国では有史以前から栽培され、食されていたと思われます。中国の古書「本草綱目」に、その効能、薬効、培養法について詳細に記載されており、古くから珍重されていた様です。なお、花茎の利用や、軟白も既に行われていました。また、一説によりますと、ニラの原産地はもう少し広く、東南アジア、中国、日本等に広がるとの考えもあります。2)万葉集に登場するニラ ニラは、ユリ科ネギ属の多年生草本で、ニンニク、ネギ、ラッキョウなどと同じ仲間です。日本にも野生のニラが見られますが、本来、自生していたのか、古代に伝来してきたニラが野生化したものか、ハッキリはしていません。しかし、「韮崎」「韮山」など、各地に地名として残っていることから、古くから人々に親しまれてきたのでしょう。 わが国に渡来した歴史は古く、「岡のくくみら われ摘めど 篭にも満たぬ 夫には摘まさぬ…」と、万葉集にも詠われています。恐らく、わが国には弥生時代にでも渡来したのでしょう。 9世紀に入りますと、既に栽培されていたようですが、最初は薬用とし、粥に混ぜて利用したと言われています。江戸時代の宮崎安貞は農業全書の中で、ニラは昔から有名な作物で、人々から賞味されていると書いています。これは陽起草とも言って、人の栄養を助け、身体を温める、性質の良い野菜であるとも述べています。 この時代になると、ニラは重要な野菜の一つとなり、栽培法や利用法、効用に関する記載も多く見られるようになってきます。但し、大量に用いるものではなかったので庭先や、畑の隅に、例えば、畑の縁の土留めを兼ねて植えられる様に、少量ずつ栽培・利用されていました。3)ニラの呼び方、色々・・・ ニラの呼び方は多く、ケミラ(計美良)、カミラ(加美良)、コミラ(古美良)、ミラ(美良)等々あります。なお、英名ではチャイニーズ・リーキとも言います。その名の通り、中華料理に緑の顔がよく出て来ます。 古来、日本ではラッキョウの「オオミラ」に対してニラを「コミラ」と呼び、この「ミラ」がなまって「ニラ」となったと言われています。昔から重要野菜として栽培され、加美良(かみら:古事記)、久々美良(くくみら:万葉集)などと呼ばれていました。一方、本草和名(深江 918)には「古美良:コミラ」と記載されています。また、ニラをフタモジとも呼びますが、これはネギ(古くはキと言いました)をヒトモジと呼んだことに対応したものです。同様な呼称としましては、ラッキョウをオオミラと言うのに対して、ニラをコミラと呼んだようです。ニラはコミラの俗称だったとも言われています。 2.ニラの生態・特性ニラにも色々・・・韮青 韮黄 韮白 韮子て何に? ニラは宿根草で、葉は霜に逢うと枯れますが、早春再生します。地下部に小さな痩せた鱗茎を持ち、その先は根茎となり、地中を走っています。幅5センチ程の偏平な葉が向かい合って、二列に出ます。葉は柔らかく、その基部は一番外側の葉が作る膜状の鞘で包まれています。 花茎は初秋に株の中心から出て、30~40センチ程度まで伸びて、先端に多数の小花を着けます。花は白色で星型に開き、熟すと中に小さな黒色の種子を形作ります。この種子を「韮子」と言います。花が蕾の段階の花茎を収穫し、「韮青(花ニラ)」として出荷します。また、晩夏から初秋に、葉を土管で覆ったり、半球状の骨組みに不透明な資材で覆ったトンネルを作り、光を遮り、黄化した葉を「韮黄」、軟白した物を「韮白」として、出荷します。葉や花茎は鳥肉や獣肉の濃厚な料理に、韮黄は生料理に、韮青は塩漬けにされて、利用されます。また、韮の種子は、漢方で「韮子」と呼び、泌尿系疾患に用います。ネギ属は、一般に低温・短日で花芽分化し、気温の上昇とともに、抽苔(とう立ち、ネギ坊主が出ます)しますが、ニラは逆に高温・長日で花芽分化し、抽苔します。しかし、中国野菜の一つとして再導入・再評価されています花ニラ(韮青)は年中抽苔し、その花茎(とう)を利用します。なお、花ニラの葉は細く、固く、食用には適しません。どうやら花ニラは葉を利用する普通のニラとはかなり異なるものと思われます。 実際、ニラには葉の大きさ、休眠の深さ、耐寒性等の異なる、幾つかのグループに分けられます。栽培上求められている条件は、休眠が浅く、葉長、葉幅ともに大きく、葉肉厚く、葉色が濃緑のものです。各地で育種がすすめられていますが、現在は「グリーン・ベルト」という品種が実用栽培の過半を占めています。ただ耐寒性・耐乾性がやや劣るのが難点とされています。 3.生産の推移1)冬ニラと夏ニラ・・・今に、ベルト並のニラがニラは、まず苗床に種を蒔きます。種を蒔くのは、秋まきが9~10月、春まきが3~4月です。良く育った苗を、秋まきなら翌春の5月中旬、春まきなら6月中旬に定植します。ニラは一度定植した株を2年間使用するため、ほ場の選定と土づくりには特に力が入れられます。一応、冬ニラ専用株と夏ニラ専用株を区別して、品質の向上につとめています。 ニラの収穫・出荷は、11月上旬から3月下旬までが冬ニラ、4月上旬から10月下旬までが夏ニラと、分けられています。品種は、ほぼ全国何処に行っても、グリーン・ベルトです。しかし、グリーン・ベルト(全国主産地の指定品種)よりも、さらに葉幅が10pct程度広い「スパーグリーンベルト」と言う、超幅広の品種が登場しました。葉肉も厚く、いっそう緑が濃いスーパーグリーンベルトは「味も香りもよく、市場性が高い上に、収穫を重ねても葉幅減少率が低く、最高級品(A品)を生む率が高いとのことです。2)静かな人気、だけど、週末野菜ニラは古くから利用され、なじみの深い野菜ですが、消費量そのものはあまり多くありませんでした。しかし、食生活の変化とともに消費が暫増し、1960年代後半(昭和35年頃以降)から急増しています。農林水産省の野菜生産状況調査には、1972年(昭和47年)に新顔として登場しましたが、その時の作付面積は1890ha・生産量27,900tでした。その後急増し、1980年代前半には25,000ha・65,000tに達しました。最近の生産状況はやや低下し、1988年(昭和63年)は作付面積は2,311haで、生産量は61,977tでした。ここ数年は作付面積2,300ha、生産量6万t強で推移しています。 4.ニラ料理 香りの成分で肉や魚を美味しくし、また、各種ビタミンも豊富で、緑黄色野菜の「優等生」と言われるニラは、洋風、和風、中華風と、どんな料理でもピッタシ合います。言うならば、名脇役です。 日本では、ニラは葉を煮たり、粥に入れたり、汁の実、あえ物として利用します。ニラの香りを楽しみながら、身体を温める料理です。一方、ニラの卵とじ、ニラレバ等は、ニラの臭い成分が蛋白と結び付く性質を利用し、臭いを抑えた食べ方と言えます。逆に、ニラの臭い成分が肉や魚の生臭さと結び付き、その臭いを消してくれるのを利用し、美味しい「ニラレバ」「餃子」を作っています。ニンニク等の臭い消しに牛乳を飲むのも同じ原理です。 ニラの独特の臭いは、硫化アリルと言うニンニクと同じ揮発成分で、腸内を浄化し、殺菌もやっつけてくれます。後に述べますが、色々な機能を持つている成分でもあります。 ニラには広葉と細葉で小さいニラとがあります。夏場は細葉ニラの方が傷みが少ないです。ニラの旬は、府県では秋から春にかけて、特に2月~3月が美味しい季節です。もっとも、北海道では春の一番どりが旬、葉先まで元気よく尖り、艶の良いものが良いニラです。なお、ニラはイチゴと共に、傷み易い野菜の代表選手です。買い置きは避け、三日以内に使いきりましょう。また、調理は手早く、色のあせない程度の加熱に抑える、すばやさが必要です。 最近、油菜苔とか黄・苔・花とか言いまして、日本の中華料理にも従来とチョツト異なったニラが入ってきました。「油菜苔」は菜心、油菜心とも言いますが、ニラの蕾(花)、茎、葉を「とう」がたってから利用します。炒めたり、お浸しにして食べます。「黄」とは難白栽培したニラ(韮黄)ですが、通称は「にらもやし」です。調理法はニラと同じです。ニラより臭いが弱く、かつ、柔らかいので、ズット食べ易いです。次の「苔」はニンニクの茎の部分、花とはつぼみをつけたニラの花茎(韮青)です。いずれも炒め物にして食べます。最近、結婚式の中華料理でお目に掛かるようになりましたね。 5.ニラの栄養価・機能性ガン予防に、夜の生活の強化に・・・ニラは胃腸によい食品です。ニラはベーター・カロチンやビタミンA、C、Eに富み、またニラの成分のアリシンがビタミンB1と結合して,その吸収をよくします。 ニラは「起陽草」とも「ピンタチ草」とも呼ばれ、その名の様に、男の性的能力を高めます。実は、ニラは生殖腺の機能を高め、精力増進に優れた薬効を示すと、言われています。また、ニラは身体を温めるので、冷え症の女性、神経痛や痔疾で悩んでいる方は、ドンドン食べて下さい。江戸時代の農業書にも、栄養を助け、体を温める「陽気草」と書かれているほど栄養価も豊富で、中でも、ビタミン類、特にカロチン、ビタミンB1、Cが多く含まれています。まさに、食べる「クスリ」なのです。子供のころ、腹痛やカゼの時に「ニラがゆ」「ニラ雑炊」「ニラタマ」を、あの強烈な臭いと戦いながら、食べさせられた思い出がたいていの人にはありますね。あの独特な臭いは、大人の味でした。6.ニラ 韮 アラカルト <ノビル> ユリ科の中にはネギ属、ユリ属、スズラン属、エンレイソウ属等があります。ネギ属のニラは健胃の役に立ったり、下痢にもよく効きます。ノビルはニラに似た野草ですが、食欲増進に効果があります。ノビルは「古事記」にも登場し、古くから食用野草として親しまれてきました。日当りのよい草原に群生します。地下部には小さな白い球状の鱗茎があります。これを細い葉と共に掘り出し、水洗いをした後、ビニール袋の中に入れ、それに熱湯を注ぎ、口を縛って、しばらく置きます。湯が手で持てる程度に冷めた頃、取り出し、柔らかくなったノビルを味噌を着けて食べます。 ニンニクと似て強壮効果がありますので、これで夜も一頑張り出来ます。また、すりつぶし、たむしなどの皮膚病の治療にも用います。なお、ノビルの匂いには睡眠効果がありますので、春の香りと共に楽しみ、良い夢を見て下さい。 同じユリ科のスズラン属のスズランは、香りのよい可憐な花を咲かせますが、若芽の時にニラやノビルと間違えられ、食べられる事があります。スズランは全草、特に、根の部分に配糖体コンバラトキシンと言う有毒成分が含まれています。そのため、スズランをさした水さしの水を飲んで、赤ん坊が急死した事件があります。 スイセンの若い葉もニラに似ています。ニラと一緒に誤って食べ、強い吐き気に襲われたし事例があります。スイセンはヒガンバナ科に属し、有毒なアルカロイドのリコリンを含んでいまする。このリコリンには強い催吐作用があります。ヒガンバナ科のタマスダレやヒガンバナ(マンジュシゲ)もノビルと間違えられることがあります。ともに白く小さな球状の鱗茎を形成し、スイセン同様にリコリンを含んでいます。吐気から神経麻酔にいたる中毒症状を呈します。 などなど 色々はた坊
2009.01.30
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1昨年のタマネギ早生は100個植えて収穫したのが85個 品種は愛知白早生3号とアスカ晩生はエンドウとの相部屋栽培だったので日陰になってやや不良植えたのが281個 収穫したのは 184個 消えたのが97個植え付けと収穫は----------早生11/4--4/25と 晩生11/14-6/30のパターン早生のタマネギの苗はhcで購入して植えたのが11月4日 収穫は3月31日より4月25日まで晩生のタマネギは植えたのは11月14日 収穫は5月26日より6月30日まで昨年はタマネギは苗はhcで購入早生11月14日 早生200本 畑に植え付け 品種 ソニック11月24日 元気な苗ですぐに立ち上がっている 籾殻を掛けておく12月03日 全部の苗が揃っている これで安心 問題なし12月14日 無事に200本 元気で順調に生育中 ok12月18日 籾殻のクンタン 追加でばら撒いておく12月28日 高さは27センチになっている まあまあか12月29日 雑草が目だちだした すこし取り除いておく01月16日 鶏糞を追肥しておく01月28日 高さは伸びてきている晩生11月14日 晩生100本 畑に植えつけ 品種 不明11月24日 弱弱しい苗で横になったまま 水をやっておく 籾殻をかけておく12月03日 なんとか起き上がりつつある こんなので大丈夫かなと思うくらい細いなあ??12月14日 貧弱だけど 100本 枯れずに持ちこたえている すこし立ち上がっている12月18日 籾殻のクンタン 追加でばら撒いておく12月28日 高さは26センチになっている まあまあか12月29日 雑草が目だちだした すこし取り除いておく01月16日 鶏糞を追肥しておく01月28日 高さは変わらず 小さいまま雑草が目だちだしている すこし除草をしておく 早めにやっておかないと根っ子が張る雑草は早め 早めで取り除くのが 一番だここで 脱線霜と冬日(最低が氷点下の日)のデータ------------------------- ------------------------------- --------霜----冬日----------------霜-----冬日2007-11-------1------0------2008-11-----1-------02007-12-------5------0------2008-12----11-------22008-01------20------4------2009-01----20-------4(1/29まで)2008-02------15-----11------2009-022008-03------11------0------2009-03昨年の12月は 暖冬傾向だったとか言われている が こちらは昨年よりは寒いみたい ???2007-12 8.8c vs 2008-12 8.1c今年の01月は 霜日と冬日は同じよう ??? 変わらずのようだ しかし タマネギの晩生の高さは変わらずだけど 早生はかなり背が高くなってきた早生は 早くも背が高く見た目には目だつようになった ?? さすが 早生だはた坊
2009.01.29
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畑の生き物 その 47 わむし 環虫ワムシ(Brachionus plicatilis)ワムシのなかまです。エナガワムシ一本の足が特徴である。水草の周りに付着しては、しばらくして泳ぎ出す。カタオワムシカタオワムシ(Monommata grandis)。ベニヒルガタワムシ水田や池にふつうにいる。藻などに付着している。ワムシは、しかし、多細胞生物である。したがって、細胞分裂で増えるのではない。オスもあればメスもある。ワムシは、乾燥するとTUNとよばれる樽状のかたまりになる。この状態は一見死んでいるようだが、条件が整うとふたたび生き返ったように復活する。このような現象を「クリプトビオシス」という。ワムシや線虫、それに、クマムシは、クリプトビオシスで知られている。畑の溝などや 水を貯めているバケツに ミジンコなどと ケイソウや緑藻や繊毛虫などと 泳いでいるしかし 小さすぎて見えない ???はた坊
2009.01.29
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メロンについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???メロン マクワウリ 1.メロンの古里とその名の由来太古、大陸の移動と共に移動したメロン プリタニカの国際大百科事典によりますと、メロンはイランからトランスコーカシア地方原産の植物と書かれていますが、それは単なる一説に過ぎません。百科事典が語る真実・事実とは、所詮、「間違いではないが、真実の全てでもない」のです。 現在では、東アフリカやインドなどを原産地とする多くの説があり、中には、A.ベケーナー(1880~1930年)の大陸移動説を基に、大昔、まだアフリカ東南部とインド半島がと連なっていた大陸移動前の地域が原産地だと言う説もあります。 有力な一つの説としては、東アフリカ地域が原産地で、それがその北部地域・アビシニア高原、エジプトで栽培化され、中近東から中央アジアへ広がり、一方、地中海を渡ってヨーロッパへと伝播しと考えています。 アフリカはアフリカでも、アフリカ中央部西側、ナイジェリア付近を発祥の地とする考えもあります。それがエジプト・中近東へ伝播し、そこで発展した後、ヨーロッパに広がったと言うのです。ところで、ヨーロッパに伝わったメロンはその後発展・分化し、現在の網目メロンや冬メロンになりました。さらに、アメリカへは新大陸発見後、ヨーロッパから導入され、アメリカ・カンタロープを始め多くの品種が開発されました。 一方、最近インドにもう一つの原産地があり、ここから東南アジア北部を経由して、中国西南部へ分布したとする、メロン原産地二元説が唱えられています。この説は東アジアのメロン(東洋系メロン)成立を説明するのに説得力があります。なお、インドとアフリカ東部とが、太古の時代に連なっていたとする大陸移動説は、インドとアフリカと言ったかけ離れた地域に、独自にメロン原産地が成立する理由を説明するに便利です。 ところで、東洋系メロンとしてはマクワウリ、シロウリなどが有名です。この東洋系メロンの原産地としてインド、中国、朝鮮半島を挙げる人もいますが、異説もあります。エジプト、中近東からシルクロードを東進して中国に至ったとする考え方です。この考え方の方が多数派かも知れません。2)日本もメロンの原産地? メロンの原産地はインド、アフリカの二カ所よりも、さらに多元的な地域との説もあります。その理由として、(1)同一植物にしては、様々な形がありすぎ、(2)歴史的にもきわめて古い時代から、既にメロンが栽培され、広く知られていること。例えば、古代エジプトやギリシア・ローマ時代や、紀元前13世紀の中国の記録にも残されています。また、(3)砂漠や極端な寒冷地を除いた地球全域で栽培されていること。そして(4)最後に野生種に近い性質を持った雑草メロンが、世界各地で見られること、などが挙げられています。 実は、雑草メロンは、日本でも瀬戸内海や九州北部など西日本の離れ島の畑に雑草として生えています。これら雑草メロンに共通する特性としては、(1)人間とのかかわりが深く野性化できない、(2)温室で栽培しても果実はウズラからアヒルの卵大にしかならない、(3)開花後20日頃までの果実は強烈に苦い、(3)種子に休眠時期がある、(4)ツル枯病に強いなどがあります。なかでも、(5)原始型である両性花しかつけない変り者の雑草メロンが6系統も見つかりました。これだけをとり上げれば、日本も原産地の一つかと思われるほどの珍しいものです。 ところで、雑草メロンと言うのは、「栽培植物との共存下で、初めてその生育と繁殖が完結できる植物の一群」と言う雑草の定義にあてはまるメロンのことで、栽培メロンの仲間の一つの祖先と考えられます。また、現在のメロンと交配しても自由に雑種ができます。ただし、アフリカ大陸に存在する雑草メロンの中には、栽培メロンの仲間とは交雑できない同属異種の野性ウリがたくさんあります。そんな点では、アフリカはさすがに本家とも言えます。 この様な事を総合的に考えますと、どうやら雑草メロンは、イネと共に、考古学的時代に日本に渡ってきた帰化植物だつた様ですね。3)ヨーロッパにおけるメロン栽培の歴史は神話の時代からヨーロッパでのメロン栽培の歴史は古く、中近東・古代エジプトの壁画、記録にメロンが登場しますし、古代ギリシア、ローマ時代には既に作物として栽培されていました。中温乾燥の地中海地方はメロンの栽培に適して早くから普及したのですが、その後、14~16世紀に入ると本来あまり適さないヨーロッパ各地へも広がって行きました。例えば、イギリスでは不適な風土を克服するため、温室栽培専用の「アールスメロン(網目メロンの一種)」を作り上げました。イギリスで一大発展を遂げた温室メロンは、明治中期の日本に入り、日本のアールス系温室メロンの先祖となりました。 この様にして、現在の西洋系メロンの原型、(1)果皮に深い溝が出来きコブ状の突起のある「カンタロープ」や(2)果実の大きな晩生種の「冬メロン」、(3)果面にネットが出来、甘味が強く香りのある「網目(ネット)メロン」などが出来上がったのです。一方、アメリカへは16世紀に網目メロンがヨーロッパから持ち込まれ、雨が少なく生育に適した西海岸・カリフォルニア州に定着し、露地メロンとして発達しました。4)日本への伝来 メロンが来た道弥生人の食べたメロンとは? 中国の古書に東洋系メロン、すなわち、マクワウリやシロウリの記録を探しますと、まずは、前13世紀の『爾雅』にウリが登場します。また『礼記』『詩経』といった古典にも記録はありますが、中国最古(6世紀前半)の農業技術書であります北魏の『斎民要術』には、「長安で作られる瓜は美味しいので有名・・」とあり、マクワウリやシロウリの栽培法などに関する詳しい記述があります。この頃までに、中国ではマクワウリやシロウリなど東洋系メロンは重要な作物になっていたのです。 一方、日本におけるウリの歴史は考古学時代に始まります。すなわち、わが国に稲作が始まった頃、弥生時代の、今から2,000年も前の遺跡から、例えば、奈良県唐古遺跡や新潟県千種遺跡などから、マクワウリの炭化した種子が、多くの土器などと共に発見されています。この様に、日本では有史以前から東洋系メロンであるウリが栽培されていたのです。特に、雑草メロンと呼ばれるグループの植物が各地で栽培されていました。もっとも苦みの強いこの雑草メロンは食用と言うよりは薬用に利用したようです。 5)記録にみる日本の東洋系メロン・ウリ類 文献的に日本のウリの歴史を検討しますと、最も古い記録は古事記(712年)に始まります。あの倭建(ヤマトタケル)命の熊曽(クマソ)征伐の話の中で、「熟瓜(ホゾチ)の様に・・」との比喩があります。また、『万葉集』(753年)では山上憶良の有名な「瓜食めば子等思ほゆ‥‥」の歌があります。なお、当時のウリとはマクワウリを意味しました。平安時代に入りますと、「和名抄」には瓜の名の付く作物として、瓜を初め括桜(カラスウリ)、青瓜、斑瓜、白瓜、黄瓜(キウリ)、熟瓜(ホソチウリ)、寒瓜、冬瓜が取り上げられています。また、延喜式(藤原、928年)にも胡瓜(キュウリ)、熟瓜(ホソチウリ=真桑瓜)などの名前が見られます。 江戸時代の農業全書には、9種の瓜が登場します。甜瓜(アマウリ=真桑瓜)、菜瓜(サイクワ=青瓜)、越瓜(アサウリ=白瓜)、胡瓜(キュウリ)、冬瓜(トウグワ=トウガン冬顔)、南瓜(ボウブラ=カボチャ)、絲瓜(ヘチマ)、瓠瓜(ユウガオ=瓢箪)です。既に広く人々に普及し、利用されるようになっていました。6)西洋系メロンのデビュー 果物の女王の登場 明治時代に入ると、勧業寮などの官吏によって、他の多くの新作物・野菜などと一緒に、いわゆる温室メロンと呼ばれる西洋系の網メロンがイギリスやフランスから導入されました。特に、福羽逸人氏の試作、栽培技術の工夫・改良の努力は特記するものがあります。続いて露地メロンも日本に入ってきました。民間でも大正の初期からは栽培が始まりました。この様にした英・米で発達した温室メロンや露地メロンの多くの品種が日本の青果・果物界に登場するようになったのです。 現在、一般的になってきました網目メロン、その逸品「アールス・フェボリット」は、大正14年(1925)に日本に渡ってきています。産地はイギリスで、温室メロンとしてH・ワードが作出し、カーター商会から発表されたのが1895年(明治28)です。その30年ほど後に日本に導入され、高級青果の女王として、果物界に君臨するに至りました。 温室メロンはマスク(芳香をもつの意味)メロンとも呼ばれ、高級果物として高度な技術で栽培されています。また、露地メロンはマクワウリともかけ合わせて、日本の風土や日本人好みに合わせて改良し、現在のような大きさ、形、色、食味などの違う、さまざまな網目(ネット)メロンやネットなしメロンが作り出されたのです。また、本来的には雨を嫌うメロンですが、ビニールハウスやトンネルなど、資材や栽培技術の向上によって、美味しいメロンが年中食べられるようになりました。7)マクワウリの名前の由来マクワウリの名前は、応神天皇の時代に朝鮮からウリが伝わって来た時に、名前も共に伝わってきたと言います。朝鮮半島ではマクワをチャメと呼びますが、これはチャム(本当の)とオイ(瓜)の複合語です。すなわち、本当の瓜と言う意味でそこから日本では真瓜(マクワ)と呼んだのです。するとマクワウリとせずマクワと呼ぶのが正しいでしょう。ウリにウリを付けると重複しますから。 一方、岐阜県本巣郡真桑村で古く荘園時代から栽培され、味の良いのでダンダン有名になり、豊臣・徳川時代には全国的に名を売り、真桑村のウリ、マクワウリ(真桑瓜)になったとの説もあります。3)日本古来の東洋系メロン・ウリの仲間とその特性(1) 真桑瓜(ウクワウリ)、甜瓜(アマウリ)古くは、熟瓜(ホソチ)と呼ばれるインド原産のウリ科の一年草で植物です。蔓性で花は黄色、雌雄異花であり、果実は円柱状楕円体で、長さ12~16センチ、直径7~9センチ程度となります。果皮は黄緑色で縦に薄い色の縞があり、肉質は多汁質で一種の香気があり、甘いです。江戸時代までは甜瓜と呼んでいましたが、明治になって岐阜県真桑村で良質の品種を産出したので、この名が付きました。果実の表面が黄金色の金マクワと、緑色の地に銀色の縞がある銀マクワなどが知られています。 昭和20~30年代頃は、マクワウリは大変なご馳走で、年に数度、お目にかかれる程度の物でした。種の回りが甘いので、種までしゃぶったものです。一般的に、甘露とも呼び、今のメロン以上の貴重品でした。近年、ナツメロ消費で人気が出で、食べてみましたが、ガッカリしました。昔の記憶が間違っているのか、舌が肥えすぎたのか、あの時代の甘露は幻と成ってしまいました。などなど 色々はた坊
2009.01.29
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夕暮れの写真 水路があるので太陽の沈む位置が右に動いているのが良く判る左の棒2008-12-18日 16時50分 太陽の方位 242.0度 昼間は9時間50分真ん中の棒2009-01-06日 17時00分 太陽の方位 243.0度 昼間は9時間56分右の棒2009-01-27日 17時23分 太陽の方位 248.1度 昼間は10時間22分12/18----01/27日までで 40日が経過日没は 33分遅くなる太陽の方位は6.1度西の方向に動く昼間の時間は32分長くなる次の3月19日には 太陽はもっともっと右に移動 方位は270.1度の予定この日には夜と昼の時間はほぼ同じになって 太陽は真西に沈む予定だこうやって 写真にとっておくと 冬至と立春の太陽の位置がはっきり判って太陽が東から西に動いているが ぶれまわっているのが良く判るぶれているのは地球の方だけど,,,,こうやって 昔の人は暦と季節を知って 農作業で種蒔きと収穫などを計算していたのかな??はた坊
2009.01.28
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1昨年度の青梗菜春蒔き3月から種蒔きして 収穫は5月から6月にかけては早い分は収穫もまあまあ 5月の後半に種蒔きしたのはトウが立つのも早くダメであった 春は取れたが 夏はさっぱり虫さんの消費となり収獲できたのは5月6日から6月20日まで7回の収獲のみ 6月20日以降駄目秋蒔き9月25日が第一陣 10月8日が第二陣 10月22日が第三陣として 3回蒔いてこれは収獲済み 11月から2月まで11回で収獲11月19日の第四陣の分 寒かったので育ちが悪い やや小さい でも収獲は出来た12月20日の第五陣の分 一部は花芽 しかし小さいままでも収穫昨年は青梗菜 ブランターで栽培してみるまずは 第一陣 ブランターで栽培9月07日 種蒔き ブランター4つ使用9月12日 発芽9月20日 まあまあ 生存率は高い 虫に齧られながらも半分くらい残る9月25日 第二弾を種蒔きしたいが まだ場所がない 場所待ちとする10月7日 大きさはまあまあ そろそろ収穫できそうなサイズになりつつある10月18日 初の収穫 まだ小さいので出来具合は良くない まだまだ11月02日 ブランターのは あまり成長はしないなあ ???? サイズあまり変わらず11月11日 液肥をかけたら 即効 すぐに効いた 青々としてきた11月24日 第三回目の収穫をしておく 残りも大きくなりつつある 11月30日 第四回目の収穫をする12月11日 第五回目の収穫をする この分は終了次の第二弾 これは畑の畝 m-79月30日 ブランターのボット16個に種蒔き10月7日 すこし発芽する10月18日 畑のm-7の畝2番に移動11月02日 雑草を取り除いておく すこし成長11月11日 畑の土はやはりパワーがある かなり成長してきた11月26日 もう収穫できるくらいに大きくなっている ok 収穫待ち01月03日 畑の青梗菜は冬には大きくなる 太い 第六回目の収穫とする01月23日 第九回目の収穫 これも収穫は終了 終わり第三弾 これは ブランターから畑の畝 m-7に移動する10月09日 種蒔きする ボット16個10月14日 発芽する10月20日 畑のm-8のブランターに移動する11月02日 そのごあまり変わらず11月11日 ブランターにおいてのは そのまま 変わらず ??11月26日 まあまあ大きくなりつつある 12月15日 畑の畝が空いたので ブランターより畑の畝に移動をしておく01月03日 畑にいれたら やはり大きくなる どんどん成長中01月07日 第七回目の収穫第四弾の種蒔き 畑の畝 m-710月19日 種蒔きする ポット16個10月23日 発芽する11月02日 畑の畝のm-7の畝1に移動しておく11月11日 畑の土に苗をおいたので これは大きくなる見込み ゆっくりと収穫する11月26日 ゆっくりと成長中 これは もっともっと先での収穫なので ゆくり01月03日 そろそろ収穫できる大きさになってきている01月09日 第八回目の収穫第五弾 m-7の畑11月27日 ポットに種蒔き 8個12月07日 発芽してきた12月22日 畑のm-7のネギの後に植えておく01月27日 まだ小さいまま第六弾12月13日 ポットに種蒔き 8個12月29日 発芽しているが 小さい 小さい01月19日 畑のm-7の畝に移動しておく青梗菜は収穫はまだ9回 やはり 畑の方が育ちが良い 畑の青梗菜 冬になって大きく太くなっている 今の残っている青梗菜は大きくなるので8個もとれば かなりの量になる 第1-2弾は終了した第3-4弾はただいま 収穫中第5-6弾は ちいさいままはた坊
2009.01.28
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畑の生き物 その 46 アリ 蟻アリ(蟻)は、昆虫綱・ハチ目・スズメバチ上科・アリ科(Formicidae)に属する昆虫を指す。体長は1mm-3センチほどの小型昆虫で、人家の近くにも多く、身近な昆虫のひとつに数えられる。原則として、産卵行動を行う少数の女王アリと育児や食料の調達などを行う多数の働きアリが大きな群れを作る社会性昆虫。種類によっては食用に扱われる事もある。シロアリは大きさや集団生活をすることなどがアリに似るが、アリとは全く別の仲間の昆虫目 : ハチ目 Hymenoptera 亜目 : ハチ亜目 Apocrita 上科 : スズメバチ上科 Vespoidea 科 : アリ科 Formicidae 英名 Ant ハチとアリは区別されているが、多くが毒針を持たない事、生殖目的以外では翅を持たずに地面で生活する事から区別されたと考えられる。実際にはスズメバチやベッコウバチに近縁なグループで、アリ科の動物は全てハチそのものである。スズメバチから見ても、同じハチとして認識されているミツバチよりもアリ類の方が近縁である。針と毒腺日本で人家の周囲に見られるアリの多くが針を持たなかったり、針が脆弱であまり刺さない種類が多いので、日本では一般にはアリには針がないと思われているしかし、熱帯ではむしろ針があり、積極的にこの針で攻撃する種が多数派で、かなり高等な分類群でも、フタフシアリ亜科は普通に針を持つ。針を持たなかったり、刺すほど強靭な針を持たないアリは多くの場合、毒液を敵や獲物の体表に付着、或いは飛ばして相手を攻撃するが、針を持つ種類はハチと同様に針を使って毒液を注入する進化と歴史1億2500万年前、スズメバチ(Vespidae)の祖先から分化した。これはハチの化石との比較で推定された。 1億1200万年~1億年前、Cariridris bipetiolata(レイメイアリ)の化石がブラジルで発見された。この種はアケボノアリではなく、原始的なキバハリアリに似ている。 9000万年前では、コハク中の化石からアケボノアリやヤマアリ亜科、ハリアリ亜科が見つかっているアリは1億2500万年前からいたヒト属の最初の種、ハビリスは少なくとも200万年前に東アフリカで進化したアリには長い歴史がアリ 本当は人間よりも進化しているのかも ????はた坊
2009.01.28
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ほうれん草について ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???ほうれん草 菠薐草 SPINACH 1.ホウレンソウの古里とその名前の由来 ホウレンソウの古里は、ソ連の植物学者・バビロフによると、アフガニスタン周辺の中央アジアとされていますが、一説によりますと、カスピ海沿岸のトルコ東部からイラン北部一帯と考えられております。既に、古代ペルシャにおいて栽培され、食用に供していました。ペルシャの大王ダリウスやその舞姫達も食べたことでしょう。 ここからイスラム教徒によって東西に伝播され、中国・華北地方と欧州において、各々独立した品種群が成立し、それを私達は東洋種、西洋種と呼んでいます。まずヨーロッパには11世紀頃、イスラム教国であるアラビア、アフリカ北部地方を経て、スペインに伝わり、その後ヨーロッパ諸国に広がりました。ドイツでは13世紀、イギリス、フランス、オランダでは16世紀中期から記録に登場してきます。特に、オランダでホウレンソウは一代発展を遂げました。同国のジバン氏のよって多くの新品種が育成されました。アメリカへは19世紀後半から20世紀初頭にかけてヨーロッパ諸国から移入され、その後、品種改良が盛んに行われ、育成地として発展しました。 広大なアメリカにおいて、生鮮野菜のホウレンソウは、生での流通よりむしろ加工流通が主流になりました。そうです。アメリカにおけるホウレンソウ利用の歴史は、缶詰加工の発達の歴史と言ってもよいでしょう。日本人にはあまり馴染みがありませんが、今でもアメリカではホウレンソウは缶詰がメインです。昔、漫画のポパイがホウレンソウを食べる時に、何故、缶詰を取り出すのか不思議でしたが、それが当り前、国が違うと、こんな事も異なるものです。元々、ポパイのホウレンソウの話は、缶詰会社のCMだったのですよ。しかし手軽に使える点ではともかく、缶詰や冷凍ものは柔らか過ぎて歯ごたえもなく、色も褐色で、とてもポパイのような力が涌いて来るとは思えないです。やはり新鮮な緑溢れるものを食べたいものですね。2)ペルシャの草て、何に、菠薐草です ホウレンソウを漢字で表記しますと、菠薐草となります。菠薐とは中国語でペルシャ(今のイラン)を指します。ペルシャからシルクロードを経て中国に伝えられた葉菜のことをペルシャの草、すなわち菠薐草と呼んだのです。その名前が日本にも伝わったと言われています。なお、一説によりますと、ホウレン(菠薐)とは西南アジアのどこかの国の事で、必ずしもペルシャではないとも言います。ともあれ、ホウレンソウの原産地の一つとして、西南アジア、コーカサス地方やイラン地方が想定され、それらの地域の国々で古くから栽培されていたのですから、大体当たってはいると言えます。 中国へは、唐の時代に書かれた嘉話録(627~649年)によりますと、ホウレンソウは前漢の時代(紀元前206~紀元8年)にペルシャ(今のイラン)から伝わったと記載されています。唐の時代にはイスラム教国との交流が盛んで、この時代にもホウレンソウの新たな伝播もあったもの思われます。そのため、ホウレンソウの中国への伝来を唐の時代とする人もいます。 日本への伝播は比較的遅く、16世紀に入って中国より伝わったと言われていますが、戦国時代末期から江戸時代初頭(1546~1629年)の農業を記載した書・清良記(土居水也著:1629~1654年)には、まだ、ホウレンソウは登場しません。しかし、江戸時代に入ると、多織編(1631年)、本朝食鑑(人見必大著:1697年刊)や農業全書(宮崎安貞著:1696年刊)等にも登場します。なお、このホウレンソウは、葉が細く、先が尖ってギザギザがあり、根の赤い、今で言う所の東洋種のホウレンソウでした。これが日本在来種となりました。 西洋種のホウレンソウは、文久年間(1861~1863年)にフランスから伝来し、さらに明治以降、欧米諸国から色々な西洋種が導入されました。しかし、日本人の嗜好に合わなかったこともあり、北海道など一部の地域に栽培が限られていました。 ホウレンソウが重要な野菜となるのは昭和に入ってからで、戦後はその栄養価が認められて、揺るぎない地位を確立するに至りました。その間に、暑さに強く収量が多い西洋種が何時の間にか、栽培の主流になり、東洋種は徐々に市場から消えつつあります。西洋種は東洋種に比べますと、ちようど西洋人と東洋人の違いの様に、西洋種は大味で、特有の土臭さ、バター臭さがあります。 2.ホウレンソウの生態とその特性1)暑さに弱く、寒さに強い ドサンコ(北海道生まれ)の様なホウレンソウ ホウレンソウは、被子植物門・双子葉植物綱・離弁花亜綱・中心目・アカザ科の雌雄異株の1~2年生植物です。 ホウレンソウは、冷涼な気候を好み、耐寒性は強いですが、暑さに弱い性質をもちます。高温で日の長い時期には抽台します。その様な意味からも、ホウレンソウは元来、冬を旬とする野菜です。 種を蒔くと5~7日で発芽し、生育適温(15~20度)下では30~40日前後で収穫に達します。なお、低温下では50~60日かかります。草丈は30~90cmで、根は直根で淡紅色を呈し、茎は直立して、東洋種は根元が赤色を帯びます。葉は長い葉柄をもち、その形は長三角状の卵形で、基部は不規則な羽状の裂け目があります。雌雄異株で、越冬後、6月ごろ小さな黄緑色の花を付けます。雄花は茎頂に円錐形の穂状をなし、雌花は葉腋に密集して咲きます。2)秋蒔き冬野菜の東洋種と春蒔き夏野菜の西洋種 東洋種は、原産地からシルクロードを経て中国に土着したものです。積極的な品種改良が行なわれた形跡はなく、原種に近い形態をしています。種子には刺があり、葉には縮みがなく薄く、深い2~3段の切れ込みがあります。株元が赤いのが特徴 一方、西洋種は、原産地からヨーロッパに伝播され、特に、オランダで改良が進められてきたものです。形態的にも様々に分化していますが、角種子で葉に深い切込みのある「ミンスターランド」を除くと、殆どの品種が丸種子で、葉も丸く、葉肉が厚く、株元の赤みがごく薄く、葉柄が短いのが特徴です。日本でも春から夏にかけて蒔き、夏から秋にかけて収穫します。3.生産と流通1) 西洋種、ハーフ(一代雑種)が日本を占領 取り立てのホウレンソウをそのまま、茹でてお浸しで食べるのが一番素朴で、素材の味が楽しめる食べ方です。そんな食べ方をするのは、在来種のホウレンソウに限ると言いたい所ですが、残念ながら純粋な東洋種は手に入らなくなってしまいました。3)ホウレンソウの作り方 ホウレンソウは冷涼な気候を好み、発芽・生育適温は15~20どです。主に春と秋に種を蒔きます。種子は水に一晩浸水して蒔きますと、5~7日で発芽します。発芽後、本葉が2枚出る頃までは、根が地中深く伸び、地上部の生育はユツクリしています。その後、根が横の方にも張るようになると、葉数の増え方が速くなります。そして本葉8~10枚頃の生育増加量は最も目立ちます。春蒔きでは、播種後30~35日で収穫できます。秋蒔きは生育は播種後40~60日で収穫期に達します。なお、ホウレンソウを作る大前提は土作りです。堆肥、鶏糞など有機物をタップリ施用して、土壌の酸性を矯正し、土を作り込むことです。4.ホウレンソウの旬と選ぶポイント ホウレンソウの生育適温は15~20度ですが、耐寒性は強く、零下10度にも耐えられます。冬霜に当たったホウレンソウは甘味も増して、特に、美味しくなります。まさに、ホウレンソウの旬は冬です。特に、初霜の降りる11月~3月頃までが一番美味しい時期です。とは言うものの、北海道や高冷地の夏取りホウレンソウも捨てたものでわありません。 選ぶポイントは葉が瑞々しく、緑色が濃く艶があり、茎があまり太くなく、株張りの大きいものを目安にします。但し、大き過ぎると大味となり味が落ちます。 お浸しや吸い物など和風料理で風味を味わいたい時には、土臭さやクセの強いものも避けた方が無難です。どちらかと言うと、小振りな若取りのものがよいでしょう。一方、バター炒めなど洋風料理に使うならば、西洋種の株張りのよいものを選びます。5.ホウレンソウの栄養価とその機能性1) ホウレンソウは、野菜のスーパー・ヒーロー ポパイの助けを借りてまで、母親達がホウレンソウを子供達に食べさせようとするのには、立派な理由があります。ビタミンA効果のあるカロチンを多量に含むほか、ビタミンB2、C、葉酸やカルシウム、鉄、ヨード、マンガンなどを比較的多く含む緑黄色野菜の代表だからです。特に、カロチンと鉄の含有量は、野菜の中でも1、2を争うものです。なお、緑黄色野菜では比較的少ないビタミンCも、キャベツや大根、白菜を上回る含有量を示し、ミカンの約2倍も含みます。また、タップリ含まれるクロロフィルは、人の血を浄化する作用を持ちます。 但し、これらの栄養素は季節によってかなり差があり、冬季にくらべ春から夏にかけてのものは、ビタミンCやA含有量が三分の一から半分近くまで減少します。やっぱり、ホウレンソウは冬が旬の野菜です。 さらに、同じホウレンソウと言っても、東洋種と西洋種とでは栄養価が大きく違います。ビタミン、ミネラルとも東洋種の方がはるかに勝っています。ただ、最近のホウレンソウは、何れの季節の物も、品種のかけ合わせによる雑種一代(F1)で、純東洋種、純西洋種とは言えません。冬から春先にかけての緑の濃い葉にギザギザの入ったホウレンソウが、東洋種の血を濃く受け継いでいると、考えるとよいでしょう。3) ホウレンソウに含まれる悪役兄弟・シュウ酸と硝酸 これほど健康に欠かせないホウレンソウですが、泣き所はそのアクの強さにあります。そのアクの主成分がシュウ酸と言う有害物質です。普通、体内に取り込まれたシュウ酸はカルシウムと結合して無害化されますが、それが(カルシウムと結合したシュウ酸カルシウム)膀胱や腎臓に結石を作り易くします。また、カルシウムの吸収を悪くもします。 最近、ホウレンソウをサラダで食べる人が増え、シュウ酸が話題になっていますが、よほど大量に食べない限り害は無く、日本人の場合、毎日飲んでいるお茶から摂取する量の方が多いと言われています。3) ほうれん草の“アク”は二通り 東洋種と西洋種で大きく違う点は“アク”の強さです。一般的には西洋種がアクが強いと言われています。しかし、ここで間違っえていけないのが、ホウレンソウの“アク”の定義です。実は、人によって二つあると言うのです。 一つは、シュウ酸を指してアクと呼びます。これは一般的です。西洋種のホウレンソウは、成長の過程で、東洋種よりシュウ酸を生成し蓄える性質があります。そこで、生で大量に食べますと、シュウ酸が体内でカルシウムと結びつき、結石の原因となります。そのため、ホウレンソウを調理する時は、一旦茹でこぼして、水に晒した方が良いわけです。これを指して、昔の人はアク抜きと言いました。 一方、ホウレンソウの独特の香り、味わいを“アク”と呼ぶ人もいるようです。「ホウレンソウより小松菜のほうがアクが少ないから好きだ」と言う様な人は、この独特の味、人によっては草っぽい味と言いますが、これをを指して、アクと言っているのです。このアクについて言うと、東洋種の方がいわゆる「アク」が強いと言えます。などなど 色々はた坊
2009.01.28
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1昨年度の小松菜1-6弾と種蒔きをしていた 収獲は10月25日より3月25日までで14回となった第一弾は9月25日の種蒔き 収獲済み第二弾は10月15日にして既に収獲済み第三弾は10月25日にやっている これは収獲済み第四弾は11月19日の種蒔き 芽が出るまで7日 収獲済み第五弾は12月09日の種蒔き 芽が出るまで11日 収獲済み第六弾は12月20日の種蒔き 芽が出るまで11日 3月25日で終わり昨年もやっと種蒔きをした第一弾 ブランター9月07日 種蒔きをした 今年はブランターで栽培とする ブラタンー4つ9月12日 発芽した10月6日 まあまあ成長中 数は半分くらいになっている10月18日 初収穫 茎がやや固い感じがするなあ ブランターだと栄養不足かな ??11月10日 そのご 液肥をかけてみると やや色もよくなりつつある 2回の収穫をする11月29日 4回目の収穫をしておく12月02日 追肥のお陰ですこし成長をしている やはり肥料は必要だなあ12月13日 やや大きくなる 追肥すると大きくなるなあ12月20日 5回目の収穫する この分はこれにて終了第二弾 畑のm-7の畝19月30日 また種蒔きをした プランターにポットで16個10日5日 発芽した10日18日 畑に移動した この分はブランターは止めて 畑とする11月10日 成長はやはり 畑のほうが良い どんどん大きくなってきた11月16日 3回目の収穫をしておく 12月28日 6回目の収穫をしておく 01月03日 8回目の収穫をしておく 01月09日 9回目の収穫をしておく この分も終わり第三弾 ブランター これも畑に移動する10月13日 ポットに種蒔き 8個10月18日 発芽した 移動待ち 植える場所を探している11月10日 この分は植える場所がないので またブランターに植えた が 小さいまま ??12月02日 液肥の追肥をしている で すこし大きくなりつつある12月20日 ブランターから畑に移動させておく01月11日 10回目の収穫をする第四弾 畑のm-7の畝210月19日 ポットに種蒔き 8個10月23日 発芽した 移動待ち 植える場所を探している11月10日 これは やはり畑の畝に植えないと駄目なので また 畑の畝に植えている12月02日 すこし成長して大きくなりつつある まあまあ 12月31日 収穫の7回目の分をやっておく01月20日 11回目の収穫をしておく第五弾11月27日 ポットに種蒔き 8個12月07日 発芽してきた12月22日 畑のm-7に移動する01月26日 小さい苗のままだなあ第六弾12月13日 ポットに種蒔き 8個12月28日 発芽している これも小さいままだ01月19日 畑のm-7に移動する第七弾01月19日 種蒔きをする ボットに4個 これで種の在庫も終わり 終了小松菜は分散して種蒔きして 7回の分散 これで種蒔きも終了になった収穫はようやく11回目の収穫をした コマツナも葉が大きくなってきた 小松菜と青梗菜は毎週 交代で収穫をしている はた坊
2009.01.27
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畑の生き物 その 45 ダニダニ(壁蝨)とは、節足動物門鋏角亜門クモ綱ダニ目に属する動物の総称である。世界で約2万種と言われている。比較的小型のものが多く、大きいものでも1センチ程度。綱 : クモ綱 Arachnida 目 : ダニ目 Acari 亜目 アシナガダニ亜目 トゲダニ亜目 カタダニ亜目 マダニ亜目 ケダニ亜目 ササラダニ亜目 コナダニ亜目 特徴クモ綱全体に共通するが、体は頭胸部と腹部に分かれ、頭胸部には4対の歩脚と1対の触肢、口部には鋏角がある。ダニの場合、頭胸部と腹部は密着しており、腹部は体節に分かれない(フシダニ、ニキビダニは一見体節に見える二次的な環節がある)。触肢は歩脚に近い形で、鋏などにはならない。幼虫は歩脚が3対だが、脱皮成長途中で4対に増える(卵内での発生過程では4対が形成されて、その後第4脚が消失して孵化した幼虫は3対)。腹部の後ろには尾がない。呼吸器は気管を持つが、持たないものもある。また、ダニは概して小型のものが多く、1mmを超えないものが大部分である。様々なダニダニには実に多様な生活をする種が含まれ、 ひとくくりに説明するのは難しい。その多様性は、生活環境の範囲で言えば、ダニ目だけで昆虫綱全体に匹敵するほどである。生息環境先に述べたように、ダニは様々な生活をするものがあるので、その生息環境は極めて幅広い。地上、土壌中、樹上、他の動植物の体の上、それぞれに様々なダニが生息している。土壌中のササラダニは、落ち葉をかじる分解者である。土壌中では個体数が多く、一説には陸上で最も個体数の多い節足動物であり、土壌動物として重要な位置を占める。淡水中にはミズダニ類がおり、水中を泳いでミジンコなどを補食する。水底で落ち葉を食うダニもいる。海水中に生息するダニもいるが、そう多くない。ハダニ類は糸を出してタンポポの種子のように空を飛ぶので、空中からも発見される。分類ダニ類は種類数も多く、極めて多様なメンバーを含む。そのため、科の数も非常に多いダニは 種類が多すぎて 判らないダニはた坊
2009.01.27
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ゴボウについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???ゴボウ 牛蒡(牛房) 1.ゴボウの古里とその名の由来1)ゴボウ事始め キクと兄弟のゴボウは中国渡来ゴボウは、日本を代表する国花・キクと同じ、被子植物門・双子葉植物綱・キキョウ目・キク科の植物です。キク科の仲間にはキク(食用菊)を筆頭に、シュンギク、レタス、フキ、スイゼンジナ、ヤマゴボウ、アーチチョーク、カルドン、キクイモ、モミジガサ、サルシファイ、エンダイブ、チコリ、ツワブキなどがあります。 キク科ゴボウ属の植物は、ヨーロッパからアジアにかけて、6種類存在します。しかし、葉柄や根部を食用に出来るのは一種類だけです。ゴボウの野生種は欧州北部、シベリア、中国東北部に広く分布しますが、食用として利用しているのは、日本だけです。ただし、日本では自生していません。 ゴボウを初めて利用したのは中国人ですが、食用と言うよりも薬用が主でした。中国・明の本草学の大家・李時珍が編集した医学書の古典・「本草綱目(李時珍:1590年)」によりますと、ゴボウの種子、根、葉を薬用として利用するため、薬草として栽培されていました。。中国人は殆ど食べなかったようですし、今も食べません。本草綱目に登場するゴボウは、枝別れした根(岐根)の多い原始的な物でした。なお、本草(ホンゾウ)とは、本来は薬の素となる草の意味ですが、中国では広く植物、動物、鉱物からの医薬品を指し、医学の事を意味します。 2) 縄文人も食べていたゴボウ 日本には、中国から朝鮮半島経由で薬草として渡来したものと思われます。平安時代の「本草和名(918年)」や「倭名類聚抄(927~930年)」にキタキス(岐多岐須)と言う名前でゴボウが初登場します。当時も主として薬用に使われていました。平安初期の法令集であり、習慣や規則、諸国の産物などを記録した「延喜式(905~927年)」には、宮廷で食されている食用作物として、ゴボウの名前は出ていません。しかし平安中期の「類聚雑要抄」の中には、宮廷の献立としてゴボウを用いた記述が登場しています。すなわち、元永元年(1118年)の9月2日、鳥羽天皇が宇治の平等院に行幸された際の御膳に、干物五杯の中の一つとしてゴボウの名があります。この頃から野菜として利用され始めたようです。 なお、ゴボウは漢字では牛蒡と表記します。この文字の読み、「ごぼう」は呉音から来ています。この事からゴボウが中国の「呉」の時代に、栽培種が渡来したとの推測もありますが、しかし、最近の考古学調査では、縄文初期の貝塚からゴボウの存在が確認されており、渡来はかなり古いものと推定されます。 一方、成田山新勝寺に伝わる伝説によりますと、平安時代の天慶3年(940年)に、藤原秀郷が関東で反乱(平將門の乱と言う)を起こした平將門を討った時、その戦勝宴にゴボウが出されたとのことです。用いたゴボウは、直根の周り53cm、長さ75.8cm、重さ3.75kgもある巨大な物でした。 江戸時代になるとゴボウは庶民にとって重要な野菜の一つに成っり、東北から九州まで広く地域で栽培され、多くの調理法の記録も残っています。「本朝食鑑」(1695年:人見必大)によりますと、「ゴボウは全国どこにでもある。根の大きいものは太さが大根ほどもあり、長いものは、鞭か竹筒のようで、長さが二、三尺にもなる。京洛の鞍馬、八幡の村里に産するものが最も良いとされるが、武州の忍の郷、岩槻の産も江東(東関東)では一番よいもので、京洛産のものにひけをとらない」とあり、盛んに食べられていたことがわかります。また、栽培法については、宮崎安貞の「農業全書(1696年)」に詳しく記載されています。 日本では庶民の食べ物となったゴボウですが、外国では嫌われています。貝原益軒の「大和本草(1709年)」でも「日本では上等な野菜であるゴボウも中国ではあまり食べない」とあります。また、文政4年(1821年)、日本に来ていたドイツ人医師シーボルトが日本のゴボウを故国オランダに持ち帰り、ライデン地方に伝えました。しかし如何に調理をしても美味しくなく、ついに匙を投げたと言う話もあります。3)ゴボウの読み方 あなたは幾つ読めますか 岐多岐須、馬蕗、旨蕗、悪実、鼠粘、牛菜、牛房と並ぶと、何んの事か、分かりますか。これは全てゴボウの別名です。各々の読み方は、キタキス、ウマフブキ(馬蕗、旨蕗)、アクジキ(悪実と書いてゴボウとも読ませます)、ソネン(鼠粘)、牛菜などとも言われます。悪実と書いてゴボウなんて、判じものですね。また、古くは、ゴボウの形が牛の尾に似ている処から、牛房(牛の尾の意味)とも書きました。延喜18年(918年)に深江輔仁が書いた「本草和名」に「悪実(アクジツ)、一名を牛蒡、一名を鼠粘草、和名を岐多伊須(キタイス)、一名を宇末布々岐(ウマフブキ)」と出ています。悪実は果実に対する漢名です。宇末布々岐というのは、馬蕗(ウマブキ)を意味します。葉がフキに似ていて、馬が好んで食べた事に由来します。 2.ゴボウの生態とその特性1) タフでドライな現代娘 ゴボウ ゴボウはキク科の2年生草本で、春に種を蒔くと、翌年の夏に花茎を1~1.5mほど伸びて、その上にアザミに似た丸い紫色の花を咲かせます。中には僅かですが白い花を着ける品種もあります。花は、管状花で直径が4cmほどの大きさです。葉は長い葉柄を持っていて、根元から生えます。心臓形の大きな葉の裏には、柔らかい綿毛が密生しています。根が真っ直ぐに伸び、長さは40~150cm程度で品種によって大きく異なります。 ゴボウには、細長い長根種や、太く短い短根種、葉を食用にする葉ゴボウなどがあります。ゴボウの生育適温は20~25度で、3度以下になりますと葉は枯れますが、枯死することはありません。耐寒・耐暑・耐干性があり、タフな植物です。強い光線を好む植物で、乾燥には強いが、浸水・過湿には弱いので、排水のよい火山性土や砂質土で栽培されます。なお、ゴボウは根の形状や収穫の便利さからも、火山性土や砂質土で栽培されますが、実は粘質土の方が味や香りの良い物が出来ます。 2) 代表品種の特性 長根型の滝の川、短根型の大浦 ゴボウの品種は、根の長大な滝の川群と短い大浦群に大別されます。これを歴史的に見ますと、昔のゴボウは根の直径が10~15cm、長さ80~100cmの物や長さが60cm程度しかなく、直径が20cmもあるなど、どちらかと言うと太くて短いものでした。それが、その後、細長くなっていき、現在の代表的品種・滝野川(常磐大長、東京大長、新倉、堀川)の様な品種になりました。しかし、これからは、人手不足に対応した機械収穫や核家族化(消費単位の小量化・ミニパック化)、食の外部化(カット野菜、加工野菜の流通)に促され、短根が望まれる様になるでしょう。ゴボウの可食部は直根、すなわち肥大根と呼ばれる主根です。直根は熟度が過ぎますと、空洞(ス入り)になります。空洞になると、一般的には嫌われますが、空洞の大きな大浦などは、これを利用して、肉詰め用として使います。巨大な堀川と言う品種は、秋に種を蒔いて、移植2年栽培でわざわざ太くし、空洞を作ります。そして、その中空に肉などを詰める特殊料理に使われます。 この様な堀川ゴボウや大浦ゴボウは、先に述べた様に、畑に一年寝かせて太くして、収穫します。希に11~12月頃、八百屋の店頭に並ぶ事があります。一度、ピーマンの肉詰め同様、ゴボウの肉詰めに挑戦してみては如何ですか。 (1) ゴボウの代表選手は滝の川一族 ゴボウは、千年を越える栽培の歴史があり、江戸時代には重要野菜の一つになっていましたが、品種はあまり分化していません。現在、栽培の主体となっているのは滝の川群の品種です。滝の川は東京都滝野川の鈴木源吾と言う人が作りだした晩生種のゴボウです。長根種の基本品種で、長さは1メートル以上になります。春に種を蒔き、秋冬に収穫します。秋蒔きや早掘り用には向きません。現在栽培されています長根系のゴボウは、全てこれを元にしたと言っても過言ではありません。渡辺早生(東京)、山田早生(埼玉)、新田(大分)、常盤(長野)、阿見(千葉)、柳川理想(茨城)等はみな滝の川の一族です。(2) 最古の品種 大浦ゴボウは文化財 大浦ゴボウは最も古い品種で、大浦村(千葉県八日市大浦地区)で栽培されてきました。早生で太く短いタイプの品種で、根の中ほどが膨らみ、芯に大きな空洞が生じます。京都の堀川ゴボウは同系統の品種で、根を充分肥大させ、芯部の空洞部に詰め物をして利用します。(3) 関西ゴボウの代表選手・堀川ゴボウはゴミ箱育ち 京都の正月料理に欠かせない野菜として珍重されているのが堀川ゴボウです。普通、ゴボウと言えば細長いものと思いがちですが、この堀川ゴボウは直径が10cmにもなります。中は空洞になっていますが、表皮は厚くて柔らかく、味も香りも良いです。 堀川ゴボウの成立は、今から400年ほど前、豊臣秀吉の時代に遡ります。秀吉は天正15年(1587年)に、京都に聚楽第を建て、一時は甥の秀次を住まわせました。しかし、秀次を追放、自殺させた後に壊されてしまいました。跡に残ったのは周囲に巡らされた掘だけです。何時しか、この掘りに付近の住民がゴミを捨てるようになり、掘りはゴミで一杯になりました。偶然その中にゴボウの屑があり、それが春に芽を出し、冬を越して巨大なゴボウに生長しました。これを見た農民が越年のゴボウを作ったのが始まりと言います。土中で2~3年かけてジックリ育てるため、肉質も締まり、香気が高いのが特徴です。現在では、一部の農家が契約栽培を行っているだけで、すっかり高級品になりました。(4) 葉ゴボウも亦、ゴボウ 青いのに白いと言う白茎ゴボウ ゴボウの葉は心臓型で、長さ23~27cm、 幅18~22 cm、葉身は緑色ですが、品種によって濃淡があのます。裏には白綿毛があって、やや白く見えます。葉柄は角張った丸型で、太くて硬く、中空になっています。一般には食用にしませんが、葉ゴボウ用の品種は柔らかく、食べれます。例えば、江戸時代から存在する葉ゴボウ品種・越前白茎の味を、宮崎安貞(農業全書:1696)は、茎葉の若いものはニラの様な味がする、と書いています。また、早生白茎も、茎葉を食用にします。ところで、ゴボウの葉には、ビタミンC、精油などを含んでいます。 葉ゴボウ用の品種は、白茎と呼ばれます。一般に、ゴボウの葉柄の下の部分が、赤褐色に着色した物を赤茎と呼びます。硬くて、食用には不向きです。それに対して、着色がないものは普通青色ですが、これを白茎と呼んでいます。葉ゴボウはこの白茎品種を利用しています。若い根と葉柄を食べるために栽培された福井県大野地方の越前白茎ゴボウが有名です。ある意味では、葉ゴボウは品種というより利用法です、越前白茎、萩、大和白茎のように専用の品種もありますが、早生系の品種も葉ゴボウ用に使われます。3.ゴボウの生産の推移と産地1) 生産の推移と産地 農林省累年統計表によりますと、1905年(明治38年)、日露戦争の当時、ゴボウの作付面積は10,800haで、生産量は124,000tほどでした。その後、年による変動があり、戦中、戦後の食糧難の時代は漸減しましたが、全体としては増加の傾向にあり、1963年(昭和38年)に、作付面積19,700百ha、生産量337,000tと、ピークに達しました。その後、高度成長期の食生活の変化に伴い、、多くの日本型野菜と同様に漸減しています。最近は作付面積14,500ha、生産量260,000t前後で推移しています。1988年はそれぞれ14,700百ha、253,000tでした。 一時は消費量が減って栽培も減少しましたが、最近は繊維質が見直されて、人気が戻りつつあります。どちらかと言うと、西日本で多く食べられている野菜です。などなど 色々はた坊
2009.01.27
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1昨年のラッキョは200gの種ラッキョウを買物して植えた08月27日 12個を植え付け09月04日 発芽 8日目10月下旬 花が咲く11月下旬 長く咲いていた花も枯れる02月13日 追肥をしておく02月-6月 何もせず 放置 放置 放置したまま06月06日 収穫 まあまあの根っ子で収穫できた 昨年もラッキョウの植え付けの時期が近づいてきたので hcでラッキョウを買ってきた昨年の袋は500gの袋で398円 中身は30個くらいありそう 1昨年は200gで198円で中身12個 よって 昨年のラッキョウの植え付けは1昨年の倍以上となるラッキョウは することは追肥と土寄せだけ追肥は10月・11月(定植1ヵ月後と2ヵ月後)は分球促進のためと2月上旬・3月中旬の4回土寄せは追肥と同時にやっておく 収穫は6~7月頃に葉が枯れてきたら掘りあげて収穫するが 実際にはラッキョウは追肥は1回のみ あとは放置したままで6月に収獲した 今年のラッキョウの栽培8月31日 ラッキョウの根っ子 植え付けする9月10日 発芽している が 最初から花蕾の小さいのがついている9月20日 ようやく見て判る位の大きさになってきた9月21日 どの株も蕾が先についている10月15日 蕾の広がりも大きくなった そろそろ花の開花が近い ???10月28日 花の蕾の色がついてきたが 開花はまだ 遅い 遅い11月02日 花が咲いた 結構と綺麗である12月06日 種をみたら やっぱり中身はない 種なしだなあ01月25日 横のネギの籾殻がたくさん被っていて ひ弱になっている ???ラッキョウに籾殻を被せ過ぎて どうも日照不足になっているみたい ???ひ弱な感じになっている籾殻を除いて もっと日光が当たるようにしないと 枯れそう ???もっと 日光を当てて 元気になったら 土寄せするかな ??はた坊
2009.01.26
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畑の生き物 その 44 センチュウ 線虫センチュウ(吸汁性害虫)とは、非常に小さい虫で成幼虫ともウナギのような形をしており、体長は1mm弱で体色も透明に近いため肉眼での観察は不可能。(例えば親指の爪の上に7000~8000匹程度は並べられる程の大きさ)いずれも温度があれば繁殖するセンチュウの特徴体は細長くひも状で,尾部はとがっている。 体はよく曲がるが、伸び縮みはしない。体をくねらせて運動する。 成虫になったときは0.5mm~2mmくらいのものが多い 淡水では浮遊生活をしているものはほとんどなく、水草の間や水底の泥の上などで底生生活農作物への影響センチュウには、善玉と悪玉、どちらにも属さないとされる種がいる ????悪玉とされるセンチュウに農作物は被害を受ける。これらは、薬剤散布のほかにマリーゴールドやエンバクなどのコンパニオンプランツを導入することで、減少させることが可能とされる。ネグサレセンチュウ 組織を食害する。ダイコンなどの根菜類の肌を荒らしたり、変色腐敗させ、商品価値が低下することになる。根の組織が過度に攻撃されると、枯死してしまう。 ネコブセンチュウ 養分や水分の吸収を阻害し、根の形がいびつになる。キュウリやハクサイやキャベツなどで植物体がしおれてしまうこともある豆知識その1根こぶ病 根にコブがついていれば必ずネコブセンチュウが寄生したとは限りません。似たような症状に「根こぶ病」や「根りゅう菌」があります。これらはネコブセンチュウと同じように根にコブを作ります。「根こぶ病」は主にアブラナ科植物を連作すると発生しやすくなります。根りゅう菌はマメ科植物に寄生し、空気中のチッ素を固定して植物に供給する有益な菌です。その2センチュウの種類は非常に多く、推定で50万種以上おり、半分は海洋に生息し、半分は土壌中や淡水、一部が動物や植物に寄生すると言われています。人間に寄生する回虫や蟯虫もセンチュウの仲間です。その3センチュウは根だけでなく葉や新芽にも寄生します。葉にはハガレセンチュウが寄生しキクの仲間、ベゴニア、ペチュニア、ユリ、ボタンなどがよく被害を受けます。芽にはメセンチュウが寄生しますが、イチゴなどによくつきます。被害は葉柄が曲がったり、新葉がわん曲し、激しくなると株全体が萎縮し、新芽などが赤くなったりします。その4マツノザイセンチュウ マツが枯れるということで一躍有名になったのがマツノザイセンチュウです。マツノマダラカミキリに付着して、松の新芽を食害した傷口から侵入して被害を及ぼします。夏から秋にかけて樹全体が生気を失い、急激に葉が変色して枯れます。センチュウ ネットをみたけど 善玉と悪玉と其の他 色々 ????どうも ネットをみたけど 良く判らない ???判ったのは マリーゴールドを植えたら 良いとの事だけ ???はた坊
2009.01.26
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インゲンについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???夏のサヤインゲンは、一服の清涼剤、筋肉疲労に、便秘の解消に インゲンマメは、大豆や小豆、落花生やエンドウ等と同じマメ科植物の一員です。古里はメキシコ南部から中央アメリカ、グアテマラ、ホンジュラス一帯と言われています。ヨーロッパへはコロンブス以降に伝えられました。今では、アジア、南北アメリカ、アフリカなど、世界中で広く栽培され、とくにインドやブラジル、中国、メキシコ、アメリカでの栽培が盛んで、重要なタンパク源の一つとして、活用されています。 マメ科・インゲンマメ属を代表する1年生草本で、つる性と矮性(つる無し)に2大別されますが、中間的なものも存在します。つる性が1.5~3m、矮性は30~50センチで、葉はハート形をした3小葉からなる複葉で、夏、葉腋(ようえき:葉の付け根)から花茎が伸び、蝶形の5弁の花を2~3個つけます。色は白色、淡黄色、紫色、紅色などで、かって観賞用に栽培されていた仲間もあり様に、可憐でカラフルな花を咲かせます。開花後に出来る莢(さや)は、幅1~2センチ、長さ10~20センチと細長く、中に5~7粒の種子を持ちます。種子は、1~1.5センチの腎臓形もしくは長球形をしており、色は白色、褐色、紅色、黒色などのほか、斑紋のあるものなど様々。 インゲンマメは、若莢を野菜として利用するサヤインゲン用と、煮豆、甘納豆、アンなどにする乾燥種実用に大別されます。日本での乾燥種実のおもな生産地は北海道で、全国生産量の約90pctを占めています。 サヤインゲンは(1)ドジョウインゲン:ケンタッキーワンダーとも言います。見た目はゴツゴツしています が、歯ごたえもあって、かつ柔らかく、濃い緑色をしています。(2)丸ザヤインゲン:スンナリと丸みを帯び、筋が少ないのが特徴です。(3)平ザヤインゲン、つるなしインゲンとも呼ばれる矮性の品種で、見た目は堅い感じがしま すが、丸ざやと同じく筋が少なく、莢の曲がりが少ないのが特徴です。 栄養的には、莢の部分にタンパク質の他、遊離のアミノ酸・アスパラギン、ロイシン、リジンなどが含まれ、豆の部分にはタンパク質、デンプン、糖分、マンニツトなどが含まれています。ベータ・カロチンやビタミンC、B1、B2、B6などビタミンB群やカルシウムに富みます。まさに、姿も栄養も健康優良野菜と言えます。 さて、選ぶポイントは、全体が細目で緑色が濃く、瑞々しいもの。ポキンと折ってみて筋の残らないものが新鮮で良品です。また、先がとんがっている物ほど新鮮で歯ざわりがよい保存は10度前後が適温で、ラップに包んで冷蔵庫の野菜ボツクスに入れます。また、堅めに茹で、水気をとってからポリ袋などに入れて冷凍すると、長期保存ができます。 一方、乾燥子実を食べるインゲン豆は、長期保存が可能ですが、一夏過ぎると死に豆が増え、煮えむらが生じます。出来るだけ出荷して1年以内のものを選ぶようにしましよう。まて、買ったインゲンマメは夏までに食べること。選ぶときは、大きくて粒がよくそろっており、つやのあるものがよい。虫食いや傷のあるもの、皮にしわのよったものは避けましょう。 日本には、明(中国)の帰化僧・隠元禅師によって江戸時代(1654年)にもたらされました。そのため「隠元豆」との名が付いたと言われていますが、実は、隠元禅師が持ってきたのは別種のフジマメでした。インゲンマメは「五月ササゲ」とか、暖地では年に3度も収穫できますので「三度豆」「三度ササゲ」とも呼ばれます。作り易いですので、家庭菜園にピッタリの野菜と言えます。 ところで、レグメス・ベジタブルてご存じですか。日本では、野菜は何処を食べるか(可食部)で、葉茎菜、根菜及び果菜類などと分類したり、カロチン含有量の多少で緑黄色野菜とその他に分類しますが、最近アメリカでは、野菜に含まれる主成分によって、野菜を次の様な三つに分類する方法が流行っています。(1)Green Vegetables(一般的野菜)、(2)Starchy Vegetables(デンプン質野菜)及び(3)Legumes Vegetables(豆類野菜)です。 第1グループの野菜は典型的な野菜で、水分含有量が多く、栄養成分としてビタミンC、カロチン等を多く含むパセリ、キャベツ、ニンジン等、ごく一般的野菜です。第2群の野菜はイモ類、コーンなどで、デンプンを多く含むのでエネルギー供給にも有効で、間食などにも利用されます。第3群がレグメス・ベジタブル、未熟豆類野菜です。一般野菜には比較的少ない成分、たんぱく質、カルシウム、ビタミンB1、B2などを比較的多く含みます。この様に、3群の野菜に各々の栄養成分上の違いがハッキリと見られる中で、豆類野菜は他の種類の野菜に比べ、ビタミンCやカロチン以外の有効なビタミンB群やミネラルを多く含むのが特徴です。 インゲンマメやナタマメには、血液凝集作用成分が含まれています。例えば、インゲンマメを生で多食しますと、含まれているレクチンという物質によって、腸粘膜に炎症を起し、肝臓や心臓に悪影響を及ぼします。これは一種の毒・生理活性物質と言えます。なお、この物質は15分程度の煮熟で活性を失いますのでご安心下さい。 ところで、フジマメは、熱帯アジアが原産で、インドや中国南部が栽培の中心地となっています。つる性で、花がフジの花に似ていることから、フジマメと名付けられました。 以前は、日本でも若莢を関東以西でよく食べていましたが、ダンダン栽培が減り、現在は関西の一部で利用されるに過ぎなくなっています。なお関西では、今でもフジマメをインゲンマメと呼び、本来のインゲンマメは三度豆と呼びます。 この名の由来は、年に3回収穫が可能なことによるとされていますが、実際には、年に3回も収穫を行うことは不可能に近く、信憑性は疑わしく、作り易さを強調した誇張表現と言えます。なお、関東地方では、インゲンマメを5月ササゲ、唐ササゲ、唐豆、四季などとも呼びます。 インゲンマメ アラカルト(1) アメリカの人気料理ポークビーンズ豆好きのアメリカ人が最も好む料理が、ポークビーンズ。これは白インゲンマメを、豚肉やベーコンなどと一緒にに煮込んだもので、鍋に水でもどした白インゲンマメ、豚肉、ベーコン、タマネギ、スープストック、ローリエなどを入れて火にかけ、煮立ったところで弱火にし、豆がやわらかくなるまで煮込みます。味つけは、砂糖、塩、コショウ、トマトケチャップなどを用いますが、カウボーイ料理のポークビーンズは塩味でした。■文化・歴史隠元禅師が伝えたのはじつはフジマメインゲンマメは、紀元前5000年ごろにメキシコで栽培が始まり、しだいに中央アメリカから、南北アメリカに広がっていったものとみられている。 インゲンマメの原生種は、1966~7年にアメリカが派遣したメキシコ・中米探検隊の手によって、メキシコ中央部から南部グアテマラ、およびホンジュラス中央高原、太平洋岸側にいたる地域で発見されている。 続いて日本の調査隊も、1975年、南メキシコから中南米の標高1000~ 2000メートルの地帯で、インゲンマメの野生種を確認した。 中南米のインディオや、北米のインディアンによって、広く食用として用いられていたらしい。コロンブスによる新大陸発見によって、16世紀にはスペイン人に持ち込まれ、17世紀には全域へと普及していったようである。■生産・流通日本だけでも200種もあるインゲンマメインゲンマメは、世界で1000以上の品種があり、日本だけでも200種ほどが知られている。また異名や、地方によってさまざまな別名がある。乾燥種実用は、おもに北海道で生産されている。白インゲンマメ。代表的種に姫手芒、大福がある。 姫手芒は、手芒類のひとつだが、他の手芒は現在ではほとんど栽培されていない。普通のアズキの倍ぐらいの大きさで、おもに白あんの製造に利用される。 大福は、扁平な腎臓形をした、かなり大粒の品種で、白インゲンマメのなかでは、最も高級とされる。煮豆、きんとんにされるほか、とくに甘納豆に加工されることが多い。紅色または濃赤褐色の品種は、金時豆といわれ、最も生産量が多い。長球形で、大正金時、北海金時、丹頂金時などの品種があり、甘納豆にされることが多いが、煮豆にも使われる。またアズキと違って煮ても腹が割れることがないため、赤飯に用いられた なお昔は、金時豆で作ったあんのかき氷を「金時」といったが、現在ではこれが転じて、アズキの粒あんを用いたかき氷を金時とよんでいる。虎豆や鶉(うずら)豆のように、斑紋のある品種もある。 虎豆は、ふっくらとした、やや長球形の品種で、全体の3分の1ぐらいに、トラに似た独特の斑紋があるため、この名がある。インゲンマメのなかでは、最も味がよく、煮豆の材料として用いられることが多い。 鶉豆は、灰褐色の地に茶褐色の斑紋がある品種の総称で、その模様がウズラの卵によく似ていることから名づけられた。形は球形に近いものから腎臓形のものなどさまざまで、長鶉と中長鶉に分けられる。やはり煮豆に用いられることが多い。■調理・料理気長にじっくりと煮込む豆はひと晩水につけ、やわらかくもどしてから調理する。煮豆を作るには、もどした水を取り替え、落としぶたをし、煮立つまでは強火で、煮立ち始めたらすぐに弱火にして、気長に煮込む。途中で火を止めたり、強火で煮てはいけない。煮ている間は、常に豆がゆで汁をかぶっているような状態がよく、足りなくなったら差し水をする。 やわらかくなったら、ゆで汁を軽く切り、砂糖を加えて煮含め、火を止める寸前に少量の塩を入れ、じゅうぶんに冷めるまでそのまま置いておく。入れる砂糖の量は好みだが、インゲンマメはでんぷん質で甘みとよく合うので、たっぷりと使ったほうがおいしい。煮豆には、鶉豆や白インゲンマメ、虎豆などが向いている。 このほかインゲンマメは加工品としてはきんとん、あん、甘納豆などに利用される。 きんとんには、白インゲンマメを用いる。やわらかく煮上げた豆を、ざるにあげて水気を切り、3分の1ほどを裏ごししてから、残り3分の2とともに砂糖と塩を入れて火にかけ、練り上げて作る。 また、あんの製造にも白インゲンマメが用いられ、アズキあんに対して、白あんになる。白インゲンマメはアズキに比べ大粒で、種皮も大きいため、普通は皮を取り除き、こしあんにされる。 などなど 色々はた坊
2009.01.26
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貸し農園 ただ今2つを借りている だが 本日1つ追加とした2005-04-01 1つ目 10坪 水浸しの畑 なんとか改良してよくなる2006-04-01 2つ目 10坪 まあまあの畑 これも良くなっている2009-02-01 3つ目 10坪 横に家が建ちやや日陰の畑 まあ なんとかなるだろう割合と貸し農園は人気があるので いつもあまり空いていない最初のも 水浸しの畑だった2つ目は一年待って やっと借りた今年のは やや日陰になっていて借りてがなくなって空いていた畑しかし日当たりの良い畑は空いていない ので 仕方なく借りておく20坪で野菜などを計画的に 自家用として どんどん作るぞーーそれに 1つ借りた畑 これは 色々実験や 珍しい野菜や 面白い野菜の専用にしようやはり 畑をやっていると もっと もっと 広いのが欲しくなる作り過ぎないように 色んな種類の野菜を どんどんつくるぞーーーはた坊
2009.01.25
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1昨年の大根は 11月19日から 3月02日まで収穫した第一弾は22本 9月04日に種蒔きしている 収獲22本 第二弾は18本 9月24日に種蒔きしている 収獲18本 第三弾は22本 10月17日に種蒔きして 収獲22本 第四弾は15本 11月03日に種蒔きしている 収穫15本 合計77本の収穫昨年は 同様に9月-10月に種蒔きと予定していた種は 2つで105円のダイソーの種耐病そう太り大根 2ml 種80個宮重そう太り大根 7ml 種300個種はたっぷりとある 380個/4粒蒔き とすると 90本くらいの収穫予定とした大根も一度にまかずに バラバラと分散して 育てていく予定畑は畝を5回に分けて 8月に1回 9月に3回 10月に1回の種蒔きとする1 9/1-190粒----80粒 8月31日種蒔き 発芽 9月03日 m-7の畝3番 無事成長2-------------110粒 9月09日種蒔き 発芽 9月13日 m-8の畝4番 無事成長3 9/15-70粒-----70粒 9月16日種蒔き 発芽 9月21日 m-7の畝4番 全滅4 10/1-60粒-----60粒 9月24日種蒔き 発芽 9月29日 m-8の畝3番 沢山ある5 10/15-60粒----60粒 10月9日種蒔き 発芽 10月14日 m-7の畝4番 沢山ある1 前半は生き残り10本 無事に成長 ---全部で19本 10月20日から11月2日で収穫完了2 続いて蒔いた分20本 --------------全部で16本 11月5日より22日までで収穫完了3 虫に齧られて3本のみ生き残り-------全滅した4 かなり生き残りしている30本かな----全部で44本 11月22日より1月5日で収穫完了 5 40本くらい種蒔き 発芽したのは40本?---------- 01月08日より収穫中ただいま17本4と5の大根の分 120日目 4と5の分は間引きせずそのまま放置 葉だけは大きいが根っ子は小さい 1箇所で3本づつ絡んで生えている これを毎日1本づつ収穫ただいま 大根は小さいサイズで 全部で96本の収穫 毎日 1本づつ普通の大根と比べると3本で普通のサイズの1本と同じくらいの大きさあと15-20本 2月15日くらいで 大根の在庫は終了よてい ??はた坊
2009.01.25
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畑の生き物 その 43 とびけらトビケラ(飛螻蛄)はトビケラ目(毛翅目)Trichoptera の昆虫すべてを指す。トビケラ目は毛翅目ともいい、ほとんどの種で翅が刺毛に覆われている。全世界で46科、12,000種以上が認められており、日本ではそのうち29科、400種以上の生息が認められている。体は管状、長い糸状の触角を持ち、羽根を背中に伏せるようにして止まる姿は一部のガ類に似ている。上目 : 毛翅上目 Amphiesmenoptera 目 : トビケラ目 Trichoptera 水生昆虫としては流水性のそれとしてカワゲラ、カゲロウと肩を並べる。幼虫の生活する水域は種によって異なる。渓流やきれいな川に多いが、湖沼や池などの止水にも生息する。そのほか小さな湧水や岩盤を滴る流れにも生息する種がある。海産や陸生種もわずかだが知られる。ただし最近のスカンジナビアやカナダにおける研究では,汽水域には予想以上に多くの種が生息すると報告されている。日本の汽水域における研究は皆無である。 ????日本では 誰も研究していない ??? おお 今研究したら 自分の名前が付くかも ??ーカワゲラー 尾が2本カワゲラは、尾が2本あることと腹の部分にエラがないことが特徴です。カワゲラの仲間はきれいな水を好み、大型のものはほかの水生昆虫を餌にして生活しています。成虫になると羽が生えて水の外に出てゆきます。ーカゲロウー 尾が3本カゲロウの仲間はカワゲラに少し似ていますが、腹の部分にエラがあることと、一部をのぞいて尾が3本あることで簡単に区別できます。幼虫は主に石についたコケや落ち葉のかけらを主に食べて大きくなり、成虫になると羽が生えて水上に飛び出します。ートビケラー 尾がなしトビケラはチョウやガに近い昆虫で、幼虫はイモムシのような形をしています。落ち葉や小石で特徴のある巣を作って生活をするものが多く、大きくなると巣の中でサナギになりやがて羽化して成虫になります。成虫はガに少し似た昆虫です。似たような虫は カワゲラ カゲロウ トビケラの どれかに属するらしい ???ああ ややこしい 小型の虫だなあ ???はた坊
2009.01.25
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枝豆について ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???エダマメ 枝豆 1.枝豆は夏の風物詩、ビールの友枝豆の需要はビール消費量の伸び比例します。ビール愛飲者の急激な増加が、つまみとしての枝豆の需要を拡大させ、その地位を揺るぎないものにしたのです。まさに、ビールの友として活躍しています。枝豆は肝臓を守る機能を持っていますから、実にピッタリのつまみと言えます。 大豆を世界に紹介したのは日本です。英名をソオイビーンズ(醤油豆)と言うのは何よりの証拠で、黒船のペリーがダイズをアメリカに持ち帰ったとのは有名な話です。戦前は中国が、現在はアメリカが、世界一の産地で、残念ながら大豆の国内消費の大部分は輸入物です。日本には、枝豆の品種は400種以上あると言われていますが、(1)粒が中位の大きさで、毛は褐色の極早生(秋田・奥原系)、(2)中~大粒で褐色の毛を持つ早生(白鳥系)と、(3)やや大粒で白い毛を持つ中晩生(白毛系)の3グループに大別できます。 2.枝豆の履歴書来 1) 名前の由来市場で「枝豆」と言う名前が付けられたのは、ほんの最近、昭和46年の事でした。それ以前は、田植えの終わった畦道に作っていたので畦まめと呼んでいました。 2) 枝豆の古里とその来歴 大豆の原産地は、中国の華北から東北部にかけと言われ、古代から食料として利用されていました。日本へは朝鮮半島を経て、渡来の年代は明らかではありませんが、神話の時代に伝わったと言われています。 「古事記」や「日本書紀」、「正倉院古文書」に大豆が登場することから、かなり古くから利用されていたものと思われます。その後、肉食によらなかった日本では、大豆はタンパク供給源として独特の発達をし、煮豆、炒り豆として食べるほか、豆腐や納豆、豆乳などの加工品、味噌・醤油の調味料を作り上げました。未熟な大豆を茹でて食べるのは、日本だけの食習慣のようで、大豆の原産地の中国でも、韓国でも、こんな食べ方は日常的にはなかったようです。 3) 旬と選ぶポイント(1) 時代と共に変わった枝豆の旬 昔は、9月から10月頃が旬で、陰暦8月15日の名月には芋を供え、芋名月と呼びました。それに対して、9月13日の十三夜のお月見には、古くから枝豆を供える習慣があり、この名月を豆名月と言いました。そうなんです。昔は、9月、10月が枝豆の旬だったのです。 その頃の農民は、厳しい秋の刈り取り作業に疲れた体を癒すのに、少しばかりの酒を枝豆を肴に飲みました。そしてどんぶり飯を食べ、あくる日の野良仕事に備えたのです。後で述べますが、枝豆は酒の害を防ぐと共に、食べたご飯を体内で効率よく燃やし、エネルギーにしたのです。まさに秋こそ、枝豆を身体の求める時だったのです。 しかし今は、枝豆の旬は7~8月、夏です。機械化された農村では厳しい野良仕事なぞもう無くなり、人々の多くが都市に移り住み、アスファルトジャングルの住人となりました。現在の都市生活者の生活環境は最悪、40度を超える照り返しの高温と90pctを超える多湿の中で、食欲も胃腸も、時には精神自体も痛めつけられています。 そんな胃腸を、肝臓を、そして食欲を、枝豆で癒しているのです。4.生産と流通 大豆自体の作付面積は、明治晩年の50万haをピークにし、その後漸次減少し、近年は15万ha前後で推移しています。しかし、枝豆の栽培は急速に伸びています。各地に古くからの枝豆用品種が分化、土着しており、特に東北から新潟にかけては地方品種が豊かです。水田転作事業の進行に伴い、転作作物の一つとしての栽培もあり、面積が急増しました。現在作付面積1万5千ha、生産量12万t前後で推移しています。 ところで、枝豆の入荷量で特徴的なのは3~5月です。量そのものはたいしたことはないのですが、3月は52pct4月は74pct5月は48pct台湾からの輸入品です。その他ごく少量ですが、アメリカ、中国、ニュージーランド、タイ等からも輸入されています。野菜も国際化時代に突入し、今後は中国産が洪水の様に押し寄せて来ることも予想されます。5.枝豆(大豆)の栄養価と機能性1) 総合健康野菜としての枝豆 大豆は畑の肉と呼ばれるくらい栄養価が高く、その大豆の未成熟な種子である枝豆も栄養成分を多く含んでいます。栄養的に見ますと、大豆と同じ様にタンパク質、ビタミンB1、カルシウムが多いほか、大豆にないビタミンCも多量に含んでいます。野菜の中でも、栄養価の高いものの一つに数えらます。 主な成分はタンパク質、糖質、脂質で、100g中にタンパク質を11pct含み、卵の12pctに迫っています。脂肪は6pct以上も含まれているのに、油っぽさはまったく感じさせず、コクのみが生きています。 ビタミン類も豊富で、とくにビタミンB1(0.32mg)、とB2(0.16mg)は出色です。また、大豆には含まれないビタミンAやCを含み、特に、ビタミンC含有量は30mgと、春菊の1.5倍、ホウレンソウの約半分も含みます。その上、莢に守られるため、茹でても栄養価はあまり変わりません。そんな意味では、枝豆は総合健康野菜と名付けてもよい野菜です。2) エネルギー代謝を促すB1の宝庫・枝豆で代謝促進、元気モリモリ 胃腸が弱いために夏バテを起こしている人に共通しているのが、ビタミンB1やB2などビタミンB複合体の不足です。ビタミンB複合体と呼ばれるビタミンB1、B2、B6、B12、ナイアシン、パントテン酸、ビオチンなどは、体内で炭水化物代謝やアミノ酸代謝、脂肪代謝に密接に係わり、これらが欠乏もしくは足りなくなると、食べた御飯やパン、肉や魚などエネルギー源が、体内でエネルギーにならず、活力がわかない状態になります。幾ら食べても、すぐ疲れ、その疲れがとれず、イライラしたり、元気が出ないのは、このためです。 それどころか、エネルギー源となる材料、炭水化物、脂肪やタンパク質があっても、エネルギーに成らないのですから、結果的には貯蔵に回され、肥満の素にになってしまいます。 とりわけ夏、暑さのために食欲がなくなると、どうしても冷たくてさっぱりした冷や麦やソーメンばかりを食べがちになります。するとまず、胃腸の温度を下げて消化吸収が悪くなります。その上、現代の精白された小麦粉には、実は精米された白米も同じですが、ビタミンB複合体と呼ばれる一連のビタミンB1、2、6やパントテン酸などが含まれません。 そのため、カロリー源として冷や麦やソーメン(炭水化物)を食べますと、エネルギーを生みだそうと、ビタミンB1の消費量が多くなり、ますます不足します。そして結局は、エネルギーを作り出せず、夏バテを引き起こし、元気が出ないのです。では、ビタミンB1の多い食品はと言うと、枝豆を始めに、豚肉、レバー、玄米、大豆、落花生などがあります。まさに、夏の風物詩の枝豆が、ビールのつまみやおやつに、家中皆で手軽に食べられて、夏バテ防止の鍵を握っていたのです。2) だだちゃ豆の秘密 人気のある枝豆だけに、日本中に色々な品種がありますが、そんな中で日本一美味と言われているのが、山形県鶴岡市の「白山(しらやま)だだちゃ豆」です。この豆は大変なわがままもので、余所の土地に植えると、1年目は比較的美味しく出来ても、翌年には品種の特性が失われ、不味くなります。土地を嫌うのです。 これは白山地区で栽培していても同じで、2~3年おきに、種子を更新しないと、旨さが失われます。種そのものが変化し、退化する特性を持っているのです。こうした種が持つデリケートな特性と、それを好み守り育ててきた人々がいたからこそ、だだちゃ豆は目まぐるしく変わる品種競争のなかを生きのびてきたのです。などなど 色々はた坊
2009.01.25
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1昨年はタカナ 時期が遅れて大きくならなかった隣の畑のタカナはもう大きく30-50センチでどんどんと収獲していてこちらは12月4日に畑にポットの苗を植えたもの まあ普通は9月に植え付けして冬に収獲するもの 12月04日 ポットの発芽の苗を畑に移動01月08日 高さは6センチ01月18日 高さは8センチ02月18日 高さは14センチ03月20日 これにて収獲とする 来年は早く種蒔きだな最終の高さは30センチ 花が咲く前に撤収とした昨年は普通に種蒔きをしている9月30日 種蒔きする10月08日 発芽している10月18日 畑に移動する10月28日 すこし成長してきている まあまあかな11月28日 1mの狭いところにびっしり ぎっしりと葉が込み合ってきた12月08日 狭いので葉をすこしカットして収穫をしておく12月10日 狭いので間隔を広くして 半分はよその畝に移動させた01月14日 三回目の収穫をしておいた まあまあ 小さいけど 育ちつつあるネットみるとタカナ(高菜、学名:Brassica juncea var. integlifolia)とはアブラナ科の越年草で、カラシナの変種。20~60cmほどの丈に成長する。原産地は不明であるが、日本には平安時代に中国から入ってきたといわれている と 載っていたこれも 結構と古い野菜ですね ??タカナは"かき菜"といわれるように、外側から必要なだけかき取って使い 冬場に霜にあたると葉がやわらかくなって味がでる かき取っても後からどんどん葉が出てきて春先に黄色い花が咲きます。漬け方も塩漬け・味噌漬け・ぬか漬けなど様々と 解説されていた1-2回目のタカナの収穫したのは漬物にして食べた3回目は油炒めで頂いたネット見たら 高菜めしがあった高菜めし(たかなめし)は、熊本県の郷土料理。最初に炒り卵を作り、細かく切った高菜をしっかり炒めた後に炒り卵とご飯を混ぜてさらに炒めゴマ、塩、醤油等の調味料で味付けをした物。これも よさそう ?はた坊
2009.01.24
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畑の生き物 その 42 ごみむし写真は丸型ゴミムシ 種類が沢山で色々 バラエティーに富んでいる多種多様で まさにゴミのように色々ゴミムシ(塵虫、芥虫)は、コウチュウ目(鞘翅目)オサムシ科、あるいはこれに近縁な科の類の中から目立ったものを除いた、雑多なものをまとめて呼ぶ名称である。研究の進歩により、その多様性が明らかになりつつある。 との事 ただ今 研究中との事目 : コウチュウ目 (鞘翅目) Coleoptera 亜目 : オサムシ亜目 Adephaga(食肉亜目) 上科 : オサムシ上科 Caraboidea ヒョウタンゴミムシ亜科 Scaritinae - ヒョウタンゴミムシ、オオヒョウタンゴミムシ、ヒメヒョウタンゴミムシなど オサムシモドキ亜科 Broscinae - オサムシモドキ ナガゴミムシ亜科 Pterostichinae - オオゴミムシなど ゴモクムシ亜科 Harpalinae - ゴミムシ、オオゴモクムシなど アオゴミムシ亜科 Callistinae - アオゴミムシ類、トックリゴミムシ類 あまり種類がおおくて 多様 多種で雑多な五目のようにあり 分類もまだ確定していない?ネットによるとゴミムシ類の食害によりダイコンの根部に直径10mm前後の円形の陥没痕ができ、商品価値が全く失われることは、既に平成3年度の「特に注意を要する病害虫」で報告されているが、加害種は特定されていなかった。平成2~4年に摂食試験や落し穴式トラップの捕獲調査などを行った結果、キンナガゴミムシ Poecilus coerulescens L.、マルガタゴミムシ Amara chalcites Dejeanとトックリナガゴミムシ Pterostichus haptoderoides Tschitscherine の3種が主要な加害種であることが判明した。 などの報告があるゴミムシ 大根などを食害する 駄目な虫との事 ???? 退治しないと駄目かな ??はた坊
2009.01.24
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三つ葉について ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???ミツバ ミツバセリ 三つ葉 1.ミツバの名前の由来とその古里民族派野菜のミツバ、それでいて食用になったのは・・・ 人の世でも、居なければ居ないで済みますが、居ると断然、場が明るく、楽しくなる人が居ます。決して主役では無いのですが、キラリと光る脇役が居るものです。ミツバはそんな食材の一つで、あれば断然、食卓が楽しく彩られます。茶碗蒸しに添えられた彩りの美しいミツバ、おすましに浮かぶ品の良い結びミツバ・・・・。儚(はかな)げでいて、その香りと舌ざわりで、シッカリと自己主張しているのが三つ葉です。それでいて、決してドギックはなく、全体としていかにも上品な感じがし、日本人の好みにピッタリの野菜です。するそのせいか、家庭の料理にも、一年を通じて、安定して使われています。 ミツバは数少ない日本原産の野菜の一つで、ウド、サンショウ、セリ、フキ、ミョウガ、ワサビなどの、言うなれば民族派野菜の仲間です。北は北海道から南は沖縄まで、日本中何処にでも、野生のミツバは分布しています。その葉の型が、三つの小葉からなるところから、三つ葉との名前が付きました。なお、昔はセリ(芹)の変種と思われていました。そう言われれて見ると、確かに似ております。そのため、別名をミツバセリとも言います。 中国では古くからミツバを食用にしていましたが、日本では、同じ仲間のセリが、春の七草の筆頭として、古代から食べられていましたが、ミツバは違います。どう言う訳かズット後年になってから、食べる様になったようです。例えば、セリは平安時代の和名類聚抄(源順著、日本最初の漢和辞書:931~938年)に、記載されていますが、ミツバは登場しません。しかし、室町時代末期・戦国時代の農事書・清良記には、正月の野菜として、ミツバが三つ葉芹の名前で記載されています。この辺の事情を、江戸・元禄時代に貝原益軒によって書かれた大和本草は、「三つ葉は、昔は食べることを知らず、近年になって食べる様になった」と説明しています。恐らく、室町時代以降に食用として、利用され始めたのでしょう。 江戸時代初期(17世紀)には栽培化が進み、享保年間に、江戸の郊外・葛飾で軟化栽培が始められました。幕末の天保年間には、発熱材料を土中に入れた「踏込温床」を用いた軟化栽培で、真冬の早出し栽培が既に行われていました。2.ミツバの生態とその特性 ミツバは中国・日本・北米に野生します。被子植物門・双子葉植物綱・離弁花亜綱・傘形花目・セリ科の多年草です。同じ仲間の野菜としては、ニンジン、セルリー、パセリ、アシタバ、ハマボウフウ、セリなどがあります。 春になると越冬した根株から、若葉を地面に広げます。葉は、その名のとおり、三小葉からなる三つ葉で、独特の芳香があります。初夏の頃、白い小さな花を多数咲かせます。秋に実ができ、種が散ります。 1)ミヅバの栽培上から見た種類(1) 切りミツバ(伏込三つ葉) 春に種子を蒔いてミツバの株を育てます。これを根株と呼びます。秋に掘り上げて貯蔵し、順次、溝やビニールハウスのムロに伏せ込んで、軟化します。伸長してくる萌芽(若い葉と茎)を、地ぎわで切り取り、収穫します。根を切り取って出荷しますので、これを「切りミツバ」と呼びます。別名を「伏込三つ葉」とも呼びます。香りは根ミツバに劣りますが、舌触りは断然、切り三つ葉です。(2) 根ミツバ(露地三つ葉) 種蒔きから収穫まで、ズット畑で育て、根を付けたままで出荷するのが根ミツバです。すなわち、養成した根株を掘り上げずに畑に残しておき、春先、新芽の出て来る時、土を寄せ、軟化して収穫します。根を切り取らずに出荷しますので、「根ミツバ」と呼びます。根ミツバは最後まで畑で栽培するため、より野生種に近く、そのため香りが強いです。しかし、やや硬く、舌触りは切りミツバの方が優れています。別名、「露地三つ葉」とも言います。切りミツバと根ミツバは主として関東で利用されています。(3) 青ミツバ(糸三つ葉) 関西では、関東の様な根株の養成を全く行わず、畑(短冊型の栽培床)に、種をビッシリ密に蒔き、発芽させ、育て、自己軟白させます。葉柄が20~25cmぐらいになった時、地ぎわから切り取り、収穫します。関東の切りミツバ、根ミツバに比べて、葉・葉柄とも緑色が濃く、青ミツバと呼ばれ、市場では「糸三つ葉」とも呼びます。また、「施設三つ葉」とも言います。 3.ミツバの生産の推移と産地1)生産の推移と産地 昭和51年(1976年)の作付面積は947haで、生産量は11,300tでした。その後、多少の出入りはありますが、昭和63年(1988年)には激増し、栽培面積は1,474haで、生産量は19,034tに達しています。作付面積で56%増、生産量で68%増です。 昭和63年の作付面積の内、35%が切りミツバで、32%が根ミツバ、33%が糸ミツバでした。面積的には、三つの型がほぼ3分の1ずつと言うところです。2)ミツバの作り方(1) 刈りミツバ 刈りミツバ作りの第一段階は株作りです。畑に5月20日前後に種を蒔き、初霜の降りる10月下旬に、葉の枯れ始めたミツバを掘り取るまでのことを株作りと言います。その間、草取りや追肥、消毒などの作業をしながら、ひたすら株を充実させて行きます。この時、葉数の多いミツバの方が太陽の光を一杯浴びますから、株にも力が着きます。タップリと光合成産物(デンプン)を根に蓄えたミツバが力のある株で、株充実度が伏せ込み後の生育・収量を左右します。 一方、ミツバの株を伏せ込むためのムロを作って置きます。ムロは、まず地面を掘り下げ、底にもみがらを敷き、さらに山砂を敷き詰めます。その上に、温度調節のための電熱線を張り、その上に再度山砂を敷きます。この様なムロを幾つかまとめてビニールハウスで覆うと完成です。 このムロの中に、掘り上げたミツバの株をギツシリと並べて行きます。これを伏せ込みと言います。あとは、水と温度だけの勝負です。温床線でムロの温度を22~23度に保ち、株から芽が伸びてくるまでは、朝晩の水やり以外、遮光シートを掛けて光をシャットアウトします。するとまもなく、茎も葉も真っ白なミツバが伸びて来ます。一週間くらいで、新葉が表面を覆う様に広がり、日光が茎まで届かなくなります。その時、葉に日光を当ててやりますと、葉は緑色に変わって行きます。20日足らずで葉は緑、茎は色白の、あの刈りミツバが出来上がります。 この様に、長い時間をかけて、土と太陽、水と温度と人の手で、大切に大切に育てられる切りミツバは、さしづめ深窓の令嬢とも言える野菜です。(2) 青ミツバ葉 施設栽培の青ミツバは、近年、水耕栽培が主流に成っています。作業し易いように床(水耕ベッド)を高くし、真冬は保温のために、ハウスの中で、更にビニールをかけます。種は、水を含ませた、25mm角の切り込みのあるウレタンの上に蒔きます。温度を15℃前後に保つと、約1週間で白い根が出てきます。その根をウレタンの中にさし、約2週間経つと、双葉が開きます。これが苗です。このウレタン片の苗を、直径25mmの穴をあけた発泡スチロール板に、植え付け、水耕液に浮かべます。苗は液肥を吸い、日光に当たって生長します。植え付けから30~40日で、3枚目の本葉の葉柄が25~30cmになりますと、スチロール板から、ウレタン片ごと抜き取って収穫します。これがウレタン片付きの青ミツバです。こうして年間10回程、繰り返して生産されます。ある意味では工場生産と同じです。何処か香りが違うと思うのは、土と太陽に育てられた昔風のミツバを懐かしがる年寄りの郷愁でしょうか。4.良いミツバを選ぶポイント まず、葉が黄ばんだり枯れたりしていないもの、葉柄がシャッキとして白いもの、瑞みずしくて生きがよいものを選びましょう。 5.機能性と栄養価 ミツバのあの独特の香り成分は、精油中に含まれるクリプトテーネン(C10H24)と言う物質に由来します。香り成分は、葉の部分に一番多く含まれ、根部、葉柄の順に少なくなります。 ミツバにはビタミン類が豊富に含まれ、ホウレンソウに匹敵するほどです。特にビタミンAが多く、中でも、青ミツバには多く含まれています。また、細くて、アクが少ないため、茹でる時間も短く、水に晒す時間も短いため、調理によるビタミン類の損傷は少ないです。 6.ミツバの調理・料理 品の良い香りと爽やかな歯切れ、吸物の彩りだけにしておくのは惜しい野菜です。お浸し、あえ物、茶碗蒸し、土瓶蒸し等など、日本料理にはなくてはならない存在です。ご家庭でも大いに利用して下さい。 ミツバを調理するポイントは、茹で方にあります。茹でる時間の調節がシャキッとおいしくするコツです。実は、ミツバの葉と茎は性状が大変違うため、同時に茹でると、葉は茹で過ぎてしまいます。出来れば葉と茎を分けて、熱湯で、各々サッと茹でると色鮮やか仕上がります。 面倒なので一度にと言う時は、0.5%程度の食塩を加えた熱湯に、まず根の方から入れ、葉が湯に浸った後、10程度でサット茹でます。その後冷水に取り、あら熱をとって、余熱で必要以上に柔らかくなったり、色が変わるのを防ぎます。 7.ミツバの姉妹・セリ セリはセリ科の多年草で、水辺や湿地に群生する野草です。万葉集に登載された四辻の左大臣の、「せりなずな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすすしろ これやななくさ」、春の七草の歌は有名です。この七草の筆頭に上げられたセリは、冬を旬とする山菜です。冬のセリは暖かい陽光を浴びる水辺の日溜りで、競り合って生長します。その競り合う様に伸びるところから、競り(セリ)との名前が付きました。勢いのよい語源ですが、「芹摘む」と言うフレーズになりますと、グッとロマンチックになります。「芹摘む」と言う言葉は、平安時代、芹を摘む乙女の姿に恋焦がれたと言う故事から、恋慕うと言う意味なのです。知っていましたか。 セリが持つあの独特の芳香は、食欲をそそるばかりでなく、発汗作用や保温作用を持ちます。また、各種ビタミン類を含み、冬場のビタミン供給にピッタシ。その上、ミネラル分も多く、血液の浄化にも役立ちます。特に、冬は身体を温めるため、高カロリーの脂肪・蛋白質食を食べる回数が増え、とかく血液が酸性化し易いと言われています。この汚れた血液の浄化に、セリの各種ビタミン、例えば葉酸などが有効です。セリをよく食べると、金欠は治らないまでも、貧血は治ります。血液の状態を正常にし、貧血や便秘を防ぎ、リウマチや神経痛、高血圧にも効果があります。 冬はクリスマスや正月と、酒を飲み、ご馳走(肉食)を食べる機会が増えます。そして二日酔いになるチャンスも倍増します。二日酔いの朝は、セリのスープをどうぞ。血液の浄化を通じて、よく効きますよ。政界の浄化にセリの様に効く、野菜は無いでしょうかね。この様な強い機能性を昔の人はよく知っていて、セリを食べ過ぎると、精がつき過ぎると、「セリ食うと十年のなんば(古傷)が出る」と戒めました。 などなど 色々はた坊
2009.01.24
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普通のタマネギは 昨年11月15日にhcで苗を購入してその苗の玉葱の植え付けをしている---こちらは お遊びで玉葱を植えた---在庫の玉葱で 小さいのがまだ残っていたので14個 畑に植え付けをしておいたこれはホームタマネギではないが まあ似たような物で 12月か1月には大きくなるかも??9月02日 在庫の極小サイズの玉葱 14個を畑に植え付けしておく9月03日 さて 無事に育てば 普通の玉葱に育ってくれるはず ??? かな ??9月18日 ようやく 2つが発芽してきた 2つは消えた 残りの10個はまだ発芽しない9月25日 6つは消滅 腐っていたようだ9月30日 発芽したのは8個となった10月4日 場所替えで 8個のタマネギを別の畝に移動する 8個並べる10月10日 移動した8個のうち3個はこれまた消滅した 残りは5個のみ10月27日 発芽した芽は再度の分裂にはいった それぞれ3個つづの芽に分かれている11月30日 もう一度 タマネギの状態を見てみた 球は膨らんでいない 駄目12月10日 分裂したタマネギをバラバラにして植えなおした 結局は数は11個となった01月22日 植えたたまねぎをみると茎が太くなりだしている 元気に太りだしたかな ??ホームタマネギは作った事はないが 小さい在庫の残りの玉葱余り物で そのつもりで栽培中これは タダの余り物のタマネギの発芽した腐りかけのタマネギを植えた物ひょっとして 腐りかけの春のタマネギ 9月に植えてみて12月に収穫できるか??やったが駄目 発芽して芽が3つに分裂しただけ 球にはならなかった それで バラバラにした 植え付け14個 残り5個 5個が11個に11/15---6/8----9/2(14)----9/25(8)----10/10(5)------10/30(5)-----12/10(11)昨年植 収穫 発芽した 減少-6 減少-3 ,,,,,,,,,,,, 3つに分裂 バラバラにして11個ホームタマネギなら3月種蒔き 6月に3センチで掘り出す 8月末に再度の植え付け 12月末に収穫するこうすれば 12月にタマネギが収穫できるらしいが これは特別に難しい栽培らしい ??6月の収穫したタマネギで保管している内に発芽した古い腐れタマネギ植えても12月に玉ねぎにはなりませんでした 来年の6月には普通のタマネギになる予定 ??1月は 9月に植えてから 4ヶ月を過ぎている そろそろ太りだしているようだ ??2月くらいに 太くなれば 収穫をしてやろう ??はた
2009.01.23
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畑の生き物 その 41 いたちイタチ(鼬,鼬鼠)とは、ネコ目(食肉目) ネコ亜目(裂脚亜目) イタチ科 イタチ属 Mustela に含まれる哺乳類の総称である。オコジョ、イイズナ、ミンク、ニホンイタチなどがイタチ属に分類される。目: ネコ目(食肉目) Carnivora 科: イタチ科 Mustelidae 亜科: イタチ亜科 Mustelinae 属: イタチ属 Mustela 小柄な体格ながら、非常に凶暴な肉食獣であり、小型の齧歯類や鳥類はもとより、自分よりも大きなニワトリやウサギなども単独で殺し、食べてしまう《イタチの由来》町で見かけるイタチは、ほとんどが大陸から渡ってきた大型のチョウセンイタチです。昔から日本にいるホンドイタチは、山地や山里に住んでいます。《イタチの特徴》胴長、短足ですばしこく動き、わずか3cm足らずの隙間でもすり抜けてしまいます。垂直の壁でも平気で登ることができ、泳ぎも上手です。《イタチの行動》チョウセンイタチは、石垣の隙間や床下などを住みかとしますが、最近では天井裏に住みつくことが多くなりました。特にグラスウールの断熱材をほぐして巣を作り、子育てするケースが増えています。主食はネズミですが、ドバトや昆虫なども食べます。最近ではソーセージや卵なども食べることが多くなりました。秋から畑の間を走り回っているイタチがいるが すばしっこくて あっという間にいなくなる写真はよそのネットの写真猫科なのだけど 獰猛 最近は家の屋根裏にいたりするらしい ???はた坊
2009.01.23
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ピーマンについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???トウガラシ・ピーマン1)ピーマンの名前の由来、様変わりした好きな野菜・嫌いな野菜、 今の子供の嫌いな野菜のトップはピーマンです。それでいて、好きな野菜のベストテンにも顔を出すのがピーマン。親はピーマンを緑黄色野菜の親玉の様に思い込み、何とか子供に食べさせたがります。「空っぽのピーマン頭を退治するために、ピーマンを食べなさい」と、ところで、ピーマンがトウガラシと兄弟であることを、知らない奥さん達がいます。無理もないですね。細長くて、真っ赤に色づくトウガラシと、グリーンのほうずきの様にフックラと膨らんだピーマンでは、まるで違います。しかし、ピーマンは紛れもなく、トウガラシの一種でなのです。トウガラシの辛くないのがピーマンなのです。2)トウガラシ・ピーマンの古里 ピーマンを含めてトウガラシ一族の古里(原産地)は、中央アメリカから南アメリカの熱帯地方と言われています。ペルーでは、実に2,000年以上も前の遺跡からトウガラシのカケラ(遺片)が見つかつています。もう、その頃から栽培されていたのです。 このトウガラシを、コロンブスが1493年に、トマトやバレイショと一緒にスベインに持ち帰りました。それにより、ヨーロッパに辛トウガラシが広がったのです(15世紀)。そのため、トウガラシの別称をスペイン胡椒とも言っています。そして今でも、スペインばかりでなく、ハンガリーなどでも辛トウガラシの栽培が盛んです。 その後、ポルトガル人やイギリス人によって、インドに伝わり、ここも一大産地と成りました。ここではインド胡椒と呼ばれ、今ではインド料理の香辛料として、欠かせぬ物となっています。 3)日本伝来のなぞ 中国には、このインドを経て、17世紀に伝わり、キムチの国・朝鮮には中国経由で普及したようです。これには異説もあり、中国・朝鮮のトウガラシ栽培はもっと早く、豊臣秀吉が朝鮮に攻め入った文録(1592年)・慶長(1597年)の役の時に、既にトウガラシが栽培されており、ハクサイ共々、日本に持ち帰られたとの説もあります。そのため、トウガラシを別称、高麗胡椒とも言います。なお、高麗とは朝鮮の古名で、結局、高麗胡椒とは、朝鮮のコショウと言う意味です。 この時に入ったのは小型種で、これからシシトウや、シシトウをさらに長くした伏見甘(10cmくらいの長さになる)などが作らたと言うのです。 一方、日本には安土・桃山時代(16世紀)に、南蛮(ポルトガル)人によって直接、伝えられたとの説もあります。そのため、辛トウガラシの事をナンバンとも言うのです。また、トウガラシを漢字で示しますと、唐芥子または唐辛子と表記する様に、唐(中国の古名)の芥子(カラシ)の意味で、中国渡来を示す言葉です。この事が示す様に、中国から渡来したとの説もあります。実際、トウガラシを中国原産の野菜と勘違いしている人もいます。 どちらにせよ、百年足らずの間に、コロンブスが新大陸から持ち帰ったトウガラシが、はるばる日本までやって来たのは歴史上の事実です。 この様に、トウガラシの日本への渡来については、幾つかの説があります。(1)1542年(天文11年)にポルトガル人によってもたらされたとする説(佐藤信淵ら)、(2)秀吉の朝鮮出兵(1592~1600年)の際に持ち帰ったとする説(貝原益軒:大和本草)、(3)慶長年間()に南蛮より入ったとする説、(4)江戸時代に中国から渡来したとの説、などがあります。恐らく16世紀から17世紀にかけて、何回かにわたって渡来したのでしょう。 渡来後の国内での広がり方は早く、トウガラシは、江戸時代末期までに全国で栽培されていました。また、既に、辛味のないものが「甘とうがらし」と呼ばれ、ごく僅かながら栽培されていました。 一方、今、食べられている様なピーマン(甘トウガラシ)は、辛トウガラシから、品種改良によって生まれてきた産物です。すなわち、米国で1774年にピーマンの代表的品種であるベルまたはベルノーズが育成され、1828年にはカルフォルニアワンダーが登場しました。その後とも、150年以上にわたって、ピーマンの育種は米国を中心に行われました。 ピーマンの日本への上陸は遅く、本格的に栽培されが開始されたのは明治以降です。他の野菜と共にピーマンも導入され、有名なラージベルもこの頃に入って来ました。また、大正から昭和にかけては、チャイニーズジャイアント、カリフォルニアワンダーなどが導入されました。しかし、他の洋野菜と比べて全くと言っていいほど普及しませんでした。ピーマン特有の青臭さを嫌う人が多かったのでしょう。野菜として食べられるようになったのは、戦後のことです。そして、今のようにポピュラーな野菜になったのは、昭和30年代以降のことです。食生活の変化と栄養面で優れていることから、生産と消費が急に伸びてきました。 4)ピーマンの名前の由来 ピーマンの名前は、フランス語のPimentから来たもので、昭和24~25年頃から日本でも使われ出したようです。英語では、ピーマンはSweet pepper(甘トウガラシ)と言い、普通のトウガラシはHot pepper(辛トウガラシ)と言います。共にpepperで、両者とも植物学名はCapsicum anmuu L.です。 ところで、ピーマンと言う言葉は、フランス語でトウガラシを意味するピマン(Piment)からきた言葉です。本来はトウガラシ全体を指す言葉だったのですが、何時の間にか辛くないトウガラシ、すなわち甘トウガラシを意味する様になりました。ところで、ピマンの英語読みはピメントですが、困ったことに、スペイン語のピミェントに由来するピメントと言う言葉は、フランス語やスペイン語では、トウガラシの総称として使っています。それが、アメリカ(アメリカ英語)ではピメントと言えば、あの赤ピーマンのことを意味します。ややこしい話です 元々は、ピーマンとは欧米系の大型の甘トウガラシを意味しましたが、今では、小型の品種(シシトウ)も含めて、辛くないトウガラシを全てピーマンと呼ぶ様になりました。ピーマンの別名はアマトウガラシで、シシトウは正式にはシシトウガラシ(獅子唐芥子)と言い、関西では青唐とも呼びます。なお、トウガラシは漢字で示すと、唐芥子または唐辛子と表記する様に、唐(中国の古名)のカラシとの意味で、中国からの渡来を示す言葉です。2.ピーマン・トウガラシの生理・生態と種類別特性 トウガラシ・ピーマンは、被子植物門・双子葉植物綱・合弁科亜綱・管状花目・ナス科の植物で、ナス、トマト、ジャガイモなどと同じ仲間です。本来は多年生の植物で、霜の降らない熱帯地方では、経年化につれ茎の下部は木質化して、低潅木となります。しかし、温帯地方では冬を越せないため、50~100cm程に育つ一年生草本として栽培されています。 <辛トウガラシではないですが、甘トウガラシ(sweet pepper)> 通常、ピーマンと呼ばれ、昔から日本でも作られて来た獅子トウガラシや新参のベルトウガラシなどからなります。一般的に知られている品種としては、果実の大きさから分けて、小型の獅子トウガラシ(俗に言うシシトウ)、中型の新さきがけ、大型の緑王、特大のカリフォルニアーワンダーがあります。 2)甘シウガラシ(ピーマン)の仲間とその特性 ピーマンは、高さ(草丈)60cm位で、楕円形の葉を持ち、7~12cmの花柄の先に直径2~5cmの白い花を着けます。果実は卵形、卵大で底がへこみ、縦に溝が数本走ります。果皮は青緑で艶があり、熟すると黄または赤、完熟すると暗紅色になります。未熟な緑果を食べるもの、赤や黄に熟した果実を食べるものや、形や大きさも色々あります。例えば、大きさでは、3g位の小さいものから300g近い大きいものまであります。形も細長いものから円筒形、短円筒形、円錐形のものと実にバラエティに富んでいます。(1) 青唐がらし 甘味種のトウガラシは、未熟なものは青唐がらしと呼ばれ、関西地方に多く出回っています。その代表はシシトウです。また、伏見や大獅子も食べやすく甘みがあります。 伏見甘は在来種の甘とうがらしで、果長は10~12cmとかなり長く、その先端は細くなっています。果肉は薄くて柔らかです。辛味のない生食用とうがらしということで、ピーマンの仲間してとり上げましたが、市場では甘とうがらしとして取り扱われています。 シシトウガラシ(獅子唐芥子)、シシトウは在来種の甘とうがらしの中で、果実の先端が3つぐらいに分かれ、獅子頭に似ていることと、そのウェーブのかかった果実の形を獅子の頭に見立てたのが、名前の由来で、日本でも古くから栽培されています。(2) 厚肉大果種 ラージベル型ピーマン 特大のピーマンには、4タイプあります。ほぼ正立方形のベル系(カリフォルニアワンダーやラージベル)、果肉が比較的薄く、果実の長い獅子系(大獅子)、果実が円錐形のピメント系及び偏球のスカッシュ系です。獅子系とベル系は野菜用、ピメント系とスカッシュ系は果肉が厚いので缶詰用に使われます。 厚肉大果種の一つのタイプ、ラージベルには、カリフォルニアワンダーなど戦前までに米国から導入されたもの、近年ヨーロッパから導入されたもの、それを改良したものなどがあります。果肉が厚く品質は優れていますが、晩生で着果も少なく、収量が上がり難いのが難点です。従来、日本では果肉の厚さをあまり要求しなかったため、栽培はそう多くありませんでした。しかし最近、高品質のもの、特長のあるものが求められる様になり、注目されています。赤色、黄色などの成熟ピーマンの利用の面からも注目を引いています。(3) 中肉中型種 いわゆるピーマン 皆さんが一般的に見ているピーマンです。果肉の厚さはまあまあで、収量性、早生性、耐病性を改良したピーマンで、昭和30年代までに、日本で作られたピーマンの品種はこのタイプのものが中心です。果重は40~50gで、円筒形でシワが少なく、濃緑のタイプです。ニューエース、翠玉二号などの品種が、半促成栽培や早熟栽培で春から秋にかけて作られています。 (6) カラーピーマン 最近は料理のファッション化に伴い、赤、橙、黄、黒などカラフルなピーマンが出回っています。ピーマンはどの品種でも成熟すると、殆どが赤色になり、一部の品種が黄色または橙色になります。3.生産と流通2)ピーマン ピーマンはナス科の野菜の中でも最も高温を好む野菜です。昼間は27~30℃、夜も18℃以上のき気温がないと、十分な生育と収量は得られません。このため、露地では、温暖地でも5月下旬から10月下旬の間しか栽培できません。収穫期を早めるに、ハウスの中で育苗し、トンネルで保温するなどの方法が取られています。 秋から次の春までのピーマンは、促成栽培と呼ばれるハウス栽培です。収穫しながら冬を越すこの栽培では、暖房機を使ってハウスの中を最低気温18℃に保ってやることが必要です。九州や四国の温暖地でも、沢山の燃料が必要です。そんな意味では、冬のピーマンは石油を食べている様なものです。また、太陽の光が少ない分、ビタミン類の含有量も少なく、せっかくの緑黄色野菜・ピーマンも陰が薄いです。 などなと゜ 色々はた坊
2009.01.23
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ニラ(韮)は、ユリ科ネギ属の多年草。緑黄色野菜ネギは丸い葉になるが ニラは葉の長さは20-30センチで束生する。形は線形で扁平1昨年度はニラは年に5-6回の収穫したが 記録は紛失 ?? 春から秋までくらい昨年はニラは家の庭においているのと 畑のブランターの4個の分と 2箇所とした葉を取っても 採っても 1ヶ月もすれば 元通りになる ニラは回復力は旺盛である昨年の収穫の予定4月 2回 4回済み5月 2回 2回済み6月 2回 2回済み7月 2回 2回済み8月 2回 2回済み9月 2回 2回済み10月 2回 2回済み11月 0回 1回済み12月 0回 1回済み合計予定14回 収穫18回済み収穫量一昨年は5-6回昨年は18回で 今年は 20回以上を目標ニラは同じ株から10回は収穫できるらしい ??昨年は まだ同じ株からは9回の収穫だったただいま 寒さでダウンしているいま ブランターで4個 この分を8個のブランターに分けてゆったりとして土を入れ替えして 広く根っ子が伸びるようにする今週中に ニラの4個のブランターを8個にして ゆったりさせて生育するついでに ミョーガの2個のブランターも 4個のブランターに広げておこう はた坊
2009.01.22
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イチゴ 今年もブランターで苗を育てていくとする苗は15-20個くらい まあ これくらいでやってみるイチゴの記録05月17日 イチゴの実が遅かったが収穫を開始05月29日 ランナーがどんどん伸びてきた06月06日 ランナーの数は30個くらいはある06月20日 実がそろそろ終わりに近づいてきた06月29日 収穫が終わり 実は155個で終わり07月14日 いちごの苗のポット 30個の確保する07月24日 苗が弱っているので 日陰を作ってやる これで大丈夫かな ??09月06日 夏がすぎて 苗が10個消滅した ?? 残りは20個となった10月05日 プランターでも苗は育ちつつある まあまあ元気よく苗も育っている10月15日 となりのおじさんよりイチゴの苗の余り物10をもらっておく また合計30個11月20日 いちごにランナー2本出てきている 体力があるのかな 元気の証拠 ??12月20日 いちごの数を数えてみると また15-20個くらいになっている01月10日 追肥をやっておく01月20日 ブランターで狭くなっているので 土を追加して株の間隔を広げる 生育適温は17~30℃で 13℃以下に温度が下がり、日照が11時間以下になると休眠に入ります。となっている11月下旬~1月上旬に2回めの追肥をする。そのとき、除草を兼ねて、畝の表面を耕しておくとの事で 1月10日に追肥をしておく 雑草も除いて置いた今年はイチゴは苗15-20本 ブランター3個の分を間隔を広くして6個に3-4株づつでゆったり植え替えしておいたブランターの土もたっぷりと底の部分に詰め込んでおいた これで根っ子も伸びられる ??はた坊
2009.01.22
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畑の生き物 その 40 ねずみ ネズミ 鼠ネズミ(鼠)とは、ネズミ目(齧歯目)ネズミ上科に属する哺乳動物の総称である。ハツカネズミ、ドブネズミなど、1,000種以上が含まれる一大グループを形成している。目 : ネズミ目(齧歯目) Rodentia 亜目 : リス亜目 Sciurognathi 下目 : ネズミ下目 Myomorpha 上科 : ネズミ上科 Muroidea ネズミのほとんどが夜行性人間が寝ている間に食料などを食べるので、寝盗みが転じてネズミという名がついた ??一生伸び続ける門歯をもつため、常に何か硬いものをかじって前歯をすり減らす習性がある。もし硬いものをかじらないまま放置しておくと、食べ物が口に入らなくなってしまい餓死繁殖力が旺盛であり、世界中のほとんどあらゆる場所に生息している。丸い耳、とがった鼻先、長い尻尾といった、よく似た外観上の特徴をもつ外観から種を見分けることは難しい。このため、頭骨や歯によって識別がなされている。ハツカネズミなどのネズミは一度の出産で6~8匹生むことが出来るわずか3~4週間程度で性成熟し子供が産めるようになる。ネ ズ ミ の 習 性○警戒心が強い。○環境に適応する能力が強い。○夜間に活動する。○巣を作る。○通路が一定している。○集団でなわばりを持っている。○人の食べるものなら何でも食べる。○2センチ2.5センチ穴があれば、通り抜ける。○門歯が一生伸び続けるので、いつも硬いものをかじる。ねずみ一般にいえることのようだが、寿命は2年ほど、2ヶ月に5匹ほどの子供を産むクマネズミは高い学習能力を持ち、粘着シートに捕らえられた仲間を見たりすると「これは危ない」と記 憶し、同じわなにはかからないから始末が悪い。その証拠にネズミの同じわなにかかる確率として、ハツ カネズミが50%なのに対し、このクマネズミはわずかに2%だった。しかも、長い間同じ毒エサで駆除しつづけた結果、体がその毒に適応してしまい、(突然変異とも)それが 遺伝して受け継がれているから、彼らは先天的に毒に強くなってしまった。関係者はこれを「スーパーラッ ト」と呼んでいる。クマネズミの防除は難しく、高校や大学どころか大学院修了の力が必要だ」という。これは、ネズミ駆除のベテラ ン技術者の言葉である。 ????クマネズミの頭は 大学院出と同じくらい 賢いらしい負けたーはた坊
2009.01.22
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カブラについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ??? カブ 蕪 1.カブの古里とその名の由来 カブの古里は、アジア、特に、アフガニスタンを中心とした地域と、ヨーロッパ西南部の海岸地方と言われています。現在のカブは、このヨーロッパ群(テルトウ型カブ)とアジア群(アフガニスタン型カブ)の基本的二群から発展・成立しました。 アジア系カブとヨーロッパ系カブを祖父・祖母とし、その子・孫が各地に広がり、栽培されるようになりました。とりわけ、ロシア、小アジア、インド、日本の四地域での発展が著しく、多様なカブ(品種)が生まれてきました。これら4地域のカブ群は、言うならば、アフガン型カブとテルトウ型カブから独立・分家した一族と言えます。 ヨーロッパにおけるカブ栽培の歴史は、古く紀元前のギリシア時代に遡ります。英語のturnip(カブ)は、turn napus(丸くなった菜種)から出た言葉で、それはギリシアで、カブをコングレー(太ったナタネ)と呼び、ナタネと区別したことに由来します。 また、紀元1~2世紀のローマでは、長カブ、丸カブ、平カブの名が付いたカブが記録に残っています。この時代には、既に、多くのカブの品種が知られており、それらの中にはギリシアの地名が付いたものもあります。この事からも、ギリシアでのカブ栽培の古さが偲ばれます。 ヨーロッパのカブ栽培が、一段と盛んになったのは、16世紀以降です。フランスでは、食用と飼料用カブが広く栽培されていました。イギリスでも、カブの葉と根を食用にしていました。なお、ヨーロッパではどちらかと言うと、飼料用のカブが重要な地位を占め、飼料用作物の代表となっています。野菜としてのカブからは想像出来ない程、大きなカブが作られています。アメリカには16世紀半ばに伝わり、ここでも栽培が一大発展しました。 2)東洋のカブ、日本のカブ カブ主?と成った軍師・孔明 中国のカブは、シベリア方面から、秦・漢の時代までに、既に、伝播していたものと思われます。邪馬台国の女王・卑弥呼が、中国の魏に使いを送ったのは、有名な話ですが、この時代(三国時代)の魏の敵対国でありました蜀の、宰相にして希代の軍師でありましたのが、かの有名な諸葛孔明です。三国誌の主人公的存在であります彼が、南征の折、山中に蒔いて糧食としたのがカブです。そのため、中国ではカブを諸葛菜と呼んでいます。なお、日本では諸葛菜はムラサキハナナと呼ばれ、生花として利用されています。 日本にいつ頃、カブが渡来した来たのかは定かでありません。しかし、かなり古くから栽培されていたと思われます。記録的には、持統天皇が桑や栗、梨などと共に、カブの栽培を奨励した(持統天皇の七年:693年)ことが、日本書紀(720年)に記載されております。万葉集(753年)にも,蕪菁(かぶら)とか蕪(かぶ)、蔓蕪(かぶらな)と言う名前で登場します。そして、春の七草の一つスズナ(小菜)として広く人々に親しまれていました。 平安時代の各書、延喜式(905年)や本草和名(918年)、倭名類聚鈔(911~983年)などにも、蕪菁あるいは蔓菁との語が見られます。また、清良記(1560年頃)には蕪菜とあります。この蕪菜は菜として利用します。冬や春、その葉をかき取り、料理したとあります。また、カブを間引きしたものを、間引き菜と呼び、大いに利用していました。なお、京菜、ウグイス菜などの漬菜類がカブの中の品種として登場します。 ところで、当時の蕪菜と呼ばれた物が、今のカブに相当するのか、ツケナであったのか、人によっては、異論のあるところです。また、蕪菁、蔓菁は根芥子を元来意味するとの説もあります。そのな訳で、昔の人の言った蕪菁、蔓菁が今のカブであったかは、?の部分があります。確かなのは、江戸時代の本朝食鑑(1697年)や農業全書(1696年)に示されるカブは、今のカブと同じものです。日本に伝播してきたものが、根を利用する方向に改良されたものがカブとなり、葉を領する方向に発達したのが、いわゆる「菜っ葉」になったのでしょう。 3)江戸に花咲く、カブの花 世の中、進歩するばかりとは限りません カブは、江戸時代には重要な野菜の一つに成っていました。各地で土地に合ったカブが育成されました。山城の内野蕪、摂津の蕪、天王寺蕪、陸奥の大蕪などが地域特産品として、当時、有名でした。 農業全書(巻3,4)に菜之類として、42種の野菜の特性、栽培法、土地の選び方等が記載されています。その中の筆頭がダイコンで、次いでカブでした。そして、カブの効用として、カブは長期間食べても、健康に良く、カブの味は穀物の味に似ており、色も赤く美しい。穀物に加えて食べれば、飢饉の年には、多いに役立つとしています。 「天王寺カブは根が短く、葉も青くて柔らかく、料理に適している。これを干しカブにした物は名物になっている。また、近江カブも極めて味がよい」、と農業全書には記載されています。 現在の日本で栽培されているカブの殆どが、この時代に出来上り、明治以降、新たに欧米から導入されたのは、家畜の餌用のカブぐらいです。食用品種は日本のカブの美味しさに、到底及ばず、栽培されなくなりました。そして現在は、これら先人が作り上げた多様なカブを親として、一代雑種(F1品種)が作られています。言うならば、江戸に咲いたカブの花が、今も咲き誇っていると、言えます。5)カブの名の由来 俳人・谷口(与謝)蕪村はカブ作りの名人? カブは、和名を「かぶ」または「かぶら」と言い、漢字では「蕪」または「蕪菁」の字をあてます。元々、カブの形が弓の先につけられる鏑に似ている事から、名付けられました。英語ではturnipです。また、万葉の昔より、「すずな」との名前で、春の七草の一つに数えられ、食用に供されてきました。 江戸の俳人・与謝(谷口)蕪村は、当時、カブの産地として、有名であった大阪・天王寺に住んでいたので、俳号を蕪にちなんで蕪村としたそうです。当然、カブをよく食べたことでしょう。もしかしたら、自分自身でカブを栽培していたかも知れませんね。 2.カブの生理・生態とその特性1)アブラナ科の本家はカブ、ダイコンではありません カブはアブラナ科アブラナ属に属し、ダイコンはアブラナ科ダイコン属に属します。アブラナ科の本家はカブだったのです。本家のカブは染色体数(遺伝子を含んだ糸状の物質)が10なのに対して、ダイコンの染色体数は9です。ダイコンは本家より、一本足りません。 カブを分類学上の手順で紹介しますと、被子植物門・双子葉植物綱・離弁花亜綱・アブラナ科・アブラナ属となり、ツケナ、ハクサイ、ハクラン、カラシナ、タカナなどと兄弟・姉妹の関係にあります。それに対して、ワサビダイコン、コールラビなどがダイコンの数少ない兄弟です。 元来、冷涼な気候を好むが、日本ではカブの大部分は温暖多湿な気候下でも栽培されています。葉の生育は温暖な気候の方が良好ですが、根の生育・充実は冷涼な気候下の方が望ましい植物です。生育適温は15~20度で、寒地は春夏、暖地は秋冬の栽培が基準となっています。耐暑性は弱く、盛夏には生育不良で、根の肥大が悪く、品質も劣ります。耐寒性は一般に強いですが、白カブは概して弱い様です。 葉は一般に細長く、長楕円形で、刻みがあり、ヨーロッパ系は全面に毛があり、アジア系は毛がなく、平滑です。地上部の姿は、前者は横に広がり、後者は立っています。根の形態は品種により多様で、円筒形から球形、偏円形など様々です。色も白、赤、黄、緑、紫と多彩です。花は、2~4月に抽台し、花茎の先端に十字架の黄花をつけます。種子は黄褐~褐色で小粒で、特に、ヨーロッパ種は小さいです。 3.生産と流通 カブは、一般に地方的な嗜好性が強く、地域の食生活と結び付いた古くからの在来品種があり、地方の特産品となっているものもあります。それらの品種は各々の地方の生産環境に適応し、発展してきただけに、その環境下でのみ真価を発揮します。 地域別の品種については、先に述べてきた通りですが、ここで大雑把に整理しておくと、関東の金町、関西の聖護院、北九州の博多据や東北・北陸のカブナ、長カブ、北海道の大野紅蕪などがあります。 1992年のカブの作付面積は7,480haで、収穫量は209.300tです。都市近郊の千葉、埼玉、滋賀、京都、岐阜などが主な産地です。北の国・北海道でも200ha程度の畑でカブを作っています。4.カブの旬と選ぶポイント カブは火の通りが早いので、煮過ぎないことがポィントです。せっかくの美味しさが消え、筋っぽさだけの残骸になります。特に、ハウス物は肉質が柔らかく、充実度が劣りますので、煮崩れし易いです。露地物の方が口当りもソフトで、香りも高く、一夜漬けにした時も、塩の乗りがよく、柔らかく出来上がります。ハウス物は塩の馴染みが悪く、暴走族の青年よろしく、堅く突っ張った歯ざわり、舌ざわりがします。 カブを選ぶ時のポイントは、葉はみずみずしく、折れるくらいパリパリしていて、色が鮮やかなものを、根はヒゲ根のあまりないものがよく、肌に艶があり、胴がパンと張った、重量感のあるものを、お選び下さい。肉質が緻密で、甘味が濃いはずです。逆に、肌の艶が失せ、尻が裂けているいるものは、過熟のものが多く、肉質が粗く味が劣ります。 保存は、葉は付け根から切り、別に利用するとして、根はポリ袋に入れて冷蔵庫の野菜ボックスにしまいます。一週間程度は持ちますが、何といっても早く食べるにこしたことは在りません。6.料理 カブは元々、ダイコンより味に甘味がありますので、生でも、酢の物でも美味しく食べれます。そのため主役にはなれませんが、和、洋、中華で酢漬け、汁の実、煮物などに利用されています。一般的に、小カブは一夜漬けや汁の実に、中カブは漬物、煮物、三杯酢に、大カブは風呂吹きや千枚漬けに使われています。 カブの煮物を作る時のポイントは、火の通りが早く、味も染み込み易いですので、煮崩れに要注意です。とくに、冬の小カブは皮が薄いので皮付きのまま使いましょう。また、調味は薄めでだしの旨味とカブ本来の甘味を生かすことです。 また、私がよく作る男料理の一つに、カブを葉ごと、根は薄切りにし、葉は3~4cmに切り、油げと一緒にバターで炒め、片栗粉を少量の醤油を加えた水で溶いておき、最後にサッと全体に掛けて、あん掛け風にする「カブ炒め」があります。ビタミン、ミネラルの供給にピッタリの栄養食です。熱い内に食べますと美味しさも抜群。冷凍庫に眠っている冷凍ホタテや剥きエビなどを加えると、もう立派なメインデッシュです。 7.カブ、アラ・カルト1)カブの色・匂い・いろいろ 赤カブと呼ばれるカブの色は、アントシアン系色素によります。特に、紫赤色はシアニジン配糖体、紅色はペラルゴニジン配糖体のアントシアンです。なお、一部の品種には黄色の色素・フラボンが存在し、カブの花はキサントフィルとフラボノイドによって黄色を呈します。 また、カブの種子は、40%前後の油を含み、その中には、からし成分シニグリンを0.3%程度含みます。そのため、種子を傷つけると加水分解酵素の作用を受けて、匂い成分(アリルイソチオシアネートと言う)が発散し、アブラナ科植物特有の香りを漂わせます。しかし、油をとるならば、油菜のほうがよいと昔の人は考えていました。なぜなら、カブは茎葉の繁茂の割に実(子実)の収穫量が少ないためです。などなど 色々はた坊
2009.01.22
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畑の生き物 その 39 もぐらモグラ(土竜)は、トガリネズミ目・モグラ科(Talpidae)に属する哺乳類の総称綱 : 哺乳綱 Mammalia 目 : トガリネズミ目 Soricomorpha 科 : モグラ科 Talpidae (Fischer de Waldheim, 1817) もぐら 残念ながら ??? 現物のモグラは見たことはありません写真はよその ネットでみつけた分ですまあ トガリネズミの1種だけど ネズミではなく モグラ科なりネズミ目以外の「○○ネズミ」 これらは、ネズミではない。トガリネズミ、ジネズミ、ジャコウネズミ、カワネズミはトガリネズミ目 トガリネズミ科、ハリネズミはハリネズミ目ハリネズミ科である。 モグラ類が属する食虫目は、文部省(当時)の提唱した呼称改定(1988年)により、現在は「モグラ目」とも呼称されるようになっている。食肉目(ネコ目)」に属するイヌやクマやイタチが、ネコの「仲間」であるというのと同様、トガリネズミやハリネズミはネズミでなくて「モグラの仲間」 との事 ?モグラは地下にトンネルを掘り、その中で生活する。 地中に棲むミミズや昆虫の幼虫を主な食物としている。実際にはモグラはしばしば昼間でも地上に現われるが、人間が気付かないだけたまに 仲間との争いで地上に追い出されて餓死するものもいるらしい ??モグラは非常な大食漢で、胃の中に12時間以上食物が無いと死ぬ との事 ??それと意外な事に実は泳ぎが上手く、移動中やむなく水辺に当たった場合泳いで移動をする。日本には4属7種のモグラ類が棲息コウベモグラは西日本に、アズマモグラは主に東日本に広く分布する。両者の生息域の境界線は中部地方にあるが、やや大型のコウベモグラが少しずつ東側に生息域を広げつつある。これは、先に大陸から移入したアズマモグラが日本全土に生息域を広げたあとに、新たに大陸から移入してきたコウベモグラが東進しているためともいわれるはた坊
2009.01.21
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セロリについて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???セロリ 和蘭陀三葉 清正ニンジン CELERY 1.セロリの古里とその名前の由来1) セロリは湿原生まれの薬草 セロリの野生種は、ヨーロッパから、中近東、インド西北部にまたがる広い地域の、冷涼な山岳地帯の湿地に野生しているApium graveolens var.graveolensから改良されたもので、葉柄を食べるセロリはその変種var.dulceとされています。学名の「アピウム・グラフェレンス」は、「湿気のある土地に生え、強い匂いを放つ」と言う意味です。今でも、野生のセロリは、スウェーデン、アルジェリア、エジプト、そしてアジア西部のコーサカスにかけての広い地域の、湿潤な地域や沼沢地に自生しています。 紀元前500年頃の貨幣にセロリの葉の模様が刻まれています。この頃は先にも述べた様に、主に野生種を薬用や香味料として使っており、食用となったのは17世紀に入ってからです。1623年、フランスで薬草であったセロリを野菜として初めて利用したとの記録があります。18世紀にはイギリスで改良が進み、大々的に作られる様になりました。その後、19世紀に入ってアメリカに伝わり、ここでも盛んに品種改良がなされました。膨れた長い葉柄のセロリは、この改良過程で生まれました。なお、現在の日本の品種は、全てアメリカで作られたものです。 中国には、一説には10世紀頃、胡芹の名でシルクロードを経由してインドから伝来したと、言われています。しかし、もっと古くから原種に近い葉柄が細長く肥厚しないものが伝わっていたとの説もあります。今も中国では、この型の品種「芹菜」が栽培され、東南アジアにまで及んでいます。 2) 加藤清正が朝鮮から持ち帰ったセロリ 日本には、豊臣秀吉の朝鮮出兵、文録・慶長の役(文録1年:1592年と慶長2年:1597年)の時に、加藤清正によって持ち込まれたとの俗説があります。そのため、セロリは清正人参(キヨマサニンジン)との名で、江戸時代の「本朝図鑑」に記録されています。ニンジンもセロリと同じセリ科で、同じように香味野菜独特の香りをもっていますから、ニンジンと呼んだのもうなずけます。なお、このセロリは芹菜型のものでしょう。ところで、不思議なことに、岡山城内に明治時代まで野生状態で生育していたと言われています。 その後、江戸時代・文政年間にオランダ船によって、再度セロリが伝わりました。セロリの和名が和蘭陀三葉(オランダミツバ)と言うのは、ここにルーツがあります。この時は、ニンジンでなく三葉を連想しています。なお、セロリの別名を白セリとも言います。 セロリの三度目の渡来は、江戸後期・幕末です。開港された横浜の外人住人を対象に、セロリ栽培が行なわれましたが、うまく作れずに失敗しています。 明治に入って、ヨーロッパ、アメリカから多くの品種が導入されました。明治37年に長野県の松本市で栽培が始まりました。しかし、強い臭いのために普及しませんでした。広く栽培されるようになったのは、戦後、昭和50年代に入ってからです。肉食が盛んになり、食生活が洋風化するにつれ、人気を得るようになりました。今では松本市や茅野市、原村などが主要産地になっています。2.セロリの生態とその特性1) セロリは水気が好きな冷涼野菜セロリは植物学上の分類では、被子植物門・双子葉植物綱・離弁花亜綱・傘形花目・セリ科に属する1、2年生草で、ニンジン、ミツバ、パセリ、アシタバボウフウなどが同じ仲間です。 セロリはセリ科のセロリ属に属し、根から直接出る葉(根出葉と言う)が多数発生し、長い葉柄を伸ばします。草丈は、60~90センチで、葉は卵形ないしは長楕円形で、葉肉は薄く波状です。特有の強い香りがします。また、夏から秋にかけて、白くて小さい花を着けます。主に、軟らかい葉柄を食用としますが、小さな葉も食べられます。 株全体にアピインと呼ばれる成分による香気があり、これが好き嫌いの分かれ目になります。セロリは元々、冷涼な山岳地帯の湿地に自生している植物で、冷涼な気候を好み、乾燥を嫌う野菜です。発芽は20℃前後がよく、30℃を越えると発芽しません。セロリの栽培では如何に一斉に発芽させるかがは重要なポイントです。生育も日中23℃、夜間18℃前後が最適で、気温が上がると生育が衰えます。また、栽培には十分な湿気が必要で、乾燥すると株が開き、葉柄が筋っぽくなり、歯ざわり、舌ざわりが悪くなります。2) 各種品種とその特性 セロリの最大消費国はアメリカです。アメリカ人は緑色種(グリーンセロリ)を好みますが、日本のセロリは殆どが中間種(ホワイト種とも言う)です。中間種は肉質が厚く、繊維があまりありません。(1) 黄色種 茎葉は淡緑色で葉柄の幅が広く、肉は薄く、かっての主流品種でした。 (2) 緑色種 株全体が濃緑色で、葉柄は円形で香りが強いのが特徴です。主な品種はトールユタ52~70があります。また、日本での改良されたものとしてミニセルがあり、普通のセルリの株の半分くらいで、緑色はそれほど濃くないのが特徴です。(3) 中間種 緑色種の性質を取り入れたもの。葉の色は淡緑色。葉柄は丸みがあり、肉芽厚い。代表的なものにコーネル619がある。香りが比較的少ないため、日本人向きの品種として定着し、日本で栽培されているもののほとんどがこの品種である。(4) スープセルリ(芹菜) 中国では古くから利用されており、セロリの原種に最も近い種類で、学名をvar.secalinumとされています。地中海地方を中心に栽培されるヨーロッパ型と、中国南部・東南アジアに栽培されるアジア型(芹菜)があります。(5) セルリアック セロリと同じ祖先の野生種から変化したと推定される仲間に、セルリアックがあります。セルリアックは、地上部の外観はセロリに似ていますが、地下部はカブ状に肥大し、この肥大根をサラダの材料などに使用します。いもセロリ、根セロリとも呼ばれます。セロリの変種で、var.rapaceumとされています。肥大根は驚く程の大きさ、ソフトボールを一回り大きくしたぐらいに大きくなります。皮を剥いてスープ、シチューに入れます。また、細切りにしてサラダにも使います。セロリに似た風味があります。4.セロリの旬と賢い選び方 「旬」という字を広辞苑で引きますと、魚介、蔬菜、果物などがよく熱して、味の最もよい時期と解説されています。確かにセロリは一年中出回っている野菜ですが、味の最も良い旬は一体何時なのでしょうか。セロリは、先にも述べましたが、やや涼しい気象条件下での生育を好み、昼温23度、夜温18度で、地温23度が最適とされています。北海道や長野県の高冷地産の場合で言えば、7月から10月にかけて、太陽の光を十分に浴びて収穫された物が旬と言えます。なお、静岡ものならば旬は2~5月とも言えます。すぐに食べれない場合は、葉先を切り、ラップやビニール袋で包み、冷蔵庫の野菜ボックスに入れて置きますが、それでも4、5日の保存が限度です。5.健康野菜セロリの栄養価・機能性セリ科の植物、中でもセロリやパセリは、食欲増進、精神安定、疲労回復に有効な健康野菜です。一般的にセリ科の野菜は、アピイン(セロリ)、アピオール(パセリ)と言った精油成分を持ち、独特の強い香りがあり、これが人々の好みを左右しています。なお、この香りには精神を安定させる働きがあり、神経過敏の人や不眠症、ノイローゼに効果があります。葉付きのセロリを水を入れたコップに差し、仕事机の端や枕元に置きますと、鎮静効果ががあり、気が休まります。 栄養的には、カロチンをはじめ、ビタミンB1、B2、C、E、カルシウム、鉄などを豊富に含み、食物繊維にも富みます。セロリに他の野菜に比べて比較的多く含まれるビタミンB1、B2は、体内におけるエネルギーの代謝をよくし、神経系の正常な働きを維持するのに有効です。先に述べましたオランダでの利用法も一理あるいえますね。 まさにセルリは、ビタミン不足や便秘がちの人に特に進めたい健康野菜です。生食の苦手な人は、茎葉を果物などと混ぜてジュースにすると良いです。また葉は、刻んで布袋に詰め、浴槽に入れますと、香りもよく冷え症に効果的です。 6.料理法1) セロリのサラダを楽しむために セロリの特徴は、シャキシャキした歯ざわりと独特の香気にあります。この香りには、肉やレバーなどの臭みを消す揮発性成分が含まれています。そのため西洋料理では、肉料理の香味野菜として盛んに利用されます。しかし、セロリ本来の味と香りを楽しむには、やはり茎(葉柄)の部分を生のまま食べるのが一番でしょう。短く切って塩か味噌マヨネーズをつけてかじるのは、簡単で酒の肴にはもってこいです。 セロリに捨てるところは殆どありません。特に、バラ売りを買った場合には、全て食べられると言っても過言ではありません。茎の外側の堅い筋は根元から包丁を浅く入れ、葉の方向に引っ張るようにそぎ取ります。軟らかい茎は、外側の繊維を取り、生のままサラダにします。地ぎわの太くて堅い部分は煮物用に、葉に近い軸はスープの香味に利用します。葉や小枝の部分は、茹でてサラダにしたり、湯通しした後、油炒めにしたり、スープ、シチューや肉料理の香味野菜として使います。さらに漬物、てんぷらにも向きます。セリ科の仲間(1) パセリ 地中海の両岸、ヨーロッパ東南部とアフリカ北部を原産地とする二年生草で、全草に精油・アピオールを含み、特有の香りを放ちます。ヨーロッパでは、古くから薬味作物として栽培されていました。一時は、キニーネの代用としてマラリアの薬としても、使われていました。 パセリは栄養価トップのスーパー野菜です。パセリと言うと料理の飾りみたいに扱われていますが、ただの彩りとして捨ててしまうのは惜しい野菜です。恐らく、奥さん達も、パセリの栄養価の高さを知ったら、料理のつけ合わせだけでなく、もっと積極的に利用したいと思うでしょう。なんせ、ビタミンAはホウレンソウの2.5倍で横綱級、ビタミンCは200mgとグンを抜く多さ、その上、ビタミンB1、B2を含み、ミネラル分も豊富です。特に、鉄はホウレンソウの三倍弱、カルシウムは同三倍強と、驚くほどです。細かくきざんでオムレツに入れたり、スープに浮かべたり、サラダ、スパゲティに散らしても美味しく食べれます。食が細く、貧血ぎみの人にはパセリ入りのジュースがお勧めです。トマト、リンゴ、ニンジン、バナナ、オレンジをベースにパセリを適量好みに合わせ加えて下さい。最高の夏バテ防止ドレンクになりますよ。などなど 色々はた坊
2009.01.21
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冬は真っ盛り 寒い さむい でも 一番に寒いのは実際は2月だ12/21日は 冬至 昼が一番 短い01/20日は 大寒 今から1ヶ月は寒い 寒い02/18日は 雨水 昔から農耕の準備を始める目安 そろそろ霜も終わりに近づく03/20日は 春分 昼と夜が同じ来月から 今年もジャガイモを植える用意をそろそろ ???今年も 野菜をどんどん 作るぞーーーー今年の予定2月 (1)ジャガイモ3月 (6)ニンジン ほうれん草 ヤマノイモ トマト プチトマト 唐辛子4月 (18)ゴーヤ カボチャ インゲン サトイモ サツマイモ ナスビ ピーマン しし唐 シソ コーン 枝豆 ゴボウ メロン ブロコリ スイカ ズッキーニ 伏見唐辛子 キュウリ 5月 (6)鷹の爪 ショーガ マクワウリ 万願寺唐辛子 オクラ モロヘイヤ どんどん 植えるぞーーー し゜ゃんじゃん 植えるぞーーーはた坊
2009.01.20
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昨年の下仁田ネギ種蒔きした分 6月からの分6月16日 ネギ坊主の種 そのまま畑に種蒔きをする6月23日 7日目に発芽した ネギ坊主の種からの発芽はok7月15日 なんとか300本くらいは残っているが雑草取りが大変だ 7月22日 雑草とりするたびにネギも引っこ抜いて数が減りつつある まあ200本が残るか8月08日 雑草とりして残っているのが50-100本くらい ???? 8月31日 発芽したネギさん 畑の畝に移動する9月14日 ネギはまだ小さいまま 活着はしている10月4日 見た目にも下仁田ネギの生長が始まったように見える どんどん大きくなあれ10月20日 土寄せのかわり雑草をどんどん寄せておいた11月14日 追加の雑草寄せをやっておいた 高さは70センチになっている12月06日 籾殻も被せて まあまあのサイズにはなっている 12月11日 試しで2本抜いてみる 予想とおりやや小さい が まあまあ12月19日 年内の収穫はいつでも ok12月22日 4の20本の収穫をする12月26日 5の70本のうち 20本の収穫をする12月31日 3本の収穫 1本は根っ子 紫の色しているわ 根っ子は切り取って植え付け01月08日 どんどん収穫している 残りは半分のみ下仁田ネギの在庫の一覧表1 1昨年の残りの下仁田ネギ 6月22日の種蒔きの分 13本---実際には03本---今ほぼ消滅 2 1昨年の収穫したネギの根っ子残した分 20本------------実際には02本---今ほぼ消滅3 昨年の種蒔き 2月分 28本----------------------------実際には00本---今なし消滅4 昨年4-5月種蒔きの分--------------------------------実際には20本--全部を収穫 5 昨年6月の種蒔きの分--------------------------------実際には50本--30本は収穫6 昨年9月にもう一度種蒔きをする----------------------実際には100本くらいの苗 収穫の予定まず 4の部分の4-5月種蒔きの20本 これは12月に収穫 12/22-完了次に 5の部分の6月種蒔きの50本 これは12-1月に収穫 30本収穫 残り20本最後に6の部分の9月種蒔きの100本 コレは2-3月に収穫 20本残して種用写真のネギの2本根っ子に固い塊 ? 何だ これ ??2007-06-22 種蒔き2008-02-02 ネギ坊主が出来る2008-06-07 ネギ坊主の種を収穫する そのままネギは残して育てる2009-01-09 残したネギさん 育たず やはり2年も経つし種を取った後なので 老化ネギか種をとった後のネギは 賞味期限切れなのか 再度 育たず大きく育てるには ネギ坊主を作らないようにカットしておかないと駄目なようだ ??あまり小さいので引っこ抜いた写真のような根っ子が付いていた ???これは 種をとったときのネギの根っ子かな ?? 古い根っ子は枯れて その後に上に新しい根っ子が出来たみたいだけどネギとしては 大きくならず 小さいネギで育たなかった ???やはり ネギは毎年 新しく種蒔きして 育てないと古いネギを続けて育てていても 駄目のようだ ???ただし ネギ坊主カットして種を作らなかったのは 大きく育っている はた坊
2009.01.20
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生姜について ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???ショウガとミョウガ 1.生姜と茗荷 事始め ショウガ(生姜)とミョウガ(茗荷)、この一字違いの植物は、被子植物門・単子葉植物綱・ショウガ目・ショウガ科の仲間同士です。原産地は共に熱帯地方と言われていますが、定かでありません。 しかし、一字違いのこの作物同士には「天と地」の違いがあります。例えば、ショウガは根(根茎と言います)を食べますが、ミヨウガは若芽や花の包(花包と言います)を利用します。そうです、天(花包:地上部)と地(根:地下部)の違いがあるのです。 また、ショウガの独特の香りと辛味は、味わう人々の血の巡りを良くしてくれそうですが、逆に、ミョウガは食べ過ぎると物忘れが激しくなるとの、言われ無き風評があります。 まあ、これは、インドなど熱帯地方で、古くから人々に、ミョウガが食べられていた事を示す逸話と言えますね。2.<ショウガ しょうが 生姜 生薑>(1) ショウガの古里、 ショウガは被子植物門・単子葉植物綱・ショウガ目・ショウガ科の植物で、インドからマレー半島にかけての熱帯アジアが、原産地であると言われといます。古くからインド、東南アジア、中国で栽培され、重要な香辛料として、あるいは薬用に用いられてきました。 ショウガは、記録によりますと、アラビア商人によってインド方面より一世紀頃、地中海地方にもたらされ、イギリスでは十一世紀に、既に栽培されていたようです。15世紀になりますと、スペイン人によって、ヨーロッパからジャマイカなど西インド諸島に持ち込まれ、ここで広く栽培されるようになりました。そして、16世紀には、逆に、西インド諸島から、ヨーロッパに輸入される様になりました。現在では、ジャマイカ、インド、ナイジェリア、シエラレオネ、中国などが主要な産地です。 日本への伝来は相当古く、奈良時代には既に栽培されていたようです。当時は生薑(はじかみ)と言われたり、「くれのはじかみ」とか「つちはじかみ」と呼ばれていました。ちなみに、「はじかみ」とは山椒の古名です。また、ショウガは「生姜」とも書かれています。 (2)ショウガの利用法、様々 ショウガは多年草で、地下に手の指を曲げて連ねたような形の根茎(塊根)が、広がっています。この枝分かれした根茎の先端から芽が出て、地上部で茎になります。地上部の茎は高さ60~100センチ程度まて伸び、笹の葉に似た幅広い葉を着けます。また、熱帯地方では、秋に黄緑色の花を咲かせますが、日本では温度が足りず、咲く事はありません。 食用には、秋に出来た新らしい根茎を利用します。根茎は黄白色で、その肉質は繊維が軟らかい物(例えば、昔ショウガの三州)とか、繊維質の堅い物(例えば、大粒の近江)があり、品種によってかなり異なります。 なお、塊根と呼ばれる根茎を食用に利用するものには、皆さんのお馴染みサッマイモがあります。ちなみに、バレイショは地下茎を食べ、ダイコンは肥大根を、カブは葉柄と根を利用しています。 日本では、ショウガは秋に出来た新しい根茎をそのままおろして、薬味や料理に使います。また、ショウガの甘酢漬けは、お寿司の付き出しのガリとしても、よく食べますね。 世界的には、皮付きのまま天日で乾燥したり、皮を剥いてから乾燥したものが主流です。皮を剥いてから乾燥する際、茹でると黒生姜、すなわち、ブラックジンジャー、black gingerになります。中国では若い根茎を干して、茹で、砂糖シロップに漬けて、缶詰します。これをグリーンジンジャー、green gingerと呼んでます。私たちが飲料にするジンジャーエールは乾燥した根茎を利用しています。 夏に出回る葉ショウガは、みずみずしく皮にしわのないものを選びましょう。良く洗って、味噌を添えて食べるたり、沸騰した熱湯にサット通し(根の部分のみを30秒程度)、酢漬けにし、利用します。甘酢に浸した酢漬けショウガは焼き魚の添え物に欠かせないですね。この際、熱の掛けすぎは味を失いますのでご用心下さい。 この様に、ショウガは、日本では、一般的に薬味として利用されていますが、カツオ、アジのたたきなどを作る際の、生魚の味を整えたり(矯味)、臭いを抑えたり(矯臭)するにも、欠かせません。また、単に味や香りをよくする以外に、喉の薬、身体を暖める効果もあります。むかし、冬の寒い晩など、お婆ちゃんが熱たかいショウガ湯を作ってくれたものです。フーフーしながら、飲んだショウガ湯は、風邪の予防にも効いたのです。 (3)ショウガは冷凍庫に入れ、野菜ボックスには入れないこと 知っていますか、ワンポイント情報 ショウガの旬は7~11月、「新根ショウガ」が出回ります。多いに旬を、ショウガの味を楽しみたいですね。さて、そのな時、ショウガ選びは、若い女性の様に、皮膚(皮)にしわがなく、ふっくらしたみずみずしいものを選びましょう。ところで、ショウガを貯蔵し、翌年に出荷するものを「ひねショウガ」と言いますが、ひねショウガの選び方は、皮に傷がなく、ふっくらしたものが良いです。 おろしショウガとして使うなら、こぶりですが、昔ショウガと呼ばれる「三州」が最適です。香り強く、辛味も水分もほどよく、繊維質が軟らかいのが特色です。この様なショウガは冷蔵庫の野菜ボツクスでなく、洗って水気を吹いて、ポリ袋に入れて冷凍庫に入れて置き、使う際に、凍ったままおろした方が、香り、辛味が失われずに済みます。 もちろん、二三日以内に使うなら、冷暗所のダンボール箱に入れておいても良いです。むしろ、野菜ボックスに入れますと、ショウガは風邪をひき、水浸状に変色し、傷みが激しくなります。また、香りや味も変わってしまいます。 実は、ショウガは風邪を引き易い野菜の代表選手とも言えます。すなわち、ショウガは13~15度の温度を下回る所に置かれると、風邪を引きます。一般的に、野菜ボックスの温度は6~10度なので、ここに放り込まれると、ショウガは二日か三日で、風邪を引きます。ショウガの様に風邪を引き易い作物としては、サッマイモ(13~16)、キュウリ(10~13)、カボチャ(10~13)、ピーマン(10)、ナス(10)、オクラ(10)などがあります。ナスなどは症状が最も目立ちますので、気付く人が多いですが、ショウガはなかなか気付きません。 大粒の近江ショウガは繊維が多く、かつ、その繊維が強く、堅いのが特色です。おろしとして使うよりも、薄切りにし、さらして、甘酢に漬ける方が向いています。甘酢漬けのガリに良いですね。ところで、ショウガの剥いた皮は、長ネギの青い部分と共に、油のくさ味、魚の臭い消すのに有効です。なお、魚の臭い消しに使う時は、魚ををひと煮してから、ショウガを入れる方が効果が高いようです。 (4)シャリアピン・ステーキてご存じですか ショウガの消化酵素を利用しょう ショウガ汁に漬けると、肉や魚の臭みが消えます。また、肉を柔らかくする効果もあります。それは、ショウガにタンパク質を分解する酵素が含まれといるからです。但し、この酵素は余り肉の中に浸透しません。厚い肉を漬け込む時は、前もって切れ目を入れて置くか、箸やフォークで突き、内部まで染み込ませることです。 同様な酵素は、パイナップルやパパイヤにも含まれています。パイナップルの甘酸っぱさは豚肉とよく合いますが、それ以外に実は、肉を柔らかくしていたのです。ロシア生まれの著名な音楽家、シャリアピンの名をかぶせたシャリアピン・ステーキーにパイナップルが載っているのも、この酵素のお陰です。実は、シャリアピンはステーキが大好きだったのですが、胃が弱く、あまり食べれませんでした。そこで、彼のファンであった或るコツクさんが、パイナップルに漬け込んで肉を柔らかくし、レアに焼き挙げたステーキにパイナップルを載せて出しました。胃にもたれず、シヤリアピンは大喜び、以後、常にこのステーキを注文したところから、この名前が付いたとのことです。 ハパイアにも強力なタンパク質分解酵素が入っています。むしろ、一般的に最も知られているのはコチラです。硬い水牛の股肉を、まだ青いパパイアを千六本に切り、一晩漬けて置くと、柔らかいヒレ肉の様になります。腹を透かせた遭難者が革靴を食べたとの話がありますが、そんな時、パパイアがあれば、上等のステーキになったものです。 パパイアの果実に含まれるタンパク質分解酵素はパパインと呼ばれています。パパイアの果実や葉から抽出され、製品として売られています。このハパインは中性前後でよく作用しますが、最も作用力(活性)が高いのは、pH5.0前後とやや酸性状態の時です。 市販の製品は、その25倍量の赤肉を消化出来ます。凝固卵白なら、パパイン粗製品の200~300倍量を消化します。消化は60~90度の範囲でよく進行しますが、一般に65度が最も消化が進みます。この作用を利用して、食肉の柔軟化剤として利用されています。堅い筋肉や輸入肉をパパインで処理し、牛乳カゼインや大豆カゼインで張り合わせて、ステーキを作ることなど、朝飯前のことです。皆さんも知らない内に、ファミリー・レストラン等で、パパインのお世話に成っているのです。 パパイアはパパイア科の高木で中南米が原産と思われています。果実の果肉は厚く、色は黄色からオレンジ色で、果実の中央部に大きな空洞があります。その中に黒褐色の種子が大量に詰まっています。最近は、熱帯果実として、バナナやパイナップル等と共に、スパーなどで売られていますね。 パパイアの未熟な果実は、野菜としても利用できます。カボチャの様に料理したり、千切りにして、サラダとして食べます。また、若い果実を傷つけますと、白い乳液が出ます。この中にタンパク質分解酵素の一種・パパインが含まれているのです。ハパインは人間の消化酵素ペプシンに似た蛋白分解酵素です。この乳汁を乾燥・粉砕した物は消化剤の原料として、また、食肉の軟化剤として使われています。なお、この粉末をパポイドと呼ぶこともあります。 (5)ショウガの知られざる機能 薬としのショウガ 漢方では、根を蒸し干ししたものを干姜と言い、コルク層を除いて日干しにしたものを生姜と呼んでいます。各々、漢方の処方に加えられ、古くから芳香性健胃薬や矯臭薬として利用されています。 ショウガの機能成分である辛味成分は、生のショウガではジンゲロール、乾燥ショウガではショウガオールと呼ばれる物質です。ジンゲオールは肝臓障害を予防する効果あり、ショウガオールには鎮痛、鎮咳、解熱の効果があります。なお、ジンゲロールは加熱によって容易にショウガオールに変わります。 これらの成分は、人の粘膜を強く刺激しますので、一時に大量に使用することは避けるべきです。食べ過ぎると、胃腸の粘膜を刺激し、腹痛や時には下痢を引き起こします。もっとも、シヨウガを腹が痛くなるまで食べる人など居ませんね。 ショウガの芳香は、ジンギベレン、フエランドレン、シトラール、ピネン、リナロールなどを含む精油成分によります。ショウガの精油成分は香水にも使われています。 一方、辛みの主成分は、結晶性のジンゲロンと油状のショウガオールです。これらの成分が持つ機能を活用し、東洋では、ショウガは古くから薬用に使われ、肉類の消化薬、健胃、整腸剤として利用されてきました。また、日本では民間薬として、風邪や目薬に使われていたこともあります。 ショウガ成分には、殺菌・殺虫作用もありますので、生肉・生魚をショウガ漬けにし、保存に利用しました。ちょうど、コショウの主成分ピペリンの抗菌作用を、昔、ヨーロッパで肉の保存・貯蔵に利用した事と、同じですね。 などなど 色々はた坊
2009.01.20
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去年の秋のブロッコリー去年に収穫した茎ブロッコリー スティック セニョールの種を種蒔きした7月27日 ポットに種蒔きをした ポット16個7月29日 発芽が開始 すこし芽が出てきた8月07日 適当に種をまいたので 発芽した数はかなり多数 しばらく このままにして 苗を大きくする8月16日 ブロコリーの成長を待っていたら その前に苗が虫に齧られて 全滅2回目 2回目 2回目8月20日 さあ もういちど 種蒔きをするぞーー8月21日 2度目の種蒔きする8月23日 発芽する 8月25日 そのまま畑に移動する 小さいまま畑に植えてしまう9月05日 雑草もどんどん生えてきている もうしばらくすれば除草の必要あり9月09日 沢山の植え付けだったが 適当な数に減ってきている9月15日 予備のブロコリーの種蒔きをしておく 畑の苗としてブランターで予備の苗準備9月20日 虫がたくさんついている 葉が齧られているが虫は毎日捕まえておく9月23日 8本はまあまあ 残りの8本は日陰で成長はやや遅れ気味9月30日 これで40日目となる 混雑しているので1本立ちにするか ??10月20日 これで60日目となった かなり大きくなった10月30日 一番大きいブロッコリーの花の蕾の固まりが見えてきた 第一号かな 11月09日 全部の蕾は茎のブロッコリー スティック セニョールに間違いなし11月15日 初の収穫をする 12月03日 4回目の収穫をする12月11日 鶏糞を追肥しておく 大きくなあれ12月20日 無駄な葉はカット 風通しを良くしておく12月26日 8回目の収穫をする 大きいのは取り尽くした これから小さくなる12月27日 小さな花が1個咲いている すこし取るのを早くしないと 花が咲くなあ? 01月10日 9回目の収穫01月19日 10回目の収穫 どんどん蕾が小さくなるなあ あとは数を増やす 追肥だな一昨年度の収獲は11月14日より始めて4月12日までで25回の収穫昨年の収獲は11月28日より4月13日までで 合計48回だった昨年の初収穫は11月15日で2ヶ月で10回の収穫となっている 毎週一度づつ収穫している感じ程ほどの収穫で 多すぎず少なすぎず 良い感じどんどん追肥の鶏糞をいれて まだまだ3月まで収穫するぞーーー はた坊
2009.01.19
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畑の生き物 その 38 ハト 鳩 その2鳩(はと)は、ハト目・ハト科に属する鳥類の総称である。 体に比べて頭が小さく、胸骨、胸筋が発達してずんぐりとした体型が特徴である。日本に生息する鳩には、アオバト、カラスバト、キジバト、シラコバト、ドバトなどドバトはカワラバトの飼養品種が再野生化したものとされ、野鳥とはみなされない事もある。目 : ハト目 Columbiformes 科 : ハト科 Columbidae 亜科 多数 カワラバトを改良したドバトは、戦前・戦中の軍事用、戦後の一時期には報道用に伝書鳩として大いに活用された。地磁気などにより方角を知る能力に優れているとされ、帰巣本能があるため、遠隔地まで連れて行ったハトに手紙などを持たせて放つ事によって、情報をいち早く伝えようとしたのである。しかし、現在ではレース鳩として飼われることがほとんどである。前回は地面にいた鳩今回は空を飛んでいたので 写真を1つハトの飛び方が良く判る かなり大きく羽ばたいて 一生懸命に羽をバタバタさせているそばにくると 音もかなり大きく激しい動きだなハトも 空を飛ぶのはかなり体力を使っているようだ ???これらのハト 1960年くらいまでは人気があった 通信用とかレースとか伝書ハトとして人気がありモテモテだったが 今はITと携帯電話などに押されて役立たず 無用のハトとなったで 畑で野生化して 無職のハトとなり 雑草の種を拾っているドバトは、買い主のいない野生化した鳩のこと日本には奈良時代に持ち込まれ、伝書バト、競技用のレース鳩として飼われてきましたがこれが野生化し現在全国各地で 駅や神社や公園などで見られる。体重 オス:約450gメス:約420g鳩は、1度に2コの卵を産み、条件が良ければ、年間7~8回産みます。ヒナは約6ヶ月で卵を産めるようになります。寿命は10~20年で2~3年が最も成熟。繁殖期間は1年中です 20年も生きるらしい ? 凄いないつもは畑にいるが その気で飛べば1000KMは飛べるらしいレースなどでは200K 300K 500K 700Kなど 色々やっているらしいでも 途中でハトさん 行方不明になるのが多いらしいここにいるのも そうなのかな レースなど辞めたと ここで遊んでいるのかも ??帰還率82%超える!300Kレース(昨年58%)昨年を大幅に上回り、826羽が帰還した。 と ネットにあり 脱落組みもかなりいるらしい?ハトも駅などでは 人と並んで歩いている 慣れていて 逃げもしないし 餌をくれるとも思って付いてくるハトも畑や田んぼで人間の作っている穀物を拾って 駅でもバンをくれる人もいるので全く人間頼みになっているみたい ???はた坊
2009.01.19
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レタスついて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???レタス、チサ、チシャ、サラダ菜 レタス類(Lactuca sativa;lettuce)。 1.レタスの古里と名前の由来広い意味でのレタスの近縁野生種は、ヨ~ロッパの南部、アフリカ北部、中近東、コ~カサス、インド北部からシベリアにかけての、広い範囲に分布しています。今でも、トルコなど中近東の国々では、野生種のレタスが見られます。 2,500年ほど前に、既に栽培されていましたが、これは玉にならない非結球性のタイプでした。この様なレタス栽培の歴史はエジプトに始まります。紀元前5世紀にエジプト人が、既にレタスを食べていたと言う記録があります。 ローマ時代に入ると、既に、主要な野菜の一つに数えられていましたが、このレタスも、今のレタスの様には結球していませんでした。実は古代ローマのプリニウスの博物誌(最古の博物誌)には、「ギリシア人はレタスを、(1)驚く程幅の広い茎を持つレタス、(2)丸い茎をしているレタス、(3)ズングリしたラコニアレタス、の三種類に分けた。また、播種期によって、レタスの種類分けをして、黒いレタスは1月に、白いレタスは3月に、赤いレタスは5月に、種を播いた」と記載されています。 その後、ヨーロッパ諸国、まず、フランスやオランダで改良が進み、16世紀には、地中海沿岸を中心に、今風の結球レタス(ヘッド・レタスである玉ヂシャ)、リーフ・レタスやプリーツ・レタス(その母体である葉の赤いちりめんチシャ)、地中海コス島産のコスレタス(ローメインレタス)や茎食用の茎レタスなど、さまざまな種類が出現しました。18世紀になって、その改良はアメリカに引き継がれ、近代的な育種開発がなされました。そして1910年頃からレタス栽培は急激に広がりました。 2)大金を出して買い求めたレタスの種、その名も千金菜中国では5世紀にその記録がありますし、随(581~618年)の人々はチシャをひどく気に入って、ペルシャ方面渡来したレタスの種を、千金(大金)を出して買ったので、「千金菜」の名が付いています。今でも中国人はチシャが大好きで、市場では山のように売っています。もっとも、「レタスと言うとサラダ」と日本人は考えますが、中国ではサラダを食べません。炒めて食べます。その時の主役は葉ではなく、茎です。 レタス「千金菜」は、お隣の韓国にも、古く随の時代に伝播しています。随の国に派遣された高麗(当時の朝鮮)の使者が、珍しいこの野菜に目を止め、大金を積んでその種子を求め、持ち帰ったと言います。韓国では今でも「千金菜」と呼ぶそうです。昔は、韓国でも王族貴族しか食べられなかったとか。なお、韓国風焼き肉は、本来、この千金菜「サンチュ」に包んで食べたものです。 3)あおによし奈良の都で食べられたチシャこそ、和風レタス 日本では東大寺正倉院の文献に書き残されていることから、8世紀の大和人も食べていたと思われます。しかし、このチシャは、私達が現在、親しんでいるレタスとはかなり形態が違います。掻きチシャ(Cutting lettuce)や茎チシャ(Stem lettuce)でした。 平安時代の和名抄(923~930年)にはチサ(萵苣)、室町時代後期・戦国時代の農事書・清良記にはチサ(苣)として、記載されています。恐らく奈良時代末期から平安時代初頭までに、野菜として利用される様になっていたと思われます。 江戸時代の農学書・農業全書には、萵苣との名前で登場し、四季を通じて種子を蒔き、若い内に食用とするとあります。 江戸時代には、かなりポピュラー野菜となって「なます」や「煮物」に使われていた様です。その頃のレタスは、何度も述べるように、現在のレタスと違って、下のほうから掻き取りながら食べることから、「掻きチシャ」の名で親しまれていました。結球レタス自体が日本に伝わったのは、江戸時代末期、文久2年(1863年)にアメリカからですが、普及するまでには至りませんでした。明治に入ると、アメリカ、フランスから玉レタスが輸入され、料理の飾りに使われていました。その後、洋食の普及につれ、次第に需要が増え、まず、長野県の高冷地で夏どり栽培が始まり、暖地の冬どり栽培が続き、今では全国の何処かの産地で常に栽培され、一年を通じて食卓を飾るように成りました。 4)レタスの呼び名とその由来レタス類は、全てキク科の葉菜で、生で食べることが多いので「生菜」、また香りを楽しむところから「香菜」とも呼びます。 さて、レタスの和名「チシャ」は、「乳を出す草」の意味の「チサ:乳草(チチクサ)の略」を語源にしています。一方、英名のレタス(Lettuce)はラテン語のラクトゥーカ(Lactuca)に由来し、ラーク(Lac)は乳を意味しています。すなわち、茎葉に含まれる独特の苦みを持つ乳状の汁液に、その名が由来しているのです。 2.レタスの生理・生態とその特性1)レタスは冷涼な気候が好き レタスは被子植物・双子葉植物綱・合弁花亜綱・キキョウ目・キク科の植物でフキ、ゴボウ、キクイモ、チコリー、タンポポなどと同じ仲間です。キク科植物は地球上で最も繁栄している植物の一つで、植物界の約10の1を占めています。レタスの種子は面白いことに、光が当たらないと発芽しません。そのため、種子を深く蒔きますと発芽しなくなります。 レタスは一年もしくは二年生の植物で、形態上から大別しますと、結球性のもの、半結球のもの、不結球のものがあります。葉は薄く、長楕円形で互生し、品種により葉縁が波状、鋸歯状を呈します。表面はなめらか、ちりめん状、波状のものがあります。抽台すると花茎は90~120cm程度に伸び、初夏に茎頂に花を咲かせます。2)レタス一家を紹介すると (1)玉チシャ(ヘッド・レタス)には、クリスプ・ヘッド型とバター・ヘッド型があります。前者が俗にレタスと呼ばれ、30~50枚の葉が巻き、1.0~0.3キログラムになのます。これに対して、後者は普通、サラダ菜と呼ばれ、葉数は15~25枚程度で、葉の欠刻(きざみ)は少ないです。料理の敷物などに使われます。主としてバタ~・ヘッド型はヨ~ロッパで広く利用され、クリスプ・ヘツド型はアメリカで発達しました。日持ちが悪いのも一つの特徴で、買ったらすぐ食べることです。 (2)チリメンチシャは日本では葉チシャとも呼ばれ、葉縁がちぢれ、アントシアンを多く含むものもあります。最近は、リーフレタスと呼ばれ、その代表選手のサニーレタス(銘柄名)が一般名詞化しています。 (3)立ちチシャは別名ロメインレタスまたはコスレタスとも言い、半結球状でタケノコ型となり、硬く巻かないのが特色です。カキチシャは中国を経由し、日本に古くから伝播している物で、下葉から掻きながら食用にします。苦みがやや強く、生食には余り向きません。油炒め等で利用します。最近、赤掻きチシャが焼肉料理用に包菜、サンチュ等の名で復活しています。4.種類別レタスの旬と選ぶポイント1)レタス レタスのビタミンは収穫後ドンドン低下します。冷蔵庫に入れておいても、ビタミンCは、1週間で収穫時の半分以下になってしまいます。買ったら出来るだけ早く食べ切ることです。 どうしても、保存する時は、ラップに包むかポリ袋に入れて、冷蔵庫で保存します。特に、半分に切って使つた時は、残りの切り口が空気に触れないように、ラップでぴったりと覆いをして、しまって下さい。2)サラダ菜 レタス類は先に述べたように、(1)玉チシャと呼ばれるヘディング・レタスと、(2)葉チシャと呼ばれるリーフ・レタス、(3)立チシャと呼ばれるコス・レタス、(4)チシャトウ(茎チシャ)と呼ばれるステム・レタス、(5)掻きチシャのカッテング・レタスに分けられます。さらに、玉チシャは、(1)一般的にレタスと呼ばれている球状結球のクリスプ・ヘッド型と、(2)結球しないバター・ヘッド型に分けられます。これがサラダ菜です。 サラダ菜は葉の緑色が濃く、結球はゆるやかです。葉肉が厚く、丸みがあり、色が鮮やかで、シワや凹凸の少ない物が良品です。頭が少し窪んでいる感じが食べ頃で、尖ってくると、とう立ち態勢に入っており、筋っぽさが強くなります。 一般のレタスに比べて、サラダ菜の方がビタミンA、C、Eや鉄、カルシュウム等に優れています。その機能から老化防止、美容にもっと食べて欲しい野菜です。 3)サニーレタス 本来はリーフレタスの一品種に付けた商品名でしたが、今や一般名になりました。赤掻きチシャが、焼肉料理店などで包菜とかサンチュと言った名前で再登場しています。リーフレタスはその葉色から、緑(プリーツレタス)と赤(サニーレタス)に分けられます。サニーレタスは、その赤茶色の葉が、料理の彩りによく、かつ柔らかな歯ざわりが、人気の秘密です。レタスより柔らかい葉は、焼肉などを包んで食べると美味しいです。選ぶ時は、赤茶色の葉先がきれいで、瑞々しく、シッカリ張っている物が良いものです。 6.レタス料理 1) レタスの定番料理は、まずサラダ レタスと言えば、まずサラダ。洗ってよく冷やしたレタスを、手でちぎって、好みのドレッシングをかけて食べるのが、最も一般的でしょう。 サラダにして美味しいのは、外葉と芯の周囲を除いた中間部分の、大きくて柔らかい葉です。包丁の金属臭が残らないよう、手でちぎることがポイントです。 何故ならば、レタスの葉胞膜にはペクチンが含まれています。このペクチンは温かいと柔らかくなり、冷たいと堅くなる性質をもっています。だから生で食べる場合、布巾に包んで冷蔵庫に入れて、冷やして置くと、パリッとした口当たりが楽しめます。なお、レタスは冷えますと堅くなると共に、脆くなります。簡単に折れるのは、そのためです。2) レタスの漬物 堅い外葉や中心部を除いて、手でちぎったレタスに塩を振り、軽く重石をして、水気を切ってから、フレンチドレッシングで10分ほど漬け込みますと、葉がシンナリしてマリネ風の浅漬が楽しめます。水に晒したタマネギやパセリのみじん切りを加えれば、彩りも美しく、知らないうちに結構な量も食べられます。外葉の堅い所や中心部も捨てることなく、バター炒めやスープにして、美味しく食べて下さい。 また、千切りしたレタスとキュウリに、塩と酢を混ぜ、一夜漬け容器で漬けた即席漬けも、楽しいものです。 4) レタスの油いため レタスと言えばサラダ、サラダと言えばレタス。生食用野菜としてすっかり馴染んでしまったレタスですが、このレタス、炒めてみると思いがけないほど旨いのです。 レタスだけで炒めると、もっとパリッとした歯ざわり、舌ざわりがします。例えば、ベーコンをカリカリに炒めたところに、山盛りのレタスを加え、強火でほんの1~2分炒めます。それに胡椒を振って出来上がりです。炒めることによってボリュームは減り、量も沢山食べられます。7.レタス アラカルト 1) レタス選びのポイント今昔ちょうど良い重さは450~500g程度のレタスで、芯の切り口の直径は十円玉大です。市場規格では700g以上は規格外の大玉となりますが、食味・栄養価から見ると、その上限よりもう少し小さ目の方が良いことになります。2) 野菜ス~プの秘密 野菜を静かに、コトコト煮ると甘味が出てきます。長時間、野菜を煮ると、なぜ甘味が増すのでしょう。野菜を煮ると、細胞膜が破れて、野菜特有の持ち味である、グリシン、アスパラギン酸、アラニンなどの各種アミノ酸や有機酸などの旨味成分がとけ出し、さらに糖質も分解されるので、甘味が増して美味しくなるのです。 よく煮たレタスのスープも結構なものです。ほんのりとした甘味の中に、僅かなほろ苦さがあり、食欲増進になるばかりでなく、腎臓や肝臓の機能を高めます。などなど 色々はた坊
2009.01.19
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九条ネギの記録種蒔きした分 6月分6月16日 ネギ坊主の種 そのまま畑に種蒔きをする6月23日 7日目に発芽した ネギ坊主の種からの発芽はok7月15日 なんとか200本くらいは残っているが雑草取りが大変だ 7月22日 雑草とりするたびにネギも引っこ抜いて数が減りつつある まあ100本が残るか8月08日 雑草とりして残っているのが40本くらい ???? 9月02日 その後も40本くらいは残っている そのまま育てていく9月14日 ネギに土寄せしておく 10月3日 雑草をよせておく そろそろ大きく成長を始めるかな ? 10月20日 どんどん雑草を寄せておく11月14日 さらに雑草を追加11月15日 今度は籾殻を追加 どんどん被せておく11月25日 籾殻が多すぎたのか ?? 黄色のネギが見られる ???12月25日 あまり大きくは育っていない やや小型のまま01月17日 高さは70センチのままでずっーと変わらず九条ネギの在庫---------------------------------------------------------------------1-昨年のネギ坊主の残りの分,,,,,,,,,,,10本--------------畑に定植中5本2-昨年のネギの収穫した根っ子のネギ,,150本くらい------プランター15個分で数は75本位 3-今年のネギ坊主の種蒔き,,,6月分,,,,,40本くらい---------だんだん少なくなって30本位4-今年9月1日追加の種蒔き,,,9月分,,,,,50-100本---------発芽している残り分は50本位九条ネギの収穫の状態 1-5本 ネギ坊主の分 80センチ ok まだ収穫していない2-75本 根っ子の分 70センチ ok 45本を収穫した 残り30本3-30本 種蒔きの分 63センチ 元気がないな ?? もうすこし待つ4-50本 種蒔きの分 62センチ ブロッコリーの日陰である まだまだ待ち 九条葱は2番の75本を収穫している これは昨年に根っ子の2センチくらいの根だけを植えた分で まあまあのネギにはなっている しかしブランターでの栽培なので 柔らかさがもうひとつ ?? 手触りはやや固め でも 鍋にいれて食べると柔らかいので問題はなし根っ子の伸び具合は凄い ブランターの土の全部を白い毛根の根っ子がびっしりと張り巡らしている --写真の根っ子ーー はた坊
2009.01.18
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ナスビついて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???ナス ナスビ 茄 茄子 EGG PLANT 1.ナスの古里とその名前の由来 ナスはインド原産の植物と言われていますが、東方、中国には古くから伝わり、その栽培の歴史は千数百年を超えます。 一方、ナスはペルシャ人によって、西方、中近東や地中海地方にも早くから伝えられました。アラビア地方では5世紀に栽培の記録があり、北アフリカのマグレブ地方、例えばアルジェリアでも古くから栽培がなされ、食べられていました。 ところが、ヨーロッパでのナス栽培の歴史は浅く、13世紀に入ってようやく作られる様に成りました。しかも、そのナスは観賞用のもので、長い間、ナスを食べる食習慣はなかったようです。その後、17世紀に入ってナスが食用になりましたが、主要野菜とはなりませんでした。そのため、今も、あまり作られていません。 2) 天平美人(お多福美人)が食べたナス ナスはインドが原産地で、もともと熱帯性の植物です。これが中国を経て日本にかなり古い時代に伝えられたようです。最古の記録としましては、東大寺正倉院文書に、天平勝宝2年(750)6月21日にナスが献上されたとの記録があり、奈良時代に、既にナスを食べていた事が明かに成っています。なお、正倉院文書では、ナスを奈良比(なすび)と記載しています。 江戸時代の農業全書(宮崎安貞 1697年)にも、ナスの苗の育て方(育苗法)や作り方が詳しく書かれ、当時のナスの種類として、色では紫、白、青の三種があり、形では丸いもの、長いものがあると、書き残されています。 日本(和名)では、「ナス」または「ナスビ」と呼ばれ、中国では「茄」、「茄子」と書きます。なお、英語ではEgg-plants、すなわち「卵の木」と呼ばれています。そう言われてみると、丸ナス(果実)の形は卵に似ていますね。 このナス、よほど日本人の嗜好に合ったのでしょう。熱帯性の植物であったにもかかわらず、栽培の改良を重ねた結果、北限の記録を書き変え続けて来ました。こうして日本全国に広まり、今では極早生品種ながら北海道でも作られています。2.ナスの生態とその特性1) ナスが木になること、知ってます ナスは植物学上の分類では、被子植物門・双子葉植物綱・合弁花亜綱・管状花目・ナス科ナス属に属する潅木性多年草とされています。2) ナスの仲間とその利用法 ダイコン以上長いヘビナス、メロン並みの大ナス、水の滴る水茄子 日本のナスは、栽培の歴史が古いだけに、各地に地方色豊かな品種が残っています。(1)千成ナス:小型で卵形のナス、一番多く栽培されています。真黒、千成、へた紫などが代表選手で、卵形ナスとも言います。(2)長ナス:中~大型の長い形のナスで、例えば佐土原。(3)ヘビナス:非常に細長い、まさに蛇の様に長いナスです。明治以降に中国から導入されました。通称、シナ三尺と呼ばれる品種が代表品種です。(4)丸ナス:大型のはちきれんばかりの球形、偏円形のナスです。古くから関西で栽培されています。巾着、山科、芹川などがこのグループに含まれます。(5)玉子ナス:別名白ナス、銀ナス、金ナスなどとも呼ばれます。色に特色のある小型・卵形のナスで、現在、日本では殆ど作られていません。(6)アメリカ大ナス:大型の偏円形、長形のナス、アメリカから導入され、最近、ぶらっく・ビューティなる名前でスーパーの店頭を飾っています。ヘタが緑色をしているのが、一つの特徴で、そこが日本の丸ナスと違います。(7)青ナス:明治の初期に中国から導入された果実もへたも葉も紫色に欠ける青いナスです。奈良漬の材料に使われています。(8)珍しいナスとしては、民田ナス、出羽小ナスの様な漬物用の一口ナスがあります。また、大阪の特産であった、と言った方がよくなりましたが、水茄(みずなす)も珍しいナス世界的に見ますと、ナスは元々インド原産の野菜ですので、東洋の国々では古くから作られており、各国で重要な野菜となっています。暑さにも強いので、インドばかりでなく、タイやインドネシアなどの熱帯地方でも広く栽培されています。ですから、タイなどの東南アジアの市場で、紫、緑、青、白、赤、黄色とビックリする程、色とりどりのナスが竹ザルに山盛りされ、売られています。また、中国や台湾には、日本であまり見られないヘビナスがあります。50~60センチもの長いナスに観光客が驚かされます。 一方、アメリカではブラック・ビューティの様な特大のアメリカ大ナスが作られ、ヨーロッパでは千成りナスや観賞用ナスの流れを汲むタマゴナス等が栽培の主体と成っています。しかし、欧米での栽培面積は少なく、ナスをあまり食べていません2) ナスの風邪ひき 冷蔵庫はナスの墓場ですナスは低温にふれると、まず、肌の色つやをなくし、さらに冷蔵庫などで2日も3日も貯蔵しておくと、ピッチングという茶色の窪みが出来、そこから腐って行きます。 ちなみに、普通の冷蔵庫の野菜ボックスは、温度が6℃から10℃で、湿度が50PCT程度の状態にあります。ナスやピーマンはバナナよりは寒さに強いのですが、8℃を切ると風邪を引き、先に述べたピッチングや種子の褐変が生じます。所で、野菜ボックスの湿度を90~95PCTに高めると、ナスもピーマンも実は風邪を引き難くなり、貯蔵可能期間が長くなります。5.ナスの栄養価と機能性1) ナスはダイエット食にして発ガン抑制剤 ナスは、煮てよし、焼いてよし、炒めても、油で揚げてもよし、その上、漬物にしても美味しい、実に使い勝手のある野菜です。しかし栄養的には、低カロリーで、ゴボウと違った意味でのダイエット食品と言えます。2) ナスにはコリンと言う機能性成分が含まれています。人の副腎皮質、肝臓などに存在する、無色の強アルカリ性物質で、血圧降下、胃液分泌促進などの機能を持っています。また、コリンは肝臓の働きを良くし、強壮、興奮作用があるとも言われています。卵黄やレバーに多く含まれていますが、ナスにもそう多くはありませんが、含まれています。 夏に衰えた食欲、肝臓機能を高めるのに、適量のコリンの摂取は有効です。だから昔の人は、夏から秋にかけて、ナスをよく食べ、夏バテを防止したのです。 6 ナスの料理1)ナスの形を見て、料理を 焼きナスは長ナス、煮物は鴨ナス、中型の丸ナス長ナス、丸ナスは果皮が柔らかく、卵ナスはやや堅めで、色つやの良いのが特徴と考えられています。そこで焼きナスは果肉の柔らかい長ナス、大型の丸ナス、卵ナスを使い、しぎ焼き、煮物には、肉質が緻密で、煮崩れにくい鴨ナスの様な中型の丸ナスが向いています。一方、漬物用としては、さきに述べた小ナス、水茄以外にも、卵形の千成りナスが塩漬け、芥子漬け、糠漬けなどに利用されていますし、長ナスの漬物も珍しくはなくなりました。アメリカ大ナスが導入・栽培され、スパーの店頭で、その大きさにビックリさせられる事があります。少し、大味ですが、バター焼きなどで食べると、それなりに美味しいですし、インド人のように、カレーに使ったり、油で揚げて食べるのも面白いでしょう。タイやインドでは、カレーのような煮込み料理に使うのが主流です。などなど 色々はた坊
2009.01.18
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3年前のエンドウの記録--------------------2年前のエンドウの記録11月22日にボットの苗を植えた------------11月13日 9日早い01月13日に高さが20センチ--------------01月01日 12日早い02月03日に高さが40センチ--------------まだ36センチ 16日遅い03月25日に高さが90センチ 花が咲く------3/24-まだ60センチ しかし3/24に花が咲く04月08日に120センチでエンドウの実-------4/14--ついに150センチで実がついた 05月21日に収獲は完了-----------------5月28日に収獲完了昨年もエンドウさんの発芽したポットの苗を畑に定植した11月03日 種蒔きする エンドウ16pot スナップ48pot11月11日 発芽してきた11月17日 まずは32potのスナップエンドウを畑に移動 残りは後日 m-7の畝3に11月18日 残りのエンドウさん16個と スナップ16個 m-8の畝4に定植した11月20日 籾殻がたくさんあるので 上にばら撒いておく11月30日 苗の高さは10センチくらい しっかりとしている ok12月09日 スナップの方に風よけのカバーを回りにしておいた m-7の場所2m12月10日 実エンドウの方にも風よけのカバーをつけておいた m-8の場所の5m12月26日 ススキの支柱をつけておく これで上に伸びられる12月28日 実エンドウは16センチ スナップは13センチまだ小さい よそでは100センチも01月01日 実エンドウは16センチ スナップは14センチ01月13日 実エンドウは20センチ スナップは20センチ 追肥をしておいた 鶏糞寒い中 えんどうはすこしづつ成長をしているようだな 追肥をしておいた記録を見ると3年前は20センチになったのは1月13日2年前は20センチになったのは1月01日1年前の20センチになったのは1月13日 ほぼ同じような生育状態 OK/OK/OK次は2月03日頃には高さは40センチになっているはず ??? チェックしてみよう 3月になったら2mの支柱をつけようはた坊
2009.01.17
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トマトついて ネットに載っていた色んな情報のアラカルトネットには 様々 色々 面白い話があちこちに ???トマト1.トマトの古里とその名前の由来トマトの生まれ故郷・原産地は、南米アンデス山脈の西斜面沿いのペルー、エクアドル、ボリビアにかけての高原地帯に野生種が多く自生する 実は、アンデス山脈の西斜面に拡がる高原地帯は、砂漠並の乾燥地帯です。 そんな高原の乾いた空気とキラメク砂漠の太陽の下に、トマトの祖先である小さな野生種が自生しているのです。もっとも、このトマトは皮が堅く、種がビツシリと詰まり、その上、有害で食用にはなりません。食べられる野生トマトはもう少し標高の低い土地に分布しています。食べられる野生トマトは、高地に育つ有害野生トマトの種子が雪解け水で下流に運ばれ、低地に拡がったのでしょう。そうした旅をしている内に、角が?取れて、無毒のトマトになったのです。自然界は味なことをするものですね。2)ヨーロッパへの伝播野菜としてのトマトの古里はイタリアさて、このトマトが、どの様に発祥の地・ペルーから、ヨーロッパへ伝わったのでしょう。1570年代、ナポリの水夫達がペルーから持ち帰ったとか、ペルーやメキシコにいたスペイン人達が、まずスペインへ持ち帰り、そこからイタリアへ伝わったとか、諸説があります。どちらにせよ、地中海の乾いた太陽の下で、トマト栽培が広がりました。まず、イタリアでトマト栽培が、そしてその後ヨーロッパ中に広まって行きました。 トマトが、食物として最初に脚光を浴びたのは18世紀のイタリアです。その点では野菜としてのトマトの発祥の地はイタリアであるとも言えます。初めて、赤くて、タテ溝、うね模様のない、今日のトマトに近いものが育成されました。そして、17世紀末には、中ヨーロッパ(フランス、オランダ、ドイツなど)で食用種が改良され、地中海地方(イタリヤや南フランス)やポルトガルなどで加工用(煮食やケチップ)が発達しました。 特に、イタリアの人々はトマトを愛し、丸かじりで食べ、料理で食べ、ピクルスで食べ、何にでも利用します。日本人が味噌や醤油を使うように、トマトを料理の味付けに使うのです。また、南フランスやトルコの人々も、トマトを調味料として愛用しています。 3)日本への伝播トマトは観賞植物、果実は毒? 東洋にはポルトガル人によってもたらされ、中国では17世紀にトマト栽培の記録があります。また、ジヤワやマレー半島などでも栽培の記録はありますが、あまり普及しなかったようです。このトマトも観賞用が中心でした。 日本には、オランダ人によつて、18世紀初頭までに伝えられたと言われています。トマトが初めて記録に登場するのは、宝永6年(1709年)に出された貝原益軒の『大和本草』の中です。「唐がき」の名で「実は、ほうずきより大きく、殻苞(栗の毬や米の籾殻に相当する部分)がなく、熟すれば赤い」とあります。4)匂いで嫌われたトマト 洋食屋のチキンライスのケチャプ味が普及の決め手 トマトが食用として栽培され始めたのは明治に入ってからです。北海道開拓使が、アメリカ等から導入し、栽培試験を行いました。また、食用作物・野菜として初めて記録に現われたのは、明治24年に刊行された田中芳男、小野職愨編の『有用植物図説』の中です。日本へトマトが伝来してから、なんと200年後のことでした。 明治時代に入って食用と認められたものの、強いトマト臭が嫌われ、外国人用としてごく一部に作られたにすぎません。なかなか一般に普及しなかったのです。広く一般の人が食べるようになったのは、北海道では大正年間に、府県では昭和に入ってからのことでした。その背景には、大正から昭和にかけて、洋食屋などで大衆化したトマト味のチキンライスやオムライスがあります。まず、ケチャップ等でトマトの味を知り、それから生食に進んだのです。 色々な品種が全国各地で競合したトマト戦国時代を経て、近年では、頭の尖ったファースト系トマトと丸玉系の桃太郎が全国制覇を成し遂げました。また、ここ3、4年の傾向としては、小粒のミニトマトが大きく消費を伸ばしています。2 トマトの生態とその特徴1)トマトはナス科野菜の代表選手 トマトは植物学上の分類では、被子植物門・双子葉植物綱・合弁花亜綱・管状花目・ナス科に属する多年性植物で、ナスやピーマン、トウガラシ、ジャガイモ、タバコなどと同じ仲間です。ご存じの様に、タバコは葉を、ジャガイモは地下茎を、トマトやピーマンは果実を利用します。利用する部位は異なりますが、ナス科野菜は広く人々に利用されています。 トマトは本来、多年性植物であり、茎は無限に伸びます。しかし、温帯地方では冬の寒さで枯死するため、一年生となつています。そのため、一般栽培では、4段~6段目の果房(果実の集まり)までを収穫目標しますので、草丈は1.5~2m程度となります。しかし、最近は、20段目までの果実を収穫対象にする多段取り栽培も開発され、茎の長さが10mにも達する場合もあります。この様な栽培では、茎の上部を上から吊し、収穫が終わった果房の下の葉は切り捨てられ、茎は地面を一定方向に這わせながら、栽培が続けられます。 日本でも条件が整うと、トマトは多年性植物として活躍します。例えば、水耕栽培のトマトが大きな樹となり、ブドウ棚の様に仕立てられた一株のトマトに、数百個の果実が同時に着けているニュースが、話題になったことがありますね。 一般の露地栽培では、トマトの花は初夏に咲きます。開花後35~50日で成熟し、収穫可能になります。トマトは全体に、果実や葉・茎も特有の青臭い匂いがします。根(地下)部は、生育初期には垂直的に伸びますが、その後水平的な伸長を強めます。結局、根は深さ1m、幅2.5~3.0mの円錐状に分布します。葉は互生(互い違いに出ること)の複合羽状葉で、25cmほどになります。なお、トマトは品種によって、草丈や葉・果実の形や大きさなどが異なります。また、果実の色も、黄色から深紅色、殆ど紫紅色のものまで幅広くあります。 ところで、トマトの果実色は生育段階では緑色ですが、栽培上では果実の肥大が完了することを緑熟、その時期を緑熟期と言います。その後、花落ち(果頂)部から色づき始め、催色期(着色部30パーセントまで)、半熟期(31~70パーセント)、成熟期(71~98パーセント)を経て、完熟期と進みます。2)代表的な品種とその特性 トマト三国史、桃太郎対ファースト対ミニトマト果実の色からは、赤色系、桃色系、黄色系の3種類に分けられます。 生食用として初めに日本に伝わったのは赤色系トマトですが、特有の青臭さと強い酸味のため、日本人には嫌らわれ、普及しませんでした。 桃色系の丸玉トマトは最もポピュラーな青果用トマトです。果皮は透明で、果肉は桃色(完熟すれば赤) ミニトマトは別名プチトマトとも呼ばれます。果実の直径が2~3cmくらいで、野生トマトの血を引く小型のトマトの総称です。4.トマトの旬と賢い選び方1) なぜ、旬のトマトがなくなったか、 多様な作型によって、トマトは一年中食べれる様になりました。しかし、旬はやっぱり露地ものが出回る夏です。太陽の光をタップリ受けて、真っ赤に熟れた夏の露地もの、しかも多汁質の昔の品種「ひかり」などが良いですね。取れ立てのそのなトマトが手に入ったら、キッチリ冷やして、そのまま食べて見て下さい。太陽の味がします。そのな時、産地表示を活用して下さい。出来るだけ身近な産地の物を選びましよう。多汁質で柔らかい昔トマトも地場消費には十分耐えれます。 しかも、市場や消費者は、見栄えの悪い露地のトマトを嫌い、買わないため、益々、トマトはハウスの中に逃げ込み、今や、太陽をタップリ浴びた、健康なトマトは希少な存在となってきました。 しかし最近では、トマトの出荷量の多い7~9月の東京市場で、北海道産トマトが高値を呼んでいます。これなど、より自然な、より安全な、北海道野菜に対する大都市消費者のラブコールと、言えないでしょうか。熟したトマトは冷やして、未熟なトマトは常温で熟させてから、食べると良いです。 5.トマトの栄養価と機能性1) トマトが赤くなると医者が青くなるトマトはビタミンCをたっぷりと含み、これは夏野菜ではナンバー1です。また、カロチンも多く、貧血に効果のある鉄分も含み、カルシウムなどのミネラルも約15種含んでいます。さらに今、注目のビタミンEも含んでおり、このビタミンは高血圧を予防しコレステロールを抑える働きを持っています。6.トマト料理1)トマトのある所に料理の下手な人はいない (1) トマトは世界の料理を彩る自然の調味料 トマトが世界中で愛され、モリモリ食べられているのは、その利用価値の広さが第一の理由です。しかし日本では、最近までもっぱら生食が主流でした。確かに生のトマトの瑞々しい美味しさは大きな魅力ですね。しかし最近、煮込んだり、オーブンで焼いたり加熱し、また違った美味しさを楽しむ人が増えて来ました。中国料理でも、よく炒めたトマトが登場しますイタリア料理もトマト抜きには考えられません。トマト、ニンニク、オリーブオイルがイタリア料理の三種の神器です。特に、トマトを使った料理の多いことには驚かされます。 日本料理や中国料理にも、トマトを使った料理があります。完熟志向の洋風料理と異なって、青いトマトの独特の風味を利用したぬか漬けと酢の物は、私のお勧めの一品料理です。小ぶりの青いトマトのぬか漬け、青いトマトを二杯酢で食べる酢の物、どちらもシャキとした歯ざわりが魅力的です。 中国でよく惣菜にするのは、トマトと卵のスープ。これは湯むきして乱切りにした完熟トマトをサッと炒め、スープを注ぎ、熱くしたものに溶き卵を加え、煮立てたものです。トマトの酸味とフワフワの卵が不思議によく合い、美味しさ抜群です。 南フランスの名物料理、ブイヤベース(魚と野菜の鍋物)に、トマトが調味料として加わったのは、少なくともコロンブス以降と言うことになります。 このブイヤベースにトマトを使ったのは、調理上の一大発見です。なぜなら魚などに含まれる核酸(いの一番)に、トマトに多く含まれるグルタミン酸(味の素)が合わされますと、美味しさが倍増するのです。 トマトがケチャップやロシア料理のボルシチに使われるのも、この旨味成分のグルタミン酸やグルタミンが多く含まれているからです。 この完熟トマト好みが、”桃太郎”と言う品種を全国に定着させたのです。他のトマトと違って、赤く色づくまで樹の上で完熟させても、収穫後、輸送中に荷痛みがしないからです。結局、お日様を一杯受けて、糖をタップリ蓄えて、かつ、適度の酸を含んだトマトが美味しい4)トマトソースの作り方 調味料としてのトマトの一番基本的なもの、トマトソースは、完熟トマトは湯むきして種を取り、乱切りにし、オリーブオイルでニンニクを丸ごと炒め、油に香りが残ったらタマネギのみじん切りを炒めます。タマネギがしんなりしてきたらトマトを入れ、塩、コショウ、オレガノをふる。弱火であくを取りながら煮て、全体の三分の二ほどになるまで煮詰め、最後に塩、コショウで味を整えて出来上りです。 完熟トマトがたくさん手に入ったら、ぜひ作ってみたいのがフレッシュトマトジュースです。これは湯むきして種を取った完熟トマトをミキサーにかけるだけで出来上りです。それだけで市販のものとはひと味違う爽やかなジュースが楽しめます。ミキサーにかけたトマトジュースは、レモン汁、塩、コショウ、タバスコで味を整えたら冷蔵庫へ入れ、充分に冷やしてから飲むと最高です。などなど 色々はた坊
2009.01.17
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パセリ(学名:Petroselium crispum)は、セリ科の二年草。野菜として食用にされる。和名はオランダゼリ(和蘭芹)。(英語 parsley、フランス語 persil、中国語 香芹 2袋105円の種で買ってきて発芽させたもの 適当に種をまいて発芽2月26日 種を発芽setにいれて3月03日 発芽した 発芽したのを適当にポットに移動 3月18日 畑のプランター2つに移動して放置している4月18日 雑草に混じって成長中5月10日 なんとかパセリらしくなってきた しかし10本くらい6月10日 もう大きくなっていて 畑も暑いので 家の庭に移動するかな7月11日 1つのパセリは畑に残して 1つは家の庭に移動する8月11日 アゲハの幼虫がウロウロしている 見つけたら排除 排除9月10日 まあまあ夏場を乗り切りして無事10月30日 秋になると葉がどんどん茂りだしてきた 家のパセリは2個のブランターにする11月29日 畑のブランターのパセリも葉がどんどん茂る これは貸し農園の人が通るときによく頂戴といわれて 適当に千切ってもらっている このパセリ 有効に役立っている12月29日 畑のブランターのバセリは風も強く 寒すぎるのか やや色が良くない01月15日 家の庭のブランターのパセリは風もあまり当たらないので 青々として元気だパセリのポイント25℃以上の高温になると生育が衰える乾燥に弱い 酸性の土壌を嫌う との事 タネからも簡単に育てられる二年生(タネをまいて2年で枯れる植物)の草花で(栽培は簡単で比較的苗も出回り、育てながらつみ取って利用できるので、キッチンハーブとして一家に一鉢があれば良いといったパセリ しっかり育っている家の庭には2つのブランター これは家の庭で風もあたらず のんびり青々として元気畑には 1つのブランター これは風も強く当たり ふきっさらし 色がさすがに悪い北風にふきっさらしのパセリは弱っているが 風があたらない庭のは 元気だなるほど 野菜も楽な環境のは よく育つ はた坊
2009.01.16
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