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日本に戻る前に片付けておきたいことが以外に多くなってしまいました。そのおかげでバタバタです。時間ができたときにやろうと言うのは、永遠にできない言い訳ですね。寝る時間削って少しずつやっていかないと。。
July 26, 2011
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自分の名に込められた想い本日ひとつのワークをした。それは自分とは何かという問いを自分の名前から考えていくもの。やり方は簡単で、1 自分の名前の由来を親などに聞いてみる2 自分自身で、自分の名前に込められた意味を考えてみる3 今自分が新しく生まれ、自分自身が親ならどんな名前にするか上記3つをもとに、自分とは何かを考えていく。昔(もしかしたら学生時代)に一度やったことがあるかもしれなかったこの作業。なんとなくは知ってはいるはずの漢字の意味をなぜか今日は調べなおしてみようと思った。僕の名前にはさんずいが付いている。つまりは、水に関係しているわけなんだけど、検索エンジンで調べればもっと詳しく出てくるかもと、改めて入力し、いくつかのサイトを読んでみた…結果、、僕はこれをしながら泣いてしまった。33歳にして、自分の名前の意味を調べなおし亡き父の僕への想いを改めて知った気がした。きっと父は僕にそうなってほしかったんだろうし、そんな人間になってくれと願っていたんだと思う。もう父に確かめることはできないけど「きっとそうだったんだろうな…」となんとなくしっくり思える答えが見つかった。自分の名の意味を知り、自分は何かと書き出していったときに自分にはたくさんの穴があると知った。また、それと同時に、その穴の分だけ成長していけるんだと知った。そんなことをしてから出かけたので心と身体が少し軽くなったように感じたのは気のせいではないような。。
July 23, 2011
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今月はいろいろと考えさせられる月。つまりは、そういう時期であり、そういうタイミングなのかと。「今年は初心に戻ろう・・・」と思っているせいか、上海に来てから会社を作り頑張ろうとしていた当時をよく思い出すことがあります。そのときによく読んでいた本を手に取れば少しは成長できていることはわかります。でも、今だから見える次の段階がありますね。随分自分という人間が楽になりました。もっと楽にもっとシンプルになれそうです。
July 22, 2011
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今だから考えるべき仕事の意味。今のご時世、ひとつの会社に人生をかけようというのはあまり現実的ではないのかもしれない。もっと幅のある生き方もあるだろうし収入はそれほど多くなくても好きなことを仕事にしたいと考える人も多い。人生は一度きり、それを考え抜いていくと仕事のありかたというのも、何か見えてくるのかもしれませんね。仕事には、人を元気にする“訳の分からない”力があるhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110712/221456/
July 19, 2011
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ここ数日、お会いする方から言われることは「痩せた?痩せたでしょ?痩せたよね?」少し前に下から出てくるものがシャーシャー系で2週間ほど続き、体重が3kgほど落ちたからでしょうか…。30歳越えてからは、この時期は何かしら体調の変化があります。自分では一年に一度の調整時期だと認識してますが久し振りにお会いする方に痩せたと言われ続けるとちょっと心配になってきたりします。今はおかげさまで食欲も戻り元気にやっているわけですが体重が元通りになるかが心配です。もともとガリなので、このまま減っていっては大変です。そんな僕のことを友人達は愛を込めて、・もやしっこ・マッチ棒と呼びます。素敵な友人を持つ僕は、恵まれています。
July 19, 2011
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久し振りの出張コーヒー教室でした。「コーヒーのことはあんまり知らないんです・・・」そう言われていたAさん達3人からは、質問もたくさん頂き、脱線した内容も多く、最近では珍しく3時間もの教室となりました。時間厳守か内容の満足度重視か、未だにコーヒー教室はバランスが難しいです^^
July 18, 2011
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世阿弥 離見の見http://www.the-noh.com/jp/zeami/words.html#word05自分の姿を左右前後から、よくよく見なければならない。これが「離見の見(りけんのけん)」です。これは、「見所同見(けんじょどうけん)」とも言われます。見所は、観客席のことなので、客席で見ている観客の目で自分をみなさい、ということです。実際には、自分の姿を自分で見ることはできません。客観的に自分の行動を批判してくれる人を持つなど、ひとりよがりになることを避けるよう、心掛けなければなりません。ではどうやって、自分を第三者的に見ればいいのか。世阿弥は、「目前心後(もくぜんしんご)」ということばを用いています。「眼は前を見ていても、心は後ろにおいておけ」ということ、すなわち、自分を客観的に、外から見る努力が必要だといっているのです。これは、単に演劇の世界に限ったことではありません。「後ろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず」(後姿を見ていないと、その見えない後姿に卑しさがでていることに気付かない)それではいけない、と世阿弥は言っています。歳を重ねれば重ねるほど、地位が上に行けば行くほど、前を見ることが要求され、自分の後姿を見ることを忘れてしまいがちですが、自分が卑しくならないためには、自分を突き放して見ることが必要なのです。全体の中で自分を客観的に見ることは、いつの世でも難しく、しかし必要とされることなのです。
July 11, 2011
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お世話になっているHさんの紹介で奈良県人会に参加してきました。人の多いところはあまり得意ではないですが奈良県人会は結構楽しかったです^^その中でもSさんの歴史の話はとても興味深くついつい話しに引き込まれ旅に出たくなっている今日この頃です。今度の日曜日には上海歴史散歩の会に行ってきます!
July 9, 2011
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体調が回復してきたと思ったら、次は暑さでやられてる感じです。病み上がりなのであまり無理せず行動していきたいと思います。
July 5, 2011
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資料をまとめ気分転換最近惰性で動いている感じがするのでデスク周りの資料をまとめようと思います。そのへんに散らばっている資料はいつか使うからと置いといたものばかり。時間のあるときに目を通そうと思っても時間なんてないのが当たり前ですね。結局使わないもののほうが多いんですが(笑)
July 1, 2011
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