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書 名 朝鮮史譚 出版社 発行所=天佑書房 著 者 金素雲 発行年月 1943(昭和18)年1月1日 内容情報 確かな史眼と熱情で語る高麗・李朝の一千年の歴史。高麗の建国;千秋太后;灰になった宮殿;西京の乱;武臣天下二百年;贈送蓮花片;高麗最後の日;善竹橋の血痕;李太祖と無学大師;端宗六臣;恵みの雨;柳の葉;隣の柿;刑場の志士;紫衣娘子;宣祖から正祖まで;摂政大院君 増補版覚書(昭和十八年六月)よりの抜粋にてご紹介・お薦めに代えさせて頂きます^^ 歴史が単なる過去帳であり、年代や人名の記憶であるかぎり、その歴史は死物である。・・・ 歴史とはおよそ縁の遠い私が史譚などを手がけたに就ては内心甚だ忸怩たるものがあるが、・・・著者たる私の念頭にあるのは、車内や路上で常日頃行逢ふ人達、「お早う」「今晩は」と挨拶を交す心親しい隣人達である。 「高麗がなぜ李朝に変ったのです」---さう問はれたとき、私は口下手ながら知つてゐるだけのことを受売りせねばならない。その心持からこれは書かれた本である。・・・ 今日、吾々の身辺に(専門の歴史家は別として)高句麗と高麗の見分けのつく人が幾人いるであろうか。知ることが必ずしも全部の条件ではないが、協力も、一致も、心を通ひ合わす真の理解を措いて求められることではない。・・・ 朝鮮の民族性を云々する人が、屡その責を李朝の政治に帰してゐるが、実はその以前、既に歴史の過誤は芽生えていたのである。・・・ 世界現存の最古最善の経板---六千五百巻、十七万面の高麗大蔵経や、今日の科学を以ってして尚窺うことの出来ない陶磁器の神秘、西洋に先立つこと三世紀といはれる鋳造活字や本家の支那を瞠若たらしめた李朝の学芸など、何れも中世朝鮮の最も不遇暗澹たる時期に咲き出でた文化の華である。 一概に歴史の暗さに面を背ける前に、その病原の遠く深いことを知り、且つはその不幸によつて民衆が如何に鍛へられたかを思ひ潜めてみるのも心愉しい課題の一つではあるまいか。書 名 天の涯に生くるとも 出版社 発行所=新潮社 著 者 金素雲 訳 者 上垣外憲一 崔博光(「逆旅記」)発行年月 1983(昭和58)年5月25日 内容情報 「狭間に生きる」 *「逆旅記」図書館大学愛憐のいばら道たゆたう面影案内地図1枚白秋城殿様のひげひとひらの雲 黒い雲ボタンとボタン穴壊れた〈木馬〉汽車のなかで会った男払えなかった200円李箱異常悪夢の季節薬山の天柱寺金素雲年譜案内地図1枚(「逆旅記」より)の抜粋にて、ご紹介・お薦めに代えさせて頂きます^^ 秋が過ぎ、冬が過ぎ、春、夏が過ぎて、また再び秋、冬がめぐってくるまで、私は足まかせのあてどのない旅路をめぐり歩いた。・・・この間に私は〈人間〉を学んだ。・・・こちらが極度の窮境にいるときは、誰も私に敵意をいだく種がなく、猜疑も憎しみも存在し得ないという、しごく平凡な原理を私が学んだのも、この〈巡礼〉からだった。・・・幼い頃には声もか細く図体も小さかった私が、人の半分ぐらいでも足に力がついて体質もよほど丈夫になったという肉体的な利益もあった。・・・もしも私が東京や大阪、或いは京都、神戸のような都市だけを見てきたとしたら、・・・。もう日本は四十年前のあの日本ではないけれど、どの地方にもどの町にもやすやすとは変り得ぬ郷土の個性があることは、わが国土の場合にひき合わせてみれば簡単にわかることである。・・・実利的な面を離れて、私の心に〈人間〉を悟らせ、感じさせてくれたことが、青春期の感情放出から得た最も大きな収穫ではなかったかと思う。人間の価値は学識や財力には関わりがなく、それを判断し見積もるもう一つの秤が別にあることを、この徒歩旅行で私は学んだ。私とは何ら利害関係の対立もない、その上それが情実を離れたよその国の人たちだというところが、人間の醜く弱い面までをもすべて含めて、私にまたとない教材となったのである。
November 28, 2008
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書 名 近く遥かな国から 出版社 発行所=新潮社 著 者 金素雲 印刷年月 1979年12月10日発行年月 1979年12月15日 “元の木阿彌の複式人生---自序にかえて”(一九七五年九月)よりの抜粋にて、ご紹介します。・・・挨拶ぬきで岩波文庫『朝鮮童謡選』の序文をお経でもよむようにすらすら暗誦し出したかと思うと、急に大粒の涙をポタポタと 落しはじめた。・・・その日の、そのリュックの青年が、他ならぬP君なのだ。・・・ここ数年間を毎日通いながら私の机仕事を手伝ってくれているMさん---。「その頃、日本の本屋で時折先生の書いた本が目につきましたが、一度も私は手にとってみたことがありません。同胞が書いた日本文の本なら、日本人の気に入るような内容に違いないと、そう決めていました・・・」 Mさんのこの愛国的?先入見が、ただにMさん一人の認識でなかったことは改めて付け加えるまでもない。・・・私の書いた本などには手もつけなかったというMさんの認識と、リュックをかついで訪ねて来た若い詩人の涙と---。その相反し、交錯する十字路の中間に位置しながら・・・いうなれば冷・温浴を交互に反復する西式健康法のように、・・・簿記に「複式」があり、トンボの目玉を「複眼」というが、さしずめ私の人生もこれに類するのであろうか?・・・ いま私の手もとに、新聞の切り抜きが二つある。一つは七月十一日の「朝鮮日報」---「韓日間の非友好関係、終結の段階」とある宮沢日本外相の演説内容を報じた七段見出しの一面トップ記事、もう一つは、同じ日に郵送されてきた在日僑胞紙「統一日報」の読者欄---本名を名乗ればアパートが借りられず、一時しのぎに日本名で借りても、あとで知れれば二年後の契約更新ができない。どうしたものだろうかと、苦しい立場を伝えてきた神奈川県在住の成和用という僑胞会社員の投書である。・・・日本の陣笠連が百人、二百人、韓国を訪れればとて、それで両民族の間に立ちはだかった鉄筋コンクリートなみの心の壁が切り崩せるわけではない。 一方、韓国人自身の地に堕ちた民族的矜持、これもおよそ言語に絶する。・・・ じつのところ病菌は、意識構造や生活精神の毛細血管深くに根を下ろしている。そして、それに輪をかけた比重で、政治、経済が食い込んで来ている。・・・ 「解放三十年」も、私の「複式人生」も、どうやら元の木阿彌のようである。「解放」といい、「光復」というが、一体われわれは何から解放されたというのであろうか?何の光を復びしたというのであろうか?書 名 朝鮮童謡選 出版社 発行所=岩波文庫 著 者 金素雲 発行年月 1933年1月15日“わが郷土の おさなごころの上に---序にかえて”(一九三二年十一月)よりの抜粋にて、ご紹介します。・・・いささかの感傷をゆるしてくれたまえ。・・・ 君たちの歌は何よりも力づよい君たちの精神の表現だ。・・・君たちを泣き虫で怠け者だという人に私はかぶりを振って「違う」という。君たちのこの溌溂たる精神を知り抜いているからだ。・・・ さて、君たちの生活観や現実に対する心構えはどうであろう?驟雨に晴衣を濡らすことがあっても、足の運びは早めない---、そうした「沈着」と「余裕」を君たちの父祖は人格の本道として愛した。古い昔から、絵画や工芸美術、衣の紐や舞の手に現れた柔和な線の持ち味が、何よりもよくこの民族性を反映している。・・・ここに訳された童謡も、僅少な例外を除いて大方は忘れ去られたであろう。それはよい。私とて君たちに過去帳の復読をさせようとは願わない。ただ・・・「きのう」を忘れて成立つ「あす」はない。古い礎石の上に新たな「今日」を打建てることは、君たちに許された荘厳な権利でもある。文化の精神の上で迷子となるな。・・・君たちに伝える切実な私の希求はこれだ。 世紀は開ける。君たちの背後には暗い歴史が続いた。今こそ君たちの手で、君たちの鶴嘴で、新たな光明を打拓くのだ。・・・ 朝の微風が君たちを呼ぶ。蒼空は君たちの上にある。
November 27, 2008
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