JINさんの陽蜂農遠日記

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2021.09.07
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カテゴリ: 大和市歴史散歩
【大和市の神社仏閣を巡る】目次

「熊野神社」を後にして、「ふれあいの森」の散策道を「泉の森」方面に向かって
歩を進める。
途中、「ふれあい広場」の入口には
「ふれあいの森の「ふれあい広場」は、ゴミの不法投棄や騒音等の問題が続いたため、
令和3年2月1日よりバーベキューは禁止となりますので、ご了承ください。
その後につきましては、他施設をこ利用ください。」と。



「ふれあいの森」の中の「上草柳4号橋」を渡る。



下を流れる川は「引地川」。
「引地川」はこの後に訪ねたこの先の「泉の森」を水源とするのだと。







これが「台湾亭」。
「利用時間のお知らせ
月曜日及び年末年始(12/29~1/3)は休園となリます。
(なお、月曜日が祝祭日の場合はその翌日とします)」


入口右には紅そして白の案内板が2つ。



「台湾亭
先の大戦中、将来の航空技師を夢見て、台湾少年工8,400名が高座海軍工廠で
戦闘機「雷電」の製作に従事しました。工廠は、現在の座間市栗原にあり、寄宿舎は、
大和市上草柳にありました。
敗戦により夢破れて帰国した少年工は、その高い技術と精神力により台湾工業化の中核として
活躍、1993年6月9日、彼らが「第2の故郷」と呼ぶ大和市を50年ぶりに訪れました。
この台湾亭は、その時、台湾少年工の同窓組織である台湾高座会から日台の友好親善と
世界平和を祈念し、大和市へ寄贈されたものです。
大和市公園管理者」



「台湾亭の柱に書かれている漢詩を訳しました。
高迎日早  廻徳春先
歌舒浩氣  亭看煙雲
心堅松柏  節勵冰霜


いち早く日の出を迎えることが出来
声高らかに歌えば自ずと心は晴れ
亭に座して白雲の流れを見
青々と茂った逞しい松を見れば
自分もまたくじけない潔い志を抱ける」





「台湾亭」を石碑が正面に見える方向から。
一見、竜宮城の門を思わせる造りで、鉄筋コンクリート製の6角形をしており、
高さは基壇部を含めると約10mになると。6本の柱やはり部は朱色、屋根かわらは濃緑色、
天井部は黄色に塗られていたのであった。
この場所は少年工達の寄宿舎があった近くで、昭和20年7月30日、宿舎に帰る途中の少年工
6人が爆撃にあって死亡する悲劇が起きた引地川公園の「ふれあい広場」の一角なのであった。



正面の「台湾亭志」碑の上には「台湾」の国の形状が。
そして、このブログを書いていると、背中のテレビのニュースでは台湾での列車事故で
現状50人が死亡したと報じているのであった。



正面の「台湾亭志」碑には
「台湾亭志碑
第二次世界戦中 一九四三年から翌年にかけて戦力補充のため青少年約八千四百余名が
この大和市に新設された高座海軍工蔽に集結し 一部は実習を経て各軍需工場に配属され
終戦まで航空機生産の一端を担い続けた。
その間米軍による本土空襲により 多数の犠牲者も出 戦後そのまま在留したもの以外大部分は
台湾に帰国したが 混乱の戦後を乗り越え落ち着きを取り戻した時 若き日の夢を托した
大和市が第二の故郷として大きく胸に育まれた。
一九八七年台湾高座会が発足 一九九三年日本高座会による五十周年記念大会に一千三百余名の
会員が参加し 半世紀ぶりに旧地で再会の喜びに浸りあった。
ここに両地の親善交流を 記念するとともに 世界平和への祈願をこめて 台湾亭を大和市に
寄贈し変わらざる友好のシンボルとする
台湾高座会
一九九七年九月六日」



こちらが正面であろうか。石段が四ヶ所に。



石段を斜めから。
台湾亭の階段には「海軍高座工廠」のシンボルマークが彫られているのだと。
このマークは「碇」と、前面から見た「飛行機」の姿を組み合わせたものであると。
のちに、このシンボルマークを身につけていた者たち(台湾少年工たち)は「高座帰り」と
言われ敬われていたとのこと。



「台湾𠅘」の文字が。



6面の欄間には絵柄陶器(1面に16枚)がはめ込まれていた。
欄間の下部の内外面は色鮮やかな山水・花鳥画で飾られていた。
まずは、欄間の下部の「外面」の色鮮やかな花鳥画を追いかける。













また広さは約30m2で、床には台湾の誇る観音石(かんのんせき)が使用され、石製の長いすが
4基置かれていた。
左側の柱には漢詩の発句「臺高迎日早」が、右側には結句の「志節勵冰霜」が。
よって反時計回りに漢詩が柱に書かれていた。



反時計回りに「湾廻徳春先」、「高歌舒浩氣」 と。



反時計回りに「座亭看煙雲」、「會心堅松柏」 と。
2本の柱の撮り方を間違えた事に今気がつきましたが・・・。
そして文字の向きはどの様に決めたのだろうか。階段を上がって来る人を配慮してか。
「台湾亭」の中心部にそれぞれ向ければ、体を回転するだけではっきり見えるのだが。



そして次に内部に掲げられた、これも色鮮やかな山水画を追いかける。













そして天上を見る。
カメラの画面に入り切らない為、2面に分けて。



内部の山水画を2枚ずつ撮影。







咲き始めた桜を背景に。



そして園内を後にして外側のネット越しに最後の1枚を。



                              ・・・​ もどる ​・・・

                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2024.08.28 07:14:48
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