JINさんの陽蜂農遠日記

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2024.02.28
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カテゴリ: JINさんの農園
等々力渓谷内日本庭園・書院 」の入口・「 かぶき門 」。



石碑には「 等々力渓谷 」と。



日本庭園 周辺案内図。



等々力渓谷
等々カ渓谷は、武蔵野台地の南端に位置する延長約一・〇kmの渓谷です。谷沢川が多摩川と
合流する手前で、多摩川が形成した河岸段丘、いわゆる国分寺崖線の浸食によってできた、
世田谷区では昭和四十九年に谷沢川沿いの区域を区立公園として開園しました。」



日本庭園 」案内図。



「かぶき門」を潜ると前方周囲には竹林が拡がっていた。



その先には柑橘類の木々が。



「かぶき門」を振り返って。



みかん林 の間を進む。



ミカンの実をズームして。



案内板。



池と水の流れが配された庭園が書院建物をぐるりと囲んでいた。



再び竹林を。



正面にはいくつかの石灯籠が。写真下部は池のようであった。



日本庭園の紅葉を見上げて。





紅葉の木々越しに書院建物が見えて来た。



昭和36年に建築された書院建物でひとやすみ。



書院の壁には様々な案内書類が。



危険 通行止め 」と。
現在までに対応が必要な危険木が相当数ある事が分かってきており、今後も当面は
遊歩道の通行止めが続く見込み です。
急傾斜地のため主に人力の作業となるので、 かなりの時間が必要
引き続きご迷惑とご不便おかけして申し訳ございません。
日本庭園と等々力不動尊はご利用可能です



「迂回路のご案内」。





等々力渓谷と周辺の遺跡
等々カ渓谷の近隣遺跡には、約2万5千年前の旧石器(先土器)時代に始まる各時代の遺跡が
確認されているが、それらの中でとりわけ当地を特色付けるのは、渓谷を間に挟んで
国分寺崖線沿いの東西に並ぶ5世紀代を中心とした野毛古墳群と、7世紀末から8世紀頃に
造られた横穴墓である。野毛古墳群は、畿内王権との関わりが深い野毛大塚をはじめとして、
当地域の首長墓の系譜を継ぐ御岳山・八幡塚・狐塚古墳などが継続的に造営された古墳群である。
また、横穴墓は墓制としては古墳と人れ替わるように出現し、崖線やそれを開析して形成された
谷戸の斜面などを利用して造られており、やはり当地城に濃密に分布している。
等々カ渓谷三号横穴(東京都指定史跡)
渓谷の左岸崖面では、古墳時代末期から奈良時代にかけて構築された横穴墓が6基以上発見されて
いる。中でも昭和48年に発見された三号横穴は典型的な横穴墓の形態を留めており、埋葬人骨や
副埋葬品も良好であったことから保存措置が講じられた。
横穴墓は奥行き約13mで内部は徳利を半分に割ったような形をしている。玄室(遺体の安置場所)と
羨道からなる墓室とこれに至る墓道に分かれており、この間を凝灰岩で組まれた羨門で区画
している。横穴墓からは、須恵器の平瓶、横瓶、刀子、金鋼製耳環などが出上した。本横穴群の
被葬者たちは、いずれも副埋葬品が豊富なことから、後の武蔵国荏原郡の等々カ周辺を治めていた
有力者であると推測される。
野毛大塚古墳(東京都指定史跡)
渓谷近くの玉川野毛町公園内にある野毛大塚古墳は、野毛古墳群の中心となる5世紀初頭に
築かれた大形の帆立貝形古墳である。古墳の規模は、周濠を含め全長104m、墳長82m、
後円部直径68m、高さ10m、前方部の脇に造出部がひとつある。墳丘上からは4基の埋葬施設が
確認され、多くの武具等が発見された。前方部と造出部は削られていたが、現在は復元整備
されている。古墳の主は副埋葬品などから、当時の政治の頂点であった畿内王権と直接的な
交渉があったことがうかがえ、南武蔵(現在の東京都と神奈川県の川崎市、横浜市の一部)の
小豪族たちの上に立つ大首長であったと考えられている」。



等々力渓谷3号横穴墓(東京都指定史跡) 」案内図。



野毛大塚古墳(東京都指定史跡) 」案内。
貝とり娘とお不動様のお使い
玉川にそった村里では、春から夏にかけて、えたいの知れない病がはやっていました。
村はずれの地蔵様や、悪病ばらいの庚申様の前には、このときばかりは供物が山となり、
村人そう出の神だのみでした。
ひとり娘のキヌの家でも、働きざかりの母が、病でからだが黄色に染まり、熱にうかされ、
床についてしまいました。
父は三年前、これと同じ病で急死しているのです。母ひとり娘ひとりの家ですから、母に
もしものことがあってはと、キヌは良薬を求めて八方さがしました。
きようも、目黒村でこの病にきくという薬を買っての帰り道、村に入ってところで、ひとりの
子どもに呼び止められました。病にきく秘薬のありかを教えると、親切に案内をして
くれたのです。
キヌの家とは反対の丘を下って、流れの美しい矢沢川の川下に出ました。清水の川底に、
つぶらなシジミがたくさんありました。子どもは、このシジミのまるみのあるものばかりを
より分けて、キヌのそでに入れてくれました。
「母上に、朝、昼、晩とこのシジミの煮汁を飲ませれば必ずよくなる。」
家まで送ると、いつのまにかすがたを消したのです。
キヌは言われるままに、母に煮汁を飲ませると、母は翌日から別人のように元気になって
いきました。キヌの家に、ふたたび笑顔がもどってきたのです。
「黄色い病は不治の病と聞くが、その良薬はどこから手にいれたのだい。おいらにも少し
分けてくれろ。」
よその村の人たちも、秘薬の話を聞きに、キヌのところにきました
キヌは、だれにでもわけへだてなく、矢沢川のシジミが病にきくことをおしえてやりました。
それからは、この地方には、不治の病がはやらなくなりました。」



そして「書院」を後にして、谷沢川まで戻ると「通行止め」のバリケードが
設置されていた。
ここ 「利剣の橋」の先から、「ゴルフ橋」までの区域が通行止め になっていた。



稚児大師境内 」案内板。



参道を進む。



稚児大師御影堂
弘法大師御誕生
一千二百年記念
慶讃大法要
昭和五十年四月六日 奉修

稚児大師尊像 制作
 芸術院会員 清水多嘉示
堂宇 設計
 畠山博茂
慶讃大法要大導師
 満願寺第二十六世 龍文」



参道の紅葉。



稚児大師御影堂 」。
御影堂の中に稚児大師像が見えた。



稚児大師像 」。



稚児大師さま
小さい手を合せているお姿は 弘法大師の幼いときの お姿です
弘法大師の時代は 大学としては 高位の貴族の師弟が 官僚になるための大学が唯一つでした 
弘法大師はこれに対して 庶民のだれでもが学べる庶民のための大学である 綜芸種智院を
創設しました 綜芸とは総ゆる学芸を統合すること 種智とは 智恵を植えることです 
その智恵は やがて 大きく成長し 色々な局面や難しい事態に出会った時正しい判断をする
決断力となって発揮されます 智恵とは 密教では決断力のことです
知識だけでは 物事の判断は出来ません その智恵を養うのが あらゆる学問技術文学芸術 
書 思想を広く学び 総合することです
弘法大師の創った大学は 月謝もなく 教校から学生まで宿舎も完備して給食付でした
弘法大師は 幼いとき 土で仏さまを造って草や木の枝で造った御堂に祀って手を合せました
この稚児大師像は 芸術院会員清水多嘉示先生につくって頂き お子様にも 拝みやすいように
低く安置いたしました
尚 弘法大師の幼少期は奈良時代ですが 古くからの多くの稚児大師像のように平安時代の
服装で製作していただきました
  平成十一年一月
     満願寺 貫首 龍文 合掌」



ここにも「 通行止めのおしらせ 」が。



この先、等々力渓谷公園は、倒木の危険性があるため、全域通行止めになっています。
等々力駅、環八方面、目黒通り方面、野毛町公園方面への通り抜けはできません。 」と。



手水鉢の水面にはサザンカ?の花びらが



近づいて。



谷沢川の対岸の社を見る。



「利剣(りけん)の橋」まで戻る。



そして再び「等々力不動尊」に戻るために、石段に向かう。



左手に先程訪ねた「不動の滝」。



再び「等々力不動尊」の紅葉をこれでもかと楽しむ。





参道の下の大きな舞台を再び潜る。



「御護摩受付」が左手に。



境内を再び。



紅葉と吹き流し・仏旗の赤のコラボ。



常香炉には多くの線香が。



本堂を「 おみくじ結び所 」越しに振り返って。



山門に向かって。



紅白の吹き流し・仏旗が風に泳いでいた。



                               ・・・​ もどる ​・・・




                  ・・・​ つづく ​・・・






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Last updated  2024.02.28 18:43:58
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