全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()
「中世宇都宮氏展 織田信長伝馬朱印状」『織田信長伝馬朱印状』。 これは、皆川家の子孫が保存していた『皆川文書』の中からめっかった、貴重な書状なんだ。 なんつったって、今んとこ。『信長の伝馬朱印状』は、これだけしかめっかってないんだかんな。 これは『皆川広照』が『織田信長』に 馬を献上したときの話なんだどもな。 信長はその馬が、とっても気に入ってな。 広照の使者としてやってきた『関口石見守』が皆川城に帰るときに、 徳川家康領国の三河と遠江の宿場は、 関口氏に荷物運送用の伝馬を7疋差し出すように。 って命じた文書なんだって。 文の上のほうには、信長の印が押してある。 馬の頭がデザインされてる印なんだよ。 信長は馬好きだったんだな~。 そして、『徳川家康』が広照に宛てた文もある。『徳川家康書状』は、信長が広照の献上した蘆毛の馬を気に入ったこと。 信長の厚情ぶりに驚いていること、などが書かれてるんだって。 そして、関口氏の一行に、伝馬を6疋提供すること、という内容の『徳川家康伝馬朱印状』も、同時に与えたんだって。 あれ? 信長は七疋出せ、って言ったのに。 家康は、6疋っつってるど? なんでだべ? 解説によると、安土城(滋賀県)から浜松に行く間にな。 なんらかの事情で、変更する必要が生じたんじゃないか? って話だど。 何があったんだろな? 家康が馬をけちったんじゃ~ないよね? 広照の馬献上に関する文は、他にもあってな。 信長が『滝川一益(たきがわ かずまさ)』に出した『織田信長朱印状』。 これは関口氏の一行が、北条氏の領国を通って 無事に皆川まで帰れるように手配するよう、 一益に命じた文なんだと。 当時の皆川家は、宇都宮氏と連合してたんだけどな。 宇都宮氏は佐竹氏と組んで『武田勝頼』と連携してたんだと。 そして、北条氏に対抗してた。 だもんで、ちと危険な状況だったんだべな。 だども『北条氏政』は、織田信長に臣従してたもんだから、 一益に命じて、無事に通行できるよう交渉させたらしいど。 よっぽど、馬が気にいったんだな~。 そして、信長が広照に宛てた礼状『織田信長朱印状』。 信長が献上された馬の姿や乗り心地を絶賛して、 織物百端、虎革5枚、紅色の紐50結を与える って、書状だど。 さらに、『堀秀政書状』ってのもある。 信長の側近だった『堀秀政(ほり ひでまさ)』が 広照あての『信長朱印状』に添えた書状なんだって。 内容は、信長が蘆毛の馬をたいそう気に入っていること、 秀政に献上された栗毛の馬に対して 感謝してる、ってことが書かれてんだって。 ひとつの出来事に、すいぶんたくさんの文があるもんだね。 それが、ごそっと残ってったってことも、すごいよね。 一枚の文だけでも貴重なのに。 ずら~っと揃うなんて、さらに貴重な出来事だよね。 それに、順序だてて説明されると、 文と文のつながりもわかってきて、面白いな。 古文書や文は、一枚だけ展示されるより、 前後の事情がわかるような文なんかも一緒に展示されると、 わかりやすくて、いいな。 古文書は苦手なんだけど。 ちと、面白く思えてきたもんな。 今回は、前期と後期の二回に分けて、展示されてたんだけどな。 解説も丁寧で、わかりやすかったよ。 また、やってほしいな~。《参考》 ・栃木県立博物館 特別展ガイドブック 「中世宇都宮氏 ~頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族~」 《こんなの めっけた》【2000円以上で10%オフクーポン 11/1 9:59まで】※ラッピング不可※【送料無料】ウマ B8202-28 座れる ぬいぐるみ あにまるスツール 乗れる ぬいぐるみ プレゼント ギフト キッズ 子供 動物 イス いす 座れる スツール 誕生日 うま 馬【RCP】【10P201606】価格:6480円(税込、送料無料) (2017/10/30時点) こんくらいの馬なら、飼えそう。 だども、 広照が献上した馬にゃ、かなわないかな。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 最後まで読んでくれて、あんがと~♪ ぽちっと、押しとこれね。にほんブログ村~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2017.10.30
コメント(0)
![]()
「中世宇都宮氏展 皆川家の甲冑」 戦国時代といえば、やっぱり、甲冑だね。『中世宇都宮氏展』にも、いくつか鎧や兜が展示されたたど。 たとえば『三十八間星兜(さんじゅうはちけんほしかぶと)』。 宇都宮市の、二荒山神社に伝わるものでな。『藤原秀郷(ふじわら ひでさと)』が 奉納したっつう伝承があんだ。 だどもこの兜。 南北朝時代に制作されたものみたいでな。 秀郷の奉納したものじゃ、ないんじゃないか? って話もあんだ。 矧板(ひきいた)っつう、細長い鉄板が三十八枚 使われてんだって。 それを小星(こほし)っつう、小さい鋲で つなぎ合わせてな。 また、鋲を裏から打って、星の形を表現させてんだって。 これが、兜の名前の由来にも、なってんだと。 ほほう。するとあの、表面にぼちぼちと 並ぶようについてる突起物は、星なのか~。 沢山あるな~。いくつくっついてんだろ? みんな手作業で、打ち付けたんだよね。 職人技だな~。すげ~。全身用も、あるど。『魂糸威二枚胴具足付三十二間筋兜(こんいとおどしにまいぐそくつけたりさんじゅうにけんすじかぶと)』 これ、どこで区切ったらいんだろw。 ええと。全体的に紺色した鎧だな。 額に、金色した笹の葉みたいなものが三枚。 くっついてんのが、目をひくど。 これは、皆川家に伝来した甲冑なんだって。 お。『皆川家』といえば、今の栃木市あたり。『皆川城』や『太平山城(富士山城)』などを 築いた一族だな。『皆川家』も、何かと活躍してるんだよな~。 注目の一族なんだけど、そういやあんまし知らないな。『宇都宮氏』とも、つながりあったはず。 その辺の詳しい資料さ、ないかな? ん? 誰かの肖像画があるど。 誰だんべ? 大分歳食ってるな~。 ええ~と、なになに?『皆川広照像』? あらま~。『皆川広照(みながわ ひろてる)』といえば、『皆川家』で、一番有名な人じゃなかんべか。『織田信長』に馬さ送ったり、『皆川城』に攻め込んできた『北条軍』を撃退したり(草倉の戦い)、『北条家』裏切って『小田原城』から脱走したり(小田原城の合戦)、 した人だよね。 この肖像画はたしか。 晩年のものって書いてあったから、 お年寄りなのは、しゃ~ないな。 前にみた、『芳賀家』の像が若いときの絵だったから 余計、しわしわにめ~ちゃうんだな~。 それにしても、額の広い人だな。 頭もでっかいんじゃないけ? ちょこんと乗っかった烏帽子が、 ちっこくめ~るよ。 頭脳派、だったんかな~。 ごまかしは、効かなさそうだよ。 目付きがちょっと、おっかない。 ちなみに、『皆川広照』は『宇都宮国綱(うつのみや くにつな)』と 戦ったことがあんだって。『宇都宮国綱』は『豊臣秀吉』側に、『皆川広照』は『北条氏』側についてたもんだからな。 いざこざに、なっちまったんだな。 天正16年(1588)。『宇都宮国綱』は『真名子城』『諏訪山城』などを攻めつつ、『皆川城』を目指した。 対する『皆川軍』は、『布袋ケ山城』に篭って迎え撃つ。 ところが『皆川軍』にゃ、将兵が数千人しかいない。『宇都宮軍』は約二千騎。 プラス『佐竹軍』の援軍あり。『皆川軍』は劣勢になり、『布袋ケ山城』の下まで、 攻め込まれちゃった。 と、ここでやっとこ『皆川軍』にも援軍がきた。『佐野氏忠』が送ってきた援軍と『壬生軍』が『宇都宮軍』を攻めたてた。 だもんで『宇都宮軍』は引き返し、『皆川軍』は、大きな打撃を受けちまったけど、 なんとか助かったらしいど。 もしかして、 今回展示されてる『甲冑』は、こんとき着てたのかな~? ガイドブックによると、 江戸時代中期ごろ、 皆川家が、旗本だった時代に作成したんじゃないか、 って言われてんだって。 ちょっと時代が違ったね。『皆川広照』が着てたものじゃ、なかったんだ。 だども、きれいに保存されてるもんだね。 そったら派手でもなく、紺色でまとまってるとこも、 いいかんじ。 少し立ち止まって、じっくりみたい逸品だな。《参考》 ・栃木県立博物館 特別展ガイドブック 「中世宇都宮氏 ~頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族~」 ・下野戦国史 皆川広照の生涯 大森隆司・著 大阿久岩雄・指導 下野新聞社 《こんなの めっけた》 とちぎの伝統工芸品「匠のほうき」とちぎ小江戸ブランド「都賀の座敷箒」トモエ箒トモエぼうき「本州送料込」栃木県産品栃木市価格:4702円(税込、送料無料) (2017/10/24時点) なつかし~な~。 じゃっ、じゃっ、と掃いたときの手ごたえが、 いいんだよね~。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 最後まで読んでくれて、あんがと~♪ ぽちっと、押しとこれね。にほんブログ村~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2017.10.23
コメント(0)
![]()
「中世宇都宮氏展 芳賀家の像」 第4章は『戦国時代の宇都宮氏』だど。 今回のお目当ては、これ。 戦国時代の話が、知りたかったんだよね。 年代でいうと16世紀ごろ。『早乙女坂の合戦』があったころの資料があれば、 うれしいな~。 緊張しながら進んでいくと『上杉謙信像』があった。 長野市立博物館から、やってきたものらしいど。 他にも、『黒漆塗朱の丸軍配団扇』や『紙采配』など、 ゆかりの品がいくつもある。 お、こんどは『北条氏康像』だ。 こっちは、神奈川県箱根町の早雲寺から来たんだって。 やっぱり『上杉謙信』と『北条氏家』は外せないな~。 下野国にも、ちょくちょく関わってくるしな。 えと。もひとり。有名な武将がいたはずだけどなぁ。『武田信玄』関係のものは、ないのかな? あれ? そういえば。『武田信玄』って、あんまし下野国さ、来てないのかな? 有名な武将だどもな。『上杉謙信』や『北条氏康』のように、 下野国の歴史にゃ、頻繁にでてきてないかも。 宇都宮氏との関係も、なかったりして? 気付かなかった~。 さて。あとは誰がいるのかな? きょろきょろしてたら、興味深い名前をめっけたど!『芳賀高照像』と『芳賀高継像』。 厨子入り、だよ。 桃山時代(16世紀ごろ)に描かれたものでな。 現在は、栃木県宇都宮市の清厳寺が所蔵してるもんなんだって。 ほう~。こったら顔してるんだ~。 って、肝心の顔のあたりがいたんじゃってて、 よくわかんないど。 目が二つと口はあるな。 ぐらいしか判別できないなんて、 ああ、もったいない。 と思ったら、横に綺麗な掛け軸状の画があった。『芳賀高照像 狩野梅春貞信筆』と『芳賀高照像 狩野梅春貞信筆』 だって。 これも清厳寺が所蔵してるものなんだって。 これは、幕末に写されたものでな。 本物の痛みが激しいもんだから、 厨子に改装することにしたんだと。 そんときにな。 剥離したら大変だから、『狩野梅春貞信』に 写してもらったものなんだって。 なるほど。だからおんなし恰好をしてんだね。 だどもよくみると、なんだか雰囲気が違うど。 描いた時代が違うから、かな? 『芳賀高照(はが たかてる)』と『芳賀高継(はが たかつぐ)』は 実の兄弟なんだ。 だから、感じが似てるね。 武士型? っつうのかな? 四角くて、かっちりした顔立ちしてるど。 意志が強そうだな~。 そして横には『芳賀高定像』もあんど! こっちも桃山時代(16世紀ごろ)のもの。 栃木県真岡市にある、海潮寺の所蔵品。『芳賀高定(はが たかさだ)』は、 最近、気になってる武将なんだ。 こったら顔してたんだ。 初めてみたど。『芳賀高照』や『芳賀高継』に比べると、 優しそうな顔立ちだな。 額が広くて目立つな~。 頭が良さそう。切れ者って雰囲気だな~。『芳賀高定』は益子家から来た人だかんな。 ちと面立ちが違うんだべな。 この3人。なかなか資料がなくってな。 顔もまったく、知らなかったんだ。 だから、もう。すごくうれしかった~。 写真じゃなくて、本物を見れる機会なんて、 ほとんどないだろうしな。 見に行って、よかったよ~。《参考》 ・栃木県立博物館 特別展ガイドブック 「中世宇都宮氏 ~頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族~」 《こんなの めっけた》 栃木県産のとちおとめと砂糖だけを使用した「いちごのシロップ」2本セット[本州送料込] [栃木県産品 真岡市価格:4320円(税込、送料無料) (2017/10/16時点) 芳賀氏が拠点をおいた真岡市じゃ、 イチゴの生産に力さ入れてんだよね。 今じゃ、質、量ともに、 日本一のいちごの町になったんだって。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 最後まで読んでくれて、あんがと~♪ ぽちっと、押しとこれね。にほんブログ村~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2017.10.15
コメント(0)
![]()
「中世宇都宮氏展 足利尊氏像」 次のみどころは、『足利尊氏像』だど。 第3章の入口近くにあるど。 ここは『足利尊氏と宇都宮氏』を紹介してるんでな。『足利尊氏像』が展示されてんだな。 図録によると、 室町幕府が出来たあとの話。 南北朝の内乱が、起こった。 約60年ほど続いたらしいんだどもな。 こんとき、『宇都宮10代・氏綱(うじつな)』は『重臣・芳賀高名(はが たかな)』の一族といっしょにな。 尊氏方について活躍したんだと。 おかげで宇都宮氏は、功績をみとめられて。 越後(新潟県)や上野(群馬県)に勢力を広げたんだって。 へ~。宇都宮氏は、尊氏の部下だったんだ。 実際に、尊氏に会ったりしたのかな? 興味深いな。メモっとこう。 さて。『足利尊氏像』のほうは、っつうと。 掛け軸みたいでな。 上のほうにいろいろ文字が書きこまれてんど。 んで、下半分に座っている尊氏の姿が描かれてる。 室町時代のころに、描かれたものらしいど。 ん~? なんかお顔が違うような? ほっそりとして、やさしげで。 おちついたおじさん、みたい。『足利尊氏』って、こんなお顔だったっけ? でも、ちょっと、かっこいいなw 隣りにもう一枚。『足利尊氏像』が掛けられてた。 こっちは『神奈川県立歴史博物館』所蔵のものでな。 甲冑を着て、馬に乗ってる姿を描いたもの。 これは見覚えがあんな。 尊氏っつうと必ず出てくる、代表的な絵だべ。 江戸時代のものなんだと。 そだ。これとくらべてみんべ。 ふ~~~む? 似てるといえば、似てるけど。 違うと思ってみると、違ってめ~ちゃうな~。 あ、だども、御髭のあたりが似てるかも。 口や顎のあたりは、おんなしだ。 ふ~ん。 戦がないときの『足利尊氏』は、 おだやかな人だったのかな~。 今回展示されてる座った状態の『足利尊氏像』は、新発見でな。 専門家の分析で、『足利尊氏』だってことは、間違いないらしい。 他にもいろんなことが、わかったらしいけど。 ちと難しくて、わかんない。 勉強不足だな。 興味さある人は、図録にくわしく書いてあっから、 読んでみとこれね。 二つの『足利尊氏像』もじっくりと、 見比べてみとこれね~。 《参考》 ・栃木県立博物館 特別展ガイドブック 「中世宇都宮氏 ~頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族~」 《こんなの めっけた》[大畑の武者絵]端午の節句の掛軸[掛軸型武者絵のぼり]足利尊氏軸[41×140cm]No.3[タペストリー]家紋1ケ入り[日本の伝統文化][五月人形]価格:13700円(税込、送料無料) (2017/10/7時点) 栃木県の無形文化財になってる武者絵だど。 お値段も、ちょっといい値段。 五月の節句やお祝い事に、おすすめだど。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 最後まで読んでくれて、あんがと~♪ ぽちっと、押しとこれね。にほんブログ村~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2017.10.06
コメント(0)

「中世宇都宮氏展 法然上人絵伝巻四二」 次の部屋は『第1章 源頼朝と宇都宮氏』のコーナーだった。 中央にゃ『伝源頼朝坐像(複製)』が、でん!と据えられてる。 お、複製とはいえ、迫力あるな。 さて。今回の『中世宇都宮氏展』は、盛りだくさんなんで。 時間がなかったりすっと、少し飛ばさないと見きれない。 だども、ここでひとつ。飛ばさずに見てほしいもんがある。 それは『法然上人絵伝(ほうねんしょうにんえでん) 巻四二』だど。 ポスターや垂れ幕に載ってた、あの絵だよ。 京都の知恩院に伝わる、国宝級の品だど。 後伏見(ごふしみ)上皇の勅命で制作されたものでな。 法然の一生と弟子たちの話を、まとめたものなんだと。 全部で48巻、あんだどもな。 そんなかに、宇都宮氏に関連する人物が、出てくるんだ。 宇都宮氏の5代目当主・宇都宮頼綱(うつのみや よりつな) って人でな。 26巻にゃ出家して、『連生(れんしょう)』って 名乗る場面が描かれてんだって。 今回展示されてんのは、42巻。 法然没後の話でな。 廟所が天台宗の衆徒(しゅと)に襲われたんだと。 そこで弟子たちは、法然の遺骸をもっと安全な場所へ 移すことにした。 そこで、『連生と弟の信生(しんしょう)』が、護衛につき 武装集団を率いていく。 そいう場面を描いたものなんだ。 ポスターや垂れ幕の写真では、両端がはしょられちまってるけんど。 実物にゃちゃんと、法然の遺骸を乗せた輿が描かれてるよ。 そったら重要な場面で、主役級の扱いをうけてるのが、 『連生』なんだ。 中央の黒い馬に乗ってる僧侶が『連生』だど。 めだってるべ?『信生』は、どれかっつうとな。 ちょっと後ろ。茶色い馬に乗った僧侶だど。 混ざっちゃってわかりにくいな。 そうそう。こうやって矢印つけてくれると、 わかりやすいな。 このパネルは、『矢板市立郷土資料館』にあったもの。 なので『栃木県立博物館』には、ありませんw。『矢板市郷土資料館』では今、関連企画として『発掘された川崎城と御前原城跡』っつう展示をしてるんだ。 そこにちょこっと、『法然上人絵伝』も紹介されてたんだよ。 っつうのもな。『信生』は、出家前の名前を『塩谷朝業(しおのや ともなり)』っつってな。『川崎城』の城主だった人なんだ。 んでもって、『塩谷朝業』は『ともなりくん』っつう、ゆるキャラになるほど 矢板の人たちに好かれてるんだど。 となれば、矢印くっつけて「このひとだよ!」ってな。 アピールしたくなるべな~。 うんうん。いいねこういうのw おかげで、どの人が『連生』と『信生』なのか はっきりわかるもんな。 素人にゃ、こういうちょっとした解説が うれしいもんなんだ。『栃木県立博物館』でも、やったらよかったのにな~。 さて。この『法然上人絵伝 巻四二』。 展示は10月9日までらしいど。 10月11日~29日の後期展示じゃ、入れ替えかあってな。『法然上人行状絵巻 巻四二』になるらしい。 こっちは奈良県の當麻寺奥院に伝わるもので 重要文化財になってんだって。 内容や構図はおんなしなんだけど 描かれた年代が違うみたいなんだ。『矢板市立郷土資料館』でみたパネルでも、 絵の感じが違ってみえるな。 実物はどう見えんだべな。 興味でてきたど。 後期展も、おもしろくなりそうだな。《参考》 ・2017年9月21日の下野新聞。 「中世宇都宮氏 ゆかりの一品 2」より。 ・栃木県立博物館 特別展ガイドブック 「中世宇都宮氏 ~頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族~」《こんなの めっけた》自社農園で生産したりんごだけを使った逸品「加藤農園栃木林檎」農園こだわりの林檎ギフトセット[本州送料込][栃木県産品 矢板市]価格:3700円(税込、送料無料) (2017/10/1時点) 矢板市は ツツジが有名なんだどもな。 リンゴの産地でもあんだと。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 最後まで読んでくれて、あんがと~♪ ぽちっと、押しとこれね。にほんブログ村~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2017.10.01
コメント(2)
全5件 (5件中 1-5件目)
1
![]()
