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一時は、子どもを連れてくる大人目当てかと思われた「クレヨンしんちゃん」だが、原点回帰というか、子ども向けのわかりやすい話になっていた。大人向けのくすぐりはほとんどない。 坂井真紀と波田陽区が本人の役で出ているのが数少ない遊び。 世界が滅ぶのを防ぐために、思うように変身して怪獣と戦う野原一家。設定はなんだかわかるようなわからないようなものなのだが、見ている間は疑問を感じない。 戦いに夢中になるばかりに仕事も家事もおろそかになるあたりがリアル。 最大の特徴は、一緒に活躍することの多い幼稚園の仲間がほとんど出てこないこと。それぞれせりふは一言ずつぐらい。 興味深かったのは、プログラムに載っていたこれまでの作品データ。 もっとも成績が良かったのは1993年の第1作「アクション仮面VSハイレグ魔王」で22.2億円。 もっとも悪かったのが1999年「爆発! 温泉わくわく大決戦」で9.4億円。半分以下だ。どうしてだろう。丹波哲郎が出ていたり、ゴジラの曲がそのまま使われていたりして面白かったのに。 21世紀に入って「嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」が14.5億円。 これはかなり大人を意識した者だった。1970年代に閉じこもろうとする大人たちと、それを阻止する子どもたちとの戦い。 見ていて「これは宮崎アニメへの反論ではないか」と思った。 その翌年の「嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦」が13.0億円。これはあきらかに「もののけ姫」を意識した者ではないかと思う。 考えてみれば、いつまでも大人を意識して作っていたのでは、「オトナ帝国」になってしまう。 今回の作品は意識してそれを避けたものか。
2005.04.30
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昨日、子どもの学校が休みだったので、国立科学博物館で開かれている「恐竜博2005」に行ってきた。 前売り券、大人1200円を買って置いたのだが、春休みはずっと混んでいたのですくのを待っていたら、平日にいけた。 それでも、修学旅行の団体などがいて、かなりの人で。 恐竜が鳥になった過程を中心に展示する、ということで、「はあ、そうだったのか」とは思うが、恐竜にもいろいろありすぎてかえってよくわからない。 ティラノサウルス“SUE(スー)”の全身複製骨格は大きかったが、ほかにも大きな化石があった。 出口では「え? これでおしまい?」という客が多かった。 私もそう思った。 子どもは、恐竜の歯の複製を作る(300円)を体験して満足。 それから昼食。 レストランミュゼバサラで。 以前、テレビで見た「恐竜の卵コロッケ」が500円。さらに700円出すと、ライス、サラダ、スープ、デザートが付く。ライスはかなり盛りがいい。ほかのものは小さめ。 コロッケは卵形で見た目が面白い。子どもは喜ぶ。 だだし、私は鶏肉の香草焼きを頼んだ。ライス付き750円。400円出すと、サラダ、スープ、デザートが付く。 それから常設展示を見学。 こちらの方が恐竜博より面白かった。 自分で器具を操作したりするのは、博物館というよりゲームセンターに近い。しかも無料。子どもは面白がっていろいろいじっていた。 もちろん、歴史的な科学機器を見ることができたり。 一番印象に残ったのはマンモスの骨で作った小屋。 そんなにマンモスの骨がゴロゴロしていたのか! 40年ぐらい前の少年マンガの世界。 常設館にもいろいろな生き物の骨格模型があった。 こちらでは、午後1時から3時30分まで、無料でアンモナイトの化石の模造品作りができる。 子どもはこれもやってみて満足。 じっくり見ようと思ったら常設館だけで一日かかる。
2005.04.29
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28日「読売新聞」の「編集手帳」で岳飛を取り上げていた。 「12世紀の宋の武将岳飛は、異民族の侵攻から国を救った英雄として中国の人々に慕われている。」 という出だしで驚いた。 金に対して抵抗し、ある程度防ぎはしたが、異民族の侵攻から「国を救っ」てはいない。結局、宋は金に敗れ、南に追われている。 次に岳飛廟の秦檜とその妻の像を取り上げ、「写真で見ると、後ろ手に縛られてひざまずく異様な姿である。廟に詣でた人々は、秦檜夫妻の像につばを吐きかけるのが常という。日本にある石像や銅像で、こういう例は寡聞にして知らない」ときた。 日本にないから「異様だ」というのはどういう神経なのだろう。 例えば日本にはピラミッドがないからといって、ピラミッドを見て「異様だ」と言うだろうか。 次は九州の「蒙古塚」の話になる。 日本人は「同胞を殺した敵でも、遠い異郷に死んだ無念の霊を供養せずにはいられなかったのだろう」と、日本人は中国人に比べてこんなに寛容だぞ、というわけだ。 最後は靖国神社の話になり、「平和を祈るのならば「A級戦犯」の霊も、秦檜夫妻の像と同じ扱いを受けねばならないと、中国政府は考えているのかも知れない◆日本人の心に対する領海侵犯であろう。」と結んでいる。 やれやれ。靖国神社参拝を正当化するために岳飛を持ち出すとは驚いた。 岳飛の霊があるならば、日本人という「異民族」の侵攻から国を救おうとしたことだろう。 また、中国人が日本人と同じように考えないことを批判してしまっては、それこそ、中国人の心に対する領海侵犯であろう。 中国には中国の、日本には日本の文化があるのであって、比較してみたところで意味はないのだ。 また、日本文化、ということでいうと、靖国神社は例外的存在だろう。 平将門や菅原道真がまつられていることからもわかるように、「御霊信仰」にもとづき、殺した相手の霊を祀ることの方がおおいはず。 日本の伝統文化にのっとって神社を造るなら、日本人によって殺された人たちを祀らなくてはならないのだ。 もう一つ、岳飛と日本というと思い出すことがある。 戦争中、「挙国一致、尽忠報国、堅忍持久」を三大目標としていた時期がある。(私は三國一朗「戦中用語集」で知った) このうち「尽忠報国」は岳飛の背中に入れ墨されていた言葉なのだ。 岳飛を祀る中国人のあり方が「異様」だというのなら、その岳飛の背中の文字を国の目標とした日本はなんなのだろう。
2005.04.28
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(編集=瀬川拓男・松谷みよ子|角川書店。1973年8月) 現在は角川文庫版もあるが絶版状態。 「自然の起源」「精霊物語」「鮭の霊魂」「自然の恩恵」「ふるさとの自然」という項目に分けて民話を集録。何かの起源を語る伝説が多いようだ。 第1巻と同じく「再話」である。 編集者の一人、瀬川拓男は巻末の解説「自然と人間の共同幻想」の中で、再話者は、「なによりもまず、生産者のまなざしを獲得することにつとめねばなるまい」と述べている。 民話がどのようにして成立したか、ということを考えると、人々がどのように生活してきたか、ということを考えねばならず、生活は「生産」であることが多かった。理論だけでなく、実際の生活を知るところから出発しなければならず、それを知るためには、歴史的な視点だけでなく民俗学的な視点も持たなくてはならない。 解説で、「お天道さん金の鎖」に触れ、最近の再話者は「お天道さん」を太陽とすることが多いが、古くは月のことだった、山姥に追われた子どもたちが、夜ふけに天に向かって助けを求めているのは、月に向かって助けを求めているのだ、ということを述べている。 知らなかった。言われてみれば確かにそうだ。子どもたちは夜中に逃げ出すのだ。
2005.04.27
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(著者:橋本治|集英社新書|発行年月:2004年 04月) 思いつきでものを言う上司への対処法かと思ったら、そういう面もあるのだが、なぜ上司は思いつきでものを言うのか、という分析がはじめにある。 それが非常に説得力がある。 第一章は、なぜ思いつきでものを言うのか、第二章は、会社とは何か、第三章は日本的な組織の特徴、第四章は民主主義と能力主義、そしてこれからどうしていった方がいいのか。 上司論ではなく、組織論、社会論である。 「民主主義とは、能力主義である」と言い切ってしまう。その通りのはずなのだが、なぜか結果平等主義がまかり通っている世の中なのだ。 相変わらず橋本治の頭の良さが感じられる本なのだが、妙な昂揚状態で書いたのではないかと思えるような、話の飛躍がところどころにあり、それを自分でも認めている。 上司がなぜ思いつきでものを言うのか説明するために、「古墳に埋められるための埴輪の製造販売を業務とする会社」を例とするあたり、さすがだ。面白いしわかりやすい。 これは、上司をバカにするための本ではない。誰でも「思いつきでものを言う上司」になる可能性は持っているのだし、実際、なってしまうのだ。
2005.04.26
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2回目にしてぐっとなじんできた。 大岡越前が一人で何でもかんでもやってしまい、立ち回りまでみせ、奉行として現れるとみんなビックリ、って遠山の金さんみたい。 不満を言えばきりがない。 良かったところに目を向けよう。 父の無実を訴える娘・小夜(末永遥)が名前を言うとき、「小夜です」と言っていた。へたをすると「お小夜です」などと、自分の名前に「お」をつけてしまう。そういう時代劇が多くてこまるのだが、スタッフがしっかりしているのか脚本家がえらいのか。 また、家康から拝領の印籠が出てきて、家康を、町人は「権現様」と言い、武士は「東照神君」と呼んでいた。 そういうところにも配慮が行き届いていて感心した。公式サイト
2005.04.25
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芸術祭参加作品だそうだ。 英明で家臣に慕われていた殿様が、家臣の本音を聞いてしまったために、今までの賞賛はすべて追従・服従だったのではないかと疑心暗鬼に陥り、暗君となって人々を苦しめる。 家臣も苦しむが、殿様自身も家臣を信じられずに苦しむ。 相手が殿様であっても意に従わない夫婦によって目が覚め、さらに母の愛に触れて、一人の人間として生きていけるようになる。 市川雷蔵は、「濡れ髪」シリーズのような明るいものも似合うが、こういった鬱屈した人物も似合う。さすがである。 原作は菊池寛。原作とはだいぶ趣が違う。 「青空文庫」で読める。 一太郎をお持ちの方には、「一太郎で青空文庫」もあります。
2005.04.25
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「隠し砦の三悪人」のような題名だ。 監督は、日活で「嵐を呼ぶ男」を撮った人。 一座の座長(山本富士子)と、その女を巡って仲間意識を持ったり敵対したりする三人の男(勝新太郎、市川雷蔵、大木実)。 物語そのものはなんだかすっきりしない。また、文字で時代背景を説明するのも野暮。 「こんな世の中はいやだ」というのが根底にあるのは、製作当時を反映しているのだろうか。妙に理屈っぽい。 中村玉緒も出ているが、市川雷蔵に思いを寄せる娘の役で、出番は少ない。 オープンセットの場面が多く、感心するのが群衆シーン。 両国あたりの人での多い場所が何度も出てくるのだが、文字通りの「群衆」で、いったいどれだけの人がいるのかわからないくらい大勢歩いている。 露天もたくさん作ってあり、映画の底力を感じさせる。 市川雷蔵は、弁天小僧を演じたりするのだが、女形はあまり似合わないね。 もっとふっくらした人の方が似合う。 この映画の時には、勝新太郎はもう丸顔。 にせ金作りもするわるい坊主の役で、これがいい。 やっぱり勝新太郎は悪い奴の役の方が似合う。迫力がある。 「流れに棹さす」が「流れに逆らう」という意味で使われていた。
2005.04.24
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川田がNOAHの会場を訪れるそうだ。 無所属宣言にあたって、とうぜん視野に入っていたことだろう。 三沢からの働きかけがあって、夏の東京ドームに向けての流れを作っていこうということだとわかる。 それでもいい。 川田はよくやってくれた。 大量離脱後、川田、渕、ケアの三人で「全日本プロレス」を守ってくれた。 言いたいことも言わず、我慢の連続だったのではないかと思う。 武藤態勢になってから、「これで会社は大丈夫なのか」と、不安に思うこともいろいろあったが、今は安泰だ。 残念ながら地上波放送はなくなってしまったが、チャンピオン・カーニバルの盛り上がりは例年にないほどだ。 川田、ありがとう。 思い残すことがないように、やりたいことをやってくれ。 そして、ファンを驚かせてくれ。 「王道」は川田の中にある。 川田が何をしようと、それが「王道」なのだ。
2005.04.23
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(角川書店 1973年5月) 現在は角川文庫版が出ている。 奥付には、監修=宮元常一・野坂昭如編集=瀬川拓男・松谷みよ子再話=松谷みよ子・瀬川拓男・清水真弓さし絵=丸木位里・丸木俊とある。 日本の民話のうち、動物が主な登場人物となっているものを集めている。 奥付に「再話」と明記してあるように、最終時の姿そのままではなく、あらたに構築し直したもの。それについては解説で瀬川拓男が説明しており、それぞれの話の後に、九州地方・昔話 瀬川拓男というように、原話の採集された地方と、昔話・伝説の区別、再話者名が明記してある。 知っていた話もあるが、知らなかった話の方がずっと多い。 民話というのは奥が深いものだ。 「あてのない旅」(p69)など、途中までは「ブレーメンの音楽隊」そのままで、これは「大工と鬼六」のように、翻訳されたものが伝わったのではないかと思うのだが、巻末の大島広志「参考資料」によれば、日本では長野、岡山、岩手、宮城で類わが採集されているほか、朝鮮にも採集例があり、ソビエトでは十一話報告されているという。 それでも、翻訳によって伝わった話ではないか、という疑念は消えない。 飼い主が、役に立たなくなった家畜は処分してしまおうとする乾いた感性が、日本の民話らしくないと思えるのだ。 動物譚ということで、畑正憲が「私の民話論 民話の中の動物たち」という文章を寄せている。 民話の中の動物たちは、現実の生態とは無縁のことが多いとか、報恩譚が多いとか、自分が実際に出会った狐や狸の話の後、日本には動物が人間に化ける話が多いが、人間が動物になる話がほとんどないと言う。 そして、「鳥のなき声につての物語」は例外だ、と言う。 おお、言われてみればその通りだ。カッコウやヤマバトなどの鳴き声の由来を語る話には、人間が鳥になったという話が少なくない。中国にもあった。 きつねの好物。 キツネの出てくる話も多いが、そのうちに二話で、きつねの好物として「ねずみのてんぷら」(p95)、「焼きねずみ」(p111)が出てくる。前者は東北地方の昔話、後者は鳥取県の伝説。 巌谷小波の「黄金丸」で、好物がねずみの天ぷらというのを読んで初めて知ったことなのだが、「利根川図志」にも「ねずみの油あげ」をえさとして狐を捕まえる話があり、昔から広く言われていたことであるらしい。 印象に残った話。「山の鯨・海のいのしし」(p10) 鯨はもとは山に済んでいて、「今でも鯨は、ときとして群れをなし、山の見える浜やいそに乗り上げる」のだそうだ。 そうだったのか。それで集団自殺に見えるようなことをするのか。「きつねの味噌煮釜」(p100) 命を助けられたきつねが恩返しをし、最後には命を失ってしまうという悲劇。 きつねの力で長者になって爺と婆は、「月の十九日」は必ずきつねをまつったお堂にお参りしたというのだが、十九日というのは何か意味があるのだろうか。
2005.04.22
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なんだかほとんどやけくそのような題名だが、原作は五味康祐。小説もこういう話なんだろうか。実は原作では、やたらに人を切りたがる天知茂が主人公だったりして。 最初に出てきたお姫様が、冷たい感じだなあと思っていると、その人はそれ限り。 大工たちと気ままに暮らしていた若様が、国元へ旅するというので、うかれたり、大工たちを連れて行ったり、家臣を煙たがったり。お約束の連続ながら、くだくだしく過去の話を描いたりしないのでさくさく話が進む。 腰元の柔肌に埋蔵金の地図が、というあたり五味康祐らしい。(原作は全く知らないんだけど) その腰元が高田美和だったのにはびっくり。 さらに、国元近くなってから出会うお姫様が坪内ミキ子で、調べたらこれがデビュー作。ずいぶん現代風の娘だったのだ。 その見合い相手になるはずだった若様が宇津井健。おお、雷蔵に比べると昔から太めだったのだ。 結局、どういうわけかわららないが、体に地図をほられた腰元は救われてしまい、主人公も思う人と結ばれてめでたしめでたし。 途中で出会う女郎はまた出てくるのかとおもったらそれっきり。 お姫様と江戸へ降る途中で出てきてもいいのにね。 ほかに共演では、すっかり顔を覚えてしまった荒木忍。 「中山七里」ではいかにも実直な田舎の親爺だったのか、これでは人の世を見通した禅僧。どの役でもいかにもそれらしく見えるのには驚く。
2005.04.21
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日本語のなかの外国語(著者:石綿敏雄|岩波新書|発行年月:1985年 03月) ちょうど20年前の本。 第1章で紹介されている、外来語に関する議論は、今でも続いている。 次々に新しい外来語が登場するのだから当然。 興味深いのが第3章「外来語の生態」で紹介されている外来語。 「高度情報通信」を意味する「VAN」など今では聞くことはない。 p113に、『たとえば選手団について「デレゲーション」という言葉が使用されるのには』とあるが、その「デレゲーション」という言葉は聞いたことがない。 第4章の終わりの方に「グルーピー」の話が出てくるが、これはもう死語だ。今風に言えば「おっかけ」か。 このように、死語となった外来語も多いわけだ。 その例として、「シャボン」について触れた分を紹介している。『「シャボン」ということばは、江戸時代を生き延びて明治に達したが、漢語「石鹸」との競争に敗れて、現代では古雅なかおりを残すのみで肺葉の語となった。』(p149) 言われてみれば、「石鹸」という語の方が新しいはず。それにしても、「石鹸」という名称を考え出した人は、漢字をよく知っている人だったのだろう。 新知識いろいろ。 「ハイティーン」が和製英語とは知らなかった。(p186) 「category」を「範疇」訳したのは『書経』により、「deduction」を「演繹」と訳したのは『中庸』によるという。(p202) 「ランデブー」「アベック」はフランス語。(p205)
2005.04.20
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私が管理している「こもれび」に、宮沢賢治の「風の又三郎」に出てくる「木ペン」は何と読むのか、という質問があった。 気になって、手近なところにあった「風の又三郎」を見たが、ルビはついていない。 鉛筆のことで、「風の又三郎」では「鉛筆」という語も使われている。 「木ペン」はセリフにのみ使われているようだ。 一時期、岩手でのみ使われていた語なのだろうか。 さて、何と読むか。 百科事典で「鉛筆」を引いてみたが出てこない。 「鉛筆」を「木筆」と呼んだこともあるそうだが、この場合は「ぼくひつ」と読む。 私は「きぺん」か「もくぺん」だろうと思っていたが「ぼくぺん」の可能性もある。木の音読みは呉音が「もく」、漢音が「ぼく」だ。 妻に「何と読むと思う」と聞いたら「もっぺん」という答え。 なるほど、「木」は入声音だから、「もっぺん」になっても不思議はない。 ちなみに、「こえたば」を見に行ったら(というか、聞きに行ったら)「きぺん」と読んでいた。追記(4月21日) 「みずたまり」で、クラムボンさんから、以下の指摘があった。------------------------------------------------------------「宮澤賢治語彙辞典」(原子朗編著、東京書籍、1989年10月14日初版発行、1990年1月16日2刷)という本を図書館で見てみましたら、 木ペン きぺん → 鉛筆と項目がありました。信頼のおける本のようですから、一般的には「きぺん」と読むということで問題ないと思います。いまは「新・宮澤賢治語彙辞典」が出ているようです。15,750円也。------------------------------------------------------------- はあー。世の中詳しい人がいるものだ、と思ったが、好きなればこそ調べてくださったのだろう。 ハンドル・ネームでわかる。 「やまなし」をご覧ください。
2005.04.19
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(テレビ朝日。月曜夜7時) 大岡越前といえば加藤剛だが、北大路欣也で登場。 この時間帯の子連れ狼もよかったし、彼なら安心ということか。 さて、話の方は、殺人の罪で捕らえられた娘の無実を明かす、というもの。 ただし、この娘が引き立てられたときに偶然町で見かけた、というのがきっかけになっていて、物語としての説得力には欠ける。もし、あの時見かけていなかったら死罪にしていたかもしれないではないか。 偶然に頼らない話にして欲しい。 娘の父親がどこかで見た人なのだが、思い出せなかった。最後に出演者を見てびっくり。「サインはV」の牧コーチこと中山仁だった。老けたなあ。 老けたと言えば、その妻(娘の義理の母)が相本久美子。これまた年齢相応になっておりました。公式サイト
2005.04.19
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1962年の製作だが白黒。 ヒロインは中村玉緒。 最初の方で非業の死を遂げてしまって、「これは二役だな」と思っているとその通り。 「大菩薩峠」といい「鯉名の銀平」といい、生き写しネタが多いね。 かつて愛した女にそっくりのお嬢さんとその婚約者の不甲斐ない男(大瀬康一)を助けて命がけの旅。 死んだ女の姿を、生き写しの娘の中に求める主人公、その主人公と娘の心を疑う男、と、複雑な話。 最後はきっぱり自分の心にけじめをつけて去っていく。 いつものようにほとんどスタジオなのだが、最後だけオープンセット。 廃屋の倒壊など迫力がある映像だが、これからの邦画を象徴しているようにも思えた。 大瀬康一は見覚えのある顔だと思ったら、月光仮面だった。
2005.04.18
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「大菩薩峠」より後だが白黒。「濡れ髪牡丹」や「大殺陣雄呂血」もこの監督。 長谷川伸の「雪の渡り鳥」が原作らしい。 いかにも長谷川伸らしい話で、恋と友情の板挟みになりながら、恋しい相手(中村玉緒)が親友(成田純一郎)と結ばれるのを助け去っていき、その二人を助けるために再び戦い、罪を一人で背負う。 よくある話ではあるのだが、わかりやすいだけに説得力がある。 なぜ強いのか、なぜ金を持っているのかなどというところは全く説明しない。 主人公なのだからそれでいいのだ。 海辺でもなんでもスタジオなのがすごい。 何でもかんでもセットで作ってしまえる時代だったのだ。
2005.04.17
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高田渡さんが亡くなった。 まだ56歳。 中学生の頃から、フォークソングが大好きだった私だが、「高田渡」というのは幻の存在だった。 地方だったのでテレビの民放は2局しかなく、レコードを買いたいだけ買うお金などない。 ラジオと雑誌が情報源。 雑誌に楽譜が載っているのを見たり、中村とうようとの不思議な論争を読んだりしたが、歌を聴いたことがなかった。 ラジオでも流れない。 その歌を聴くことができたのは、かなり長い年月がたってからのことだった。 ここ10年ほどは、フォークソング関連の番組が多く、テレビで歌う姿を見ることもできるようになった。 不思議な人だった。 「足を知る」とでもいうのだろうか。「欲」の感じられない人だった。 なぎらけんいちは、「日本フォーク私的大全」で彼を「師匠」と呼んでいる。 早すぎる死だが、本人は満足できた人生だったのではないかという気がする。
2005.04.16
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なぜか完結編だけ監督が違う。 市川雷蔵主演映画は、「竜神の巻」とこの「完結編」の間に「濡れ髪牡丹」が公開されている。 まさに三面六臂の大活躍。 さて、話の方はというと、完結しようのない話を完結できないまま終わっている。 暗黒の世界に生きる主人公が、嵐の中、わが子の名を呼びながら離れの建物とともに流されていく。 最初から3部作で終わるつもりだったのだろう。そもそも、全編を映画化など無理な話。 主人公はただ人を斬りたいと思うだけで、女は竜之介を自分の手元に置きたいと思うだけ。 しかし、運命のいたずらによって、竜之介の漂泊は続く。 話は忙しく、次々に新しい女が現れて竜之介の面倒を見る。 女によって動いていく話なのであった。 中村玉緒はお浜、お豊、お銀と三役を熱演。それぞれ違う人に見えるから驚く。 前作までは主要な登場人物だったお松(山本富士子)は全く登場せず、終わりの方でその消息がせりふで伝えられるだけ。 驚いたのは、ムクと呼ばれる犬の好演。どうやって演技指導をしたのだろう。 大きい犬で、あんなの襲われたら逃げるしかない。 原作は、「青空文庫」でも公開されている。途中までは、あらすじも紹介されているので、手早く内容を知りたい方はそちらをご覧ください。
2005.04.16
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「中国食物誌 中国料理あれこれ」(著者:周達生|出版社:創元社) 1976年3月10日・第1版第1刷発行。 この発行の年を見ればわかるように、1972年の国交回復からまだ間がない。 中国の内情がよくわからず、幻想を抱いている人が多かった。 そんな時代に書かれた本である。 周恩来の没年であり、冒頭に、 私は,この本を故 周恩来総理の霊 に捧げるという献辞がある。 内容は、書名の通り、多彩な中国料理で使われる、これまた多種多彩な食座をとりあげ、それがどのようなものか紹介したもの。 著者は料理研究家ではなく、動物生態学が専門。 和名や中国名だけでなく、しばしば学名も示している。 書きぶりは平易で、非常に誠実な印象を受ける。 原籍は福建省晋江県で、神戸の中国人家庭で生まれ育ったようだ。執筆時は、神戸中華同文学校に勤務している。 日本に住んでいても、立場は中国側に立っていて、「田中首相(一九七二年九月)を人民大会堂にお迎えしたとき」(p111)という表現がでてくる。 また、「南朝鮮を訪れた欧米人」(p198)という表記もある。 祖国に愛着を持つのはどの民族でも同じこと。 著者も深い愛情を持っているのだが、さすがに中国の従業員の態度は目に余ったらしい。「中国で買物をするときの従業員の応対ぶりは、日本流に言えば、きわめて愛想が悪い」(p202)と苦言を呈している。 食材については、丁寧に説明されても、やはり、知っているものはわかるが、知らないものはわからない。 およそ30年後の今読んでみると、料理の話よりも、時代を感じさせる言葉に目がいく。 たとえば、畜産・農業に触れて「一九六二年からの連続十年の豊作がもたらされ」(p30)とあるが、現実には、そんなことはなかったはず。しかし、。そういうことになっていた時代なのだ。 また、「孔子や孟子、あるいはその亜流儒学者どもの説いたことば」(p103)という「批林批孔」がまだ生きていた時代でもあった。 表記の面で一つ特徴がある。 中国語は<>で示し、中国音をカタカナでつけている。 食材や固有名詞だけでなく、「<焼《サオ》>、<煮《ツウ》>、<爆《パオ》>、<炒《ツァオ》>などの料理において」(p36)と、調理法にもルビがついている。 ここに挙げた例でわかるように、この本の中国語は捲舌音が脱落している。「zhi」「chi」「shi」がそれぞれ「zi」「ci」「si」になっている。 親切な本で巻末に索引があるのだが、中国のものは中国音で引くようになっているため、「茶」は「チ」のところではなく「ツ」のところを見ることになる。 新聞では金糸猴を孫悟空のモデルとすることが多いが、著者は「ベニガオザル」がモデルだと考えている。(p114) 大根の「千六本」は「<繊蘿蔔《シエンルオポー》>が、明の時代の音で「セン・ローフ」と読まれていたのがなまったのをあて字にしたもの」(p206) このことは、十数年前に初めて知ったが、すでに三十年前に知られていたことだったのだ。 リンゴの語源。 「中国から渡来した<林檎《リンチン》>(リンキン)が「リンキ」となったのであろうとされている」(p216) 「葯」という字が出てきた。(p231)。 「薬」の簡体字としてしかしらなかったが、「めしべの先端部分」という意味の字だったのだ。 紅茶の由来。 中国の茶葉をヨーロッパに運ぶ途中で発酵し……というのが起源だと思っていたが、それ以前から中国にはあったそうだ。(p246) 群馬県の「スネーク・センター」は陶々酒本舗が作ったものだそうだ(p80)。 行ったことはあるが、知らなかった。 誤植発見。 「淮南《ゆいなん》王劉安」(p173)の「ゆいなん」は「わいなん」の誤り。
2005.04.15
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第1部の最後の宇津木兵馬(本郷功次郎)との一騎打ちは芹沢一派の邪魔が入って中断したことになっていて、舞台は紀伊半島へ。 第1部で死んだお浜と二役でお豊を演じる中村玉緒が、娘のうちは可憐、人妻となると妖艶と見事に演じ分ける。 ただし、これは眉を落としお歯黒をつけるというメイクの力でもあるようだ。 1960年あたりなら、年配の女性の中には、まだそういう姿の女性がいたのではないだろうか。 話は複雑に入り組み、最後はまた机龍之介と宇津木兵馬の一騎討ちになり、結末は次回作へ、というところで終わる。 これもまたほとんどスタジオ撮影。 峠の頂きに地蔵を据える場面は屋外。 わざわざこの場面を入れているということは、おそらく、魂の浄化というようなことがテーマとなっているのだろう。 よくわからない話なのに、見入ってしまう魅力がある。 ところで、その昔、紀伊半島路団体で旅行したとき、今回舞台となっている竜神温泉の近くを通ったことがある。 若いバスガイドさんが、「大菩薩峠の舞台になった」と紹介していた。 その時はまだ原作を読んでいなかったが、存在は知っていた。 ガイドさんに「読んだことがあるんですか」と聞いてみようかと思ったが、野暮だと思ってやめておいた。
2005.04.14
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主演はもちろん市川雷蔵。 意外なことに、現代劇「ぼんち」より後なのだ。 原作は「甲源一刀流の巻」から「女子と小人の巻」まで九巻は読んだことがある。 四十一巻まではあるのだから半分も読んでいない。 当然のことながら、映画の方はかなりはしょっている。 その分、余計な愁嘆場などなく、話がどんどん進んで飽きさせない。 大菩薩峠にお松(山本富士子)と老人が登ってくるところから、京都で、新選組に入った宇津木兵馬(本郷功次郎)と主人公が対峙するまで。 主人公・机龍之助の虚無的な雰囲気がよく出ているが、結局何がしたいのかは、原作同様よくわからない。 驚くのが中村玉緒の演技。 眉を落としお歯黒をつけた姿が、いかにも情念の女という雰囲気。 横目でにらむ姿など凄惨である。 映画全盛期の特徴の一つで、ほとんどがスタジオ撮影。 大菩薩峠も、登る途中は屋外だが、頂上につくともうスタジオになってしまう。 ほとんどをスタジオでまかなうことができたというのは、それはそれですごいことなのだ。 「大菩薩峠」というと思い出すのは宮沢賢治。 宮沢賢治は原作が大好きで、「大菩薩峠の歌」というのまで作っている。 興味のある方は「こちら」を。
2005.04.13
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今日も、昨日の「読売新聞」夕刊の「よみうり寸評」から。中国は経済大国に駆け上がりながら、貧富の格差など大きな不満も抱えている。そのガス抜きを日本に向けられてはかなわない。〈愛国無罪〉――愛国をふりかざしていれば、多少のことは許される◆そんな無法は許せない。 中国国内に貧富の格差があり、その不満が騒動の原因の一つだという見方は、たしか産経新聞にもあったと思う。 しかし、近代国家で貧富の格差のない国などあろうか。 日本を見てもわかる。暖衣飽食で携帯電話使い放題という人もいれば、ボランティアの炊き出しに頼るホームレスもいる。これを「貧富の格差」ではないとは言えまい。 貧富の格差のない社会があるとしたら、おそらく、外界から隔絶し、1万年ぐらい前から同じ生活をしている社会だろう。 また、貧富の格差への不満から騒動が起こるとしたら「貧」の方から起こるはずだ。ところが今回は、インターネットによって加熱している面があるという。 中国の「貧」の階層がインターネットなどできる環境にあるものか。 さらに、「愛国教育」が背景にある、というのだが、「貧」の方は、そんな教育を受ける余裕もない。 今回の騒動は「豊」の方の階層によって起こされたものだと考えた方がいい。 ただし「愛国教育」の結果であることは確かだろう。 騒動を起こした人たちは、日本でいえば右翼・保守派に相当する人たちなのだ。 さて、日本でも「愛国教育」を推進しようとする人たちがいる。 よく考えてもらいたい。 外国の教科書が気に入らないからといって、その国の大使館に押し寄せ物を投げるような人たちを育てたいのか。 また、愛国心を押しつけられなければ愛せないような国では困るのだ。 何もしなくても、「日本はよい国だ、国のために何かしよう」という気持ちが起こる国を作ることが大切なのだ。
2005.04.13
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「読売新聞」11日夕刊の「よみうり寸評」。 中国での半日運動(騒動?)に触れてこう結んでいる。◆デモはインターネットの反日書き込みで拡大、暴徒化した。天安門後の愛国・反日教育で育った世代の行動だ。これを「日本に責任」とは責任転嫁も甚だしい。中国の古典はそのことを戒めている◆〈君子は諸(これ)を己(おのれ)に求む。小人は諸を人に求む〉――中国四千年の知恵は今いずこ。 日本に責任があるという中国政府は小人だ、というわけだ。 しかし、これを引用してしまうと、読売新聞自身にもあてはまってしまう。 「中国政府の責任だ、というのは、小人は諸を人に求む、だ。読売新聞は小人だ」と。 そもそも、ここにこの「論語」の句を引くことが妥当なのだろうか。 吉川幸次郎は「論語」(朝日文庫・中巻。p212)では、こう解釈している。「自力本願であれ。他力本願であってはならぬ。」 私が尊敬してやまない宮崎市定は、こう解釈している。(岩波文庫「現代語訳 論語」p262)「諸君は凡て事の成否を自分自身の責任だと覚悟して欲しい。ゆめ他人のせいになすりつけてはなりませぬぞ。」 目についたところでは、金谷治「論語」(岩波文庫。p217)が、次のように解釈している。「君子は自分に〔反省して〕求めるが、小人《しょうじん》は他人に求める。」
2005.04.12
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掲示板を持っていると、悩まされるのが悪質な書き込み。 最近は出会い系やアダルトサイトの宣伝の書き込みが多い。 削除するだけではイタチごっこ。 ホストを指定して書き込み禁止にすることでいくらかは減らせる。 それに役立つのがここ。 この「LQアクセス制限ライブラリ」は非常に良くできていて、IPアドレスでもホスト名でも制限できる。 おすすめです。
2005.04.11
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詳細はここ。 廊下に貼られた5月の後楽園大会のポスター。 川田の写真はなく、手書きで「川田利明出場」と書いてあるのが悲しい。 試合開始前、3人の練習生がかいがいしく働いている。 諏訪間のブログにあったとおり、4人入ったのが3人になっているようだ。 みんなくりくり頭。初々しい。 第1試合にはセコンドがいない時代があったのが嘘のよう。 この3人、第1試合前にリングで紹介された。 中嶋より若く見えるくらいだが、10代は一人だけ。 後の二人はインストラクター経験者とアニマル浜口ジム出身者。ダークマッチ タッグマッチ 15分1本勝負 途中で入ってきた客が「あれ、もう始まってる」と驚いていた。 これを第1試合にしてもいいのだが、シングル戦が多くて、はみ出してしまったのだ。 悪相タッグVSキック多用タッグ。 とはいっても、私は悪相タッグを応援。 派手な音がするキックより、見た目は地味な雷陣のヘッドバットの方が相手に与えるダメージは大きそう。 若いのにクラシックな雷陣がいい。 藤原組長を呼んで、ヘッドバット対決を見せてくれないかなあ。 いつものRO&Dのコーナー。 ブキャナンは、タオル地のマスクをかぶっているとおとなしいけれど、それを取ると暴れ出す。でも、またマスクをかぶるとおとなしくなる。 お前はキョンシーか。 たまたま近くにいた雷陣がつかまってアイアンクローの餌食に。 頭の固い雷陣がもだえ苦しむところでさらに説得力が増すのだった。第1試合 6人タッグマッチ 30分1本勝負 いつもの石狩・荒谷劇場になるかと思ったら、論外劇場。 客席を和ませる。 渕はサンリオと契約したんだろうか? キティちゃんのジャンパーを来て、サンリオグッズを客席に投げる。 NOSAWA論外の塩が渕に誤爆しただけでなく、マットに大量の塩がばらまかれて、レスラーもレフェリーも目が痛いというので笑いを誘う。 最後はきれいに三つ並んで小包固め。第2試合 6人タッグマッチ 30分1本勝負 前回は、バーナードの落ち着きのなさが気になったけれど、今日はそれほどでもなかった。 VMがバーナードをなかなか出さないので客席に不満がたまるが、いったん出ると全く制御がきかないモンスター。 反則負けというのは、普通なら「あ~あ」で終わってしまうところだが、敵味方の見境無くどころか客相手にも暴れ回って会場を沸かせる。 懐かしい感じ。 TARUも困っているのがいい。第3試合 Aブロック公式戦 30分1本勝負 意外や意外、近藤は悪くないですね~。 一方、ストームがよくない。 「まさかこういうのはないよね」というその「まさか」で終わってしまった。 本来なら、ストームが「しょっぱい試合で済みません」と謝らなくてはならないところ、客席のしらけムードを察したTARUが、客にケンカを売って殺伐モードに切り替えて見せた。 TARU、お前はプロだ! 試合後休憩。 トイレに行こうとしたら、私の前を、TARUに蹴られた、という人が歩いていた。その人が、荒谷とすれ違ったときに、「TARUにやられましたよ。やっつけてください」と言ったら、荒谷は冷たく「自業自得」。第4試合 Aブロック公式戦 30分1本勝負 ジャマールの右肩のテーピングが痛々しい。 会場はジャマールの応援ばかり。 右肩から鉄柱に激突したときにはどうなるかと思ったけれど、どうにか乗り切った。第5試合 Bブロック公式戦 30分1本勝負 これを目当てに見に行ったのである。 時間は短かったが内容は濃かった。 期待通りの試合。 諏訪間は無理矢理川田を投げてみせるが、ハイキック一発。 川田としてはもっと続けるつもりだったのだが、諏訪間は白目をむいていた。 和田レフェリーに促されてカバー。カウント3。 カバーに入る前に、ドクターがリングに駆けつけていたのが印象的。 おそらく、キックが決まったときにはもうあぶないと思ったのだろう。 諏訪間はぴくりとも動けず、川田は勝ち名乗りも受けずにさっと退場。 みんなで諏訪間を担架に乗せて運ぼうとしたが、途中で落としてしまい、結局担架無しで運んでいった。第6試合 Bブロック公式戦 30分1本勝負 ブキャナンのアイアンクローが見せ場を作る。 シャイニング・ウィザードでもなんでもアイアンクローで返してしまうのだから始末に負えない。 足4の字にいこうとしたのをアイアンクローでかわしたのは秀逸。メーンイベント Aブロック公式戦 30分1本勝負 文句なしの名勝負。 初戦で、小島涙の初勝利なんて見たくないと思っていたが、健介が期待に応えてくれた。 あわや時間切れという試合だったのだが、あっという間だった。 とにかく、健介のパワーがすごい。 勝った健介が大喜びしていたのは、もはや小島を格下とは思っていない、ということを示している。 何しろ小島は4冠王なのだ。 ベルトを賭けた戦いでは、もう一皮むけた小島の姿を見ることができるだろう。 南側席の後ろの通路まで一杯の大入り満員。 どうしてこれを地上波でほうそうしないのかなあ。
2005.04.10
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時々、日本でもサマータイムを実施してはどうか、という意見を目にする。 私にはこれが不思議。 夏だけ、仕事の後の時間が長くなるわけだが、それでいいことがあるとは思えない。 残業が増えるか、することがなくて酒を飲む人が増えるかのどちらかだろう。 信号などの切り替えに巨額の費用がかかるというし。 そこまでして時間を「有意義に」使わなくてはならないのだろうか。 もし、本当に、時計を一時間進めるのがいいと思っているのなら、何も「サマータイム」に限ることはない。 日本の標準時を一時間早めればいい。 そうすれば冬だって仕事の後の時間が一時間増える。
2005.04.09
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「下町の民俗学」(著者:加太こうじ|出版社:PHP研究所) 親代々東京育ちの筆者が、下町の風俗を語る。 「民俗学」といっても、考証するわけではなく、「こんなふうだった」「こう変わってきた」と思い出を語る。 かといって、「こち亀」のように、昔を懐かしむという雰囲気はない。 子供の頃から合理的な人だったらしく、過大な感情移入はない。 しかし、気風は身についていて、それからのがれられないことは自覚している。 終わりのほうに、魚はほとんど食べない、ということが書いてあり、「大正、昭和初期の東京下町では、魚を好んで食べるのは文化的におくれているあらわれであって、ハイカラな文化生活をめざす者は、好んで肉を食べるべきだという気風があった」(p230)そうだ。そして、その気風通りに生きているのである。 大正生まれで、関東大震災の記憶もある。 使う言葉にも、江戸時代を思わせるようなものがある。 たとえば「お店《たな》」(p56)。 また、「喧嘩でもしてきよう」(p27)という文章は、江戸訛り。普通なら「喧嘩でもしてこよう」と直されるところだ。 昭和初期から紙芝居の世界で生きていて、業界の顔役だったようだ。 「芝居」の章に、「アングラを見にいって、白戸三平の伝記らしいその劇に、私らしい人物がでてきたのでおどろいた」(p109)とある。 紙芝居のことなら誰よりもよく知っている。 なお、「勇気を持って紙芝居業界の先頭に立った者は、ヤクザ出身と、左翼系の人と、朝鮮の人たちだった」(p26)ということだ。 江戸時代に関する著作もある人で、江戸にも詳しい。 「江戸時代に煮込みのおでんが売られていたという証拠は一つもない」(p155)そうだ。 著者は映画が大好きで、子供の頃から数多く見ている。 大正末から昭和初期にかけて、「記録映画、ニュース映画の類は実写といっていた」(p171)とある。 今では、アニメではない、本物の人間を撮影したものを実写と言っている。 おそらく、業界内で語の転用がおこったのだろう。 「看板」の章に、看板の起源は中国にあり、「看板という中国語に対する和名はない」(p174)とある。 言われてみれば、漢語の「看板」に相当する和語は思い浮かばない。 しかし、「看板」は中国語ではあるまい。 中国語なら「招牌」だ、 誤植。 「三味線が渡米すると」(p165)。 琵琶法師や浄瑠璃の話のところなので、意味が通じない。 「渡来すると」のようだ。 「『五木の子守唄』などは昭和戦後に、あのメロディーがかたち作られたのであって、いかにも古そうだが、NHKの民謡といえるほどに新しい」(p189)というが本当だろうか。 知らなかった言葉「客気にはやる都会の若者でもない」(p15)の「客気」。 「かっき」と読む。一時的にはやる心だそうだ。辞書を引いたらなんと、左伝に由来する古い言葉なのだった。「ロハ台」(p125) ベンチのこと。公園のベンチはただでつかえるからこう言ったようだ。 ここでは映画館の座席。「没骨」(p178) 輪郭を書かず、色の濃淡でものの形を描く技法だそうだ。 紙芝居の世界でも使われていた語ではなく、おそらく洋画を習いに行っていた時に知った語なのだろう。「肋木」(p195) 「ろくぼく」と読む。辞書を引いても、雲梯のような違うような。よくわからない。
2005.04.08
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なぜ「主」を「かず」と読むのか、という疑問がとけたので、ついでに「主水《もんど》」と「主税《ちから》」を調べてみた。 いずれも、律令制の役所から。 「主水司」を「もいとりのつかさ」と言い、平凡社の「世界大百科事典」によると、「〈もいとり〉の〈もい〉は飲料水容器で,転じて飲料水の義となった。また主水をのちには〈もんど〉ともよんだ。」ということだった。 「主税」は「主税寮《しゅぜいりょう》」を「ちからのつかさ」とも呼んだことから。 考えてみれば、役職名をそのまま人名にしてしまうのは珍しくない。 「○右衛門」「○左右衛門」の「衛門」もそうだ。 江戸時代の人が皆、由来を知っていて命名したり名乗ったりしたとは思えない。 意味よりも、言葉の響きに魅力があったのだろうか。
2005.04.08
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産経新聞の7日の主張(社説)に、こんな一節があった。--------------------------------------------------------- そこで、「式」という漢字のなりたちを手がかりに、それが持つ意味を考えてみたい。 「式」は「弋」と「工」からできている。「石井式漢字教育」で著名な石井勲博士によると、「弋」とは「土地の境界線をはっきりさせるためにたてた“木の枝”の象形」であり、「工」は「長さの単位を表わした指事字」で「定規の象形字」ともみられるという。「式」は工作するときの目印という意味から、手本、ひな型の意に語義を広げたわけだ。---------------------------------------------------------- 「石井式漢字教育」というのがどういうものなのかわからないが、この字源の説明が正しいと、どうやって証明するのだろう。 例えば、CDROM版「学研漢和大辞典」では、---------------------------------------------------------会意兼形声。弋(ヨク)は、先端の割れたくいを描いた象形文字。この棒を工作や耕作・狩りなどに用いた。式は「工(仕事)+音符弋」で、道具でもって工作することを示す。のち道具の使い方や行事のしかたの意となる。---------------------------------------------------------と説明している。 三省堂「全訳漢辞海」では、「説文《せつもん》」を引いて、---------------------------------------------------------[形声]のり。「工(=定規)」から構成され、「弋」が音。---------------------------------------------------------と説明している。 「学研漢和大辞典」の「会意兼形声」と言うのは、形声ではあるが、会意的要素もあるということだろう。声符が特定の意味を持つことは珍しくない。 後の二つには、「石井式漢字教育」にある、「弋」とは「土地の境界線をはっきりさせるためにたてた“木の枝”の象形という説明はない。 漢字の字源など、「日」や「川」などの象形を除けば、いろいろ説のあるものなのだ。 だいぶ前のことだが、ほぼ同時期に出た漢字の本で、どちらも「曰《いわ》く」の「曰」の字源の説明が全く違っていたのに驚いたことがある。 そもそも、字源から語の意味を理解しようというのが無理なのである。 嘘だと思うなら、「産」「経」「新」「聞」の四字のそれぞれの字源を探り、それによって「産経新聞」とは何かを説明できるかどうかやってみればいい。 産経新聞は、なにかにつけ、「中国は昔からこうだ」「中国人には伝統的な悪い面がある」という言い方をして批判しておきながら、中国の伝統文化である漢字を利用して自説を補強したつもりになるとは情けない。 日本国内の問題について述べているのだから、日本文化で説明すればいいのに、なぜそういうことをしないのだろう。 日本文化には興味はないのだろうか。
2005.04.07
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だそうだ。 ふーん。 石原知事は、今まであるものを利用するということをせず、わざわざ破壊して新しいものを作り出すという、金銭面での無駄遣いについてはどう思っているのだろう。都財政は危機的状態にあるのでは。 「Wikipedia」での「東京都立大学」と「首都大学東京」の項目を見てもらいたい。 おそらく、石原知事は「伝統」や「自由」「民主主義」という言葉が大嫌いなのだろう。 それにしても「首都大学東京」とはねえ。 前にも書いたけど、首都と言えば東京に決まっている。 こういうのを「馬から落馬する」といいます。
2005.04.06
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(著者:黒部進|出版社:扶桑社) 「ウルトラマン」のハヤタ隊員こと黒部進が、俳優としての自分、父親としての自分について語る。 富山県黒部市に生まれ、「農作業から解放されたい」という思いと東京へのあこがれで大学進学。 役者になって大学はドロップアウト。 どういうわけか、オーディションもなくハヤタ隊員に。 それがきっかけで我々の記憶にのこる役者となり、今日に至っている。 やはり面白いのはハヤタ隊員時代のエピソードやウルトラマンの裏話。 「まぼろしの雪山」のスキーの場面は吹き替えだとか、イデ隊員は最初はほかの俳優だったとか。 ウルトラマンが地球で戦えるのはなぜ3分間なのかも明かされる。 もしかしたらあと13本作られていたかもしれないそうだ。残念だ。 ハヤタ時代を懐かしくは思い、共演者とも親しくはしているが、ハヤタだったことに拘泥はしない。 あっさりと、というより、むしろ好んで悪役に転向し、今日に至っている。 ハヤタ時代の後は、俳優としての自分のことはほとんど触れず、アフリカにとりつかれ、単身旅行し、15年後に家族を連れて行った話。 後にレナ隊員となる吉本多香美が中学3年の時。 その時の写真もある。 最後はその吉本多香美との対談。 この本自体が、親子でウルトラマン・シリーズに出演ということがきっかけでできた本だろうから、とうぜん娘が出てくるわけだ。 吉本多香美は、共演するまで長野博を知らなかったそうな。 最後は、黒部進の「民度の低さというものを日本人は自覚しなければいけません。国は人がつくるものなのですから」という言葉で終わる。 奥付を見て初めて知ったが、この本、扶桑社から出ている。 ハヤタ時代の映像もたくさんあるが、これは円谷プロの提供のようだ。 どうしてTBSで企画しなかったんだろう。 ウルトラマン世代の私は、非常に興味深く読んだが、「ハヤタ隊員」というレッテルを貼られることは本人にとっては迷惑なことだろう。 ハヤタだったことに拘泥もせず拒否もせずにいるところが偉い。 この本には、ほかの本に見られない特徴が一つある。 「ずつ」ではなく「づつ」を使っていること。 気づいただけで2カ所あった。 普通なら、出版社が「ずつ」に改めてしまうところだ。 著者の意向を尊重しているのか、あるいは校正がずさんなだけなのか。
2005.04.06
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現代〈死語〉ノート2(1977~1999)(著者:小林信彦|出版社:岩波新書) 言葉は次々に現れては消える。 この本に取り上げられている「死語」というのは、その消えていった言葉のように思ってしまうが、実はそうではない。「今でも記憶されているが使われていない」というのが「死語」なのだ。 完全に忘れられてしまった言葉はすでに「死語」ですらない。 読んでいると、世相が浮かび上がってくる。というか、その当時のことが思い出される。 また、著者の嗜好がよく現れている。 相変わらずのタモリ嫌い。 「タモリは、発送の基本にある〈差別〉を薄め、一九八三年からフジテレビの「笑っていいとも!」の〈無害な〉司会者として〈成功〉した。」(p5) これ、タモリの項目ではなく、「ハナモゲラ語」の項。そういえば、そんなのもあったっけ。 一九七九年の「ダサい」の項では、「このころ、深夜のラジオで、タモリが埼玉差別を連発していた。九州出身のタモリは、民族差別をそういう形に置きかえていたので、関東出身のタレントであれば、こうした心ないまねはできなかったろう」(p22)と、またも批判。 言葉があったからといって実体があったとは限らないのが面白いところだ。 「クリスタル族」のところで「むかし〈太陽族〉が流行した時に太陽族がいなかったように、クリスタル族なんて本当にいたのだろうか?」(p36)とある。 実際はほとんどいなかったはず。いや、「自分はクリスタル族だ」と思いこんでいた人はいただろうが、「族」と呼ばれる程の数はいなかった。「ぶりっ子」(p40) 「良い子ぶる子[#「良い子ぶる子」に傍点]の意味である」とあるが、「かわい子ぶりっこ」の略だったと思う。「ディンクス」(p88) 「日本では、共働きをしなければ暮せない〈中略〉子供を作れない、という意味に変った。」とあるのだが、私は、そういう意味での用例は見たことがない。 単に「共働きで子供がいない」という意味でしかなかった記憶がある。 また、この語は死語ではないらしく、「ディンクス」で検索したら、「ディンクス向けマンション」というのがいくつもヒットした。「バラドル」(p116) 死語なのだろうか。まだ現役のように思える。 一九九四年。松本サリン事件で、「長野県警は第一通報者を被疑者扱いしている」(p148)。 長野県警だけではない。メディアもこぞって犯人扱いした。 地下鉄サリン事件でやっと被害者扱いされた。「ヤンママ」(p154) 「ヤンキーなままだから〈ヤンママ)」ということだが、私は「ヤング・ママ」だと思いこんでいた。 「goo辞書」を引いたら「後に不良(ヤンキー)の意味が加わったという」とあった。「シロガネーゼ」(p191) 東京都港区白金」の「白金」に「しろがね」とルビが振ってあるが、これは「しろかね」と読む。「一辺倒」(p212) なんと、この言葉、新しいのだ。一九五〇年のところにある。 元は中国語だという。 「学研国語大辞典」によると「第二次世界大戦後、毛沢東の論文中から出たことば」だそうだ。知らなかった。 この本を読みながら、死語とは全く関係のないことを考えた。 世の中、単純にグループ分けしてしまおうとする人がいる。 左よりの人は朝日新聞か毎日新聞を読み、自民党を批判し、日の丸・君が代に否定的。右よりの人は読売グループかフジサンケイグループを信用し、日の丸・君が代万歳。 しかし、世の中、そんなに単純だろうか。そんなはずはない。 それなのに、他人を勝手に「サヨクだ」「ウヨクだ」と決めつける人がいたりしておどろく。 たとえば、著者は、「視聴者に嘲笑されても、視聴率が稼げればいいというフジテレビの発想は現在まで一貫している。」(p55)「〈新人類〉で成功したと思いこんだ「朝日ジャーナル」が」(p79)と、フジテレビにも朝日新聞にも批判的。筑紫哲也にも批判的。 「朝昼夜と、テレビ各局がサッチー報道に明け暮れるうちい、国会では自自公が、通信傍受法、国旗・国家法、改正住民基本台帳法をあっという間に成立させた」(p198)という文章からは、これらの法律への批判が感じられる。 これが普通だろう。 単純に右や左にわけられるわけがない。
2005.04.05
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ニュース・サイトを見ていたら、「佐々木ついに離婚、榎本加奈子にハマったツケ?」という記事があった。 内容には全く興味がないのだが、「佐々木主浩(かづひろ)投手」という表記が目にとまった。 おそらく「かずひろ」の誤りだろうとは思ったが、歴史的仮名遣いでは「かづ」なのかと思って「全訳用例古語辞典」を引いたら、「かづ」という項目はなかった。 「かず」はあった。 やはり「かずひろ」の誤りのようだ。 しかし、そこでまた疑問。 なぜ「主」を「かず」と読むのか。 「学研漢和大辞典」によると、人名ではそう読む例は普通らしい。 おそらく、「主要なもの」という意味で「かず」と読んでいるのだろう。 「数に入らない」という場合、「数」は「数える値打ちがあるもの」という意味のはず。その「かず」なんだろうな。
2005.04.05
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このブログのアクセス数は、1日平均180ぐらいだった。 それが2日(土)には570! 3日は494、4日は425。 なんだ、なにがあったんだ、と思ったら、VECTORで自作ソフトが紹介されたのが理由だったらしい。 メインサイトである「輾転反側」は、平均20ぐらいのアクセス数なのに、2日は277、3日は197、4日は134。(同じIPアドレスは一日に1回しかカウントしない設定なので、楽天より低い数字になる。こちらが実数に近い) さすがにVECTORともなると、見ている人がたくさんいるらしい。 驚いた。
2005.04.05
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東京・祖師ヶ谷大蔵付近の3商店街が、円谷プロの協力で「ウルトラマン商店街」に改称されることになったそうだ。 初代「ウルトラマン」を見て育った世代としては、地元の人がちょっとうらやましい。 この記事には、「商店街を颯爽と歩くウルトラマン・エース」の写真まである。 「ウルトラマン」じゃなくて、ちゃんと「ウルトラマン・エース」になっているのもいい。 ウルトラマンは、小さくも慣れるので、人間大でもいいのだ。 さて、このニュース、ほかのメディアはどう伝えたのかと、新聞社のサイトを巡ってみた。 読売は都内版。写真説明に「ウルトラマンとの握手会に子どもたちは大喜び」なんてあるけど、親の方がよろこんでるようだ。 朝日……ない。 毎日……ない。 おい! こんなことでいいのか! そうだ、関東ローカルの東京新聞なら……おお、社会面にあった。 4人のウルトラマンの両脇で、宇宙忍者バルタン星人とカネゴンがポーズを取っている。 カネゴンはウルトラマンじゃなくて、ウルトラQなんですけど。(カネゴンの話には野村昭子が出てたんだよ) もう一つ、「産経新聞」も見てみよう。 おお、都内版にあった。 しかし……。 見出しが「円谷プロの地元に帰ってきたぞ!!ウルトラマン」って、帰ってきたんじゃなくて、ずっとそこにいたの。 記事の中には「世田谷区砧に本社を構え」とある。(ただし23日に移転するそうな) 「帰ってきたウルトラマン」に引っかけたつもりなんだろうけど、「地元に帰ってきた」って言ったら、M78星雲に行った場合はどうなっちゃうのよ。出張? まさかね。 さらに記事の中に、「ウルトラマンキャラクターとともにくす玉を割り」とあった。 「ウルトラマンキャラクター」って何だろう。「ドラえもんキャラクター」「ドラゴンボールキャラクター」とは言わないよね。 「ウルトラマン・シリーズの主人公」か「ウルトラマン・シリーズに登場する怪獣」という意味なのだろう。 せっかくの楽しい記事なのに、お粗末な感覚に興ざめ。
2005.04.04
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主演は小林旭。アキラはこの年、10本の映画に出ている。 1960年、1961年と続けて12本の映画に出た後。 「渡り鳥」はこの年の「渡り鳥北へ帰る」で終わり、相手役が笹森礼子になってきた時期。 この映画も、ヒロインは笹森礼子。 船乗りだったアキラが、ギターならぬトランペットの名手を演じる。 最初の方はいそがしく、神戸に上陸し、バンドを組んで大阪に行ったかと思うと、すぐに才能を見いだされ、上京。 大阪では、流しのトランペット吹きになるのだが、そんなのいたんだろうか。 ギターの弾き語りならまだしも、トランペットなんてすぐそばで吹かれちゃかえって迷惑。 すぐに、ちょっと売れるのだが、バンド名は「樂団マッハ」。「樂團」ではなく、「団」だけ略字。 1957年の「嵐を呼ぶ男」から5年経っているが、ジャズブームが続いていたらしく、ジャズバンド。 たしかに、トランペットを吹く場面ではジャズなのだが、当然のことながら歌も歌う。歌い出すとジャズはどこかへ行ってしまって、いつものアキラ節。 なにせ、挿入歌の一つは「追憶のブルース」。せいぜい「さすらい」をジャズらしいアレンジで歌うくらい。 あくまで強きの主人公は、独立して落ち込んだり、異国から日本人の母を探しに来た少年(山内賢)の面倒を見たり。 おお、まぶたの母を捜す少年歌手。豊川誕《じょう》のルーツはここにあったのか。 母を捜すという話が本当かどうか半信半疑ながら、それを利用して自分たちのバンドの名を売るのである。でもって、真実だと分かったら、少年にもほかのメンバーにも内密で、独力で探し出す。このあたりがハードボイルドなのだ。 最後はすべてめでたしめでたし。 勢いだけですべてを乗り越えてしまう映画なのであった。 脚本は、池田一朗と若尾徳平。 池田一朗はのちに隆敬一郎となってベストセラーを出す。 もう一人の若尾徳平のほうは、東宝で三船敏郎の「宮本武蔵」の脚本を書いていた人。 書く方の気分としては、時代劇も日活アクションも同じなのだろうか。
2005.04.04
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土曜日に行ってきた。 日立中央インターチェンジからうねうねを山道を行く。 子どもは少し酔ってしまった。 入場料は大人310円、子ども100円。 山を一つそのまま施設にしたような広大な敷地に施設が点在する。 残念ながら寒い日で、曇っていて、外で眺望を楽しむというわけにはいかなかった。 バーベキューもできるが、子どもが酔って食欲がないので、日本一長いというスライダーに乗ることにする。 小学3年生から一人で乗れるというので、私と子どもとそれぞれ別に乗る。 大人1回510円、子ども310円。 877メートルの距離を、そりに乗って滑り降りる。 コースのつなぎ目でガタガタ揺れる。 その気になればかなりのスピードを出すこともできる。 長くて面白い。 斜面をうねうねと滑り降り、一番下まで行くと、そりに乗ったままロープで上まで引っ張り上げてくれる。 ただ、寒かったので手が痛くなった。 寒いためかすいていて、全く待たずに乗れた。 子どもは気に入ったので回数券(3回分710円)を買い、もう一度乗ってから、その近くの施設でソバを食べる。 その場で打っているという手打ちソバ。 味は悪くないが、つゆがしょっぱかった。 かけそば550円。野菜のや山菜の天ぷら盛り合わせが確か310円ぐらいで安かった。 食事をしたら、入場無料券をくれた。 子どもが残りの2回滑っている間にハーブ園など見たが、なにぶんまだ寒く、何も生えていない。 ポニーにエサ(100円)をやって帰ってきた。 暖かい季節に行くところだった。 公式サイトがある。
2005.04.03
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VECTORのレビューで拙作「マーサの読書録」が紹介されました。 ここ。 皆さんのお役に立てれば幸いです。
2005.04.02
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花粉症2週間目のビギナー。 いつも鼻が詰まっていて困るが、時々、異臭がすることがあって驚く。 やや焦げ臭いようなにおい。 ほうじ茶のように香ばしいものではない。 そのにおいは、ずっと前にも感じたことがあったのを思い出した。 もう20年以上前。 高校を卒業し、上京するまでの特にすることがなかった時期。 朝寝して、ぼんやり過ごしていた午前中に、なぜか同じにおいを感じていた。 そう長期にわたってのことではなく、医者にも行かなかった。 鼻水が出るわけでもなかったし。 何か、嗅覚に異常があってのことなのだろうが、遠い昔と同じにおいなので驚いた。
2005.04.02
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副題は「物語と史跡を訪ねて」。 「物語と史跡」を訪ねるのではない。「物語」と「史跡を訪ねるガイド」がセットになっているのだ。 小説の合間合間に「史跡探訪」というコラムのようなものがあり、戊辰戦争にまつわる記念碑や墓碑、そこへの行き方などが紹介されている。 服部宇之吉が二本松藩士の家に生まれていたとは知らなかった。(p99) 白虎隊の陰に隠れて知名度は高くないが、二本松少年隊もまた戊辰戦争における悲劇的存在である。 しかも、勘違いして自刃してしまった白虎隊と違って、こちらは戦争の中で死んでいる。 書名は「二本松少年隊」だが、描かれているのは戊辰戦争における二本松藩の戦い。 少年隊を率いた木村銃太郎は、真ん中あたりで死んでしまう。 勝てる見込みがないとわかっていたのはほんの一握りで、あとは、何が何だかわからないが、国(藩というと地方自治体のように思えるが、実際には「国」というとらえ方だった)のために命がけで戦った人たちの物語である。 こういう話につきものの美談も多い。 しかし、著者は「こうした美談は後年、作られた可能性も高いが」(p166)と、すべてを事実として受け止めることはできないとしながらも、物語としては描いている。 「実際の戦闘は美談とはほど遠いものであった」(p172)とも書いている。 おぞましいのは、人肉食が行われていたことである。 小川平助という軍師の「戦いぶりに驚嘆《きょうたん》した薩摩兵が取り囲んで胸を裂き、肝を取り出して争って食らい付いた」(p173)とある。 この本は、小説だけでなく、巻末に、当時を知る人の書いた文章を資料として収録している。文語体のものを現代仮名遣いに改めてしまったのは残念だが、切り落とした木村銃太郎の首が重く、「髪を左右に分ち、二人にて持ち」(p235)など、事実の迫力がある。 その中の「黒田傳太回顧」に「谷間の細道にて新選組《しんせんぐみ》の山口次郎に往《ゆ》き会い」(p265)とある。この山口次郎は斉藤一である。 所々に注を入れているのだが、これに触れていないのは残念。 地元の人々にとっては、戊辰戦争とはなんであったか、明治維新とはなんであったか、ということはどうでもいいことなのだ。 著者が後書きで書いている。 「ともあれ命を賭けて戦った歴史を持った二本松は素晴らしい。」(p299) これに尽きるのだ。
2005.04.01
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