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東京の上野公園では、「ハトへのエサやり防止キャンペーン」を展開したら、鳩の数が半減したという。 しかし、半分死んだというわけではないだろうから、どこかにはいるわけだ。 私の職場は、鳩ならば上野公園から飛んでこられるだろう、という距離にある。 駅から職場までの間に、大通りがあり、そこに天ぷら料理の店がある。 時々、店先に、「ご自由にお持ちください」という札とともに、袋に入った天かすがおいてあることがある。 先日、その前を通ったとき、何と、鳩がその袋に穴を開けて天かすを食べているのが目に入った。 「あんなものを食べて、胸焼けしないかなあ」と思ってしまった。 その時は、上野公園でのキャンペーンなど知らなかった。 今にして思えば、食べ物が無くなって大通りでも、人がすぐ脇を通っても、とにかく食えるものを食おうとということだったのだろう。 鳩の糞が人体に悪影響を及ぼすこともあるそうだ。 今度見かけたら、店主に知らせよう。 鳩ではないのだが、私の住んでいる市の駅前にヒヨドリが大量に住み着いて、市が対策を立てたことがある。 ヒヨドリが嫌がる音(鳥の鳴き声)をテープでながす、というもので、ギャーギャー叫び声が流れていた。 効果はあり、確かにヒヨドリが駅前からいなくなったのだが、住宅街に移っただけで、住宅街から苦情が出た、ということがあった。 上野公園で鳩が半減しても、それはどこかに移ったというだけのこと。 どうせなら、積極的に捕獲して、動物園の肉食獣のエサにしたらいいんじゃないかなあ。
2005.03.31
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「水戸黄門の食卓 元禄の食事情」(著者:小菅桂子|出版社:中公新書) 書名通り、水戸黄門の食事の記録を元に、当時の食生活を明らかにしようというもの。 もちろん、水戸黄門というのは特殊な身分の人であり、当時の日本の一般的な食生活とは異なる食事を取っていたのではないかと思うし、地域差というのもあるわけで、「元禄の食事情」を明らかにするのは無理があり、著者もそのことはわきまえている。 水戸黄門が食べていたものの中に、今日まで伝わるものもあれば、失われてしまっているのもあり、うどん好きだったり、酒飲みだったり、そういうことを面白がっている。 歴史がどうのこうのという面はすっぱり切り捨てて、食べ物だけに光を当てているのが好感が持てる。 水戸黄門は他国の産物を導入することが好きだったようで、当時の記録に「日本の国にても其国にて有て此国になきものをば、其国よりこの国へ御うつしなされ」(p2)とある。この部分、「日本の国」の「国」と「其国」「此国」の「国」とでは指すところが異なる。 後者は、今なら「藩」というべきものである。当時は「国」の中の「藩」という意識はなく、「藩」を、ほとんど独立した「国」のようなものと考えていたわけだ。 p16で、当時の文書を解読し「御ふかう」の「ふかう」に「不幸」と漢字を当てているが、これは意味の上からは「不孝」ではなかろうか。 p41「武家社会というものはなかなか面倒なしきたりがあって、光国という実名のほかに、諱《いみな》と字《あざな》(別名)というものを必要とした。」 諱は、生前の本名を指すのが普通。水戸黄門の場合、「義公」という謚《おくりな》はあるが本名とは異なる諱はないのでは。 p42「義直は寛永十年(一六三八)光圀がまだ十一歳の少年のころ、中国から来日した陳元贇《ちんげんぴん》を招いている」 おお、懐かしい名前だ。日本に中国武術を伝えた人でもある。 p151「鮭は南限を那珂川とし」 那珂川よりずっと南の利根川でも鮭はとれていた。 「利根川図志」にも書いてあるし、今でも稚魚の放流が行われている。
2005.03.30
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「教えて! goo」で、「5年生から特殊学級を勧められていますが…」という質問とそれに対するアドバイスで熱のこもったやりとりがされているというので見てきた。 5年生から特殊学級へ移った方がいいといわれた父親からの相談。 相談者もアドバイスをしている人も、良識ある市民という印象を受ける。 残念だったのは、相談者の、「私の心の内に 特殊学級=障害者=ドロップアウト という悪いイメージが、ぬぐい切れないでいます。」という言葉。障害者として認定されることはドロップアウトを意味するわけではなるまい。 障害を持ちながら立派に生活している人はたくさんいるし、障害者ではないのにろくなことをしない人だって多い。 「障害」というより「体質」ととらえてもいい場合だってある。 障害があるのなら、できるだけ早い内に発見し、適切な支援を受けられるようにした方がいい。長い目で見れば、その方が、将来の自立に役立つからだ。 私は小学3年生の息子がいるが、同級生に、週に何時間か特殊学級にいっている子がいる。それはただそれだけのことで、小さい時からそれを見ていれば、さほど不自然なことにも思わないようだ。 実際に、我が子を特殊学級に通わせているという人は、特殊学級に移ることを肯定的にとらえている。 私は、知的障害を持つ人のための養護学校を見学したことがある。(ただし、特殊学級と養護学校は違う) 重要なのは、学校に通っている時のことだけではなく、卒業してからのことなのだ。できるだけ自立できるように、社会に出て生活できるようにするために、専門的に知識を持った人達が指導している。 障害があるのにただ普通学級に置いておいたのでは、何の訓練も受けずに社会に放り出されることになってしまう。 意見の中には、子供の同級生が障害を持っていて、その行為に悩まされている、というものがあった。 率直な意見であり、説得力もあるのだが、こういう発言をするには勇気がいることだろう。 その一方で、「学校が悪い」「自分が教師ならこうする」という意見はあったが、「自分の子が該当する子の同級生なら、迷惑をかけられてもいいから同級生のままでいられるよう学校に求める」という意見はなかった。
2005.03.29
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終わってしまった。 昨日、新聞のテレビ欄を見ていたら(終)と書いてあってビックリ。 録画したのを今、見終わったが、最後に「長い間ありがとうございました」という文字が出ただけで、あっさりした終わり方。 思えば、ここ数回、エンディングテーマが「蛍の光」だったのはこういうことだったのか。 三冠戦を1時間スペシャルにしてくれたりして、まさに「プロレスLOVE」を感じる番組だったのに。 始まったばかりの頃は、放送時間にあわせて編集されたビデオを見て中継と解説が入るという形に「臨場感がないな」と思ったが、慣れてくると、試合の流れがわかるように編集されているのがよくわかって面白かった。 会場での選手案内にも使われていたし、先日のNOSAWA論外の塩など、うまくテレビと連動していたのに。 残念だ。 テレビ東京には、ここから要望を送ることができる。 プロレス・ファンの皆さん、復活の要望、あるいは、今まで放送してくれたことへのお礼を送りましょう。
2005.03.29
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LIVEDOORに「『言論江湖』「ブログ時評」の論理破たん(下)」という記事のような論説のようなものが載っている。 正直なところ、内容には全く興味がない。 目を引いたのは「論理破たん」という表記である。 なぜこう書くのだろう。 手書き原稿であるはずはないから、「はたん」と入力して「破綻」と変換すればいいだけのことだ。 「綻」が常用漢字に入っていないために「破たん」と表記しているのだろうと想像はつくが、それでは既存のメディアと変わるところはない。 小見出しには、「事実認識への論理はたん」というのもあった。「論理はタン」《ロンリワタン》と読んでしまうかもしれないではないか。 常用漢字に入っていない字は使わないと自主規制するなといっているのではない。 自主規制するならそれなりに、ほかの表現に変える工夫をしろ、と思うのだ。 「論理破たん」ではなく「論理に矛盾」「論理にほころび」という言い方だってできる。「論理のつじつまが合わない」でもいいではないか。
2005.03.28
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先週の水曜日に花粉症デビューしたばかりで、実態がまだよく理解できていない。 花粉の量が多いと症状が重くなるというのは理屈では分かるのだが、初めて症状が出た水曜日は雨だった。 今日も雨で、花粉の飛散量は少ないはずなのだが、鼻水が出る。 花粉症の妻も感じているようだが、その日の飛散量と症状は比例しないようだ。 前日に吸収してしまった量の多寡によるのではないだろうか。 症状一日遅れ説。 それとも、ただ単に、体の反応が鈍くなっているだけ?
2005.03.28
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東京都立大学は、石原知事の力で消えることになった。 私は、大学を出て5年たってから、しばらくお世話になったことがある。(仕事をしながら) その間に、校舎は、目黒にあった古い校舎から今の新しい校舎に変わった。 大学生の時の専攻とは違う専門分野でお世話になった。 それこそ右も左もわからないような者を受け入れてくれる度量の広さに甘えて、いろいろと迷惑をかけたのではないかと思う。 お世話になった先生のうちお二人がおやめになるということで、会があり、私のような者にまで丁寧な案内状を頂き、参加してきた。 都立大を訪れるのは5年ぶりぐらいだと思う。 移転したばかりの頃は、駅前に何もなく、「ウルトラマン」で怪獣が現れる工事現場そのままだと思ったのを覚えている。 それがいまでは、駅から大学までがテーマパークのようになってにぎわっている。 会では、10年以上もあっていなかった人に再会できたり、思わぬ消息を聞いたり。まさかあの人が……という話も聞いた。 容姿の変わった人もいれば、ほとんど変わらなかった人もいる。 他人の白髪が増えるのはうれしいものだ。 お二人の先生は、どちらも大変お世話になったのだが、実は、そのうちのお一人の先生の講義には一度も出たことがない。 しかし、飲んだり食べたりの場ではご一緒させていただくことが多く、都立大の気風を肌で感じた。 私の卒業した大学は、右から数えて何番目というような保守的なところで、大学の先生を「さん」付けで呼ぶなど考えられなかったのだが、都立大では先生を「さん」で呼ぶので驚いた。さらに、酔っぱらうと呼び捨てにしたりさえする。私にとってはそれこそ「あり得ない」世界だった。(研究室によって違うらしいが) もう一人の先生には、「学問」「研究」というのはこういうことだ、ということを具体的に教えていただいた。 何もわからなかった私の目の前に、私にも理解できる形で「学問」「研究」が現れた、という思いがしたのを覚えている。 といっても決して堅苦しい先生ではない。 「平明簡易」という表現がふさわしい語り口だった。 私が一番お世話になった(正直に言えば一番迷惑をかけた)先生はすでに退官なさっている。その先生にもお目にかかれた。 私は都立大で、大切なのは、自分の中にあるものを自分で掘り起こすことだ、ということを学んだ。 学びはしたが、結局実践はできず、今日に至っている。 お世話になった先生は、おそらく「なんでこいつはそれができないんだろう」ともどかしい思いをなさっておいでだったのではないかと思う。 まさに「忸怩たる思い」である。
2005.03.27
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架空請求のハガキ。 以下がその全文。(分類コードと訴訟番号は一部伏せ字)総合電子利用料金未納最終話界通知書分類コードH00***** この度ご通知いたしましたのは、貴殿のご利用された「電子料金未納分」についての、ご通達になります。再三に渡りご連絡差し上げましたが、未だご連絡が頂けておりません。大至急当局までご連絡ください。ご本人様確認が必要です。こちら「
2005.03.26
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「LIVEDOORニュース」に「「ニート」、勤労の義務、家庭教育」という記事があった。 その中に、-----以下引用----- 「ニート」達はなぜ職探しをしない、もしくはできないのだろうか。「ニート」が爆発的に増加している原因は様々である。「ニート」増加の原因への責任の所在の分からぬ現在社会の歪みと片付けるのは短絡的過ぎる。根本的な問題は教育にあるのではなかろうか。 学校での教育は勿論のこと、家庭での教育、つまり親から子供への教育も含まれる。子供をもつ親は、勤労の義務をしっかり教育しなくてはならない。私が話を聞いた「ニート」の若者達は衣食住すべてなに不自由なく生活しており、成人してからも、親から小遣いを貰っている若者が非常に多かった。-----引用終わり-----と書いてある。 私の見るところ、教育していないから働かないわけではない。 今、職を持って働いている人だって、勤労の義務についての教育を受けたから働いているわけではあるまい。 むしろ今の方が職業教育は盛んだろう。 私が子どもの頃は、職場見学なんてなかった。 「ニート」が増えた理由はほかにある。 一つは、働かなくても生活できること。 いくつになっても親が金をくれる。働いてもいないのに携帯電話代に万単位のお金を使っていたりする。「世の中には金持ちの親がいるんだなあ」と感嘆している。 もう一つは、「自分らしく」「自分に正直に」という言葉が広まったためである。 「自分らしく働きたい」「自分に正直に生きたい」と本気で思っているらしい。 何のことはない、仕事ができるように努力するのは嫌だ、何の努力もせずに、今の自分のまま(悪く言えば成長しないまま)収入を得たいと思っているわけだ。 そして「自分にあった職業」というのがどこかにあるに違いないと思っている。 「自分にあった職業なら働きたい」という考えが広まっている。 つまり、どんな仕事を紹介されても「自分に合ってない」と言えばそれで働かなくて済む社会になっているのだ。 歌手やプロレスラー、あるいは腕が頼りの職人のような特殊技能を要求される仕事は別として、多くの仕事は、仕事に自分をあわせていくことで能力が高まるのに、そのための努力を最初から拒絶しているのだから話にならない。 何でもかんでも教育に原因を求め、それでこと足れりとしていたのでは、解決にはつながらない。
2005.03.25
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おとといから鼻の奥がむずむずし、「ああ、風邪の引きはじめだな」と思って、昨日は早めに床に入った。 ところが、夜中にのどが痛くて目が覚める。 寝ている間にも知らないうちに唾を飲み込んでいるらしく、そのたびにのどズキンと痛んで目が覚めてしまうのだ。 眠れないので、のどの痛みを抑えるという風邪薬を探して飲んだりして、うつらうつらしながら朝を迎えた。 9時過ぎに、近所の内科医に行って状態を話すと、心音や肺の音を聞くでもなく、のどと鼻を見て即座に「花粉症だ」……。 まさか。 のどは腫れてはおらず、鼻が炎症を起こしているという。その鼻の炎症のせいでのどが痛くなるというのだ。 そんな。自分には縁がないと思っていたのに。昨日は雨で花粉は飛んでいなかったのに。 医師の話では、今年は、私のような症状の人が多いのだという。 とりあえず薬を十日貰った。それで症状が緩和されなければ、花粉症ではなく風邪だ、と言われたが、十日経ったら、風邪だって治ってしまう。 そういわれてみると、外を歩いていると目がかゆいような気がする。 いやだなあ。 周りの患者のつらさを見ているので、自分も同じになるのかと思うと気が重い。 終日はながぐずぐず。 今夜はどうなるのだろう。
2005.03.24
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詳細が発表された。 4強に諏訪間、近藤、RO&DとVMの強豪外人。 近藤はあの体格でけがしないだろうか。 そして、初出場のラブ・マシン・ストームって、おい! 初出場のようなそうじゃないような。 選手層が薄かったら、Aブロックはラブ・マシン・ストーム、Bブロックは嵐とかね。 そうか、ハッスルKとか、ムタとか、ケンスキーとかも呼べばもっと選手が増やせるぞ。 初日から決勝までわずか7大会で、連日公式戦のリンぐる・マッチが5試合。 休憩前の試合からあぶれる選手が出るのではないかと心配だ。 卒業記念に川田優勝を希望。
2005.03.24
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架空請求のハガキ。 以下がその全文。(分類コードと訴訟番号は一部伏せ字)総合電子利用料金未納最終話界通知書分類コードH00***** この度ご通知いたしましたのは、貴殿のご利用された「電子料金未納分」についての、ご通達になります。再三に渡りご連絡差し上げましたが、未だご連絡が頂けておりません。大至急当局までご連絡ください。ご本人様確認が必要です。こちら「電子消費者民法特例法」上、法務局認可通達書となっておりますので、連絡無きお客様につきましてはやむを得ず裁判所からの書類通達後、指定の裁判所へ出廷となります。また裁判後の措置と致しまして給与差押さえおよび動産物・不動産物差押さえを強制執行させて頂きますゆえ当局と執行官による「執行証書の交付」を承諾して頂くようお願いいたします。尚、書面での通達となりますのでプライバシー保護の為、請求金額・お支払い方法等は当局員にご連絡ください。以上をもちまして最終通告とさせていただきます。訴訟番号 (ろ)00***ー**裁判取り下げ最終日 平成17年3月24日営業時間 平日9:00~18:00 休日 土・日・祝 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-9-14 国際消費者管理組合 03ー5485ー2587 ご丁寧に「法務監査法人認可印」という印まで押してある。 会社が渋谷のはずなのに消印が「中野」というあたりは詰めが甘い。 住所の「渋谷区渋谷1-9-14」というのは宮益坂沿いで「第三石栄ビル」という建物のあるところ。迷惑していることだろう。 そもそも、公的な書類がハガキで来るわけはないので放置するのが一番。 (定額訴訟で裁判所を使う詐欺の場合は、裁判所から封書で通知が来るので、その場合は裁判所に連絡しなくてはならない) それにしても、こういう各請求を出すと言うこと自体を犯罪として取り締まれないのが不思議だ。 国民生活センター」にも具体的な事例を挙げての説明があるのでよく見ておこう。
2005.03.23
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佐藤さとるの「小さな国のつづきの話」に「魔法びん」という言葉が出てきた。 まあ、昔の話だからそれでいいのだけれど、読者の中にはわからない人もいるのでは。 私は、一昨年、あるイベントで、必要なもののリストの中に「魔法瓶」と書いておいたら、係の若い人が「これは何ですか」と聞きに来た。 今は「ポット」としか言わないらしい。 私の場合「ポット」というと、アルミ製の簡易湯沸かし器を思い浮かべてしまう。 あれももう見ないなあ。
2005.03.23
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昨日の後楽園ホール。 久しぶりに北側の席。(チケットぴあでも北側がとれることがあるんですね) いやあ、驚いた。南側席の後ろの通路にまで人がびっしり。 TAKAの言うとおり、大入り満員札止めでしょう。 試合前。 RO&Dの前説コーナーにVMが乱入して、と言うことなのですが、南側席の後ろの時計を見ていたら、RO&D登場から全員退場まできっちり10分。まるではかったよう。第1試合 誰? これ誰? 熱心なファンがついているようだけど。 ストームもちょっと困ってるような。 「腹いっぱい食ってまた来い」なんて言ってたけど、また来られても困る。第2試合 雷陣まで受けねらいに走ってしまうのか。第3試合 ミニ・ラブ・マシン2号がすごい! ミニより小柄で線が細いのに、ちゃんとプロレスができる。 がんばれ! また来いよ!第4試合 荒谷がすっかりお笑い担当になってしまった。 チャンスをものにできず、もう一皮むければ上に行けそうなのに行けない。 実は、私はそこに引かれるのです。 自分の姿を見るようで(私の場合は単に実力がないだけなんだけど)。荒谷というのは非常に感情移入のしやすいレスラーなのです。 頼むよ、荒谷。 この試合について、諏訪間は、自分のブログで、今日の試合は荒谷&石狩劇場だったな~。さすが石狩選手はハッスルでブレイクしてるだけあるなと感じた。と書いている。 確かに客をおもしろがらせるという点では、石狩と荒谷が上。 でも、諏訪間は違う路線を目指して欲しい。第5試合 論外が塩を持ってきたのはテレビと連動している。 放送されていない地方が多いと思うので説明しておきます。 先週の「プロレスLOVE」で論外がカズの自宅に押しかけ塩をまかれ、それが目に入って「塩は痛い。これは使える」という場面がありました。その延長線上に今日の塩があるわけです。 相手のVMの二人がガラが悪くて。ただのそのへんのあんちゃんみたいなのが嫌だった。 プロレスができないわけじゃないんだけど、「なんだかな~」というところ。 むしろ、第1試合に出た二人の方がすがすがしい。 また来られても困る、なんて書いたけど、VMよりあの二人に来てもらった方がいい。 第一試合の二人は、いくらか相島に通じるものがあった。(相島の方がはるかにきちんと体を鍛えていたけど)第6試合 ジャイアント・バーナードってたしかにでっかいのだけれど、体の均整がとれてるというか、比較の対象がないと大きく見えない。 ジャマールと対峙すると「うわっ、でかい」ということがわかるのですが。 ギガンテス(故人なのでギガンテスさんと言うべきか)が初見参の時、客席から「でかい」と声が上がった時とは違う雰囲気。 この人、なんでコーナーにじっとしていられないんだろう。 エプロンを行ったり来たりしているのが気になった。 RO&Dが客席を味方につけていて、これなら初めて見る人にもわかりやすい。 TARUは、カラーコンタクトや入れ墨など、ヒールとしての自分を作り上げているけれど、柄の悪いのはいやだなあ。メイン メインになって気がついたけれど、全日って、「本隊」がなくて「外敵」だけがあるんだ。 RO&Dも本隊ではない。 じゃあ、本隊は何かというと、私にとっては川田と渕なんだけど、主導権を持っているのは武藤。 でも、武藤、小島、カズが本隊かというと、武藤と小島が組むなんてあんまりないわけだし。 今日なんか、川田・小島組VS武藤・健介組の試合が「四強」。おい、健介は外敵じゃないのかといいたくなるけれど、健介ファミリーは全日の一部としてなじんじゃってますね。 川田が小島に気を遣っていて、「後はお前に任せた」という気持ちが感じられました。 途中、川田の垂直落下式ブレーンバスターが健介に決まって、健介がすかさずノーザンライトボム。 これについて、健介は自分のブログで、http://kensuke.livedoor.biz/archives/16913667.html「やっぱりプロレスは気を抜けないですね!」と書いている。 おい! 気を抜いたことがあったんかい! 客の入りも良かったし、すごく面白かった。 「全日本プロレス」という会社は安泰だ。 でも、正直なところ「これが全日本プロレスなの?」と人に聞かれたら困るだろうな、とも思った。 ガラの悪いのはいやなの。 保守的で済みません。
2005.03.22
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この本が出ていることはずっと前から知っていた。 でも、これが最後だということで、読まずにいようと思っていた。 それなのに、先日、この本が目の中に飛び込んできた。 「ああ、もう読むしかないか」 そう思って購入し、読み始めた。 わたしが「だれも知らない小さな国」に出会ったのは小学生の時。 山ばかりの所に住んでいた私は、「近くの山にコロボックルが住んでいたらなあ」と夢想していた。 これは、私だけではないだろう。 最初は図書館の本を読んだ。 講談社文庫に入ってからは「ふしぎな目をした男の子」まで文庫で買った。 「ファンタジー童話傑作選」も買った。 そして、ついにこの本を読む日が来てしまった。 途中から作者も顔を出し、これは過去の話であり、これが最後だ、ということが語られる。 物語の内容については触れずにおく。 読み終わって、ある符合に驚いた。 この本には「せいたかさん」は出てこない。 その娘(大学生)と息子(小学生)は出てくる。 私が初めて「誰も知らない小さな国」を読んだとき、私は子どもで、「せいたかさん」は大人だった。 今、私の長女は大学生、長男は高校生、次男は小学生。 何と私自身がこの本の中の(といっても登場しないのだが)「せいたかさん」と同じ年代になっているのだ。 なるほど、「せいたかさん」に追いついた今こそ読むにふさわしいということなのだろう。 信じてくれる人は少ないだろうが、私は小学生の時に、視界のすみで素早く動く黒い小さな影を見たことがある。 何かの行事で講堂にいたときのことだ。 床の上を小さな黒い影が素早く移動し、同級生の女の子の足もとに消えたことがあった。 それを見たのは私だけではない。その女の子も、自分の方に何か来た、と言っていた。 ネズミのような大きいものではなかった。 ゴキブリのような平面的なものでもなかった。 「誰も知らない小さな国」を読んでいた私には、30年以上たった今でも忘れられない出来事となったのである。
2005.03.21
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V6のイノッチこと井ノ原快彦が通信制高校を卒業。 1年間で30単位取ったそうだ。 週1時間の授業で1単位だから、一日6時間、週五日授業がある状態を一年間続けた、ということだ。 最近、通信制高校が人気があるらしい。 自分のペースで勉強できる、わずらわしい人間関係がないということに魅力を感じる人が多いそうな。 学校によっては、倍率が高く、なかなか入れなかったりする。 今通っている高校をやめて通信制高校に移りたい、通信制なら続けられそうな気がするという人もいるだろうが、よく考えてもらいたい。 教室にいてできない勉強が自分一人ならできる、ということがあるのだろうか。 よほど意志が強固で、なおかつ学力のある人でなければ、自分で勉強するということなどできないはずだ。 登校するスクーリングもあるし、もともとは働いている人のための制度らしく、スクーリングは日曜日に設定されていることも多いようだ。 安易な気持ちで通信制高校に行こうとすれば、挫折するのは目に見えている。 昔、中国語に興味を持って勉強したことがある。 最初は、テレビやラジオの中国語講座で独学。 その後、カルチャースクールのような所に通ったが、「独学より習う方がずっと楽だ」ということを強く感じた。 通信制高校を否定する気持ちは全くない。 むしろ、もっと増えていってもいいだろうと思う。 しかし、イノッチのような強い意志の持ち主でなければ、卒業するのは困難ですよ、ということを言っておきたいのだ。記事
2005.03.21
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という日刊ゲンダイの記事。 まさにその通り。 個人商店同士で売上高を競うのではないのだから、企業内で成果主義で差をつけるというのは無理があるのだ。 終身雇用と年功序列の方が、社会は安定するのである。 そりゃあ、私だって「あんな奴が俺と同じ(あるいは俺以上の)給料をもらってるのか!」と思うことはあるが、社会全体を考えれば、金のかかる年代の子供を持っている世代が、教育費を負担できるだけの収入を得られる世の中でなくては困るのだ。 早期選抜の弊害についても触れているが、昇進のラインに乗れなかったら子どもを育てられない、となったら今以上の少子化が進むのは目に見えている。 伝統的な雇用形態を破壊し、なんでもアメリカの真似をすればいいと思っている連中は、考え直すべし。
2005.03.20
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私は花粉症ではないが妻は花粉症。 同僚にも花粉症の人がいて、天気のいい日は目を赤くしている。 昨日、妻が、杉花粉を恨む歌を即興で歌っていたので、「お山の杉の子の替え歌で歌ったら。『これこれ杉の子やめなさい』って」と言ったら、「花粉症は軍国主義と関係がある」と言い出した。 言われてみれば、お山の杉の子は成長したのち、「兵隊さんを運ぶ船」になるのだった。 なんと、花粉症は明治以来の富国強兵のもたらしたものだったのか。 明治政府が追い求めた「坂の上の雲」は、実は大量の杉花粉が雲に見えたものだったのだろう。 それにしても明治政府は、神社合祀で神社の数を減らして地域社会を崩壊させ、「国家神道」などというものを作り出して神道をねじ曲げ、伝統文化を破壊することばかり考えていたし、ろくなことをしておらん。
2005.03.20
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創元推理文庫といえば、昔は翻訳物しかなかった。 中学高校と随分読んだ。 いわばSFとミステリの「文化の窓」だった。 まあ、「火星シリーズ」は、内容だけでなく、武部本一郎の表紙で売れていたのではないかという気もするが、全巻持っていた。 今は一冊ずつではなく、合本になっている。 面白いのになあ。 初めて北村薫の「空飛ぶ馬」を手に取ったとき、「日本語で書かれたものも出しているのか!」と驚いたのを覚えている。 今回「朝霧」を読んで、奥付の後の広告や裏表紙にも目を通したが、編集者は、「創元社はそんじょそこらの出版社とは違うぞ」という自負を持っているようだ。(どの出版社の編集者だってそう思っているだろうが) 近刊の紹介の欄に、いちいち「本格」「サスペンス」「バラエティ」とジャンルわけが書いてある。 著者が同じ木田順一郎でも「古本屋探偵の事件簿」は「本格」で「古書収集十番勝負」は「サスペンス」なのだ。でもって、倉知淳「日曜の夜は出たくない」という本は「バラエティ」なのだそうだ。 「本格」というからには「変格」があるわけで、昔、SFが「変格探偵小説」と呼ばれていたことを思い出した。 北村薫の小説は「本格」だそうだ。 実はジャンルわけには興味はなくて、紹介文が目を引いた。 北村薫の「秋の花」の紹介文には「親友」ではなく「心友」という語が使われており、「六の宮の姫君」には「浩瀚な書物」とある。 「朝霧」の裏表紙には「寥亮たる余韻」という表現がある。 随分難しい言葉を知っている人なのだなあ、と感心した。
2005.03.19
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[著者:北村薫|出版社:創元推理文庫] シリーズ第四作。 第一話「山眠る」は主人公の「私」が大学を卒業する直前の時期。 第二話「走り来るもの」と第三話「朝霧」は就職後。 第二話でいきなり就職して三年目になっており、第二話と第三話は時間がつながっている。 殺人や盗みのような警察が絡むような事件ではなく、日常生活に潜む謎を解き明かす。その謎の設定にいつも感心する。 そして、恐くなる。 主要な登場人物は善人ばかり。 しかし、謎の背景には闇があるのだ。 第一話の小学校の校長、第二話のリドルストーリー。 底知れぬ暗黒を背景にして演じられている舞台劇のように思えることがある。 背景が暗いだけにかえって演じている人物が明るく浮き上がって見える。 人物がそろって明るいから、そこだけを見ていると明るい話なのだが、背景に目を向けると底知れぬものを感じる。 もちろん、登場人物は皆、背景が暗黒であることを知っているのだ。 また、周到な伏線に驚く。最初から、かなり先のことまで考えて書いているのがよくわかる。 主人公の人生はあらかじめ決まっていて、その節目節目を描いているというわけだ。
2005.03.18
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1981年。光文社。 著者名は「藤子不二雄」だが、ほとんどが安孫子素雄(藤子不二雄A)の日記。 藤本の文章は、少し注釈をつけたりしているだけ。 内容は、1954年の上京から、1961年に連載十本を抱えるようになるまで。 生活ぶり、仲間との交流、いわゆる「トキワ荘グループ」のマンガ家のエピソード。 上京の翌年には、正月に休みすぎて各誌に穴をあけ、翌年までほとんど干される。 1956年になると石森章太郎が入居し、藤子不二雄も少しは仕事も増え、その翌年には寺田ヒロオが結婚してほかに居を構え、というぐあいで、みんなが一時期にいた訳ではない。 何となく寺田ヒロオは漫画家をやめてトキワ荘を出たのかと思っていたが、そうではなかった。 最後までいたのは石森章太郎だそうだ。 トキワ荘のことは、昔から興味があって、関わりのあったマンガ家がそれぞれの視点から描いた「トキワ荘物語」も読んだし、「まんが道」も読んだ。 NHKが「わが青春のトキワ荘」というドキュメンタリーを放送したのも見た。 映画「トキワ荘の青春」はテレビで見た。 この本には、寺田ヒロオ、永田竹丸、森安なおや、鈴木伸一、石森章太郎、つのだじろう、赤塚不二夫との鼎談もある。 森安なおやも簡単に筆を折った訳ではなかったようだ。 今まで読んだものの中では、この本がもっとも雰囲気を伝えている。 石森章太郎のお姉さんが映っている写真もある。 本当に、石森章太郎の描く若い女性そのままである。 私が東京に出てきた頃は、まだトキワ荘はあったのだ。一度くらい見に行けば良かったなあ。 なお、つのだじろうとの鼎談の中で、つのだに、「あの当時は、本当にそっくりな絵を描いていたでしょう」と、合作時代のことをいわれ、安孫子は、「ある程度ね。もうだいぶ違ってきたけどね」と答えている。 この当時は、まだ、別々に仕事をしていることを公表していなかったのだが、隠していた訳ではない。 私も、この頃には、合作をしている訳ではないことは知っていた。 昔の日記の最後のページに、安孫子はこう書いている。「いかに仕事として熟練していても、惰性で机に向かっては漫画は描けません。常に意欲をもち、気持ちを高揚させ、精神を集中して机に向かわなければだめなのです。」
2005.03.17
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「週刊ゴング」No.1062(3月30日号)の「俺たちの昭和プロレス史」(今回の筆者は飯山和雄)に、こんな文章があった。 国際プロレスの巡業に同行したときの思い出話。陽気にはしゃぎ、雨夜の品定めならぬ女〓の話はワールドワイド。 この「〓」の部分の漢字が読めない。 左はニンベン。右は「文」の下に「侖」の下の部分。 違う言い方をすれば、「倫」の「人」と「一」のかわりに「文」が入っている。 手元の漢和辞典を数種あたってみたが載っていない。 手書きではなく活字(おそらく写植)のものなのだ。 何と読むのだろう。 ゴングには以前、「憂しい」という表現がよく出てきて、「ゆゆしい」と読ませるつもりらしいとわかるまで時間がかかったことがあったが、それとは違う。 今までに見たことがない文字が使われている、というのは初めて。
2005.03.17
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今、藤子不二雄「トキワ荘青春日記」という本を読んでいる。 1981年刊。光文社。 著者は藤子不二雄となっているが、内容は1956年から1960年にかけての安孫子素雄(藤子不二雄A)の日記。 そのころのトキワ荘での生活ぶりや、漫画家たちとの交際の様子が分かる。 どんな本を読んでいるかということも書いてあるのだが、1956年の日記に、水上滝太郎の名が二度出てくる。 水上滝太郎の『倫敦《ロンドン》の宿』一時まで読む。適当な旅愁《りょしゅう》にほのぼのとしたぬくもりと哀愁、加えて主人公の小市民的で健康なモラルが快い。(p85) 水上滝太郎『大阪の宿』読む。「すべて世の中、何のこだわりも無く、めいめい仲良く遊ぶがよい。淫売《いんばい》だろうが、何だろうが、良さそうな人間ならつきあってみるに限る……」 うれしくなる。人生とは人とのふれあいだ。皆とこだわりなく愉快に楽しくつきあっていこう。(p154) 安孫子はこの年二十二歳。 こういうものを読んでいたのだ。 水谷滝太郎という人のことは全く知らないのに、見覚えがある名前だ、と思ったら、網迫さんの網迫の日記で最近連続して紹介されていたので知っていたのだ。 たとえば、「兵隊ごっこ」 などでその文章に触れることができる。 また、「青空文庫」 でも作品が公開されている。
2005.03.16
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何と、全日の新人、諏訪間がブログを持っている。 ここ。 新人とは思えない扱いだ。さすがジャンボの再来。 諏訪間って福島県で仕事をしていたことがあって、第2の故郷と思っているそうな。 私は福島県出身なので親近感を感じちゃう。 LEGLOCKと小島のブログはNIFTY、本間と宮本はぴあ、諏訪間はライブドアなんですなあ。健介とえべっさんもライブドア。 分散しております。 ライブドアと言えば、諏訪間とホリエモンって似てない?
2005.03.15
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VECTORで公開している、私の作ったフリーソフト「マーサの読書録」にバグがあることが発見されました。 読書録を表示し、過去のデータを見たりした後で「新規作成」を実行すると、今まで表示していた読書録のデータが消えてしまう、というもの。 利用なさった方からのご指摘で気づきました。 修正し、本日、VECTORに差し替え依頼のメールを送りました。 近日中に修正版Ver1.3が公開されます。 また、私のサイト「輾転反側」では一足先に修正版を公開しております。
2005.03.15
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題名を見たときは、市川昆の映画の「股旅」の元なのかと思ったが、全然関係がない。「三人やくざ」というのは「三人吉三《さんにんきちざ》」のもじりか。 やくざ三人が一緒に行動するのではなく、全く無縁の三人のやくざの、独立した話三つというオムニバスなのだ。 それぞれの話の最初に、「どじょっこふなっこ」の、その季節の部分が流れる。 最初は秋で、仲代達矢が主役。 これを見たときに「ああ、時代劇末期の作なのだな」と感じた。 それまでの東映のスターシステムに乗っていない俳優が主演なのだ。 皮肉で虚無的な話。 仲代達矢の芝居が、若いときも今も全然変わらないのに驚いた。 第2話は冬で、松方弘樹。若い。 年老いたやくざ(志村喬)と、村を追い出されやくざとして生きていこうとする松方。最初と最後以外は屋内で、囲炉裏を囲んで話が進む。舞台劇のようだ。 藤純子が、あか抜けない娘姿で出てくる。眉が太くほっぺが赤く絵に描いたような純情娘。 雪の中での立ち回りがあるが、すべてスタジオのセット。 東映の底力を感じさせる。 第3話は錦之介。春。 これは明るい話。錦之介にぴったり。一面の菜の花畑も美しい。 明るいことは明るいのだが、村人のしたたかさなど、白土三平の世界に影響されているのではないかと思われる面もある。 全編を通して、「股旅なんてかっこよくないんだよ」という意識が感じられる。 市川雷蔵の「ひとり狼」の三年前の作。 傑作であり、見応えはあるが、豪華絢爛のスター映画がリアリズムに膝を屈した映画だ。
2005.03.14
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「kamzine」という雑誌の「名曲の視線」というコーナーで「神田川」を取り上げていた。 南こうせつへのインタビューはよかった。 しかしその後の『「神田川」余聞』がよくない。 「南こうせつ=四畳半というイメージを固定してしまい」とある。 この文章を書いた人は「神田川」を「四畳半フォーク」だと思いこんでいるらしい。 四畳半フォークというのは、ユーミンがよしだたくろうの歌を評して、「僕は四畳半のアパートに住んでこんな暮らしをしています、と歌っているようなものだ」と言ったのを富澤一誠が聞いて「四畳半フォーク」と言い出したのだ。 よしだたくろうの歌が四畳半フォークなのであって、「神田川」は四畳半フォークではない。 コーナーの最初に「神田川」の歌詞がのっている。 それを見ればわかるだろう。「三畳一間」なのに、どうして四畳半フォークになるんだよ。 このコーナーの後に、「神田川」の売れた昭和48年のヒットチャート・トップ30が載っている。 「神田川」は6位だったのだ。1位はぴんからトリオの「女のみち」。 7位がチューリップの「心の旅」で、それについて、「吉田拓郎、ガロに続きニューミュージック界からスターがまた生まれた」と話題を呼んだ。と書いてある。 やれやれ。 当時は「ニューミュージック」じゃなくて「フォーク」に分類されていたの。 今から考えれば、拓郎もガロもチューリップも「フォーク」というのは無理があるように見えるのだが、自分で曲を作ったり演奏したりして歌うのは「フォーク」ということになっていたのだ。 「ニューミュージック」というのは、ユーミンのように、生活臭のない、「フォーク」とは言えないような歌が多くなってからできた名前。 もちろん、チューリップの歌は「フォーク」の枠には収まらないものであったのだが、分類は「フォーク」になっていた。 ついでに言えば、昭和48年(1873年)のことなのに「吉田拓郎」というのはおかしい。このときはまだ「よしだたくろう」だ。漢字になったのは1975年。
2005.03.13
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「kamzine」という雑誌に、小林旭と浅丘ルリ子のインタビューと対談が載っている。 何と、実際に顔を合わせての対談は初めてなのだそうだ。 アキラ大好きの私は非常に興味深く読んだ。 二人は実際に恋をしていたのだ。好きあっていたのだ。 そりゃそうだよな。友和百恵どころじゃないもの。 20作連続共演となるともう一緒に生活しているといってもいいくらいだろう。 対談の終わりの方で、浅丘ルリ子は、渡り鳥のロケ地を回る旅番組を一緒にやろうというのだが、アキラは二人だけでいくならいいが、番組ではいやだ、と断り、「男と女の思いで鼻、秘めておくことの良さがあるんだよ」と言う。 スクリーンの中のアキラがそのまま現実のアキラになっている。 それぞれのインタビュー、どちらも「自分はスターだ」というプライドが現れている。 しかし、浅丘ルリ子はそのプライドがうまく機能していないように思われる。 かえって活動の幅を狭くしているのではないだろうか。 アキラの場合、テレビのせいで大衆がおかしくなった、「視聴率を上げるには、大衆におもねればいい、ということになった」と言い切っている。(そのおもねった代表がフジテレビだと思うのだが、この雑誌、産業経済新聞社の発行だった) 非常にまじめな人なのである。 たぶん「自動車ショー歌」も「恋の山手線」も、本人は大まじめに歌っていたのではないかと思う。 インタビューには、自分は「銀幕のスター」だという意識がよく現れていて、「例えば中村(萬屋錦之介)と飲んでいる」「あの勝つぁん(勝新太郎)が」とう言い方など、自分は彼らに負けないスターだという自負のあらわれだ。 そしてその「スター」であるアキラを貫いている。 借金まみれになっても「俺はスターだ」という意識があるから見苦しい振る舞いはしないのだ。 そして何よりもうれしいのは、アキラが今も元気だ、ということだ。 錦之介も勝新もすでに鬼籍に入っている。 でも、アキラは元気でいてくれる。 それもまたかっこいい!
2005.03.13
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「家と住心地」「新交通と文化輸送者」「酒」というように、テーマごとに世相の推移を語る。 「自序」に「故意に固有名詞を一つでも掲げまいとした」とあり、実際、地名のほかはほとんど固有名詞は出てこない。 そのため、ある地域にのみおこった変化ではなく、普遍的な変化を描くことができたのではあるが、読んでみると、抽象的すぎて理解しにくい面がある。 多くの具体例を挙げて帰納していくのではなく、著者の中にある理論があり、そこから演繹して書いているような印象を受けてしまうのだ。 ただし、身近すぎてだれも目を向けなかったような世相の移り変わりに目を向け、なぜそうなったのか、以前の姿はどうだったのかを探ろうとする姿勢はさすがである。こういう本があれば、この内容を検証することによって、埋もれていた事実が発見されることもあるだろう。 古くからの習慣のように思えることでも、実は明治に入ってからの流行だ、ということも多いようだ。 変化の結果がよかったことも悪かったこともあるだろう。 著者は冷静に傍観者的態度を取ろうとしているが、そうしていられない場合もある。 たとえば、「都市は永遠にここに住み付こうという意気込みの者が、多くなっていくとともに活き活きとしてきた。一つ一つとしては失敗であった建築でも、それが集まった所はまた別に一種の情景をなしている。」(p141) これは「風光推移」の章で、この文章は、変化の結果をそのまま受け入れているが、その少し前には、「単なる無関心のために、不必要に未来の幸福を壊そうとしているのである。」「特に進んで風景を作り立て、もしくは選び定める技術は拙劣であったにもかかわらず、こういう破壊力のほうが人が増すとともにいよいよ猛烈になった。」という文章がある。 破壊への怒りが感じられる。 新知識。 「明治三十四年の六月に、東京では跣足《はだし》を禁止した」(p50) 「対等条約国の首都の対面を重んずる動機」もあったそうだ。 欧米の真似をすることばかり考え伝統文化を軽んじた明治政府の意向もあったのだろう。 [刀自《とうじ》という語は現在は杜氏などとも書いて」(p245) 「杜氏」と語の由来を中国に求める説があるが、「刀自」がもとで表記が変わったと考える方が自然だ。 知らなかった言葉。「房州砂」(みがき砂だそうだ)「鶚鮓《みさごずし》」(猿酒のように、ミサゴが岩陰においた魚が潮に当たって鮓のようになったもの) 意味がわからなかったもの。「しだいに多数の小屋は、いわゆる岐阜提灯式になったのである。」(p104) 華美になったということだろうか。「講談や小説が同情を一方に傾け、他の一方を完全な鷺阪伴内《さぎさかばんない》とするゆえに」(p191) 講談に登場する悪役らしいが鷺阪伴内とは誰だ。 「鷺坂伴内」で検索したら、仮名手本忠臣蔵の半道敵(道化の悪役)。 淡々とした書きぶりの本なのだが、実は深い絶望的な気持ちが根底にあるようだ。 結びの文章は以下の通り。「われわれの考えてみた幾つかの世相は、人を不幸にする原因の社会にあることを教えた。すなわちわれわれは公民として病みかつ貧しいのであった。」
2005.03.12
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前に書いた動悸と指先のしびれがまだ時々起こる。 睡眠補助剤も切れてきたので、それをもらうついでに精神科で状況を話す。 ストレスによる自律神経失調症だろうということで、マイナートランキライザーをもらう。 ついでに、先日の「溺れる人」を見たかどうか聞いたら見ていない。 私が「親子関係に問題があってアルコール依存症になったかのような描き方だったが、そういうことはあまり関係ないのでは」というと、深くうなずき、急に雄弁になって、「テレビは家族の問題ばかり描きすぎる。その方が見て面白いからだろう。何の問題もない情況にいる人だって病気になる人はいる。医者の中にも、家族に原因を求めたがる人はいる。確かに生育歴が関係する場合もあるが、そういうものと無関係に病気になる人の方が多い」ということだった。 アルコール依存症については、体質もあまり関係ないそうだ。 ちなみに、アルコール依存症の人のγGTPは100を超えるという。 私は先日はかったら38。一昨年は70を超えていた。 私のように、ストレスを紛らすために飲んでいてなる人も多いだろう。 酒が飲めなくなっては困る。気をつけよう。 今、仕事で心労の原因が大きなもので二つあって、そのうちの一つは、今日、第一関門突破。しかし、もう一つの問題は解決の糸口が見えない。 ほかにもいろいろストレスの原因になるものはあるんだけどね。 でも今日は飲まずに寝ようっと。 なお、医師は、「依存症」という言葉についても、「特定の薬物についてだけ使うべきだ。ギャンブル依存症とかパチンコ依存症とか、依存症という言葉を使いすぎる」と言っていた。
2005.03.11
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毎日新聞9日付夕刊に「たのしかりし直木賞選考」という田辺聖子の文章が載っていた。 直木賞選考委員を辞任するに当たっての所感。 芥川賞受賞者でありながら直木賞の選考委員だったのだ。 内容もさることながら、ルビがついている語が多いのが目を引いた。・受賞作は『感傷旅行《センチメンタル・ジャーニイ》」・面白い作品《もの》は面白いんだ・成人《おとな》が・私が脱《ぬ》けたので これらは、一般的な読みではなく、著者が独自に「こう読んで欲しい」ということでつけたもの。・而《しこ》うして・嗜好《しこう》・一蹴《いっしゅう》・気概《きがい》・気迫《きはく》を嘉《よみ》する・弱冠《じゃっかん》・勿論《もちろん》・掬《すく》い切れない・佳《よ》きもの・侃々諤々《かんかんがくがく》 毎日新聞がルビをつけたのかと思ったが、このうち、「気概」「気迫」「弱冠」は常用漢字の用法の範囲内。 常用漢字を墨守する傾向のある新聞社は、こういうものには勝手にルビをつけるとは思えない。著者が自分でほどこしたものか。 ほかは、常用漢字に入っていないか、「佳《よ》きもの」のように、常用漢字表の読みに入っていないもの。 言葉の書き換えをさせたり、「一しゅう」「もち論」などという意味の分からなくなるまぜがきをさせなかった点は高く評価する。 それはそれとして、田辺聖子も「弱冠」を「若い人」という意味で使っているんだなあ。 じつはそのことが一番印象に残った。
2005.03.10
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サン・ミュージックの会長が、岡田有希子さんの自殺について書いている。 彼女の自殺は衝撃だった。 当時私はアイドルにちょっと興味を持っていて、テレビ東京で放送されていた「レッツゴー・アイドル」や「ヤンヤン歌うスタジオ」を見たりしていた。 あのころはアイドル全盛期で歌番組も多かった。 アイドルとして全盛期を迎えようという矢先の投身自殺だった。 自殺を知ったとき、私は「なぜ周りの人間が彼女の異変に気づかなかったのか」と憤りを感じた。 亡くなる少し前から、明らかに様子が変だったのだ。元気がない。声が震えている。不安定さがはっきり見て取れた。 事務所のスタッフは何をしていたのだ、と思った。 しかし、今ではそうは思っていない。 異変に気づいていても何もできなかったのだろう。 本人が「大丈夫」と言えば、それを受け入れるしかない。 ビジネスとしては、決まっているスケジュールをキャンセルするわけにもいかない。 少年少女の自殺があるたびに、「まわりの大人はなぜ前兆に気づかなかったのだ」と批判する人たちがいる。 しかし、異変に気づいても、それが自殺につながると考えることはまずない。 自分がその「まわりの大人」だったら、すぐに自殺に結びつけることができるかどうか考えてみればいい。 また、異変に気づいていても、本人の意向を無視して強制的に休養させたり、居場所を変えさせたりすることは困難だ。 あとから「ああすればよかった」と思うしかないのが現実だろう。 「なぜ未然に防げなかったのだ」という批判は、悲しみに暮れている人たちをさらに傷つけることになる。
2005.03.10
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今週の「週刊ゴング」に川田のインタビューが載っている。 「無所属」であることを表明することは、ずっと前から考えていたことのようだ。 川田は「全日本プロレス」という名前を残したいと思っていた。 所属はしていなくても、その名を残すために「全日本プロレス」の顔として活躍していたわけだ。 今や、小島が全日を代表してIWGPまで取るようになった。「全日本プロレス」という名は安泰だろうという判断もあったのだろう。 今から思えば、布石はあったのだ。 川田は、「俺だけの王道」の中で「馬場さん=全日本というイメージがある」と書いている。馬場さん亡き後の全日本は、それまでのものとは違っていたのだろう。 だから、その後は契約をせず、フリーという立場になっていたわけだ。 さらにさかのぼれば、川田は超世代軍と呼ばれていたころ、「翼はあるけど、駕籠の中の鳥じゃ飛べない」とインタビューで言っていた。いつか自由に飛び回ってみたい、という思いがあったのだ。 もう一つ、川田が昔から言っていたのは「プロレスは3年周期」ということ。 馬場さんが亡くなって3年で武藤たちの移籍、武藤態勢になって3年目に無所属発表。川田の言葉通り、川田の中で3年ごとに節目が訪れているのも不思議だ。 和田京平レフェリーの「人生は3つ数えてちょうどいい」には、プロレス団体は社長の個人商店でいい、とあった。馬場さん時代は馬場さんの個人商店、武藤体勢になってからは武藤の個人商店。 川田にとって重要だったのは、馬場さんの生み出した「全日本プロレス」という名であって、武藤によってそれが守られていくという見極めがついた今、自分が所属扱いされることで武藤の舵取りに支障がでることを避けようという気持ちもあったのではないだろうか。 小島は小島のブログの中で「自分(小島)を含むいろんな人に対する思いやりのような気がしてなりません」と言っている。 小島と川田と言えば、思い出すのは2003.5.25「2003.5.25「2003スーパーパワー・シリーズ」開幕戦・後楽園ホール大会」。開幕前には、経営状態が危ういの、再分裂するのではないかだの、いやな報道が目立った。 第5試合、川田・渕VS小島・カシンの試合。30分時間切れのあと、 試合後マイクをとった小島。「川田さん、渕さん、俺たちみんなそろって全日本プロレスだろ、おい」 場内から拍手。小島「昔話もいいけど、今俺たちみんな全日本プロレスじゃないのか。三冠ベルト、取り返したいんだよ俺は。全日本プロレスのために三冠ベルトを取り返したいんだよ、俺は。お願いします」 渕、川田と握手。 去っていく小島に、川田もマイクをとり、「小島、小島、お前絶対ベルト取りかえせよ」。というやりとりがあった。 小島は「俺だって全日の一員だ、将来は俺が全日を背負っていく」という気持ちでいたのだろう。 今回の川田をめぐる出来事は、「ああ、プロレスって奥が深い」と思わせられる出来事だった。
2005.03.10
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勝手にPCに入り込んで設定を変えてしまったり、情報を外部に発進してしまったりするスパイウェア。 何となく自分は大丈夫と思っていたが、このソフトを知って試してみた。 すると何と十個以上検出されるではないか! よく見ると、バリュークリックなどの広告にもスパイウェアのような仕掛けがあるらしい。 とほほ、である。 このソフト、完全無料で、日本語化もできる親切設計。 詳しい説明をしてくれているサイトもいくつかあった。 たとえば、ここやここ。 週に一度はこれでチェック!
2005.03.09
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昨日、川田の全日退団というニュースが流れ、大きな衝撃を受けた。 しかし、どうも普通の「退団」とは違うらしい。 まずは今日の記者会見の結果を待とうということでいらいらしながら待っていたら、公式サイトで会見の内容が発表された。 今までも実はフリーと同じ立場で、これからも実質的には変わらない、ということのようだ。 ファンやプロモーターの誤解を解くために公表した、という感じ。 選手として試合をする契約はしていたが、全日本プロレスの社員ではなかったということらしい。 なお、渕は、「プロレスLOVA」でいつも「全日本プロレス取締役」という肩書きで紹介されていおり、社員でもあるのだろう。 やれやれ、と思ったが、おい、待てよ。 なんで石狩も一緒に卒業なんだろう。 全日所属のままハッスルに出たりしてもいいはずだ。 それに、会見の場での、渕の「川田の実力なら、どの団体に行っても通用する」というせりふも引っかかる。 けんかして飛び出す、というのでないことだけは確かなようだが、すっきりしない部分もある。今後の動向を見て判断するしかあるまい。 私の予想では、全日のリングに立つことは今までと変わらないが、他団体にもどんどん出るようになるのだろう。 ただし、NOAHのリングに上がることだけはないのではないか。関連記事「川田、全日本から独立、完全フリーに」
2005.03.08
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最近復活したNSPのベース担当が「あの人は今こうしている」で取り上げられている。 先日テレビで復活後の様子を見たばかり。 懐かしい。 頂点を極めるところまでは行かなかったが、そこそこ売れて人気もあった。 NSPの魅力は洗練されていないところだった。 第一次産業的な世界だった。 「さようなら」も良かったが、「あせ」には驚いた。世の中にはこんな歌もあるのかと思った。 地方生まれの私には、まだ舗装していない夏の道の情景が容易に想像できた。 最大のヒットは言うまでもなく「夕暮れ時はさびしそう」。 しかしそれ以後は「どうも違う」と思わせられた。特に「赤い糸の伝説」からはあまり私の心に響かなくなっていた。 もちろんNSPが悪いわけではない。 一つの状態にとどまり続けろ、という方が無理なのだ。 検索したら公式サイトもあった。(でも、NSPって復活して活動しているんだから「元NSP」っておかしくないかい)
2005.03.07
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「産経新聞」の7日の「産経抄」にこんな文章があった。土曜夜のパーソナリティーは落語家の笑福亭鶴光師匠だった。キスも知らぬころ、夜のとばりの中で聴いた下ネタトーク。あれも大人への入り口だったような気がする。 この中の「下ネタ」は「しもねた」だろう。 この「しもねた」という語は、ここ二十年ぐらいで意味が全く変わってしまった。 「しもがかった話」ということで、もともとは排泄にかかわるような話題をさしていた。マンガでいえば「トイレット博士」がその代表。(と言っても知らない人が多いだろうな) ところが、今では「性的な話」という意味になってしまっている。 気がついたらいつの間にかこうなっていた。 性的な話、という意味なら、ちゃんとほかに言葉がある。「猥談《わいだん》」がそれだ。 新聞もまた言葉の意味を変えていくのか。 まあ、「正しいかどうか、伝統的かどうか」よりも「時流に乗って金儲け」を重んじるのがフジサンケイグループの基本姿勢のようだから、無理もないか。
2005.03.07
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25日の続き。 床屋を舞台に、主人や客のやりとりを描く。 前編ほとんどせりふばかり。 読者にとっては現代の話であり、目新しいことが描いてあったわけではないだろうから、書き方が良かった、ということで売れたのだろう。 読本《よみほん》の影響なのか、中国語由来の語が使われているのが興味深い。 「閑話休題」に「むだばなしはさておき」とルビが振ってあるのはよく見るが、それだけではなかったようだ。 二編巻之下の冒頭は「話説《わせつ》す。」で、章回小説でよく見る書き出し。 二人が拳を打つところでは、「五《うう》、二《りやん》、九《かい》、十《とおらい》」となっている。このうちの「とおらい」は和語なのだろうが、ほかは中国語の発音に基づいているようだ。「九」が「かい」なのは南方音だろうか。 同じ場面で「一《いい》、六《りゆう》、七《ちえい》、三《さん》、五《うう》」というのもある。
2005.03.07
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俵孝太郎が怒っている。 いまのフジテレビのていたらくは何だ! ということなのだが、ご自分も今のフジテレビを作り上げた一人でしょうに。 ビートたけしに真似されて評判になり、「ひょうきん族」に出たことなかったっけ? フジテレビの「面白くなければテレビじゃない」という姿勢は、「面白くするためには何をしてもいい」という風潮を生み出し、今の社会を作り出すのに大きな影響を与えている。 産経新聞の姿勢からすれば、産経新聞はフジテレビを批判しなくてはならないはずなのだが、同じ穴のムジナであるから見て見ぬふりをしているようだ。 以前、産経新聞のCMに蝶野を起用し「群れない逃げない」というフレーズを流していたのにはあきれた。 「フジサンケイ・グループ」というグループを形成していながら「群れない」とはどういうことだ。さらに蝶野を起用して「群れない」はないだろう。 蝶野ほど、グループを作るのが好きなレスラーはいない。NWO以後の彼の動きを見ていればわかるだろう。 フジテレビとライブドアの抗争には、私は全く興味がない。 どうでもいいと思っている。 しかし、ニッポン放送の社長が出てくると、私の心にはある感情がわき起こってくる。 ああ、あのカメさんだ。 今の社長、亀淵昭信は、かつて「オールナイト・ニッポン」のパーソナリティだった(ニッポン放送はDJといわず、パーソナリティといっていた)。 あのねのねが登場した頃には半分管理職のようになっていた感じだった。 カメカメ合唱団なんてのがあったっけ。 アンコーさんは今でも現役でしゃべっているらしいね。 歌手の亀淵由香は実の妹。 若者の力で新しい時代を作ろうというのは昔の話。 今や、現体制を守るのに汲々としているのを見るのは楽しいものではない。
2005.03.06
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北村龍平監督は「ゴジラ FINAL WARS」しか知らなかった。この「あずみ」の方が先。アクションシーンの撮り方に共通しているところがある。 体全体を映すことは少なく、細かいカット割りが多い。 話は凄惨で、最初から最後まで、とにかく人を斬りまくるのだが、これまでの時代劇の殺陣とは全く違う。 伝統的な時代劇から脱却し、新しい感性の映画を生み出す、ということを目指しているように思えるのだが、見ていると、非常に懐かしい雰囲気なのだ。 「これは白土三平の世界だ」と思いながら見た。 話そのものは単純でわかりやすい。 ターゲットは中学生や高校生だろう。しかし、甘いところはなく、完成度は非常に高い。強いて難点をあげれば、上戸彩が、刀を振ることに慣れていないことだが、それを補う演出の工夫がされている。細かいカット割りもその一つ。 また、ほとんどが屋外での撮影で画面が広々としていたのも良かった。 全盛期の時代劇だとほとんどスタジオ撮影。 昔なら、最後の小さな集落もスタジオ内にセットを作ったはずだ。 原作は全く知らない。私は、小山ゆうといえば、「おれは直角」や「がんばれ元気」の世代。そういえば、上戸彩は、小山ゆうの描く人物に、あごの形が似ている。 オダギリ・ジョーが、サディスティックな倒錯剣士を怪演。 上戸彩とオダギリ・ジョーって、「さとうきび畑の唄」では全然違うシチュエーションで競演していたっけ。・あずみ@映画生活
2005.03.06
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先日亡くなった岡本喜八監督の追悼番組として放送された。 主演は真田広之。 24歳の役なのだが、無理を感じさせないのはさすが。 ちんけなやくざ者でしかないのだが、仇討ちの助太刀屋として金を稼ぎ、七年ぶりに故郷に帰ってきたところ、武士の仇討ちがあるというので、加わって稼ごうとするのだが……。 最初は、助太刀屋になるまでをダイジェストのような形で紹介し、あとは昔暮らした町のなかでの、仇討ちを巡る話が描かれる。 映画の中で流れる時間と、映画の時間がほとんど同じではないだろうか。 仇として打たれる仲代達矢が実は……という設定なのだが、その部分はわかりにくい。どうしてそうと察することができたのだろう。かつてどういうことがあったのだろう。 私が好まない「過去の清算」になりそうでならないところが岡本喜八らしくてからっとしているのだが、ちと説明不足の感は否めない。 原作は「生田大作」となっているが、これは岡本喜八のペンネーム。 見ていて感じたのだが、これ、西部劇に元ネタがあるのではないだろうか。 宿場の雰囲気や、仇討ちの臨場感は「真昼の決闘」のようだ。 さらに、馬に乗って……というあたり、まるっきり西部劇ではないか。 「明日に向かって撃て!」に共通するものを感じるのは私だけではあるまい。 音楽はジャズで、コミカルな雰囲気を出すのに一役かっている。 キャストやスタッフは最後に出てくる。それを見たら音楽担当は山下洋輔だった。 主役の真田広之は「たそがれ清兵衛」で高く評価されたが、もともと、こういう軽い漢字の役のできる人なのだ。(私は、JAC時代からよく見ていた。初主演作「百道三太夫」だって映画館で見た) 時代劇で彼に続く人がなかなか現れないのは残念。若手の発掘・育成に力を入れよう。 難点が一つだけ。 いわゆる関八州の「出役」を、さかんに「でやく」と言っていたが、これは「しゅつやく」が正しい。・助太刀屋助六@映画生活
2005.03.05
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毎日新聞の夕刊の「憂楽帳」というコラムに、「忘れられた金山」という対タイトルで高玉金山のことが取り上げられていた。 ここは行ったことがある。 面白いところだった! 一見の価値がある。 私の感想はここにある。 近くにおいでの際は、ぜひご覧ください。
2005.03.05
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スキー選手が酔っぱらって警察沙汰になったという記事。 競技にも選手にも興味はないのだが、気になったのは、その選手が言ったというせりふ。「飲んだら泥酔するまで飲みたいから、海外ではあまり飲まない」 これは依存症ではないだろうか。 おととい「溺れる人」を見たばかりなので、そうとしか思えない。 依存症の人にも、たまの飲み会ぐらいしか飲まないという人もいるそうだ。 飲み始めたら自分の意志では止められないのであれば、この選手も依存症と考えられるのだ。
2005.03.04
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「隠微セクシー&ワイルド姿態」だって。 どういうセクシーなんだろう。「隠微」って「不明瞭」「ぼんやりしている」という意味のはず。 きっと、記者は耳では「インビ」という言葉を聞いたことがあったけれど、どんな字で書くかは知らず、ただ「いんび」と入力したら出てきた漢字をそのまま使ったのだろう。 それにしても、校正係というのはいないのだろうか。 もちろん、正しくは「淫靡」。
2005.03.03
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小林旭のお母さんの通夜の記事によると、アキラは著書で、まだ存命だったお母さんのことを亡くなったと書いていたそうだ。 「おれの中では、言ったことが通じなくなったときは、死んでますよ」と語ったという。 アキラが、お母さんはもう亡くなったと思っていたとは思えない。 おそらくこれは、自分の時はそう思ってくれ、ということなのだろう。 寝たきりになり、言ったことが通じなくなったら「小林旭」は死んだと思ってくれ、ということなのだ。 病状をいちいち報道されたりするのはアキラの美意識が許さないだろう。 あとはそうっとしておいてくれ、ということなのではないだろうか。
2005.03.03
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25日の続き。 訳は三好一光。 言わずとしれた弥次さん北さんの珍道中。 子供向けのダイジェストと違って、内容をそのまま訳したものを読むと驚くことが多い。 たとえば、小田原で、五右衛門風呂の入り方を知らずに底を抜いてしまう話は子供の時にも読んだ。 ところが、その夜、弥次郎兵衛の方は宿の女中に、夜になったら来いと金を渡す。弥次郎兵衛と北八は同じ座敷に寝ている訳で、同じ部屋で片方は女を買い、片方は一人で寝ていることになる。 どっちも気まずくて困るだろう、というのは現代人の考えで江戸時代には珍しくなかったのだろう。 新選組の芹沢鴨暗殺の時、芹沢とお梅は同衾していて、同じ座敷に平山も寝ていた。 また、外国人が、日本人は大広間に屏風で敷居を作っただけで、平気で何組も男女が同衾しているのを驚いたという話を何かで読んだ記憶がある。 さて、道中は、他人をからかい、自分たちもひどい目に遭い、と次々に事件が起こり、どこに行っても狂歌を読む。 その狂歌が作者の腕の見せ所なのだろう。 この本には伊勢参りまでしかのっておらず、前編読破とはいかなかったのが残念。 「ひょんな馬に乗り合わした」の「ひょんな」に訳注がついていて、「不吉な。ひょんは凶の唐音という。」とあった。(p250) 「凶」は「xiong」だから似ていなくもない。 「広辞苑」を引いたら、「日葡辞書」にも「ひょんな」の用例があるということだった。 意外に古い言葉なのだ。 さすがにこの本あたりになると、関連書籍が今でもたくさん出ている。 十返舎一九で検索しても、東海道中膝栗毛で検索しても数多く出てくる。 マンガもある。楽天ブログランキング←よかったらクリックしてください
2005.03.03
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という、記事。 おいおい、「溺れる人」と依存症の話に書いたように、アルコールって恐いんだぜ。 プロレスラーの暴飲暴食については、昔から面白いエピソードとしていろいろと語られているが、カズのように、節制の権化のようなレスラーまで暴飲してはいけませんね。(カズは下戸だという話を聞いたことがあるが、ほんとうは飲めるのだろうか) スタン・ハンセンの「魂のラリアット」に、テリー・ゴディはアルコールにルーズだったと書いてあったが、和田京平の「人生は3つ数えてちょうどいい」を読むと、完全に依存症だ。 体が頑健かどうかと依存症になるかどうかは関係ないのだ。 記事に話を戻すと、NOSAWAはこのままずっと「論外」なのか。まあ、論外になってからけっこう光が当たるようになったし。 去年の12月の両国国技館でのタイトル挑戦も好試合だった。 しかし、カズ、論外にだまされちゃいけない。きっと、ベルトを手に入れるための策略だろう。 ヒールのはずがこうやってなじんじゃうところが全日だなあ。
2005.03.02
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原作は読売新聞に連載された時に興味深く読んだ。 ドラマも必ず見ようと思っていて、ビデオにとって見た。 残念ながらドラマの方は、母と娘の関係の方に重点が置かれていて、アルコール依存症について誤解を招くのではないかと思えた。原作とはだいぶ趣が違う。 家族との葛藤など、心理的なストレスがアルコール依存症の原因になる、という印象を与えてしまいかねない。 まあ、あくまでもドラマはフィクションなのだし、何処に重点を置くかは脚本家と演出家の判断ということなのだろう。啓蒙番組じゃないんだから。 篠原涼子はよかった。ほかに、依存症患者として矢沢心や泉谷しげるという、いかにもそれらしい外見の人が出ていたのもご愛敬。 出産したところでは赤ちゃんが本物の新生児のようだった。珍しい。 夫が本屋でアルコール依存症の本を手にする時、後ろに映っていた本棚が中公新書のコーナーだった。読売グループでもあり、原作の出版社なのだから当然。 不思議だったことが一つ。 舞台は信州松本で、地元のクリニックに行き、のちには閉鎖病棟に入る。 その閉鎖病棟は海の近くにあるのに、松本でも閉鎖病棟でも同じ医師が見てくれるのだ。行ったり来たりしているのだろうか。 私は最近アルコール依存症に興味を持って、自分自身がアルコール依存症という人のサイトをいくつも見て回ったが、「これだ」という原因はないようだ。 体質によってなりやすい人となりにくい人はいるらしい。そもそも酒が飲めない人はなりようがないし。 「アルコールは薬物である」「薬物依存症は意志の力では治せない」「意志が強いかどうかと依存症になるかどうかは無関係」ということをもっと強く出して欲しかった。 ドラマの公式サイトはここ。 なぜアルコール依存症に興味を持ったかというと、自分がなるのではないかと思ったから。 2月26日の日記に書いたように、一昨年は毎晩飲んでいて、ガンマGTPの値が70を超え、要注意となった。それで昨年から飲む日を減らし、去年の10月には43、先日は38と一昨年の半分近くまで落とすことができた。 しかし、酒そのものをやめる、ということはできないでいる。 アルコール依存症といえば、毎日新聞に連載された佐藤健「生きる者の記録」にも著者がアルコール依存症だということが書いてあった。(連載された時に読んだ記憶なので違っていたらごめんなさい) 七年間飲まずにいたのに、あるパーティでワインのグラスを手にしたことから昔に戻ってしまったのだそうだ。 一昨年、薬物依存症だった人と精神科医の講演を聴く機会があった。 その人は、覚醒剤を使っていたということで、さずがに本人の体験談は迫力があった。 その時に「依存症は否認の病気だ」ということを聞いた。 依存症になった人は、「自分は依存症ではない」と否定するのだそうだ。「まだなっていない」「いつでもやめようと思えばやめられる」と言い張り、自分が依存症であることを認めないという。 そこで、最後の質疑応答で、「自分がアルコール依存症ではないか」と思う場合は、まだ依存症ではないのか、と質問してみたら、精神科医は困っていた。 依存症だった人は、「今日から一週間酒をやめようと思ってできなかったら依存症だ」と言っていた。 正直なところ、その時は一週間も飲まないでいることはできなかった。 しかし、去年から酒を控え初め、三日飲まずにいると「飲みたい」という気持ちが起こらないことが分かった。 さらにいいことに、お金が浮く。 ビールが大好きで欠かすことがなかったのだが、あると飲んでしまうので買わないようにした。すると、当然のことながらビールに使っていたお金が浮くので小遣いが増えた気分になる。 今は油断してついつい飲んでしまっているが、アルコールという薬物の恐ろしさは忘れてはいけない。また、もっと広く知られるべきだろうと思う。 アルコール依存症に興味のある方は、「アルコール依存症からの回復のために」、「今日から酒のない人生を歩こう」などをご覧あれ。 また、「SoberWorldでは、自分のアルコール問題度をチェックできる。
2005.03.02
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テレビ東京の「プロレスLOVE」を録画して見た。 今回は55分の特別版で、川田VS小島の三冠戦。 なんと、試合が始まってからはCMなしのノーカット放送。 実にありがたい配慮だ。 試合後、天山が「おめでとう」と言っていたのが印象に残った。見ていた天山も感動したようだった。 土曜日深夜の「ワールドプロレスリング」で、この試合の結末のところが先に放送されてしまって悔しかったのだが、何と、天山とのダブル・タイトルマッチの結末はこちらが先に放送。 局同士で調整したのだろうか。 最近は、大会場では、この番組の映像を使い、選手紹介や、試合に至る過程の紹介をしている。これもありがたい。 「プロレスLOVE」が全国ネットではないのが残念だ。 ぜひ、この番組を続け、放送する局が増えるようにしていって欲しい。
2005.03.01
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